将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Category: 周の発言

201708022020170802012017080221
私の故郷である神戸の街元町を書きます。 これまで何度も行きましたものです。そして大阪とは違う神戸の街を感じてきました。
私はここに義父と義母のお墓があるのです。そのお墓のある街のことはまた書いていきます。
2017080102
2017080221続きを読む

2017080213  大阪の街の4番目です。これは「じゅうそう」と読みます。
201708021420170802152017080217    私の同じ大学の後輩(これも元活動家)が北海道へ行って、旅行で出会う大阪人に嫌になっていました。北海道で会う大阪人がその本物の量・人数より数倍多く見えた(思えた)のです。若い女の子も多かったのでしたが、「えげつない」という言葉 がいっぱい聴こえたようです。
  もう彼はこの時から大阪人が嫌いになったようです。この彼の偏見はいけないけれど、私には十分にわかるのですね。これが私たち関東人に多く見られてしまう大阪人への偏見の姿なのです。
 あ、ここの写真は大阪十三の街です。
2017080218続きを読む

2017080202022017080201   そこは米軍用の飲み屋でした。私が飲んでいると、米軍の兵士が隣に来て私は飲んでいるビールを勧めましたが手を振って断りました。彼は22歳でしたが、まだ飲めなかったのです。彼は私にハンバーガーを勧めましたが、私は好きではないので遠慮しました。すぐに彼は帰りました。
  そうするとそこのママがいうのです。「米兵(アメリカヘイ)って可哀想ね」と。彼はそこのママに自分のテキサスの母親に手紙を書いてもらうのです。もちろん、ママは米語で書くのですが、その米兵はまったく字が書けないのです。だからそのママに頼るのです。
   こんなことで、沖縄の人は米軍をバカにしていました。実は私たち本土から来る人もバカにしていました。すぐにシャッ等を脱いでしまうからです。沖縄に着いて言われたのは、「やたらにシャッを脱がないこと」です。それでも脱いで働いていると、沖縄の人が「脱ぐとかえって暑いのだ」と教えてくれたものです。
   しかし暑い現場で肌を見せてしまう私たちは、本当にバカだと思われたでしょうね。そんなことばかりが続いたのです。
   それと言われたのがやたらに脱いで海で泳がないことです。私は最初に海で泳ぎました。二日酔いにはちょうど気持ちがいいのです。これまた注意されました。「やたらに肌を出して海に入らないこと」をです。これは私たちはすぐにしてしまうことでした。それと・・・、いっぱいありましたね。
2017080202

続きを読む

2017080101    8月1日です。2017年(平成27)8月1日です。昨日おはぎから沖縄旅行から帰ってきたという電話がありました。その時はばあばが長く話していて、電話を終えて切ってしまったのです。そのあと、私がまた電話しました。最初はミツ君で、次はポニョで、その次はポポで、最後はポコ汰でした。3人とも沖縄の海は楽しかったようです。
 私も思い出しました。東シナ海は実に奇麗な海なのですね。懐かしく思い出します。私へのお土産の星砂は忘れていないようです。また手に取ったらここに撮りましてあげてみます。2017080102

 続きを読む

2017072904     大事なのは、常時私のリュックサックにつけられるものです。ここの私の部屋に置けるものではなく、常時私が持っていられるものなのです。これは大事なことです。「私の部屋に置ける」のは、今現在はあるのです。私はいつでも常に故郷を感じていたいのです。20170729062017072905

続きを読む

2017072808   私はこれを新田(にった)と読んでいました。新田義貞のためです。実際に新田(にった)さんにもお会いしています(この方は鹿児島市の人でした)。星砂の竹富島でもこの新田さん(上に書いた新田さんとは違います)のところへ泊っています。今では新田荘として有名なようです。
   思えば徳川政権も新田義貞の関係の子孫だといわれ、徳川家康は「源氏」(新田義貞一族は源氏ですから)だと言われていました。
2017072809
  でもここ王子に住んでみて、歩いていけるところに新田(しんでん)というところがあったときに驚いたものです。
2017072801

続きを読む

2017072806
   きょうから、おはぎ家族5人おはぎ・ミツ君・ポコ汰・ポニョ・ポポが沖縄旅行に行きます。 
私が前に行きましたときに石垣島から竹富島まで舟に乗ったときに、「あなたたち、泊まるところあるの?」と声をかけてくれたのが新田さんでした。そこで私たちは彼の新田荘へ泊ることになったものです。この竹富島は星砂の島として当時から知られていたものでした。
   それでおはぎ家族には、これをお土産に欲しいのです。ここにあるように、これが直接とめられればいいのです。私の毎日背負うリユックにつけるのです。前には、おはぎ・ブルータス・ばあばが沖縄のブームのコンサートへ行ってお土産でもらったのですが、このように何かにつけられないのです。だから私のすぐそばに置いておくだけなのです。私は常に私のそばにあってほしいのです。これなら私のリユックサックにつけておけるのですね。それが私の希望です。
 沖縄は私の故郷なのです。
2017072807続きを読む

20170727162017072714    大阪というと、いつもこの街を思い出しています。ここのあるタワーにも上りました。
大阪というと、ここの最後の画像のビリケンさんは忘れられません。私の住む東京北区王子にもこの像があります。こんなに大きくはないですが。そうだなあ、あの像は東京だから大きくはしていないのかなあ。刺激するものね。
20170727152017072717
この「つぼらや」はいつも忘れられません。
20170727132017072718続きを読む

20170727092017072711
     ここの作家というと、私はどうしても織田作之助を思い出します。「夫婦善哉」を思い浮かべるのです。その中の一つひとつの言葉会話は忘れられないです。柳吉と蝶子の会話です。

「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか太夫ちゅう浄瑠璃のお師匠はんがひらいた店でな、一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯にする方がぎょうさんはいってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」「一人より女  夫のほうが良えいうことでっしゃろ」 2017072712
こうした会話をどうしても思い出すのです。懐かしいなあ。思い出せば二人が入っただろう店にも行ったなあ。(ただし、これは小説の中ですから、そのモデルの店で思うわけなのです)。
どうしても私は「北」より「南」が好きなのですね。20170727022017072710
続きを読む

20170727062017072701 この街が大阪の北です。私はこの街でも腹いっぱい飲んできました。仕事で来て、そのあと飲んだこともありますね。この街のはずれにはまだまだ大阪の怪しい街が残っているのです。
行けばすぐに分かるでしょう。大阪支店(当時働いていた会社の支店)の大物に驚かれたことがあります。
やはりハイカラな街ではなく、大阪なのですね。
20170727072017072708続きを読む

2017072624 201707262520170726262017072627   随分昔ですが、鎌倉の大仏を初めて見に行ったときに、私はその高徳院大仏の後で与謝野晶子を思い出していました。そして大仏の後で与謝野晶子のことを何かを書いていました。懐かしいです。
   また行きたいな。今度は孫といくのだ。
2017072628
続きを読む

2017072601 雨ですね。そうなのだなあ。続きを読む

2017072502 今日は起きるのが遅いなと思っているのです。仕方ないですね。毎日こんなことなのですね。

続きを読む

20170725032017072501  私が勝手に思い込んでいたのと違いまして、往路は京葉線経由で行きまして、復路は総武線でした。もういっぱいポメラで書いてきたのですが、もうどうやったらパソコンにログをコピーできるのか分からないのです。2017072504

続きを読む

20170722022017072203 それで総武線で行くのです。私は杖歩行ですから日本交通頼りなのです。
  いつも私はこの日本交通頼りです。
こうして孫二人と会えるのです。ブルータスにも会えますよ。2017072204続きを読む

2017072103       私は自分のことを、「大阪を知っているように言っているけど」、実は「何にも知らない分かっていないじゃないか」と思います。言い訳すれば、住んだことはないですからね。
  しかたないのです、と言い訳してしまいます。
続きを読む

20170721012017072102    サイドバーに戸田恵子さんの画像をUPして、同じくサイドバーにカレン・マクドゥーガルのお尻の画像をUPしました。とにかくどちらも私の大好きな方の画像です。
  こうして好きな方の像をUPできるのは嬉しいです。こうしてまた毎日見ていけます。

続きを読む

2017071701 もうインターネットで見つけたサイトで、読みまして嬉しくなりまして書き込みしました。こんなことは嬉しいことだなあ。
  娘さんがお母さんのお腹に妹か弟ができてその時のお話です。読んでいて嬉しくなりました。それでつい書き込んでしまいました。元気な子どもさんがお生まれになることを熱望します。2017071701
   読んでいまして、嬉しくなりましたものです。私も孫が生まれたときもただただ嬉しかった私です。続きを読む

2017071601
2017071601
また目森さんが書いてくれています。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「南千住は」で記事に触れさせていただいた 将門web さんが「何度も笑っています」という記事で応答してくれています。

何度も笑っています
   目森さんが書かれたことで、何度も何度も笑っています。この内容です。
南千住の電柱には、「路上で酒盛りをしない事」などと書かれていました。
でもそう書かれてもやるのだよなあ。私もやってしまう側です。ここにはいくつもの画像を入れてみました。警察も困っているのだろうなあ。

画像は本家で見てください。楽しそうに路上で酒盛りしています。
山谷はガラが悪いし、左翼もいるし、ヤクザもいるし、面倒臭くて警察も嫌だと思います。
路上で酒盛りだけじゃなくて、昔は冬に銭湯の入り口の前で寝ている人もよくいました。銭湯の排水はお湯ですから、その上の道路が温まるのだろうと推測しましたが、確かめてはいません。
玉姫神社の前の玉姫公園に行ってみると、ベンチの前に地下足袋が脱ぎ捨てられていた事もありました。そこで履き替えたのでしょう。片方が立っていて、履いていた人の気配が残っている印象で、しんとした冬の朝、そんな光景に遭遇するのは、とても嫌でした。

山谷のドヤは、バブル景気の時に高級化して(なぜ、この場所のまま高級化するのか不思議でした)、料金が上がったとかいう話を聞いた事がありました。バブル崩壊後、そういうドヤの一部が外国人旅行者向けの低価格ホテルになり、成功したようでした。

土木作業などの仕事がなくなったのでしょう 、隅田川両岸の美しい遊歩道が浮浪者の臨時テントで埋め尽くされた時期がありました。
ブルーシートの住人の収入源はアルミ缶のようです。資源ごみで出た物をアパッチし、集めます。図々しい者は、どこで手に入れたか町内会のチョッキを着て集めています。連中も必死です。いや、必死なのは彼らだけですから、この際「も」は間違いで、「は」でしょう。連中は必死です。
集めた缶は潰して小さくし、集積場にでも持って行くと行政が買い取るのでしょう。中間業者がいるのかもしれません。
今、テントが減っているのは、追い出されたという事もあるでしょうが、仕事があるのでしょう。解体作業の現場には、爺さんや露助まで混じっています。

南千住は荒川区ですが、山谷のドヤ街そのものは台東区にあります。区の境に泪橋があるのでわかる通り、ここで差配が分かれていました。
南千住で山谷を引き受けたから、反対側の不忍通りというか、道灌山で台東区が譲り、荒川区と文京区が境を接している所があると勘ぐっている知人がいました。

確かに微妙な区割りになっています。
道灌山は荒川区にあるのですが、どうしてだか、不忍通りを境にして荒川区と文京区といはなっていません。不忍通りを越えて荒川区側に文京区が食い込むような形になっています。いや、そもそも、荒川区は道灌山の分はみ出しています。荒川区は山手線の外側までで、山手線の内側は文京区か台東区の方が自然です。2017071602
道灌山側の住民は、もうすっかり文京区意識でいます。道灌山には開成がありますから、それも文京区意識に拍車をかけます。オホホホホ。
昔、山の手と言ったのは文京区の事です。縮めて「のて」とか言ってました。今では、山の手の対語のように使われるようになった「下町」は神田の事です。山の手のある所に下町はありません。
山の手というのは台地の上という意味ですから、道灌山の住民が、荒川区民であっても、文京区(山の手)意識を持つのは、その浅はかさも含めて不思議ではありません。
しかし、文京区は、その荒川区が不忍通りまで来るのは許さず、道灌山通りから動坂下までの荒川区がせり出した部分に、文京区を敷設しています。不自然に路地一本分だけ文京区です。路地一本の片方、不忍通り側が文京区で、もう片側は荒川区です。
薄皮一枚の文京区と呼ぶ人もいますが、荒川区を防ぐ緩衝地帯と見えるのも確かです。
道灌山通りの向こうは台東区ですし、動坂下から向こうは北区ですから、本来なら台東区がしっくり来ます。そこで、山谷の借りを道灌山で返したのではないかという、まったくの邪推が出て来ます。2017071603
北区にも、不思議な場所があります。
北区豊島五丁目は、隅田川が折れ曲がる所にあります。赤羽で分岐した荒川との距離がとても近くなります。対岸の上流側は足立区新田で、下流側は足立区小台です。
ここの不思議は、北区と足立区の区界が隅田川ではない事です。堤防土手を越えて荒川の真ん中まで、北区が飛び出しているのです。
飛び出している所は、土手と河川敷しかありません。ここが北区である理由は最初に線引する時に手が滑ってしまったか(「鉄腕アトム」の御茶ノ水博士の鼻は手塚治虫のペン入れの手が滑って大きくなってしまったそうです)、何か他に理由があるのか?
ここで知人が邪推力を発揮しました。
足立区の首都である北千住と新田を直付けしないために、北区がカットに入ったという説を発表しました。
新田出身者としては、実に面白くない説でした・・・

南千住は荒川区ですが、北千住は足立区です。千住とだけ言うと、北千住を指します。
南千住と千住の間には隅田川があり、千住の向こうに荒川があります。荒川は大きな川です。初めてこっちに来た人が、川をふたつ越えるので慌てたと聞いた事があります。千葉に来てしまったと思ったというのです。心細かったと言います。
そういう話は何回か耳にしました。足立区民は憤慨していました。
足立区は、荒川から向こうが広大なのです。しかも、交通機関がない。
埼玉に向かう東武伊勢崎線も、千葉に向かう常磐線、京成線も、足立区の隅っこを走っています。足立区の真ん中を走っているのは無人の舎人ライナーだけです。
そのため、足立区民は自転車をこぐスピードが凄まじく早いとか、色々と都市伝説はありますが、せっかく話が南千住に戻ったあたりですし、別の機会にしましょう。         
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆2017071604
   もう何度も笑っています。もうしょうがないですね。この区境をインターネットで探し、地図帳でまた探しました。「いつも開成中学校て、どうしてあそこにあるのだろう」と思っていたものです。
私が不思儀だと思っていたことが解けた思いです。続きを読む

2017071602
 ひさびさに日曜日の朝思います。こうして書いていけるのはいいなあ。それと先ほどケータイメールがありました。ゴトさんからです。あとでその内容も書いてみます。
ああ、私の名前の「周二」の「周」だけを画像としてあげました。以下の通りです。
2017071601続きを読む

2017071501    いつも毎朝のことです。今朝私の頭を巡っていた歌は今も私の頭の中をめぐっています。あとでその歌の歌詞をここへ書いてみましょう。
 いい歌です。こうして歌が頭の中でうたわれているのです。ただ正確に書くのにはインターネットに頼るのです。
2017071502続きを読む

20170714052017071406   目森さんが書かれたことで、何度も何度も笑っています。この内容です。

 南千住の電柱には、「路上で酒盛りをしない事」などと書かれていました。

 でもそう書かれてもやるのだよなあ。私もやってしまう側です。ここにはいくつもの画像を入れてみました。警察も困っているのだろうなあ。
201707140720170714082017071409続きを読む

2017071401  必ず1ケ前に予約しています。今予約券をデジカメで撮ろうとしましたが、どうにもうまく撮れないのです。本当にダメでトロイ私です。ここのサイドバーでリンクしてある店です。続きを読む

2017071301      
    このような夢をみていました。続きを読む

2017071201続きを読む

201707111320170711012017071101  私の友人が書いてくれました。
以下のようにです。20170711022017071103
将門Web
というサイトに いつも姪に言われていました という記事があった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
   私はいつも会うたびに言っていたのです。姪が南千住の大きな素敵なマンションに住みだしたときから、

       南千住の駅前の飲み屋には、『「地下足袋の方お断わり」という紙が貼ってある』と言いまして、

「周ちゃんはいつもいうけれど、それは一体いつの話だ」と言われてあきれはてていたものでした。
  でもこういう偏見も忘れちゃあ、いけないよなあ。こういう偏見は確かにひどいですね。周ちゃんはいつも偏見だらけのひどい伯父さんになっていました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆20170711142017071115
これを

「楽しく、しみじみする記事です。」と書いてくれています。

そのあともすべて書き抜きたいです。20170711162017071117
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
南千住は山谷のドヤ街がある所でした。駅前の通りは骨通りと言います。それは江戸時代に小塚原の処刑場があった所だからです。吉田松陰はここで処刑されています。墓はここの回向院にあります。また、2・26事件の青年将校の墓もここにあります。
皇道派将校たちが、回向院で会議を開いた事があるとも聞いています。
回向院には、吉信ちゃんの像もあります。

泪橋の交差点が台東区と荒川区の境になります。泪橋は、小塚原の刑場に送られる罪人の縁者が、ここまでは付き添っても許されたけれど、この橋で別れねばならない、そういう涙を流す橋だというので言われるようになったのです。鈴ヶ森の刑場にも泪橋はあります。
江戸の刑場は日本橋に置かれたのが最初で、それから鈴ヶ森と小塚原まで、何度も移転します。それは江戸が膨張を重ねた事を示しています。
南千住の電柱には、「路上で酒盛りをしない事」などと書かれていました。区が違うので、台東区側と荒川区側では、違う掲示がありました。
昔は街が臭かったのですが、最近通ったところ、感じませんでした。
飲み屋の張り紙は知りませんが、どんな店でも軍手を売っていたのを覚えています。もうそんな楽しい事はなくなってしまったようです。

南千住は再開発されたのですが、その時、骨通りを掘ったところ、本当に沢山の人骨が出て来ました。掘りきれないので、結局、まだ沢山埋まっているといいます。
近くの桜並木は綺麗です。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆2017071118
全部コピーしてしまいました。ね、だから私の姪も分かってほしいのです。

南千住の電柱には、「路上で酒盛りをしない事」などと書かれていました
骨通りを掘ったところ、本当に沢山の人骨が出て来ました。掘りきれないので、結局、まだ沢山埋まっているといいます。20170711192017071120
こんなことが事実としてあったのです。私は自分が「路上で酒盛りをしない事」という側か言われる側かどうなのだろうか。
でも南千住はそういうところなのです。そして私はそこが好きなのです。2017071121
続きを読む

2017071002  こうして朝です。当たり前ですが、月曜日です。いつも繰り返されることです。
毎朝目が覚めると将門Webのサイドバー「人気記事(画像付)」を気にしています。もうこれは私の習性になっていますね。画像が小さいと大きな別の画像をUPしています。
2017071011
続きを読む

2017070901     
もう起きてしまいました。仕方ないのですね。もう眠ろうとしても無理だったのです。続きを読む

20170707362017070735今日は彦星と織姫が会える日です。嬉しい日なのです。孫たち五人にもまた教えましょう。こういういい日は嬉しいことです。2017070737続きを読む

2017070701   昨夜は20時10分に眠りました。でもケータイメールが9分に来ていて、それに気がついたのでしたが、私はもう眠っていて、ケータイの存在がどこだか分かりませんでした。
今はケータイを開きブルータスからのメールだと分かり(添付ファイルがニコの画像です)、もう大変に嬉しいじいじです。2017070702
こんなものなのですね。
続きを読む

2017070503 被害を受けてしまった島根県が心配だし、これからもおおいに心配です。私は伊勢湾台風も洞爺丸台風も経験しているので、台風は怖いのです。
なんとしても被害が最小限であるようにと祈ります。続きを読む

2017070402   毎朝目覚めると、この将門Webのサイドバーにある「人気記事(画像付)」を訂正しています。画像が小さいとまずいだろうと思うのですね。今朝は2つ訂正追加しました。なんとなく、後から訂正追加するのはずるいと、自分でも思うのですが、ここの画像が映えないよりはいいだろうと思うのです。

 続きを読む

20170703022017070320
   私が書きました「いつも姪に言われていました」は実際にあったことなのです。兄の娘や弟の娘には、本当に周ちゃんはとんでもないおじさんだったようです。いや二人の娘にもそうなのです。もうそれを孫には伝えてほしくないのです。あそこの駅前は本当に「地下足袋の方お断わり」という札が貼ってあったのですよ。
2017070301続きを読む

20170703012017070302
    私はいつもNHK大河ドラマのことを書いてきていました。 少しのことでも書いていたのです。ところが今年は何も書いていません。実はドラマを見てもいないのです。
 主役をやられている柴崎コウさんは私は好きな 女優です。でもでも私はこの柴崎コウさんが演じている井伊直虎が許せないのです。それは井伊直虎が私の嫌いな江戸幕末の井伊直弼(大老)の先祖であるからです。こんな理不尽な理由で私は井伊直虎も嫌いで、この他の先祖も嫌いなのです。これはまったく正当には思えない理由です。
 でも私と接して、私の詠う「黒澤忠三郎『絶命詩』」を聴かれたかた(大勢いることでしょうが)はそれを感じることはできるはずです。私は主役の柴崎コウさんは大好きな女優さんなのです。
 でもでも、彼女が演ずる井伊直虎が井伊直弼の先祖であるということだけで、私はどうにも見ることができないのです。こうした私の理不尽な思いを知って、「この周という人間はどうしようもない奴だ」と思ってください。それが私なのです。
2017070303続きを読む

2017070201
   こうしていますと、いくつものことが思い浮かびます。これは眠っていても夢で見てしまうのです。
   私は絶えず夢を見ています。またその夢のことも書いて行こうかなあ。2017070202続きを読む

2017070101 
  目覚めると、もう7月なのです。いくつものカレンダーを取り換えていきます。もうこれで完全に夏になるのだなあ。おはぎの家の5人が沖縄へ旅行へ行くのです。星砂が欲しいな。もちろん今も身近に持っていますが、いつも持っていられるものが欲しいのです。孫たちに「これはじいじへのお土産だ」と言って手に入れてほしいのです。
 ただたった今も雨の音が聴こえています。まだまだ梅雨なのですね。
 昔温泉新聞の記者だったときに、「長雨に泣いた鬼怒川温泉」という記事を書いたことがあったなあ。あれは1974年8月1日発行した新聞でした。
2017070102続きを読む

2017063005
   昨日私の家に来てくれた友人の長男は札幌で、三男は沖縄に住んでいるということです。私は二人の娘が上中里と千葉県君津市に住んでいます。孫は全部で5人です。今度ばあばと二人で君津に会いに行きます。それがもう実に楽しみです。またじゅにもニコもじいじを見て笑顔になってくれるのかなあ。
2017063006続きを読む

2017063001
   昨日来てくれた友人は春日部から来てくれていたのです。3人の男の子のお母さんです。彼女の友だち(私は初対面でした)が車で連れて来てくれていたのです。もう彼女とは何年ぶりだったことでしょうか。だから、彼女の子どもはこの下の写真のような小さな子ではありません。
   でもこうして久しぶりに会えて嬉しいです。また会えることもできるでしょう。彼女はブログもやっており、ツイッターもやっており、それを見ていつも喜んでいる私です。ここのサイドバーにある「まっくまっく」が彼女のブログです。
   初対面の方にもお会いできて、嬉しかったです。もらいましたお赤飯お弁当は私の妻も美味しくいただきました。
2017063002続きを読む

2017062929    ただその友人にケータイメールを出そうとして、できないので焦りました。それで簡単なケータイメールは出しましたが、本格的なのはこれからなのです。
   でもどんどんとろくなっていますのですね。。
続きを読む

2017062804  先月末の5月30日にわざわざ家まで来てくれて、「誕生日おめでとうございます」といわれたのです。そばの城北信用金庫です。ここは私は大学1年のときに、浦和の私の大学のそばの王子信用金庫(そのときはこの名称でした)に口座を開いたのだなあ。だからもう50年くらいになるのだ。昨日考えて驚いていたものでした。もう驚いてしまいます。この5月30日の時は2名の方がおいでになりました。
2017062805

続きを読む

2017062801 もう眠ろうにも眠れないので、こうして起きています。仕方ないねえ。こうしたときに、画像をどうするのかがいつも大変なのです。続きを読む

2017062101   もう起きています。先日18日(日)の8時の「ボクらの時代」で出演者の和田アキ子・中尾ミエ・いしだあゆみの3人の会話で、いしだあゆみさんが、毎朝3時に起きていると言っていました。夜は19時に眠ると言っていました。「あ、これは私と同じじゃないか」と思いました(私は昨夜は19時30分でしたが)。
2017062102
  そうなのだなあ。いしだあゆみさんが実に親しい思いになりました。でもお三人とも実にお元気でしたよ。
   彼女はここのサイドバーでも「人気記事(画像付)」でも画像が出ています。私はこの映画「男はつらいよ」でもあじさい寺成就院へ行ったものでした。
2017062103続きを読む

20170619042017061905 おはぎの家の3人の孫が家の近くに17日新規オープンした「ジョーシン王子店」に行ったというので、「ああ、昨日は『父の日』だから、何か買ってくれるのかなあ」と思ったのですが、彼らの父はミツ君なのです。私の思い違い、思い込みに苦笑いしていまいました。
「父の日」だけじゃなく「じいじの日」も作ってくれないかなあ、と言いましたら、『「敬老の日」がある』とばあばに言われました。2017061906続きを読む

2017061602       ジョーシン王子店が明日(2017・06・17)新規オープンします。住所は以下です。

北区堀船1丁目23番13号(03−5959−2311) 

    おはぎの家の近くで都電栄町のそばです。私の孫ポコ汰・ポニョ・ポポもおはぎもミツ君も喜ぶのだろうな。私たち、王子じいじ王子ばあばも嬉しいです。もうポポがなにかを手にしている様が見えてきます。20170616032017061604続きを読む

20170615032017061501
  これをあちこちで感じています。この将門Webでもこのことはいっぱい感じることです。ここのサイドバーでもそれをいっぱい感じています。女優さんやタレントさんでもいっぱい感じます。もはやTバックでお尻は見せるわけですが、胸は出しません。出してもなんらかの方法で乳首は隠しています。
   そうなのだなあ。
201706150420170617092017061505続きを読む

2017061301 毎朝目覚めると、サイドバーの「人気記事(画像付き)」を気にします。ここの画像が小さいとまずいと思うのですね。それでその画像をもっと大きな画像を加えています。そちらがここに表示されるようにするのです。私がUPした画像は、フランスの大統領選挙とイギリスの議会選挙のことでUPしたものです。

 続きを読む

2017061103   この将門Webをいつも書いていまして、感じることです。私はこのブログで海外のことと日本国内のことを平等にUPしようと考えていて(一番はサイドバーの人物を同じくらいの数であげていこうと思っていましたが、どうしても日本人が多くなります。具体的には「私の好きな俳優タレントです」を同数くらいにしたいと思っていましたが無理なことでした)、今ではもうそれはあきらめました。
 ただ自分の思いの通りに書いていくだけなのです。
2017061112続きを読む

2017040702
ここのサイドバーにあげるために書いていきます。いつも日経新聞に折り込まれているのです。
続きを読む

2017061001
   今日は6月10日土曜日です。昨日帰ってきたポコ汰に会いたくてたまらなくなっています。昨日は夕方電話しましたが、ポニョがお兄ちゃんが帰ったことをいい、私はそこで「お兄ちゃんに代わって」と言えませんでした。
  でももう会えるのだなあ。ポポも嬉しかっただろうなあ。
2017061001続きを読む

2017060901   もう起きているのだけど、正確には3時45分に目覚めました。もう眠っていられなかったのです。
今日はポコ汰が帰宅します。会いに行きたいなあ。行っていろいろなことが聴きたいです。
続きを読む

↑このページのトップヘ