周のハイクブログ
2007年11月04日
2007年11月01日
2007年04月09日
早稲田甘泉園にて
4月6日ひさしぶりに行きました甘泉園は、いくつもの思い出が甦りました。私が1969年秋にわずかにいた娑婆の世界で、この公園を知りました。もうはるかな遠い光景になってしまいました。また、この公園を訪れるのはいつのことになるのかなあ。
そのときには、孫と一緒に来たいなあと思っています。
ああ、そうだ、この甘泉園の周りには、いくつも高いマンションが出来ていました。だからそんな色紙を使ってみました。
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この画像が、この甘泉園の入口にある樹です。でも大昔すなわち36、7年前にはこの樹はなかったと思うなあ。
神田川の桜を見ながら
4月6日都電で、早稲田の甘泉園まで行きました。面影橋の神田川にはたくさんの桜の花が咲いてしました。はるかな昔を思いだしました。
神田川は綺麗になりました。面影橋にもマンションがいくつもできました。何もかも替わってしまいました。ただ、いくつものところで、大昔の風景を思い出していました。 周のハイクブログ 周のハイクブログ過去LOG
以下の写真が、神田川にかかる桜です。
2007年04月02日
2007年01月17日
初孫は1月3日の誕生日です の2
私のブログで ポコちゃんのことばかりが気掛かりです に次のように書きましたように、
だから、私はそのことに気がついて、神田明神へ急ぎました。そして将門様に、私の初孫の誕生を祈りました。それと私の次女ブルータスの幸せな結婚も祈りました。
この私の祈りが将門様に通じまして、見事に初孫が生まれてきました。私はもうすぐこの孫の用で区役所へ行きます。
それにしても嬉しい正月なのですが、そのかわりに、私が歳とりました。いろんな瞬間に感じています。
2006年12月07日
2006年08月27日
2006年08月03日
「二十五時間目から見ること」へのお葉さんからのコメント
私のハイクブログの二十五時間目から見ることに、コメントをいただきました。お葉さんからです。
『初めまして。。。25時間目。。。作れるものですよね。。。作る気持ちがあれば。。。もっと時間が欲しいけれど・・・・(*^_^*) 』 (2006-08-03 20:26)
この「二十五時間目」というのは、吉本(吉本隆明)さんが使われる言葉を強く意識して書きましたものです。
私のホームページ将門Web内に 吉本隆明鈔集 があります。この中で、吉本さんの二十五時間目 という言葉を私は抜き出しています。
埴谷雄高という人は結局、二十四時間目までしか思考の中になかったのだと思います。吉本さんは、24時間の中ならば「革命家の側ではなく、泣いている子どもを抱きしめる保母の側」をとるのです。埴谷にはそれが全然判らなかったのだろうと思います。
私も絶えず二十五時間目を作り出せることを考えてきました。
今後も絶えず、この二十五時間目を作り、そこでやっていくつもりです。
それから、お葉さんのハイクブログをいくつか読ませていただきました。私は俳句には苦手意識しかないのですが、お葉さんの、ハイクブログは新鮮でした。
また読まさせてもらいます。
2006年07月22日
義母のデイサービスのお迎えを待ちながら

義母はいつも、「何時に来るの?」と聞いてきます。これは私の母も義姉に聞いていることです。でも私のほうは正確には応えられません。夕方には長女が来てくれます。長女が来て、義母とお喋りしている会話を聞いていますと、いつも自分の幸せを感じています。
周のハイクブログ
2006年07月19日
2006年03月28日
鎌倉の春 の続き
私の 鎌倉の春 に次女のブルータスがコメントをくれました。
父さん、ハナモクレンじゃなくてハクモクレンだと思うよ。
白いモクレンだからね。
今その話を姉さんとしていて、ねえさんはハクモクレンを白いカラスだと言っていました。
私はモクレンが好きですね。
あ、私は羞かしいよ。でもいつものことだな。「俺は外国語は苦手だしな」なんて思っていたら、これは言い訳にもならない。英語でもなんでもないじゃないか。
でもこの花はけっこうあちこちで見ますね。今朝も我孫子の自宅から駅まで行く途中でデジカメで撮りましたよ。
でも、なんだおはぎの「白いカラス」というのは……………。
あのね。25日行きました北鎌倉から源氏山、そして鎌倉はとても綺麗だったよ。なんだか、歩きながら、二人の娘と来て歩きたいけれど、もう歩いてくれないだろうな、だから、次は、二人の子どもたち(つまり、私の孫ですね)と一緒にこようと思っていました。
あ、それで「ハイクブログ」ももう一度投稿しました。
2006年03月26日
2006年03月18日
2006年03月10日
義父のことの電話を待ちながら
3月9日の朝4時を少し過ぎた今です。妻は急に容態の悪くなった義父のために、病院に4時前に出かけました。長女のおはぎとその彼が同行してくれました。当初は、私も一緒にと思いましたが、すぐに「義母のことを看なくては」と気がついたものです。もう病院に行きました3人のこと、そして義父のことばかりが気になります。今私は待つばかりです。
もうすぐ電話がなるでしょう。私はそれだけを待っています。この数日、義父に会っていなかったな、そのことがとても悲しいです。(これは昨日朝4時10分頃書きました)
周のハイクブログ
2006年03月08日
2005年05月15日
とにかくよく眠ります
2005年05月14日
ハイクブログの更新がなかった

なんだか過去20年やってきた一日平均4時間の睡眠時間を今生涯を通じて、平均にしているのかな。それとなんだか、その眠りの中で統一した夢を見ていませんね。統一していない夢でもその内容を書いてみようかな。 夢の中の日常 もしばらく書いていないから、何かをUPしてみるべきかな。
2005年03月31日
2005年03月30日
酒飲んで反省する事態とはどうしたことだ
2005年03月23日
2005年03月13日
2005年03月12日
2005年03月06日
2005年03月03日
2005年02月27日
2005年02月26日
2005年02月20日
2005年02月12日
2005年02月08日
アクセスが多いです の2
それから、私はこのハイクブログを、 周のハイクブログ という名称でよぶようにしました。ここは、私周の部屋になっているのですね。できたら、ここにもコメントください。
アクセスが多いです
2005年02月06日
2005年02月05日
睡眠時間が3時間になった

いや、本当にいいのかな。
私は毎年初詣のときに(2回行くのですが)、神田明神で将門様に1回目は、家族・親族・姻族の幸せを祈ります。2回目は、将門様に、私のクライアントと友人たちの社運隆昌と健康を祈ります。
だけど、今年は、生まれて初めて、「今年は少し酒を控えます」と誓いました。
これは大事なことです。
2005年02月04日
俳句より七言絶句を
それで俳句よりも、誰か漢詩のblogをやってくれないかな。それでみんなで、自作の漢詩を披露する。「それ最初の平仄があっていませんよ。○の漢字を×に換えたらいいのでは」、「○の韻は、上平の×だから、結句もこれでないといけないよ」とか互いに教え合う。そうすると、また本人も直せて、だんだんいい詩になるんじゃないかな。ただ、とにかく本人には時間のかかることです。
2005年02月03日
俳句blog
さきほど入れたものに、ここにあげた画像の俳句があります(いえ、こんなのは俳句とは言えませんけれどね)。この句は私が苦し紛れに入れたものです。そうしないと、ここに俳句が挿入されないのよ。
中学生の頃からは、漢詩が実に好きになりました。それは今でも好きです。そして高校生のときに、漢詩作りをやろうとして、いろいろなものを手に入れ(たとえば「詩韻含英異動辯」(このことは、 乃木希典「旅順をめぐる三つの詩」 の中の(註2)に書いてあります。
思えば、東大闘争で逮捕勾留された府中刑務所の独房の中でも、この漢詩作りをしていましたね。
でも問題は苦手意識しかない、この俳句ですが、このブログで時々やってみようなという気になっています。この左メニューにときどき句を載せます。要するに、私は羞を知らない男なのだな。
でもとにかく、この 俳句blog って面白いですよ。






12月25日の誕生予定が、遅くなりましたが、今月3日に生まれました。元気な男の子です。よくおっぱいとミルクを飲んでいます。泣くと、驚くほど元気です。私は昨夜始めて両目を開けて笑っている顔を見ることができました。昨夜長女おはぎが、「今目を開けているよ」という連絡で、あわてて会いに行きました。「もう春なんだよなあ」と今空を見上げました。


前にもあまりUPはしていなかったのが、このハイクブログです。もともと俳句という韻文がどうしても苦手でした。私の好きなのは、漢詩なのですが、これは読んでいるだけでなく、実は作詩したこともあります。ただ、羞しいからUPできません。











































































































