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 私はこれは私が常に持っていますでこう書きました。

 私ははそこで最初に、「あ、おはぎちゃん、ブルータスちゃん(もちろん本名で言います)のパパだ」と三人の息子が喜んでくれました。三人の息子はモデルをやっていました。

 こう会話したのは、横浜の中華街の料理店の5階の大きな部屋でした。そこで彼らは国語の授業を受けていました(そこは無認可の学校でした)。
 そこで私は長男のアニーとおしゃべりしました。彼は弟二人と違って日本語が明確にしゃべられます。
 今は航空機の上で仕事をしているといいます。私が「もうモデルはどうするの?」という問いに、彼は

 モデルは背が185センチないと駄目なのです。ボクは183センチなので、もうあきらめて地道に働いていきます。弟たちは米国人ですが、僕はやはり我孫子人です。13112606

 そして、ニューヨークに「おはぎちゃんもブルータスちゃんも来てほしい」といい、「ニューヨークはそんな怖い街ではないです」といいました。
 思い出すなあ。彼が何度か、我孫子の我が家のマンションの1階から話してきて、「おじさん、中に入れて」というのに、ブルータスが「お前ら帰れ!」なんて強く言っていました。「おじさん助けて」という言葉で、結局は私が中に入れるのでした。13112607

 もうこの彼は今は取手市で家庭を持っているそうです。彼が日本人と言わないで、我孫子人と言ったのを強く覚えています。横浜の中華街もいつもこのことで強く思い出しています。