周の雑読(教育篇)備忘録

2014年09月20日

安田正『英語はインド式で学べ』

14081701
 新聞広告を見て、この本を手にいれました。たぶん2時間かからず全部読めると考えました。この本の帯には、

 1時間後に英語が話しはじめられる!
 「世界標準の英語」だから全世界で通じる!

とあります。
 でもでも私はこの本を30分も読みましたが、そこで閉じてそのあと開ける気になれないのです。

書 名 英語はインド式で学べ
著 者 安田正
発行所 ダイヤモンド社
定 価 1,500円+税

 私は思ったものです。私は別に「英語(米語)が話したい」と思っているわけではないのです。私は前に知り合いの(昔御茶ノ水で私がよく買い物をするコンビニの店長)恋人のある大学の英語の教授のカナダ人に、「(パソコンから)スカイプが使えない」という相談に訪れました。なんでも若い英語もパソコンもできる人が何人も(3人らしいです)できないというので、私も不安でした。私ができるのでしょうか。
 でも彼女のマンションの部屋で、彼を前にして、彼女のパソコンで10秒くらいでスカイプできました。もうその場で彼の故郷のカナダの両親(友だちだったかあなあ?)とスカイプでおしゃべりできました。
 だがだが問題は、「英語が喋られる」ことではないのです。14091611
 ここで夏目漱石を思います。漱石はロンドンで英語は話せたわけなのですが、それでも英語について悩んでしまうのです。ここで思うのです。漱石はインド人でも話せる英語を求めたわけではないのです。漱石の作った漢詩を思います。漱石の七言律詩も絶句も実に美しい音(おん)をしています。杜甫の作った七言律詩にも匹敵する律詩の作成を目指したのでした。
 インド式英語を私は求めません。少しもこの本を読んで面白いと感じられないのです。 インドの家庭では、多くのメイドさんと会話ができないのです。言葉がヒンディー語、ベンガリー語、ドラウィダ語、………等々いっぱいあって、いわば英語が共通語なのです。14091612
 そう思うと、私がこの本を面白いと感じられないのは当然なのです。
 私は中学で英語を習い始めたときより不得意でした。通知表では、4か5でしたが、自分でも不得意という感じはぬぐえませんでした。でもいざ米国人と話すとき(英国人は機会があまりない)は、不思儀とできてしまうのです。これは大昔京都へ行って米国人と話したとき(大学6年のとき)に感じたものです。その後もたびたび米国人と話すときに感じていることなのです。
 だから、別にインド式の英語は必要は感じないのです。私が必要なのは、漱石が漢詩に求めたようなものなのです。それは「インド式の英語」ではないのです。




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2013年07月09日

「斎藤喜博『教育学のすすめ』」へのコメント

13070817 私の斎藤喜博『教育学のすすめ』へ竹ちゃんさんから、以下のコメントがありました。ありがとうございます。

2. Posted by 竹ちゃん   2013年07月04日 19:52
斎藤喜博、懐かしい人です。もう退職13070818して10年になりますが、私にとっては、まねのできない教師でした。境小にも参観に行ったのですが、斎藤さんだからできる教育だったと思います。凡人には、できない教育だと思います。斎藤さんという指導者がいれば私もできたと思いますが、普通の学校ではできないと思います。私たち、平凡な教師にできることは、子供たちをそこなうことなく教育することぐらいかなと思います。
 いろんなことに興味をもっていられて、凄いと思います。いろいろ読ませていただきます。

 私が読んだのは、斎藤喜博の以下のような著書だったと思います。

学校づくりの記
現代国語教育論集成
現代教育批判

 みな北浦和の浦和図書館で読んだものです。でもこの『教育学のすすめ』の印象が強く、御茶ノ水に事務所を構えていたときに、探しに探して、神保町の東京堂で手に入れたものでした。
 その斎藤喜博の授業を実際に見られた教師の方に、こうしてコメントいただけるなんて、ものすごく感激です。ただ、こうしてコメントヘのレスが遅くなり申し訳ありません。斎藤喜博のことですとすぐには書けないのですね。
 私は激しく学生運動をやりまして、それが長く響いて、選挙権も海外旅行も一切だめでした。27歳のときに参議院選挙に行ったのです(別に不純な動機で選挙へ行ったのですが)が、選挙管理の人が「あなたは公民権停止中です」といわれ、「そんなら『選挙へ来い』なんて呼び出すなよ」と怒ったものでしした。
 私は斎藤喜博は大好きな教育者ですが、その本に書いてある。「まあるくしっかりした目(顔だったかな)」というような生徒への表現に違和感を覚えたものです(ええとどういう表現だったかは覚えていないのですが、そして今は本もありません)。
 ああ、私は学生運動をやったといっても、そして三派全学連の中でやっていましたが、思想は絶えずマルクス主義を否定していました。いつも下着の胸には日の丸をつけていたものでした。ああ、下はもちろん褌です。
 ただ今はこのパソコンでインターネット上で発信していくのがいいと思っています。ああ、スマホでもケータイでもやっていますよ。ただ、本を読むのは年間300冊から100冊に落ちましたし、手紙ももうA4に2枚くらいを年間100通くらいしか出していません。
 もう毎日(毎日でもないか、週に5回くらい)孫と会って、いつも「じいじはすぐ居眠りするから駄目だなあ」と思われているだけです。もう仕方ないですよ。もう65歳ですから。
 竹ちゃんさんもぜひこのインターネット上で、ブログをやってみてください。私はツイッターもフェイスブックもMixiもやっていますが、やはりこのブログがいいです。やるのが楽ですね。
 竹ちゃんさんのブログを拝見できるのを楽しみにしています。



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2011年05月31日

周の雑読備忘録『働かないアリに意義がある』

11042912 この本をインターネットで見つけたときに、すぐに読みたいと思い注文しました。そして届いたら、すぐに読んでしまいましたが、少々物足りないなという思いがありました。
 でも今、こうして目次を書き抜いて、こうしてここで書いていますと、また読もうという気持になりました。いわば本を二度読む感じなのですね。
 ただ昔にも私はこのことを書いたことがあります。
 それで明日から、それを「周のコンサル」で優先して書いていきます。

書 名 働かないアリに意義がある
著 者 長谷川英祐
発行所 メディアファクトリー新書
定 価 740円+税
発行日 2010年12月31日初版第1刷発行
読了日 2011年4月28日

【目次】
序 章 ヒトの社会、ムシの社会
    「とにかくこの世は住みにくい」
    個体は社会から逃げられない
        厄介者扱いされるオス
    齟齬が生みだすユニークさ
    ムシの社会を覗いてみれば
第1章 7割のアリは休んでる
    アリは本当に働きものなのか
    ハチの8の字ダンス
    働かないことの意味
    なぜ上司がいなくてもうまく回るのか
    小さな脳でなぜうまくいくのか
    若けりゃ子育て、年とったら外へ行け!
    アリに「職人」はいない
    お馬鹿さんがいたほうが成功する
    兵隊アリは戦わない
    ●1章のポイント
第2章 働かないアリはなぜ存在するのか?
    「上司」はいないアリやハチの社会
    よく働くアリ、働かないアリ
    「2:8の法則」は本当か
    遺伝で決まる腰の軽さ
    「やるやらない」はどう決まる
    ハチやアリにも過労死が
    みんなが疲れると社会は続かない
    規制品ばかりの組織はダメ
    ●2章のポイント
第3章 なんで他人のために働くの?
    子を生まない働きアリの謎
    血縁選択説の登場
    わが子より妹がかわいくなる4分の3仮説
    実証不能のジレンマ
    美しすぎる理論のワナ
    弟はいらない
    群選択説も登場
    ヒトの滅私奉公
    生き残るのは群か? 血縁か?
    向き合わない両者
    ●3章のポイント
第4章 自分がよければ
    社会が回ると裏切り者が出る
    本当に働かない裏切りアリ
    なぜ裏切り者がはびこらないのか
    他人の力を利用しろ
    究極の利他主義、クローン生殖
    最初にやった仕事が好き
    それでもやっぱりパートナーがいないと
    ●4章のポイント
第5章 「群れ」か「個」か、それが問題だ
    庭のネコの生物学的見分け方
    なぜ群れるのか
    なぜ群れないのか
    完全な個体
    不完全な群体
    不完全な群体を超えて
    ●5章のポイント
終 章 その進化はなんのため?
    食べ始めたとき、進化した
    自然選択説の限界
    神への長い道
    説明できないという誠実さ
    いつも永遠の夏じゃなく
    ●終章のポイント
おわりに 変わる世界、終わらない世界

【著者】
長谷川 英祐
進化生物学者。1961年東京生まれ。北海道大学大学院准教授。農学研究院環境資源学部門/生物生態・体系学分野/動物生態学研究室所属。観察、理論解析とDNA解析を駆使して、主に真社会性生物の進化生物学研究を行っている

  実は、私は過去にこの関係のことを書いています。

  働かない蟻も必ず何割かいる(2004.09.20)
  働かない蟻も必ず何割かいる の2(2004.09.27)
  働かない蟻も必ず何割かいる の3(2004.11.01)

 これは私の昔毎週月曜日に出していた「マガジン将門」で書いていたのですが、これをまた私のブログで書くのは、まだかなり先です。
 それで、明日から、この上の3つを私の「周のコンサル」で書いていきましょう。



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2011年04月29日

町沢静夫『成熟できない若者たち』

書  名 成熟できない若者たち
著  者 町沢静夫
発行所 講談社

11042817 この本は真夜中に目をこすりながら、どうやら読み終えたものでした。どうも読むのにつらく考え込んでしまうことが何度もありました。
 著者の紹介欄には、「精神科医・心理学者。国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健研究室長」とあります。
 1988年から89年にかけて、連続幼女殺人事件と女子高校生コンクリート詰め殺人事件がありました。

  私自身、この二つの大きな事件を知ったとき、残念ながら、そ
 れまでに多くの現代青年から受けてきたイメージとそれほど大き
 なずれを感じなかった。  (序章「二つの事件と青年たち」)

 そして、この精神科医としての著者のところにくる青年たちの症例がいくつも挙げられています。
「昔俺もそうだった」「俺らのときだって、不良もいれば、登校拒否児もいた」「おとなになれば直るさ」ってなことではけっしてないのです。私たちの青少年のときとは、大きくなにかが違うのです。

  日本では、欧米に多くみられるエディプス葛藤(母をめぐって
 父と争う葛藤)はあまりみられない。子供は、生まれた時から母
 親が死ぬまで、父親と争うことなく母親を独占できることが多い。
 この傾向はますます強くなっているように思われる。母と子の蜜
 月期間は延びるばかりである。子供は大人にとっての宝であり、
 王子様であり、王女様であり、したがって母親や父親のほうがあ
 たかも召使のようになってしまっていることが時にみられるもの
 である。多くは父親が家庭での地位が一番低い、それは父親の収
 入いかんにかかわらず、である。そのため、青年は社会に出ると
 きになって初めて、自分がいかに母親に依存していたかを知るこ
 とになる。知ってそれを改善できる力を獲得する道が遠くなって
 しまっている人もいる。そのため社会へでる寸前で、何もせず無
 為にたたずんでしまう青年もきわめて多いように思われる。

 たしかに日本では、父親ってかげが薄いなって思います。この本に「日米中の父親比較」という、3国の子供が父親とどの程度はなしをするのかという調査なのです。それによると、父親と「あまり話さない」「ぜんぜんはなさない」をふくめて53.2%、米24.9%、中22.8%。米中は同じようなものですが、日本はあまり父親との会話がないようです。これは私のところへ遊びに来る娘たちのともだちの話とほぼ一致しています。彼女たちの話だと、小学校5年生くらいから、父親とは「ぜんぜん親しく口をきけない」し、「ほとんど話したことない」そうなのです。
 この本の最後の章が吉本(吉本隆明)さんとの対談になっています。そのなかで吉本さんは

  宮崎という人が殺した子の遺族に送った手紙を見ると、今田勇
 子という名前でやっていますね。あれは母親の物語をつくってい
 ると感じました。自分は石女(うまずめ)で、子供がほしいので
 そうしたんだということとか、自分の子供は生まれてすぐに死ん
 じゃって、その死んだ子は天国にいるから、それに対していい友
 達がほしいという母親の切実な願いで、こうしたんだという物語
 をつくっているんじゃないでしょうか。僕は、母親の物語をつくっ
 たことは、とても重要なことに思います。つまり、本当ならば自
 分が母親からつくってもらいたかった物語をその中にいくぶんか
 でも入れて、物語を作ったみたいに思えるんです。

と述べています。この事件を異常性愛によるというような論調が多かったように思いますが、この吉本さんの見解は、この町田静夫の展開しているおおくの青年の症例からみると当っているのではないかと思うのです。
 いやもちろん著者は結論をだしているわけではありません。吉本さんには、一貫した結論があるように感じますが。ただ私はこれで、登校拒否の問題とか、電車や街で出会うさまざまな青少年たちの姿を考えました。それらのことまたあらためて展開したいものです。
 とにかく家庭での母親、父親の姿・存在って大事なんだなと思います。(1998.11.01)



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2011年04月01日

『山田かまち作品集青い炎』

11033016 私は絵というのはまったくよく分からないのですが、その私にもどうにもひきつけられる絵がたくさんのっている本があります。私の一家四人みんなでしばしみつめてしまいました。

書  名  山田かまち作品集青い炎
発行所  学研

 著者の山田かまちは、1960年7月21日生まれで、77年8月10日真夏の白昼閉め切った自室でエレキ・ギターの練習中に感電死しました。高崎高校の1年生でした。死後、ベッドの下から大学ノートやスケッチブックに書き散らされた、おびただしい数のデッサンや水彩画が発見されました。
 1981年、89年に高崎にて山田かまち水彩デッサン展が開催され、92年2月20日高崎市に「山田かまち水彩デッサン美術館」が開館。開館一年あまりで、入館者は三万人を超えたといいます。
 これほどの無名の少年に何故こんなにまで人はひきつけられるのでしょうか。尾崎豊とはまた違うのでしょうが、そのほとんどが、若い人であるところは同じようなことがなにかあるのかもしれません。山田かまちの17年という短い生涯のなかに、若い人たちを強烈にひきつけるものがあり、それが彼の数々のデッサン、水彩画、詩にあらわれているのでしょう。いや若い人だけでなくとも、この私でさえ強くひきつけられてきます。

 水彩画やデッサンのもつ強烈さを私はどう表現したらいいのか判かりません。ここでは同じくらいたくさん書かれている詩を一つ見てみたいと思いました。

  秋は青く乾いている
 ぼくはずっと  君のことを想っている。
 道はいつもそこで乾いていて
 ぼくは止まって
 枝にみちびかれる。
 見失って遠くに矢を放てば
 君は再び現れては消える。
 追い。消え、
 そのままぼくは幻に夜空を見、
 星の輝きにつかまっている
 遠く宇宙のはてから

 これは16歳のときに、ある少女に恋をしたときの詩のようです。私には彼がいったいどこからこのような表現ができるのかなと思ってしまいます。思わず、また吉本(吉本隆明)さんの本を開いてしまいました。

  詩の修辞的な可能性をもっとも極度まで拡大してみたい欲望が
  ゆきつくとすればどこだろうか。この欲望は修辞的な自然あるい
  は修辞的な宇宙を獲得しようとする無意識な欲求に根ざしている。
  言葉が規範のうえにしか成りたたないことがあたえる拘束感は、
  社会が自然の上に成り立っていることにくらべてはるかに重苦し
  いものだ。いったん言葉を<書く>という体験に深入りしたとき意
  のままにならなかった記憶は修辞的な生涯を決定する。表現は強
  いて造りだそうとせず、みつけ出されるまでまつのだというのは
  修辞的な詭弁で、どうかんがえようと<書く>という体験ではじめ
 て言葉は人間にとって自由なものではないことを実感することに
  はかわりはない。このときに言葉がもしも自然のように完備(コ
  ンパクト)にそこに在るものとなしうるなら、という願望がおこ
  るのは当然である。そしてその願望が現実の生活体験にもはや異
  なった構造があることを認めようにも認めがたくなった詩人たち
  からはじまるのも当然といえる。このようにしてまず意味の脈絡
  を変更することによって言語の規範に異を立てようとする。そし
  て異議はやがて規範の拡大につながることは予め詩の与件となっ
 ている。  (「戦後詩史論−修辞的な現代」1978.9大和書房)

 なんだかこの山田かまち君にはもっともっと生きて、たくさんの詩を書いてほしかったと思います。彼がいくつもいくつも言葉を選び、なんとかそのときの自分の表現行為をしているのが判ります。
 多分彼の数々の水彩画も同じように思います。過去の画家が自分の内から出てくるものをそのまま表現しようとするだけでよかったのが、もう彼のような現代に生きていた表現者には、いくつもいくつも色を選び、それをそのままいそがしく紙の上に表現しているように思えました。きっとなにかいそがしかったんだろうな。そうだよいそがしいんだよね。まってないものね。

   修辞的な現代
  戦後詩は現在詩についても詩人についても正統的な関心を惹き
  つけるところから遠く隔たってしまった。しかも誰からも等しい
  距離で隔たったといってよい。感性の土壌や思想の独在によって、
  詩人たちの個性を択りわけるのは無意味になっている。詩人と詩
  人を区別する差異は言葉であり、修辞的なこだわりである。
       (「戦後詩史論−修辞的な現代」1978.9大和書房

   誰の詩も同じように見えてしまう。体験からでた言葉ではなく、
  言葉だけのこだわり、修辞的な差異を競うだけになってしまった。
  これは現在の情況を指している。さてそこで吉本さんはさらにそ
  の先を突き詰めようということなのだろう。それが<マス・イメー
  ジ>であり<ハイ・イメージ>である。 (「吉本隆明鈔集」より)

 思えば現代とは何なのかいつも考えてきました。私が、ある飲み屋でのんでいたとき、山田かまちはこうしてたくさんの表現をしていたのだなと思います。私はどちらもおんなじだよといいたいわけですが、君の表現にいくつも涙するところがあるのです。私はそれをいいたいだけなのです。
 この本は長女の15歳の誕生日に贈りました。できたら一緒に、山田かまちの美術館を訪れたいと思っています。……そしてそれはいつか実現するでしょう。また親子でさまざま涙を流すに違いありません。(1998.11.01)



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2011年03月29日

田中克彦『チョムスキー』

11032910 何年か前にあるパソコン通信ネットで、ある大学の言語学の先生とかいう方と少し論争になったことがあります。「どんな言語でも、その持っている深層構造は同じである」という言い方をするのです。これは一体何なのかな、と言うところで、「それはチョムスキーだよ」と教えてくれた方がいるもので、早速読んでみたのが以下の本でした。もう読んですぐに売ってしまいましたが。

「日本のチョムスキアンにとって禁制の書」とか言われる本を読んでみました。

書  名 チョムスキー
著  者 田中克彦
発行所 岩波書店同時代ライブラリー

 チョムスキーは1928年生まれのアメリカの言語学者です。彼の理論はチョムスキー理論とか生成文法といわれます。また彼はベトナム戦争のとき激しく政府を攻撃し、投獄までされた政治活動家でもあります。
 チョムスキー理論とは、

  人類のすべての言語は表層構造の相違をこえて、同一の深層構
  造に還元できると主張できると主張するのみならず、その深層構
  造こそが、言語にとって本質的であると主張している

ということです。ではその深層構造とはなんでしょうか。

  現実にある言語の外に別の言語……これは考え方によればすで
  に言語ではないのであるが……を設け、ことばの現象は、すべて
  そこへもどして、あるいはそれと関係づけることによって説明す
  ることにした。すなわちそれというのは深層構造(deep structure)
  である。実際にあらわれる言語は、単に表面にあらわれた現象に
  すぎないのであって、じつは、その背後の奥底の深いところには、
  人間の言ったことではなく、考えたことの方により近い、なにか
  ことばの原型のようなものがあると仮定する。

 したがって、言語は日本語もロシア語も英語もインドネシア語も、深層構造は同じことになるわけでしょう。

  それぞれの言語は、この深層構造を、一定の規則にもとづいて
  変形し、表層構造において、いわゆる言語として実現する。この
  深層構造と表層構造との関係、とりわけ深層構造を表層構造にもっ
  て行くのに、どのような変形規則が使われるか、それを明らかに
  するのが文法の仕事だと考えた。

  なるほどとうなずいてしまう。だからこの理論はソビエトにおいても歓迎されたのがよく理解できます。あれだけの諸民族のいる中でのロシア語の位置には、よくなじむと思います。
 しかし、どうなのでしょうか。たとえばアイヌ語や、沖縄の言葉などにも、この理論はそのまま応用できるのでしょうか。いやできなければ、もはや理論とはいえないのでしょうから、あたりまえということかもしれませんが、私はそうかなと思うのです。ロシア語や英語、フランス語ならさておき、抑圧された小数民族の言語の場合、この理論でいう「深層構造」そのものも違ってくる場合があるのではないでしょうか。その民族のもつ宗教、民俗、神の位置などが違えば、また「深層構造」とやらも違ってくると思えるのです。
 私はこれを何度か読んで、「なんだこれは」と思いたったことがあります。それはこの深層構造と表層構造というのは、吉本(吉本隆明)さんのいう、自己表出と指示表出にあたるのではないかということです。これに該当する吉本さんの記述を見てみます。

   人間の自己意識の外化としての言語表出が、自己意識に反作用
  をおよぼし、もどってくる過程と、外化された意識が、対象的に
  文字に固定されて、それが<実在>であるかのように自己意識の外
  に<作品>として生成され、生成されたものが自己意識に反作用を
  およぼし、もどってくる過程との二重性が、無意識のうちに文学
  的表現(芸術としての言語表出)として前提されていることを意
  味している。それは文字が固定され<書く>という文学的表現が成
  立して以後、文学作品は<書かれるもの>としてかんがえているか
  らだ。もちろん、語られる言語表現もまた文学、芸術でありうる
  し、現在も存在しつづけている。しかし、おこりうる誤解をさけ
  るためにいえば、現在まで流布されている文学理論が、いちよう
  に<文学>とか<芸術>とか以上に、その構造に入ろうとはせず、芸
  術と実生活とか、政治と文学とか、芸術と疎外とかいいならわせ
  ば、すんだつもりになるのは、表出という概念が固有の意識性に
  還元される面と、生成 (produzieren)を経て表現そのものにし
  か還元されないという面とを考察しえなかったためである。
           (吉本隆明「言語にとって美とはなにか」)

 私たちの先祖が始めて海を見たとして、その時の感動を音として自己表出する。それからそれを、みなの共通のものとして指示表出するとき「海」と呼ぶこととなる。これが深層構造と表層構造ということではないのでしょうか。そうしたとき、私はまた吉本さんの言語論にむかわざるをえないということになります。それは吉本さんが、「言語にとって美とはなにか」のみならず、「共同幻想論」「心的現象論」によって、私たち人間の存在する、共同幻想、対幻想、自己幻想というすべての領域への踏み込みをしているからだと思います。 (1995.11.01)



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2011年03月04日

森山昭雄『全国縦断丸刈り強制イヤです』

11030410 私は中学を鹿児島市ですごしました。鹿児島市の甲東中学というところです。私のころにも、男子生徒の丸刈り強制なんてありませんでした。ただ高校へいくと、丸刈りにしなければいけないというので、悩んでいた生徒もいたようです。それで、たしか新設校で、長髪でもいいというところがあって、そこが少し人気があったように記憶しています。
 それが、この

書 名 全国縦断丸刈り強制イヤです
編 者 森山昭雄
発行所 風煤社

によると、「鹿児島はたいへん保守的なところです」というので、「人口50万人以上の都市で全市一律に強制しているところは鹿児島だけである」ということのようです。いったいどうなってしまったのでしょうか。島津斉彬の開明君主から、島津久光の保守君主に政権交替でもしたのでしょうか。
 佐藤紅緑『ああ玉杯に花うけて』のチビ公と乃(だい)公は、坊主頭だったのでしょうね。明治大正の時代、あの浦和の地で、納豆売りの苦学の少年には坊主頭が似合うのかもしれません。
 ところでこの本を読むと、そんなチビ公より数倍も元気な男の子たちの姿が浮かびあがってきます。そんな子のいっていること、抜き出してみます。

  入学してからは、学校へいくのが楽しくて楽しくてたまりませ
 んでした。なにが楽しいのかと言うと、頭髪のことで職員室に呼
 ばれて、教師達が、あの手この手で僕に髪を切らせようとする姿
 が面白くて面白くてしょうがないって感じでした。
  (中略)
 二年生になってからは、がぜんやる気が出て、学校内で「頭髪
 自由化を求める要望書」を校長にだすために生徒の署名を集めま
 した。今のところ、僕の活動は一時沈黙を保っています。だが、
 このままでは僕の力が発揮できません。だから、こんどの目標は
 私服登校です……         (中学二年生 立松尚積)

  僕は、益子中で今は一人(だと思う)で反抗分子をやっている
 服部大助です。
  なぜ、私服部大助は長髪なのか! これは単にボーズ頭がきら
 いなだけです。ハイ。一年の時は本トにこれだけでした(今でも
 そうだけど)。三年になると公民というものを勉強します。公民
 の中で最高に重要なのが人権であります。身体にいちゃもんはつ
 けられないはずです。大人も子どもも関係ありません。このよう
 なことを学校でおしえてくれるのです。なのに学校は言っている
 ことと反対のことやっているのです。
  (中略)
  先生方はいつもつぶやいておられます。「問題おこさないよう
 に土、日すごせよ」「アメの紙がおちていた、これはあれるぜん
 ちょーだ」とか言っておられます。問題おきないようにしろよ、
 などと言わないで、さぁー問題おこしてみろ、我々が体あたりで
 話あってやるぞ! くらいのいきごみがあってほしいものです。
 お・わ・り。           (中学三年生 服部大助)

 どうでしょうか。いい子たちですね。けっして今の子たちの未来は暗いのではなく、明るいのですよ。こうして日本全国で、たくさんの子たちが、親とスクラムを組んで闘っているのを知るとうれしくなります。でも中にはかなり苦しい闘いを強いられているところも多いみたいです。でも未来は君らのものですよ。

 ボクの頭に生えてきた
 ボクの髪のこと
 ボク、自分で決めます

 ところで、私は実に大学2年生(ということは、東大闘争で安田講堂で逮捕起訴されたときも)の最後まで坊主頭でした。もちろん私は自分の好きでやってたんですね。私って少し変わっていたのかな。(1992.06.20)



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2011年02月21日

『NAOTO FUKASAWA』

11022010 私はこの本を2009年10月に読んでいました。これは、深澤直人さんというプロダクトデザイナーの作品をすべて写真で紹介しています。最初に私が魅入ったのは、16ページにある道端のフェンスにあった牛乳パックです。そのあと数ページも同じようなもの(駅の階段の手すりにある盲人用の点字のプレートでタバコを消した跡)が彼によって写真が撮られています。その次のページもまた違うものの写真が撮られています。
 実はこれらの出来事は、私にはどれも嫌なもの許せないものです。でもこうしたものをプロダクトデザインの目で見ているこの著者に私は驚きました。それで次々にページを繰るなか、私はこの人が携帯電話のデザインもされていて、前に私が「いいデザインだなあ」と感じていたことを思い出させてくれたのです。
 この方は私よりも8歳年下の方です。今は武蔵野美術大学の教授をされています。
 この本は、私の長女の友人が長女にプレゼントしてくれたものです。それで私が借りてそのままになってしまっていました。本が重過ぎるので、私がいつものように電車の中で読むわけにはいかないのです。
 でもこうした自分には一見無縁な本を見てみるのもいいものだなあ、としきりに思っていたものでした。
 私が常に持参していますauケータイのIS01(シャープ)は、この方のデザインされたものです。これは私は電話としては使ってはいません。実は私はこれが深澤直人作品だから、手に入れたものなのです。


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2011年02月17日

三浦つとむ「認識と言語の理論」

 言語に関する書物といったら、何を読んだろうかと考えてみました。

 時枝誠記「國語學概論」「續國語學概論」
 三浦つとむ「日本語はどういう言語か」「認識と言語の理論」
 吉本隆明「言語にとって美とはなにか」

11021702 これと、あとは大野晋をいくつかというところでしょうか。本来ならソシュールも読まねばならないのでしょうが、ソシュールなんてどうせゴールデン街でたまに話にでてくらいなもので、いままで意欲がわきませんでした。言語の話自体することなんて今はあまりありませんしね。
 でもしばらくぶりにこれらの本をパラパラとみてみました。実は前々から、三浦つとむ「日本語はどういう言語か」は読みやい本ですから、紹介したいと思っていたのです。でもせっかくだから、自分のためにもこの本を紹介しましょう。ただ、全部で3巻もあるからやっかいなんですが。まあ時枝さんを読むよりは楽でしょうが。

書  名 認識と言語の理論
著  者 三浦つとむ
発行所 勁草書房

 ちょうど第3部の「言語における文法と規範」に「 <文法> とはなにか」という章があります。著者は宮地裕、橋本進吉、山田孝雄、ソシュール言語学、時枝等々の論を参照しながら、結論を出しています。

  言語は規範にもとずく特殊な表現であって、語・文・文章とい
  う言語表現の諸単位初段階にわたってさまざまな規範が表現の構
  造媒介するのであるから、それぞれの単位における法則を語法・
  文法・文章法とよび、全体を言語法とでも名づけるのが適当であ
  ろう。けれどもすでに言語学においては言語表現の組織ないし秩
  序の法則を <文法> とよぶことになっているから、ここでも全体
  を <文法> の名でよんでおくことにしよう。それで <文法> とは
  何かといえば、諸規範の媒介によって成立するところの言語表現
  の構造についての法則をさすことばだ、ということができる。

 私もこの結論でなんだか安心します。したがって私は少なくとも、広辞苑と学校で教える文法が異なっているなどということは、問題であると思います。橋本進吉の品詞と時枝さんの品詞の名称が違うなんていうのは、非常にめんどくさいことです。中学生のお子さんをお持ちのかた、是非国語の教科書と広辞苑の文法のところ見比べていただきたい。違うことが書いてあるんですよ。

 文法を学ぶことは、表現の諸規範をたぐっていくことであると思います。それがまだ日本語では完全ではないということだと思います。万葉の時代から、言語はあったでしょうが、文法があったといってもなにも語っていないことであると思います。

 つぎに句読点の記述をみてみましょう。

  言語表現が独自の規範を必要としそれが社会的に形成・継承さ
  れてきた事実を、言語と混同しすりかえて、言語は社会とともに
  形成され社会の成員に対して選択の余地のないものとして与えら
  れ受けつがれる存在だ、と主張する学者も多いが、彼らは規範の
  体系にばかり目を向けて具体的な表現の検討をすすめない。文字
  による言語表現の独自の性格や機能の検討をすすめないくらいだ
  から、それに伴って使われる諸記号に検討などに力を入れるはず
  はない。彼らは鑑賞用言語としての文学の検討をしようとはしな
  い。………正しくいうならば、したくてもできない。文学は作者
 すなわち表現主体の創造した具体的な内容を持つ言語表現として
  扱うことを求めていて、規範の観点からどんな語彙が使われてい
  るか調査しても文学理論にはならない。

  まともな言語本質論からすれば、音声や文字の個々の語の感性
  的なかたちそれ自体が言語表現なのではなくて、そのかたちが規
  範で定められた一つの種類に属しているという一般的な面で言語
  として表現されている。だから楷書でも草書でもみみずのたくり
  体でも、同じ種類に属しているなら表現として同一であって、原
  稿用紙のなぐり書きを活字で印刷しても内容に変りはない。句読
  法の諸記号も、個々の語と同じように規範で規定され、そのかた
  ちがいびつでも線の太さが多少ちがっても、表現としては同一の
 ものと見られるのである。それゆえこれらの記号は、語のような
  具体的な内容を持っていなくても、やはり特殊な内容の表現を分
  担するところの文字言語の一部とみるべきものである。文法学者
  たちは句読法を正面切ってとりあげようとはしないが、句読法も
  また文法の一部として当然位置づけねばならぬことになる。

 子どもたちから、作文の作法をきかれたときさまざまなことが問題となります。原稿用紙はこう書くというのはまず教えられますね。では、読点はどうでしょうか。これは大変に説明しずらいことです。いやこれは、私は広告関係の業界にいた時に、名刺に「課長」という肩書の人にも、原稿用紙の書き方含め教えたことあります。彼は、こんなこと学校でまともに教えてくれなかったといってました。とくに広告コピーは文法の法則になんかに順法しませんから、たいへんなんですね。
 子どもたち、「課長」の肩書の人、コピーライターと当然ひとりひとりの表現はさまざまです。しかし義務教育の期間において、統一した日本語の文法を教えてほしいと思います。そうすれば、私はこの商品を売るために「あえて、この日本語の文法の規則からはずれて、このコピーを書いた」などとコピーライターが言えるはずです。
 ではその表現行為を教育の現場ではどう教えるべきなのでしょうか。

  ……子どもが使う日常語は、学問的に正しい概念を表現してい
  ないから、経験的に日常語の概念を身につけることからさらに学
  術用語としての意味を理解するところへ、目的的に教育をすすめ
  なければならない。これはいわば概念づくりであって、その観点
  から理科や社会科の存在の授業方法と教科書の公正・内容につい
  て、もっと深く吟味することが求められている。まだ子どもの時
  期には、概念が未熟で歪められていることも多いから、それをつ
  ねに具体的な経験と交流させ、内容を豊富にするとともに歪みを
  正していくことが重要で、 <生活綴方> 運動が自分の具体的な経
  験をありのままに書けといい、概念くだきを主張したのにも、そ
  れなりの根拠があり有効性もあった。しかしながら根本的には、
  概念くだきもほかならぬ正しい概念づくりの教育と連関において
  なさなければならない。別のいいかたをするならば、子どもにも
  それなりに <評論> や <論文> を読ませたり書かせたりしなけれ
  ばならないし、与えられた文章について受動的な感想を述べるだ
  けでなく、自分の意見を出して積極的に議論したり批判を加えた
  りさせなければならないのだが、これは経験主義ではなく、理論
  的な検討を経て教育の中に位置づけられるべきである。

 これは正しく大きなことと思います。作文で「自分の思っていることをそのまま書く」という指導はわかるのですが、もう敗戦後これだけ時間が経過している以上、論文、評論を読解し、自分もまたそれを表現してみる訓練というのは大切なことだと思います。そうすることによって、国語ではない他の科目の習熟度にも進歩が必ず見られるはずです。実に国語教育と他の科目の教育は大事な連関を持っています。

 残念ながら、現在こうした国語教育のできているのは、結果として進学教室等であると思います。中学進学の塾の国語の教材をみてください。かなりな現代の評論、小説等を扱かっています。あれを読解し、自分もまた表現する訓練は、彼等に必ずいい結果(入試に成功するということではなく、もちろんそれもだが)をもたらすはずです。



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2011年02月12日

宮城まり子『神様にえらばれた子どもたち』

11021203書 名 神様にえらばれた子どもたち
著 者 宮城まり子
発行所 海竜社

 この題名を見た時、昔読んだ羽仁五郎「都市の論理」に「罪のないこどもたち」という節があったのを思い出しました。羽仁五郎はかなり私も批判のある人ですが、その都市に関する考察なんかかなり参考になるところあると思います。
 ルネサンスの時に「罪のないこどもたちの育児院」という美しい建築物があり、フレンツェという自由都市ではじめて捨て子や私生児を解放したと書いてありました。封建制社会の中で自由都市がこどもたちを解放していたということなのでしょう。
 ねむの木学園が、ほんとうは、東京にも柏にも我孫子にもあったらいいと思います。私学園ですから、都市からはなれたところにしか開園できなかったのでしょう。もっと私たちと私たちの子どもと身近なところにあったらと思うのです。
 宮城まり子がねむの木のこどもたちを「神様にえらばれたこどもたち」というのは、読んでいるとその通りだなと思います。だけど何故こんなに神は世界は不条理なのでしょうか。この本を電車の中で読んでいて、なんどもなんども本を読むのをやめました。満員電車の中でもまた涙でいっぱいになってしまいそうなのです。

  今、二十歳以上の子どもたちを、二十人を、みていて、私の力
 のなさを感じます。
  男の子の方には、お母さんになったり、恋人ちゃんになったり
 しますけど、女の子のボーイフレンドには、なれません。
  十五歳のときには、考えなかった男の人のことも、結婚も、夢
 みる女性になって行くのです。手や足のハンディは、結婚のさま
 たげになるのです。
  これは本当のこと。哀しいけれど、もっと、考えることが、ゆっ
 くり来てくれたらなと、思ってしまいます。

 「……ね、あなたが、えらんだことじゃないの。悲しいと思うこ
 とばっかりよね。はしれないこと、あるけないこと。でもね、そ
 の代わり、目と耳と鼻があって、たとえば目が、不自由だったら、
 聴覚、耳で感じとることが、おおくなる。鼻で感じることがおお
 くなる。手や足が、不自由だから、がんじょうな人より感じるこ
 とが敏感になって、絵をかいたり、詩をかいたり、花が、あんま
 り美しくても、涙が出るわ。
  そんなやさしくて強いあなた方だから、その不自由に耐えてい
 けるって、神様は、思われたのよ。そうよ、心もよ。
  他の子なら、耐えられない力を下さったと思うの。つまり、あ
 なた方は、神様から選ばれた子どもたちなの。
  だからお願い。悲しいことがあっても努力してちょうだい。つ
 らいことがあってもがまんしてちょうだい。そのぶん、神様は、
 あなたを守って下さるの。
  ね、みんなは、誇りある、神様にえらばれた子なのよ」
  教室で、私は、涙がぼろぼろこぼれ落ちていました。だって、
 こんな安っぽいなぐさめで、切った足は、はえて来ない。立てな
 い足は、立てない。わかっているんですもの。でも、こんな遠ま
 わしにしか、失恋のなぐさめは、全員の前で、いえなかったので
 す。なんという思い上がり、あなた方は、神様からえらばれた子
 よ。

 子どもたちが、カンボジアの子のかいた恐ろしい絵を見る。けいちゃんという脳性マヒの後遺症で知恵遅れの子がいう。

 「ぼくね、ぼくね、さっきのカンボジアの子どもの絵、こわかっ
 た。あの子、かわいそうだね。ね、あの子は、ああいう恐ろしい
 景色を見たから、かいた。ぼくには書けない絵ね。
  あの子、あんな生活しているんだね。かわいそうね。ぼくは、
 戦争にあったことないから、かけない。ぼくは、今、しあわせだ
 から、こういうしあわせの絵をかくのね。
  でもね、ぼく、小さいときのこと、おぼえているんだ。おとう
 さんとおかあさんが毎日なぐりあいのけんかして、お酒のビンな
 げつけておかあさんどこかへ行っちゃった。おふろも、ドラムカ
 ンのなかに、会社のあまったお湯もらってきて入れて、はいった。
 外でねた。ぼく、こわかった。
  その生活を今もしていたら、ぼく、戦争の絵でなくても、その
 心の絵をかいている。きっと、その心の絵は、この絵と同じでしょ」
  大きく見ひらいた目から、涙が流れ落ちそうにとまっていた。
 この子が知恵遅れであろうか?

 なんだか今こうして書いていても涙がでてきます。世界は不条理だし、私たちはあまりに無力です。
 人間年をとればとるほど、だんだんがけっぷちにおいつめられていくような感じをもつものだとは吉本(吉本隆明)さんの言葉です。若いときは、もう少し年をとればなにか余裕ができるようになると思い込んでいるのですが、実は逆なのですね。そこで、そのがけっぷちでも見事に立っていける自己を確立することが大事なのだと思います。それを吉本さんは「自立」というのでしょうけれど。私にはこの宮城まり子さんがそのがけっぷちで力強く立っている姿を想像できます。私もはやくそうなりたいと思うのです。
 最後に一番印象にのこった子どもたちのことばです。

 「……しんぶんにかいてあったの、車イスの人みたら、押してあ
 げましょうって。ねぇ、車イス押すの、あたりまえじゃないの?
 どうして、押してあげましょうっていうの?」

                       (1995.11.01)



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2011年02月01日

村田栄一『学級通信このゆびとまれ』

11020101 教育に関して、斎藤喜博、無着成恭、国分一太郎などの著作を読み返し、村田栄一、五十嵐良雄等々も検討し、...などと思っていたのですが、まず我孫子の図書館には、斎藤喜博の本が1冊もないということで、最初から挫折しました。それでまた別な図書館で探して、まあゆっくりやっていこうなんて思っていたのですが、以下の文章を読みまして

00045  92-07-01 19:21:22 ○○○○ ショックな文です
最近の子はいつも満足やる気がない。
すくさまあきて続かない。
物に毒され心育たない。
エンジンあってブレーキない。
ハンドルあって目標ない。
漫画育ちで考えない。
刺激多くて感動しない。
責任もつことしたがらない。
親孝行なんて考えない。
点にならねば関心ない。
テレビと塾で遊べない。
温室育ちで耐力ない。
いつでもお子様責任ない。
かわいい子だもの旅させない。
親父の勉強見たことない。
母のでしゃばり子はしまらない。
母の裁縫見たことない。
うちの子だけは悪くない。
   東京葛飾区の小学校 D先生 ないないずくしの子どもたち

  私も「ショック」を受けました。いまの子どもをこんな存在としてしか見られない先生がいるのですね。
 それで、この文章とは反対の見解を、

書  名 学級通信「このゆびとまれ」
著  者 村田栄一
発行所 社会評論社

で見ていきんたいなと思いました。村田栄一は最初「学級通信『ガリバー』」から紹介したかったのですが、「このゆびとまれ」のほうが、現在に近いので、やってみます。

  以下「学級通信『このゆびとまれ』」より

   7.13 1年2組
  お星さまお願い
 ☆のぼりぼうに いちばんはやく のぼれるように みやきしげる
 ☆けんかが つよくなるように やまだつとむ
 ☆ゆうれいと ともだちに なりたい やまねたかし
 ☆ごはんをたべるのが はやくなるように たなかゆみこ
 ☆かけあしが はやくなるように やまだちえこ
 ☆むしがつかめるように みやのあやこ
 ☆おともだちに なりたいの えのもとかおる
 ☆いけだが きょう ぼくんちにくるように かわずゆうすけ

   7.19 1年2組
  なみだ  ふじえあやこ
 あさがおをもってかえりました。おもたくて、いらいらしておう
 ちについたらすこしなみだがでてきました。

   るすばん  ゆもとひろあき
  きのうよる、おかあさんが でかけにいったとき、おとうさん
 も かいしゃからまだかえってこなかったので ぼくは るすば
 んをしましたおかあさんにほめられました。

    11.7 1年2組
   おもいだしたようちえんのとき のはらみやこ
  わたしは、ちゅしゃがあるのをわすれてがっこうにきておもい
 だいました。わたしは、ようちえんでやったほうがいたかったで
 す。がっこうもいたいとおもったらいたくなかったからよかった
 です。でもすこしいたかったです。

   12.2 1年2組
   えんぴつをくわえていた みやのあきこ
  きのう、3チャンネルで、村田先生がうつったり、あん野さん
 がうつったり、谷川さんがうつりました。もちろん一年二組のわ
 たしたちもうつりました。
  わたしは、「つぎ、わたし、つぎ、わたし」と、さわぎました。
  わたしとしおかわさんは、口にえんぴつを一本ずつくわえてい
 ました。
  わたしが「つぎ」といったら、わたしは、こたつの中にはいっ
 てしまいました。
 「おぎょうぎがわるかったわね」
 と、母がいいました。

   じぶんでもびっくり いわべゆか
  3チャンネルにまわした。
  そうしたら、もう、はじまっていた。みてたら、さいしょから、
 なんかいも大きくうつっていた。
  わたしは、じぶんでも、びっくりした。おとうさんが、おとう
 さんのおじいちゃんや、おかあさんのおばあちゃんに、でんわを
 かけておいたから、テレビがおわって、すぐ、でんわがかかって
 きた。とってもうれしかった。
  おかあさんが、「みんな、よく、うつっていたよ」
 といってくれた。

   12.21 1年2組
   しらけと夢のはざま
 (略)親としては、三、四年生位までは、サンタクロースの存在
 を信じてほしい。少し幼稚かも知れませんが、それぐらいの夢を
 もっていてほしいと願うのですが…
  先日、彼曰く“サンタクロースって、お母さんだろう!” 私
 あわてて、“そうかしら、お母さんは、サンタクロースはいると
 思うけど、先生や、学校では、何といっているの?”ときいたら、
  ニヤッとして、
 “へへへ、だって子供の夢は破らないほうがいいっていうよ きっ
 と。テレビやなんかで言っているもの”
  急いで否定はしましたけれど、私の方も彼の表情と口ぶりがお
 かしくて、ニヤニヤしてしていしまい、しまりませんでした。
  皆さんどうしているのでしょうね。家でばかり存在を力説して
 も しまりませんものね。(鎌田紀子)

   12.22 1年2組
   かかりにまかせてください のはらみやこ
  わたしは、かかりをきめて、わたしはせんせいのつくえをせい
 りするので、このまえ、おかあさんがくるからって、つくえをき
 れいにするってきめたのに、なんで、じぶんでやるの
  あたしは、つくえをかたずける人は、れいちゃんとわたしと 
 かわずくんでやるってきめたから こんどつくえをかたずけると
 きは、かかりにやってね。かれんだーの人は、やっているでしょ。
 だから、こんどつくえをかたずけるときは、かならず、かかりに
 やらせてね。

   2.28 1年2組
   わかってきたこと  山崎道子(貞憲)
 “このゆびとまれ”なんどもなんども読ませていただきました。
 先生は、この文集から、私達に何を問いかけていらっしゃるのだ
 ろう。何を教えようとしているのだろうと何回も何回も読みまし
 た。
  そして、次の事が少しずつわかってきました。間違ってますか。
 日頃、一センチのものさしも一ミリにしか見ることのできない私
 にとって、ガーンと頭を殴られたような気がします。ややもすれ
 ば大人の常識的な考えから処理されてしまいそうなできごとを
 (子供には小さな事件でも大人が大きな事件にしてしまうことが
 あります)、先生は、子供の世界とは、子供の考えとは、そして、
 子供の理屈は、安易な親の善悪だけで判断してはいけない。回り
 で聞いたり見たりだけで、子供の世界を理解することは、こども
 の成長を止めてしまい、又、他の子へのえいきょうも考え、もっ
 ともっと大きなものさしで、未完成の子供達の姿を声援しつつ、
 暖かく見つめなささい。そう問いかけていらっしゃるように思え
 ました。
  真の教育とは?などと生意気をいうようですが、これがそうな
 のだなあとつくづく感じております。

   3.10 1年2組
   おとうさんのあぐらのなか すずきあつこ
  わたしは、おとうさんがあぐらをかいているときがいちばんい
 いです。その中にはいると、おとうさんのあしのうらはみずむし
 があるけどあまりかんじません。わたしがおとうさんのあぐらの
 中にはいると、おとうさんが「しらないまにはいっている」とい
 います。
  わたしは、おとうさんのあぐらの中がいちばんすきです。そし
 て、中がでこぼこしていました。
  わたしは、おかあさんがあぐらをかいたの、いっかいも見みた
 ことありません。 

   3.23 1年2組
   ぼくと先生 みやざきしげる
  ぼくの先生は、いつも、がっこうにくるのがおそいです。
  ぼくも、がっこうにくるのがおそいです。先生は、ぼくに、げ
 んこつをしたこともあります。でも、せんせいはやさしいです。
 先生は、すこし、えらい人です。でも、先生は、いそがしそうで
 す。

 まだまだたくさんあるのです。ぜひ読んでください。でもいかがでしょうか。「ないないずくしの子どもたち」の先生とは随分視点が違うと思います。「ないない」の先生には、結局子どもたちを、もっといえば他者を理解しようという姿勢が感じられません。本当言えば、この村田栄一の学級通信だけでなく、私の娘の卒業文集からも抜きだししたかったのですが、この文章書きはじめたのが、もう12時半ころからなので、娘の部屋は入れないのです。
 きっと、みなさんのこどもさんの担任の先生の中にも、このような「学級通信」出している方がいると思います。私の後輩にはなんにんもいます。みんなこの村田栄一の「学級通信ガリバー」の影響なのですが。また私塾の先生にもいると思います。是非読んでみてください。
 著者の村田栄一は、川崎市の小学校の先生でした。現在はやめています。たくさん教育の本、文章書いています。現場の先生がたにかなり影響あたえている人だと思います。またそのうち紹介します。そして私は、この村田栄一のこと好きでもあるのですが、かなり批判したいところもあるのです。(1992.07.02)



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2011年01月15日

斎藤喜博『教育学のすすめ』

2017011623

11011504  今からちょうど10年くらい前に、私の友人の結婚式をやるので、打ち合わせがあったことがありました。新婦は小学校の先生で私の後輩でした。彼女の同僚が司会の一人になることになっていました。私より7、8才下の女性でひとめ見たときから好きになれるような魅力ある方でした。教員なのですが、ときどきロックコンサートの司会なんかやっているということでした。
  その打ち合わせ後、当然飲むことになり、さまざま話しました。私はとにかく彼女がたいへんに気にいってしまったので、すぐそばで話しました。大学がどこなのかとか、何が趣味なのかいろいろです。そうしたら彼女は大学が栃木県にある大学で(生まれたのは群馬県)あったことを教えてくれ、急に真顔になって私の顔見つめこう言い出しました。以下その時の二人の会話です。

  彼女「……あのワタシ、あの境小なんです……、ご存知ですか?」
  私「……境小、……サイトウキハクの境小?  ……」
  彼女「ええ、そうです。やっぱりご存じでしたね?」
  私「もちろん、……でもそれは大変だったね。苦労したろうな」
  彼女「ええ、そりゃもう大変でした……」

  私は眼の前にいる彼女の姿がみるみる小さくなって、ブルマー姿の小学生になり、小学校の校庭を他の大勢の生徒たちと一緒に側転で行進しているのが見えてくるような思いにとらわれました。それは斎藤喜博の教育についての文の中にあった光景なのです。
  あるパソコン通信ネットで教育について書いてきたときに、この斎藤喜博の本を読み直したく、ずっとさがしてきました。斎藤喜博の本はたくさんあるのですが、なかなかこのことを書いてある本が判らず思い出せず、時間がかかりましたがどうやら見つけることができました。

書 名  教育学のすすめ
著 者  斎藤喜博
発行所  筑摩書房
1969年5月30日初版発行

    一九六八年(昭和四三年)の秋の体育祭のときには、四年生五年生
 六年生の全員が腕立て側転をやった。はじめに四年生の三学級の全員
 がピアノ曲に合わせて校庭のはしからいっせいに腕立て側転をしなが
 ら出場して来た。そして校庭の中央までくると、倒立をし、そのあと
 また側転で退場していった。(中略)
    だから広い校庭が花の咲いたようになったのだった。子どもたちの
 しなやかな足が空に向っていっせいにのび、それがリズムを持っていっ
 せいに動いているのだった。一つの学年の側転の美しさ、子どもたち
 の美しさにみとれていると、追っかけるようにつぎの学年がはなやか
 に出場してくるのだった。
        (  学校教育とは何か  三  島小や境小での事実)

  この日、この子どもたちの輪の中に、子どものときの彼女がいたわけです。この日は全国からたくさんの人が見学に来ていました。その人たちの感動が寄せられています。

  「昭和四三年一〇月三日、私は一生この日を忘れません。この日私は
 教育を見ました。三日の夜行列車は、その日の感動で眠れませんでし
 た。
    あの子どもたちの生き生きとした、堂々とした、美しい入場行進を
 見るまで、私は行進に感動するこということが、どうしてもわかりま
 せんでした。いや、感動するということがわからなかったかもしれま
 せん。境小の子どもの入場が始まった時の圧倒される、息がつまる、
 胸が熱くなる感じは、それかで感動したということと異なっている気
 がするのです。(  学校教育とは何か  三  島小や境小での事実)

  私はこの先生の感動にはそれこそ感動してうなずいてしまうのですが、どうしてか、この時に行進している生徒たち、側転で入場行進をする4、5、6年生たちに、「大変だったね」という感じを真っ先に思ってしまっていたのです。それが斎藤喜博という類稀なる教育学者への尊敬の念と何故か抱いてしまう違和感を象徴しているものに思えるのです。
  斎藤喜博とは、日本で学校教育にたずさわる人なら知らない人はいないだろうと思えるくらいの教育学者です。私の後輩には教員が多いものですから、その人たちと教育について話すときは必ずその話の前提になっている存在です。
 1911年(明治44)生まれで、1952年〜63年まで群馬県の島小学校、63年〜78年まで境小学校にて校長をつとめられました。「島小での実践」とか「島小ブーム」などという言葉も耳にしたことがあります。またこの先生は日教組活動家出身であり、かつその組合にとどまり続けているという「校長」であったというのも有名なことです。この島小や境小での数々の実践は日本中の教育にたずさわる人にはかなりな衝撃を与えたはずです。このことに関しては、「学校づくりの記」「授業入門」「島小物語」等に描かれています。私は教員にはならなかったわけですが、もともとは教員を目指していたわけなので、この先生の著書にはかなりな影響をうけました。そしてさまざま話してきたかと思います。その数々ある著作の中で、私は先にあげた彼女のおかげでこの「教育学のすすめ」が一番印象が強いのです。

    人間は、誰でも、無限の可能性をもっているものであり、自分をよ
 り豊かに成長させ拡大し変革していきたいというねがいを持っている
 ものである。また誰でもそういう力を持っているものである。教育と
 いう仕事は、そういう考えが基本にあったときはじめて出発していく
 ものである。
    私は教師としてそういうことを信じる。そういうことを信じないか
 ぎり、教育という仕事などはじまらないし、教師としての努力もする
 ことはできないと思うからである。また自分を成長させたり拡大した
 り変革したりすることができないとしたら、大人でも子どもでも、努
 力していくことなどできなくたってしまうと考えるからである。人間
 は固定していないからこそ、それぞれの人間が努力し、自分を豊かに
 変革していこうとするのである。教育という仕事もそういうところか
 ら出発するのである。(  学校教育とは何か  一  教育の可能性)

  これがこの本の一番最初にある文章です。誰でもこれについては全く同感できるのではないでしょうか。教育という仕事にたずさわりたいと思う一番の魅力を感じる点でもあるかと思います。
  そして著者は島小や境小での数々の実践を例に、学校教育のこと、「教える」ということの意味などを説きあかしていきます。とくに校長として実践していったことの事例には眼を見張らされるに違いありません。

    四年生で転校してきた男の子で、跳箱運動は一つもできない子ども
 がいた。その子に「台上前まわり」を習わせたときには、つぎのよう
 な順序で指導していった。
  (1) マットの上で「前まわり」の練習をさせた。
  (2) そのつぎに、「うさぎとびからの前まわり」を教えた。そして、
 「台上前まわりも、身体を上にあげてとびこめば、うさぎとびからの
 前まわりと少しもかわりはない」ということを話してやった。
  (3) はじめに、跳箱のふたの部分だけつかってやらせた。これが簡単
 にできたので、一つわくを入れてやらせたが、それも簡単にできてし
 まった。
    そのようにして、つぎにはわくを二つ入れ、さいごには同級生がやっ
 ているのと同じに、わくを三つ重ねたもので「台上前まわり」をやら
 せたが、どれもできるようになってしまった。そうなったときその子
 どもは、「コツがわかれば、幾段でも同じだ」と言ったのだが、この
 ように指導していくこともきわめて大切なことである。
  (  授業が成立するための基本的な条件  七  的確な指導方法)

  これは一見当り前の指導のように思えます。でも私も進学塾で教えていたときのことを考えるとなかなかこのような方法を全部の生徒にとることは難しいなと判ります。こうした事例をそれこそ、国語や音楽、体育、算数などの例で取り上げています。このようにどこでも先生方がこのような実践をしてくれたら、それこそ「落ちこぼれ」などといわれる子どもはいなくなるのになと思ってしまいます。
  さてそこで、では私のもっている斎藤喜博へと違和感とは何なのかということを述べてみたいと思います。

    学校教育は、授業とか行事とかを中核にし、質の高いものにするこ
 とによって、はじめて学校としての役割をはたし、子どもの持ってい
 る可能性を豊かに引き出し拡大し、そのことによって子どもを変革す
 ることができるものである。しかも学校としての組織や機能を十分に
 使わないかぎりそういう仕事をすることはできないものである。
              (  学校教育とは何か  四  教師の仕事)

  これは著者が繰返し述べていることです。あくまで授業を創造的なものとして追及することこそが大切だと繰返しのべています。そして著者にとっては、対象である子どもは美しい可能性をもったものであり、教育こそ綺麗な仕事であると述べています。でもはたしてそうなのでしょうか。私は授業は所詮は人と人との出会いである一つの場でしかないと思うのです。どうしてか、こうした著者のやっていた学校での子どもたちの日々はけっこう息苦しく辛いものがあったのではと私は思ってしまいます。

    私の学校の五年生が旅行にいったときのことである。バスのガイド
 が、つぎつぎとラジオやテレビで歌っている歌をうたわせた。子ども
 たちが知らない歌も教えてうたわせていたのだが、子どもたちは素直
 にそれを歌っていたのだった。けれども子どもたちの歌い方は、ガイ
 ドが歌う歌い方とも、ラジオやテレビで歌っている歌い方ともぜんぜ
 んちがっていた。流行歌などとは思えないように健康に歌ってしまう
 のだった。
    これは子どもたちが、ふだんの授業や行事のなかで質の高いものを
 豊かに獲得しており、流行歌などとは違う人間になっていたからこそ
 こういうことになってしまったのである。通俗的なものを歌わせられ
 ても、無意識のうちにそうでないものに変えて歌ってしまう子どもに
 なっていたのである。大人のすぐれた歌曲でも民謡でも、駄目な人間
 が歌えば通俗的になり退廃的になってしまうのだが、そうしていまは、
 そういうものが意図的にながされてきているのであるが、この子ども
 たちはその逆のことをしたのである。
            (  学校教育とは何か  四  教師の仕事)

  そしてさらにこのあとに、バスガイドたちが心から感動していたと話は続きます。
 でも私にはなんだか、この子どもたちの姿にそのまま感動することは出来ないのです。私なら、テレビで流れる歌も、うまくも下手にも歌える子どもたちのほうが好きになれる気がするのです。なんだかこの時の子どもたちも、斉藤喜博という存在に遠慮しているように思えて仕方ないのです。
  唐突に思い出したのですが、私がある神田の会社でコピーライターをやっていたときに、私の前の席にいた私より一つ下で会社では先輩になる同僚なのですが、私と全く同じような酔っぱらいでした。毎日毎日飲んでいて、いつも毎日遅刻して出社してきます。私は毎日毎日飲んでいましたが、けっして遅刻だけはしませんでした。でも私は彼が毎日頭を掻いて遅刻してくる姿が大好きでした。私はどんな点でも、彼も私も等価値の存在だが、あの姿だけは彼のほうがいいなと羨ましくて仕方なかったものです。私には斎藤喜博なら、どうにも彼のような存在は駄目だというだろうし、そしてどうせ毎日二日酔いの私も駄目だと言われるように思ってしまうのです。
  こうしたことが私の斎藤喜博に対する違和感といったところでしょうか。でも、いまこうして書いてきて、本来はもっとたくさんの彼の著書の中から読み込んできて書いて行くべきだなと思ってきました。そして「斎藤喜博批判」とでもいってやるべきなのでしょう。
 斎藤喜博は膨大すぎます。できたら、是非とも現役の教員の方に斎藤喜博を超える実践をお願いしたいものだということも付け加えます。(1993.12.20)



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2011年01月13日

平泉渉・渡部昇一『英語教育大論争』

11011306 もう随分前に読んだ本ですが、かなり内容に感激して、何度か振り返る本があります。

書  名 英語教育大論争
著  者 平泉 渉
    渡部昇一
発行所 文春文庫
1995年8月10日第1刷

 日本人は、英語が少しも上手くならないと言われてきました。アジアの国々と比べても、日本人は英語が話せないということを、なんだかどこでもしつこく言われてきました。
 そこで、昔から「日本の英語教育は間違っている。会話中心の教育にすべきだ」なんてことがさんざん言われてきました。私の姪や娘の時代には(今もでしょうが)、公立中学に必ず米国人なりがいまして、みな英会話ができるようになれるはずだとされてきました。そして、学校のみならず各企業でも、「英語くらいは話せるように」といろいろといわれ、英会話を習いにいくサラリーマンがあとをたちません。
 でもでも、日本人は全然英語が得意になりません。いや却って、私たちのときよりも現在の中学生高校生は英語が苦手になっているといいます。
 このことは何なのでしょうか。これについて、一番その訳が判るのではないかと思えるのが、この本なのです。

 この論争は、平泉渉氏(当時自民党参議院議員)が、1974年4月18日に出した試案「外国語教育の現状と改革の方向」という提案を出された内容に関して渡部昇一氏が「亡国の『英語教育改革試案』」という批判をされて、それで平泉氏の再反論、それに対してのまた再々反論ということでの大論争になったものでした。
 平泉氏は、日本人がこれだけ大量の時間を英語教育にあてているのに、どうして他のアジア人に比べても英語が話せないのかということで、それは今までの英語教育に問題がある、「英米人を各高校に」入れることにより、会話中心の教育にして、日本人ももっと自由に外人とコミニューケーションができるようにしようと提案されたものです。そして何ら意味のない英語教育は必要ないから、むしろ英語教育の時間を減らせ、できたら大学入試科目から英語なんかはずしてしまえという主張でした。
 平泉氏の父親は戦前の有名な国粋主義者であり、この渉氏もその影響があるのでしょうが、この日本がかくも英語教育(まさか戦前みたいに英語を敵性言語とは言わないが)ばかりに時間をとられるのが気にいらなかったのでしょう。「英語なんて、ただ喋られればいいんだよ」ということなのだと思います。事実平泉氏は、英会話は自在にできる方でした(いや実は語学に堪能になったのはフランス語のほうが先だったといいます)。
 ただ、これで驚いたのは日本で各公立中学や高校やその他たくさんの学校で英語を教えている教師たちでした。彼らのほとんどは、英語は教えていますが、私たちと同じで、英米人と自在に会話できる自信なんかまったくなかったのです。このままでは失職してしまいます。
 この全国の不安になった英語教師たちのいわば救世主として渡部昇一が登場してきました。彼がいうのは、簡単にいいますと、「過去やってきた日本の英語教育は間違っていない」ということなのです。
 渡部氏がいうのは、簡単にいいますと、アジア人、例えばインド人が何かを学ぼうとするのに、シェークスピアを読もうとしても英米の映画を見ようとしてもその言葉や会話はヒンドゥー語やベンガル語には訳されていません。いや実は家で雇ったメイドさんとも、また別なインドの部族語の子だから会話できないという問題があります。そうなると英語を使うしかないのです。だが、この日本ではシェークスピアでもゲーテでも、どの映画でも自然科学の本でもほとんどが翻訳されて読むことができるのです。そしてこの日本人というのはその海外の文化をあくまで正確に読みこなそうと努力してきたのだということなのです。それが英語教育でも同じなのだというのですね。

 このことを、渡部氏は聖徳太子の仏教学の学び方から江戸時代に至る漢学の学び方の説明からしていきます。私などは、実に「なるほどなあ」と感心してしまう内容なのです。
 以下彼のあげた有名なエピソードを引用してみます。明治時代の熊本五高での話です。

  その当時の五高の英語の先生たちは佐久間信恭氏をのぞいてみなア
  メリカの大学出ということで、マスターやバチュラーの肩書がついて
  いたが、教室での解釈は学生たちの目から見るとすこぶるあいまいで、
  しばしば先生と学生との間に論議が起った。先生はこれに対して明快
  な判断で学生たちを納得させることができず、結局、「アメリカの大
 学でやった人は駄目だ」という評判が学生たちの間に生じた。そうし
 た先生が居づらくなって中学校などに去られるなどして、幾人か代っ
 たが、学生たちにとっては一向に代りばえがしなかった。それで、中
 には「先生の解釈では駄目だから、リーディングをやって下さい」と
 言う失礼な注文を持ち出し、外国帰りの発音などを聞いて、一時間の
 授業を無駄にしてしまったこともあり、一向に学力もすすまない。先
 生もやりづらかったろうが生徒も迷惑してどうにもならなかった。
  こうしたところに日本の大学を出た若い教師がやってきた。もちろ
 んこの人は外国に行ったことがない。ところがこの人の授業がはじまっ
 て見ると、今までとは大違いである。学生を指名して訳させ、誤訳が
 あると辛辣な質問で突っこんでくる。その答え方がまずいと、「君は
 一体、どこから来たんだ」と聞かれると「〇〇中学です」と答えると、
 フンと鼻の先で嘲られ、「君の中学ではそんな訳をするのか」と言わ
 れる。更にひどくなると「フン、中学からやり直すんだな」と冷然と
 して言われる。この辛辣さに学生は憤慨し、今度の先生は意地が悪い
 からひとつとっちめてやろうという相談がまとまり、クラス総がかり
 で熱心に下調べをして、授業の際には質問攻めをもって喰ってかかる
 ことをやったが、結局は学生の総負けである。「こんどの先生には歯
 が立たん」と言うことで敬服の心が起ってみんな勉強するようになっ
 た。教室での説明も前のアメリカ帰りの先生方と違い、明快至極で、
 よく学生たちを納得させたのである。それで学生たちは、課外での英
 語の教授をもお願いすることになり、総代が頼みに行って、イギリス
 の名作を読むことにしてシェイクスピアなど何点かを読みあげたと言
 う。

 この辛辣なことを言う若い教師というのが、夏目金之助のちの漱石です。まだ彼は洋行していません。
 私にはこの漱石と生徒たちの学ぶ姿が、おそらくは聖徳太子の時代に中国の漢籍を学ぶ師弟の姿でもあり、「解体新書」を訳している前野良沢や杉田玄白の姿でもあったと思います。またおそらくは、駿台予備校や河合塾でも同じように学んでいる師弟の姿が見えるような気になってきます。
 これが日本人が過去やってきた学問としての語学を学ぶ姿勢であったかと思います。日本人は外国の文化を真剣に自らのものにしたいから必死に正確に学ぼうとして来たのです。単に、外人と会話できればいいやと考えてきたわけではありません。

 かくいう私も英語は苦手です。英米人と話すのも苦手です。ただ、よく飲み屋で知り合いになった米国人なんかと、どうしても話したいとなると不思儀に言葉が出てきます。それは、例えば相手が日本の12月8日のパールハーバーのことを「日本は宣戦布告以前に攻撃したから卑怯だ」なんていいますと(実は私が巧妙に、こういう話に持っていく)、私は「何を言っているんだ、米国はベトナム戦争のときも、パナマ進駐のときも、そうだ米西戦争のときにも、宣戦布告なんかしないで先に攻撃しだしたじゃないか」なんて喋り出します。私はその相手と真剣に話したい、その相手をちゃんと論破したい、私の意思を正確に伝えたいと思うと、何故か言葉が出てくるのです。
 思えば、これは中国の人とも、「蘆溝橋事件なんて、そちらから仕掛けたんじゃないか」なんて言い出しまして、そうなるともう大激論になりますが、私は私の中国古典の知識を総動員をして筆談含めて元気に話しています。私はこの相手とこそ意思を伝え合いたいのです。
 私は「まず会話がしたい」ではなく、相手と真剣に正確に話したい、相手の文化を真剣に理解したいと思うことこそが一番大切なことだと思っています。

 そうした私の思いの中で、この大論争は実に学ぶべきことをたくさん含んでいるのです。(2002.12.16)



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2011年01月09日

下田治美『ぼくんち熱血母主家庭』

2017010901

11010904書 名  ぼくんち熱血母主家庭-痛快子育て記-
著  者 下田治美
発行所 講談社文庫

 本を貸してくれる人がいて読んでみたものです。著者は1947年生まれとありますから、私より1歳年上です。ちょうどこんな感じの女性たちは何人もいるように思えます。みんな元気で頑張っている女性たちです。
 ただし、この著者は女一人で男の子を育てています。こどものりゅうの母親と父親役をいっぺんにやっています。このりゅうがおなかにいるときに離婚して、それからずっと二人でやってきた母と子の家庭のお話なのです。
 私は最初の方で著者であるはるさんが、りゅうを産むところの表現がたいへんに面白く興味深く読めました。

  背骨が中心からまっぷたつに裂けるような断続的な痛みのなかで、
 ふと、“つるん”という感触があった。赤ん坊が出たのだ。
  細長いトコロテン突きから、網目を通さずにトコロテンがすべり落
 ちたようないきおいだった。落っこちなかったかしら、と私は不安に
 なった。地球の人口がひとり増えるという重大なセレモニーにしては、
 安易すぎないだろうか。      (「ひとり親家族のルール」)

 そしてはるさんはふしぎな悲しみにとらわれます。いままで一緒だったのに、きゅうにひとりになってしまったような悲しさなのです。「子どもは、私のものではない」。はるさんは他の女性たちに、この出産の時の悲しみをきいてみますが、みんな「感動した」というらしい。……私は男だから判らないのですが、このはるさんの感じ方のほうがなんだかうなずけるような気がするのです。子をもつこと自体は、感動であったり、さまざまあるのでしょうが、出産自体はどうなのでしょうか。感動というより、悲しみというはるさんの感じ方もよく見ておきたいなと思いました。

 この本のなかで一番興味深く読んだのは、「番外・『いじめ』実戦記」というところです。これは現在小中学生の子どもを持っている親にはぜひ読んでほしいなと思いました。
 はるさんがいじめにあっているのかなというりゅうにいう言葉がなかなかいい。

 「なにか困ったことがあったら、いつでもいいな。はるさんはいつも
 おまえの味方だ。もしおまえが人殺ししても、はるさんだけはおまえ
 の味方だってことだけ、覚えておきな」
 「かまわない。殺すには何かの理由があったって思うから。世間じゅ
 うから糾弾されても、はるさんだけはおまえをかばう」

 そして学校なんか休め休めという。そしてはるさんは「いじめ」について考え付くかぎりのことを学びはじめます。
 りゅうはやはり母子家庭だから「いじめ」にあうみたいなのです。これは間違いないことだと思われます。

  いじめ解決の第一段階は、学校を休むことである。本人は「行かね
 ばならぬ」と思いこんでいるだけで、胸をわくわくさせて「行きたい」
 のではない。学校を休んでも、「こっちはちっとも困らない」という
 姿勢を打ちだしておくことは、重要な戦略だと思う。

 はるさんが学んだいじめの実態を列挙してあるところはかなり参考になると思いました。いくつか抜き出してみましょう。

 一、教師はいじめの事実を知らない。子どもは知られるのをいやがる。
 一、教師が知っても、「いじめられる側の親が神経質だ」と逆に非難
  するおそれもある。事態の収拾を面倒がる教師も、実際にはいる。
 一、いじめるという行為は、「優越感」に支えられている。自分の優
  越感を証明するものが何もない子は、「おまえは劣っている」とい
  じめることによってしか、優越感を得られない。だからいじめっ子
  は、優越性を維持するために、果てしなくいじめを継続する。
 一、教師は子どもの意識を変えることはできようが、親の意識は変え
  られない。したがって、どんな有能な教師でも、このようなケース
  のいじめは矯正できない。矯正は、その親だけができる。
 一、いじめを闇から闇へ葬ってはいけない。クラス全員の親たちに訴
  え、「教室内の事件」として、とりあげるべきだ。そうしないと教
  室内にいじめが頻発するようになる。

 はるさんは個人面談で担任に直談判する。りゅうも先生に報告する。だが最悪の事態になる。りゅうは手酷い報復にあったのだ。

 「三年生なんてまだ子どもで、先生が怖いものだと思っていました。
 先生に叱られれば、いじめはやめると、私はすこし期待していたので
 す。でも早速きのう、息子は言語の絶する報復にあいました。精神が
 壊れてしまいます。もう、『絶対にいじめない』という保証がない限
 り、学校にはやりません」

 もうはるさんはこのことしか繰返さない。このはるさんの姿勢は全く正しいと思います。ここで親がいい加減に妥協しては何も解決しないでしょう。
 とうとういじめっ子の親を引きだし、いじめをやめさせます。はるさんが学んだ解決法どうりにはできなかったのですが、読むほうもどうやらすこし安心します。この親であるはるさんの姿勢のみがこのりゅうのつらい日々を救ったといえると思います。
 その他、別れた夫(つまりりゅうの父)との関係とか、はるさんの子育ての考え方とかさまざま読んでいけます。
 この著者にはまだ興味もてる作品があるようですから、今後また読んでいきたいと思いました。(1998.11.01)



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2011年01月02日

野紫木洋『野うさぎクックは宝もの』

 この本のあとがきで著者が次のように言っています。

  最後になりましたが、私が書いた『ぼくはノウサギのクック』をみ
 ごとに翻訳して、すばらしい本に仕上げてくださった蒲原ユミ子先生
 に厚く御礼申し上げます

 どうやら、この本を書き上げたのは蒲原ユミ子さんのようです。

11010208書 名 野うさぎクックは宝もの
著 者 野紫木洋
発行所 汐文社
1997年4月初版第1刷発行

 小学校4年生の優紀はいま学校へ行っていません。学校へ行こうとする朝になると、熱が出て頭が痛くなります。典型的な不登校の子どもの症状ですね。お父さんとお母さんは二人とも教員で、実に忙しいようです。この二人はとても物分かりのいい父母です。そして優紀のおじいちゃん、優紀のお父さんの父親も一緒に住んでいます。このおじいちゃんがかなりな存在感があります。本当は優しいのだけれど、優紀に言う言葉はぶっきらぼうです。いや孫の優紀にだけではなく、息子にも嫁にもいいたいことをずばずば言います。 思えば、こんなおじいちゃんっていたものだよなと思います。あとで出てくるヒゲ先生というお親父もそうなのですが、昔の町にはこんなお年寄りが必ずいたものでした。自分の孫だろうが、近所の子どもだろうが、誰だろうが、うるさく意見を言います。言われた子どもたちは、「うるせえな!」なんていいながらも、そこで何かを学んでいたような気がします。あるいは意見はいわないけれど、ただ頑固に一つのことをやり遂げている偏屈な親父がいたものでした。これまた、私たちは「へんな親父だな」と思いながらも、心の奥底ではなんだか親しみを感じていたものでした。
 こんなお年寄り、親父たちは今いったいどうしちゃったんだろうななんて思います。思えば、私の父もこんな存在でした。近所の男の子たちには怖い存在だったでしょう。それでもたぶん、怖いけれど実は頼もしい存在だったんじゃないかな。そんな親父たちがいなくなったのではなく、私たちこそが、またそんな存在になるべきなのかもしれません。

 ある日、このおじいちゃんが、「なんとなく優紀に似ていたもんで、思わず拾ってしまったよ」と野うさぎの子どもを拾ってきます。優紀は野うさぎなんかに興味はありません。学校にだって、うさぎなんてたくさんいるんです。でもだんだんこの野うさぎのことが好きになってきます。優紀はクックという名前をつけます
 私の兄と弟の奥さんの実家でうさぎを飼っていて、それがだんだん増えてしまい、実家のほうの小学校だけではなく、私の弟どころか私の子どもたちの学校にまで、そのうさぎを持っていきました。よく私の子どもたちと、「あれが双子ちゃんからのうさぎだよ(兄と弟の奥さんは姉妹であり、さらにその妹がいて、その子どもが双子でして、ここの家でたくさんのうさぎになってしまった)」と、学校に見に行ったものでした。自宅でうさぎを飼えないうちの子どもたちはいつまでも見ていたものでした。
 私の子どもたちと同じように、優紀のところへ学校の同級生たちがクックに会いにやってきます。そこで優紀といろいろなトラブルが起きてきます。優紀は同級生と初めて喧嘩もしてしまいます。でもこの喧嘩をおじいちゃんは「たまにはけんかするのも、男の子らしくてよかろう」としかいいません。どうやら優紀には友だちがはじめてできるのかもしれません。
 でも野性の野うさぎをこのままにしておいたのでは、もうクックは自然に戻れないどころか、死んでしまうかもしれません。それに元気になった優紀が二学期から学校に通うようになると、クックの世話をすることができません。それで優紀は悩んだあげく、ヒゲ先生という風変わりな親父さんに、クックのことを相談に行きます。ヒゲ先生は自然や野性の動植物のことが詳しいのです。

 こんな優紀って、いい環境だなと思います。回りにいろいろな人がいて、それぞれがいわばおせっかいなほど関係してきます。これはいいなと私は思います。父親や母親も、いろいろと優紀のことを考えているようです。でも優紀にこうしろというような態度は誰もとりません。
 私は教育というのは、人と人とが出会うときに、互いに影響しあうその動きのことだと思っています。優紀はクックを飼うことによって、いろいろなことを学びました、いろいろな人と知り合い、その人の思いを知りました。優紀のやることも、回りの人に大きな影響をあたえているのです。お父さんも少しは仕事人間から、抜け出せるかもしれません。お母さんだって。

 なんだか読んでいて、とても素直な気持になれます。自然を守ろうとか、環境破壊は良くないとか、声高に叫ぶのではなく、こうして野うさぎと出会うことによって、ある少年とその回りの子どもたちや大人たちが、何か少しでも変われたかに思えるのはいいなあ、と感じてしまうのです。
 もっともっと、こんな物語を読んでみたいなと思っています。(1997.05.17)



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2010年12月22日

大谷美和子『きんいろの木』

10122203書名  きんいろの木
著者  大谷美和子
絵   沢野ひとし
発行所 講談社
定価  1,150円

 まだ自分の子どもたちが小中学生の頃は、私は子どもたちの買った本は漫画以外は必ず読んだものです。漫画も読むようにしているのですが、あまりに多いし、それと「りぼん」なんか、「ちびまるこちゃん」とその他2、3以外は、いくら見ても区別がつかないものでした。
 この本は、夏休みの青少年読書感想文全国コンクールの課題図書でした。こどもたちの夏の感想文の宿題用に、妻が買ったものです。二人の娘たちも珍しく読んでいました。普段は漫画ばかりの二人が、よく読み通していました。
 私も読みましたが、やたら感動したり、涙出したりしないように考え読み終りました。でも読んでやはり良かった。重い自閉症の長男光と次男悠、一番下の女の子未来と、ちから強いお母さん優しいお父さんの5人家族が描かれています。
 未来と友達由美子の会話。

 「そんなんができるんやったら、ひーちゃんの病気、なおせないんかな
 あ。」
 「さあ、無理なんとちがう?お父さんがいうてたけど、ひー兄ちゃんは
 病気とかやなくて、ああいう状態がひー兄ちゃん……、とかいうてた。
 ようあたしにはわからんねんけどね。……お父さんの考えはね、なんで
 もふつうの人と同じことができるのがええ、いうのはいややねんて。で
 きんもんはしょうがないでしょ。ひー兄ちゃんみたいに。なんでそれが
 わるいんや、って。」
 「おっちゃん、すごいね。」
 「そう、ひらきなおってるやろ。」
 あらためて未来は、そんなお父さんが好きだと思った。
 「お父さん、もっとはっきりいうねんで。みんな、生きものやないか、
 やて、人間だけが地球の生きものやないぞ、ほんのひとにぎりの故障の
 ない人間だけを基準にしているんはおかしい、いうねん。」
 「わあー、すごーい考えやねえ。」
  由美子は目をまるくした。でも未来は、お父さんがとくべつなことを
 いっているとは思わない。小さいときからそういうことは、くりかえし
 きいてきた。

 お母さんが、金のピアスして、フレアスカートはいて、ソバージュして、ちりちりパーマかけ、はやりの髪かざりして、派手なリボンをつけようとする。

 「光をつれて歩いたら、知らん人が気の毒そうな顔でみるでしょ。あれ
 がいややねん。」
 「うん。」
  未来はうなずいた。でも悠は、
 「ふうん、そうかなあ。」
 と、首をかしげた。
 「障害児の家族は不幸やなあ、と思いたい人は勝手に思わせといたらえ
 えねん。」
  悠は、それまでのぶすっとした顔をやわらげていった。
 「くやしいことはないの? わたしら、なにもそんなふうに思うてへん
 のに。」
  お母さんはむきになった。
 「これがうちのありのまま。それがどこがわるいのよ。色めがねで見る
 ほうがわるいでしょうが。だからね、光と歩くときはぜったいおしゃれ
 してね、楽しそうにして、いらんかげ口きかせないようにするねん。」
  お母さんは鏡をのぞくこんだ。
 「それがつっぱってるっていうねん。ふつうにしとったらええねん。」
  悠がなだめるようにいう。

  未来には、光がわからなくなることがしばしばある。
 「こういう障害を持って生まれてきたんや、それが光なんや。」
 と、お父さんはいう。それはだれのせいでもない。悠や未来やそのほか
 のたくさんの子が、障害を持たずに生まれたのも、たまたまそうであっ
 たということだけだ、と。

 未来は多分ずっと光に振り回されてきた。いや家族全員が同じなのでしょう。だから自分ひとりの城、ワンルームマンションにあこがれる。物語の最後3人兄妹で歩くところがあります。このまま光兄ちゃんはどうなるのだろう。

 「ねえ。」
  未来は悠を見た。そしてきくつもりはなかったのに、
 「ひー兄ちゃん、おとなになったら、どうなるの。」
 といっていた。悠はちょっとだまった。それから、おこったように短く
 いった。
 「おまえは、いらん心配せんでええねん。」
  未来は小さくかぶりをふった。
 「おれ、ちゃんとする。おまえはどこへでもいったらええ。」
  ひとり暮らしをしたいと夢みていることは、今も同じだ。だけど、と
 未来は思った。
  悠兄ちゃんはどんな夢を持っているのだろう。おとなになったら、ど
 んなことしたいと考えているのだろう。
  そしてさっきのキンモクセイの花をひろっていた姿を思った。
  未来は顔をあげ、大きく息をすった。
 「悠兄ちゃん、ずるいわ。そんなん、なしやで。おばちゃんがいうてた
 やない。ひー兄ちゃんのせわしたら、ええことあるって。悠兄ちゃん、
 ええことひとりじめする気ィ?ふうんだ。あかんで、そんなそんなゆる
 せへんもん。あたしかて、三人のうちのひとりやもんね。わすれんとい
 てや。」
  悠はなにも答えない。未来もそれ以上いうことはない。口にしてしまっ
 たことで、気が楽になったような、それでいて気はずかしいような、へ
 んな感じだった。

 やっぱり涙は出すまいと思ってましたが、ここでグットきました。子どもたちの前だから、そしらぬふりでごまかしましたが、やはりいい兄妹です。
 なかにくだらない宗教家がよけいなこといいにくるところがあります。私はこの本の中に入ってぶん殴ってやりたい。たしかにどこにもいるんですよね、こんな馬鹿が。

 でも私も思い出しました。ある日私は五反田から池上線にあるクライアントヘ行くので急いでました。約束の時間に遅れそうだった。私時間を守れないのは絶対に嫌なのです。ホームを走っていた。ホームから階段駈け上がっていくところで、目の片隅に車椅子とそのそばの多分ボランティアの方が、もうひとり車椅子を持ってくれるひとさがしていた。私は駈けあがってから、私は駈けおりて、声かけるべきだと思いました。が、私は約束の時間に遅れるのがかっこ悪いとの思いで、そのままいってしまった。私は池上線でそのことずっと考えました。そののちずっと。私がそこで手伝ったって5分か10分遅れるだけなのです。クライアントの社長は話せば、ニコニコ笑ってくれるだけでしょう。何故私は当り前のことやらなかったのか。
 それから私は同じようなことがあったら、私は当り前にふるまおうと思い実行してきました。自分で自分に納得できることやらなかったら、子どもになにもいえません。この世に生を受けて、みんな同じなのです。みんな努力すべきなのです。ただ役割としてできることはやっていくべきです。
 私のこどもたちも、この本を読んで良かったといってました。これで感想文書いたのかどうかは忘れてしまいました。でもできたら自分たちの身近なことをこそ思い出してほしいと思いました。

 私は子どもたちがときどき学校なんかで、どう考えてもひどいとおもうことあると、「うぬ、俺がいってやる」叫んでしまうことがありましたが、いつも子どもたちに止められてきました。そしていつかしら子どもたち自身で解決しているんですね。
 私の長女が確か小学2年のころ、学校帰りに少し知恵遅れの子の10メータくらいあとを友だちと二人でついて歩いているのを偶然見たことがありました。私はあとで、「お前なにしているんだ」とききました。実はその子のことを他の男の子たちが学校帰りにぼろぼろに殴ったことがあるんです。私はそれを聞いたとき、「うぬ、そいつらみんなぶん殴ってやる」と怒ったのですが、そのとき長女は「パパそんなことやめて」といったのです。
 それでその結果が、こうして学校帰りに娘が友だちと毎日その子の周りを見はっていたのです。「でも○○くん、なかなか家に帰らないから、大変なんだ」といってました。
 あんなことをたくさん思い出してほしい。そしていまでもこどもたちの周りには、たくさんの異端と思われるものがあるのですね。でも私ら含めて、みんな「たまたまそうであったということだけ」なのですよ。

 それからこの本のさし絵かいている沢野ひとしさん、いいですね。私は椎名誠が好きで、彼の本はほとんど読んでいるのです。それでもう沢野ひとしさんは他人と思えないのですね。いつも椎名誠と一緒に生きてきたウスラバカで胃に歯がある大めし食らいの沢野ひとしさん、いいですね。彼のさし絵はどれもいいですね。(以上は多分1996年くらいに書いていました)。

 今これを読んでいて、また私は涙を流していました。もう私の娘二人はこの物語を覚えているでしょうか。でもこうして何らかのことを書いておくといいですね。私はまたこれを読むだけで涙に溢れてしまいました。またどこかで(多分図書館でかな?)大谷美和子さんの本を探して読むことでしょう。(2010.12.22)



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2009年03月28日

周の雑読備忘録「パット・パルマー『夢をかなえる本』」

夢をかなえる本
夢をかなえる本
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書 名 夢をかなえる本
著 者 パット・パルマー
訳 者 eqPress
画   広瀬 弦
発行所 径書房
定 価 1,500円+税
発行日 1997年9月19日第1刷発行
読了日 2009年3月2日

 この本の前書・目次等が以下です。

 愛をこめて、あなたの成長の旅に誘おう
 遠く、そして高く、手をのばしてほしい。

目次
 世界は変化している
 成功ってなんだろう
 幸せってなんだろう
 自分のことを知ろう
 自分を信頼する
 自分を変える方法
 頭のなかの声
 身体の声を聞く
 あなたを阻むもの
 仕事を見つける
 才能をいかす
 すばらしい人生
訳者あとがき

いまは、めんどうな時代だ。新しい生き方を選ぶ自由はふえたけれど、そのぶん、自分なりに考えなければならないこともふえてしまった。

だからこそ、一度たちどまって考えてみよう。あなたがなにを望んでいるのか。あなたにとって、「成功」とか「幸せ」って、いったいなんなのか。(「世界は変化している」)

 思えば、私もいっぱい考えてきたつもりです。そして私の娘二人のは、どういうことなのか。今は、孫のことも考えています。そして今後もずっとお話していくつもりでいます。

成功とはなにかを決めるのはあなた自身。成功に決ったかたちがあるという考えは、もう捨てたほうがいい。(「成功ってなんだろう」)

 たしかに、ちゃんとしたかたちがあると考えがちですね。いや、そうではないことを知っているはずの私なのですが、そしてそういう私だと思われがちなのですが、でもでも実に普通の通俗的な人間なのです。

「人生のすべては贈り物」と考えるのも、一つの方法だ。(「幸せってなんだろう」)

 たしかに私もこう考えようと今思いました。そしてでも辛い贈り物もたくさんありましたね。

なにが好きで、なにがきらいか。なにが大事で、なにが大事じゃないか。自分の価値観をみつめ、自分なりの人生を設計する。自分で決めた道を歩き出せば、人の意見を気にして生きていたときとは、くらべものにならない充実感を手にすることができる。(「自分のことを知ろう」)

 ああ、こうして行こう。そして娘たちにこれを伝えたいと思うのです。

自分の「得意なこと」や「よいところ」に気持ちを集中させていると、それだけで自分を信頼する気持ちが高まってくる。このことがなにより大切。それだけで自分を好きになり、自分を信じるための土台が、自然にあなたのなかに築かれていくんだ。(「自分を信頼する」)

「自分を信頼する」というのは、難しいことのように思えて、実は出来ているはずのことです。私は自分を裏切ったことはないつもりなのです。そういう人生でした。

夢を実現したいと思ったら、その夢が実現したところを思い描いてみる。可能性は無限にある。イメージを描くための時間と空間を用意して、自由に想像しよう。(「自分を変える方法」)

これはいつも思い描くようにしていこう。娘にも孫にも伝えていきます。

頭のなかから聞こえてくる声ばかり気にしていると、自分を見失ってしまう。身体のなかから聞こえてくる声に耳を傾けていれば、あなたは自分をだましたり裏切ったりしなくてすむ。(「頭のなかの声」)

 身体から聞こえてくる声を、私ももちろん感じることができます。孫なんか、まだ言葉が喋られないから、いつもそういう声で話しています。でもでも、私じいじは、まだまだちゃんと聞こえていないのですね。

こころを開いて、身体の声を受けとろう。(「身体の声を聞く」)

 いつも心は開いているつもりなのですが、なんだかまだ私では駄目なのですね。

自分に優しくすること。そして、人と違っている自分を楽しもう。人と違うことをやり、人と違う価値観を持ち、人と違った生き方をするのはすてきなことだ。(「あなたを阻むもの」)

 他の人と自分が違うことは、いつも感じています。ただ楽しむというところまではありませんでした。

なかなか決断できないときは、無理して決断しようといないで、もっと情報を手に入れよう。(「仕事を見つける」)

 この通りです。だからいつも情報を大事にいつも手に入れようと考えています。

あなたの才能は、あなたが使うために授かったもの。(「才能をいかす」)

 うん、でも才能なんて感じることはできません。せいぜい毎日酒を飲むことだけ好きなくらいなものなのです。でも、それでもいいや。

幸せになるんだと決めて、心のなかにイメージを持ち続けていれば、夢は必ず実現できる。(「すばらしい人生」)

 そうだ、必ず実現できると信じています。考えています。

 自分が抱いてきた夢は、必ず実現できる、実現してみると私は考えています。



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2009年03月20日

周の雑読備忘録「パット・パルマー『おとなになる本』」

おとなになる本
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 この著者は二人の娘さんのいるお母さんです。私にも二人の娘がいるんだという気持がわき上がります。
 この著者とこの本を紹介してくれたのは、SHIROのポメラ日記の斎藤さんのこのページです。

書 名 おとなになる本
著 者 パット・パルマー
訳 者 eqPress
画   広瀬 弦
発行所 径書房
定 価 1,500円+税
発行日 1994年3月15日第1刷発行
読了日 2009年3月1日

 この本の前書・目次等が以下です。

つまんないなあ」とか
「なにかおもしろいことないかしら」っていうの、
口癖になっていない?

目次
第1章 つまらない毎日
第2章 自分の現在地を知る
第3章 大切なものはなんだろう
第4章 あなたを傷つけるもの
第5章 自信を取りもどす
第6章 自分の中にある力
第7章 気持ちを伝える
第8章 人を愛するということ
第9章 決断するとき
第10章 自由に生きる

子どもの頃の夢がすべてかなえられるとは思わないけれど、せめて「自分で選択した自分の人生を、自分なりに生きている」といえるような生き方をしたい。(第1章)

 私は少なくとも、こういう生き方をしてきたとは思っています。でも思えば不十分でした。だから、私の二人の娘にも、その彼二人にも、孫たちにも懸命に生きてほしいです。

大人になるということは、夢を捨てることではない。
鍵はすべてあなたの中にある。
(第2章)

 子どもと孫に、このことが強く、大きくいいたい。

どの道を、どっちへ向かって歩いて行こうかと考えるとき、まず自分が大切にしているものはなにかということを、できるだけはっきりさせてから考えよう。(第3章)

 いつもいつも、自分が大切なものは何なのかということを考えてきました。

マイナスがあるということを求めながら、良いところを見つけてそれを育てていくと、マイナスは、あなたの中に個性的な魅力を作りだっしたりする。不思議だけど本当なんだ。(第5章)

 だから私たちの中にあるマイナスという存在も無駄で悪いものだということはないのですね。

ありのままの自分を尊重して、自分の中にある力を信頼すれば、あなたは、あなたの中にある力を最大限に生かすことができる。(第6章)

 こうして生きていきたい。こうして存在してみたいと考えています。

素直に自分の気持ちを表現できる人は、とても魅力的だ。あなたが自分の気持ちを尊重していれば、まわりの人もきっとあなたの気持ちを尊重してくれる。(第7章)

 そうですね。自分を投げやりに捨てることは決してやってはならないのです。

自分の気持ち、自分の意志、自分の良いところを大切にしていれば、愛はすばらしい力をあなたにくれる。(第8章)

 そう、このことを私は頑なに信じています。

決断するときには、自分の頭、心、身体、すべてで決断しよう。(第9章)

 うん、私はそうしてきた人生でした。

どんなときでも、自分自身の中にある力を信頼して、社会の中にある自分の現在地から、最初の一歩を踏みだそうと考えていれば、道は必ずまた開ける。(第10章)

 自分の選んだ路は、必ず開けるものと私は確信しています。

 この本はやはり、実にいい本ですね。



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2009年03月01日

周の雑読備忘録「パット・パルマー『自分を好きになる本』」

自分を好きになる本
自分を好きになる本
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 読んでいて、もう驚くほど感激していました。涙を浮かべたところもあります。もうすべてを抜き書きしたい思いでした。
 この著者とこの本を紹介してくれたのは、SHIROのポメラ日記の斎藤さんのこのページです。

書 名 自分を好きになる本
著 者 パット・パルマー
訳 者 eqPress
画   広瀬 弦
発行所 径書房
定 価 1,500円+税
発行日 1991年10月18日第1刷発行
読了日 2009年2月28日

 この本の前書・目次等が以下です。

読者のみなさまへ
この本は楽しい本です。自分のことを好きになるためのヒントが、いっぱい用意してあります。友だちや家族といっしょに読んでみましょう。

著者……パット・パルマー
コロラド州デンバーにあるアサーティブ・トレーニング・センター所長。子どもたちにアサーティブな生き方を伝えるさまざまなプログラムを企画している。二人の娘の母親。

訳者……eqPress
女と男、子どもと大人、障害をもつ人もたない人――人と人との対等な関係(equality)を考える翻訳グループ。訳書に『ありのままの自分がいい』(太郎次郎社)。

画……広瀬 弦
1968年、東京に生まれる。作品に『あっちの豚こっちの豚』『アカシアゆうびん局のお客さん』『金色のライオン』『かばのなんでもやシリーズ』などがある。

目次
第一章 自分を好きになろう
  自分のいちばんいい友だちになってあげよう。
第二章 〈きもち〉
  〈きもち〉は、とってもいい友だち。
第三章 〈きもち〉を話そう
  相手のことを傷つけたり、怒らせたりせずに
  思ったこと、感じたことを話してみよう。
第四章 そのままでいいよ
  あなたはほかのだれとも違う。
  もちろんそれでいい。
第五章 からだのメッセージ
  あなたのからだは、
  いつもあなたの話しかけているんだよ。
  からだの言葉が聞こえるようになりたいね。
第六章 もっと自由に!
  「……しなきゃいけない」とか
  「……でなくちゃいけない」なんてことはない。
  あなたのやりたいことが大切。
  あなたのためにも、みんなのためにも。
訳者あとがき

そのままのあなたもわるくない。あなたはあなた、それでいい。

あなたと同じ人はどこにもいない。それは、すごくステキなことなんだ。ひとりひとり、みんながみんなと違っている。不思議だけど、おもしろい。

失敗だってわるくない。失敗して、イヤな気分になるときがある。時間までの家に帰るのを忘れてしまったり、スーパーマーケットで缶詰をひっくり返してしまったり。

だけど、いちばん大切なのは、この次はちゃんとやるってことなんだ。失敗すれば、どうしたらもっとうまくいくか考えることができる。だから失敗してもだいじょうぶ。

きょうは時間どおりに家に帰ろう。缶詰を元どおりにしよう。今度はうまくやれるよね?

考えを変えるのもわるくない。看護婦さんになろうと思っていたのに、お医者さんになりたくなったっていいんだよ。

キライだった色を好きになってもいい。好きだったゲームがキライになったっていい。映画だって、食べ物だって、お話だって、キライだったものが好きになることもあるし、好きだったものがキライになることもある。

キライだった自分を、大好きになってもいいよ。いつでも考えを変えていい。あなた自身を変えていい。(「第四章 そのままでいいよ」)

 これを読んで、自分を反省しました。私は全然変化していません。羞しいくらいに考えを変えていない私がいます。
 遥かな私を思い出していました。大学1年の頃会って、しばらく話した人たちと、大学4年である飲み屋で会いました。私はその間、東大闘争他でも逮捕勾留されていました。でもこのときの相手は、私のことを、「全然考えを変えていない人間」というので、呆れていました。
 考えを変えられない人間は駄目です。自分を変えていかなと駄目なんだと深く思いました。

男の子が、弱虫だったり、泣き虫だったり、恐がりだったりしてもいいんだよ。

女の子が、あばれん坊だったり、怒りんぼだったり、ガキ大将だったりしてもいいんだよ。

大人も子どもも、男も女も、みんな人間なんだ。強かったり、弱かったり、悲しかったり、うれしかったり、いろんな〈きもち〉を持っている。(「第六章 もっと自由に!」)

 この第6章の最後の言葉が、こうなっています。

  自分自身を好きになれば、
  みんなと友だちになれる!

 この通りですね。

 もうこの本のことは、私の娘にも、孫にも教えていきます。

 それと、この本に描かれている広瀬弦さんの挿絵がもう実にいいです。



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2009年02月02日

周の雑読備忘録「山脇由貴子『教室の悪魔』」

教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために
教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために
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 SHIROのポメラ日記(6)ネットいじめは携帯が原因ではない の記事で、この本を読んでみました。

書 名 教室の悪魔
    見えない「いじめ」を解決するために
著 者 山脇由貴子
発 行 ポプラ社
定 価 880円+税
発行日 2006年12月20日第1刷発行
読了日 2009年2月1日

 読み出す前には、私には「中身が辛くて読み通せないかな?」なんて思いもありましたが、すぐにすべてを読み終わることができました。
09020105 ただ、今の子どもたちを思いだし、私の孫のことも心配になってきて、涙を浮かべていたページもいくつもありました。
 この本を読んでいる途中と、読み終わってから、近所のスーパーマーケットに買物に行ったのですが、そこで出会った小学校3年生くらいの男の子(この子は自分の自転車のことで、私に救いを求めてきた)と、お母さんと手をつないで泣いていた3歳くらいの男の子で、またこの本の内容を思い出していました。

 扉にあった文章が以下です。そのあと著者略歴と目次を提示します。目次はこうして書いておけば、また何かのときに、この本の内容を思い出すことができるだろうと考えました。だから、この本の最初の目次よりも、私の以下のほうが詳しく書いております。

「Iの母親は主婦売春しています」と画像つきでばらまかれる嘘メール「汚い」と言われ続けて毎日必死に身体を洗う子どもの自己臭恐怖「退屈だから」といじめをエスカレートさせていく集団ヒステリー…子どもの世界で、いったい何が起こっているのか?地獄の心理ゲームと化した「いじめ」の正体を示しいま、大人がなすべきことを具体的に、ズバリ提示する。

著者略歴
山脇由貴子
1969年東京生まれ。横浜市立大学心理学専攻卒。現在、東京都児童相談センター・心理司。年間100家族以上の相談や治療を受け持つ。ストリートチルドレンの急増するベトナム政府から依頼を受け、児童相談所のスタッフ養成のための講演を行うなど、国内外を問わず幅広く活躍。また、新聞や雑誌への寄稿を通し、臨床現場の生の声を発信し続ける、いまもっとも注目される若手臨床家。著書に『あの子が部屋から出てこないのはどうしてだろう?』『子育てをしない男には女のスゴサがわからない』(ともにポプラ社)、『出会いを求める少女たち』(信山社)、共著に『児童虐待と現代の家族』(信山社)がある。

目次
はじめに
 いま、大人は何をすべきなのか?
第1章「いじめ」は解決できる
   雄二君(仮名)の相談事例から
 1 病院から児童相談所へ
  それでも学校へ行く少年
  原因は何か? 虐待、それとも……
  誰にも、絶対に言えないこと
  せいいっぱいの無言
  なぜ学校を休めなかったのか?
  子どもの気持
 2 両親との面談
  約束の中で
  両親に「いじめ」を伝える
  知らないことにしてください
  学校にいつ、何を伝えるのか
  親が我が子と向きあう時
 3 告白された「いじめ」の実態
  いじめはこうして始まった
  「死ね」「うざい」「消えろ」
  嘘がバレる不安
  「おしっこ」と呼ばれた理由
  重い身体を引きずって
 4 学校に「いじめ」を伝える
  親子の絆
  学校との話しあい
  心のケア
  お父さんが学校で言い切ったこと
  学校へもどる日
  いじめが終わり、そして
第2章大人に見えない残酷な「いじめ」
 1 メールで噂話をばらまく
   「エンコーしてる」と噂を流されたSちゃん
  解説 加害者が特定できない嘘の恐怖
 2 本人ではなく、家族を中傷する
   家族の偽写真をメールで流されたIちゃん
  解説 いじめの因果関係は逆転している
 3 いじめの「ON」と「OFF」を使いわける
   「今日は、例のあの日」を繰り返されたK君
  解説 ダメージを知りぬいた心理的追い込み
 4 共犯関係を演出し金銭要求する
   「一緒に遊ぶ金だろ?」とお金を要求され続けたT君
  解説 倒錯した心理で正常な判断ができない
 5 女の子同士で徹底して恥をかかせる
   下着を貼り出されたYちゃん
  解説 発覚を防ぐ「義務」を、被害者に負わせる
 6 「汚い」「醜い」というイメージを植えつける
   毎日給食を食べられなかったR君
  解説 追い込まれた被害者は、自己臭恐怖症や醜形恐怖症に
 7 発覚しない小さな暴力を繰り返す
   コンパスで背中を刺され続けたO君
  解説 暴力を手加減され、「ありがとう」と言ってしまう被害者心理
 8 完全否定の「なんで?」を繰り返す
   「なんで生きてるの?」と言い続けられたTちゃん
  解説 家でもいじめをひた隠し、被害者は完全なる孤独に
 9 奴隷にしてしまう
   万引きから援助交際まで、命令され続けたIちゃん
  解説 いじめへの恐怖心が犯罪行為へのハードルを下げてしまう
第3章なぜクラス全員が加害者になるのか?
  <いじめる側>から<いじめられる側>へ
  全員参加のいじめで、悪を正義に変えてしまう
  裏切り者を許さない「踏み絵」
  感覚を鈍磨させ、惨酷になるという「適応」
  いじめという「疫病」
第4章「いじめ」を解決するための実践ルール
   親にできること、すべきこと、絶対してはならないこと
  1 被害者を守る
  (1)学校を休ませる
  (2)親としてのメッセージを伝える
  (3)子どもをひとりで外出させない
  (4)いじめに関して、無理に聞き出さない
  (5)家の中では、明るく、楽しく、子どもと過ごせる時間をたくさん持つ
  (6)子どもの話を、まるごと真実として扱う
  (7)いじめられる側にも原因がある、とは絶対に考えない
  (8)いじめに、立ち向かわせない。耐えさせない
  (9)子どもの許可なく、学校に相談に行かない
  2 いじめをなくす
  (1)学校との話しあいは、校長、副校長に同席してもらう
  (2)話しあいは、「相談」ではなく、真実を伝える場
  (3)いじめの解決と責任追及は別々に行う
  (4)解決を学校に委ねない
  (5)加害者に伝える
  (6)クラス全体への周知
  (7)学校全体への周知
  (8)いじめ再発防止への取り組み
  (9)転校という手段
第5章「いじめ」に気づくチェックリスト
  最近、よくものをなくすようになった。
  学校のノートや教科書を見せたがらない。
  親の前で宿題をやろうとしない。
  お金の要求が増えた。あるいは親の財布からお金を持ち出す。
  学校行事にこないで欲しいと言う。
  すぐに自分の非を認め、謝るようになった。
  学校のプリント、連絡帳などを出さなくなった。
  ぼーっとしていることが増えた。何もしていない時間が多い。
  無理に明るく振る舞っているように見える。
  学校のことを尋ねると、「別に」「普通」など、具体的に答えない。
  学校のことを詳しく聞こうとすると、怒る。
  話題に友達の名前が出てこない。
  学校に関する愚痴や不満を言わない。
  保護者会、個人面談で何を話したかを過剰に気にする。
  寝つきが悪い。悪夢を見ているようで夜中に起きる。
  倦怠感、疲労、意欲の低下。
  原因不明の頭痛、腹痛、吐き気、食欲低下、痩せ、などの身体症状。
  何に対しても投げやり。
  以前は夢中で楽しんでいたゲームなどをあまりやらなくなった。
  理由のないイライラ。
  ちょっとした音に敏感になった。
  身体を見せたがらない。一緒に入浴したがらない。
  衣服、制服、靴などを、親の知らないところで自分で洗う。
  友人からの電話に「どきっ」とした様子を見せる。
  急に今までと違う子とつきあうようになった。(不自然な友人関係)
  以前では考えられないような非行行動の出現。
  外に出たがらない。外に出た時に周囲を気にしている。
  金遣いが荒くなった。
  成績の低下。
  もの忘れがひどくなった。
  自傷行為。(リストカットなど)
  「死」をものまかすようなメモ、日記。

 この本を読みながら、私は数々の「いじめ」に関することを思い出していました。
 私が約7年間関わりました松戸自主夜間中学は、最初は中国残留孤児の方がた等がいたものでしたが、すぐにこの学校の「いじめ」で、中学高校を不登校になってしまった生徒が多くなりました。さらには、小学生の不登校児も加わってきたものでした。
 たくさんのことを思い出します。たくさんの生徒たちを思い出します。誰もが、学校に行きたいのに、いじめのために、不登校になります。ある子は転校したりします。そしてでも多くは、小学生としたら、「中学へ入れば、いじめはない学校だろう」、「あの高校に入れば、いじめはなくなるだろう」、「大学こそ、いじめのない、いいところだろう」という思いで、自主夜間中学へ来ていました。でもその状態のまま、30歳を過ぎてしまうかたも何人もいたものでした。

09020102 私は転校ばかりしていました。小学校が5つです。でも中学は一つでしたから幸せだったのかなあ?(私の兄は中学は、秋田、札幌、名古屋と3校でした。弟は鹿児島と横浜の2校です)でも、私は高校は2校でした(鹿児島と横浜)。でもいじめに遭ったという思いはありません。

 でも、私は自分の孫を考え、最初は「私のポコ汰をいじめたら、俺がそんな奴、ただじゃおかないぞ!」という思いでしたが、この本を読んでみて、私のような思いでは、この事態に対処できないのだとということを充分に判った思いがしました。そんな私の思いでは、今の事態には、どうしようもないのですね。

 だからこそ、私たちも懸命に考えて、対処していかないとなりません。そのことを随分考えました。たくさんの子どもたちのことを考えました。
 そして簡単に「携帯電話禁止!」などと言ってしまう大人たちの存在を思いました。そんなことで、解決するわけがないのです。

 ぜひ多くの方が、この本を読まれることを希望します。



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2007年12月20日

周の雑読備忘録「岩村暢子『普通の家族がいちばん怖い』」

普通の家族がいちばん怖い―徹底調査!破滅する日本の食卓
書 名 普通の家族がいちばん怖い
    徹底調査! 破滅する日本の食卓
著 者 岩村暢子
発行所 新潮社
定 価 1,500円
発行日 2007年10月25日
読了日 2007年12月20日

 もうきょうの電車の中で読んでいました。もう読んでいて、実に嫌になりました。それは誰もが予想されるかもしれないですが、この本を読んでいて、この日本の多くの家庭の寒々とした姿を私が知って、それでその現実の前で嫌になったというわけではありません。
 この著者がかなりな時間をかけて調査したという各家庭の姿が、私にはまったく信じられないからです。
 扉に以下のようにあります。

正月とクリスマス―家庭で最大の二つのイベントから、家族の実像を探る。
調査のプロによる二百二十三世帯へのリサーチが、歪んだ幻想を解体していく。
何気ない発言に社会を蝕む病理がにじむ。
「個性」重視、「私中心」の行き着く先は?
「モンスターペアレンツ」はあなたのすぐそばにいるかもしれない。

 もう読むのが辛くなるわけですが、でもとにかく開いて読んでいきます。目次は次の通りです。

07122001プロローグ 普通の家族を知りたい
第1章 してもらえる「お客様」でいたい
第2章 好き嫌いで変える
第3章 子供中心、私中心
第4章 うるさい親にはなりたくない
第5章 一緒にいられない家族たち
第6章 ノリで繋がる家族
第7章 普通の家族がいちばん怖い
エピローグ 現実を見ない親たち

 著者は223世帯を調査したということです。
 私には二人の娘が現在29歳と27歳ですが、家庭をもっています。私の姪も二人家庭を持っています。でも、この著者が述べられているような傾向は、まったくありません。いや、私の娘の友だちも何人も何十人もたくさん知っていますが、こんな傾向は、私は少しも見聞していません。
 そうすると、この著者が調査した家庭には、私が知っている家庭とはまったく違うようです。どうしてなのでしょうか。
 いえ、私の長女には子どもができましたから、またその孫のことで、その孫と同じ歳の家庭もまた知り合いになってきました。そういう中に、この著者がいうような傾向を私は少しも見聞することができないのです。
 私はもう娘が保育園に行っているときから、娘のたくさんの友だちがとても大好きでした。だから、その子たちが小学生になり中学生になり、そして高校大学と進んで、そしてそこでもまたたくさんの友だちができて、そしてまた社会に出て、そして就職して、今度は結婚して、子どもができて、またそこでまた子どもたちを必死に育てている姿を知っています。
 でも私が見聞するそういう娘及びその友だちには、この著者が述べているような家庭は少しもないといえます。
 私は、「普通の家族」って、みんなどこもそうだけど、「一番怖い」のは、何か「現実はこうなのだ」と決めつけてしまう傾向です。それが何か、「ちゃんとしたリサーチに基づいている」と言いきられると、私が見聞しているたくさんの家族、たくさんの家庭は、みな当てはまらないところばかりです。
 少なくとも、私は私が見聞するものを信じています。私の現実に知っている娘や、姪や、その友だちや同じ職場の人たちが築いているだろう家庭の姿を、私は信じているし、これからもずっとつき合っていきます。

 はっきり言って、私にはとてもつまらないくだらない本でした。

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