ページ紹介

2016年01月14日

2チャンネル

2チャンネル「2チャンネル」をリンクするために、これを置きました。この画像は2チャンネルにあった画像を私が勝手にここへ置きました。

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2014年11月13日

この将門Webのことでの2

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 この私のサイト「将門Web」ですが、読み方は「しょうもんウェブ」と読みます。「将門」は平将門(たいらのまさかど)のことです。実際には生年ははっきりしていません。亡くなったのは天慶3年2月14日(940年3月25日)です。
 この平将門がおこした乱を『将門記(しょうもんき)という初の軍記物で描かれています。私は昔から平氏は関東の武士だという思いがありまして、むしろ源氏は関西だという意識でした。
 頼朝はどうしても昔から好きになれない貴族でしたが、実朝は好きでした。頼朝も実朝も平将門を敬愛することがしきりだったのです。14111303
 私は鎌倉を歩くのが好きですが、平氏を中心とした鎌倉武士団をいつも思い浮かべています。その大元は、私の平将門なのです。
 これからも何度も鎌倉を歩いていくでしょう。そして私の将門Webをいつも書いていくことでしょう。
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この将門Webのことで

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 私のこの将門Webは、バナーがこれです。
 これは見にくいかもしれませんね。このバナーの左の絵は、東大闘争の1969年1月19日の安田解放講堂です。私は当日はここにいました。私はちょうど5階屋上にいました。私は8月20日に保釈になったあと、翌月の9月19日の芝浦工大事件で12月10日に逮捕されました。14102008
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 ただし、私は当時から国粋主義者を自認していました。いつも胸には日の丸を入れていました(この日の丸は父が大東亜戦争で持っていたものです)。
 思えば、懐かしいことをいくつも思い出します。
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2012年02月17日

「医食同源 天下御麺 偲ぶ会 ご報告」

12021701 昨日、このサイト天下御麺の最新のブログにコメントをしました(2012.2.16 10:36:49)。それでこのサイトはトラックバックはできないのかなあ、と思いましたが、できるようです。それでまず、この「医食同源 天下御麺 偲ぶ会 ご報告」にトラックバックします。

 それで、ここの画像は、この「天下御麺」のサイトを見ていましたら、この画像がありました。

埼玉から継続的支援 風化させないために
By tenkagomen
January 14, 2012
Tags: 東日本大震災 継続的支援
津波で行方不明の母に、ZARD「負けないで」の曲を海に向かってトランペットで送りました。

 なんだかこの画像を見ていて、この私も涙がわいてたまりません(画像は勝手に使わせていただきました)。
 私も妻もすぐにカンパをさせてもらいましたが、もっと考えていくべきだなあ、とこの画像を見て思いました。



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2010年10月18日

ツイッターはいつもUPしていますが

10101505 ここのサイドバーにツイッターを置いてあります。ちょうど12のUP分を載せるようにしています。それから、私の以下にもサイドバーに8のUP分を載せているツイッターを置いてあります。

 http://www.voiceblog.jp/shomon/ ポッドキャスト将門

 ここは今ほとんどUPしていませんが、そのうちUPしていくつもりです。なんというか、私は自分の声で喋るのが苦手なのですね。
 それと近いうちに、もう一つサイトを作る予定なのですが、そこにもサイドバーに、このツイッターを載せるつもりでいます。
 ただなかなか新しいサイトというのは、悩み多いものです。



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2010年03月21日

周のツイッター

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 このブログのサイドバーに、私の「周のツイッター」を置いてあります。そしてそのツイッターの下には、「周のつぶろく」のバナーが置いてあります。おのおののURLは以下の通りです。

 http://twitter.com/shomon 周のツイッター

 http://twilog.org/shomon 周のつぶろぐ

「周のつぶろぐ」のほうが、一見ホームページにも見られることもあるのかなあ、と考えまして、私の友人たちにやってもらえないかなと思ったものです。
 それでバナーも替えました。でもそのバナーは「つぶろぐ」の文字のバナーの上に、「周のツイッター」という言葉を載せました。このほうが誰もよく知っている言葉だと考えたからです。そのバナーは以下です。
twilog このツイッターは今後もっと多くの人がやっていくと思います。こんな「自分のつぶやきを載せたからと言って、それが何になるの?」と思うと考えますが、そしてそれはけっこう聞いてきたことばです。
 でも、それは昔、「メールはやっているし、でもケータイメールはやらない」という言葉と同様のものです。これは、「電話はいいけれど、携帯電話はやらない」ということと同じです。「手紙はいいけれど、電話はやらない」と同じです。でももうこんな人いないでしょう。かつ、私はそんな人が手紙も書かないことを知っていいます。
 こういう言い方だと、「文字は駄目だ、口で言葉で伝えないといけない」という古代の人と同じです。私は同様の言い方を伝えて、メールだけでなく、ケータイメールを使うようになった人を何人も知っています。
「ツイッターなんて、何になるの?」なんて言っていないで、是非ともこれで互いの思いを伝えましょう。



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2009年12月25日

「コラムさとう」をはじめました

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「コラムさとう」を12月21日から、開始しました。
 Spider job 蜘蛛業 に「コラムさとう」をはじめました。以下がURLです。

   http://kumowaza.net/taxonomy/term/7

 これは不定期にUPして行きます。上のがバナーです。
 きょう12月25日で、3回目のUPです。私のいくつもの思いをこれからできるだけUPしていくように思っています。



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2009年11月30日

読書さとうのバナー

9db7230c.gif ここに貼るのを忘れていました。ここにあげたのが、そのバナーです。私のこのブログのサイドバーの上の私の各ページのバナーに貼っています。
 今後も書いていくのですが、どう書いていけるかな。自信がありません。


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「読書さとう」をはじめました

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 Spider job 蜘蛛業 に「読書さとう」をはじめました。以下がURLです。

   http://kumowaza.net/taxonomy/term/6

 昨日は、ツルゲーネフ『猟人日記』について書きました。きょうはもう原稿は送りました。「トゥーキュディデース『ペロポネソス戦史』」です。
 私は以下に書きましたように、

 1.これはもう2度と読むことはないだろう。
 2.こんな本を誰が読むのかなあ? 無駄じゃないかな。
 3.大昔に私は読んだことは良かったのかもしれないけれど、そのことの記録だけは書いておこう。

という思いの本を、ここで紹介していくつもりでいます。
 ただ、これは私の記憶だけで書こうと思っていますので、その記憶をたどるのがけっこう大変です。

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2009年11月25日

「歴史さとう」をUPしています

rekisi 私は spider job 蜘蛛業 に毎日 ニュースさとう をUPしていますが、22日より、このサイトに 歴史さとう をオープンさせました。これは毎日更新できるとは思っていませんが、今のところ以下がUPできています。

屈原
テクムセ
青砥藤綱

 ここは、私萩原周二が、私が思い浮かぶ数々の歴史のひとこまを書いているものです。おそらくは、歴史で知ったとしても、それほど大きくは扱われていないことや、けっこう大きな事件・人物であっても、また違う視点から見てみたいなと思うものです。

 このブログのサイドバーにこのバナーが置いてあります。



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2009年11月19日

「ニュースさとう」

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 Spider job 蜘蛛業 に毎日UPしていますのが、このバナーをここのブログのサイドバーにも置いています

   http://kumowaza.net/taxonomy/term/11 ニュースさとう

です。私はこれを佐藤隆家というペンネームで書いています。いえ前にも別なサイトで、「藤原隆家」というペンネームでも書いていました。この人物は、wikipediaで次のようにあるように実在の人物です。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E9%9A%86%E5%AE%B6 藤原隆家

 彼は、天元2年(979年)〜寛徳元年正月1日(1044年2月2日))まで、生きていた人間で、いわばのちの鎌倉武士団にいた武士のような存在でした。刀伊の侵攻に対して雄雄しく戦った人でした。
 それで、今度もこの藤原隆家というペンネームでとも考えたのですが、今度はこの佐藤隆家というペンネームにしたものです。
 それでできる限り、毎日私がインターネット上で見つけたニュースをUPしていきます。(佐藤隆家)



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2008年12月24日

将門Web(ブログ将門)のバナー

 ここのブログのバナーです。随分前に作りましたが、ここで紹介することをすべて忘れていました。ここを、私のメインの将門Webのホームページとするつもりですが、将門Webは、もともとのhttp://shomon.net/がありまして、そちらがインターネット上ではいわば公認されているわけで、ドメインのこともあるので、まだどうしたらいいのか決めかねています。
 それで私のこのサイトをリンクされる場合は、以下のバナーを使ってください。URLは以下です。

   http://shomon.livedoor.biz/

 いつの日かは、http://shomon.net/ をここのURLにするつもりでいます。

 バナーは以下の通りです。

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tops22

 

 

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 サイズは、上から400×40、200×40、88×31 です。



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2008年12月12日

ページ紹介「将門のnewsing」の2

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 前にも、ここで書いていました。でもひさしぶりに一昨日から再開しましたので、ここで再び書きます。きょうで、10、11、12日で4つのUPをしました。

   http://newsing.jp/user/shomon

 ときどきその私の要約・意見にたいして、他の方のコメントを受けていました。その中に、私の書く要約・意見が長すぎるという指摘がありまして、少々私は嫌になっていたものです。
 私は、「全角10文字〜400文字」と書いている以上、400字近く書くのが礼儀だと思っていたものなのです。
 このページは、私のサイドバーにも以下のバナーを置いております。newsing200ぜひ読んでみてください。できるだけ、いわゆる大きなマスコミで扱われている記事ばかりでなく、今後もさまざまな情報も扱ってまいります。できるだけ、一日一つ以上のUPを心掛けます。

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2007年08月11日

「千葉県我孫子市のホームページ」

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 このブログのサイドバーで、このコーナーを作りました。
 ここには、「東京都北区王子のホームページ」というものを置いてあります。私の自宅は我孫子市にありますが、昨年1月より、東京都北区王子の妻の実家に、義母の介護のために来て住むようになりました。ここには一昨年の9月より長女夫妻も同じマンション内に住んでくれています。
 でも残念なことに、義父は昨年3月亡くなりました。
 それで、私は自宅が我孫子で、ここが北区王子で、仕事の事務所が千代田区御茶ノ水で、その移動だけで、大変なもので、昨年10月よりこの王子のマンションの家の一室を事務所にしまして、御茶ノ水事務所は引き上げました。
 今年3月には、次女のブルータスは結婚しました。それで我孫子の自宅は、今は誰もいません。私たちの荷物があるだけです。
 ただ、我孫子の自宅のすぐそばには、兄夫婦の家があり、そこは母も住んでいます。ただ母は現在は入院しています。
 それで、私たち夫婦も、もう北区王子にすべて引っ越そうと考えました。もう私たちには、我孫子は、少し遠いところになりつつあるのです。

 でも我孫子の住民で、私の大学の後輩のナミちゃんが、私に連絡してきてくれて、そして彼女もブログを開始しまして、彼女とブログ上の交流を続ける中、やはりこの我孫子も私の大切な故郷の一つだと確信しました。それでこうして、リンク集を作り、私のブログのサイドバーに置いておきたいと考えたのです。

 以下が、私がリンクした千葉県我孫子関係のサイトです。私が私のサイト内でリンクして、ときどき訪れたいと思ったホームページです。これを私のこのブログのサイドバーでリンクしています。
 ホームページの名称のアイウエオ順です。

 http://www.nerikiri.com/  我孫子の和菓子 福一
 http://www.linkclub.or.jp/~mcyy/ After the Rain
 http://blogs.yahoo.co.jp/namint7 おだんごぱん☆★絵本の名前だよ♪
 http://kiuchi.jpn.org/kita.htm  北柏の周辺
 http://blog.nerikiri.com/  ねりきり日記
 http://www.city.abiko.chiba.jp/  ホーム我孫子市

 今後、我孫子に関連したもっとたくさんのホームページをここでリンクしていきます。

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2007年06月19日

「東京都北区王子のホームページ」 の22

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 次のリンクを追加しました。

 http://kitaku.fc2web.com/ 東京北区の情報
 http://tkobbq.blog75.fc2.com/ 東京バーベキュー
 http://www.moriya-dc.com/ もりや歯科医院

 この3つをこのサイドバーに加えました。更新されていないサイトを削除しました。

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2007年05月17日

ページ紹介「周の赤ふんの話」

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 将門Webの表紙にもあるとおり、私周は下着は赤の越中ふんどしです。私は中学2年のときから、下着を白の越中ふんどしにかえ、その後はそのままやってきました。そのあとは一度も別なものをしたことがないです。学生運動で府中刑務所に入ったときも、どこかの銭湯に入っても、社員旅行で温泉に行っても、誰もに珍しがれましたが、ずっとこれだけでした。私の彼女になった女性たちも最初の最初は驚いたでしょうが、そのうち当りまえになったものでした。
 ただ、問題はこれをどう調達するのかということです。ずっと私の母が作ってくれており、結婚してからは私の妻が作ってくれていました。そういえば、私が東大闘争で逮捕され勾留された東調布署へ、当時の運動の仲間の女の子がわざわざふんどしを作って差し入れしようとしたのですが、警察から断られたと聞いています(東京の留置場では、ベルトとかふんどしとかいう長いものは首をくくれるというので取り上げられるのです)。
 それがデパートでも売っていることを知りまして、しかも色もたくさんあることを知りました。それで赤ふんもするようになりました。娘二人も、子どもの頃は嫌で堪らなかったようですが、大学生になる頃には、認めてくれるようになりました。このことについては、次女が次に書いてくれています。

 http://members.jcom.home.ne.jp/sbrutus/profile.htm#titi 父について

 それで、この将門Webを開設するときに、長女に「パパのイラストを描いてくれ」と頼んだら、すべて私が赤ふん姿のものを描いてきました。3点あるうちの1点を選んだのが表紙の私の姿になっているのですが、こうなると私はもうふんどしでも、白色はやめて赤ふんばかりするようになりました。
 そして今になりますと、この私のふんどしへのこだわりについても、私のホームページで披露していくべきだなと考えました。今後さまざまなことを書いて行きたく思っております。(2002.08.26)

   http://shomon.net/garakuta/akahun.htm  周の赤ふんの話

 私は、「今ふんどしの人が増えているんだ」なんて言っていますが、次女には、「そんなのは嘘だ」とばれまくっています。

  http://shomon.net/garakuta/akahun1.htm#050212 次女とふんどしの話

 私は今、初孫が男の子ですから、「あ、この子にも赤ふんにしよう」と勝手に思っていますが、もう長女には大反対されるでしょう。
 思えば、もう私は今後ずっと少数派でいくしかないのかなあ。悔しいことですが、もう何も変わりそうもありません。

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2007年05月09日

ページ紹介「周の犬の話」

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 周の一家は、ずっと犬と一緒に暮らしてきました。私が育った生活の中で、一緒に暮らした秋田犬は200頭を超えているでしょう。秋田市に住んでいたときにはじめて「剣光号」という秋田犬を飼いだしまして、その犬をそのあと名古屋、鹿児島と連れて歩きました。名古屋からは、この犬の妻である「秀峰姫」も一緒に歩きました。だから、家にはいつもたくさんの小犬も生まれていました。名古屋では洋犬も飼っていました。英国のコッカスパニュールという種類の洋犬が雄雌いました。この洋犬が、地面が冷たいためか剣光号の背中に乗って寝ている姿の写真が今もあります。可愛いんですよ。(そういえば、この名古屋では、我が家には小鳥も数種類、全部で50羽くらいいたものです)
 そして、我が一家はこうして日本中をあちこちと歩いたわけですが、なぜかあちこちで不思儀なほど野良犬との出会いがありました。なんだかいつの間にか野良犬が私の家に出入りしているのです。
 そんなたくさんの犬との出会いをここに記録しておきたいと考えました。(2002.11.18)

   http://shomon.net/garakuta/inu.htm  周の犬の話

 このところ、私の母が体調がよくなくて、入院しています。そこへ私は見舞にも行きますが、なんとしてもまずは手紙を書いています(ただもう母は手紙は読めないかもしれません)。その手紙に何度も、この私の一家が関係した犬の思い出を少し書いてきました。そうすると、「私の一家は秋田犬だけとの関係ではなかったんだな」ということに気がついてきました。それ以外の種類の犬とも、洋犬とも何匹かのつき合いがあるし、野良犬ともあちこちの街で知合いになったものでした。(2007.05.09)

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2007年05月03日

ページ紹介「周の学生時代」

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 私は昭和23年生まれで、大学に入学したのは昭和42年(1967)のことです。ちょうど私は「団塊の世代」と言われる年齢であり、大学では三派全学連、全共闘の時代でした。そして私もその真っただ中で激しく活動していました。ただ、私は学生運動だけではなく、サークル活動も、学園祭も、恋愛も、アルバイトも、何もかも激しく動き回ったつもりであります。
 そんな私の学生時代とその時代の仲間たちのことを書いておこうと思っておりますページがここです。
 まだたいしてUPはしておりませんが、そのうち当時のビラや写真が発見できると思いますから、たくさんいろいろと書いていきたいと考えております。
 書きました日時の順で並んでいます。 (2004.03.11)

   http://shomon.net/garakuta/gaku.htm  周の学生時代

 思えば、学生時代のたくさんの記録もあるのですが、なんだか私のホームページ上に書いておくのも羞しい気持にもなってしまいます。思えば、ただただ若いだけでしたからね。
 今は少し思い出して、「これは書いておこう」というものは書いていこうとだけ思っています。青春はやはり、いくつも懐かしいが羞しい思いがこみ上げてくることばかりです。

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2007年04月29日

ページ紹介「周の恋の話」

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 周はたくさんの恋をしてきたつもりでいます。「初恋」というようなことを意識したのは、小学校3年9歳のときのことです。そのとき好きになった少女のことが、そののちの私の生涯でも、ずっと大きな存在を占めてきました。
 このあともたくさんの恋をしました。中学2年のときに好きになった少女のことをずっと大学生になっても好きでした。そして大学2年のときに出会った少女とは、当時の激しい政治情況の中で、私もまた激しく恋をしました。刑務所に面会に来てもらったり、別にまた逮捕されたときには、接見禁止の中、たくさんの本を差し入れてもらったりしたものでした。この子とは大学を出たあともずっと双方の家族含めてつき合いがあったのですが、その後別れてしまうことになってしまいました。このことは、今でも、なんだか心の中で重いしこりのようなものになっています。
 そんな私の恋の思い出を書いているのがこの部屋です。
 ただ、なんとなく羞しく、どうしても書けない思いだけだったのですが、今やはり書いていこうと強く決意しました。
 たくさんのことを思い出します。今後、とにかく書いてまいります。(2004.07.05)

   http://shomon.net/garakuta/koi.htm  周の恋の話

 もう孫のいる私です。なんだか羞しいなという思いのまま、いろいろな思い出を書けないままになってしまっています。
 上に少し書いております私の3つの恋の思い出はなかなか書き出せません。それで思うのですが、それ以外のいくつものことを少しづつ書いていきたいと思っています。そうしていく中で、また書き進むことができるはずです。
 そうしないと、いつまでも中途半端なままだなと反省しております。

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2007年04月12日

「東京都北区王子のホームページ」 の21

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 次のリンクを追加しました。

 http://blog.livedoor.jp/ojiblog/ 王子小劇場ブログ
 http://blog.livedoor.jp/spider33/ REAL WRESTLING TEAM SPIDER
 http://blog.heyalog.net/ooji/ ハウスコム王子店
 http://oujiekimae.at.webry.info/ 王子の整体カイロ

 この4つをこのサイドバーに加えましたので、ほぼ更新されていないサイトを同数削除しました。更新されないホームページなんて、まったく意味がありません。でもなんで、そのままほったらかしなのでしょうか。

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2007年04月08日

ページ紹介「周の追悼私記」

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 吉本(吉本隆明)さんに「追悼私記」という本があります。この吉本さんから題名をいただいて名付けたのがこのページです。
 思えば、人はいつでもさまざまな人の死に出会うわけですが、そんな死に出会ったときに書いてきた文章を集めてあります。もっと書かなくてはならない友人の死がありますし、かつもう書いてあるものも、もっとあります。ただどうしてもこのページだけは充実していくのが、なんとなく悲しいことです。(2001.04.30)

   http://shomon.net/garakuta/tuitou.htm  周の追悼私記

 もうこのごろは、58歳の私よりも年下の方の死に出会ってしまうことも多くなりました。いつもそうしたときには、「何でなんだろう、何なのだろう?」ということばかりが私の頭の中を駆け巡っています。
 ほとんどの方が、その死の知らせが来て、ただただ驚いています。そしてその死があったという事実だけでも正確に私は知ろうとしていますが、よくはっきりとは判らないままのことも多いのです。おそらく、予期しない年代の死ですと、そのことも悲しみの中で、私のほうにちゃんと伝えることもなかなかできないということなのだろうと思っています。

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2007年04月06日

ページ紹介「周の中国の話」

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 私はいろいろなところで、実によく「何が専門なのですか?」と聞かれることがあります。そうすると私はいつも返事に困ってしまいます。経営コンサルタントだとすると、「得意な分野は販売管理です」とか「労務管理だ」とでも答えていけば相手は安心するのでしょうかね。
 そもそも私には専門な分野などないのです(いや、そもそも「労務管理が専門です」なんて気持悪いよ。「販売管理の専門」というのもおかしいです。それは大学の先生の話でしょう。何の役にもたたない先生方ですね)。
 いろいろなクライアントでは、顧問であるわけだし、あるところでは「パソコンの先生」と呼ばれているし、あるところでは「詩吟の先生」などと言われています。
 そんな私がいつも返事で困っているわけなのですが、それなら逆に何が得意かといえば、比較的に得意だということなのですが、中国の歴史については詳しいと思っているところでしょうか。思えば私は学生時代は「東洋史」が専門でした(でも学生時代は、ただただ学生運動をやっていたわけですが)。そこでそんな私が、中国に関したことをここで披露していきたいと考えました。
 今後ももっとUPしてまいります。とくに「中国の神話」については、「舜あるいは俊」(これは「史記」の「五帝本紀」の最後の帝王の舜は、一般の人民の出身だというが、実はもともとは神ではないのか。しかも中国の北と南ではまた違う性格の神ではないのか、というところにあります)という題名でのUPをしなくちゃと思っているのですが、まずは確認したいことがあり、その確認のための書物をなくしてしまったもので、それを古書店で探してからと考えております。(2002.02.04)

   http://shomon.net/garakuta/naka.htm  周の中国の話

 いや、このところなかなか書いていないなあ、と反省しきりです。

 このごろスカイプで中国の若者と話すことがありますが(彼らが日本語で喋ったりチャットしたりしてくれるから、私も話せるだけです)、中国の漢詩のことを聞いたり、魯迅のことを話そうとしても、あんまり今の若者は、そんなことに関心はないようですね。李白の詩のことを言っても(チャットでテキストで書けるから、彼らも読めるはずなんですが)、全然知らないということがあるようです。
 大変に残念ですね。

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2007年04月01日

ページ紹介「夢の中の日常」

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 私周は、長年睡眠時間は平均4時間ですましてきました。平均ですから6時間だったり、2時間だったりいろいろです。(これは私が25歳くらいのときから、今年4月までのことです。判ったことですが、要するに私が高血圧だったということです。57歳になった私は高血圧を抑える薬のせいで、1日7時間は眠る身体になりました)
 私はベッドに入って寝ると、次のような段階があります。

  1.目はつぶっているが、眠れていない。
  2.半覚醒状態で、さまざまなものを感じる。
  3.夢を見ている。夢はいつもオールカラーである。
  4.完全に眠っているらしい。

 2段階目の状態はけっこう辛いものです。私のまわりにいろいろな存在を感じるのです。ときにはそれがかなりな恐怖の状態にもなります。音が聞こえたり、存在が見えるような気持になったり、あきらかな何者かの存在の息を感じたりします。もちろんそれは、私の妻や子どもたちではありません。これは自分の家でなくても感じてしまいます。ちょうどかな縛りにあったような状態にもなります。
 でもとにかく眠らないとならないわけですが、その時には、いつも「眠るんなら夢を見なきゃ損だ」と思ってきました。そんな決意のせいかどうかは判らないのですが、3段階目の夢もそれこそたくさん見ます。そしてうまくいくときには、次の日にまた前の日の夢の続きを見ています。それと、どうしてか私がまたまったく同じこの日本なのだが、違う生き方をしている夢をずっとみているような記憶がかなりあります。そこの世界でもなんだか私はまた必死に毎日動きまわっ ているようです。
(このことは、私は本当に私自身がこの宇宙では何人もいて、それどれ別な生活をしているのだというふうに思っています)
 そんな毎日たくさん見ています夢のほんの一部をここで披露していきます。本当は、もっと毎日詳細に書いていけばいいのでしょうが、なかなかそうもいきません。
(夢を見たあと、すぐに内容を書けばいいのですが、そうしないとすぐに内容を忘れます)
 この私の見た夢を書いたのが、この部屋です。
 この「夢の中の日常」とは島尾敏雄さんの「夢の中での日常」を真似ました。
私は夢の中でも、なんだか必死に懸命にいろいろなことをやっているのですが、なんだかそれが夢の中でも、私には「日常」になっているのです。(2005.09.03)

   http://shomon.net/bun/yume.htm  夢の中の日常

 この頃、この私が夢を見た記録をより書くようになってきました。私のブログでは、

   http://shomon.livedoor.biz/archives/cat_714069.html  夢の中の日常

として書くようにしています。
 毎日見る夢をできるだけ記録したいのですが、なかなか出来ていません。目が醒めるともうすぐに忘れ果ててしまいますからね。
 でもできるだけ早く記録しようとすると、いくつものことに気がつき、いくつものことを思い出してゆけます。
 今後も毎日夢を見ていきことでしょう。できるだけ、その夢のことを少しでも記録していくつもりでいます。

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2007年03月29日

ページ紹介「周の故郷」

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 私の周のプロフィールをごらんになると判るのですが、私は生まれたのは茨城県ですが、その後東京、秋田、札幌、名古屋、鹿児島、横浜と引越してきました。その後は、浦和、沖縄、船橋、早稲田、王子、我孫子とあちこち住んできました。
 それで、そのそれぞれの土地にはたくさんの思い出があり、そして思い入れがあります。みな私の故郷になるのでしょうか。私の思いの中で好きなところといいますと、秋田と沖縄だけです。あとはどこも好きではありません。
 そんな私の思い出の中の故郷をここに書いていきたいと思っています。思えば、もともとの生まれ故郷である茨城には、嫌悪の気持と、そしてどうしても好きになりたい気持がいつも半ばしています。
 もっともっと書いていかなければならないと深く思っています。(2002.12.16)

   http://shomon.net/garakuta/hurusato.htm  周の故郷

 それで我孫子でも3カ所住むところを替えました。あ、我孫子の父の家を含めると4カ所住んでいるんだ。
 思い出せば、秋田は2カ所、名古屋は3カ所、浦和は2カ所住んでいるんですね。そして今は、我孫子が自分の住所ではあるのですが、もう王子に一年以上生活しています。この王子も私の故郷と言えるのですね。
 おそらく、この王子にずっと住むことになると思いますが、でも私の今までの生涯を思うと、どうなるのかは、なんとも言いきれませんね。(2007.03.29)

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2007年03月21日

ページ紹介「ガラクタ箱のガラクタ」

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   http://shomon.net/box.htm  周のガラクタ箱

の下層にたくさんの部屋があるわけですが、その中で、どこの部屋にも分類しずらいなというものをここに集めてあります。
 この中のどのページも、まだまだUPしてある量は少ないのですが、今後もっと充実させたまいります。「周の恋の話」なんていうのは、実はもういくつか書いてはあるのですが、なんだか耻かしいのですね。なんとか決意がついたらUPしてまいります。(2001.10.30)

   http://shomon.net/garakuta/  ガラクタ箱のガラクタ

 今ここの各ページを少し眺めていました。どうでもいいことをいくつも書いていますね。でも私は、「ああ、もっと書きたいこと、書くべきことががあるなあ」と思ったものです。
 自分で思い出すこと、そして思っていることを早く書いていくべきだなと強く思いました。
 そうしないと、何もかもが間に合わない感じを抱いてしまいます。

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2007年03月07日

「東京都北区王子のホームページ」 の20

 次のリンクを追加しました。

 http://www.aa.alpha-net.ne.jp/jizakear/ 荒とよ
 http://www.ouji-hospital.com/ 王子病院
 http://www2.wagamachi-guide.com/japanpost/search/syousai.asp?ID=6243 王子郵便局

f220d920.jpg 一つ前の「東京都北区王子のホームページ」のリンクについて に書きましたように、3つのサイトをリンクしましたので、不活発なサイトを3つ削除します。
 王子病院は、義父がずっと世話になっていました。王子郵便局は24時間使えますので、いつも使わさせてもらっておます。

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「東京都北区王子のホームページ」のリンクについて

8ea12082.jpg このブログのサイドバーで、「東京都北区王子のホームページ」を掲載しています。ここに掲載する前に、このブログの本文でそのリンクするホームページを少し解説しています。
 ところが、かなりその数が増えてきました。そのサイドバーが下に下に長くなりましたね。もうやたりに増やしてはいけないな、という思いになりました。
 でもこの私が王子に関連するかなというホームページは、とくにブログが多いのですが、どんどん増えていくばかりです。
 それで、今後は増えていく分の数を、あまりに不活発なホームページは同数削除していきたいと考えています。「いいブログだなあ」と思っても、「でも今は全然更新されていないな」というところもあります。これは、ここにリンクしていて、それでここから訪れてくれる方にもちょっと失礼だよなあ、と思いまして、今後はそのような措置をとります。
 とにかく、更新されないホームページなんて、まったくその存在意味がありません。
 そうしたホームページはこのリンクからはずしていきます。
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2007年03月06日

「東京都北区王子のホームページ」 の19

 次のリンクを追加しました。

 http://blog.livedoor.jp/jo_an/ 序庵つれづれ記 --和の心を求めて--
 http://www.t-a.co.jp/ 椿建築デザイン研究所
 http://blog.livedoor.jp/tsubaki393/ 椿四方山話
 http://tainfo.exblog.jp/ T&Aブログ建築饒舌抄 一期一会の出会いを大切に 椿建築デザイン研究所公式ブログ

 こうして、私が今住んでおります東京都北区王子(住んでいるのは、王子ではなく豊島1丁目です)のホームページを見つけていますと、そのホームページの中にいくつものことを発見しています。
0f1c1c53.jpg ただ今は、みなそのホームページの中にブログで日々情報を発信されているところがいくつもありますね。
 あちこちで聞くことですが、どこかの外注先にホームページを作ってもらっただけのところは、そのうち「止めてしまった」という言葉が出てきます。「費用がかかったのに、その割には何にもならなかった」ということばかり感じるようです。私は接しました、この北区王子のいくつもの店でも、そういうセリフを聞いてきたものです。
 でも、それはそのホームページを外注したお店や会社がまず、「自分でやりきる」という姿勢がなかったことが大変に残念です。だがそれ以上に大きいのは、そのホームページを作った若い人(と言っても、40代・30代のようですが)中心の外注先が、まったく何もできなかったということが言えるかと思っています。
 幸い、今はブログという、日々更新していくには、簡単で格好のシステムがあります。
 ぜひとも、これで誰もがインターネットの場に、自分のさまざまな思いを広報する手段を持ってほしいなと思います。
 ここでリンク紹介したサイトは、みな一つ前のUPでの テルメ末広 のサイトから私が知りましたものです。

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「東京都北区王子のホームページ」 の18

 次のリンクを追加しました。

 http://sumiyoitoshima.web.infoseek.co.jp/ 住みよい豊島をつくる会 ホームページ
 http://www.city.kita.tokyo.jp/misc/jidoukan/j031/annai/annai.htm 育ち愛ほっと館
 http://www.therme.co.jp/ テルメ末広

c1c8c8a1.jpg 長女が、ポコちゃんを連れて、「育ち愛ほっと館」へ行ってきたと言っていました。それで、そこでの様子を聞きました。
 それで、「あ、今度はじじも行くよ」といいましたが、「そんなの、誰もじじなんか来ていないよ」と長女はいいます。
 そんなのさあ、じじもみな行きたいのに、行かせないんじゃないかなあ。

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2007年02月26日

「東京都北区王子のホームページ」 の17

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 次のリンクを追加しました。

 http://kiyoshib.at.infoseek.co.jp/ 梶原の渡し
 http://kajiwara.o-ji.net/ 梶原銀座商店街
 http://www.happy-cl.com/ ハッピークリーニング

 ちょうどさきほど、王子北区王子2丁目28番11号の「ドライショップかわしま」に洗濯物を出しに行きましたら、この「ハッピークリーニング」のホームページの名刺がありましたので、もらってきました。このクリーニング屋さんは、この王子の義父も義母も長くお世話になっていたところです。このお店のご主人である女性が大変に綺麗な方です。思えば、私は大昔は知りませんでしたね。このごろ知ったものでした。
 ホームページがあるのはいいのですが、できたらそのホームページの中にブログも開設してほしいものです。

 梶原銀座商店街は、周の推薦番外篇「都電もなか本舗明美」に書きましたように、「都電もなか」を購入していきまして、この商店街を自転車で走りました。この商店街のホームページを見つけたのは、「梶原の渡し」のサイトから行ったものでした。

 できたら、いろいろな商店街の、その一つ一つの商店自身が、ホームページを展開してほしいな。ブログなら簡単にできるんじゃないかな。ブログなら、そこを利用する人たちに、実にいい情報提供ができるはずです。

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2007年02月25日

ページ紹介「周のガラクタ箱」

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 私のホームページ将門Webの中で、実にどうでもいいようなことばかりを書いてきたわけですが、その中でもとにかく、ただただ多い量だけを書き、そして置いてあるのが、ここのページです。どうみてもただガラクタのようにしか思えませんでしたので、この名称にしたものです。
 今後も毎日のように量が増えていくだろうと思っています。(2005.10.21)

   http://shomon.net/box.htm  周のガラクタ箱

 今ブログが、インターネットのホームページの中心と言っていい存在になりまして、そして私もまずは最初にブログで発言をしていくことで、以前よりもインターネット上で広報していくことがずいぶん楽になりました。
 だから、私はブログで広報したことを、そのあと自分のホームページの各ページに収容しています。
 ところが、このごろ、もうホームページ上の各ページに収容している時間がないという事態が続いています。
 ただ、ブログでは、もうばらばらにUPしていることが、ホームページでは少しは整理されているいるので、やはり今後時間を見つけてやっていこうとは思っています。
 その私のホームページの中で、一番大量のことを収納しているのが、このガラクタ箱です。今後もここは拡大してまいります。

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2007年02月20日

ページ紹介「金丸は何故逮捕されたのか?」

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 本来なら、

   http://shomon.net/jokyo/  周の情況への発言

に含まれる文書なのですが、あまりに量が多いために独立したページにしましたのがこの部屋です。
 これは大きく二つの内容からできています。
 1992年の9月に金丸前自民党副総裁の佐川急便5億円献金問題での東京地検の事情聴取に際して、当時の青島幸男参議院議員が「金丸やめろ」とハンストを開始したというニュースに対して、私が開始しましたのが、「金丸と青島とどっちか選ぶ」という文章で、さらに翌年97年3月に金丸が逮捕されたことについて書き出した文章が「金丸はなんで逮捕された」です。
 これをまとめましたのが、このページです。当時この文書はプリントもしたのですが、けっこう読んでくれる方がいまして、さまざまな意見をもらったものでした。ただ、こうして文章にできないこともありまして、それらのことは、みな口答で喋っていたものでした。
 まあ、今になってみると、判りきったことかもしれませんが、読んでみてください。(2001.11.26)

   http://shomon.net/seikei/kanamaru.htm  金丸は何故逮捕されたのか?

 思えば、もうあの時から15年が経っているのですね。金丸や社会党によってその命を存えてきた北朝鮮もいよいよ、崩壊のときになってきたかと私は思っています。
 あとは速やかに、その混乱ができるだけほかに伝わらないようにして行ってほしいわけですが、韓国がその混乱を引き受けざるをえないというのは、いわば仕方のないことですね。おそらく、ドイツが東ドイツの崩壊を引き受けたどころではない大混乱が朝鮮半島に起き続けるでしょう。
 でもそれは致し方ないこととしか思えません。
 ただし、この日本が、混乱混迷する韓国をできるだけ助けていく隣国の友人としての役割を果たすことは大事なことだろうと思っています。(2007.01.19)

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2007年02月15日

「東京都北区王子のホームページ」 の16

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 次のリンクを追加しました。

 http://lwac.jp/comunity_machi_oji.htm LWAC 住むまち探し 北区王子に住む
 http://plaza.kitaku.net/ 北区NPO・ボランティアぷらざ
 http://www.kase0082.jp/hybrid/ohji.htm ゲストハウス王子
 http://www.hotel-london.co.jp/ouji-london/ ホテルロンドン王子店

 ホテルロンドンは、ラブホテルでもあるようですが、こうして普通のホテルとしても使えるのだということに感心しました。運営されている方の誠意をおおいに感じました。いや、今はもうあらゆる工夫をこらしたホームページのいくつもに感心しています。

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2007年02月14日

「東京都北区王子のホームページ」 の15

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 次のリンクを追加しました。

 http://www.jmra.gr.jp/adachi/ 安達製作所
 http://www.koyamashuzo.co.jp/ 小山酒造
 http://www.sanyo-stamping-i.co.jp/ 山陽プレス工業
 http://musashino.gagaku.net/ 武蔵野楽器

 小山酒造には、何人かで見学に行ったことがります。10年くらい前かな。武蔵野楽器には、次女が買い物に来たことがありました。こんなに今の王子の家のすぐそばなので、私は大変に驚いたものでした。

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2007年02月12日

ページ紹介「周の書評(教育篇)」

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 教育に関係するだろうという本の書評がこの部屋です。
 私の二人の娘は東京都と千葉県の小学校の教員です。二人の教員としての姿は、私もずうずうしくその学校へ行きまして、よく見ています。私ももともとは教員を目指していたわけなので、この教育についての本はいくつも読んできたものでした。
 そしてこれからもたくさん読んでいくだろうと考えています。
 これからも読んでいきます。そして読むだけではなく、私もさまざまにたくさんの方と話していきたいと考えています。(2005.11.28)

   http://shomon.net/kyoiku/bookkyo.htm  周の書評(教育篇)

 長女の彼も、もうすぐ結婚する次女の彼も小学校の教員です。だから私は一緒に会って一緒に話していると、とてもいろいろなことを知ってきます。そしてそのたびに、それに関係した本があれば読んできたいと思ってきました。またみなに紹介したいと思ってきたものです。
 いや、もちろん教員として読むべき本というのはいくつもあると思います。ただ、ここでは、そのうちの教育に直接関連関係するのではないかという本を私が読んで、ここに書いています。
 今後もいくつも読んでいきたいと考えています。

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2007年02月07日

「東京都北区王子のホームページ」 の14

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 次のリンクを追加しました。

 http://www.firice.com/seki/ 飛鳥山 関の甘納豆
 http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/toden/ 都電荒川線
 http://kitaku-okamisan.akabane-obana.com/ 北区おかみさん元気クラブ
 http://ruport.jp/kt/ るぽると!北区新聞
 http://www.lanshields.jp/ 城北ランシールズ 公式ホームページ

 この北区にもたくさんのホームページがありますね。こうしていくつものサイトを見つけて拝見していますと、いつも新しくたくさんのことを知ることができます。

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2007年01月24日

ページ紹介「周の書評(作家別篇)」

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 書評を書いていて、だんだんと一人の作家の作品批評が多くなってきましたときに、その作家単独のページを作ることになりました。いや、まだそれほどたくさんのことを書いているとは言えないわけですが、今後もその作家についての書評を増やしていきます。現在は、飯嶋和一、さくらももこ、塩野七生、島田荘司、長谷川慶太郎、藤沢周平、吉本隆明、魯迅、島尾敏雄の各ページがあります。
 今後このページに置きたい作家としましては、山口瞳、ゲーテ、ドストエフスキーがあります。(2003.11.11)

   http://shomon.net/hon/chosha.htm  周の書評(作家別篇)

 その後作家としては、誰一人の部屋も増やしていません。以下の作家については、

   http://shomon.net/hon/kazuiti.htm  周の書評(飯嶋和一篇)

出版されている著作はすべて読んでおりますが、まだ1冊の書評しか書いていません。ちょっと我ながら情けないよなあ、ということころです。
 今後、なんとしても私のホームページ内の各書評のページを充実させてまいります。



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2007年01月23日

目森さんからのコメントがありました。申し訳ありませんでした

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 私の ページ紹介「あげあしとり」に、目森さんから以下のコメントがありました。

 レターズのURLは、http://park1.wakwak.com/~hana/let/letters.html

 私、目森のサイトのurlは

http://park1.wakwak.com/~hana/

 です。
 ここで紹介されているのは、東京メタリックの頃のurlです。
 僭越ながら、訂正させていただきます。

 申し訳ありません。
 なんだか私はもうろくでもないことばかりしでかしていますね。お詫びします。それで私の

   http://shomon.net/kyoiku/age.htm  あげあしとり

の「はじめに」の部分を訂正しました。
 申し訳ありませんでした。謝罪します。

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2007年01月22日

ページ紹介「あげあしとり」

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 私は1992年4月から「柏市民ネット」というパソコン通信に参加していました。そこでさまざまなことを書いていたわけですが、教育に関することについては、「あげあしとり」という題名の連載を続けてきました。
 最初は、私の書くRESに関して、「それはあげあしとりじゃないか」といういわれ方をしたことがあり、それが非常に気にいってしまい、この題名で続けたものです。
 この「あげあしとり」で書いてきた内容の多くは、現在

   http://www3.xdsl.ne.jp/~hana/  目森のページ

にあります「レターズ」(これは「ティーンズロード」という雑誌に連されていたものの一部です)に関したものでした。私は目森一喜さんと同じように、ただただ涙を流し、怒りを覚えながら必死に書いていたように思います。また新聞等々で見聞するさまざまな教育での問題についても、これまた書いてきました。その過去述べてきたことを整理して掲載しているのがこのページです。
 今後も教育に関して、考え感じることがあったときには、ここにUPしてまいります。(2002.04.15)

   http://shomon.net/kyoiku/age.htm  あげあしとり

 それにしても、このところこのUPが滞っているなあ、と反省しています。もう孫のできた私ですから、またさらに「教育について書いていくべきだよなあ」なんて考えているところです。
 ちょうど私の娘二人の相手も教員ですから、たくさん話すことがあります。こういう家族になれたことは嬉しいです。
 そしてさらに私の孫たちがいろんなことをしてくれるでしょう。また孫の世界にも私に大きく拘わっていくようになるんだろうな、と考えています。

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2007年01月10日

ページ紹介「周の教育の森」

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 私は埼玉大学の教育学部出身です(入学は1967年、卒業は1973年です)。中学課程の社会科専攻で、専門は東洋史でした。もともとは、将来は教員になろうかなと考えていたわけですが、私の時代は、実に学生運動の盛んなにときでした。そうした中で、そういう道は歩かず(実際に公民権停止が続きましたから、事実上無理な話でした。)今の姿になったわけです。この私の大学卒業後の職歴に関しては、

   http://shomon.net/work/shoku.htm  周の職歴

書いてあります。
 ただ、教員にはなりませんでしたが、この「教育」ということに関して、ずっと関心を抱いてきました。私が加わりました東大闘争その他で、「教育とは何か?」という問いがあったときに、私は「教員にならなくとも、教育には誰でも携わっていけるし、そうしていくべきだ」と思っていたものです。
 また私には二人の娘がいますが、この二人の「教育」ということでもいろいろなことを考えてきたものです。そして長女は東京都の小学校の美術の教員になりました。次女は、千葉県の小学校の教員になりました。今でもよく「教育」についてのことを娘二人とよく話しています。二人の職場にもよく行っています。
 この私がこの「教育」についてさまざまに展開していこうと考えていますのがこのページです。               (2005.10.24)

   http://shomon.net/kyoiku/  周の教育の森

 私の長女の夫のみつ君も埼玉県の教員です。そして今年の3月25日に結婚する次女ブルータスの彼も千葉県の教員です。だからこの4人が集まるといつも自分たちの生徒たちの話になります。このときにそばにいる私も実に真剣にその話をきいています。
 いつも思うのが、今の生徒たちのご両親の教育に対する関心の高さです。これは私にはとても素晴らしいことに思えます。
 それともう一つは、もうどこの地域でも、日本人でない子どもたちがクラスに入ってきていることでしょうか。このこと事態はいいことだと思うのですが、でも教育の現場ではかなり大変な時代になっているのですね。
 でもつねに私も関心をもって、この教育について考えていく姿勢は失わないつもりです。
 私の生まれたばかりの初孫も、すぐに保育園に通うようになるでしょう。そうするとまた、すぐに教育の現場と触れ合うようになるのですね。私は積極的に関わってまいります。

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2007年01月02日

駿河台経営研究所の年賀状

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 私の事務所の年賀状を置いてあります。ずっとパソコンで作ってきたのですが、ここの最初のページには現在に近い3年分を掲載しております。
 このページには、毎年元旦から15日までトップページからリンクしています。
 過去篇には1992年からすべて置いてあります。   (2005.01.01)

   http://shomon.net/work/snen.htm  駿河台経営研究所年賀状

 今は、ホームページのTOPページとブログ将門のサイドバーのTOPからリンクしています。
 ただ出す枚数は少なくなりました。もう年賀状をのものを出さないという会社や個人もありますね。思えば、もうみなメールでいいのかもしれません。
 ただ今年の干支の猪のカットは、私の長女が紙粘土で作ったものを撮影したものです。今後はいろいろなときに、こうして長女に作ってもらおうと思っています。いや、本日他の猪の置物を購入したのですが、長女の作った猪のほうが私には可愛いのですね。こんな感じの干支を作ってもらえばそれが12揃ったらうれしいことだと思っているのです。

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2006年12月26日

ページ紹介「周の年賀状」

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 毎年元旦から15日まで、将門Webのトップページからリンクしているのがこのページです。
 このページでは今年までの3年分の周の家族の年賀状を、スキャンしてUPしています。
「過去篇」には1985年からUPしています。実はもっと何年分かの年賀状があるはずなのですが、まだ見つかっていません。もしこれ以外の年賀状をお持ちの方は、お知らせいただけますか。ぜひスキャニングさせてください。
 この年賀状を毎年ずっと郵送しています。こうしてウェブ上にあるものと印刷した年賀状は、同じなのですが、印刷した実際の年賀状のほうが、もっと明るく綺麗に出来上がっています。
 でもとにかくこの年賀状の作成には大変に時間がかかります。いつも「なんで、こんなに年賀状に苦労するのかな?」なんて思っています。(2005.09.08)

   http://shomon.net/profil/nen.htm  周の年賀状

 いつもこの時機(というよりも、もう少し年末にだが)は年賀状作りに必死です。でも今年は義父の喪中ということで、もうその葉書は12月早々に送ってあります。
 毎年年賀状作り、とくに印刷には大変に労力を使ってきました。またこのときにいつもカラーインクをたくさん消費してきたものでした。
 思えば、このカラーの年賀状の印刷のために、プリンタも買い替えてきたといえるかと思います。もう何台目なんだろうか。

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2006年12月19日

ページ紹介「長谷川慶太郎の世界」

06121901 私はちょうど1991年の頃から、この長谷川慶太郎さんを知りました。そのときから出版される本はすべて読むようになりました。
 私はいわば学生のときから、ずっと吉本(吉本隆明)さんのファンで言っていいと思っています。いえ、最初は、吉本さんをすぐに好きになったわけではありません。私は激しく学生運動をやっていましたから、その中で、どうしても運動をやらない理由に吉本さんの言われることをぐづぐづ言うことが多いなと感じていたからです。
 でもそれはまったく私がいけなかったのです。このことはぐずぐずいう人が問題であって、吉本さん自身は実に素晴らしい方でした。もうそれはずっと感じてきています。
 そして慶太郎さんなのですが、1980年代後半に盛んに誉める人と会いましても、私は少しも知ろうとしませんでした。これはまったく私の馬鹿さ加減です。私は熱心に日本資本主義を擁護する知識人に思えていたものです。
 でも、ひとたび彼の本を読みまして、彼の言われることを知ると、私はもう熱烈なファンになっていきました。

   http://shomon.net/keitaro/  長谷川慶太郎の世界

 それで、私のホームページ内に、この部屋を作りました。ただ、まだまだ量が少なくて、私自身が不満です。
 私は慶太郎さんの言われることを読んでいると、

   長谷川慶太郎は、もう一人の吉本隆明である

という言葉が浮かんでくるのです。これはまた

   吉本隆明は、もう一人の長谷川慶太郎である

という言葉に置き換えてもいいです。
 だから、もっとこの部屋を充実していかないとなりません。だから彼の本をただ読むだけでは、いけないのだなあ、と思っています。
 今後もなんとか私のブログに書いてみて、それをこの部屋に収納していきます。

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2006年12月12日

ページ紹介「周の文学哲学歴史話」

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 周は子どものときに、好きな学問と言ったら、本心では「歴史」と答えていたでしょう(でも、この本心をいわないわけなのでが)。
 そんな歴史に関係する話や文学や哲学に関して考えたことを述べている部屋がここです。
 ここに書いている話は、みな私がただただ一気に書き上げていったものばかりです。これからも、なにかとんでもなく感じることがありましたら、あるいは、「こりゃいわなきゃな!」というときには、一気に書いていきます。ただし、最初は

   http://shomon.livedoor.biz/  ブログ将門

に書くことを原則にしていきます。
 なお歴史に関することにしては、時間的に現在(限りなく近いもの(いわば昭和の戦後に当たるもの以降)は

   http://shomon.net/seikei/  周の政経塾

(多くは「http://shomon.net/jokyo/  周の情況への発言」)で扱います。
 目次は題名のアイウエオ順ですが、

   http://shomon.net/bun/reki13.htm#tibin  ビキティンギ事件

だけは、その上の

   http://shomon.net/bun/reki13.htm#tibin  テビンティンギ事件

と関連がありますので、この順番にしました。     (2005.08.28)

   http://shomon.net/bun/reki.htm  周の文学哲学歴史話

 実はこれは今までかなりな量をブログ将門に書いてきていて、マガジン将門でも書いているのですが、もうしばらくこの部屋に転載していないのです。どれもかなり量が多いので、アイウエオ順で並べていると、すべてのページを更新しないとならない状態になり、それがかなり時間がかるので、やっている時間がありません。
 このままほっておくわけにはいかないので、いつか整理します。だがある時点で、題名のアイウエオ順をやめて、私が書いた時間順にしないと整理できない感じですね。
 とにかく整理することが、時間がかなりかかります。私が書きたいことを書くことにではなく、整理することに時間がかかるというのは、実に困り果てています。

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2006年12月05日

ページ紹介「本の備忘録(歴史篇)」

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 私は、昔から歴史が好きでした。高校の科目としては、日本史も世界史も好きでした。大学受験に関しては、どちらかを選択するということが嫌で、受験する大学によって、日本史と世界史を別けて受験したものでした。大学では、私は専門が東洋史を選択しました。ただ、これを選択したのは、私一人であり、かつ私が実に専門にやり通したのは、学生運動でしたから、私の担当の教授には悪かったかな、なんて思っていまます。
 ただ社会に出てからは、もう歴史なんて、飲んだときに突如ほんのわずかなことを話すぐらいでした。そしてそれがずっと続きました。
 ただ、ついこのごろ、何故か歴史に関する本を読むようになりました。簡単に懐かしく読めるものです。
 その読んだ本の記録が、このページです。
 まだまだ紹介している本は少ないのですが、今後間違いなく莫大に増えるはずです。(2004.04.26)

   http://shomon.net/hon/rekibibo.htm  本の備忘録(歴史篇)

「莫大に増えるはず」といいながら、少しも書いていませんね。メルマガとブログには書いてきましたが、それをここに整理して書き写していません。そうなると私自身が忘れちゃうから、こうしたページを作りましたのに、これではなにもなりません。
 とくに歴史に関しましては、私は生意気なところがありまして、「どうせ覚えているよ」なんて思いがあるので、いかないのですね。文学やSF他のことなら、少々苦手意識があるから、「とにかく記録しておこう」という気持を抱くのですが、こと歴史に関すると、実に私の姿勢がよくありません。
 今後そうした私の姿勢を反省して、私のホームページ内に私の歴史に関する本を読んだ記録を残してまいります。

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2006年11月26日

ページ紹介「本の備忘録(著者別篇)」

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 私は日々たくさんの本を読んでいこうとしています。そしてその読んだ記録を記しておこうという思いで「周の書評」を書いています。ただ、もうほとんど「これは単なるメモだな」としか思えない記録のほうが多いのです。そのメモが「本の備忘録」なのですが、おそらく今後もどんどんと増えていくかと思っています。
 その「本の備忘録」で、著者別に別けたのがこのページです。
 今後間違いなく、この「著者別」のページがいくつも増えていくだろうなと思っています。(2004.05.03)

   http://shomon.net/hon/choshabibo.htm  本の備忘録(著者別篇)

 今は本を読んだメモはできるだけブログ将門には書いておこうと思っています。そして、それをこのページに収納して、できたら読み直してみてまた新たに書き直してみようというのがこの各ページなのです。でも書き直すどころか、このページに書いて収録しておくことも満足にやっていません。読むべき本も多いし、読んだ本も多いのですが、何らかのことを書いて、そしてそれを残しておかないとなりませんね。そうしないと私はまた間違えて読んでしまっているのです。これからはますますちゃんとやっておかないと、私はそのミスをどんどん続けてしまいそうです。

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2006年11月24日

「東京都北区王子のホームページ」 の6

  次のサイトを追加しました。

 http://www.ara.go.jp/ 荒川流域のポータルサイトARA
 http://www.en-geki.com/ 王子小劇場
 http://www.f-banchan.net/yottemite/jango/jango.htm カレーハウス「じゃんご」
 http://www.npb.go.jp/ja/guide/factory.html#ojitenji 国立印刷局王子展示室
 http://www.f-banchan.net/tokyo/ 東京考察 (Tokyo guidance)

743340fb.jpg 東京考察もまた、特別に東京都北区王子をのみ紹介しているサイトではありませんが、以下の紹介があり、

都電荒川線(チンチン電車)
飛鳥山公園と3つの博物館
岩淵水門(荒川放水路)
飛鳥山公園のあじさい(飛鳥の小径)

この一つ一つをリンクするよりも、ここ全部を紹介したいという思いがしたものです。ぜひここで紹介されている他の街も見てください。

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2006年11月22日

ページ紹介「周の書評(藤沢周平篇)」

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 いわゆる時代小説とか歴史小説というと、作家では私は昔から誰を読んできたかなと考えてみます。中里介山、長谷川伸、吉川英治、司馬遼太郎、海音寺潮五郎、山本周五郎、子母沢寛、池波正太郎、伊藤桂一、五味康佑、綱淵謙譲、山田風太郎、隆慶一郎、佐藤雅美……というところでしょうか。はっきりいってこの中では、私は司馬遼太郎と山本周五郎はあまり好きではありません。
 しかしあるときに、隆慶一郎と藤沢周平の作品を立て続けに読んでみて、いろんなことに気がついてきたたように思います。
 まず私は今は藤沢周平のファンですが、最初の頃どうしてもこの作家の作品を読み込むことができませんでした。何故かその文体に入り込めなかったものなのです。ところが昔私がときどき行く根津の飲み屋で知った大工のおやじさんが藤沢周平のかなりな読み手で、この人と話をするにはもう藤沢周平を読まなくちゃとばかり思い込んだら、たちどころに読めだしたというところなのです。
 そしてそのときに気がついたのは、私は司馬遼太郎が好きではないといっても、かなり彼の世界にばかりに影響されていたのだなと思ったのです。私は司馬遼の作品の世界はいくらでも喋ることができます。そしてかなり昔は彼の世界に惑わされていた自分を感じます。その訳はかなり今では簡単に解明できるのです。そして、そのことは私のサイトの中であちこちで述べてきました。
 私の好きな藤沢周平の作品を紹介しているのが、このページです。
 ただ、今のままでは、あまりに作品の紹介が少ないですね。今後もっとやりきっていきます。(2002.07.22)

   http://shomon.net/books/shuhei.htm  周の書評(藤沢周平篇)

 私は、パトリシア・コーンウェルも好きな作家ですが、彼女の作品を読みますと、いつも藤沢周平の世界を思い出しています。ただし、ついこのごろのケイ・スカーペッタの作品には、どうにも私は頷いていません。
 ちょうど今王子に住むようになりましたから、王子図書館で、この作家の全作品を読もうと考えています。

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shomon at 07:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2006年11月20日

「東京都北区王子のホームページ」 の5

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 次のサイトを追加しました。

 http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun06/ouji_hukusuke.htm 北区王子 柳小路 福助
 http://homepage2.nifty.com/entetsu/ ザ大衆食
 http://kitaku.fc2web.com/ 東京都北区の情報
 http://www.teisyaba.net/ 東京都北区のリサイクルショップ
 http://www.f-banchan.net/oji/oji.htm ぶらっと!北区王子1丁目
 http://home.att.ne.jp/sky/nakayamatsu/ 野草のホームページ

 ここにリンクしているのは、北区王子を紹介したサイトだけというわけではありません。地域的には、まったく別な地域にあるサイトも、東京都北区という地域的なことではなく、まったく違うことをテーマとして展開されているサイトもあります。
 ただ、私が、「これはこの王子に関連したことを書いていてくれるな」と思ったサイトをUPしています。
 そしてその内容でまた王子のいろいろなことを新しく知っています。

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2006年11月17日

「東京都北区王子のホームページ」 の4

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 次のサイトを追加しました。

 http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/10/oji/ 王子警察署
 http://www.tfd.metro.tokyo.jp/hp-ouji/ 王子消防署
 http://www.kitaku-town.com/ 北区タウン
 http://www.kitaku.info/ 北区の街角
 http://houmukyoku.moj.go.jp/tokyo/table/shikyokutou/all/kita.html 東京法務局北出張所
 http://www.tobustore.co.jp/customer/city/tokyo/tokyo15.html 東武ストア王子店

 あと王子公証役場とか、北都税事務所とか載せたいと思ったのですが、みな単独のホームページというのはないのですね。まあ、実際に行っちゃえば済むのですから、それでいいんですが、ホームページもあってほしいよなあ。
 要するに私は、ホームページでなんらかのことが見て読んで解決できればいいなあ、と思うのですね。
 私は見逃している東京北区王子に関連関係するサイトがまだいくつもあるはずです。ぜひとも私に教えてください。URLを書いたコメントをくださればありがたいのです。

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