12103021 伊之助は独りで下町の裏店に住んでいます。ときどき仕事帰りによるめしやのおまさというおさななじみと顔を合わせるのが、なんだかひとときのやすらぎのようにも思えます。でも伊之助はおまさと深い関係になるのは恐れています。死んだ女房とのことがあるからです。
 その伊之助のところに、昔の岡っ引きの仲間の弥八が頼み事にやってきます。家出したおようという娘を捜してほしいというのです。おようはあるやくざものと逃げてしまいましたが、ある日一本の簪とともに手紙がとどけられます。それにはひとこと「おとっつぁん たすけて」と書かれています。弥八はもう年をとっており、なんとか伊之助を頼りにしてきたわけです。伊之助は断るわけにはいきません。彫師の仕事の合間に弥八の娘を捜すことになります。

 裏店にひっそり住んでいる伊之助、その伊之助に惚れているおまさの姿などの描写は藤沢周平らしい筆の運びでその光景が目に浮んでくるようです。思えば江戸時代というのはそんなに遠い世界ではなく、ついこのあいだまですぐそこに存在していたように思えてきます。私たちがついこの間まで生活していた空間だって、こんな形がよくあったように思います。私なんかが住んでいたアパートの生活もこんな伊之助たちが住んでいた裏店の長屋の雰囲気がありました。もちろん私たちには、電気も水道もガスもあったわけですが、わずかの米を炊いで、魚を焼き、味噌汁をあたため、飯をかきこんでいる伊之助の姿などは私たちのアパート生活とまったく同じです。
 私はいまでも谷中千駄木根津の街なみが好きなのですが、ときどき飲みにいっていくつも細い路をわざと入り込んで歩いたりします。細い路地に植木がたくさんおいてあったり、三味線の音が聞こえたり、としよりが手拭片手に銭湯へ向12103022ったりしています。いまにも伊之助のような職人がひょいと姿を現しても不思儀ないようにも思ってしまうのです。ただ、たったいまは急速にその街なみが変化しつつありますが、とにかくもっと今のうちにあのような街をよく歩いておきたいと考えています。
 伊之助はかなり大変な苦労をしておようの消えたわけを探っていきます。やはりこれは伊之助でなければさぐりだせないようです。