2017年07月31日

広瀬武夫をもう一度UPします

2017073121  どうしてもうまくUPできないので、もう一度やります。なんか情けないなあ。私は彼の「正気の歌」は詩吟でも何度も詠っていますから、大好きなのですが(私は『文天祥「正気の歌」』も私の大好きな詩です)、どうにも困りはてています。ただし、『文天祥「正気の歌」』はまだ人の前で詠ったことはありません。2017073006
2017073122   この時は広瀬武夫のこの行動のときには、戦後日本に進駐したダグラス・マッカーサーの父親がすぐそばで観戦しているのですが、それをNIFTYの「戦前戦中ファーラム」で「それは父親ではなく、マッカーサー本人ではないか」という昭和一桁の女性がいて、本当に困りははてました。すぐに私より10歳くらい下の方が説明してくいれて、彼女も納得したものです。
   この時は困り果てたものでした。彼女の方が年上だし、分かっているはずのことなのです。2017073123
    前にUPしたものには、広瀬武夫の恋人ロシア人令嬢の写真があります。広瀬武夫はロシア語は完璧にできたのです(読むことだけではなく、書くことも完璧でした)。そして彼女と結婚する約束だったのです。それができなかったのは非常に悔しいです。それと彼が両親に送った葉書も載せました。結婚する約束のロシア人の彼女を説明するのに、彼女が日本の衣装を着ていますね。仕方ないのです。こうして説明するほうが分かりやすいのです。
  それとここには広瀬武夫が救助に行きました杉野孫七の像(写真)も載せました。彼は日露戦争から長い間姿を現せませんでした。大東亜戦争の戦後になって姿を見せることができたのです。彼もまた大きな被害者でした。
2017073124  それと広瀬武夫の「正気の歌」も載せます。すべての語句ではありませんが。前に「周の漢詩塾」にはすべて載せています。
  以下は数年前に行きました神田明神です。いつも私はここで平将門様と広瀬武夫を思い浮かべています。
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