周の漫画館

2016年07月11日

ドラゴンボール孫悟空を思い出した

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 昨日ドラゴンボール孫悟空を思い出していました。孫悟空の妻になったチチのいうことを思い出しました。彼女は、この亭主のことを、「結婚してから、一回もお金を入れたことがない」とぼやくのです。でも「そんなのと結婚してしまったあなたもいけないよな」なんて思いました。それに悟空はやたらに「まい、いいか」の一言で済ましてしまいます。それに私はクリリンは最初はずるかったのですが、次第にいい人になっていきます。
 そうねえ、もういまでは見ないマンガドラマですが、ときどき思い出しています。16071022
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2015年08月22日

「団地ともお」のことで

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 私の
   http://shomon.livedoor.biz/archives/52186165.html
   「団地ともお」を見ました

で、今この私のUPの絵を見ましたら、この主役のともお(木下友夫)は、自分のおねえちゃん(木下君子)の足を踏んでいるじゃないか。だから姉君子が怒っているのだ。
 ともおは小学校4年生で、君子は中学2年のようです。お母さん木下哲子は昔は美人だったようですが、ともおを産んだあと、劇太りしたようです。このお母さんは昔はプロレスラーだったということです。
 この漫画を全部読んでみようかなあ。図書館にあるかなあ。


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2015年08月14日

「団地ともお」を見ました

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 朝NHKテレビで「まれ」を見たあと、すぐに次の番組で、「団地ともお」を見ましたものです。私は「ああ、この漫画はNHKテレビでやっているのだと認識したものです。
 学校で歴史の先生(小学校だから、「歴史の先生」というのはないのでしょうが)が70年前の日米戦争での経験を語っていきます。それが最初はごく少数の生徒だけなのですが、次第に聴講する生徒・人が増えていきます。ともおはどうにもそんなにいい生徒とは思えないのですが、戦争の体験のあるおじいさんと知り合い、彼の家に寄るようになり、最初は「麦茶を飲んでいくか?」という誘いは断るわけですが、それが美味しいお菓子は食べる気になって家へあがりこむのです。15081402
 そこで70余年前のそのおじいさんの体験思い出を聴くことになります。70余年の前はそのおじいさんもともおと同じ小学生だったのです。
 ともおは少しもいい子とも思えません。いや活発ないい子どもなのでしょうが、同級生の女の子たちに広場の分け方なんか、実に不平等にやるいわば「悪い子」でもあるようです。でもでも私はこんな子が大好きです。1508140515081401
 この子が聴く戦争時代の思い出の話、私はまた涙になりました。今も涙ばかりで、書き続けていられないのです。


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2015年04月20日

これは「ちびまる子ちゃん」です2

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「ちびまる子ちゃん」の作者のさくらももこは、いくつも単行本を書いているのです。私はそのすべてを読んでいます。よしもとばなな(さくらももこの最初の本が出たときは、たしかまだ吉本ばななだったかなあ)と親友で、ばななが父ひろしのことで大笑いするのが私も実に受けました。ひろしはばななの父の吉本(吉本隆明)さんのことは知ったのかなあ。15041908
 とにかく私はもういっぱい読んでいっぱいテレビを見て、大笑いし、そしてちょっぴり涙にもなっている「ちびまる子ちゃん」とさくらももこなのです。15041911
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これは「ちびまる子ちゃん」です

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 昨日日曜日は、いつもの通りフジテレビで午後6時から「ちびまる子ちゃん」を見ました。私は『りぼん』(集英社)連載1986(昭和61)8月号の時から家族4人で、見ておりもう私がみんなに話すことにより、私の友人たちはみなこのテレビ放送を見ており、その子どもたちも見てくれていたものでした。もうその子どもたちの中には大声でテ−マソングを唄う子もおりまして、そのクラスでは大きな話題になったようです。15041903
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 私の家ではリボン連載の時から見ており、いつも私が我孫子駅前の本屋で買うわけですが、その時間には娘たちから「『りぼん』買った?」という電話が私のケータイに入ったものでした。リボン連載の漫画が単行本になったときは、買ったのでしたが、それをあるときに私の友人の横浜の店で後輩の娘(まだ小さかった)さんにあげてしまい、そのあと手に入れるのが大変でした。私は御茶の水・神田地区から埼玉横浜まで歩きまわり(当然販売元には電話しましたが)、もう大変に苦労したものでした。もうどこかのお店(いったい何十軒目だったことでしょうか)で見つけたときにはものすごく嬉しかったものでした。
 だからこの「ちびまる子ちゃん」は私の家族、私の友人たちには大変に思い出があり、そしていまもそれが続いているわけなのです。
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2015年04月19日

いつも「サザエさん」は楽しく見ています

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 いくつも「これちょっと違うな」と感じることもあるのですが、おおむねいいのじゃないかな。そうですね、いつもサザエさん家族が食事をする(食事だけではなく、家族全員の集合場所のようだ)茶の間ですが、なんで丸テーブル(しかも座っている)なのかなあ。私の娘おはぎでもブルータスでももっと大きな四角いテーブルでみな家族は椅子に座っています。15041602
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 ただ娘のところは食事の時はテレビはつけません。これは私の家とは大いに違います。私はリビングへ行ったら、ただテレビをつけ見ています。15041604
 思えば、このことが孫たちには違和感かもしれないな。
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2010年12月16日

鉄人28号と鉄腕アトム へのコメント へのコメント

10121502 鉄人28号と鉄腕アトム へのコメント へさらに藤田典さんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by 藤田 典   2010年12月15日 21:37
周さんの記事を読んだ後、突然浮かんだ感想なのですが、幼い頃見た鉄人28号に、沖縄特攻で撃沈された戦艦大和をだぶらせていたのではないかと思うようになりました。
何故、そのような発想が生まれたのか、未だ解明していませんが、見たこともない大和に対する憧憬は確かに存在していたと記憶しています。

  うーん、確かにそうかもしれないですね。思えば、戦艦大和というのはすごいですね。今映画でもやっている『宇宙戦艦ヤマト』というのも、実はあの戦艦大和が海の中から曳き上げられて、宇宙を飛んでいくものですね。
『宇宙戦艦ヤマト』が、アニメで公開された頃、映画館ですすり泣く男の子どもたちのことが言われました。吉本隆明さんは、実にこの映画のことを述べています。私は、吉本隆明さんが言われることで、宇宙戦艦ヤマトと実際の戦艦大和のことを考えたものでした。「宇宙の大義のために」と「御国のために」と、我が身を捧げる若者たちのことを思ったものです。その映像に涙する幼い小学生。
 私はこのことを随分言ったものでしたが、少しも理解されなかったなあ。でももうあのときは、1980年代の後半でしたかね。



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2010年12月15日

鉄人28号と鉄腕アトム へのコメント

10121410 鉄人28号と鉄腕アトムへ、目森一喜さんから以下のコメントがありました。

1. Posted by 目森一喜   2010年12月15日 01:07
 鉄人の村雨兄弟は安藤昇などの愚連隊ですね。鉄人は(本当はアトムもですが)太平洋戦争が生んだマンガです。
「少年」だと関屋ひさしの「ストップ兄ちゃん」という作品が好きでした。月間漫画の最後の時代の漫画家でした。
 廃刊の時には、突然、放り出されたような感覚になりました・・・

『関屋ひさしの「ストップ兄ちゃん」』は私も好きな作品でした。でも「少年」の廃刊の時って覚えていないんですよね。私はたぶん、昭和26年くらいから(だから私は4歳からだ)昭和36年(私は中学1年だった)まで読んでいたなあ。たくさんの作品を思い出します。マンガ雑誌が週刊誌になってからは、いわば大学生になって、学生運動の活動家時代になってから親しみが沸いた感じです。その間はどうしていたのかなあ。
 雑誌の「少年」では、いくつもの作品を思い出します。マンガだけでなく、江戸川乱歩の「少年探偵団」も思い出しますよ。
 その後は、漫画も「ガロ」なんて読んでいたような思いがあります。
 でもまたいくつも思い出してみましょう。



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テレビ朝日の「イグアナの娘」

10121406 毎週月曜日午後8時からテレビ朝日で、「イグアナの娘」というドラマをやっています。この時間帯では私の家では、誰も見ることができないことが多いのですが、いつもビデオにとってあって、私の妻、娘2人の3人で懸命に見ています。たしか5月25日の午後このドラマの特集があり、第1回からすべて要約してやっていたようです。

 内容は、ガラパゴス島にいたイグアナがある人間の男に恋をして、人間になって、その相手と結婚します。だが彼女には自分がイグアナであった記憶はもうありません。それで女の子が生まれるのですが、母親にはその子(長女なのですが)がイグアナにしか見えません。他の人間はその子をただの普通の人間と認識しているだけです。
 こう話してくると、実にくだらない内容でしょう。だから私はうちの女3人が懸命に見ていると、いつも

 こんなくだらないの見ているなよ、どっかプロレスはやっていないの?
 (私は大昔からテレビというとプロレスだけ見れればいいと思っている)

と厭味を言ってきました。でも女3人は「うるさい」とばかり、それこそ真剣に見ています。
 しかし、しかしなのです。私は真面目に映像を見ていません。パソコンに向っていたり、他の本を読んでいたりしているのですが、なぜか聞こえてくる内容にときどきひきつけられるのです。主人公の長女のいじらしさに、うちの女3人が涙ぐんでいるときに、私も涙が頬を伝わります(ただし、私はけっしてその涙をきずかれないようにしている)。
 これは原作は漫画なのだと思います。なんという漫画家なのかは分かりませんが、おそらく原作が実にいいのだろうななんて想像してしまいます。
 そのうちに、この原作そのものの漫画も読んでみたいものだと考えています。(原作は萩尾望都でした)(1996.05.30)



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2010年12月14日

鉄人28号と鉄腕アトム

10121210 私の 鉄人27号と鉄人28号藤田典さんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by 藤田 典   2010年12月14日 11:34
「少年」は子供たちの貴重な情報源でした。鉄人よりも、確かにアトムの方が人気がありました。
操縦する者の意志に従う、つまりロボットそのものには善も悪もないのだ…。何となく、そんな風に理解していました。

 うん、そうですね……、と言えばそれで終わりなのですが、でもでも実は私は簡単に言い切れないのです。
 実は、私は「鉄腕アトムのほうが好きだった」と言いたい思いで、そう言いますが、でも「鉄人28号」も実に好きでした。いや、鉄人28号は、実にいい加減で、困る思いでした。あれは、日本の戦後の闇といい加減さを顕していると思うのですね。
 出てくる悪漢たちが、アメリカやフランスの実に悪い奴(でもこのアメリカとフランスの悪い奴がフランスのほうが少しうわて)で、でもでも、もう一つS国ってのがあるじゃないですか。当然ソ連だと思うのですが、けっこう難しいよね。
 それに主人公(鉄人28号が主役なのですが、でも彼には意思がない)の正太郎君って、小学生で、なんでネクタイしているのかなあ。署長さんは、なんで「正太郎クン、学校行きなさい!」って、言わないのかな。
 そもそも最初は、村雨健次っていうギャングみたいのが出てきて、……、いや、また落ちついてから書きます。
 あの鉄人28号は、戦中に作られていたのでしたね。大きさが目茶苦茶に大きくて、でも正太郎君の2倍くらいしかないときもあって……。
 でもでも、もう少し落ち着いてから書きます。心を整理しないと書けないです。

 少年での人気は、実はアトムよりも鉄人28号のほうが上だったと思います(いつも別冊付録は28号のほうが付録としては上のほうでした)。でもそうは言ってはいけないようなものが「日本の戦後」にはあると思うのです。
 だから、そんなところから、作者は「伊賀の影丸」を経て、膨大なる「三国志」の漫画を書き(全60巻です。私は2度通して読みました)、そちらの世界に行ってしまった気がします。
 また書きます。



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鉄人27号と鉄人28号

10121209 横山光輝の「鉄人28号」についての思い出を書いてみます。

「鉄人28号」は雑誌「少年」に連載されたものです。当時は「鉄腕アトム」が一番人気があったかと思います。そのほか「矢車剣之助」とか「ナガシマ君」(だっかかな)とかが人気があったように思います。
 それでその「鉄人28号」はかなり前から開始するという宣伝を「少年」の誌上でやっていました。その告知の漫画のカットには、その主人公たる鉄人28号が写っていました。街角でこちらをのぞいている鋭い顔をした鉄人でした。だがその鉄人の顔姿はのちの鉄人28号そのものではなく、鉄人27号のものだったのです。そしてその鉄人はコートを着て、街角に立っていました。ちょうどゴルゴ13のような顔と姿をもっとロボットにしたものだったかと思います。
 ここで私が想像するのには、当初作者の横山光輝の考えていた鉄人28号というのはいかにもロボットというものではなく、コートを着た人間に近い姿の鉄人だったのではないでしょうか。実際の漫画「鉄人28号」の中でも、28号より27号はより人間に近い顔をしています。当初は人間に近いような鉄人が活躍する物語を考えていたのだが、漫画を開始するあたりから、まったく人間が操作するだけのロボットである鉄人28号になってしまったように思います。当初考えていたのは、人間と背丈も姿も変わらない鉄人だったように思うのです。
 それがどうしてあのような28号の姿になったのかということが問題なのですが、それは「鉄腕アトム」との問題があったのではと思うのです。人間とさほど変わらない鉄人では、アトムとの差がありません。だから、とてつもなく大きな鉄人になってしまい、しかも人間に近い顔をした27号を28号にするのではなく、あらためて28号が生まれたのではと思います。
 始めて本当の鉄人28号に正太郎君たちが会うシーンなどでは、正太郎君は鉄人の足より(脚ではなく足です)背が高くありません。ところが、このころの鉄人は大きさが正太郎君たち人間と比較してもまちまちなのです。まだ鉄人を明確に規定できていなかったように思います。
 鉄人28号はアトムとは違って自分で知能を持っていません。正太郎君のもつ、ちゃちなリモコンによって動作します。そこでまた最初のころ不思議なシーンがあります。鉄人28号として登場したロボットの鉄人27号は実は28号ではなく、28号は別にいたと正太郎君たちが分かる時に、このロボット群を作っていた悪い博士のところで、どうしてかその本物の鉄人28号が暴れまわります。鉄人の1号から26号まで壊してしまいます。そしてとうとう27号との対決になります。私はどうしてこのときだけ、鉄人28号はリモコンの操作ではなく、なんだか分からない凶暴さ(あるいは正義感かもしれない)で動けたのか不思議でたまらないのです。そののちは、リモコンを持っている人が正太郎君であれ、悪人であれ、その操作通りに動くようになるのですから、この時の28号は不可解なのです。

 おそらくは、鉄腕アトムとは違ったヒーローが誕生するには、ああした不可解さが必要だったのかもしれません。これでもう鉄人28号の性格を混乱させる27号を破壊してしまったから、28号こそは、もうあとはおとなしくなったのでしょう。あまりに人間に近い感じの27号が主人公では、競合相手は鉄腕アトムとなってしまい、面倒だったのかもしれません。
 私の推測なのですが、おそらく「鉄人28号」をゲラなりで見た手塚治虫さんが、「これじゃ、アトムのパクリじゃないか」と指摘したことがあったのではないでしょうか。
 でも私は、あの無味乾燥な感じのロボットである鉄人28号よりも、人間の顔をしてコートを着て街を歩いている、27号の顔した鉄人28号のもう一つの物語も見てみたかった気がします。
 今横山光輝は、こうしたところをどう語ってくれるのでしょうか。おそらく、コミック本になった漫画を読み返しても、ここらへんの真相は分かりようがないだろうと思っています。もう私などの記憶の中だけに残っている疑問や希望だけになってしまったことなのかもしれません。

 それにしても、「鉄人28号」で出てくるロボットたちは、いわば悪いやつらばかりが作っているように思いました。とくにS国(これはソ連のことでしょう)が作ってくる巨大なロボットたち(恐竜の形していたりする)は、ただ破壊だけのためのロボットだったように思います。こうしたロボットしかイメージできなかったところが、横山光輝の限界だったように思います。
 現実の世界では、この日本はロボット大国です。私のあるクライアントの工場でも、ロボットが懸命にラインに入って働いています。いわば、現在のロボットは鉄腕アトムというより、鉄人28号のように、人間のいうとおり動く存在なわけですが、この日本でこそロボットがこれほど普及したのは、鉄腕アトムの存在のおかげのようです(これは長谷川慶太郎さんが指摘しています)。たしかに、横山光輝が描くような凶暴なロボットばかりだったら(本当はロボットが凶暴なのではなく、悪い奴が凶暴なロボットを作り、使っているから)、こんなに現実の世界ではロボットは使われなかったでしょう。事実欧米では、ロボットのイメージはよくなく、日本のようには使われていません。アトムのイメージころ、私たち日本人が抱くロボットのイメージであり、それでよかったなと思っています。(2002.10.28)



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2010年12月13日

「あしたのジョー」のことで

10121204 私が大学生になって熱心に読んだ漫画といいますと、やはり「あしたのジョー」でしょうか。これは「少年マガジン」に連載されていました。
 ところで、同じ「少年マガジン」には、「巨人の星」も連載されていまして、この二つが、なんと言っても人気があったかと思います。

 「巨人の星」 作・梶原一騎 漫画・川崎のぼる(1965年連載開始)
 「あしたのジョー」作・高森朝雄 漫画・ちばてつや(1967年連載開始)

 ちょうど65年といえば、日韓闘争のときであり、67年は私が埼玉大学に入学した年です。
 私は学生活動家でしたから、夜活動を終えたあとの定食屋(なんと、朝4時までやっていた店があり、また朝5時半から開店する定食屋もあった)で、よく漫画を読んでいたものでした。こんな店でどうしてか、敵対党派の民青諸君と会ったりするんですが、店ではまず喧嘩はしなかったものです。ただただ、誰も彼も活動家はみんなみんな漫画雑誌を読んでいました。民青諸君も同じでした。
 それで、当然三派系の活動家は「あしたのジョー」が好きなわけです。好きなどころか、みんな入れ込んでいましたね。私になぜマルクス主義がいいのかということを執拗に話し、民青や権力には憎まれきっていたある活動家が、どうしてかこの定食屋で黙って必死に「少年マガジン」に読み耽けっている姿なんか、思い出せば不思議なものでした。それが昼になると、突如アジテーションしたり、「反デューイング論」(エンゲルスの著作で理工系の活動家はよくこの論を持ち出したな)の話なんかするわけです。
 でもでも、あるときに、

  高森朝雄って、梶原一騎らしいぜ

と私が言い出したら、みんな最初は馬鹿にしました。そんな訳があるわけないじゃないかというのですね。でも二人の住所は一緒なのだ、なんてことをいうと、だんだんみんな怒りだしたものです。ジョーが「巨人の星」と同じでは、みんな困ってしまうのです。

  われわれは、明日のジョーである

と宣言して赤軍派の田宮高麿は北朝鮮へ飛び立ちました。きっと自分達の力で地球を回してやろうという思いだったのでしょう。でも田宮高麿は「あしたのジョー」の作者が梶原一騎だって知っていたのでしょうか。
 でもでも、私が実に1997年3月14日に知ったのですが、この「あしたのジョー」こそ、梶原一騎を殺してしまった(言い方が悪いけれど)存在だったのですね。このことは以下の本を読んで知りました。そして私は、私が学生のとき考えていた思いが正しかったのだと知ったものでした。

書名  夕やけを見ていた男 評伝梶原一騎
著者  斎藤貴男
出版社 新潮社
1995年1月30日発行
定価 1,800円

 梶原一騎の思惑とは違って、力石はとてつもない人気が出てしまうし、その力石を殺してしまったジョーは、とんでもなく落ち込んでしまう。そのジョーを救うのは、白石葉子が南米から連れてくるカーロスでした。ジョーは彼の目に中に、自分と同じものを見て、また蘇ります。でもでも、これはもう梶原一騎の描いた原作にはないのですね。
 私は白石葉子ではなく、ドヤ街の乾物屋の紀子が好きでした。彼女とジョーが一緒になって欲しかった。そのころ私は言い続けていたものです。でもジョーは「乾物屋のジョー」にはなれないのですね。
 実はこの紀子は梶原一騎の原作にはなかったそうです、ちばてつやが作ってしまった人物なのですね。そしてちばてつやも本当はジョーと紀子を結婚させたかったのだが、そうもいかないので、二人をたった一度だけデートさせます。二人が食事して(しかもなんだか豪華な食事風景じゃないんだな)、そのあと川(たぶんドブ川だろうけれど)を見ているシーンが心に残ります。ジョーのことが心から好きだった紀子は、思いきって言うのです。

  矢吹くん……もう、ボクシングやめたら?

といいます。ジョーはボクシングへの思いを喋ります。

  紀ちゃんのいう、青春を謳歌するってこととちょっとちがうかもしれな
 いが───燃えているような充実感は、いまでもなんどもあじわってきた
 よ……。血だらけのリング上でな。
  そこいらのれんじゅうみたいに、ブスブスとくすぶりながら不完全燃焼
 していうんじゃない。ほんのしゅんかんにせよ、まぶしいほどまっかに燃
 え上がるんだ。
  そして、あとにはまっ白な灰だけがのこる……。もえかすなんかのこり
 やしない……。まっ白な灰だけだ。
  ───わかるかい、紀ちゃん。負い目や義理だけで、拳闘をやっている
 わけじゃない。拳闘がすきなんだ。死にものぐるいでかみあいっこする充
 実感が、わりと、おれ、すきなんだ。

 だが、紀子はそれに対して

  わたし、ついていけそうもない……

と最後にいい、走り去ります。私はその漫画の紀子に向かって「馬鹿やろう、バカヤロウ!」と叫んでいたものでした。ただ、この二人のデートでのジョーの言うことが、「あしたのジョー」の最後のシーンになるわけです。
 最後のシーンの案は20いつくあったといいます。もうこれは梶原一騎の思惑を離れているのですね。そして、ちばてつやのあるアシスタントが提案したのが、紀子とのデートシーンのジョーのせりふだったようです。これで「あしたのジョー」の最後は決まりました。
 相手は紀子ではなく葉子なのですが、彼女にジョーはグローブを渡します。

  あんたに……もらってほしいんだ……

そして、ジョーはリングで燃え尽きてしまいます。ただ微笑をたたえています。もう白いもえかすだけになってしまったのでしょうか。それはもう判りません。

 なんだかこうして書いていると、いろいろなことを思い出します。
 昔、「あしたのジョー」がアニメ映画になったときに、こんなことがありました。
 私は船橋から東武線で柏に向かっていました。疲れていて、眠ってしまったのですが、小さな女の子に起こされました。彼女は私の席の前にしゃがんで、私の顔を見つめてこう言ったのです。

  力石さん、死んじゃったのよ

 彼女の目には涙がありました。私は一瞬訳が分かりませんでした。もう一人の女の子がそばにきました。

  そう、力石さん、死んじゃったの

というのです。二人は姉妹のようです。私ははっと気付いて、

  でも、ジョーは生きているだろう。ジョーが力石の分まで頑張って生き
 て闘うんだよ

といいました。そして二人と「あしたのジョー」のお話になりました。私はそのときはまだアニメ映画を見てはいませんでしたが、どうやら二人の話に合わせることができました。なんだか悲しい映画だったという二人に、私はそれでもジョーはまだまだ元気にやっていくんだよと話し続けました。たしか六実の駅あたりで、二人は私に「バイバイ」と手を振って電車を降りていきました。
 あの出来事は何だったんだろうなんて思います。あの子たちは、もう何才になったかな。そしてその後のジョーのことも知ったでしょうか。

 やはり、私たちの年代にとっては、少しは書いておきたい「あしたのジョー」です。(2002.08.05)



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2009年08月11日

ちびまるこちゃんはやはりいいなあ

8d73f4e9.jpg「静岡県で震度6弱 伊豆諸島と静岡県に津波注意報」に書きましたように、私はこの 周の書評(さくらももこ篇) をすべて読み直していました。やはりさくらももこはいいですね。
 なんだか自分が過去書いたものを、読み直していて、また涙を流していました。
 思えば、このさくらももこは何度読んでも私はいつも実に何もかもが涙を流す思いになります。
 こんな朝の地震で、ちびまるこちゃんをものすごく思いだし、そしてまたさくらももこを再度ちゃんと読まなくちゃいけないな、と強く思いました。
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2006年06月24日

「医龍」の私のUPへのコメントへのレス

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 私は本日午前中に、「医龍」を10巻まで読みました。9、10巻に関しましては、今朝私の心の中の動揺を書いたつもりです。
 とにかく、驚いてしまっているのですね。その驚きとは、実に私は独りで、ただただ涙を流していることで、もう明かなのです。

 それで、これに関して、まっくまっくの彼女も、私より速く読まれたようです。
 第1巻への私のUPには、次のようなコメントをもらいました。

え?周さん、漫画本も読むんですね。
なんか以外です。
この医龍は面白くて毎回テレビで観るようになりました。本屋さんに行ってアニメの感じはどんなものなのか見てもきました。
今いちばん気になるテレビですね。結構、内容はありえない事が起こるのでだから面白いのです。

 私は漫画は昔からよく読みましたよ。だから 周の漫画館 というページを持っています。ただ、もう少し読んだ漫画をここで紹介していかないといけないなと思っています。

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2006年04月22日

まる子とたまちゃんの姿に涙流しています の4

8e6a6736.JPG この「たまちゃん」の名前を間違えて「はまちゃん」と書いていました(もう訂正しました)。これを次女のブルータスが指摘してくれました。

 思えば、はまちゃんというのは、新宿歌舞伎町の先の新大久保あたりにあった飲み屋のママの名前でした。ママというよりおばちゃんだったなあ。新宿ではいくつもの飲み屋の方々と仲良くなりましたが、ほぼどの店もみなやめちゃったなあ。
 たくさんのことが思い出されます。

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2006年04月21日

まる子とたまちゃんの姿に涙流しています の3

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 これは まる子とたまちゃんの姿に涙流しています の2の続きです。
 一昨日長女おはぎと話しました。そうすると。おはぎもテレビでこの「ちびまる子ちゃん」を見ていたそうで、私と同じで涙ぐんでいたようです。
 でも私はただただ涙を出していただけですが、おはぎは実によく見ていました。登場人物の一人ひとりに関して詳しく話してくれました。うん、やっぱりおはぎは小学校の先生なんですね。私は感心してきいていました。
 でも、おはぎも私も、またあのドラマをやってほしいのですが、あのドラマを続けるのは難しいのでしょうね。あの子役の方たちも、すぐに大人になってしまいますね。

 思えば、最初雑誌の「りぼん」であの漫画を見まして、それで単行本が発行されたときも、私が購入して家に持ち帰ったものでした。飲んだ席で、子どもを連れた友人にこの「ちびまる子ちゃん」の第1号の単行本をあげてしまい(私はまた本屋で買えばいいと思っていた)、ところが、これがどの本屋に行っても、すべて売れきれで、もう困り果てたことがありました。私はいつも、「あ、会社で忘れてきちゃった」と言い訳を続けて、その実はあちこちの書店に行って探していたものでした(とうとうどこかの本屋で見つけました。埼玉県のどこかの本屋だったな)。

 おそらく、このちびまる子ちゃんは、りぼんも、その単行本も、テレビの漫画放送も、そして今回のドラマも、私たち家族にはどれも忘れられない「ちびまる子ちゃん」になることでしょうね。

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2006年04月19日

まる子とたまちゃんの姿に涙流しています の2

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 私の まる子とたまちゃんの姿に涙流しています旅人mooの冒険人生 さんからコメントをいただきました。

なんと私もほぼ同時刻から多分同じようにまるちゃんを見て涙を流していました。

実家で少し見ていて、自宅に帰ってタイムカプセルの話から見てました。
いいですね。
なんだかあったかい気分になりました。

こういう番組をゴールデンの時間帯にもっとやってほしいなと思います。

話が飛びますが、昨日は「渡世人列伝」のビデオを見てました。
池部良さんは相変わらず渋いし、遠藤辰雄さんは相変わらず憎らしかったです。
東映仁侠映画もまだまだ見たいのが沢山あり過ぎて、困っちゃいます(笑)

 ちょうど私は、昨日は義母のデイサービスのお迎えの担当ではなかったのですが、妻の親戚に不幸がありまして、それで急遽王子の家に帰りまして、それでこのテレビを見たものでした。でも「そうか、涙流すのは、俺だけじゃないんだ」と思いまして、安心するやら嬉しくなるやらというとこころです。
 私が次にように書いたことを思い出しました。

「まる子 毛糸のパンツをいやがる」
 これはまる子だけが特異なのではない。あの恥なんかなにも感じないようなはまじが、花輪君の家に招かれて、靴下に穴が空いていて、それが恥ずかしくて椅子に座りっぱなしのシーンがある。はまじですらそうなのだから、子どもはだれもこんな思いに深く悩んでいることがあるのだ。だけどヒロシはもう忘れてしまっている。ほとんどの大人はそうなのだろう。さくらももこの感性が優れているのは、こうしたことを鮮明に思い出させてくれることにある。

 もうことことをいつも思い出してくれるのが、私の「ちびまる子ちゃん」です。私の秋田での思い出、札幌での思い出、名古屋での思い出を鮮明に目の前に浮かばさせてくれるのです。
 昨夜のテレビでは、私はももこには、最初「あ、少しももこが可愛いすぎてるな」と思いましたが、でもすぐに好きになりました。

 穂波さん(たまえちゃん)は、「なんか違うな」という思いを最初抱きましたが、でもやっぱり、あれがたまえちゃんですね。はまじも「なんか違うな」という思いでしたが、やはりすぐ好きになりました。花輪君も違和感がありましたが、これまたすぐにテレビの中の花輪君に頷いていました。いや、彼の主張に頷くのではなく、彼の存在がいいのです。
 それと野口さんて、今どうしているのかな。はまじは実在の人物だけれど、野口さんはどうだったっけ。あのまま大人になったのかな、
 昨日のテレビドラマでは、子役のみんながすべて良かったですね。

 ヤクザ映画は、もう随分実際の映画館で見ました。新宿の昭和館でも、浅草でもよく見たものですよ。ビデオはあんまりビデオ屋に置いてないので、残念です。私はビデオを見ていても、画面に声を出すので、娘たちにいつも注意されていました。だから真夜中に一人で見ていて、涙を流したり、声をかけたり、拍手をしたりしていたものです。朝になると、娘たちから「パパッ! またやっちゃん映画見ていたでしょう」と言われたものでした。
 できたら全部のヤクザ映画をDVDにしてほしいな。

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2006年04月18日

まる子とたまちゃんの姿に涙流しています

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 フジテレビの「ちびまる子ちゃん」を見ていて、なんだか涙ぐんでいます。やっぱり、「ちびまる子ちゃん」は、いいですね。
 実は私は、このフジテレビを始まったときから、見ていませんでした。なんだか、見るとやっぱり涙を流してしまうのが判っていましたから、見ませんでした。でも妻が帰宅して、そして午後8時になって、フジテレビを見て、そして、結局は涙を流して見ていました。
 まる子とたまちゃんの友情と涙に、結局は涙を流している私です。できたら、周の書評(さくらももこ篇) を読んでみて、できたら「ちびまる子ちゃん」の原作を読んでみてくださいね。
 私はこれが「りぼん」で連載されていたころから見ていました。娘二人と一生懸命に見ていました。そしてテレビにもなりまして、ずっと私はこの「ちびまる子ちゃん」と作者のさくらももこのファンです。

 

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shomon at 21:03|PermalinkComments(1)clip!