将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Category: 波止場浪漫

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 このところこの「波止場浪漫」を書いていなくて、申し訳ないです。なんとなく、それほどこの作品にのめり込まなくなったのです。この挿絵の横田美砂緒さんの画かれる絵にもそれほど惹かれなくなってしまいました。
 そういえば、この挿絵も前よりは大きく変わったような思いもしてしまうのですが、それは私の思いだけなのかなあ。

 ──松井須磨子きたる。
 看板には日時と場所しか書かれていないあ、芸術座の演目には憲兵が目の色を変えるものもあるらしい。それでも前売り券はとぶように売れて、町中、芝居の噂でもちきりだった。


 松井須磨子か、そうなのだな。樋口一葉が好きで、また須磨子も好きなのですね。なんか分かる気がするのです。

 世界のちがう女たちにあこがれて一喜一憂するのは、自分を励まし、ともすれば弱気になる心を鼓舞するためだ。いすゞもおなじだろう。

 そうなのだなあ。「自分が神近市子や伊藤野枝にならないとどうしていえよう。」とは深くこのけんを思ったものです。そうだよなあ。

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 貫太は家庭は困ったもののようです。これは萬休和尚からの情報なのですが、読む限りは可哀想な子でもあるようです。
 和尚の言葉です。

「うむ。父親は入牢中だ。母親はいかがわしい店をやっとる。というて子に罪はない。まっとうにしてやりたいと再三、意見をしたのだが……」

 このあとはその母親の言葉がありますが、私は引用する気持になれません。これでは和尚が困ってしまうのはよくわかります。
 この挿絵を見ると、竿を抱えて(この竿も貫太考案の自慢のもののようです)走り去る貫太がいます。私も「悪い子じゃないんだけど」と口から出してしまいます。
 この子のことをけんはどうするのかなあ。なんとかけんの優しく力強い支えの言葉が聴きたいです。14010504
 けんの店で雇ってあげるのもいいのじゃないかなあ。悪い母親ともっと悪いのだろう父親で困ってしまう事態になるのかもしれませんが。

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 昨日私が「この作品に新しい人物が登場します」と書きましたのは全くその通りでした。面白い人物、面白い子どものようです。

 男児は竹竿を手にしていた。足だけで器用に体をささえて、両手でつかんだ竹竿をとなりのみかんの木の葉叢むらにつっこんでいる。果実をふりおとそうとしているのだろう。地面からではとどかないので、木に登ることにしたのだ。

 こうした男の子っているよなあ、と思いましたが、現実にはいないなあ、と改めて感じたものです。いえそれは最後まで読んだ時の思いです。ポコ汰は違うし、でも気がつきました。私の孫のポポがそうです。

………………
 けんは忍び笑いをもらした。どこの子か知らないが、貧しげないでたちを見れば叱る気にもなれない。
「下りてらっしゃい。和尚さまに見つかったら叱られますよ」
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 こんな男の子は大好きです。

「へん。めっかりゃしねいや、これっぽっち」

 はるかな昔、札幌で私が幼稚園生のときにそこにあったリンゴの樹をまだ熟していないのに、中学生がリンゴをむいて、「まだ青いや」とつぶやいたことと、私が大学生のとき、社青同解放派の後輩が、浦和の随分郊外で、そこにあるたくさんの柿を、「これは渋柿ばかりだ」と口から吐き出したのを思い出します。懐かしいです。
 この男の子は、そんな思い出の中の人より、もっと上手のようです。彼は自分の工夫の竿をもって、それでやっているのでした。14010507

 男児は小鼻をふくらませた。
「こいつはさきっちょが刺す股になっている。自分でつくったんだぜ。こいつがありゃァ、なんだっておもいのままさァ」


 思った通りの子です。そして私にはいい子です。でもみかんを栽培している萬休和尚には許しがたい行為だと思いますね。

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 私は次郎長の妻であるおちょうの存在は知っていましたが、それが三人いたとは、この小説で初めて知ったものです。二代目おちょうは幕臣であったため殺されるという悲劇になったのでした。
 思えば、こうして知らなかったことを初めて知るのですね。清水次郎長のことも、おちょうのことも何も知らなかった私です。

 おちょうの月命日に、けんは梅陰寺へ墓参に出かけた。次郎長、そして初代と二代目おちょうの墓にもねんごろに手をあわせる。

 この作品に新しい人物が登場します。それは子どもです。いやまだ子どもらしいのです。

 ………。大木の太い枝だに男児がまたがっていた。年齢は十二、三か。頭は丸刈りで、顎はとがり、利かぬげな目をしている。………………。見た目より年上かもしれない。14010404

 うーん、これまた分からないですね。どういう役割をするのだろうか。

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 清水の次郎長を思います。

 次郎長はすべてにおいて極端な男だった。

 そのあとを読んでよくわかりました。いえ、「もともと知っていたことだ」と言いたい思いなのですが、いやこの小説で知ったことなわけです。

 植木はそんな次郎長を信奉している。

 この挿絵では、物乞いに着ている着物を脱いで与えてしまう次郎長がここにいるのです。
 これが私たちも「知っている次郎長」なのです。いや、もう「知っている」と思いこませてしまう次郎長なのです。14010309

 そのあとは、植木とけんの愛の交歓です。「いいのかなあ」と思い、「いいんだよ」と思ってしまう私なのです。

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 昨日は休刊日でした。今朝は新聞を手にとり、真っ先にこの連載小説を読みます。

 植木医院は二十余年の時を経て再開した。
 植木の名前は清水の住民にしれわたっている。しかもこの一年近く往診をしていたから、患者は待ちかねたように押しかけた。


 そうなんだ。植木がいないときは住民は大変だったのだろうな。
 ただ、今の植木医院は新しい沢井君江という看護婦は来院する住民には厳しいようです。治療費の払えない人には拒絶してしまうのです。だから植木はそれらの人たちのところを回って看ているのです。
 こんな植木はいいですね。さすがけんが惚れたことが分かります。

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 けんは結婚してしまった植木を清水港で送ります。

 あの日、ハシケが目の前にあらわれた瞬間の、頭から血が下がっていくような感覚は、死ぬまでわすれないだろう。………………

 でも沖に出たときに植木は持っている物干し竿をふるのです。なんか、これはいけないな、とも思い、またそうだ「いかないで」とけんと同じに叫びたくもなります。

 植木のとなりにはのぶもいたはずだが、なにも目に入らなかった。先生がどんな顔をしていたかさえわからない。
 あァ、もうお終い。先生はいってしまった。手のとどかないかなたへ──。13122307
 なんだか、読んでいる私も悲しいです。こんな恋もあるのですね。でもどうすればいいのだろうか。
 私も恋をしました。でも今の妻と結ばれました。私はもう「それでいい、これでいいのだ」と思いこんできました。それが二人の娘、四人の孫とも今幸せな日々を送れるのですから。
 でもでも、こうしたけんの心の中の叫びを聴きますと、とても悲しくなります。いやいや、私はこの元旦に長女と孫三人と会うのです。5日には私の家族10人が集まります。

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 今日の247回を読んでも(私は繰り返し読みましたが)やっぱり昨日感じたことは続いています。
 最後の二人の会話、

「それなら、私のうたがいも晴れる」
「うたがってなどいませんよ」


 これがどちらが植木で、どちらがけんの言葉なのか、分かりませんでした。もちろん最初が植木で次がけんなのでしょうが、今の私にはすぐに判断がつかないのです。
 しかし、今日の回を読んで、植木が清水を離れけんとも別れて行ったのは、こうした事情があったのだなあ。
 それにしても辛い悲しいことなのですね。13122123
 私は妻も家族も大事にしていこうと思うばかりです。

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 なんとなく今日12月25日の246回の波止場浪漫は、何か読んでいくのが怖く感じています。すべての秘密がこれで明らかになるのかなあ。
 しかし、いくら読んでも中身(書いてあること)が想像もできないのです。書いてあることが分かりません。
 いや、引用するにもどこを抜き出したらいいのかも判断できないのですね。
 困りはてています。

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 どうやらこの回からは私も普通に読んでいけるようです。内容が辛くは思えないのでした。

 ………。富国強兵に向かい、国民一丸となって突き進むべし、合い言葉は臥薪嘗胆。

 臥薪嘗胆という言葉を思い出します。出典を思うのですね。あれは『史記』というよりも『十八史略』だなあ。司馬遷も曾先之も思い出すのですね。

 けんがいいます。

「ええ。母さんは最後まで武家の女でした。それにしてもふしぎですね。ご維新がなければ、お父ちゃんと夫婦になることもなかった。もしそうなら、わたしもここにはいなかった………」13121907
 私は「武家の女」なんていう言い方が嫌いです。武士なんて、どうにも大嫌いです。でもここは仕方ないか、なんて思ってしまいます。
 でもこの回でのけんと植木はいいです。また明日も嬉しい気持で読んでいけることでしょう。

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 やっと普通の気持でこの小説を読むことができました。

「しかしふしぎだなあ……」
 植木は何度目かのため息をついた。
「あのときはなぜ、うたがってみなかったのか。なにかがおかしいと気づきさえすれば……」


 私も思います。なんで植木は気づいてくれなかったのでしょうか。もう今になっては遅すぎることなわけですが。現実にでも小説の中でも遅すぎることなわけなのですが。

「それにしても……おけんさんがひとりでどんなに苦しんでいたかと思うと……」

「もう遅すぎる」と私は何度も思いました。何度も心の中で叫びました。

 ……、植木と結婚する気はないとけんが答えたとき、おちょうは安堵の表情を浮かべたからだ。13121704

 この思いがおちょうに今も後悔の思いのあることなわけなのでしょう。でもなぜおちょうはこうした思いを持つのでしょうか。それを知りたい思いが私はしています。

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なんかこのところこの連載小説を読むのが嫌でした。なんか、どうしても初志郎が許せないのです。でも読んでいくしかないのです。ただこれで植木ともうまくいかなくなってしまうのかなあ。
 でももう読むのが嫌になっていた私も、今日はどうやら読んでいけます。私はけんが可哀想でなりません。

 …………。むしろほっとしている。植木の顔を見なくてすむなら、しばらくの間見たくない。

 やっぱり書いていくと嫌な気持が甦ります。私の可愛い孫たちを思うのです。

 初志郎との忌まわし出来事など忘れて、植木の胸へとびこめたなら……。あの夜を永遠に消し去ってしまえるなら、なにを失ってももかまわない……。

 もうこのときのけんを思います。だから植木とは結ばれないのですね。ものすごく悔しいです。そして初志郎を憎みます。13121103
 この事態はもう変わりようがないのだ。私は悔しくてなりません。私の子どもも孫も大切にします。

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 もう昨日と一昨日のこの連載小説は読むのが嫌でした。でもさらに読みます。今日はいささか読むのは楽でした。でもでもけんの悲しい嫌な思いはよく分かります。いや私なんかが「よく分かります」なんていうことが駄目なのかもしれないです。

 先生、助けてください──。

 もう私はけんが可哀想なのと、初志郎が憎くなっています。ただ私の初志郎への思いも難しいな。どう言ったらいいのかよく判断できません。
 植木が、先生がどうにかしてくれ。でもでも、けんは悲しく嫌になるだけなのでしょうね。植木がそのけんの思いをなんとかしてくれと思うのです。でも無理なのかなあ。実際には結ばれないのだものね。
 はるが心配します。姉はいいですね。でもけんははるにも言えないのです。

「先生と、なにかあったのかい」
「なにもッ、先生はほら、忙しいから、わざわざ呼ばないで。ね、なにもいわないでよ」 けんは念を押したが、そうはいかなかった。
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そうはいかなかったというのは、どうなるのでしょうか。いらいらしてしまいます。初志郎を許してはいけないのだ。私には娘二人と孫は四人います。でもでも、絶対に私はこういう初志郎は許せません。

 私のこの『諸田玲子「波止場浪漫」』についてはずっと書いていないので、申し訳なさがいっぱいです。
 それでずるいのですが、ここに私が日経新聞から撮りました新聞の画像の残りをすべてUPします。どうみても卑怯なのですが、もう書いている時間がないのです。
 それとこのところ(227)と(228)は、けんが初志郎に犯されるところが書いてあり、私にはもう読んでいられないのです。
 なんか、私は今ではたまらなく好きになってしまった主人公けんと、比較的好意も抱いていた初志郎がこうなってしまうのは、どうしても嫌で私はもうこの作者が嫌いになってしまいました(当然作者が悪いわけではないのです)。
 とにかく以下、残りの画像です。

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 この小説も私が書いていない日にちのがあるわけで、私は困っています。とにかくやっていかなくちゃあな。

 けんはようやくわれにかえった。

 私も「われにかえ」らないといけないです。
 いすゞの母親おようにあってしまうのです。
 この挿絵はそのおようが水芸をやっている絵です。最後には、こうあります。

 なんとまァ、めまぐるしい半生か。13112210

 こうして書いていても、なんだか心が落ち着きません。
 ただこの挿絵のおようが綺麗に若く見えるところが私にはいいです。

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 この11月14日の新聞がどうしてもないのです。みつからないのです。困り果てています。だから私の『諸田玲子「波止場浪漫」(205)』も書けないのです。
 私は毎日朝3時30分くらいから5時10分くらいに配達される日経新聞をまずは真っ先にこの連載小説を読むようにしています。
 それがこんなことで、困っています。
 それと今は昨日の16時頃から、将門Webに書き込めません。livedoorブログが何かあるようです。困りはてますね。回復したら、すべて書き込みます。

 これは前に書いていましたものです。

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 なんだか、この私の新聞を読んでこの『諸田玲子「波止場浪漫」』も、こうして遅れてしまっています。なかなかパソコンにかかりきりになれないのですね。とくに、今の私は兄莞爾の葬儀があったばかりでいくつものことを思い浮かべます。
 愚庵こと天田五郎の次郎長と山下燕八郎の追善法要が行われます。燕八郎はけんの実の父親です。
 けんは植木に寄り添って、そこで正岡子規の病気の話をします。

「そういえば升(のぼる)さんもご病気だそうで……五郎兄さんがお見舞をなさったそうです」
「正岡子規が? 重病でなければよいが……」


 正岡子規は私はどうにも好きになれない人物でした。私は高校2、3年の頃古典の時間に万葉集・古今集のことで、いっぱい主張したことがあります。でもそのときの私の子規嫌いは、もう今ではすっかりなくなってしまいました。今では、この子規の病を心配しています。
 でもそうした思いは甲斐ないものになってしまうのですね。

 けんは植木との思いが、こうした次郎長と実に父親の死でうまくいかないことを恐れます。13111805
「うむ。たよりとする親方がいないとなると、簡単にはゆかぬかもしれんが……肝心まもはふたりの気持だ。それさえ変わらなければ……」
「変わるものですか……」


 ……でもでも二人は結ばれないのです。

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 今けんはおちょうの最後に立ち会っています。

「母さん。もういいよ。なにもいわなくてもいいからね。謝ることなんかない。先生もわたしも、母さんを怨んでいんかいないから」
 それだけは、なんとしてもいっておきたい。


 おちょうの辞世は以下なのです。

  頼みなき此世(このよ)を後に旅姿
   あの世の人に会うぞ嬉しき

 病床にあってもその筆跡は凛々しく、ほとばしるような恋情がこもっていた。

 けんがいいます。

「だけど彼岸じゃ三代のおちょうが顔をあわせることになりますよ。お父ちゃん、きっとオタオタするんじゃないかしら」
 けんは泣き笑いをする。


 最後は萬休和尚が引導します。私も数々の最後を思い出しました。親、親戚、数々の友人たち、そして必ず立ち会うべきです。13111506

 私はいつもそうしています。そうすることが、私の悔やみになるし、そして私にも都合のいい別れになれるのです。

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 昨日の『諸田玲子「波止場浪漫」(209)』も書いていないですね。実は(200)(201)(205)も書いていないのです。必ずやるつもりではおります。

 熟睡はできなかった。できるはずもない。…………。……。…………、またもや二階にもどって、おちょうの枕元へ座りこむ。
「母さん、教えて。なぜ先生やわたしに、かんにんしとくれ、なんていったの? 先生に謝りたいことってなんですか」


 ここへ姉のはるが来ます。でもそのときに、おちょうがくちびるをうごかすのです。

 けんはあわててあちょうの顔に耳をよせる。
「あァ、なにをいってるかわかりさえすれば」


 こうして次郎長を亡くしたけんには、この事態はたまらなく思えてしまうことなのです。
 おちょうがけんに言いたいことは何なのか。私もそれが知りたいです。でもこの事態では、もはや分かりようがないのかな。なんとか著者の推測でもいい、知りたい思いなのです。13111307

 この絵の「愛のちからは明日への勇気」という言葉、Eテレでの文字が今は哀しくなってしまいます。

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 けんはおちょうのことが気がかりです。植木と話します。

「ええ。母さんは昨夜もうわごとを……。なにか気にかかることがあるのでしょう」
「あの微熱が曲者だな。薬が効いてくれるとよいのだが……」
 けんと植木は顔を見合わせた。そっくり同じ会話を、昔もしたような気がする。


「そっくり同じ会話を、昔もしたような気がする」というのは、私にも経験のあることです。なぜかしら、こんなことがよくあるのですね。いえ、誰かとの会話でなくても、「あれっ、これも前にしていたのじゃないかなあ?」と思うことはたびたびあるのです。
 安兵衛の妻ヒサがおちょうのそばにいます。

 おちょうの枕元にはヒサがいた。
「ヒサさん。いったでしょう。ヒサさんは安兵衛さんの看病をしていればいいのですよ」 けんはつい声をあらげる。
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 なんだか、この状態がよく分かります。そして安兵衛が心配です。憲兵の拷問でこうなってしまったのですね。本当にいらいら腹立たしいことです。

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植木がこの清水に開業するのです。けんもそれはいいのですが、植木の妻が気になります。

 …………。…医院を開業したら植木の妻も乗りこんでくるのではないかと不安になって、一日のばしにしているうちに、理無(わりな)い仲になってしまった。

 そしてけんも知っている政吉のおかげで植木は医院を開業できるようです。

「それでいつから開業なさるのですか」
「医院用に改築をせねばならん。…………、……、できれば秋には、と思っているだが……」
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 植木は医者です。「特効薬がなくて命を救えなかった自分を、植木は責めていたものだ。」というのが、とても植木を表しているように思います。

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 この挿絵を見て、上杉謙信を思いました。謙信は毘沙門天を信仰することしきりだったのです。いくつか毘沙門天を祭るお寺を見てきたものです。今は神楽坂の善國寺を思い出しました。私があのお寺を訪ねたのはいくだったろうか。随分前のことですね。

 逃亡兵ウンケルの事件は、けんの心に暗い影を落としていた。

 ウンケルは多分(たぶん、でそして私はウンケルがドイツに帰国できることを願っていますが)勇太と同じ運命になってしまったのでしょう。

 勇太の死は動かしがたい事実としても、せめてウンケルは無事であってほしい、いつの日か故国の母や恋人にめぐりあえますように……けんは、次郎長の形見の毘沙門天に朝晩、両手をあわせている。…………。

 なんか悔しいな。ウンケルが故国に到達することの困難さと、勇太の水死、そして安兵衛が拘留中でひどい拷問に会ったことなど、悔しくてたまらないことばかりです。この世には神などいないのです。もしいたら、こんなこんなひどい悔しいことに何故人間を出会わせるのでしょうか。
 なんだかいいようもない悔しさばかりになっている私です。
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 この章の「明暗」を見て、私はすぐに「夏目漱石『明暗』」を思い出していました。私は漱石は好きですが、あの小説は好きだとはいえません。もう一度読んでみるかなあ。三度目になるのですね。青空文庫で読めるから読んでみましょう。

 植木の話では、正月を袋井の実家ですごすた妻と娘の初子は京都へ帰り、今は福岡にいるという。

 娘ひとりで見知らぬ土地へ行かせるのはしのびないと母娘ともども縁者の家に身をよせているそうで、…………


 なんか読んでいて辛いです。それならなんで植木はけんと……、とも思い、またでもけんと触れ合ってもほしくなります。こうした私の思いの中の矛盾もまたこの二人の恋模様なのでしょう。

 …………。由比の紺屋であつらえてという浴衣地は、あざやかな藍色がけんの肌をひきたて、朝顔ならぬ夕顔がしっとりとした大人の色香をかもしだしている。13110806
 
この挿絵でも、けんの色香を感じます。やっぱりこれを描いている横山美佐緒さんはいいですね。単行本の活字になったら、みられないのだなあ。せめて単行本でも表紙カバー等に使っていただきたいものです。

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 どうしてもこうして変則的になってしまいます。新聞の掲載されている順番にはいかないのです。仕方ないのですね。でもとにかくやっていきましょう。

 …。植木との再会は、悦びであると同時に痛みでもあった。味気ない日々が一変、胸おどる日々になった。

 でもけんには、「それなら幸せかと問われれば、そうとばかりもいえない」のです。なんだか辛く哀しく感じます。
 これは植木との愛が不倫としか言えないものだからです。

 おちょうなら、自分の目を盗んで次郎長が他の女と密接になるなど、ゆるすはずがない。娘の倫(みち)恋を知ったらなんというか。13110805
 つらいなあ。植木には妻も娘もいるのです。その妻も娘も知っているのではないのか。そうした不安をいつも抱えていることでしょう。
 だがこの恋をいけないものだと言えない私なのです。

1311070813110709 この作品を読んでいて、次郎長が亡くなってしまったところで、「こういうことは続くこともあるのだよな」と思ったものです。

「枕元に飾ったらめずらしくうれしそうなお顔をなさいましたよ」
 ヒサが顔をほころばせたその夕、寝たきりだった山下燕八郎がひっそりと息をひきとった。


 この山下燕八郎ははるやけんの実父なのです。元武士なのです。

……士族であることを唯一のよりどころにしていた。同じ畳の上でも、次郎長の大往生とは正反対。13110705

 たった今も、こうした自分の何代か前に先祖が武士だったことを誇る阿呆がいます。本当に私には阿呆にしか思えていません。
 このときに天田五郎が訪れて追善供養をしてもらうことになります。天田五郎は僧侶なのですから。

1311100113111002 ここで(198)を書いたところで、今日は(202)になります。(199)(200)(201)はまたあとで書きます。本来は順番にやるべきですが、やっぱり今日の『諸田玲子「波止場浪漫」』を読むと書きたくなりました。もちろん、いずれすべて書いていきます。なんだか、書くのが遅くなった思いですね。
 おちょうは五郎と巡礼に出るのです。私もばあばと歩いてみたいなと思いました。でも私とじゃ歩いてくれないかなあ。
 こうしておちょうが西国巡礼をするというのはいいことです。

「西国巡礼にでるぞ」
 五郎は顔を紅潮させていった。


 この挿絵では、五郎の背景に山岡鉄舟がいて、左は正岡子規です。右は「大阪内外新報社」と読めますが、私が調べた限りでは、こうした新聞はないなあ。
 思い出せば、私は谷中のお寺で山岡鉄舟の墓の前でたたづんだことがあります。そのときも三舟のもう一人、高橋泥舟も思い浮かべていましたものです。

 京都へ帰る前夜、五郎は植木とけんに東京の話を聞かせた。新聞社につとめた経験や、今は亡き山岡鉄舟によってひらかれた人脈、子規をはじめとする気鋭の若者たちとの交流から、五郎は世の中の動きに精通していた。13110702

 しかし、こうなるとけんと植木の縁談はどんどんと先にされてしまいますね。こうしたことが重なって、けんは植木と結ばれないのかなあ。なんだか、悲しいです。
 清水では海軍の演習があり、

 けんは初恋の人、海軍少尉、小笠原長生の勇姿をおもいだしていた。

 なんだか、読んでいてつらいです。けんは植木とは結ばれないのですね。おちょうが、けんにすまないと思う気持がつたわってきます。

1311091313110914  次郎長の思いは初志郎には届いていませんでした。それは次郎長の死が急速だったからです。でも私も兄莞爾の死を迎えてみて、あまりの突然のことにただただ驚いているばかりです。兄の骨を拾いながらものすごく「なんでこんなことなんだ。死って、ただただこうして突如くるんだなあ」とそれだけを思いました。

 次郎長も自分が死病にとりつかれたとは思っていなかったのだろう。坂をころがるように重篤になって、ものをいう気力が失せてしまった。

 これは私の兄の死でも同じに思います。

 せめて半年、いや、数カ月でもいいから元気でいて、初志郎と腹を割って話してほしかったと、けんは無念をかみしめずにはいられない。

 こんな思いは、誰でも同じなのですが、無念で悔しいことです。
 でもこの挿絵の初志郎、実にいい表情をしています。もう単行本が出版されても、この挿絵は見ることはないのですね。なんだか、ものすごく悔しい思いです。13111505
 横田美佐緒さんという挿絵家はいいですね。私はファンになりました。もっと挿絵を見ていきたいです。

 けんは末廣へ。玄関口でふりむくと、初志郎はまだ防波堤にしゃがみこんでいる。

 これで初志郎が変わってほしいな。

1311050113110502 これを書くのが遅れてしまいました。もういっぱいのことがあるので、やりきれないのです。ブログに書くことだけじゃなく、いくつもあるのですね。
 初志郎は次郎長を上手く理解できていないようです。

「おれは、どうせ、余計者だ」

というセリフにそれが表れています。この初志郎の思いは強いようです。

「富士へは帰らん。てめえらはおれをやっかいばらいしたつもりかもしれねえが、そうは問屋がおろさねえや」

 これには、続いて

 けんは心底おどろいた。
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とあります。次郎長の思いは初志郎には通じていなかったのです。
 でもこれでは困ったものですね。

1311040613110407 清水次郎長こと本名山本長五郎は亡くなりました。1820年2月14日(文政3年1月1日)から1893年(明治26)6月12日の生涯でした。

 おとうちゃんがこの世にいないなんて──。
 防波堤にたたずんで、けんは四方の景色をながめていた。………………。


 やはりけんだけでなく、この私も考え込んでしまいます。今に至るも次郎長は大きな存在感があります。

「汐 満ちて 風凪る こげよ 漕げよ……」
 口ずさみながら、けんは防波堤を歩く。…………。
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 でもそこへ初志郎がやってきます。今は不機嫌で少し嫌味にも思える初志郎です。
 ここに載せた画像はその次郎長です。インターネットのウィキペディアからとりましたものです。

1311030113110302 こんなことで、けんと植木は結ばれないのかと思いました。これはおちょうが悪いのではなく、次郎長があまりに博徒の中で有名すぎたのです。

 けんの想像は的を射ていた。いや、想像をはるかに超えるすさまじさだった。

 私は兄を亡くしまして、今日3日がお通夜、明日4日が告別式です。ただ粛々と進めていくだけでしょう。それだけを思います。ただ私の弟がすべて采配します。私はそれに従うばかりです。

 棺は梅陰寺の本堂へ運ばれ安置された。
 六人の僧侶の読経でしめやかに葬儀が営まれ、萬休和尚による臨済一喝の引導で終了。次郎長の戒名「碩量軒雄山義海居士」が披露された。
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 こうして淡々と行われていくのですね。私もこれと同じに行われるよう、兄の葬儀に加わってまいります。

1311020913110210 さすがおちょうも「嘆息(たんそく)まじりにつぶやいた」というだけなのです。そのおちょうを「けんはおもわず母を抱きしめていた」というのです。これが読んでいる私にもよく分かります。

「母さん。心配いらないよ。お父ちゃんと約束したんだ、母さんと末廣はわたしが守るって」
 植木とのことを忘れたわけではない。植木と夫婦になる決心も変わらない。
 とはいえ、おちょうによりそい、末廣を守ってゆこうという気持ちも真実だった。


 これにおちょうは、「お前を娘にしてよかったよ」といいます。思えば、このことがおちょうを今けんに「すまない」という気持にさせているのでしょう。
 本当の母と娘ではありません。でもこの挿絵でも、このおちょうとけんの気持が伝わります。最後にこうあります。

 今だけでもおちょうと次郎長をふたりきりにしてやりたい。13110104
 いいなあ。実の娘でもないのに、こう思うけんの気持は嬉しく思います。…………だから、結局植木とけんは夫婦にはなれなかったのですね。悲しいな。

1311010813110109 医者ってこういう役割なのだなあ、とつくづく感じます。いや今は兄の死を知っている私はそう思うのです。いや私は病院より、自宅がいいかなあ。パソコンのそばでケータイやIS01のそばがいいです。私のブログとインターネットを感じていたいです。

 植木は、次郎長の脈をとり、まぶたをもちあげて眼孔を調べた。元のとおりに布団をかけてやると、ひと膝さがって畳の両手をついた。深々と頭をさげる。

 こうして次郎長が亡くなりました。

 眠ったようなので布団のなかに手をいれてやった。寝顔をながめながらとりとめのないおもいにふけり、気がつくと息が止まっていた。13102609

 こうして次郎長が亡くなりました。こうして同じことを言うしか私にはできないのです。こうして畳の上で亡くなったのですね。思えば、大事なことだなあ。
 今兄の死を身近にして、弟からそのいくつもの報告を受けている私には実に切実に感じられます。こんな兄弟で良かった。そういくつも思っているのです。

1310310113103102 次郎長が亡くなる時が迫っています。もうその時なのですね。人間は誰も死ぬわけなのです。私は兄の死を目の前にして、これからお通夜葬儀を迎えます。つくづくそのことを感じています。

 明治二十六年六月十二日の午(ひる)少し前だった。
 雨があがって、この季節にしては心地よい涼風が、開けはなれた玄関からも勝手口からも吹きながれてくる。


 こんな時の医者って何なのかなあ、と思います。病院って何なのかなあ。兄の死を目の前にしてつくづく思うのです。でもそれが一つの役割なのですね。思えば、辛い役割なのだなあ。13102608

 植木は荒い息を吐きながら、段とばしに階段を駆けあがる。そのあとから、けんも息を切らして追いかける。
 二階は異様な静寂につつまれていた。


 なんだか、この静寂が想像できます。そして寂しい思いです。この静寂を大事にしたいなと思います。

1310300113103002 次郎長は今こうして人生を振り返っているのかもしれません。初志郎も今は次郎長と心を交わせるときのはずなのです。

 初志郎は次郎長と話ができたのか。かたくなに心を閉ざしたまま長年ぎごちない関係をつづけていた父子は、今こそ、そのうめあわせをすることができたのだろうか。

 今こそ話すべきなのです。いやこれは私も兄とそうすべきでした。もはや二度とはできないことなのです。仕方がない、私も分かっていないのですね。

 富士のお山も三保の松原も雨煙にかすんでいた。
 次郎長は、もはや、水を飲む力さえなかった。が、おもいのほか表情はおだやかで、ときおり目を開けてじっと天井を見つめている。
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 次郎長の心残りは、清水港が開港していないことです。でもこれもすぐに開口されるでしょう。
 この次郎長の生涯を思うと、いい人生だったのかなあとも思えてきます。他の博徒と違ってこうして穏やかな終わりの生涯だったのですから。

1310290113102902 次郎長のことは清太郎が初志郎に教えていなかったのです。

「親父はッ? ひと月になるってんじゃねえか。ちくしょう、なんで知らせねえんだッ」「一度はよくなって……あれ、だけど」
 半月前に知らせたはずだ。…………。


 こんなことで、二人は大喧嘩をしてしまいます。おちょうが止めて終わりになります。

 喧嘩なんかしているときですかッ、文句があるなら出ておゆきッ──すさまじい剣幕で叱られて、………………。

 これでは読んでいる私も、けんと同じに「やれやれと、けんはため息をついた」という具合になります。次郎長にはこんな面があったのですね。13102305
 三人いたおちょうのことも、こうした息子のことも(みんな実子ではない)この作品で知りました。
 私が学生のときに、調べたのですが、江戸時代のほうが現代よりも離婚が多かったのですね。それで「三行半」のようなことは武士ではなく、いっぱんの百姓が多く、しかも女性の側から離婚することも多かったのです。「今の人は自由でなく可哀想だ」というのは大学4年のときに行きました川越で会ったおばあさんの言ったことです。

1310280113102802 次郎長は質屋に頼っていた(実際に質屋に通うのはおちょうですが)のですね。そうなんだなあ。この私の家から王子まで歩くときに柳田公園に行く前に、質屋がありますが、今もなんで存在するのかなあ。不思儀な思いで見ています。

 おちょうの悩みは、いっこうに快方に向かわない次郎長の病だけではなかった。
「けん。これをもってっとくれ」
 この日もけんは質草をたくされた。


 そうなんだなあ。それに今はたくさんの人が次郎長の見舞いでおとづれ、泊まっています。ありがたいのですが、みんなは食事はするわけなのです。
 また私は次のところで涙になります。おちょうは質屋に行くことをけんに頼んでも、自分の着物ばかりで、次郎長のものは出さないのです。

 次郎長の持ち物だけは、おちょうは頑として手放さなかった。次郎長に万が一のことがある──回復する見込みのほうが万に一つだったが──とは、なんとしても認めたくないのだろう。

 だがそこに初志郎が来るのです。彼も次郎長のこと聞いて、慌てて来たものなのでしょう。13102110
 私の家にそばの質屋ですが、店先にいいお花が飾ってあったので、デジカメで撮っていたら、店の人が出てきました。多分咎めるつもりだったのでしょう。でも私はすぐ去りますから、その店主さんの思いは分かりません。でもデジカメでどこでも撮るなんてことが想像できないのでしょうね。

1310270113102702 次郎長がこうなると(もう倒れて寝ています)、大勢の人が訪れてきます。

 次郎長は見るも哀れだった。ささえられて身を起こし、卵粥をひと口ふた口、あとは牛乳をすするのが精一杯。

 しかし、次のように言われていますが、

「石松の敵討ちをしざァってんで追分で吉兵衛を斬ったときもそうずら。………………………。………………」

 しかし、森の石松っていうのは架空の人物だと思っていましたが、そうではないのかなあ。

「………。親分は死ぬもんか」
 四半世紀もの昔の武勇伝をなつかしみつつ、かつての子分たちは次郎長の生還を祈る。
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 こうして慕われる次郎長を思います。

1310260113102602 もう次郎長の病は進行しているのです。植木ではそれを止めようもないのです。

「親方の病だが……」
 植木はいいにくそうに顔をゆがめた。
「関節僂麻質斯(リウマチ)を併発しとるじゃ」


 これはすぐあとに「つまり急性の関節リウマチである。」との著者の解説があります。 植木はいいます。

「わたしもなんとか手だてがないものかと、常にかんがえている。特効薬さえあれば……と。病とむきあうことは己の非力を知らされることだ。…………」

 これはつらいことです。いくつもの修羅場を乗り越えてきたはずの次郎長もこうした病に出会ってしまうのですね。13102104
 こうしたことはいまでも現実にあります。どうしても嫌なことなのですが、いくつも出会ってしまうことなわけです。なんとかしてほしいな。でもこうしたことが辛い現実なのです。嫌だなあと思うことしかできないのです。

1310250113102502 私は昨日「少し次郎長に気をつけてもらわなくちゃな。でも次郎長は心配だなあ。」と書いた通り、次郎長は熱が下がると外を出歩くようになります。

 植木にもきつくいってもらったが、たいした効き目はなかった。
「あまえさんッ。おまえさんはなぜそんな乱暴なことばかりするんですかッ」
 おちょうに膝づめ談判されて「えいからえいから」などと聞きながしてしているうちはよかった。…………。


 もう次郎長も歳も歳なのです。私も心配です。また寝込むことになります。

 いうまでもなく、植木も治療に専心していた。その顔が日を追うごとに曇ってくる。13102103

 次郎長はどうしても昔と同じように動きまわりたいのでしょうね。その気持もわかるけれど、私も心配です。いわんや、そばにいるけんや、わけてもおちょうはもう心配ばかりなことでしょう。

1310240113102402 次郎長も実に家庭は大変だったのですね。

 清太郎と初志郎はそりがあわない。
 実子ではないもののおちょうが三河からつれてきた清太郎は、次郎長に気に入られ、一時は戸主に推されたことさえあった。押し出しがよく闊達な清太郎を初志郎がやっかみ、目の敵にするのはムリもない。


 しかし、三河から来た三代目おちょうは官軍方の女とみられていて、親類縁者もその官軍方の女の連れてきた清太郎(清太郎もおちょうの実子ではない)よりも初志郎に肩入れします。面倒なことばかりですね。今も(現代の今も)「俺は武士だった」という阿呆が実際にいるのですから(私はその彼が阿呆に思えています)、この「清太郎と初志郎」のことは分かります。でも次郎長がいれば大丈夫なはずです。でもその次郎長が今は病で寝ています。
 けんは思うのです。

 …………、いずれにしても次郎長には元気になってもらわなければ、植木先生との結婚も暗誦に乗りあげる。
 けんは必死の形相である。
 その夜を境に、次郎長はめきめきと回復した。


 私も良かったなあと思います。ただ私もけんも誰もかもが心配です。少し次郎長に気をつけてもらわなくちゃな。でも次郎長は心配だなあ。

1310230113102302 次郎長の女房のおちょうのことは名前だけは知っていましたが、こうして二代目、三代目がいたことは、この作品で初めて知りました。そしてでも初代のおちょうのことは今日初めて書かれました。

 次郎長は恋女房の初代おちょうを急ぎ旅──捕吏から逃げる旅──の途中で亡くしていた。渡世人だから墓もつくれず満足な供養もしてやれなかったため、毘沙門天を彫らせて、肌身離さず持ち歩いていたという。けんもこの話は何度も聞かされていた。

 この挿絵が、二人が東海道を歩く姿なのでしょう。なんだか、また涙になってしまいます。

 おちょうは初代に敬意をはらい、二代目には負い目を感じるようで、ふたりの供養をねんごろにしている。

 そうなんだ。でも初志郎の母は「次郎長の三河妻ともいわれる初志郎の母親については、一度も口にしたことがなかった」というのです。そうなんだなあ。
 思えば、任侠、やくざも大変に面倒なことを抱えていたのですね。
 そう思い出せば、昔新宿の三丁目の悲惨な飲み屋街であった年寄のやくざが、それから20年くらい経ったときに偶然浦和の与野本町のあたりで会いました。もう始発電車が走っているときです。ただその時も酔っていましたね。私は「やくざって、何て悲惨な人生なんだろう」と思ったものです。
 そんなことからは、この挿絵は少しも感じられません。13102006
 あ、そうだ。私は毘沙門天で上杉謙信を思い出していました。いえこの『諸田玲子「波止場浪漫」(184)』を書く前にインターネット上の私のサイトのアクセス解析で上杉謙信のことを毘沙門天信仰のことをいっぱい見ていたのです。

1310220113102202 次郎長はこの時74歳ということです。「だが七十四ともなれば油断は大敵だ」とある通りです。私の兄莞爾は現在71歳ですが今は2013年10月21日のポメラに書いたように、千葉県柏市の東京慈恵会医科大学附属柏病院に入院しています。この小説でも、みな次郎長のことを心配しています。

 皆の表情がわずかながらやわらいだのは、真夜中の、日付が変わるころだった。
「お、息がちっとラクになったようずら」
 清太郎の声で、けんは額に手をあてる。
「あ、ほんとだッ。熱も少し下がっているッ」


 もう小説の中の、そして大正の時代のことなのですが、私も「良かった」と思うものなのでした。けんもおちょうも少し喜んだことでしょう。

ムリやり休めとはいわれたものの、一睡もできず、隣室の気配の耳をかたむけていたのだろう。
「おまえさん。あァ、よかったよかった」


 このおちょうの言葉に私もおもわずうなずきます。そして次の展開が気になります。このままこの危機を乗り越えてくれればいいなあ。それを真剣に願います。13100911
 私は昨日、「次郎長にも死が訪れるのです」と書いてしまいましたが、そのことが外れてしまうことが、私には強力に願うことなのです。

1310210113102102 次郎長にも死が訪れるのです。こんなことでなのですね。けんは雨の中畑にいた次郎長を思い出します。 

 ……、とっさに畑仕事をしていた次郎長の姿がまぶたをよぎった。
「もしやお父ちゃんが……」


 こうしたことで、次郎長は熱を出してしまうのです。

「…………、何度呼びにいっても聞かないで、びしょぬれになって帰ってきだんだって。先生もあきれてた」
「熱は……」
「四十一度」
 植木先生はまだ奥座敷で診察中だという。


 おちょうも驚いてしまうことなのです。

 枕元でおちょうが繰り言をいう。たいがいのことには弱音を吐かないおちょうがうろたえているのは、よほど重篤なのだ。13100907 死はこうして誰にもいつかはおとづれるものなのです。このことを深く考えておかないとなあ、と私も思いました。

1310200113102002 けんが次郎長に番傘を持って行きます。雨が降りそうなのです。

「お父ちゃ─んッ」
 大声をはりあげると、次郎長は腰を伸ばして、こちらを見た。鍬をかかげて見せる。


 けんは次郎長は実の親ではないが、こう呼んでいるんだ。いいなあ。いい親子にしか私には思えないのです。
 この挿絵はいいですね。カラムシ畑で鍬を掲げる次郎長とそれに声をかけるけんです。いいな、いいなと思います。
 いいなあ、私も二人の娘を思い四人の孫を思いました。13100906
 なんか、今日も孫に会いたくなりました。昨日の運動会でも楽しかったのですが、また今日も会いたいな。

1310180113101802 この「波止場浪漫」の見出しが「フリーラブ」となっていることが今日分かりました。 

 いすゞはようやくバタつくのをやめ、くるりとうつぶせになって顔をおおった。が、泣いているのではない。喉に奥でぎごちなくわらっている。
「おけんさんは、惚れた男はいるのかい」

 けんはうろたえます。私の二人の娘を思いました。やがては孫のポニョにもじゅににも起きてくることです。でもいすゞはこういうのです。

「ねえ、フリーラブって、知ってる?」

13100510
 これが雑誌「青鞜」のことなのです。けんは知っているわけですが、いすゞは喋り続けるのです。
 そうか、これでこの「フリーラブ」が始めて分かりました。そうなのだ。なんだか、これでこの「フリーラブ」という章は終わるのかなあ。
 そんな思いで読み終わりました。

1310170113101702 勇太が骸になって帰ってきたことは女房のいすゞはまだ知りません。なんかそれを知らせなくちゃいけないけんは実につらいところです。 

 ……。けんにしても、自分がいすゞの気をひきたてられるとは思わなかったが、ふさぎこむ原因には心当たりがあった。

 でもいすゞはまだ亭主の勇太の死は知らないのです。 

 話してやらなければならない。つらい役目だがあいまいにしておくのはもっと酷だとけんはおもった。

 このことを知らせたときに、 

 突然、ヒーッという悲鳴が、けんの耳をつんざいた。いすゞは手足をバタつかせる。

13100508 けんにはものすごくつらいところです。まして女房のいすゞには辛すぎる瞬間でしょう。なんだか私は何も言えない思いになります。

1310160113101602 なんだか、勇太が骸で帰ってきたことが哀しいです。ウンケルはどうしたのかなあ。 

けん、ヒサ、植木は、三人だけになるや、ひそひそ声でいらだちをぶつけあった。

 そうだなあ。でも次のように植木がいうのは、この日本では守られていたのかなあ。

「逃亡上の事故とはいえ、俘虜を虐待することはハーグ陸戦条約で禁止されている。ウンケルが溺れ死んだとしたら、それは断じて公にしたくない出来事でしょう」

 なんか不安なことです。事実「俘虜」ではないですが、安兵衛はひどい扱いを受けたようです。 

安兵衛は痣だらけで、足の骨と肋骨が折れていた。

13100507 やっぱりひどい扱いがあったのです。なんか悔しいことです。悔しくて哀しくてなりません。

1310140113101402
 もう読んでいて、私は泣ける思いです。勇太が清水の外海で舟が転覆して骸となってしまったのです。ウンケルがどうなったのかは今は分かりません。

「それにしても、亭主はどうしちまったのか」
 おのぶは千畳楼に迎えにやってくれといいはじめた。本当のことを伝えなければとおもいながら、…………、…………。

 このあとすぐに舟が転覆して勇太が亡くなったことが伝えられます。 

…………。勇太がものいわぬ骸となって帰ってきたのだ。…………、………………、転覆した舟のそばにういていたという。

 これにはけんも植木も大変な思いになってしまいます。
 

…………帰ってきた植木が絶句し、頭を抱えてしまったのはいうまでもない。

13100106 なんだか、どう考えるべきなのかも今の私には分かりません。憲兵も悪いわけではありません。こうなったら、なんとかウンケルにドイツにたどり着いて、母親と恋人に再会してもらいたいです。
 でもそれもかなわないことなのかなあ。

13101301
13101302
読むのが辛い思いになります。安兵衛は憲兵隊に酷い扱いを受けるのでしょうが、でも大丈夫だろうと思います。でも一番心配なのは、勇太とウンケルのことです。

「きっとすぐに帰されますよ。こまっている人を助けただけんだから」
「だと、いいんですけれどね」(安兵衛の女房ヒサのことば)
 けんは窓から波止場をながめる。

 なんか寂しくきつく感じます。どうしてか辛いのです。ウンケルのドイツの残してきた母親恋人も心配だし、このけんと向き合っているヒサのことも可哀想に思います。13100105
 憲兵隊は今はいないし、その関係者も私は会ったこともないから、何も私の思いはありません。

1310120113101202
このパソコン上では、『「波止場浪漫」(173)』がなくて、かなり焦りましたが、ちゃんとインターネット上の将門Webには載せてありました。パソコンではなく、ポメラで書いていたのでした。

安兵衛は、憲兵がおのぶをひきずって船着場へつれてゆくのを見て、とっさにこのおどろくべき嘘をおもいついたのだろう。

 この安兵衛にしても勇太にしても、その知恵と勇気に感心します。

……、憲兵はいち早くウンケルを捕えようとばらばらと駆けだしてゆく。安兵衛の一計が功を奏して、ひとまずは事態がしずまるかに見えた。ところが──。

13093010
 でも相手は憲兵です。安兵衛の苦心もどうなるのでしょうか。
 私はこうした憲兵とか警察が大嫌いです。ただ私の時代は憲兵は存在しませんでした。それは良かったことなのだろうな。

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