周の詩歌の館

2017年04月14日

昨夜のプレバトを少し見ました

20170411410   私は俳句というのが昔から嫌いでした。短歌なら少しは好きなのですが、俳句は昔から苦手意識しかありませんでした。それがこの番組を見て変わりました。この夏目いつき先生のおかげです。
 短歌なら源実朝のおかげで(『吉本隆明「源実朝」』のおかげでもあります)、どうにか好きになれたのですが、俳句はどうにもなれません。与謝野蕪村はどうにか好きになれたのですが、芭蕉はどうにもなりません。これは私が高校生の時に感じていたことです。
  でもこの夏目いつき先生のおかげで、それがすっかり変わりました。もう先生には感謝ばかりです。20170411411続きを読む

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2015年12月23日

「土井晩翠『星落秋風五丈原』」で書いたことで

15121803
 以下に書いたことで、気になっていることがありました。

  http://shomon.livedoor.biz/archives/51877367.html
   2010年11月11日土井晩翠『星落秋風五丈原』

  (註)刀は正式には「ちょう」の字

と書いているのですが、これは以下に書いているように

  http://shomon.livedoor.biz/archives/52176081.html
   2015年05月12日「土井晩翠『星落秋風五丈原』」の註を正式に

 ここにUPしている大修館書店の「漢語林」のデジカメ画像の通りなのです。だがパソコンでもインターネットでもこの「ちょう」の字は出せません。
 だから私がいくらやきもきしても、どうにもならないのです。こうしてデジカメで撮影してどうやらすむわけなのです。15121804


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2015年12月19日

「蕪村俳句集」81

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 また久しぶりに与謝蕪村の句に触れます。いっぱい思い出すことがあります。

   箱根にて
405 あま酒の地獄もちかし箱根山(明和五・六・八)

406 御仏(みほとけ)に昼備へけりひと夜酒(よざけ)(安永六)

407 愚痴無知のあま酒造る松が岡(明和五・六・八)

   寓居
408 半日(はんじつ)の閑(かん)を榎(えのき)やせみの声(明和三・六・二)

409 大仏のあなた宮様(みやさま)せみの声(明和三・六・二)
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 405に箱根山とあるように、箱根に行っているのだ(通っているだけだろうが)。その当時からあま酒は箱根の名物だったようです。この地獄とは硫黄の煙を噴くところだったようで、私も行ったことがあるなあ。当時この蕪村の句を知っていれば、もっと違う感慨だったなあ。15121307
 407の松が岡とは東慶寺のことといいます。この東慶寺といえば、千姫がいたところだなあ。蕪村も千姫を思い出したことでしょう。私も当然この寺の中も歩きましたよ。北鎌倉からすぐそばです。でも千姫の伝説も思い出し、何故か悲しいです。
 409の大仏とは京都方広寺の大仏です。東に宮門跡妙法院があると、註にあります。
 なにかいっぱいのことを思い出します。でも何故か北鎌倉は降りれない感じになりました。悲しい思いばかりなのです。15121308


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2015年12月01日

「蕪村俳句集」80

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400 瓜小家の月にはおはす隠君子(いんくんし)(明和六・七・一)

401 雷に小家(こや)は焼(やか)れて瓜の花(明和三・六・一〇)

402 あだ花は雨にうたれて瓜ばたけ(天明三・五・八)

   あるかたにて
403 弓取の帯の細さよたかむしろ(明和三・六・二)

404 細脛(ほそはぎ)に夕風さわる簟(たかむしろ)
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 いつも漢字をここに出すのに苦労しています。今回は「簟(たかむしろ)」が大変でした。もう漢字林に大変にお世話になっています。
 今回も400の「隠君子(いんくんし)」ってなんだろうと思いました。註に書いてあることがわからないのです。そもそもその註自体が私には読めません。
 403の「あるかたにて」は註にも「前書なし」とのみあります。
 こんなことで、私は蕪村が読んでいけるのかなあ。15112205


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2015年10月30日

「蕪村俳句集」79

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395 大粒な雨は祈(いのり)の奇特(きどく)かな(明和五・六・二五)

396 夜水とる里人(さとびと)の声や夏の月(明和三・五・九)

397 堂守(どうもり)の小草(をぐさ)ながめつ夏の月(明和五・五・六)

398 ぬけがけの浅瀬わたるや夏の月(明和六・七・一)

399 河童(かわたろ)の恋する宿や夏の月
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 なんだか長く休んでしまい、書いていなかったという思いばかりです。
 396の「夜水とる」とは、夜中、田に水を引くことと註にあります。399の河童(かわたろ)で私は手賀沼の河童(かっぱ)を思い出していました。手賀沼には河童が今もいるのです。王子では河童も住むところがないよなあ。15101240


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2015年10月13日

「蕪村俳句集」78

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390 白蓮を切らんとぞおもふ僧のさま(明和五・五・一六)

391 河骨(かうほね)の二(ふた)もとさくや雨の中(明和年間)

   座主のみこの、あなかまとてやおらたち入給ひける、いとたうとくて
392 羅(うすもの)に遮(さえぎる)蓮のにほひ哉(安永五・六・一六)

   夏目三句
393 雨乞に曇る国司の涙哉(明和五・六・二五)

394 負腹(まけばら)の守便(しゅびん)も降らす旱(ひでり)かな(明和五・六・二五)
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 394の守便(しゅびん)とは、昔空海と雨乞いの祈りを競って負けた僧のことで、『太平記』にあるそうです。私は、何もしらないのだなあ、と感じています。
 なんか、ひさびさの蕪村の俳句で自分がなさけないなあ、と思うばかりです。
 ここの一番上の絵は蕪村の描いたものです。
 今度の兄の三回忌には、孫にも子どもたちにも会っていっぱい自分の幸せを感じてこようと思います。ある孫たちには素敵なハンコをあげますよ。そしてみんなにはチョコレートです。15100813


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2015年09月17日

「蕪村俳句集」77

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385 ゆふがほや黄に咲(さき)たるも有(ある)べかり(安永六)

386 夕貌の花噛ム猫や余所(よそ)ごゞろ(明和六・六・一五)

   律院(りつゐん)を覗きて
387 飛石(とびいし)も三ツ四ツ蓮のうき葉哉(明和年間)

388 蓮の香(か)や水をはなるゝ茎二寸(明和年間)

389 吹○(ふきがら)の浮葉(うきは)にけぶる蓮見哉(明和五・六・二五)
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 いつものことですが、これを書くのはものすごく時間がかかります。インターネットが頼りなのですが、漢字林もおおいに頼りです。でも「386の夕貌の花噛ム」や「389の吹○(ふきがら)」のようにどうにもならないこともあるのです。そしてUPするときにまた大変な思いになります。15091702


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2015年09月14日

「蕪村俳句集」76

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   丸山主水が小さき亀を写したるに賛せよとのぞみければ、仕官県命の地に営利をもとめむよりは、しかじ、尾を泥中に曳(ひか)んには
380 銭亀(ぜにかめ)や青砥もしらぬ山清水(安永七〜天明三)

381 二人してむすべば濁る清水哉(安永六)

382 我宿(わがやど)にいかに引くべきしみづ哉(安永六)

383 草いきれ人死居(しにゐ)ると札の立(たつ)(安永六)

384 昼がほやこの道唐(たう)の三十里(明和三・六・二)
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 380の丸山主水って円山応挙のことなのですね。
それに青砥って、青砥藤綱のことなのだ。鎌倉を歩くと、いつも青砥藤綱のことを思い出します。この藤綱のやったことを今でもちゃんと理解できない人がいますよ。鎌倉時代にも無駄な銭失いといい、そして21世紀の今も同じことをいう人がいます。もう私はこうした愚かな人にものを言う気にもなれません。15091403


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2015年09月09日

「蕪村俳句集」75

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375 日を以(もつ)て数(かづ)ふる筆の夏書(げがき)哉(明和年間)

   慶子(けいし)病後不二の夢見けるに申遣(もうしつかは)す
376 振(ふり)かへて日枝(ひえ)を廿(はた)チの化粧(けはひ)かな(明和七・六・一五)

   馬南(ばなん)剃髪、三本樹にて
377 脱(ぬぎ)かゆる梢(こずゑ)もせみの小河(をがは)哉(安永二)

378 石工(いしきり)の鑿(のみ)冷したる清水かな(明和五・五・一六)

379 落合(おちあ)ふて音なくなれる清水哉(安永三・四)
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 376の慶子とは大阪の女形中村富五郎の俳号ということです。この句は万葉集の「不尽のねに降り置く雪は水無月のもちに消ぬればその夜ふりけり」と註にあります。
 377の梢(こずゑ)で私は日活の梢ひとみさんを思い出しました。綺麗な女優さんです(今はテレビでも拝見します。時代劇ですね)。
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2015年08月29日

「蕪村俳句集」74

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370 しのゝめや鵜をのがれたる魚浅し(明和六・六・一五)

371 老(おい)なりし鵜飼ことしは見えぬ哉(安永三・四・一七)

372 殿原(とのばら)の名古屋がほなる鵜川かな(安永六・四・一一)

373 鵜舟漕ぐ水窮まれば照射(ともし)哉(明和八・五・一六)

374 夏(げ)百日墨もゆがまぬこゝろかな(明和年間)
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 372の名古屋がほとは名古屋藩士らしい顔ということです。これは鵜飼は長良川で行われるもので私も小学校5年のときに父母に連れられて長良川で舟に乗って見ています。
 373の照射(ともし)とは夏の夜に山中に火串を立て鹿の寄って来る射る狩猟法ということです。
 374は夏に三か月間仏徒が室にこもり座禅・勤行・写経などをすることとあります。
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2015年08月24日

「蕪村俳句集」73

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  画賛
365 こと葉(ば)多く早瓜(はやうり)くるゝ女かな(安永八・四・二五)

366 関の戸に水雉(くいな)のそら音(ね)なかりけり(明和五・五・二七)

367 蝮(うわばみ)の鼾(いびき)も合歓の葉陰哉(安永四・五)

368 蠅いとふ身を故郷(ふるさと)に昼寝かな(安永六)

春泥舎会、東寺山吹にて有(あり)けるに
369 誰住(すみ)て樒(しきみ)流るゝ鵜川(うかわ)哉(明和六・六・一五)
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 366のそら音とは、清少納言『枕草子』の「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂のゆるさじ」によるようです。私はこの歌で王子神社の中にある関神社を思い出し、蝉丸の百人一首の「これやこの 行くも帰るも分かれつつ 知るも知らぬも逢坂の関」を思い浮かべました。15082401
 367の「合歓の葉陰」で合歓の郷を思い出し、宮城マリ子を思い浮かべていました。


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2015年08月12日

「蕪村俳句集」72

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  一書生の閑窓に書す
360 学問は尻からぬけるほたる哉(明和年間)

361 でゞむしやその角(つの)文字のにじり書き(明和五・五・二七)

362 蝸牛(ででむし)の住(すみ)はてし宿やうつせ貝(明和四・四・一二)

363 こもり居て雨うたがふや蝸牛(かたつぶり)(安永六・四・一〇)

364 雪信(ゆきのぶ)が蠅(はへ)うち払ふ硯(すずり)かな(明和六・四・一〇)
15071370
 360のほたるは、「蛍雪の功」と言われる「蛍の光 窓の雪」の東晋の時代の車胤・孫康の故事なのです。
365の雪信(ゆきのぶ)は狩野探幽の姪だということです。そうか女性なのですね。こうして蕪村は女性も同様な友人だったのだろうな。15071371


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2015年08月08日

「蕪村俳句集」71

15071355
355 行ヽ(ゆきゆき)てこゝに行ヽ(ゆきゆく)夏野かな(明和五・六・二五)

   みちのくの吾友(ごいう)に草扉(さうひ)をたゝかれて
356 葉がくれの枕さがせよ瓜ばたけ(安永初)

357 離別(さら)れたる身を蹈込(ふんごん)で田植哉(宝暦八前)

358 鯰(なまづ)得て帰る田植の男かな(安永六・四)

359 狩衣(かりぎぬ)の袖のうら這うほたる哉(明和五・五・六)

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「みちのくの吾友」って、註には「陸奥中新田の俳人」とあります。もうこの頃から手紙でやりとりをしていたのですね。思い出せば、『一言芳談抄』は鎌倉時代に著者である女性(もうおばあさん)が京都から鎌倉まで歩いてくる話なのです。この時にこの女性は京都から為替を持ってくるのです。私はここで為替って何かなあ。今の小切手のようなものかなあ、と思い調べてみました。インターネットで検索しましたら、以下があたりました。15080801
 359の「袖のうら這うほたる哉」を読んで、はるかな昔札幌でほたるを手にしたことを思い出しました。



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2015年08月05日

「蕪村俳句集」70

15071352
350 さつき雨田毎(たごと)の闇となりにけり(安永五)

   青飯(せいはん)法師にはじめて逢(あひ)けるに、旧識のごとくかたり合(あひ)て
351 水桶(みづおけ)にうなづきあふや瓜茄子(元文・寛延年間)

352 いづこより礫うちけむ夏木立(明和六・五・二〇)

353 酒十駄(じふだ)ゆりもて行(ゆく)や夏木立(明和八・四・一三)

354 おろし置(おく)笈(おひ)に地震(ナフヘル)なつ野哉(明和五・六・二〇)
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 350の註に田毎(たごと)の闇とは、「信州姥捨山の田毎の月のパロディ」とあります。354の地震(ナフヘル)の註にはナオフルとあります。これも私には分からないのです。なんか、情けないなあ。
 与謝蕪村はそんなに昔の詩人ではないのに、私には分からないことばかりです。
15071354


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2015年07月28日

「蕪村俳句集」69

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345 湖へ富士をもどすやさつき雨(安永二・六)

346 さみだれや大河を前に家二軒(安永六・五・一〇)

347 さみだれや仏の花を捨てに出る(安永六・四・二二)

348 小田原で合羽買(かう)たり皐月雨(安永六・四・二二)

349 さみだれの大井越(こし)たるかしこさよ(安永六)
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 345の「湖へ富士をもどすやさつき雨」は近江の地が裂けて湖水となり、富士山が現出すという伝説だということです。
 346の「さみだれや大河を前に家二軒」は私も過去に知っていた句でした。さみだれとは、ちょうど今現在の天気(今は窓の外が少し雨を感じます)みたいなものなのかなあ。
15071341


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2015年07月25日

「蕪村俳句集」68

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340 藻の花や片われからの月もすむ(安永七〜天明三)

341 路辺(みちのべ)の刈藻(かるも)花さく宵の雨(安永六・四・二二)

342 虫のために害(そこな)はれ落(お)ツ柿の花

   浪華(なには)の旧国(ふるくに)あるじゝて、諸国の俳士を集めて円山に会延(くわいえん)しけるとき
343 うき草を吹(ふき)あつめてや花むしろ(安永二・六)

344 さみだれのうつほ柱(ばしら)や老(おい)が耳(明和六・五・二〇)
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 343で「円山」とあったので、幼稚園の頃行きました札幌の円山(まるやま)公園を思い出しました。札幌のことはいくつものことを思い出します。懐かしいな。今インターネットで札幌の円山公園を見ました。それらの景色の記憶は甦らないのですが、「円山公園」という文字だけは懐かしいです。15072503


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2015年07月20日

「蕪村俳句集」67

15071322
335 夏山や通ひなれたる若狭人(わかさびと)(安永五・四・一五)

   述懐
336 椎(しひ)の花人もすさめぬにほひ哉(安永五・四・一五)

337 水深く利鎌(ときかま)鳴らす真菰(まこも)刈

338 しのゝめや露の近江の麻畠(安永六・四・一五)

339 採?(さいじゅん、註1)を諷(うた)ふ彦根の?夫(さうふ、註2))哉(安永七〜天明三)
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 331の若狭人とは若狭から京都へ通う商人ということです。北陸新幹線で金沢へ行きたいと思っていますので、隣の福井県にも関心があります。
 註1の採?(さいじゅん)とは?菜を採る時にうたう民謡とあります。
 註2の?夫(さうふ)とはいなか者のこととあります。彦根には私は偏見があるため(幕末の憎い井伊大老のため)、私はいつも嫌がっています。
 漢字林とインターネットで採?も彦根の?夫も必死になって調べ上げましたが、インターネット上の将門Webでは載せられないでしょう。15072001
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2015年07月18日

「蕪村俳句集」66

15071315
330 青うめをうてばかつ散る青葉かな(安永六・四・一八)

331 かはほりやむかひの女房こちらを見る(明和八前)

332 夕風や水青鷺の脛(はぎ)をうつ(安永三・四・一五)

333 たちばなのかはたれ時や古館(安永三・六・八)

   浪花(なには)の一本亭に訪(とは)れて
334 粽解(とい)て芦吹(ふく)風の音聞(きか)ん(安永五・四・一五)
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 前回UPしたものですが、「329 青梅に眉あつめたる美人哉」というのは越の美人西施が胸を病んでそのときに眉をひそめたのですが、それを「美人はかくするもの」と多くの女性が真似したことを言っているのです。西施といえば、ものすごく親しい思いになりますが、これも覚えておかないとな。
 334の「浪花の一本亭」もよく覚えておきましょう。15071317


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2015年07月17日

「蕪村俳句集」65

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   かの東皐(とうこう)にのぼれば
325 花いばら故郷の路に似たる哉(安永三・四)

326 路たえて香(か)にせまり咲(さく)いばらかな(安永四・四・一二)

327 愁ひつゝ岡にのぼれば花いばら(安永三・四)

   洛東(らくとう)芭蕉菴落成日(らくせいのひ)
328 耳目肺腸(じもくはいちょう)こゝに玉巻(まく)せばを菴(安永五・四・二六)

329 青梅に眉あつめたる美人哉(明和五・五・二七)


 325の「かの東皐」とは陶淵明の「帰去来ノ辞」の最後にある言葉だと言います。全然記憶にないことに羞かしいです。ここの最初の絵が陶淵明です。15071702
 328の「芭蕉菴落成日」で「芭蕉菴」とは文京区関口にあるとあります。私は深川にあり、私は行ったものだとばかり思っていましたが、それは私の記憶違いのようです。それと私は「菴」と書きましたが、正しくは「関口芭蕉庵」のようです。それはウィキペディアで確認しました。その関口芭蕉庵がこの写真です。最後の絵は蕪村が描いた芭蕉の像です。15071703


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2015年07月16日

「蕪村俳句集」64

15071306
320 鮓桶(をけ)をこれへと樹下に床几(しょうぎ)哉(明和八・五・一六)

321 鮓つけて誰待(まつ)としもなき身哉(明和八・五・一六)

322 鮒ずしや彦根が城に雲かゝる(安永六・四・一六)

   兎足(とそく註)三周の正当(しょうたう)は文月中の四日なるを、卯月のけふにしゞめて、追善いとなみるに申遣す
323 麦刈(かり)ぬ近道来(き)ませ法(のり)の杖(つゑ)(安永四・四・一四)

324 かりそめに早百合(さゆり)生ケたり谷の房(安永六)
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 323の註の兎足(とそく)とは安永二年七月四日没の人のようです。
 322の彦根といいますと、私はいつも私の詠う『「絶命詩」(黒澤忠三郎)』の相手の城下だなあと思います。
 思えばこうして蕪村の俳句を読んでみますと、はるかなこの時代を思い出しています。
15071308


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2015年07月14日

「蕪村俳句集」63

15071303
     洛東のばせを菴にて、目前のけしきを申出(もうしいで)侍る
315 蕎麦あしき京をかくして穂麦哉(安永五・四・二六)

316 狐火(きつねび)やいづこ河内の麦畠(安永五)

   大魯・几董などゝ布引滝(ぬのびきのたき)見にまかりてかへさ、途中吟
317 春(うすづく)や穂麦が中の水車(安永六・四)

   丹波の加悦(かや)といふ所にて
318 夏河を越すうれしさよ手に草履(宝暦四〜七)

319 なれ過(すぎ)た鮓(すし)をあるじの遺恨哉(明和八・五・一六)
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 318の句を私は中2のときに最後を「手に下駄」なんて言って面白がっていました。もうその時は私は常時下駄を履いていましたものです。
 319の「なれ過(すぎ)た鮓(すし)」なんてあるのだな。関西だからかなあ。15071305


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2015年07月10日

「蕪村俳句集」63

15070705
310 垣越(こえ)て蟇(ひき)の避(さけ)行(ゆく)かやりかな(安永三・四・二一)

   嵯峨の雅因(がいん)が閑を訪(とひ)て
311 うは風に音なき麦を枕もと(安永三・四)

312 長旅や駕なき村の麦ぼこり(明和八・四・一三)

313 病人の駕も過(すぎ)けり麦の秋(明和八・四・一三)

314 旅芝居穂麦(ほむぎ)がもとの鏡たて(明和八・四・一三)
15070706
 311の「嵯峨の雅因」とは京都島原の妓楼吉文字屋の主人とあります。京都島原といえば「あそこらへんか」と検討はつきます。昔はにぎやかだったのでしょうね。ああ、京都へ行きたいな、という思いが湧き上がります。どうしても京都は親しみを感じてしまうのですね。15070802


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2015年06月29日

「蕪村俳句集」62

15062020
305 若竹や橋本の遊女ありやなし(安永四・五・二一)

306 笋の藪の案内(あない)やをとしざし(明和年間)

307 若竹や夕日の嵯峨と成(なり)にけり(安永三)

308 筍(たけのこ)や甥(をひ)の法師が寺とはん(安永二・四・四)

309 けしの花籬すべくもあらぬ哉(安永三・四)
15062021
 305の遊女のことは、西行と江口の尼の連歌を述べた条の「江口・橋本などいふ遊女のすみか」を追想したものと註にあります。
 306の「をとしざし」とは刀を縦にさすことと註にあります。
 いっぱい漢字林には世話になっています。15062022


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2015年06月28日

「蕪村俳句集」61

15062311
300 うは風に蚊の流れゆく野河哉(明和五・六・八)

301 蚊やりしてまいらす僧の座右(いう)かな(明和八・四・一八)

   嵯峨にて
302 三軒家大坂人のかやり哉(明和六・四)

303 蚊の声す忍冬(にんどう)の花散たびに(安永六・五・一〇)

   諸子比枝の僧房に会す。余はいだだきのために此行(このかう)にもれぬ
304 蚊屋つりて翠微(すいび)つくらむ家の内(安永四)
15062312
 この時から蚊はやっかいなものでしたね。ただ今の私はマンションの7階ですから、蚊はそれほど感じません。ただ娘の家へ行くと家の外では蚊を感じることが多々あります。
 この大坂人を感じるところは私は大阪の南をたくさん思い出していました。
15062313


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2015年06月24日

「蕪村俳句集」60

15062308
295 尼寺や能(よ)キ?(註1)たるゝ宵月夜(安永六・四・一四)

296 あら涼し裾吹(すそふく)蚊屋も根なし草(明和八・六・三)

297 蚊屋を出て内に居ぬ身の夜は明(あけ)ぬ(明和六・五・一〇)

   よすがら三本樹(さんぼんぎ)の水楼に宴して
298 明(あけ)やすき夜をかくしてや東山(安永七〜天明三)

299 古井戸や蚊に飛ぶ魚の音くらし(明和五・六・八)
15062309
(註1)どう見ましても295は「?」しか出てこないのです。ふりがなは「かや」と書いてあります。漢字林、インターネットで探しても探しきれません。
 298の「三本樹の水楼とは鴨川の西岸、丸太町から荒神口に至る間。料亭が多かった。」と註にあります。あそこら辺のことかと思い当たります。私も飲んだものでした。15062310


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2015年06月22日

「蕪村俳句集」59

15062001
290 絶頂の城たのもしき若葉かな(安永二・四・四)

291 若葉して水白く麦黄(きば)ミたり

292 山に添ふて小舟漕(こぎ)ゆく若ば哉(安永八前)

293 蛇をきつ(註)てわたる谷路(たにぢ)の若葉哉

294 蚊屋の内にほたる放してアヽ楽や(明和六・五・一〇)
15062002
 293の「きつ(註)」は漢字が出せません。私の努力不足です。もう漢字林もパソコンもインターネットも調べても出せないのです。註には以下のようにあります。「漢の高祖が夜沢中を行くに、前に横たわる大蛇を斬って道を開いた故事(『史記』高祖本紀)」とあります。漢の高祖劉邦にこんな話があったのだな。私は記憶にないことが恥ずかしいです。15062003


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「蕪村俳句集」58

15061603
285 三井寺や日は午(ご)にせまる若楓(安永六)

   あらたに居を卜(ぼく)したるに
286 釣しのぶ?(かや)にさわらぬ住居(すまい)かな(安永四、五)

287 蚊屋を出て奈良を立ちゆく若葉哉(明和六・五・二〇)

288 窓の燈(ひ)の梢にのぼる若葉哉(明和八前)

289 不二ひとつうづみ残してわかばかな(明和六・四・一〇)
15061629
 三井寺とは大津の園城寺のことです。「平家物語」に出てきたな、なんて思います。「まだ行ったことはないな」なんて思いました。こうして芭蕉につぐ蕪村が大きな存在だったのだなあ。そんなことをしきりに思いました。
 286の(かや)は必死に漢語林で調べて出せたのですが、実祭には「?」になってしまいました。
1506180615061807




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2015年06月18日

「蕪村俳句集」57

15061805
280 来て見れば夕(ゆふべ)の桜実となりぬ(安永四・四・一二)

 円位上人の所領にもそむきたる身の、いとかなしきさま也
281 実ざくらや死(しに)のこりたる菴(あん)の主(安永四・四・一二)

282 しのゝめや雲見えなくに蓼(たで)の雨(安永六・五・一〇)

283 砂川や或(あるい)は蓼(たで)を流れ越す(明和八前)

284 蓼の葉を此君(このきみ)と申せ雀鮨(安永六)
15061801
1506180215061803
 281の円位上人とは西行のことです。西行はあの時代に鎌倉まで行きまして、源頼朝と会っています。自分の幼い息子(まだ4歳でした)を縁側からけり落とした西行を思います。みんな知られていたエピソードだったのでしょうね。彼の「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」との歌を思い起します。それに高杉晋作が「西行」が好きで彼自身を「東行(とうぎょう)」と号したことを思います。
 画像は吉野山にある西行庵です。西行の俗名は佐藤義清(さとうのりきよ)です。頼朝からもらった純銀の猫を出てそこにいた子どもにそのままあげたといいます。15061804
 284の句も私には味わい深いです。


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2015年06月17日

「蕪村俳句集」56

15061408
275 みじか夜やいとま給(たまは)る白拍子(安永四・四・一二)

276 みじか夜や小見世(こみせ)明(あけ)たる町はづれ(安永五・四・一〇)

   東都の人をおおつの駅(うまや)に送る
277 短夜や一つあまりて滋賀の松(明和年間)

278 みじか夜や伏見の戸ぼそ淀の松(安永七〜天明三)

279 卯の花のこぼるゝ蕗の広葉哉(明和年間)
15061409
 275の「白拍子」って何だと思います。註を見ていくと「平安末より鎌倉時代にかけ、水干・立烏帽子姿で歌舞を演じた遊女」とあります。鶴ケ丘八幡宮で頼朝の前で踊ろされた静御前とそれを厳しい目で見ていた関東武士団と優しい言葉をかけた政子を思います。15061410


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「蕪村俳句集」55

15061405
270 みじか夜や枕にちかき銀屏風(明和八前)

271 短夜や芦間(あしま)流るゝ蟹の泡(明和年間)

272 みじか夜や二尺落(おち)ゆく大井川(明和六・五・二〇)

   探題老犬
273 みじか夜を眠らでもるや翁丸(明和八・四・一八)

274 短夜や浪うち際(ぎは)の捨篝(すてかがり)(安永三・四)
15061406
 274の捨篝(すてかがり)ですが、「かがり」といれると「篝」がでてくるのですが、註には「○ー篝」を書いているだけです。この○の字が漢字林では見つけられません。時間ばかりかかり、なおかつ今の私は老眼になっていますから、漢字林を虫眼鏡で探すのですが、駄目なのです。大変に苦労ばかりです。15061407


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2015年06月16日

「蕪村俳句集」54

15061402
265 宵(よひ)よひの雨も杜若(かきつばた)(明和八・四・一三)

   雲裡房に橋立に別る
266 みじか夜(よ)や六里の松に更(ふけ)たらず(宝暦五)

267 鮎くれてよらで過行(すぎゆく)夜半(よは)の門(かど)(明和五・六・二〇)

268 みじか夜や毛むしの上に露の玉(明和六・五・二〇)

269 短夜や同心衆(どうしんしゅう)の川手水(かわてうづ)(明和八前)
15061403
 漢語林で265の杜若(かきつばた)を調べました。「とじゅう」と読むそうです。「ツユクサ科の多年草。やぶみょうが。山野の陰地に自生し、夏、白い小花を開き球形の実を結ぶ。」とあります。
 269の同心衆(どうしんしゅう)とは、註に与力の下の捕史とあります。十手をかざしていた奴かと想像します。15061404


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2015年06月14日

「蕪村俳句集」53

15052402
260 むつかしき鳩の礼儀やかんこどり(明和六・四・一〇)

261 閑古鳥さくらの枝も踏(ふん)で居る(明和六・四・一八)

262 かんこどり可もなく不可もなくね哉(安永五・四・一五)

   探題実盛
263 名のれなのれ雨しのはらのほとゝぎす(明和年間)

264 かきつばたべたりと鳶のたれてける(明和年間)
15052403
「探題実盛」って誰のことかな、と思うとやっぱり斎藤実盛のことです。やっぱり「平家物語」は普通の教養だったのですね。ただ私には斎藤実盛のことは悲しいばかりの思いになります。「名のれ名のれと責むれども、ついに名のらず」という謡が悲しく思えます。15052404


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2015年06月08日

「蕪村俳句集」52

15052508
255 閑古鳥寺見ゆ麦林寺(ばくりんじ)とやいう(安永三・四・一五)

256 山人(やまびと)は人也かんこどりは鳥なりけり(安永三・四・一五)

257 食次(めしつぎ)の底たたく音やかんこ鳥(明和八前)

258 足跡を字にもよまれず閑古鳥(明和六・四・一〇)

259 うへ見えぬ笠置の森やかんこどり(明和六・四・一〇)
15052509
 5つの句すべてで「閑古鳥」が詠まれています。256では「かんこどりは鳥なりけり」と書かれていますが、私にはその姿が分からないのです。我孫子の父の家では来ていたのかなあ。父に聴いておけばよかったとくやまれます。
15052510


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2015年05月28日

「蕪村俳句集」51

15052602
250 ちりて後(のち)おもかげにたつぼたん哉(安永五・四・一〇)

251 牡丹切(きつ)て気のおとろひし夕(ゆうべ)かな(安永五・四・一〇)

252 山蟻のあからさま也白牡丹(安永六・四・一三)

253 広庭のぼたんや天の一方に(天明年間)

    柴庵(さいあん)の主人、杜けん・布穀の二題を出(いだ)して、いづれ一題に発句せよと有。されば雲井に走て王侯に交らむよりは、じゅん衣被髪(ひはつ)にして山中に名利をいとわんには
254 狂居士(きょうこじ)の首にかけた歟鞨(かかつ)鼓鳥(こどり)(安永五・四・一五)

15052603
 これを書くのにけっこう時間がかかりました。「杜けん」の「けん」、「じゅん衣」の「じゅん」が将門Web上で書けなかったのです。「漢語林」では出せるのですが、将門Web上やインターネット上では無理なのです。それが莫大な時間ばかりかかります。
 まあ、ここまでやって悔しいのですが、仕方ないです。
15052604


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2015年05月25日

「蕪村俳句集」50

15051803
245 草の雨祭の車過てのち(明和年間)

246 牡丹散て打かさなりぬ二三片(にさんぺん)(明和六・五・一〇)

   波翻舌本吐紅蓮
247 閻王(えんわう)の口や牡丹を吐んとす(明和六・五・一〇)

248 寂(せき)として客の絶間(たえま)のぼたん哉(安永三・五)

249 地車(ちぐるま)のとゞろとひゞく牡丹かな(安永三・五)
15052001
 まだまだ蕪村の句は続きます。こうして私がインターネット上に書いていけることが嬉しいです。牡丹が四つの句で詠まれます。いや句だから「詠む」と言っていいのだろうか。牡丹の花は綺麗なのは分かりますが、どうしてもそんなに好きになれないですね。ついこのごろ(5月22日に)目にしてもそのことを感じます。15052301


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2015年05月24日

「蕪村俳句集」49

15051102
   大徳寺にて
240 時鳥(ほととぎす)絵になけ東四郎次郎(宝暦二)

241 岩倉の狂女恋せよ子規(安永二・四・四)

242 稲葉殿の御茶たぶ夜や時鳥(安永五・三・一〇)

   箱根山を越(こゆ)る日、みやこの友に申遣(もうしつかわ)す
243 わするなよほどは雲助ほとゝぎす(安永九)

244 哥なくてきぬぎぬつらし時鳥(安永七・四・一〇)
15051501
 これも五つの句にすべてほととぎすが詠まれています。そうなのですね。実際の鳥の「ほととぎす」とこうして俳句で書かれる「ほととぎす」を思ってしまいます。
 写真は今月11日と15日と18日の午前中9時代の愛整骨院の風景です。私がいつもデジカメで撮ってしまいます。普通に静かに撮りますから、誰も関心がないようです。
15051802


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2015年05月23日

「蕪村俳句集」48

15052202
235 鞘走(さやばし)る友切丸(ともきりまる)やほとゝぎす(明和六・五・一〇)

236 ほとゝぎす平安城を筋違(すぢかひ)に(明和八・四・一三)

237 子規(ほととぎす)柩(ひつぎ)をつかむ雲間より(明和年間)

238 春過てなつかぬ鳥や杜鵑(明和三)

239 ほとゝぎす待や都のそらだのめ(安永五・三・一〇)
15052203
 この5つの句はすべてほととぎすが詠まれています。私は実際に父が飼っていた鳥と、正岡子規を思い浮かべました。あんまり好きにはなれない鳥と、また正岡子規も「万葉調・古今調・新古今調」の主張で私が高校生の時から好きになれない人なのです。
 写真は昨日5月22日の野村澄子さんのお通夜のときの写真です。ほかにも撮ったのですが、顔が写っていて使えないのです。これだけを載せます。15051509


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2015年05月19日

「蕪村俳句集」47

15051502
230 たのもしき矢数のぬしの袷哉(明和六・四・一〇)

231 痩脛(やせずね)の毛に微風あり更衣(明和六・四・一〇)

232 御手討の夫婦なりし更衣(明和年間)

    しれるおうなのもとより、ふるきゝぬのわたぬきたるに、ふみ添てをくりければ
233 橘のかごとがましきあわせかな(安永七〜天明三)

234 更衣いやしからざるはした銭(明和六・四・一〇)
15051503
 更衣が多く書かれていますね。私なんか、年2回の更衣であとはただ脱いでいくだけと、厚く着ていくだけです。
ここも前と同じく「母の日」(5月10日)のお花です。これは15日に撮りましたものです。最初のお花はこれで廃棄することになりました。私のお花はいでしょう。これは東十条のお花屋で用意してくれたものです。花キューピッド(の管理です)はしっかりしたお花です。15051504


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「蕪村俳句集」46

15051302
225 絹着せぬ家中ゆゝしき更衣(ころもがへ)(宝暦三前)

226 辻駕(つじかご)によき人のせつころもがへ(明和六・四・一〇)

227 大兵(たいひょう)の廿(はた)チあまりや更衣(ころもがへ)(明和六・四・一〇)

228 ころもがへ印籠買(かひ)に所化(しょけ)二人(明和六・四・一〇)

    眺望
229 更衣(ころもがへ)野路(のぢ)の人はつかに白し(明和六・四・一〇)
15051304
 更衣(ころもがへ)というと、私はもっと先にやっていました(私は暑がりです)。そうなのだな。
 ここの花は「母の日」(5月10日)にブルータス・私・おはぎが贈ったものです。ただし、ブルータスは8日、私は9日、おはぎは10日でした。それを13日に撮ったものです。15051303


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2015年05月17日

「蕪村俳句集」45

15051205
221 まだ長ふなる日に春の限りかな(安永五・三・一四)

222 ゆく春や横河(よかは)へのぼるいもの神

223 返哥なき青女房よくれの春(安永五、六)

224 春惜しむ宿やあふみの置火燵
15051206
 ちょうど今が224の「春惜しむ」という季節です。ものすごくそれを感じます。今は春を感じられない季節感なのですが、この句で実に「春ももう終わりだ」と感じられます。暑い夏になるのですね。15051207


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「蕪村俳句集」44

15050106
216 洗足(せんそく)の盥も漏りてゆく春や(明和六・三・一〇)

217 けふのみの春をあるひて仕舞けり(明和六・三・一〇)

    召波(そうは)の別業に遊びて
218 行春や白き花見ゆ垣のひま(安永七)

219 春をしむ座主の聯句(れんぐ)に召れけり(安永九・三)

220 行春やむらさきさむる筑波山(やま)(安永三・三)
15050107
 ちょうど今の5月(旧暦では5月は夏ですが)が「春をしむ」という季節でしょう。今は大変に暑いのですが、やはり春を感じています。今日孫たちが来たら、このことを言いましょう。いや伝えてもじいじの言うことは通じないかなあ。15051505


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2015年05月14日

「蕪村俳句集」43

15050101
211 菜の花や鯨もよらず海暮ぬ(安永七〜天明三)

    春夜蘆会
212 炉塞(ろふさい)で南阮の風呂に入(いる)身哉(天明元・二・一四)

213 炉ふさぎや床は維摩(ゆいま)に掛替(かけかは)る(明和年間)

    暮春
214 ゆく春や逡巡(しゅんじゅん)として遅ざくら(天明三)

215 行(ゆく)春や撰者をうらむ哥の主(明和六・三・一〇)
15050102
 菜の花を見て、綺麗な花だと思ったことはないのですが、こう思うこともあるのかなあ。いえ、蕪村は綺麗だと言っているわけではないのですが。214の「遅ざくら」って何なのかなあ。思えば八重桜なんて、遅く咲くよね。
 菜の花も遅ざくらも私には分からないことだらけです。15050103


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「蕪村俳句集」42

15042914
206 人なき日藤に培う法師かな

207 山もとに米踏ム音や藤のはな

208 うつむけに春うちあけて藤の花(明和年間)

春景
209 菜の花や月は東に日は西に(安永三・三・二三)

210 なのはなや笋(たけのこ)見ゆる小風呂敷(安永七〜天明三)
15042915
 209の「菜の花や月は東に日は西に」を詠んで私は落ち着きます。見事な句であり、その詩の総てが見えてくる思いです。そうなのだなあ。210の「笋(たけのこ)見ゆる」でもいいなあ、という思いです。藤の花が出てきまして、その花を思い浮かべました。15042916


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2015年05月12日

「土井晩翠『星落秋風五丈原』」の註を正式に

15051208
  土井晩翠『星落秋風五丈原』の註なのですが、以下のように書いていますが。
  http://shomon.livedoor.biz/archives/51877367.htm

 刀斗(ちょうと)聲無く 露落ちて (註)刀は正式には「ちょう」の字

これでは、分かりませんので、ここに大修館書店の「漢語林」をその「ちょう」の字をデジカメで撮りまして、ここに載せます。
 これで分かると思うのです。刀ではなく、この字なのです。もう気になって仕方なかったのです。


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2015年05月11日

「蕪村俳句集」41

15042908
201 春の夕(くれ)たえなむとする香(かう)をつぐ(天明三)

202 花ちりて木間(このま)の寺と成(なり)にけり(明和六・三・一〇)

203 苗代や鞍馬の桜ちりにけり(明和年間)

204 甲斐がねに雲こそかゝれ梨の花(安永五・三・一〇)

205 梨の花月に書(ふ)ミよむ女あり(明和年間)
15042909
 もう桜が散ったのですね。204と205の「梨の花」って私には分からないのですが、これだけ花がたくさん出てくると、ちゃんと知るべきだなあ。花には私は苦手意識があって、だからこそよく人に花を贈るのでしたが、ちゃんと花をもっと知っていこうかなあ。
15042910


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「蕪村俳句集」40

15042905
   やごとなき御かたの、かざりおろさせ給ひて、かゝるさびしき地にすみ給ひけるにや
196 小冠者出て花見る人を咎けり(安永五)

197 にほひある衣(きぬ)も畳まず春の暮(安永九・三・二〇)

198 誰(たが)ためのひくき枕ぞはるのくれ(安永九・三・二〇)

199 閉帳(へいちょう)の錦たれたり春の暮(安永七〜天明三)

200 うたゝ寝のさむれば春の日くれたり(安永七〜天明三)
15042906
 196の「小冠者出て」というところで、昨日の私の孫三人を思い出しました。この子のようには生意気ではないですが、もうこの三人は大変です。でも可愛くてたまらないじいじなのです。でももう一人のじゅにが今入院したのですが(一昨日)、またこの子のことを思っていきます。大変なことが続くのですね。会いに行きたいです。
15042907


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2015年05月07日

「蕪村俳句集」39

15042219
191 居(すゑ)風呂に後夜(ごや)きく花のもどりかな(安永九・二・一五)

192 鶯のたまたま啼(なく)や花の山(安永九・二・一五)

193 ねぶたさの春は御室(おむろ)の花よりぞ(安永八)

一片花飛減却春
194 さくら狩美人の春や減却す(安永六)

195 花の幕兼好を覗く女あり(明和六・三・一〇)

15042901
 195を読みまして、こんなところにも「吉田兼好『徒然草』」が出てくるのですね。私は高校生の時から『徒然草』は大嫌いでした(「清少納言『枕草子』」は好きでしたが)。でももうちゃんと読まないといけないのだなあ。「嫌い」というだけでは、だめなのです。15042902


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2015年05月06日

「蕪村俳句集」38

15042803
 雨日嵐山に遊ぶ
186 筏士の蓑やあらしの花衣(天明三)

187 傾城は後の世かけて花見かな(安永九・二・一五)

188 花に舞ハで帰(かえる)さにくし白拍子(安永九・二・一五)

189 花に来て花にい(ゐ)ねぶるいとま哉(安永九・二・一五)

     なには人の木や町にやどりゐしを訪ひて
190 花を踏し草履も見えて朝寝哉
15042804
「傾城」とか「白拍子」という言葉が出てきて私は驚きました。蕪村もそういう世界も知っていたのだ。もう当たり前の教養人だもなのな。教養人はこうした世界にも堪能なのです。これで高杉晋作の「三千世界の鴉(からす)を殺し、主(ぬし)と朝寝がしてみたい」という都々逸を思い出しました。15042805


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2015年05月01日

「蕪村俳句集」37

15042215
 高野(かうや)を下る日
181 かくれ住(すみ)て花に真田が謡かな(安永九・二・一五)

182 玉川に高野(こうや)ヽ(の)花や流れ去(安永九・二・一五)

183 なら道や当帰ばたけの花一木(ひとき)(天明三)

   日暮るゝほど嵐山を出る
184 嵯峨へ帰る人はいづこの花に暮し(安永九)

185 花の香や嵯峨のともし火消(きゆ)る時(安永六)
15042216
 181の真田とは九度山に隠栖した真田昌之・幸村親子のことだとのことです。そうなのか、けっこう知られていたことだったのだな。宮本武蔵もここを尋ねたときに誘われたと聴いています。もう有名なことだったのだなあ。
これで私にはごく親しい世界になってきたものです。そんなことを知っていて、ここに書いている蕪村の存在っていいものだなあ。15042217


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「蕪村俳句集」36

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176 花に遠く桜に近しよしの川(天明二)

177 花に暮(くれ)て我(わが)家遠き野道かな(安永二・三・七)

178 花ちるやおもたき笈(おひ)のうしろより(安永九・二・一五)

179 花の御能(おのう)過(すぎ)て夜を泣ク難波人(安永九・二・一五)

180 阿古久(あこく)曾のさしぬきふるふ落花哉(天明二)
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 もう5月になってしまい、私の好きな桜の花を見られません。でも明日5月2日には私の次女ブルータスの家で家族10人で会うことができます。みんな好きだろうケーキ(ちょっとケーキとはいえないのかな)も用意できました(明日到着するはずです)。
 そうした瞬間を用意できて私は嬉しいです。また蕪村の詩を思い浮かべていくでしょう。15042214


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