13020210  日経新聞の今日の夕刊で、この記事を読み、またインターネットでも読みます。

  http://www.nikkei.com/paper/article/?ng=DGKDZO51244500R00C13A2BE0P00
    内田百間「サラサーテの盤」
     蓄音器のレコードが一枚こちらへ来ている筈だから

 この記事で私は内田百里痢屮汽薀機璽討糧廖廚鮖廚そ个掘△修靴討泙燭海慮矯遒ら作られた「鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』(製作荒戸源次郎)」を思い出し、中砂の原田芳雄を思い出していました(みんな「さん」をつけないといけないのですが、大勢なので、省略しました)。
 これは実に怖い内容です。

 ある日、返したレコードを持って帰路についた彼女が引き返してきて、もう一枚あるはずと言う。そう言えば、サラサーテ自奏の「チゴイネルヴァイゼン」が借りたままだ。録音の中途に演奏者らしい人の話し声が入っている盤だが、見つからない。
 そこから不吉な回顧談になる。東北の大学に赴任した中砂を訪ねた主人公は「目の先が食い違った様な」揺れの地震に遭う。その旅でふたりは美しい芸妓(げいぎ)に出会う。やがて新妻を失った中砂が後添えにしたのが、あのときの芸妓「おふさ」。そして今度は中砂が逝く。
 友人にまた貸ししていた盤を届けに行くと、おふさは蓄音機にかけた。途中、小さな丸い物を立て続けにつぶしているような低いサラサーテの声が聞こえてくると、錯乱したおふさは――。

 私は随分昔(25年くらい昔か)に静岡県の御前崎を一人で歩いていました。その私が歩いていたところが、この主人公の中砂が歩いている場所に思えたものです(いや映画では中砂の原田芳雄は鎌倉のある切通しも歩いていましたが)。
13020209 これを書いた中沢義則さんが以下のように書いています。

思いついて台東区谷中をぶらぶらしてみた。谷中霊園の近くに古い家並みの一角があった。

 私が一昨日歩いたのがこの谷中霊園です。いやあのあたりは、もっと昔にも(21歳くらいのときに)歩いていますね。

 ああ、それから、紙の新聞ではいいのですが、インターネット上では内田百里痢廈痢廚「間」になっていました。
 これは以下に書いたように、

 http://shomon.livedoor.biz/archives/51921957.html
  2011年04月16日兵頭正俊『死了魁
13020211またメールをいただきました。この小説の「死間山」の「間」は「痢廚任△襪箸い指摘です。まったくその通りなのですが、こうした漢字がJISであると思わなかったのです。嬉しいです。

 私も随分昔に指摘されていたものでした。