将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Category: 周の推薦の店

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 私は千代田線下車の根津ではよく歩き、飲んできました。このただし、この「根津の甚八」では過去数えるくらいしか飲んでいません。この店の周りの店でも飲んできました。 このお店をインターネットで検索しまして、出てきた画像をこうして載せます。
 それと俳優の根津甚八さんも載せます。彼はNHKテレビの大河ドラマ「太平記」で新田義貞を演じました。
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 私は過去に何度も鎌倉江ノ電の極楽寺で降りて、成就院へ行ってきました。そこの門を入るあたりで、そこから見下ろせる由比ヶ浜を見て、そこを駆け抜けた(ただし新田義貞はここの浜で黄金(こがね)作りの太刀を海に投げ入れます。このおかげで海は引いて、馬が走れるようになり(と言われています)、馬に乗った新田軍が駆け抜けるのです)新田義貞を思っています。
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 これで鎌倉幕府は亡びます。だが同時に六波羅探題を落とした足利高氏もいたのです。結局足利高氏は後醍醐天皇に名前をもらい尊氏となり、義貞は勾当内侍(こうとうのないし)をもらいます。

   http://shomon.livedoor.biz/archives/51922442.html
     新田義貞の愛した女、勾当内侍

 新田義貞の鎌倉攻めは実に大変な戦いでした。幕府側は最後800名近くが自害したといわれます。15111608
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 私はいつもこの時の鎌倉幕府側、新田義貞、足利尊氏、勾当内侍を思い、いつも悲しい気持になってしまいます。
 そしてこの根津駅下車の「根津の甚八」を思い出すばかりなのです。



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91 雁(かり)行(ゆき)て門田も遠くおもはるゝ(安永五)

92 帰る雁(かり)田ごとの月の曇る夜に

93 きのふ去(い)けふいひ雁のなき夜哉(明和七前)

   郊外
94 陽炎や名もしらぬ虫の白き飛(とぶ)(安永四・一)

95 かげろふや簀(あじか)に土をめづる人(安永三・一二)
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この95の「簀(あじか)」を「漢語林」で登録しました。このパソコンのMS-IMEで登録してポメラでも登録します。この二つで登録するのは面倒なのですが(それに間違えてしまいます)、でも今のところ(当分かなあ、いや永遠に続くのかなあ)仕方ないですね。 こうして蕪村の俳句をしながら、いくつものことを思います。ただただ、京都へ行って私の友人にこの愚痴を喋りたいです。
 そんな日が来てくれるのかなあ。
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     月前嵐
三四六 更(ふけ)にけり外山のあらしさえさて十市(とをち)の里にすめる月かげ

     山辺霰
三四七 霧ふかきみ山のあらしさえさえて生駒の嶽(たけ)に霰ふるらし

     霰
三四八 ものゝふの矢並つくろふ小手の上に霰たばしる那須の篠原

三四九 さゝの葉のみ山もそよに霰ふり寒(さむき)霜夜(よ)をひとりかもねむ

三五〇 笹の葉に霰さやぎてみ山べの嶺の木がらししきりて吹きぬ
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 そうか、鎌倉人には那須ってこんなに親しい思いがするところだったのだなあ。那須温泉のある温泉ホテルを思い出していました。あ、あの温泉には二度行っているのだ。いや三度だったかなあ。思えば「那須の与一」がいるじゃないか、と今思い出していました。 鎌倉武士団が軍事訓練をする那須の原を思い出していました。

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三三六 冬ふかき氷やいたくとぢつらむかげこそ見えね山の井のみづ

三三七 冬ふかみ氷にとづる山川の汲む人なしと年や暮れなむ

三三八 我門の板井の清水冬ふかきかげこそ見えね氷すらしも

     池上冬月
三三九 はらの池の芦間(あしま)のつらゝしげゝればたえだえ月の影はすみけり

     湖上冬月
三四〇 比良の山やま風さむきからさきのにおの水(みづ)うみ月ぞこほれる

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 私の将門Webでも、こうして実朝の歌は続きます。思えばどんなに藤原定家は驚いたことでしょうか。(すでに三二八で書きました)東路(あづまぢ)の源家という貴族にもいるのです。実朝もその父頼朝もものすごく我が将門が好きでした。あの当時としては都の貴族からは悪人と嫌われた平将門をです。
 実に明治維新では神田神社から将門はおいやわれてしまうのです。でも1976年(昭和51年)の将門を主人公としたNHK大河ドラマ『風と雲と虹と』によって1984(昭和59年)再度、神田明神に合祀されているようになったのです。
 私は必ずこの神田明神へは毎年年賀で行ってきました。もう何年続けていることでしょうか。

13082511 私は、このお店に前にも行ってケーキを買ったことがあるなあと思いました。以下に書いています。

  2008年11月30日昨日いただいたケーキ

 一昨日はこのケーキを届けて、夜9時に私の今ケータイの待受画面になっています写真をケータイメールで受け取っていました。
 こうして喜んでくれて嬉しいです。ポニョもポポも喜んでくれて嬉しいのですが、私はとりわけポコ汰が笑顔でいてくれることが嬉しいです。
 あ、今度はじゅににも届けたいなあ。

12010805 昨日の「19時07分5秒」に、「周の掲示板」に書かれたのですが、今は削除されたのかと思います。Oさんの投稿です。
 それで聞かれたうちの、まず最初のことですが、私は以下に書きました。

 「根津 『海上海』 上海料理」へのコメント
http://shomon.livedoor.biz/archives/51491793.html
『「根津 『海上海』 上海料理」へ昨日行きました』へコメントをもらいました
http://shomon.livedoor.biz/archives/51571112.html
千代田線根津駅下車 上海料理『海上海』の2
http://shomon.livedoor.biz/archives/51467400.html
千代田線根津駅下車 上海料理『海上海』
http://shomon.livedoor.biz/archives/cat_50012470.html

 それから、次のSさんのブログですが、私はまったく存知あげないものです。
 もうすぐこのお店をよく利用している、私の長女家族5人が来てくれます。これから、みんなで次女ブルータスとじゅにに会いに行くのです。

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 西日暮里『きゃらめる』へ、以下のコメントがありました。ただし、書き込んでくれたのはひとみさんのようですね。

1. Posted by ゆかり    2009年07月07日 01:30
パソコンは買いましたがまだ使えません
悲しくなります
これはひとみが書いています
周ちゃん 教えに来てください

 ゆかりさんは、私のような61歳のじいじではなく、素敵な綺麗な若いママさんじゃないですか。パソコンは、ただ自分でやれば打てますよ。私はね、けっこうこうしてブログも書いているのですが、手紙も書いているのね。昨年は、けっこう多くの方に手紙を書いたのですが、今年は書きます手紙の量が多くなりました。その替わり多くの方には書いていません。
 私はよく好きな女性には手紙を書いたものでした。昔刑務所に勾留されていると、手紙しかないのよ。でも今はこうして娑婆だし、しかもこうしてパソコンが自在に使えるから楽です。
 だから、また手紙を書きますね。それとお店にも行きます。ただ、私は夕方がなかなか時間が確保できないのです。
 それにもう前のようには大量に飲めません。でもでも、近くまいります。

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 2009年5月29日のポメラ

 これから、午後6時をすぎて長女宅へ行くつもりが、先に駒込のケーキ屋に行きまして、それから長女宅へ行きまして、Kさんにも会って、それから 千の朝 へ行ったのでした。

と書いていますが、私は29日この店 千の朝 に行きました。5月21日がその記念日だったのですが、でもこの日にはいけないと判っていましたが、そのほかの日もなかなかその時間がとれなかったのでした。
 09053004でもどうやら、この日29日は 駒込のトロンコーニ のケーキを持って行くことができました。そこでいただいたのが、この上にある写真たてです。現在は昨日ディズニーランドで撮りました私たち夫婦と長女家族4人の計6人が仲良く写っている写真が入れてあります。
 本当にいいものをいただきまして大変に嬉しいです。

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「根津 『海上海』 上海料理」へ昨日行きました に以下のコメントを頂きました。

1. Posted by 海上海女将    2008年12月03日 13:24
 いつもありがとうございます。
土曜日はちょうど外に行こうとしたところ、マンションの下でポコ汰ちゃんに会ったんですよ〜。
ポコ汰ちゃんが積極的に手をつなごうとしてくれたんですが、うちのちびこは恥ずかしがっちゃって。
バイバイする時には、我が家の玄関の前で、ぐずぐずしてたので、どうやらここに入ると遊べることを覚えていたようです。賢い賢い。
ポコ汰ちゃん、また遊んでね♪

そうそう、私たち夫婦が結婚式の時に出して好評だった紹興酒、1本だけ入手しました。
常連様用にほんの少しだけですがお味見に出しているので、パパに声かけてくださいね。

 コメントをありがとうございます。ポコ汰は子ども同士仲良くしたいのですね。またここに来たときに、お宅に寄ってみますね。
 お店には、私と妻とだけとか、誰かでも二人だけより、もっと大勢で行ったほうがいいですね。でもポコ汰はまだ小さいから、ラーメンくらいしか食べられないのでしょうが、でも小さな器にわけて、冷ましておくと、いくらでも食べてしまうのです。だから長女に、「そんなに食べさせないで」と言われてしまいます。
 でもきょうは、ポコ汰は、ママの背中から落ちて、それで私は行きまして、それでポニョと留守番をしていましたら、病院まで行ってきまして、とくに問題はないようです。
 帰ってきたら、私に笑顔を見せてくれました。そしてまたお昼はママと食べてきたはずなのに、また食べたがります。
 でもとにかく、こうして孫がそばにいますと、実に愉しいです。

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 昨日、長女から夕飯に根津の『海上海』へ行こうと言われていましたので、長女家族4人と私たち夫婦で、午後6時10分に上中里で待ち合わせしました。6時7分の電車に乗りますと、9分に着きまして、ホームで合図して電車に乗りまして、電車の中を歩いて、ポコ汰と会います。
 根津駅で降りると、もうこの街には、どこにもクリスマスのイルミネーションが輝いています。ポコ汰もまだ小さいのに元気にパパと手をつないで歩いています。この景色を撮りたいのですが、フラッシュを焚くと通っている車に迷惑でしょうから、撮りませんでした。

08113005 お店のお二階に上がって、いくつものものを注文します。まだポニョは食べられませんが、ポコ汰はこの写真のラーメンを食べます。いくつものお皿に入れまして、冷ましてからポコ汰にあげるのです。でも私がポコ汰のお口にお箸で持っていくと、おはぎから、「もう自分で食べさせればいい」といいます。それにこうしてすすめていると、ポコ汰は際限なく食べてしまうそうです。でももうこの大人用のラーメンを3分の2くらい食べたのじゃないかなあ。
 途中で、マスターの王さんが何度も来てくれます。ポコ汰も午前中にあっていた娘のお父さんですから、よく知っているし、もうこのお店には何度も来ているので、笑顔を見せて大声を出しています。08113003ポコ汰はミツ君のお父さんともお母さんとも何度も来ているのです。あちらのおじいちゃんは、ポコ汰にとっては、いつもぶうぶに乗せてくれるおじいちゃんなのです。私はもう自転車に乗せるだけです。
 この日は、私はビールを一本しか飲まないという殊勝さです。

 王さんが、彼の娘さんとポコ汰がとっても仲のいいことを教えてくれます。もう私たちも大変に嬉しいお話です。
08113004 王さんは、日本のさまざまな材料を使って本場の上海料理を再現していくよう頑張っています。「あ、これはいいけれど、紹興酒がほしいな」と思いましたが、我慢しました。

 あ、今度はお酒を飲んでもいい相手とも来たいものです。

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 4日の夕方、私は前々から行きたいと思っていました王子本町の越後屋へ行ってきました。お店に入ったのはちょうど5時30分くらいでした。

店 名 越後屋
住 所 114-0022
    北区王子本町1丁目21番4号
電 話 03-3900-5904
営業時間 11:30〜14:30
     17:15〜00:00
定休日  水曜日、第3木曜日

「いたずら」のことで にブルータスがメールをくれました の画像がそのときの私の目の前です。私は最初にエビスビールを飲みまして、板わさと天麩羅を頼みます。
 そしてお酒です。お酒は、以下の器で出されました。
08090405 最初は丸眞正宗です。これは東京23区で唯一造られているお酒です。この王子の駅に二つ北の赤羽の 小山酒造 のお酒です。私はもう随分昔になりますが、この小山酒造に大勢の友人を連れて酒蔵見学に行ったものでした。
 次が 景虎 を頼みました。景虎とは私の好きな上杉謙信の若き日の長尾景虎の名前です。これを飲むうちに、私はこの器が気に入りました。私も欲しいなという思いでしたので、聞いてみましたら、なんでもかっぱ橋で手に入れたということでした。今度私も買いに行こう。
 そのあとが久保田です。このお酒は、新潟の朝日酒造 のお酒なのですが、私は「あれッ、宮城の酒じゃなかったっけ?」と思って、私の友人に、その旨の問い合わせのケータイメールをしました。さすが、その私に友人はすぐにメールを返してくれて、久保田が新潟の酒であることを教えてくれて、さらに次のケータイメールをくれました。

お蕎麦やで一杯いいですね。今度ぜひ一献よろしくお願いします。

 私は次のメールを返信しました。

ありがとうございます。恥かかなくてすみました。また。

 でも、この彼は、実に酒が強いので、私なんか一緒に飲めないのですね。私はまったく記憶を失って失礼な限りです。思い出せば、彼とは昔ビール1ケースを二人で飲んでいたものでしたが、彼は恐ろしいことに、ほぼトイレに行かないのですね。ビールも完全消化してしまうのです。
 でも、本当にいいお蕎麦屋さんです。私が 周の『独楽吟のススメ』の211 に次のように書いたのは、このお店のことでした。

昨日ある蕎麦屋で、私よりも少し年上かなあ、という女性二人が仕事終わりなのでしょう。ビールで乾杯しているところが、私には見ていてとってもいい感じでした。

 またこのお店には行きます。そしてまた報告いたします。
 あ、それから上の写真は、この店に貼ってあったものです。私は自分の目ではよく見えないものです。こうして画像で見て、あとで内容が判るものです。

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「根津 『海上海』 上海料理」浮雲日記 さんから次のコメントがありました。

1. Posted by みんみん    2008年08月18日 14:27
トラックバックありがとうございます。

私はよくお店の外観の写真を撮るのを忘れて帰ってきてしまいます。
「帰りに撮ろう」と思っていると、酔っ払ってすっかり写真のことなど忘れてしまうのです。
最近はお店に入る前に撮るよう心がけています。

おいしいお料理もご一緒された圧倒的美女の方も周さんの心に焼き付いていると思うので、写真を撮ってなくても全然良いのでは?

私もいつも「肝心のもの」の写真は無意識に撮っていないような気がしています。

 エッ、酔っ払って忘れるのは私だけじゃないのですね。私の妻や娘も判ってほしいものですね。でも「お店に入る前に撮るよう心がけています」というのは、正しい姿勢ですね。私も心掛けます。

 あのですね。私の心に焼き付いても、何もならないのです。それよりもデジカメ画像に残っていたほうがいいです。残っていれば、何故か私が真面目な人に思われるじゃないですか。証拠がないと、私は単なる酔っぱらいに思われてしまうのです。
 今後は、圧倒的美女のKさんも、「ほらほら、デジカメを構えて、私を撮って」と言ってくれないかなあ。彼女は、実に謙虚な方だから、そんなことを言わないよなあ。
 あ、でも今のうちにしつこくいい続けようかな。だって、私もじいじになっているし、圧倒的な美女もそのうちばあばになるのですからね。

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 浮雲日記このUPがありました。

連日テレビで北京オリンピック漬けなせいか、急に中華が食べたくてたまらなくなりました。
前日と打って変わって涼しくなったせいかもしれません。

 たしかに涼しくなりましたね。たった今も外で出ましたら、大変に涼しいのです。私は暑いのはもうとても苦手なので、だんだん涼しくなっていくのには、大歓迎なのです。
 この日の浮雲日記には、根津の『海上海』へ行って食事されたことがUPされています。でも私はもう大反省しました。私も13日に、このお店に行ったのです。そのときのことは、昨日の夕方美女と谷中を歩きました に私は書いています。
 でも私は、この『海上海』で、自分の目の前にあった料理を写真を撮っていないのですね。まあ、いつものクセで、ただただお酒のほうに意識が集中しちゃうのかなあ。次回行ったときには、必ず自分の目の前の料理を写真に撮ります。この浮雲日記では、このお店の美味しいお料理の写真を綺麗に撮られています。その確実に真面目なUPと、自分の駄目さ加減に呆れ果てているだけです。もう私は酒が少しでも入ると、何もかもすっかり忘れ果てるのですね。
 思い出せば、このときに一緒に歩いて、そして一緒に食事してくれた圧倒的美女の写真も撮らなかったなあ、と反省しています。
 その点、この浮雲日記では、ちゃんと店のロゴの入った看板も写真を撮っていまして、「ああ、偉いな」と思いました。
 私の長女にいつも言われていることを思い出します。

 パパはいつも、道端のどうでもいいものばかり撮っていて、肝心のものの写真を撮っていない。

 その通りです。深く反省します。

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 王子の「そば処『うつ木』」へ、7月28日に行ってきました。私はいつも昼には食事はずっとしてきませんでした。クライアントとか友人と食事するときは別ですが、自分一人でいるときには、食事はまずしてこなかったものです。
 でもこの28日は、ものすごくお腹が減ってきました。そして冷蔵庫の中もとくになにもありません。それで、このお店に行くことにしました。

 ここの最初の写真は、その食べた「せいろ」です。ただし、その前にビール1本とお酒3本を飲みました。かまぼこと天麩羅をいただきました。08072803

 それでここのお父さんと、王子野戦病院闘争の頃の思い出を語りました。お父さんが話されたのは1968年3月28日の闘争だと思います。王子駅前が大きな闘いになったときに、私はちょうど野戦病院のゲート前にいました。一度、柳田公園からデモで出て、国鉄をくぐって行ったところ、機動隊に目茶苦茶に殴られました。でもスクラムをそのまま維持して、板橋駅まで行ったあと、また野戦病院のゲート前に戻りました。08072804
 そこで集会をやるうちに、機動隊が歓声をあげて殴りかかってきました。もう仕方ないので、そのまま逃げるのですが、横を走っている機動隊が私の前を走っていて、もうこれは駄目だという思いになった頃、市民の方が「学生さん、こっちへきなさい」と言って、家にかばってくれたものでした。
 もうこの日は、朝からたくさんのことがありました。思い出せば、王子の方も、ここの親父さんのように、あの闘争のことはよく覚えているのでしょうね。

 さらに思い出すと、3月31日は成田で闘争があり、4月1日には、また王子で闘争がありました。4月1日に怪我した友人を北浦和で病院に連れて行ったものでした。

 王子の「そば処『うつ木』」 へ

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 7月23日夕方私が秋葉原からの帰りに、王子駅から柳田公園を通るとき、すぐそばにあるお蕎麦屋さんに寄りたい気持がわいてきました。
 この日は、義母のお迎えは妻の番ですので、私が早く帰らなくてもいいのです。それで私は前から入りたいと思っていました蕎麦屋さんのドアを開いたのです。そしてすぐに私が気に入りましたお店です。

店 名 そば処 うつ木
住 所 114-0003 東京都北区豊島1丁目4番2号
         シンシティ王子101
電 話 03−3914−5617

 私は、もともとはこのお店を次のサイトで知りましたものでした。

   http://www.oji-gohan.com/ 王子ごはん

 ここのサイトで、次のようにあったものです。

 http://www.oji-gohan.com/archive/20080105_2150.html そば処 うつ木

年末に新しくできたお蕎麦やさん。
ボリューム感たっぷりで気軽に使えるお店。

 でも、私も入りましたが始めてのお店でしたが、大変に美味しくいただきました。
08072301 私が入店しましたのは夕方5時10分くらい前でした。この時間なら、お酒を飲んでも構わないだろうと思うのです。店によっては、お酒を飲む客を嫌う店もあります(ただし、そういう店は私は二度と行きません)ので、とにかく私には最初が肝心なのです。
 もう私はビール1本とお酒3合しか飲みませんからね。
 でもけっこう店長さんも、気軽にお話をしてくれまして、私はとてもいい感じをうけたばかりです。
 店長さんが、大変に歴史が好きということで、そんなお話をしていました。私のホームページも、すぐにケータイで開いてくれまして、嬉しい限りです。
 写真(一番上と2番目の画像はあとで付け加えたものです)は店内を映したものと、私がいただいたものです。次回はお蕎麦も撮りましょう。

 今後も利用していきたい、お酒とお蕎麦をいただいていきたいと考えています。

 王子の「そば処『うつ木』」の2 へ

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 7月19日の午後、上海料理の根津の『海上海』に、家族5人で行きました。暑い日だったのですが、王子駅から京浜東北線で、西日暮里まで行き(でも田端で降りて、山の手線に乗り換えないとなりません)、そこで千代田線に乗り換えます。

 実にベビーカーがあると大変なのです。王子駅はエレベーターがありません。エスカレーターに乗ります。そして、田端駅で反対側の山の手線に乗り、西日暮里駅で千代田線に乗り換えるのも大変です。京浜東北線と山の手線のホームからエレベーターで、まず千代田線のエスカレータ乗り場で降りて、千代田線向けのエスカレーターに乗ります。これしかないのです。それで千代田線のホームで、一つ下のホームにエレベーターで行きます。そして根津駅です。ここにもエレベーターがありません。

 私たちは男手が二人いたからいいのです。妊娠中のおはぎだけでは無理です。なんとかどの駅でもエレベーターがほしいものです。

08071903 それで根津駅の根津神社方面出口で降りて、『海上海』に向かいます。不忍通り沿いではなく、裏手の路を歩きます。ここでいくつもの花の写真を撮りまして、もうこのブログにはUPしてあります。
 そして『海上海』のお店に到着しました。午後1時少しすぎにお店に到着しました。
 きょうは4人の大人と1人の赤ちゃんですから2階に上がります。ちょうど昼食の方々で他のテ−ブルもいっぱいでした。私たちは4人の席に着きまして、おはぎとミツ君の間に、ポコ汰のお椅子を用意してくれました。
08071904 そこで、いくつかのお料理を注文します。でも思えば、これらの料理の画像を撮っておけばよかったですね。私はビールを口にした途端忘れ果てるのです。このことはあとでおはぎに指摘され怒られました。

 店長が私たちのことをよく見てくれて、店長のとっても綺麗なお姉さんも、ポコ汰のことを気にして優しくしてくれていました。ポコ汰はすぐに歩いて、1人で勝手に下に降りていきそうなのです。ポコ汰は綺麗なお姉さんのいうことはよくきくのです。あ、私の血かなあ。
 とっても美味しい料理で、私はすぐにまたビールを追加したいのですが、「あ、きょうは娘が一緒なのだ」で、ストップです。

 今度また私が行ったときには、料理の写真をいくつも撮ります。ただ、誰かと一緒に行きたいな。ビール1本づつと紹興酒1本飲める人がいいなあ。もう私はさほど飲めないですからね。あ、でも紹興酒は残ったら持って帰ればいいんだ。

 上の写真は、もう昼食の方々が帰られまして、私たちだけのときに2階を撮りました。今度ここで宴会をしたいな。あと二つは2階にありましたお花です。

 この日は、このあと家族5人で、上中里の長女の家を訪れました。でもとにかくこの日は暑くて、私は少々疲れました。

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 千代田線根津駅下車 上海料理『海上海』海上海 の奥さまから、以下のコメントをいただきました。

1. Posted by 上海家庭料理 海上海    2008年07月18日 10:24
周さん、こんにちは。
先日は奥様とご来店ありがとうございました。

最近は野菜も値上がりしていて、ボリューム感と安さが売りの店としては、困っています。
ただ、近所の八百屋さんが少し見栄えの悪くなったのを値段を抑えてわけてくれるので助かります。
今、千葉の農家から余剰栽培野菜を分けてもらうよう、話をしている最中です。
うちはとにかく野菜をいっぱい使った料理が多いので、材料費だけで大変です。

でも、やっぱり子供ができると、できるだけ安全なものを食べさせてあげたいという気持ちが強くなりますね。これからもできるだけ国産にこだわって料理を作りたいと思っています。

おはぎには内緒にしておきますので、どうぞお一人でも飲みにいらしてください。

 え、ものすごく嬉しいです。でも私は前には、紹興酒は1本は飲み干せたものでしたが、もう今はあの程度なんです。
 でももうどこでも昔のようにひたすら飲むだけの人間ではなくなったつもりなんです。そこをおはぎもよく見てほしいのですね。それにもう私は可愛い孫のポコ汰がいるじいじなのです。

 そちらのお店は予想していたよりも点心の種類も多くて、ぜひとも私の友人たちとも飲んでいろいろな料理を味わいたい気持です。

 私の娘は彼も同じく教員をやっています。私の大学時代の後輩たちも教員になった人がたくさんいます(同年代の友人は、ほぼみな学生運動で逮捕起訴歴がありますから、そういう路には行かない、行けない人ばかりでしたが)。その人たちとお話しても、今の子どもたち(いやもっと上の年代からそうですが)は、いろんな食べ物の障害があって大変です。

 だから今の教員も大変ですが、親たちも大変なことばかりですね。
 私は、よく飲み屋でも、「今はひどい教員ばかりがいる」とか「いや、親がひどいのばかりがいる」というようなことを不用意にいう人には、断乎その主張の根拠を聞いていきます。自分の子どもの学校へすらほぼ行ったことものないのに(父母会が何度もあったはずですが)、そういうことがよく言えるなあ、と思っていますね。
 少なくとも、戦後のある時期よりも、戦中戦前よりも、明治の時代よりも、間違いなく現代はよくなってきているのです。今よりも、そういう昔の時代のほうが、どれだけひどい悲惨な状態があったことでしょうか。

 でもまだ、残念ながら、嫌な事態も私たちはたくさん目にしています。そんな嫌な悲惨な状態を懸命に変えていけるよう、変えていくように私たちは努力しているのだと思っています。
 もっともっと懸命に頑張って、私の孫の時代には、もっと素晴らしい世界になってほしいと私はいつも思っています。

 今後も行かせてください。もうお酒だけ飲んでいる人間ではありません。私は可愛い孫のいる温和なじいじなのです。

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 私が、この店に関して私のブログに一つ前のUPを書きまして、インターネット検索をしたところ、このUPがありました。
 これは、ハロリルガルさんという方がやっていました以下のブログでした。

   http://ameblo.jp/hellolittlegirl/ 千代田線沿線フォト日記

 それで、もちろん他の日の日記も拝見いたしました。それでやっぱり、この7月9日の「根津・海上海」の日記をよくよく拝見したのでした。
 私たちも昨日は、餃子と小籠包も食べました。あといくつか食べたものでした。「あっ、写真撮っておけば良かったな」。
 それとメニューがたくさんありまして、今後もとっても愉しく美味しいお料理を食べていきたいと思っています。
 あ、でもここの「千代田線沿線フォト日記」にはトラックバックできないのですね。
 それでコメントを読んでいましたら、お店のぱあこさんからのレスがありました。

まだまだオープンしたての、まさに「手作り」の店なので、色々とご意見をいただければ幸いです。
なお、点心についてなのですが、「すべて」手作りと言うわけではありません。
基本的には、国産のお野菜を使い、手作りで行っておりますが、一部市販のものをご提供しております。誤解を招きやすい表現をして申し訳ございません。
ただ、数多い業者さんの中から、日本で10数年調理師をしているオーナーが味を確かめ、信頼できると判断したところからのみ仕入れております。

 嬉しいレスのコメントですね。でも私はトラックバックできないから、ここに書くだけですね。
 それから、画像は昨日お店での飲みました紹興酒です。家に持って帰ってきました。やっぱり美味しいお酒です。

 千代田線根津駅下車 上海料理『海上海』 へ

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 昨日、妻と私で根津駅で待ち合わせて、このお店に行きました。
 ちょうど根津神社の入口の前、不忍通りを渡って、藍染通りに入ってすぐ近くです。

店 名 海上海(HAI SHANG HAI)
住 所 〒116-0013
    文京区根津2丁目29番3号
電 話 03-5832-4787
営業時間 11:00〜14:30
     17:00〜00:00
HP  http://www.haishanghai.net/ 海上海
定休日  月曜日

 ここには、このお店のB5のリーフレットを載せました。ただし、スキャンしたのですが、やっぱり印刷物だから、そんなにうまく撮れないですね。
 オープンしたのが今月8日ですから、まだ1週間というところです。
 とっても値段も安くて、私はもちろん、ビールのあと紹興酒も飲みまして、なんだかとっても気にいりましたお店です。
 でも長女に怒られるから、私が一人で、ここで飲んでいることはないようにします。
 上海というと、中国の人とお喋りすると、北京の人なんかから言わせると、ちょうど東京人から大阪人を見ているような雰囲気があります。
 もうただただ美味しい料理です。ただ、この上海料理を、中国の食材ではなく(いえ、もちろん使ってはいるでしょうが、駄目だというものは使わないわけでしょう)、日本の食材で作っていくのは、とっても大変な苦労だと思います。
 ちょうど2階はちょっとした宴会ができる広さがあります。ただ、誰と行ったらいいのかなあ。

 千代田線根津駅下車 上海料理『海上海』の2  へ

08071603 浮雲日記このUPがありました。なんだか、とってもいいお店を紹介してくれています。

Webやら雑誌から飲食店情報を仕入れてくる私に「飲み屋は自分の足で探せ」とベテラン刑事のような台詞で厳しくご指導くださる

というのは、実にその通りです。でももうインターネットで情報を仕入れるのは、便利で早いのですね。
 それにしても、ここの彼女がこうして書いてくれているのは実にいい内容です。もう「自分の足で探す」といっても、もうあちこち飲んであるくのも、難しい歳になってきたものです。
 でも大塚というのは、私の住む王子から都電でいけるところなのですね。なんだか、実に近いところだという印象があります。

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 4月26日に新規オープンした『きゃらめる』に、私が5月26日に始めて行きました。なかなか行ける日がなかったのです。もうオープンして1カ月も経ってしまっていました。
 ちょうど午後6時10分くらいにドアを開けました。すぐにママの眞木ゆかりさんが迎えてくれました。
 ゆかりさんのお話ですと、オープン以来1日も休んでいないそうです。日曜日もずっと営業したそうです。でも次からは、日曜日はお休みするそうです。
 もう本当に、休日をとらないと身体を壊してしまいます。
 でも、前の店のときのお客さまもおいでになり、新しいお客さんもおいでになるそうで、ママは元気にこれからも頑張っていくようです。

店 名 きゃらめる
住 所 〒116-0013
    荒川区西日暮里5丁目27番4号
    エルアルカサルフジ103
電話FAX 03-3806-7479
(名刺をもらうと、ケータイメールアドレスが判りますから、それで連絡とればいいですね)

 ただ、私は前のようには飲んでいませんから、できるだけ、この店が開店した時間くらいに来まして、お酒は、ビール1本、酒3合で、もう帰宅するようにします。
 前の店も実に素敵でしたが、この新しいお店も、実に綺麗で、前の店みたいにステージがあったりというわけではありませんが、もう素敵なお店です。
 もう今は、ある女優さんもおいでになっているということでした。あとは、妹のひとみさんともお会いして、またたくさんお話したいものです。もう私はいつもいいお客でいられるように致します。
 それで、ここに掲げたのは、私が行きました日に、飲んだお酒です。美味しいお酒でした。

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「アーモンドの木」に、ナミちゃんから、以下のコメントをもらいました。

1. Posted by なみんと    2008年04月06日 10:48
周さん〜おはようございます。
アーモンドの木は私も初めて見ました〜。
何処に行けばみられるんでしょうかね〜。
調べてみますね。。
さて今朝・・千駄木の浅野が出てきましたね。
見ましたよ。「小さな旅」で。
姓が斉藤さんていうんですね。浅野さんかと思いました<笑>

 ありがとうございます。「アーモンドの木」なんて、始めて知ったので、見てみたいなという思いがしたものでした。
 今朝のHNK「小さな旅」を見たのですね。私も見ましたよ。そうです、苗字は斉藤さんというのです。一昨日あのお店で飲んでいました。谷中も根津も千駄木も、私が大好きな街です。また娘たちとも歩きたいと思っています。ただ昼は食事のお客さんで、けっこういっぱいの人なのですね。ようするに私はそこでゆっくりビールを飲んでいられません。夜はたしかに、外人の方が多いですね。
 でも思えば、なんで店の名前は「浅野」っていうのかなあ。今度聞いてみようと思いました。一昨日には、このお店に入る前に、「アラスアラサン」でハンカチを買ったのでした。前にも買ったのですが、それが今どこにいったのか判らないのです。どうせどこかにあるのですが。
 でもいつ歩いても、好きな街です。それで、いつもただ飲んでいることが好きです。私はあの店のマスターに、ビール1本、お酒3本の制限があるのですが、もう他の店でもそれしか飲まないようにしています。いや、この制限は実に適確だったなあと思っています。

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 昨日夕方、私は千駄木「浅野」へ行きました。
 私は以下に書いたことが明日6日の放映なので、気になっていました。

  http://shomon.livedoor.biz/archives/51375538.html NHKテレビの4月6日午前8時から8時25分に「浅野」が紹介されます

 そうしましたら、そこに来た方が、「あ、谷中銀座にポスターが貼ってあったよ」というので、そのあとすぐに私のデジカメで撮ってきてくれました。私も数十分前に通ったはずなのですが、私はまったく気がつきませんでした。私がこの店に入る少し前にハンカチを買いました「アラスアラサン」の店長さんも、このNHKの放送のことを知っていました。
 そのポスターは、ここに掲げた写真です。谷中銀座のいくつかの店に、このポスターが貼ってあるようです。
08040412 それで、今、上のURLをクリックしてみると、前に書いてあったこととは、微妙に違います。前には「(仮題)」となっていましたが、以下のようになっていました。その内容も少し違っています。以下のようです。

下町 ウエルカム 〜東京 谷中界わい〜
 古くからの町並みが残る東京・台東区谷中。下町の情緒に惹かれ、今、外国の人たちが数多く訪れている。地元の旅館では、これまで80カ国、13万人以上の外国人を受け入れてきた。料理店や居酒屋の店主たちは、外国人向けのメニューを開発したり、英語を勉強し会話をしたりと、手を尽くしてもてなそうとしている。温かな人々に囲まれて、将来を見つめたいという外国人の若者も訪れる。下町の人たちと外国人との交流を訪ねる。

08040413 もう明日の放送なのですね。私も何人かには連絡し、かつ昨日書いた手紙にも書きましたが、考えてみれば、あのポストは今日の午前10時に収集されるのだから、放送には間に合わないなあ。どうして私はこうとろいのかなあ。
 でもとにかく、明日午前8時からNHKテレビを見てみます。

 NHKテレビの4月6日午前8時から8時25分に「浅野」が紹介されます へ

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 私はいつも行って飲んでいます千駄木「浅野」が4月6日の午前8時から25分までのHNKの「小さな旅」で紹介されます。
 以下にその番組の紹介があります。

   http://www.nhk.or.jp/shutoken/tabi/ NHK首都圏放送センター [小さな旅]

 そこには、次のようにありました。

心から もてなしたい (仮題) 〜東京 谷中界わい〜
 古くからの町並みが残る東京・台東区谷中。その情緒にあこがれて外国の人たちが、数多く訪れる。この谷中にあって、今まで80カ国、13万人以上の外国人のお客さんを受け入れた日本旅館。外国人のお客さんとの会話を楽しみ、いきがいとなっている日本料理店の店主。そして、英語を覚えることで、外国の人たちと友人になり、海外へ遊びに行くまでになった居酒屋の女将。心温まる谷中の人たちと外国の人たちの交流を訪ねる。 

外国人のお客さんとの会話を楽しみ、いきがいとなっている日本料理店の店主」というのが、「浅野」のご主人です。
 私にビール1本とお酒3本という制限をして飲ませてくれます方の店です。最初は、「なんでこんな制限があるんだ」と不満でしたが、でも今では、これは私にはいいことだったなあと、ものすごく感謝しています。
 たしかに、このお店は、外国人の方がよく来ています。ご主人がよくそれら外国の方と言葉を交わしています。
 もう思えば、私が30年以上通っている店ですね。そういえば、店のあるのは住所は文京区千駄木ですね。

 NHKテレビの4月6日午前8時から8時25分に「浅野」が紹介されます の2へ

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 西日暮里の「きゃらめる」が、もう20日で店を閉めるという電話をもらっていて、でもなかなか行く機会がありませんでした。でもなんとしても行かなくては…という思いで、19日の夕方西日暮里から向かいました。その前には秋葉原のヨドバシカメラで買い物をした、そのすぐあとです。
 でも午後5時50分頃、お店の前に行きましても、まだお店はしまったままです。あれ、困ったなという思いで、またしばらく近所を歩いて6時10分頃来ても、店の扉はしまったままです。
 それで、谷中の夜店通りを歩いて、千駄木「浅野」へ行きました。その前に、「アラスアラサン」のお店は、店長が「3月18日までインドネシアに出張しています」というメモの紙が貼ってありました。
 店に入って飲み始めて、「きゃらめる」のママには、ケータイメールをしておきます。それででも、お酒を飲んでいました。ここでお会いする彼が彼の住む都市で、第2番目で、確定申告をインターネットからやる人だったようです(あ、でもこの話は、個人の話かな、法人の話かなあ?)。それで、マスターと経理事務とかインターネットの話をしているうちに、「きゃらめる」のママから、「もう店に出てきました」というケータイメールが入ります。
 でも、私はとにかく予定通り、ビール1本とお酒3合を飲んで、また夜店通りを歩いて、「きゃらめる」に向かいます。
 店に入りまして、もうひさしぶりの店の中なので、たくさんのことを思い出していました。もう私には、みなセピア色に見えてしまう思い出ばかりなのです。
 この店には、私の親友であった堀雅裕さんが最初に連れてきてくれたものでした。彼とは、ここでよく彼の歌を聞き、そして私もいっぱい唄ったものでした。どうしても私は詩吟をやらないと気がすまないのでした。
 でもこの19日は、もう私は制限量の酒はもうすぎています。でもまたウィスキーのストレートを飲んでいました。
 午後10時を過ぎた頃、私は店を出たようです(いやデシカメの記録によって時間が判るだけです)。
 でも、ママのゆかりさんは、また別にお店をこの西日暮里で始めるということでした。
 このお店にいました妹ひとみさんをはじめたくさんの綺麗な女性たちを思い出します。いつも優しくしてくれた二人の姉妹のお母さんを思い出します。いつも美味しいおつまみを作ってくれていた女性を思い出します。
 突如お店でお会いした、お二人の女性のお父さんを思い出します。ひとみさんの圧倒的に綺麗な娘さんのことも思い出します。
 お店で働いていた尚美ちゃんを始めとする若い美女たちの顔を今また思い出しました。

 また新しいお店になりましたら、みんなお会いできるのかなあ。

 もう今はもう、過去の思い出だけになりました。

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 もう私は昔のように大量にお酒が飲めなくなりました。千駄木の「浅野」には今も1週間に1度くらい行っていますが、もうゴールデン街にはいきませんし、他の街もいかなくなりました。「浅野」のあとも、半年前には、かならずもう1軒2軒飲んでいたのですが、もうこれも止めました。もう最初の一軒で充分なのです。
「浅野」のご主人は、私にビール1本とお酒3本の制限をしています。そして私もそれでいいのです。それを守らないといけません。だから何かの宴会で、それだけ飲むと、もうやることがないので、私はすぐに帰ってしまったりしています。
 それで、こうして東京の王子で仕事も生活もしてみて、どこか飲み屋を求めていたのですが、なかなか一人でぶらりと入れる店というのはなかなかないものです。

 このお店は、私が王子駅まで行くとき、帰ってくるときに、通る路です。私はいつも柳田公園を斜めに通って歩いています。そこで通る路に、この「千の朝」の店が昨年の春頃できました。店の感じが好きになれて入りたいという思いがありましたが、なかなか一人で入る気になれません。過去の私ならすぐにでも入るのですが、今の私はもうそんな勇気もないのです(これは勇気っていうのかなあ)。
 でも、私が読んでいます以下のブログで

   http://gava777.at.webry.info/  大町ガン太

このガン太さんが、ときどきこの「千の朝」で飲まれていることを書いていますので、「ああ、あの店だ」と思っていたところで、テレビの北ケーブルTVで、王子の明治堂が取材されている放送がありました。この明治堂のBOSSの中山和弘さんがその取材の中で、最後に黒ビールを飲んでいる店が、この「千の朝」でした。
 その北テレビの番組のことが、この店にも貼ってありました。それが以下の画像です。
08012407 それでようやく昨日の午後6時にこの店に行けたわけです。

店 名 千の朝
住 所 114-0002
    北区王子1丁目19番11号セジュール1F
電話FAX 03(3919)1919

 店長は中田典史さんといいます。落ち着いたいいお店です。私はここでもビール1杯とお酒を3本だけです。
 この店に置いてありました名刺代のカードをスキャンしたものが、上にあげた画像です。ただし、店名住所等々は小さい字なので、省きました。これはここに書いた通りです。
 ああ、どうやら私も王子で飲める店を見つけました。

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 17日に千駄木「浅野」でお弁当を食べました に次のように書いていました。

 写真は私の食べたお弁当です。いつも美味しいです。でも今度は思いきってお酒を頼んでみるかなあ。

 私はここで昼食をするときは、必ずビールを飲みます。いえ、ここでなくても飲むんですが、ぜも先日はやはり寒かったので、お酒が欲しかったのです。
 それで先日、このことをいいましたら、お酒は燗でなく冷やならいいそうです。というのは、昼は大変に混みますので、燗酒をつけている時間がとれないそうです。なるほど納得です。そうすると、私が冷や酒でいいのかという問題ですね。別に私はそれで構わないのです。
 でも1本じゃ足りないけれど、そこは私の決意のしどころです。ちゃんと我慢する心がなくては、昼飯というものは食べられません。
 でもいつも思いますが、この夜店通りはいいですね。

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7d9a213f.jpg  一つ前のUPに書きましたように『いそ貝商店』でお寿司を買いまして、そのあと「浅野」で食事をしました。でもビールを飲みましたが、やっぱりこうして寒くなると、お酒がいいねえ。でも昼から「お酒」というわけにもいかないから、ビールになっちゃうよなあ。
 それで、ここの女将さんが、10月半ばから入院していたのですが、もう退院する頃だなあと思いまして、ききましたら、一昨日退院して家で休んでいるということでした。私は「あ、しまった」という思いでした。退院したら、どこかのお菓子を持って行こうとばかり思っていたのですが、でもその用意は今はありません。困ってしまいました。次回来るときでもいいのですが、でも私は私自身の不用意さに嫌になったものです。

 写真は私の食べたお弁当です。いつも美味しいです。でも今度は思いきってお酒を頼んでみるかなあ。

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 私の母が今年8月14日に亡くなりまして、納骨の日が9月29日でした。そのときのことは、以下にUPしました。

   http://shomon.livedoor.biz/archives/51146069.html 昨日は母の49日で納骨しました

 この法要のあと、親族で食事した店が、このお店でした。

   http://www.misuzutei.co.jp/  味すゞ亭

 ここは、始めていきましたお店でした。私の我孫子の自宅は、ここから歩いて5分くらいのところにあります。でも駅(一番近いのは北柏駅)からは少し遠いですから、ちょっと飲みに行こうという店ではないです。
 でも始めて行きまして、私はとても気に入りましたお店でした。
 マイクロバスでの送迎がありますから、こうした法要のときにはいいなあ、と思っていました。我孫子駅でも柏駅でも送迎されれば、実に便利です。

 それに店の方の応対がとても優しくて嬉しかったです。小さい子どもたちもあれならいいなあと思ったものです。
 それに近ごろの私は、大酒を飲むだけではなく、ちゃんと食事も食べますから、その私には、大変に美味しい料理でした。
 柏の西口にも東口にも、このお店がありますから(店の名称は違います)、今度どちらかでも飲んでみたいと思っています。

 それと感心したのが、ここのホームページです。もうどんなお店も、こうしてインターネット上で、ホームページを置いてほしいものです。
 できたら、このホームページ内にブログを置いて毎日広報いただけると、実にいいのになあ、なんて思っています。

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 長女家族と飛鳥山のふるさと北区区民まつりへ行きました で書きましたが、私は昨日王子の「榎そば越後屋」へ行って、少しお酒を飲みました。でもあそこのお酒は何というお酒なんだろうか。
 私は蕎麦屋でお酒を飲むのが好きです。よく神田の藪蕎麦や神田まつやで、お酒を飲んで、蕎麦を食べてします。この藪蕎麦では、学生のときからよく飲んでいたものでした。
 でもけっこう有名な店でも、この「酒を飲む」というのが、なぜだか変なことのように思われているのかなあ、と思ってしまう店も、ときにはあります。また、何故か知られた店であるはずなのに、全然お客の入っていない店もあるものでした。

 あるところで、パソコン通信の仲間とある蕎麦屋に入って、天種を注文したら、「天だねって何ですか?」と言われたことがあります。呆れた話ですが、「あ、もういいから、ただ天麩羅をあげてきて」と言ったものでした。
 でもこれからも蕎麦屋でお酒を飲んでいきます。でも神田の2つのお店だけじゃつまらないんだよなあ。

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 きょう少し飲みましたがナミちゃん が次のコメントをくれました。

1. Posted by なみんと    2007年07月24日 00:48
素敵な下駄ですね。鼻緒の色は焦げ茶ですか。
周さんはずっと下駄なんですね。ところで「飯田どじょう」というお店有名なところみたいですね。

 ありがとうございます。
 そうですね。私はずっと下駄です。学生時代は、ずっと下駄でした。この学生時代というのは、私の中学生の頃からのことです。大学でも下駄でしたが、デモ行くときは、さすが靴だったなあ。
 実は昨日谷中でこの下駄は買ったのです。それまで履いていたのは、この購入した店(このお店は、ここのサイドバーにバナーが置いてある 下駄・草履のひらいや さんです)で廃棄しました。このお店のご主人であるおかみさん(この方が実際に下駄を作っています)との会話が実に愉しかったです。

「どぜう飯田屋」に始めて行ったのは、たしか大学5年か6年のときでした。ただあの頃の店よりも、大変に綺麗なお店になりました。その綺麗な店になってから、もう何度行っているのかなあ。それとあの頃よりもお酒がいいですね。あの頃の日本酒は、私はあまり気に入りませんでした。
 私は泥鰌が好きで、同じく浅草駒形の「駒形どぜう」も好きです。たしか2年前に行きました。連れて行った女性が大変に泥鰌が美味しいと言ってくれました。両国の「桔梗屋」も好きです。
 こうして、泥鰌が食べられるのは、関東だからこそだという思いがあります。私はもともと泥鰌が好きになる女性は美人ばかりだという思いがありますよ。

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今神田の藪そばです」は、ちょうど神田の神保町を歩くことになりましたので、私は須田町の「神田まつや」に入ろうと思いました。もちろん、お酒と蕎麦が目的です。でもちょうど午後1時少し前なのですが、いっぱいの人で、まだ立って待っている人もいたので、私はすぐそばの「神田薮蕎麦」まで歩きました。私はこのごろは「蕎麦で飲む」ということだと、このまつやのほうがこのみなのですが、でも仕方ありません。
 でも独りで入った、「神田薮蕎麦」もやっぱりいいです。
 私はちょうど35年前、私が大学6年のときに、ある女性とこの店に入ったときのことを思い出しました。

ああ、あそこに和田善太郎先生が座っていたのは、もう35年前のことだ。

というのは、そのときに私たちが座敷に座って、当然飲み出したら、何故か和田先生が英文学の西田先生と私たちのとなりの席にいました。あまりの偶然ですが、当然ご挨拶しました。
 それで、たしかその年に、なんかのときに、埼大の教養学部の英文学の部屋(どこの教授の部屋だったかは覚えていない)に行ったときに、私はこの西田先生に会って、そこにあるスコッチを飲み出して、からみ出しました。
「アングロサクソンの文学なんかやる奴はそもそも間違っているんだ。それから薮蕎麦では、そもそもせいろと天種を頼むのは判るが、天麩羅そばはおかしいよ」と快気焔をあげました。でもそこにいる英文学の学生は、私に何もいえません。ところが、西田先生は、私の前にいて、私のどうでもいいアングロサクソンの悪口を黙ってききながら、そのうち私が手にもっていて盛んにあおっているグラスを指さしました。「君は、そんなにアングロサクソンを貶すが、なんでこのスコッチを飲んでいるんだ」ということなのですね。酒癖の非常に悪い私も、その場でいっぺんに謝りました。「アングロサクソンはよくないが、このスコッチを作るのは偉いです」というわけなのですね。
 思えば、私たちはこの英米文学(和田善太郎先生はアメリカ文学の専門でした)だけではなく、仏文の先生とも、またなにかくだらないことで絡んでいたなあ。
 あ、もっといえば、別にこうしたところだけではなく、理工学部で、無機化学の先生とかにも迷惑をかけていたものだなあ。

 もうあのときから35年がたっているんだ。
 きょう、私の藪蕎麦での席から、座敷を見て、そこでいくつものことを思い出していました。あのとき私が座っていた席には、60代の方が飲んでいて、またビールとお酒を追加して頼んでいました。
 私はその席で飲んでいたいくつものことを思い出していました。私の中学時代に同じく生徒会をやっていた女の子が、たしか20数年前に来たことがあり、私はこの席で、彼女の誕生日が3月15日で、ちょうどその日だったから、なにか素敵な何かを贈りました。彼女は鹿児島から出てきていて、この薮蕎麦のあとまた彼女に必要な本を探したものでした。そういえば、彼女に手紙を書いていたから、きょうのたった今は手にして読んでいますね。

 ただ、私はこの前に「神田まつや」に入ろうとしたときに、ある人にケータイをかけていました。彼もよくここで飲んでいるはずなのです。でも自宅にいたから、一緒に飲むのは無理でした。でもその彼に今夜手紙を書きます。それで、とにかくケータイメールをできるようにしてくれということを書きます。
 そうすれば、またいくつものことが話せます。

 私はいくつものことを思い出していて、せいろと天種とお銚子2本を口にしました。なんだかひさしぶりでした。今度はやっぱり、まつやでもっと飲みたいな。

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 私がいつも拝見しています 川本久美惠のじゃじゃ馬日記東京駅ステーションホテルバーオーク のUPがありました。「あ、懐かしいな」という思いで、写真を見まして、昔を少し思い出していました。
「でも、なんだか少し違うな」という思いで、東京ステーションホテル のサイトを開いてみました。やっぱり、私の思い出のバーとは違いました。

 私がよく行きました思い出のバー、そして私の大好きなバーは『バー カメリア』でした。以下にそのバーが紹介されています。

   http://www.tshl.co.jp/rest7.html#top

 昔は、ここは日曜日もやっていまして、私は京都から帰ってきたときとか、社員旅行で帰ってきたときなんかにここに行ったものでした。
 一番最初に行ったのは、大学6年生のときかな。それからずっとときどき行っていました。ほとんど2軒くらい飲んでから行くのですが(旅行帰りもまた新幹線や電車で飲んできている)、とにかく、まず最初にビールを飲んで、そして次に「ドライマティニ」を必ず3杯頼みます。4杯目を頼むときに勇気がいるんですね。

 私の将門Webの 周の推薦の店 にこの 東京ステーションホテル「カメリア」を紹介してあります。おそらく、私が一番好きなバーです。ただ、長く行っているわけですが、何人もバーテンさんが替わりましたね。それはとても淋しいです。

 でもこの東京ステーションホテルっていいですね。私は大好きです。私は新聞記者のときに、何度かここに来まして、そのときから気に入っているホテルです。
 思い出せば、今年の2月に

   無言館遺された絵画展
   昨日の「無言館遺された絵画展」

が開催されたホテルでもあります。
 なんだかたくさんのことを思い出してきます。

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 ちーちゃん語録 を読みますと、いつも昔のある風景を思い出します。 お好み焼き なんか、実に私の懐かしい風景が浮かんできます。
 
「お好み焼き専門店なんてあるんだねぇ。私が子どもの頃は、駄菓子屋のおばさんが店先で焼いてくれる、子供のおやつだった。」
 
 私が思い出すのは、私が小学校3年の頃、昭和33年で、私の家族は名古屋市の南区若草町に住んでいました。私の家のすぐ近くに駄菓子屋があり、私の近所の前田君という子がいつも、ここでお好み焼きを自分で焼いて食べてしました。私はそれが羨ましいものでしたが、私の母は、そんなことをすることを許してはくれませんでした。またあの時代に戻ることはできないけれど、あの街には行ってみたいです。
 
 今、この年になると、お好み焼き屋へ入ることがあります。人形町の少し知られた店に入ることもありますが、この頃は、私の事務所のすぐ近くの、 御茶の水・もんじゃ焼き「祭」 でもんじゃとお好み焼きで飲んでいます。
 そんなときに、いつも子どものときの名古屋での思い出や、また京都でのお好み焼き屋に関連した思い出 尺八の思い出  が甦ってきます(いや、この「尺八の思い出」を読み返すと、お好み焼きのことは書いていないのですが、あのとき私たちは京都で、毎日ずっと飲んでいたときに、京都の立命館の活動家たちが、とにかく異常と思える程にお好み焼き屋で飲むことに驚いたものなのです。このこともそのうち書きましょう)。
 
 とにかく、何もかも懐かしいです。
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 思えば18日は プロジェクト猪 の勉強会の日だったのに、すっかり忘れていました。
 
 その18日の 浅野 なのですが、ここで時々お会いしますご夫婦と一緒になりました。私はときどき詩吟をやるので、「私も昔教わったことがある」といいまして、ひとふし詠われます。昨年には、「孤軍奮闘〜」と詠われて、そのあと当然に私は、この詩を吟いました。 西道仙「城山」 です。この旦那さんは、昔満洲にいまして、国民学校で、この詩吟を習ったといいます。たしか昭和14年のときだったと言っていました。「あのころは私の黄金時代だった」とその少年のときを思い出されていました。
 今回は、「鞭声粛々〜」と詠われましたので、また私はしばらくたって(だって、まだ飲み始めたばかりだったから)、頼山陽「題不識庵撃機山圖」を詠いました(その前に、もう一つ詠いましたが)。これは 「上杉謙信をめぐる詩」 で扱いました。
 奥さまは、「川中島とはどんな処なの?」と聞かれますので、犀川と千曲川の交わる川中島を説明しました。本当は絵入りで答えたかったな。善光寺があり、茶臼山があり、そして妻女山がありという地形がまず、頭に入らないと、あの戦いは理解できません。
 でも、その旦那がいた満洲の話もいろいろとしてみたいですね。満洲映画、満鉄、甘粕、橘撲等々、いくらでも思い出します。あ、そういえば私は「満鉄の唄」を唄ったな。東海林太郎が唄っていました。
 ゴールデン街で飲むと、私たちの年代以下の方々ばかりでして、学生運動の思い出を聞かれたりすることが多々あるのですが、この「浅野」だと、もっと昔の話になりまして、実に愉しいです。そういえば、灘の「白鹿」と、茨城真壁の「白鹿」との商標登録の裁判闘争に話もしましたね。
 写真は、その「浅野」での最初の肴です。

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 昨夜実にひさしぶりに、外で飲みました。ただただひたすらに、千駄木「浅野」 で飲みたかったのです。
 なんでも、私のホームページで、この「浅野」の記事を見た人が、この店においでになったようです。それは嬉しいことですね。
 そういえば、次の店にいくときに、広い道を渡るときに、その道の真ん中で知っている顔の女性とあったな。
 だんだん、思い出していくと、記憶を失ってしまったことをいくつも思い出していきます。私はいつも、最初飲んだときにことしか覚えていないので、すぐ翌日の今になっているだと思い込んでいますが、なんだか、あちこち歩き回っているようです。いつもデジカメを見ると、なんだか訳の判らない風景がいつも撮ってあります。
 写真は、浅野の、焼き魚のさわらです。
 
 あ、それから、今年の花見は、2日です。今年もまた谷中墓地の五重の塔跡でやります。まあ改めて広報します。

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