将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Category: わが家のおかあさん

10091507 けっこう雨が激しいですね。ベランダに出て排水の穴を調べました。身体が雨で濡れてしまいました。
「読書さとう」で「戸川幸夫『高安犬物語』」を書きました。思えば、この作家の日本犬に関する小説を中学生の頃読んだものでしたね。
 彼の戦記文学も40代に読んだものでした。
 彼の『秋田犬物語』も内容を思い出します。思えば、渋谷のハチ公の像もこの小説を読んだあと、随分後に読んだものでしたね。こうした作家がいたのですね。私の父の本で読んだものです。
 父とのこの作家の作品に関する少しの会話が懐かしいです。 
  写真は、昨日午前10時58分に撮りましたご近所のお花の中にあったお人形です。(09/16)

10091405「週刊アスキー」が、昨日で800号の発売になりました。私のパソコンは、50号くらいになるのかな(つまり50台くらい使ったということ)。でももうパソコンの時代は終わりだな、という気持です。確かに、私はもうパソコンを背負わないで歩くようになりました。もっと小さな機器を持ち歩くようになったのです。
 民主党代表戦のことを「ニュースさとう」に書きました。「http://d.hatena.ne.jp/imajou/  imajouの独り言」のブログを私は一番信頼しています。あと「歴史さとう」を書かなくちゃいけないのですが、何を書こうかな。
  写真は、昨日午後2時56分に通りました柳田公園です。

10091304「わが青春に悔いなし」の映画のことはもう止めようと思いましたが、でもあと少し書きます。
 尾崎秀美はあの映画では、特公の毒いちご(志村喬)に殺されます(獄死したと映画ではなっています)が、歴史の事実では彼は堂々と莫大な供述調書を残しています。彼は日本共産党を率いているのは自分だと言っています。おそらく宮本顕治のリンチ殺人事件が許せなくて、「俺こそがコミンテルンの認める共産党なのだ」という意識が強かったのでしょう。
 彼は昭和16年10月15日に逮捕され、反軍機保護法違反、治安維持法違反によって巣鴨の東京拘置所にて死刑になったのは、その3年後の昭和19年11月7日(実にこの日はレーニンのロシア革命記念日になります。これは尾崎にとっての「祖国」ソ連の最大の祝祭日でした。日本の官憲の好意でした)。実際に獄死したのは、宮城与徳でした。映画の尾崎秀美には、この宮城与徳もモデルであると思います。
 尾崎は「世界最終革命戦争」のときが来るなどと、戦後私たちの時代のブント赤軍派のような阿呆なことを言っています。あの映画で、大河内伝次郎が「彼は反戦のために生き、そして殺された」などと言っていますが、まったくの大嘘です。彼は日中戦争が始まったときに喜び、そして日米戦争が開始されると、「こうして俺の思う通りになる」と思って、「最後に勝利するのはマイホームだけだ(彼はソ連のことをマイホームと言っています)」と思ったことでしょう。彼の言う通り歴史はしばらくは動きましたが、彼のいうとおりには世界はなりませんでした。彼を死刑にしたのは、日本官憲ですが、殺したのはスターリンだと私は思っています。
 おそらく、その後の原節子は、戦後日本共産党との戦いの中で、あるいは日本社会党との関係でも、つくづく嫌になっていったはずです。「わが青春に悔いなし」ではなく、悔いだらけの青春を思い出したはずです。…私は実に残念なのです。

 写真は「ゲゲゲの女房」です。この大好きな番組がもう終わると思うと残念でなりません。

10091201 11日書いたことで間違いがあります。いや書いているときも、「これは違うな」と思いながら、あのように書いていました。あの『わが青春に悔いなし』では、「紅もゆる丘の花〜」の三高寮歌が唱われているのですが、もう一つ唱われるのは、軍歌『戦友』の替え歌です。以下にそのことを書いています。
 http://shomon.livedoor.biz/archives/51680610.html
               「滝川事件の歌について」

 ここにあるURLがもう以下のようになっています。

 http://shomon.livedoor.biz/shomon/uta/utakaku2.htm#takigawa
                   滝川事件の歌

 私のホームページを変えましたので、こうなったのです。
 写真は9月12日の午前11時17分に撮りました。前日に島忠家具センターから届けられた食器棚です。もうポコ汰なんかとても喜んでくれていました。(09/13)

10090130 昨日書いたこのお便り帳を見て、義母は「わが青春に悔いなし」の映画を見たんだと思いました。私はあの映画は1968年の4月に並木座で見ました。黒澤明という監督はそれほど好きではないのですが、でもこの作品は好きです。私の「周の映画館」のバナーに載せていますように私は原節子の大ファンです。いつも鎌倉を歩くときに、ひょっとしたら彼女に会えるのではないかと期待しているのです(彼女は今北鎌倉に住んでいます)。
  http://shomon.livedoor.biz/shomon/eiga/movie6.htm#ewaga
                    わが青春に悔なし
 また、次にも
  http://shomon.livedoor.biz/shomon/bun/reki3.htm#ozaki
                    尾崎秀実のことで

という長い論考を述べています。私はあの物語は、実は尾崎秀実を殺すことになる糸川の話ではないかと思っているのです(当然作者の黒澤明はそう考えてはいない)。
 それとあの映画で歌われる「第三高等学校明治三十八年寮歌」(「紅もゆる丘の花〜」も唱われますが、替え歌の長い歌のほうです)のことは、私のホームページを見たある方が内容について質問をしてきたものでした。
 写真は9月1日の午後2時18分に撮りました。東京駅八重洲口前の八重洲ブックセンターです。長谷川慶太郎の本と吉本(吉本隆明)さんに関する雑誌を買ってきました。(09/11)

10090901 昨日も長女の家に行きましたがポポは甘えんぼなのですね。私が抱くと泣いて、ママに抱いてほしいと言っています。ポニョやポコ汰より、それが激しいです。
 きょう「読書さとう」で「原田康子『挽歌』」を書きました。凍てつくような寒さの霧の釧路を思い出します。この作家は昨年秋に亡くなりました。
 きょうこのあと、インターネット上にあるブログを立ち上げます。
 写真は9月9日の午後3時4分に撮りました。秋葉原のヨドバシカメラです。FAXのインクを買いに行ったのでした。(09/10)

10090704 義母はいつも自分の母親と父親のことを言っています。自分の夫含めて亡くなったことが実感できないようです。その説明は妻がいれば、彼女に任せてしまいます。私が説明しても駄目なのですね。いえ、妻が説明しても同じなのですが。
 今朝「ニュースさとう」でジブリの映画のことを書きました。思えば、ジブリの映画の感想を私のブログにも書いていくつもりです。家族みんなで見たものでした。その思い出がいくつも重なります。
 写真は9月7日の午後5時51分に撮りました。長女の家のすぐ隣にある植物です。(09/09)

10090703 昨日引っ越しの通知をくれた高校時代の友人にケータイ電話しました。ケータイ番号が書いてあったからです。でもケータイメールアドレスを聞きたいのでしたが、とても口で言えるアドレス(なんか複雑です)ではなく、私のGメールを教えてそれにケータイメールをもらい、私がそれにケータイメールしました。それできょうは私が手紙を書きます。 今朝、「読書さとう」で、「鄭念『上海の長い夜』」を書きました。こんないい作品がでも中国では自国語に翻訳されていないのです。もう発表されて20年以上過ぎているのですよ。
 写真は9月7日の午後5時35分に撮りました東武ストアの横の路から見た王子駅上の空です。このあと長女の家に行ったのです。(09/08)

10090601 昨日は夕方長女宅へ行ったのですが、ポポが笑顔になっていて、私が抱いたのですが、10分で泣き出しました。だんだんそれが1分でも5分でも長くなれるよう努力します。
 昨日の日経新聞にあったのですが、こういうふうに孫を可愛いと思う感情は人間だけが持つことのようです。人間に近いはずの猿にはないことのようです。
 昨日の「読書さとう」に「ディー・ブラウン『わが魂を聖地に埋めよ』」を書きました。アメリカインディアンの歴史の膨大な記録です。いつも涙ばかりになってしまう著述です。
 写真は9月6日の午後9時19分に撮りました我が家の夕食です。これはたかべという魚です。私たちが住んでいた我孫子のマンションに今住まわれている方から昨日いただいた八丈島の魚です。そこにお母さんが住まわれているということでした。(09/07)

10090303 昨日は義母のことで、ご面倒をおかけしまして、そしてちゃんと対処いただきありがとうございます。
 パソコン関連の雑誌を読んでいて、もうノートパソコンの時代ではないのかなあ、ということを感じます。私はこうしてポメラで書いています(ただし、あとでパソコンで読み込んでUPします)し、他の機器でもパソコンなしでインターネットにUPできます。
 私の好きな三曹(曹操、曹丕、曹植)の詩で、私は曹植の詩は一番苦手でした(でもいくつも読んできましたし、本も読んできました)が、今朝読んだ本「漢詩で詠む中国歴史物語『漢末−南北朝時代』」で、また私は曹植の詩もまたいいなあ、と改めて思いました。
 写真は9月3日の午後6時20分に長女の家で撮りました。ポコ汰の作ったものです。こういうのを作るのが大好きなのです。(09/06)

10090118 昨日長女の家に行きましたら、そのうちに気の強いはずのポニョが私に抱きついてきて泣いていました。どうしたのだろう。私は抱きしめるしかできませんでした。
 孫が3人、どんどん大きくなりますね。11月には次女ブルータスも赤ちゃんができます。嬉しいばかりです。生まれたら、すぐに会いに行きます。私の可愛い4番目の孫なのです。早くその日がこないかなあ。
 写真は9月1日の午後12時45分の谷中墓地の中を歩いています。この画像の左手に「幸田露伴『五重塔』」の五重塔のあった跡があります。私の大好きな作品です。(09/04)

10090125 ひさしぶりに義母がわが家へ行きます。けっこう元気な感じで昨日午後1時少し前に帰ってきてくれました。
 私は夕方長女の家へ行きました。ポニョが私のボールペンを取って返してくれません。でも私が実際に帰ろうとすると、返してくれます。そのときに、私は大変に嬉しい顔をしています。もういつもの光景です。こんな2歳になったばかりの子が私の相手をしてくれるのです。ポコ汰には私が懸命に話しかけお喋りします。ポポには私が笑顔を見て、私が抱きますと、「お前じゃない」とばかりに泣かれてしまいます。
 写真は9月1日の午後1時47分の谷中銀座です。これに写っている女の子が盛んに目の前にデジカメを向けていました。そのあと私も同じようにカメラを向けたものです。(09/03)

10081805 8月25日の22:13に届いていたHA茶さんの『独楽吟のススメ』です。

「2010/08/25 【No.1995】わたしの独楽吟(どくらくぎん)」を読んでの周の感想。

たのしみは 何やらがさごそ 準備して 釣りに行く夫  嬉しげなる時

行動派の夫は 良く釣りに出かけます。収穫や如何に? 

 いいですね。釣りなんていい趣味です。私なんかまったく判らないものです。

たのしみは 相手の心の 状態を 察知可能な われとなる時

若い頃は相手の心をあまり読めない私でしたが 色々経験したためかかなり判るようになったような気がします。危険予知能力が開発された感じです。まだまだですけど・・・。

 私は相手の心なんて、少しも読めません。私の二人の娘もいつもそう思っているでしょう。

10082501 今朝7時半に、長女の子どものポポを預かりました。長女がきょう健康診断でかなり時間がかかるからです。私の顔を見ると、笑顔にはなるのですが、でも私が抱くと泣き出します。ばあばでないとだめなようです。ちょっぴり不満と、でも納得もしています。
 今朝は「ニュースさとう」では、「ゲゲゲの女房」のニュースを書きました。「読書さとう」では、岩波文庫の「荒畑寒村『寒村自伝』」を書くつもりです。寒村さんは、幸徳秋水と菅野スガを恋敵として争い(寒村を殺そうとピストルを持参します。でも二人は明治天皇暗殺未遂という容疑で逮捕処刑されます)、そして私が逮捕拘留されていたときに、日比谷野外公園でアジ演説をされた方でした。私の耳には、彼の「ロシア革命の歌」が今も聞こえてきます。
 写真は昨日の午後6時14分に撮りました。長女の家でポコ汰が出してきたものを私のボールペンに付けています。「そのボールペンはじいじが使うものだから、返して」と言って最後にポニョがやっと返してくれました。(08/26)

10081502 義母は昨日も、「病院へ行く」「山口へ帰る」ということで、そちらのマイクロに乗る瞬間に「わが家」に行くということを思い出すようです。
 昨日は夕方4日ぶりに孫に会いました。ポニョは相変わらず私の身につけているものを取っていきます。「返してよ」と言っても返してくれません。でも私が帰るときになると返してくれました。最後にバイバイして、そして私と2度も握手しました。
 ポコ汰はもうお兄ちゃんです。ちゃんと私とお喋りができます。ポポは私に笑顔を向けてくれます。
 写真は14日の午後7時54分の私の食卓の目の前の光景です。(08/25)

10081809 昨日は夕方長女の家へ行けるはずが、来客で遅くなり、長女宅には、あちらのお父さん、お母さんが来てくれていて、行けなくなりました。だからきょうの夕方行きます。ブルータスおばちゃんのことをいっぱい聞いてきます。
 あ、またブルータスに手紙を書こう。もちろん彼女は妊娠中なので、彼に声で読んでもらうようにしています。
 思えば、今年は手紙をそれほど出していないのですね。まだ25通しか出していません。どうしてもメールになってしまうのですね。でも和紙の用紙にプリントして、シールで封して、記念切手を貼ってポストに入れるのは大好きな行為です。
 写真は先週18日の午後6時39分に長女の家から帰るときに、東武ストアの横の路を撮りました。(08/24)

10081806 長女家族が千葉県の次女ブルータスの家に21、22日と遊びに行きました。そのときの話をきょうの夕方聴きに行きます。もうみんなでマザー牧場や鴨川シーワールドへ遊びに行ったので、そのときの楽しい感想を聞きたいのです。
 こうやって書いて私のブログにUPするのですが、午前6時までは何故かインターネット上のブログが簡単に動かず、それで一昨日なんかその間に、絵本を2冊と漢詩の解説の本を読んでしまいました。漢詩の本は41の詩の紹介があり、13も私の知らないものがありました。今後私のブログで紹介していきます。
 写真は先週18日の午後6時13分に長女の家で撮りました。ポコ汰の大事なおもちゃのへリコプターです。(08/23)

10082001 きょうは私の次女の家に長女家族5人が行きます。私はこのあと、次女宛の手紙を書きます。ご両親にも書きます。私の次女が本当に可愛がってもらって嬉しいのです。もうポコ汰は頭を綺麗に丸坊主にしていて、これまた次女が可愛いと思うでしょう。
 写真は昨日の20日に長女の家で撮りました。長女がご近所のお魚屋でお刺身を注文したら、訳を聞かれ次男ポポのお食い初めの日だというと、この鯛を焼いてくれたそうです。まだ直接は食べられませんが、ポコ汰やポニョはパパにお口に入れていました。私も食べたかったなあ。(08/21)

10081803 昨日は義母の入れ歯を探すので、大変でした。台所にあったので、嬉しかったです。
 長女の家では、ポニョが実に大活躍です。じいじはいつもポニョにやりこめられています。もう私はポコ汰と連帯しています。そのうちポポとも連帯する仲間になります。
 写真は18日に長女の家で撮りました。これは長女の家でみんなで作ったようです。でもポポはまだ100日の赤ちゃんですから、まだできません。(08/20)

10081804 この頃パソコンはデスクトップばかりでノートに触れていませんでした。それで少々トラブリました。いや、ノートでは電車の中でも、起動するのにすぐに目的の駅に着いてしまいます。これなら、2秒ですぐ打てるポメラのほうがずっとましなのです。いやポメラなら文庫本を開くのと同じ時間です。
 今この頃絵本や童話を読んでいないことに反省します。いやインターネットで検索すると、漢詩に関する本はすぐ探せ、すぐ借りられるのですが、例えばツイッターに関する本なんかは、何日も何週間も待たないとなりません。
 写真は昨日長女の家で撮りました。スタジオジブリへ行って、ポニョが買ってもらったジジです。あれ、じいじと関係あるのかなあ、なんて馬鹿なことを言っていました。最初は私にはこのジジに少しも触らせてくれなかったのでしたが、そのうちに私が触ってもいいようでした。後にポコ汰の足が映っています。(08/19)

10081701 昨日は、義母の入れ歯のことを心配かけて申し訳ありませんでした。義母のベッドの中にありました。こんな私のいい加減な管理では、娘二人に怒られちゃうな。
 新聞のチラシをよく見ています。4GBのマイクロSDを探しているのですが(秋葉原の各店だと高いんだもの)、8GBのはあったのですが、その半分がほしいのです。昔私の友人が1GBのHDDのパソコンを40数万円で購入したときに、電話してきたものでしたが、その時代とは大変な違いです。
 写真は「08/09」の写真で掲げたもののパズルをはずしたところです。昨日は、この中の像のお鼻の部分がどこかへいっていました。それで私じいじと、ポニョで必死に探したものです。まだポニョは、この像さんのお腹の部分を上手くはめられません。これはポニョ2歳の誕生日のママからのプレゼントなのです。
 でもポコ汰はぐっすり眠っていて、起きてきませんでした。(08/18)

10081310 昨日の夕方私の長女家族5人が来ました。末っ子のポポももうみんなと一緒で実に嬉しそうです。ポニョはじいじのいうことに不満そうです。少し私が注意したことがあったからです。でも私は毅然として言おうと思っています。でも私の内心はけっこう孫が怒ると怖い思い(嫌われたらどうしようかという)なのですが。
 この孫たちには、字が読めるようになったら、いくつも手紙を書きます。いえ、上の二人にはもう絵葉書を何通か書いています。あ、ブルータスの子どもにも書こう。
 坂本龍馬は、何通も書いている手紙のすべてに絵を書いているのですね。これは私が真似できないところです。お龍さんが、それ(彼女宛の手紙)をすべて燃やしてしまったのが残念です。私はパソコンだから、絵もできるはずなのですが、私にはそのセンスがないのです。
 写真は13日の午後1時48分の田端駅の京浜東北線の外側にある池です。私の二人の娘が小さいときにいつも見ていた池でした。そのことを思い出してくれるかなあ。(08/17)

10081302 昨日から21日まで蜘蛛業が夏休みなので、私もいつものうように書く必要がありません。でもそうなると、かえって困るものですね。
 今まで読書した本を、たった今も思いだそうとしているのですが、やはり実際にパソコンなりにテキストで打ち出して初めて思い出していけるものなのです。このことを強く思いますね。自分の頭の中の記憶だけでやるのではなく、パソコンなりのディスプレイの中でこそ私の記憶が蘇るものなのです。
 写真は13日の午後12時34分の谷中の天王寺です。秋葉原のヨドバシカメラで買物をしたあとでした。
 それから義母のズボンをありがとうございました。お礼にお茶菓子を用意しましたので、みなさまでお召し上がりください。(08/16)

10081201「ニュースさとう」で沖縄のことを前日と続けて書きました。
「読書さとう」では、「尾崎士郎『人生劇場』」を書いたものです。あの物語は、大東亜戦争が開始されると、青成瓢吉は軍の報道記者として南方へ行きます。そして戦後もまたまったく新しい恋もするのです。私なんか、「お袖を忘れたのか?」と小説に向かって怒っていますね。
 写真は8月12日の午後5時36分に撮りました。このとき孫は眠っていました。それで少し「つまんないな」と思いながら、これを撮ったものです。(08/14)

10080901 私のこのポメラに、ゲゲゲの鬼太郎のネズミ男のストラップを付けていたのですが、もう止めました。いえ、どうしても腰のベルトのデューロカーゴに入らないのです。いえ私が別なものをいろいろ入れるからですが。
 今朝はもう「歴史さとう」を書き終えました。「イザナギノミコトの愛した女、イザナミノミコト」を書いたのです。この二人は黄泉の国とこの世との間で岩を挟んで言い合いをするのですね。このときに二人は離婚したのです。
 昨日は「読書さとう」で「ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』」を書きました。私はこのフランスの作家が好きです。まだいくつか書いていくつもりです。
 写真は8月9日の午後12時08分に撮りました。王子駅北口の音無親水公園です。私はここから秋葉原へ向かいました。(08/13)

10080807 義母は昨日は誕生日で、年齢が満86歳になりました。
 今(8時33分)じぶん銀行での取引内容がケータイメールされてきました。もう駅前等に店舗を構える銀行は必要がなくなっていくでしょうね。現金の入出金はコンビニでいいし、振込等はパソコンでインターネットを介してやれるのですから。
 昨日は、「歴史さとう」で「光源氏の愛した女、六条御息所」を書きました。この女性は私にはいつも恐ろしい存在です。でも何故か親しくも感じるのです。それと、この方は源氏物語の巻の名前にはなっていないのですね。
 写真は8月8日の午後12時38分に撮りました。私がいつも通る谷中の街の路にありました植物です。ああ、昨年も見たな、なんて思い出します。(08/12)

10080811 昨日の義母を迎えるときに、私のここにあげている写真のことを言っていただいてありがとうございます。こうしていつもデジカメを持参して、自分の身の回りに目を向けることは実にいいことだと思っています。こんなに自分の周りにどこにもこんなにお花があることに、ものすごく感激しています。
 それに私にはどうしても写真は不得意な思いがあったのでしたが、デジカメというのはいいですね。ただし、今の私の写真はプリンタの具合がよくないのですね。
 昔もお花があったのでしょうが、今は海外から来たお花も増えています。江戸時代の人たちよりは私たちはたくさんのお花を見ているのでしょうね。
 写真は8月8日の午後12時42分に撮りました。私がいつも通る谷中の街の路です。(08/11)

10080801 きょうは「ニュースさとう」は書きましたが、「読書さとう」はまだです。「ソルジェニーツィン『煉獄の中で』」を書こうと思っていますが、でも思い出すのも辛い内容なのですね。この人がいたからこそ、ロシア文学はその輝きを失っていないのです。
 でももう電子書籍でこういう作品が読み返せるようにならないかなあ。
 写真は8月8日の午後12時32分に撮りました。秋葉原へ行きまして、谷中の店に食事に行こうと、日暮里駅谷中口を降りたところです。私の好きな景色です。(08/10)

10080401 昨日はヨドバシカメラへ行ってきました。実にたくさんの人でいっぱいでした。でももう昔のように秋葉原をあちこち歩かなくなりましたね。パソコンは自作するよりも、実に安くなりました。
 そのあと谷中を歩きました。やっぱり私の大好きな街です。もっと時々歩きたいです。幸田露伴『五重塔』のことを思い出しました。露伴亭のあとを歩くからです。いや谷中はいくつものことを思い出す街です。
 写真は8月4日の午後6時4分に撮りました。長女の家にあるパズルです。これは長女家族5人です。ポコ汰はお父さんの首に乗り、ポポはママに抱かれています。ポニョは一人で像に乗っています。本当にこんな家族です。(08/09)

10080123 昨日はいくつものことを忘れていました。困ったものです。
 ただ「読書さとう」は、「殷の紂王の愛した女、妲己」を書きました。きょうは、「周の幽王の愛した女、褒じ」を書きます。司馬遷がよく書いてくれていました。たぶん、歴史的には、この褒じと妲己のことははっきりしていて、それから「夏の傑王の愛した女、末喜」は、多分司馬遷が創作した女性じゃないかな。いや、そんなことを言うと、また司馬遷に怒られる気がします。
 写真は8月1日の午後7時58分に撮りました。長女の家の前で花火をしているポニョなのです。(08/07の2)

10080118 昨日の朝はこれを書くのを忘れ果てていました。あわてて書き始めたときに、電話がなったのでした。
 私は恐ろしいくらいに手書きが汚いので、パソコン他で打つしかないのです。いや実は手で書けないのですね。漢字を知らないというか、下手をすると、ひらがなも忘れています。
 写真は8月1日の午後7時47分に撮りました。長女の家の前で花火をしているポコ汰を撮りました。(08/07)

10072802 今大正天皇の作られた漢詩を読んでいます。この天皇が実に1,367の漢詩を作られているのです。この数は歴代天皇の中でも群を抜いています。その次が後光明天皇(江戸初期)で98、その次が嵯峨天皇(平安初期)で97です。大正天皇が驚くべき方だったということが分かるかと思います。
 大正は私の父母、義父母の生まれた時代ですが、どうしても影が薄いです。でも私はこの天皇の七言絶句を詩吟で披露したことがあります。いつもこの天皇の心・気持を思います。またこの天皇の別な詩も詩吟で披露します。
 今度の8月1日に、私の父母の墓参りに行きます。そして大正時代をどう思うかを話してきます。あ、私のポコ汰もポニョもちゃんとお参りさせなくてはなあ。
 写真は本日朝6時42分に撮りましたご近所の風景です。(07/28)

10072601 昨日はUさんに来ていただいてありがとうございました。
 今朝は、私はもう「ニュースさとう」と「読書さとう」はメールしました。『スイスのロビンソン一家』のことを書きました。あの一家のほとんどは、救出されることになっても島に残るのですね。もうこうしたエコロジーを礼賛している物語は大嫌いです。ただし、あの話は18世紀前半の話なのです。
 私はこうした自然を礼賛した話より、できたらITを自在に使えることのほうが大切です。池田信夫とかいう評論家が、小笠原海底光ファイバーケーブルを引くことに関して、「八丈島から父島・母島まで約800kmにわたって敷設される光ファイバーを利用する人口は約2500人。一人あたり400万円の税金が投入されるわけだが、これは小笠原諸島の人々にとっていいことなのだろうか」と言って、「光ファイバーと400万円の現金を選択させれば、ほとんどの人が現金を選ぶだろう」とインターネット上で述べていました。もう私はこれを批判しました。人間を実に馬鹿にしている話です。それなら、今のような日本は出来ていません。
 写真は昨日朝6時20分に撮りました空です。(07/27)

10072508 きょうは3時に目が覚めました。どうしても朝は早く起きてしまいます。これは仕方ないですね。
 今朝「歴史さとう」で「大海人皇子の好きな女、額田王」を書きました。最初この皇子を中大兄皇子と書いていました。思えば、今もその三角関係は私の心の中では続いているのですね。でもこの二人(大海人と額田王)の詠まれた歌もいいですね。
 それでこの「好きな女」のシリーズはこれで60回です。すなわち60人を紹介してきたのですね。ここで100人まで紹介したら、このシリーズを終えます。
 私の友人が電子書籍端末で読める作品をインターネット上でUPしました。PDFで読めるのです。でもこのPDFも日本のソフトじゃないのですね。そこが少し悔しいです。
 写真は、昨日妻がサミットストアで手に入れてきたものです。きょう長女の家に行きまして、ポニョに手渡しします。大変に喜んでくれるでしょう。(07/26)

10072301 昨日聖書マタイ伝を茨城弁で書いたらどうなるのかというので、やってみました。私のブログに載せてあります。やはり文語訳のイエスはいいですが、茨城弁ではイエスの言葉にも説得力がないなあ(これは茨城弁変換辞書を使っています)。
 昨日初めての方が、私の建築パースへの書いている内容が素晴らしいと言ってくれたのですが、私はそのことよりも、茨城弁のイエスで笑っていました。以下のようです。

 イエスは彼らに言われだ、「恐れるごどはねえ。行って兄弟たぢに、ガリラヤさ行け、そごでおらと会えるだっぺ、と告げなせえ」。(ただし、これを読む場合は、まったく品なく、調子っぱずれで声を出してください)

 やっぱりイエス・キリストは茨城弁で話さなかったですよね。あ、茨城の方、怒らないでください。私はそもそも茨城生まれです。
 写真は23日の午後7時2分に撮りました。長女の家のお隣のお花です。(07/24)

10072103 熱中症が心配ですね。義母は朝そちらに出かけるときに、恐ろしいほどたくさん服を着ようとするので、それを抑えるのが一苦労です。
 小さな子も、熱中症が心配です。地面の照り返しが怖いのですね。保育園に行っている二人の孫のことをいつも心配しています。もう一人のポポのことも大事に思っていますよ。
「読書さとう」で「隆慶一郎『影武者徳川家康』」を書きました。彼は小林秀雄の存命中は小説が書けなかったのです(小林秀雄を尊敬していたのです)。このことは私は残念でなりません。彼はわずかに5年間しか作品を書く時間がなかったのです。それでもあれだけの作品を書きました。
 写真は22日の午後3時半に撮りました。私のそばの家の玄関の紫陽花です。(07/23)

10072101 読書することも大事ですが、その読書の記録をブログで披露すべきですね。今朝「ニュースさとう」を書いていて、そう思いました。本を読むのは簡単なのです。その個々の本を読んだ思いを自分の言葉で語るべきなのです。
 写真は昨日21日の午後3時半に撮りました。ご近所です。図書館分室に行ったときに撮りました。けっこう暑い日でしたが、こうして花を撮ると、その瞬間は暑いことを忘れます。

10071902「ニュースさとう」で「喫煙が全面禁止の会社が増えている」という記事を書きました。私は一度も喫煙したことがありませんが、こうして全面禁止というのは嫌ですね。
「読書さとう」でラブレーの『ガルガンチュア物語』のことを書きました。ガルガンチュアは生まれてくるときに「飲みてえ、飲みてえ…」と叫ぶのですね。そんな赤ちゃんはどこにもいません。
 写真は19日の昼すぎ1時直前に撮りました。私の孫ポニョの手の上に乗っている可愛いものです。いや、これを撮るのも大変なのです。なかなかうまく手を開いてくれません。

10071705 けっこう長女の家族と長く一緒に過ごせました。やがて次女の家族とも一緒に過ごせたらいいなあ。
 今朝「ニュースさとう」で書いた内容ですが、歳をとったら田舎ではなく、都会で過ごす人が増えているそうです。これは当然です。みんなが豊かに過ごせる田園のある地方なんて、虚構です。嘘でもあります。地方ほどみな不健康になっていくだけです。健康に元気に都会でくらしましょう。
 写真は17日に根津の「ふれあい館」での金魚すくいの場です。ミツパパはいっぱい金魚をとりまして、もういっぱいポコ汰のお家にいます。

10071706「読書さとう」でやはり「幸田文『父』『こんなこと』」を書きました。文さんの文章を思い出していました。私は露伴もこの文さんも文章が好きですね。でも読もうとしてももう文庫本がないです。ああ、そうかインターネットで読めばいいんだ。
 でも露伴の作品は青空文庫にありますが、幸田文のはありません。あ、そうか。死後50年経たないと著作権が存在するんだ。
 写真は17日に根津に家族みんなで食事に行きまして、そのあと行きました「根津ふれあい館」です。ポコ汰もポニョも金魚すくいもヨーヨーつりもしました。ポコ汰は風船を空に飛ばしてしまい大泣きしました。遥かな昔札幌の街で風船を空に飛ばしてしまった私の弟を思い出しました。あれは昭和30年のことかなあ。どんどん空に登ってしまう風船です。もちろん、ポコ汰はすぐにばあばとパパにまた風船を今度は二つも手に入れてもらいました。

10071607「読書さとう」で「幸田露伴『五重塔』」を書きました。いつも谷中墓地の中で今では幻でしかない五重塔を思い浮かべています。でも実は私は「幸田文『父』『こんなこと』」のほうが先に読んでいるのですね。考えてみれば、文さんはあんなお父さんをもって大変だったというか面白かったでしょうね。でも五重塔は再建されるのじゃないかなあ。私はそのときにはものすごく喜ぶでしょう。
 今テレビを見ていて思い出したことがあります。昨年7月にサミットストアの2Fでかなきり声をあげたお母さんがいます。「そんな虫は、お父さんに頼んで」。その子どもであろう小学4年生くらいの子がカブトムシを買おうとしていたのです。その子が手にした虫をお母さんが恐怖の顔で見ていたものでした。
 さて「ゲゲゲの女房」です。いつも見ています。
 写真は昨日夕方長女の家にそばで撮りました古いビルです。こうして写真で見ると、また違う印象です。

10071501 昨日書いていたことで、石坂洋次郎の『暁の合唱』も戦前に書かれていた小説でした。そうすると『若い人』と同じです。私は戦前も戦後も根本的に自分の考え思いを変更しなくてはならないですね。
 今朝は、「歴史さとう」で、「イアソンの愛したメディア」を書きました。私が欧米で媒体のことをメディアというのは、この魔法使いの女性に関連していると思うのですが、どうなのでしょう。
 同じく「ニュースさとう」では、『アンドロイドの電子書籍端末「Alex」が登場』という記事を書きました。8月に出てきます。この日本も電子書籍が出てきます。司馬遷も漱石も太宰治もこれで読めるのですね。嬉しいです。
 写真は昨日15日に夕方長女宅で撮りました。玄関の前で育てていたトマトです。(07/16)

10071204 今「読書さとう」で、石坂洋次郎の『暁の合唱』を書いているのですが、何が書いてあったのだっけと思い出しています。思えば、あんな小説が書かれるのが戦後だったのですね。戦前の『若い人』とは大変に時代が違うなということを感じるものです。
 インターネットで何人もの若い人たちの息吹を感じています。でも途中で息切れがしてしまうサイトもいくつもあるのですね。いいサイト、私の好きなサイトは私のブログのサイドバーでリンクしています。
 写真は7月12日の夕方長女の家から帰るときに空を撮りました。雨が降りそうだというので、早めに帰ったものでした。今は結構雨が降りますね。石神井川もたくさんの水が溢れています。(07/15)

10071007 私はいつも孫が可愛くて、でもそれで長女のポニョのほうは少し悪口を言ったりします。可愛いけれど、実にきかない子でしいじに反抗するのです。でも先程、妻に「あたなのお母さんは、ブルータスのことそんな風に言ったことは一度もない」と言われました。もう私は反省します。そしてまた普通にもっと可愛がります。
 今朝は蜘蛛業で、「歴史さとう」で「坂本龍馬の愛した女、平井加尾」を書きました。もう私は龍馬がそんな昔の人には思えないのですね。いつも手紙を書き、そして手紙にはいつも絵を描いています。私も手紙を書きますが、絵は駄目なのですね。
 この写真も昨日と同じく、7月10日の昼12時12分に撮りました。近所にあったお花なのです。(07/14)

10071003 昨日義母はそちらから帰ってきて、妻とすぐに医者へ行きました。それでお風呂も入って大丈夫とのことでした。
 本日「読書さとう」に「ドストエフスキー『悪霊』」のことを書きました。スタヴローギンのこともキリーロフのことも忘れたことはありません。でももう読むことはないでしょうね。思えば、若いときに勢いで読んでしまったのはいいことでした。今では、もう読み返すことなんかありえないでしょう。
 思えば、そんな本のことがいくつも思い浮かぶものです。
 写真は、7月10日の昼12時11分に撮りました。近所にあったお花です。(07/13)

10071008 昨日の朝選挙に行こうと思ったら、5時代は駄目だろうけどと思って調べたら午前7時開場でした。それで7時に行きましたら、みんなお年寄りばかりでした。みんな私と同じで気が短いのかなあ。選挙なんて、歳をとってからやるようになったので、私は珍しい気持ちなのです。あ、インターネットで投票できるようにすればいいのです。それなら私もイライラしません。
 写真は、7月10日の夕方に長女の家に行きましたときに撮りました。いえ私はこのときには、戸締りに行ったのでした。(07/12)

10070403 お便り帳の写真は赤羽ですかね。私は学生時代からよく歩いた街です。いえ、ついここ10年くらい前もよく歩きました。そういえば、赤羽は悲惨な飲み屋でよく飲んだものです。いえ、「悲惨な」というのは私のよく使う褒め言葉です。
 昨日は雨でしたね。私は孫たちのそばにいけないので、残念でした。
 写真は、昨日と同じく先日4日に行きましたところで昨日の写真の池のすぐそばにある紫陽花の花です。(07/10)

10070404 黒いベストはうちにはありませんでした。
 私の次女が長女の子どもたちをものすごく可愛いと思ってくれることに、私も負けずに可愛いと思い、実際に可愛がっていきます。
 写真は、先日4日に見ました次女の嫁ぎ先の家の庭の池です。今ここにいる金魚は一昨年行きました根津神社で金魚すくいで取りました3匹の金魚がもうこんなに増えたのです。だからここの金魚は、ポニョよりも早く生まれているんだな。
 実はまた赤ちゃんの金魚がたくさんいます。それはまた別に育て、少し大きくなったらこの池に入れます。(07/09)

10070307 昨日も私は夕方に長女宅へ行きました。
 ポニョを注意したら、泣いてじいじを叩きにきました。でもそのあと悪いと思ったのか、私のそばに来て、いろいろなものをいじりだしたものです。ちょうど私はポポを可愛がっていたところでした。でも私の鍵を引っ張り出して、大変でした。
 ポコ汰がもうすっかり少年なことを感じています。私は昨年にも絵葉書を書いているのだけど、いつ読んでもらえるのかなあ。ポニョにも書いているのですが。
 またあちこちに絵葉書を書きましょう。
 写真は、これも昨日と同じく先日3日の保育園の七夕会のときに行く路で撮りましたものです。今はどこでもこうしてお花を見ることができますね。(07/08)

10070305 昨日義母は帰ってきました。また毎日よろしくお願いいたします。
 4日には君津市の次女ブルータスの家へ家族7人で行ってきました。家のドアを開けたときのブルータスの驚きの言葉が良かったです。ポコ汰もポニョも実に嬉しい時間でした。近くの噴水のある公園に行って二人ともパンツを濡らして遊びました。本当はブルータスの身体のお見舞いとポポの初顔見せでした。ブルータスもママも嬉しかったでしょう。でももう一番喜んだのは、この二人の孫でした。大きなスイカを縁側で食べている二人の姿がデジカメにあります。この孫たちが可愛くてたまらないブルータスおばちゃんです。
 でもじいじも孫たちがみな可愛いのです。
 写真は、先日3日の保育園の七夕会のときに行く路で撮りましたお花です。(07/07)

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