12090512 藤田典さんの「ダダさんの掲示板」で、昨日のUPは以下でした。

自分にとっては 投稿者:管理人  投稿日:2012年 9月 5日(水)09時05分22秒
  思い出深い出来事や風景なども、自分以外の者にとっては、別段、珍しい事でなければ記憶されないこともあるようです。小学校に通い始めた頃、風邪を引き、熱を出して臥せっていた時、母親が、町の食堂に出向き「うどん」を買ってきてくれました。その味は、大人になっても忘れられないものでしたが、ある日、その事を話すと、母親は、まったく覚えていませんでした。個々人の思い出には、そのような一面もあるのですね。

 私は1歳のときに、東京の巣鴨で疫痢で死にかけたことがあるそうです。そのときの私の吐いた言葉は母に言われても、少しも思い出せません。でももう私は忘れません。母には大変に苦労をかけたのでしょう。20歳、21歳のときに、いつも府中刑務所の独房の接見室に来てくれていた母を思い出します。だから今は私は孫のことも実に大切に会いに行くのです。いつも母には心の中で報告しています。
 こうしたことが続くのです。私の孫たちもまた続けてくれることでしょう。私はそれが嬉しいのです。