周の情況への発言

2015年08月16日

「噫従軍慰安婦」のことで

15071379
 私は以下に書いています。

   alt="かにた婦人の村と「噫従軍居慰安婦」">(1998.04.27)

 私は1998年の2月14日(土)にここを訪れたことをずっと忘れていません。私が書いたことですが、また繰り返します。

   ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 職員の方の説明の中で、彼女たちの住む部屋には、テレビはないそうです。テレビがあると、それにばかりにかかりきりになるからでしょう。その替わりに食堂にテレビがあって、それを曜日を限って見ることができます。見るのは、みんなの希望でテレビ番組を職員の方が録画するそうです。でもなんと言っても、みなに人気のあるのが「フーテンの寅」さんだそうです。

  寅さんなら、また同じのを見てもいい

というそうです。そしてみんな、実によく見ているそうです。彼女たちが一番飢えているのは、「家族」になるのでしょう。
 あの半端者の寅さんでさえ、優しい家族がいます。どんなになっても歓迎してくれる故郷を持っている寅さんです。そして女性には優しい寅さんです。いや寅さんだけではなく、寅さんの周りにいるどの男性たちも、女性には優しいのです。そんなところにきっとあこがれてしまうのでしょう。渥美清さんが亡くなって、もう寅さんの映画が作られないことには、とても残念なことのようです。
  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆15071380
ここにこの「噫従軍慰安婦」の碑があります。私は以下のように書いています。

  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 この施設は、敷地面積108,911平米という、実に広大な敷地であり高台にあります。館山の旧海軍砲台跡に1965年建てられたものです。ちょうど館山で東京湾を入ってくるだろう敵国軍艦を砲撃できるだろうという砲台跡地です。 この高台の一番上の山の上に「鎮魂碑」がが建てられています。その碑には

    噫従軍慰安婦

と標されてします。
 その場は、ちょうど東京湾の館山沖が見渡せて、晴れた日には富士山も見えるというところで、実に気持のいい広さを感じるところです。
 この鎮魂碑から見た景色がちょうど太平洋戦争にて激戦地になったパラオの風景とそっくりなそうです。そのパラオにて従軍慰安婦として苦労された方が、同じくあの戦争で苦労された方々を鎮魂する碑ということでした。この鎮魂とは慰安婦の方々のみでなく、同じく苦労された兵隊さんも含んでいるという説明でした。
 この碑の前で見た景色を私は忘れることはできないでしょう。どんなにパラオの地で日本へ帰りたかったことだろうなと思うのです。私たちの今の平和を築く礎になった多くの方々を決して忘れてはならないと、私はそのときにも深く思いました。
  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆15071381
 今も思うのです。忘れてはいけないことです。「従軍慰安婦」という言葉は明確にあやまりですが(私の父も義父も外地に行きました。父は中国大陸・インドシナ・シンガホール・ビルマ・スマトマまで、義父は旧満州です)、その従軍した軍隊に従軍慰安婦などというものはいませんでした。
 ただ今もこうしたことを平気で書かれる人がいるということが私はもう許すことができません。


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2013年06月23日

靖国神社のハトのことで

13062207 私の靖国神社の鳩は普通のハトです その3に「鳥好き」さんが以下のコメントをくれました。ありがとうございます。

2. Posted by 鳥好き   2013年06月22日 05:12
何年も前のブログへのコメントになりますが、もちろん現在でも普通のハトと白鳩は同居しています。
 靖国神社では「英霊の魂」に見立てて白鳩を飼育していますので、普段は境内の一角にある鳩小屋の近くをうろうろしていて、行事の時には一斉に飛ばしたりもします。
 一方普通のドバトは千代田区内の至るところに居るわけで、当然境内くまなく居るはずで「白い鳩しか居ない」と見た人は余程観察力のない人か「はとバスツアー」でそれだけを見てきた人なのでしょうね。
 ドバト自体人間が品種改良して作ったもので天然自然を語れる存在ではありませんし「白」に特別な意味をもたせるのは世界中で一般的なことなので、靖国の専売特許でもありません。
 少なくとも「白い鳩」は世界標準で平和の象徴として扱われているので、民族浄化的な文脈で語る人がいるのは驚きです。
 いち鳥好きとしては、ハトに変なものを背負わせるのは気の毒な感じがしてコメントいたしました。

 たしかにもはや随分前のUPですね。でも私には、この「鳥好き」さんが一番まともなことを書いてくれました。と私は思っています。もうどこでも、(とくにこのインターネットで私は感じていました)、靖国神社では白いハトば13062208かりがいるという記述を見てきました。私はハトはそれほど好きではありませんが、こうまで「靖国神社は白いハトばかり」という記述ばかりに嫌になっていました(事実は私は境内でも普通のドバトを見ていますが)。白いハトばかりを大事にして、その他のドバトは抹殺する(殺す)というような事実があるのなら断固嫌ですが、そんなことはありません。

「白い鳩しか居ない」と見た人は余程観察力のない人

 まったくおっしゃるとおりです。ただ言われるように、『「白い鳩」は世界標準で平和の象徴として扱われているので』ということです。これは目の前の事実を見ないで、ただただ靖国神社を何か大東亜共栄圏構想の一貫だと決め付けたいだけなのでしょう。右翼も駄目なのが多いですが、自分を平和主義だと決め付けたい人たちもひどいです。いやそのひどさはひどすぎるものです。私も前でもよほどの真実を自分が言っている、多くの人は知っているが黙っていると思わせたたいばかりなのでしょう。
 私はハトはあまり好きではありませんが(本当は「ハトも」と言ったほうがいいかな)このUPは次のように私は書いていました。

 靖国神社の鳩は普通のハトです
 靖国神社の鳩は普通のハトです その2
 靖国神社の鳩は普通のハトです その3
 靖国神社の鳩は普通のハトです その4

 しかし、このインターネットの世界でも、また同じことを決め付けて言う人がいるのはどうしようも13062209ないと思いますね。そういう封建的(これを私は「ふうけんてき」と心の中でも声に出しても読んでいます)な人はもうどうしようもないですね。
 私は若き日に東大闘争の安田講堂で闘ったいわば過激派ですが、こうした阿呆な平和主義を装う連中は大嫌いです。



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2012年11月08日

私もアップルのパソコンは使ったことがありませんに目森一喜さんからのコメント

12110806 私もアップルのパソコンは使ったことがありませんに目森一喜さんからの以下のコメントがありました。

1. Posted by 目森一喜   2012年11月08日 13:04
確かにアップルのコンピュータは私にも使いにくいです。DOSのコマンドはコンパクトで好きでした。パイプをつないだり、楽しめました。
タブレットはメールとインターネットのブラウジング程度なら十分便利に使えますね。パソコンの用途のかなりの部分がそれなので、そこではパソコンはタブレットに取って代わられるでしょうね。
小さくて持ち運びに便利だし、すぐに起動するし、電子ブックを読むにもこっちのがいいしという事ですね。
市場が小さな間はアップルが大きなシェアを持つでしょうけれど、市場大きくなると相対的にシェアが落ちるでしょうね。市場の拡大は他が伸びる事に他ならないはずですから。12110807

 私もたしか10年くらい前のことを思い出しました(もっと前かなあ)。たしか代々木上原あたりのあるパソコンソフトの関係の会社が事務所を新規に開設したので、私も行きました。そこはすべてMacを使う会社でした。そこの専務さんをよく覚えています。たしか私より一歳年下の方でした。
 そこにあるPC関係の雑誌を出している人が(私とは昔の左翼の関係の友人でした)が来て、Macで盛んに打ち込んでいました。私がそばに行くと「親の意見を  承知ですねて 曲がりくねった  六区の風を つもり重ねた  不孝のかずを〜」なんてのを打っています。そして「おそいな・・・」とつぶやいています。私が話しましたが「PC98に比べると遅くてだめだ」ということでした。私はMacなんてまったく知らないし、PC98なんか嫌いでした(なのに98互換機のエプソンは使っていたのです)。
 その彼が「遅い」というMacがなんだかそこにはいっぱいあったものですね。ほかでもそういう会社を見たことがありますが、結局はやがて、「市場が小さな12110808間はアップルが大きなシェアを持つでしょうけれど、市場大きくなると相対的にシェアが落ちるでしょうね」ということを如実に感じたものでした。
 すぐにDOS/V機が世界を圧しましたね。それで今も上のことを強く感じます。でも仕方ないかあな。



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私もアップルのパソコンは使ったことがありません

12110710 私はこれを読みまして、ものすごく同感しました。ITスペシャリストが語る芸術の以下のUPです。

  アップル社の使命であり、人々が期待することとは
   http://www.kaynotes.com/archives/6726783.html

 私はこれとまったく同じに感じました。

何かの機会に触ってみた時は、非常に使い難く感じたこともあり、印象は悪かった。

 もっと使い安いのかと思っていたのでしたが、私もこれとまったく同様に思ったものです。ただ随分前に持っていたiTunes は次女ブルータスに取られました。もっとも、これで私が入れて聞いていたのは、詩吟と軍歌ですが。

 Macintoshパソコンは宮廷画のようなもので、Windowsパソコンは、その他の絵全部の絵画のようなものだ。

 これはまったくうなずきました。その通りに私も思いました。その他も私は充分にうなずいていました。
 結局以下のようなことなのでしょうね。

 アップル社は、あくまで、人々をあっと言わせる新製品を創り出すことが命であり、人々が期待することなのだ。
  たとえジョブズがいなくなっても、それがアップル社の使命、あるいは、アップル社が背負う十字架である

  MS-DOSは、たしかに面倒に感じたものです。そもそも私はパソコンを使いこなせるような人間ではなかったのです。でも何故か使い続け、パソコンも自作し続けたあたりから変わってきました。いや私が変わったのではなく、どうしてか、私を見てくれる方が変わったのです。松戸自主夜間中学で7年間パソコンの授業を持っていました。いつも自分で作成したパソコンで授業をやり、ノートも持っ12110711ていて、でも宴会ではいつも詩吟と軍歌をやる私のことは変な人だとみな思っていたでしょう。
 そうだな、思い出せば、全共闘や三派全学連の人にもゴールデン街でパソコンの授業をやったことがありました。でももう駄目な人たちでしたが。



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2012年10月28日

「ITスペシャリストが語る芸術」をリンクしました

12102804 私が先ほどリンクしましたのが、このサイトです。それで今はここのサイドバーに置いています。

   http://www.kaynotes.com/
    ITスペシャリストが語る芸術

 ここは、以下のことで、見つけたものです。

   http://www.kaynotes.com/archives/6705220.html
    パラリンピックなどやめてしまえ

 これは私も同じ思いです。こうして私は過去に以下のようにUPしています。

2011年04月30日
8円で出せるダイレクトメール(2003.10.20)
http://shomon.livedoor.biz/archives/51925612.html
2011年05月08日
再び、8円で出せるダイレクトメール(2003.12.15)
http://shomon.livedoor.biz/archives/51927743.html
2011年05月15日
郵便メール便が55円?(2004.02.02)
http://shomon.livedoor.biz/archives/51929585.html
2011年05月17日
また8円のDMのテレビコマーシャル(2004.02.16)
http://shomon.livedoor.biz/archives/51930089.html
2011年05月24日
DMを8円で送る人たち(2004.03.29)
http://shomon.livedoor.biz/archives/51931954.html

 私はこうして書いただけでなく、郵便局にも内容証明(配達証明つき)を送りました。そうしましたら、郵便局の担当者が来てくれまして、「たしかにこのパラリンピックのは違法の疑いがある」とはいいましたが、12102805結局は何もパラリンピックはなりませんでした。だが、パラリンピックはかなり焦ったようで、JRの車両内に社内広告を長く続けました。
 もう私には、随分前のことですが、こうしてまた私とは同じではないですが、パラリンピックのひどさを見事書いていただき、嬉しいです。



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2012年10月20日

空母を持っている国

12101906 私の中国初の航空母艦は時代遅れのもののようですに、imajouさんが以下のレスをくれています。

1. Posted by imajou   2012年10月19日 22:49
 正確に言うとフォークランド紛争で英国が小型の空母を使っています。搭載機数はごく僅かですが、それでも随分活躍したようです。
 それ以外に空母を持っている国はロシアとフランスでしょう。
 中国は着艦拘束装置の購入をロシアから拒否されたそうで、そのため着艦が出来ず、今の所巨大な空気運搬母艦に堕しているようですね。

 ああ、申し訳ありません。私は以下のように書いてしまっていました。

空母というのは、歴史的に米国と日本しか持って実際に使ったことはない

 私も「フォークランド紛争」は思い浮かびましたが、そうなのですね。イギリスが実際に使ったのでした。どうしても日本の戦艦大和ばかりが今も持てはやされる気がして(戦艦武蔵ほかもありましたが)、でも航空母艦をもっと大切にすべきだったよなあ、と思いますね。そんなこと、今言っても仕方ないのですが。
「フォークランド紛争」では、日本の自衛隊ほかの人たちもアルゼンチンに好意を持った(好意とは別にイギリスが勝つとは予想していた)ようですが、私はどうにも昔から嫌いな英国ですが、このときは不思儀なほど英国にこそシンパシーを感じていました。あまりにアルゼンチンのやり方が嫌になったものです。イギリスのサッチャーもどうにも嫌いでしたが、このときはシンパシーをもったものです。アルゼンチンのペロン派を大弾圧した軍人たちが許せなかったものです。
 でも中国の空母が実際に航空母艦として使えない12101907のは、嬉しいことです。実際に尖閣諸島に押し寄せたいのでしょうから。
 中国は尖閣諸島だけではなく、先島諸島も、実際には沖縄全体も中国のものだといいたいのでしょう。この日本でも、「沖縄は中国のものだ」なんて本気で言っていた羽仁五郎なんていう大馬鹿、大犯罪者がいたのですから。



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2012年10月19日

私の「中国初の航空母艦は時代遅れのもの」はこれを見て書いたものです

12101806 私の中国初の航空母艦は時代遅れのもののようですのUPは、imajouの独り言の9月29日の「中国初の空母は時代遅れの産物で心配無用とロシアの専門家指摘」を見て大いに気がつかされました。
 私もちゃんといろいろなところをよく見ていないといけないなと気づかされました。
 このところ少々たるんでいたなと反省しています。


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中国初の航空母艦は時代遅れのもののようです

12101804 中国が初の空母をもったというニュースを、「ありゃ、これは尖閣諸島を取りにくる気かな。それでさらに沖縄も取る気かなあ」なんて、心配になりましたが、このニュースを見て安心しました。もう「2012年9月29日(土)16時4分配信」ですが、一応読んでみました。

中国初の空母は時代遅れの産物、日本は心配無用=ロシア専門家
 中国初の空母「遼寧」が25日、中国海軍に引き渡され、就役した。ロシアの専門家は「中国初の空母は中国の海軍力をさらに強固なものにするだろう」と述べる一方、「遼寧」は時代遅れの産物であり、日本は心配無用だと論じた。中国メディアの環球時報(電子版)が報じた。
・・・
また、未完成のまま中国へ引き渡された「ワリヤーグ」は設計が完璧ではなく、同型艦も就役後に欠陥があることが明らかとなっている。「ワリヤーグ」を基礎に作られた「遼寧」には近代化の問題があり、専門家は「中国初の空母は時代遅れであり、日本はしばらく心配する必要はないだろう」と主張した。

 しかし、ひどいものを仕入れて、それで使い物にならないままなのですね。
12101805 空母というのは、歴史的に米国と日本しか持って実際に使ったことはないということです。そういえば、航空母艦というのは、日米戦争で使われた歴史しかありませんね。
 思えば、その他の国も使ったことはないのだ。
 少し古いニュースですが、これで少し安心しました。



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2012年05月31日

「江角マキコの国民年金不加入問題」(2004.04.21)へのコメントの2

12053105「江角マキコの国民年金不加入問題」(2004.04.21)へさらにジョンさんから、以下のコメントがありました。これは「1.の方へ」ということで、私が書いていた川内さんへのレスでもあります。

2. Posted by ジョン   2012年05月30日 14:08
1.の方へ
芸能人とゆう職業の方たちはほとんどが自営業者です。よって厚生年金ではないのです。この記事にも書かれている通り、会社を辞めて厚生年金、(社会保険)を脱退する時に国民年金、国保への加入の手続き等を公的機関にて教えてもらっているはずです。(定年退職者等もです)加入手続きを怠ったのは彼女自身です。普通、確定申告時に添付されるべき書類がないのにまかり通ってしまったのもかなり問題です。社会保険庁、税務署、彼女の事務所、税理士、弁護士、そして本人、全ての間抜けさが引き起こした問題です。

社会保険庁、税務署、彼女の事務所、税理士、弁護士、そして本人、全ての間抜けさが引き起こした問題です」というのは、まったくその通りです。社会保険庁、税務署は、「本人が申告してきたから、そのまま信じた」というでしょうね。
 でも私は川内さんという方が、コメントしてきて、「エッ、俺がなんかミスしたかなあ」と深刻になったものでした。でも読み直してみて、私はこの件に関しては、一切間違いは書いていません。
 ジョンさん、ありがとうございます。私のサイトもこうしてちゃんと読んでくれる方がいるのだということに、私はものすごく嬉しくなってきていました。



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「江角マキコの国民年金不加入問題」(2004.04.21)へのコメント

12053104「江角マキコの国民年金不加入問題」(2004.04.21)へ川内さんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by 川内   2012年05月30日 09:35
会社の保険料負担分を支払いたくないためにわざと加入手続きをしないケースがあるそうです。
故意かどうかは別として会社が手続きするものなので、いずれにしても所属事務所が加入手続きを怠ったとしか言えません。
厚生年金に入ってるものと思い込んで確認しなかったのは彼女の不注意ですが、被害者でもあります。

 ええと、「会社の保険料負担分を支払いたくないためにわざと加入手続きをしないケースがあるそうです」ということと、最後の「被害者でもあります」とは、何か関係があるのでしょうか。
 私は、ここで書いたことで、すべてです。読み直してみても、どう彼女のことを「被害者でもあります」と言いきれるのでしょうか。厚生年金をやめて(会社を退社したから)国民年金に加入しないで、でもしていたかのように、装って税金(自分の払うものを)をごまかしてしまったということでしょう。これは他の芸能人、かつ普通の国民、例えば私たちでも思い出してみれば、自明のことです。そして彼女には、税理士も弁護士もついていたのでしょう。どこが彼女が「被害者でもあります」なんて言い切れるのでしょうか。彼女が被害者というのならば、その被害は何で、彼女に被害を与えたのは何ですか。
 彼女は、毎年申告するときには、国民年金の額をどうやって算出したのでしょうか。私たちは、自分の通帳や振込額の合計や、自分に送られてくる支払い済の額の合計でわかります。彼女はそもそも支払っていないのだから、それを支払っていたというのは、明確な脱税になります(支払い後の金額が自分の所得になる)。だから、彼女の顧問の税理士も弁護士も最低だよ。

 失礼ながら、川内さんは、まったく分かっていないとしか思えません。厚生年金に加入するのは、その所属事務所がやるのですが、国民年金にはその個人がやるのです(江角さんは、顧問税理士・弁護士がやるべきだったのかもしれません)。所属事務所が、辞めた社員のことまで面倒を見るのではないよ。そんなことは、当たり前じゃないですか。
 今後、もうこういう馬鹿なことを書かないでいただきたいです。もし、どうしてもというのなら、ご自分のサイトで、その主張をしてください。ただし、みなあきれるだけだと思いますよ。たぶんこんな主張をされるのでは、もう誰もただあきれ果てるだけです。



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2012年03月26日

健さんの「1枚の写真」という記事で

 もうちょうど10日前に、私の目と心をくぎ付けにした、写真と文章があります。その写真が以下に掲げたものです。12032407

気仙沼の被災地のがれきの中を歩く少年の写真を「あなたへ」の台本の裏表紙に貼りつけた(写真は共同)

 これは、高倉健さんの文章では、

イタリアにお住まいの作家の塩野七生さんが、現地の週刊誌に載っていたと紹介している写真でした。

ということです。
 健さんは、次のように書いています。

 気仙沼の被災地のがれきの中を歩く少年は、避難所で支給されたものでしょうか?

 袖丈の余るジャンパーにピンク色の長靴をはいています。両手には一本ずつ、焼酎の大型プラスチックボトルを握っています。彼は、給水所で水をもらった帰りなのです。その水を待っているのは幼い妹でしょうか?

 年老いた祖父母なのでしょうか?

 私の目をくぎ付けにしたのは、うつむき加減の少年のキリリと結ばれた口元でした。左足を一歩踏み出した少年は、全身で私に訴えかけてきます。

 私もこの写真にどうしたらいいか分からないほど、ひきつけられました。これは誰にも見てほしい写真であるわけだし、そして高倉健さんの文章も読んでほしいのです。
 そのときに、すぐに私はこの写真を私のパソコンに保存しました。健さんの文章も何度も読みました。
 でも私は、「これを勝手にコピーして、勝手に私のブログで掲載していいのかなあ?」という思いで困りました。でも、もしもこれがいけないと、日経新聞から指摘されたら、そのときは、もちろん削除いたします。もう私は、私だけが私のパソコンで見ているだけでは不満なのですね。あ、もちろん私の持つガラパゴスでも見られるわけです。
 健さんの文章はいいです。そして私は昔からファンである塩野七美さんにも、ものすごく感謝いたします。



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2012年01月06日

過去の「情況への発言」のログ記録

12010507 私が前の将門Webで書いていました「情況への発言」をこの現在の将門WebにUPしました。それを以下にあげます。
 はじめの日付が、私がUPした日付で、(2004.01.05)などというものが、それのもともとのにUPしました日付です。そのあとは、すべて今の「周の情況への発言」にUPされています。

 このあとにまた何かをUPしていきます。

2011.10.05「各国の戦争に関する憲法規定比較」(1992.06.09)
2011.10.06「電算端末でセクハラ告発」 (1992.10.08)
2011.10.07「続電算端末でセクハラ告発」(1992.10.15)
2011.10.08「続々電算端末でセクハラ告発」(1992.10.16)
2011.10.09「平成天皇の中国訪問に」(1992.10.24)
2011.10.10「三六協定のことなど」(1992.10.28)
2011.10.11「多国籍軍のソマリア進駐に」(1992.12.12)
2011.10.12「曙が横綱になることで思ったこと」 (1993.01.28)
2011.10.13「いまNHKで『琉球の嵐』を見て」(1993.02.14)
2011.10.14「東京都のゴミ袋の問題について」(1993.09.19)
2011.10.15「今回の米騒動のこと」(1993.10.09)
2011.10.16「不況についての考察」(1993.10.17)
2011.10.17「続不況についての考察−特に消費税のこと」 (1993.10.20)
2011.10.18「続不況についての考察補足」 (1993.10.23)
2011.10.19「続不況についての考察補足の続き」 (1993.10.26)
2011.10.20「続不況についての考察補足の続きの2」 (1993.12.05)
2011.10.21「新聞の折込チラシを見て」 (1994.03.21)
2011.10.22「続新聞の折込チラシを見て」 (1994.03.22)
2011.10.23「平成の目安箱」(1994.05.12)
2011.10.24「マンデラ氏が南アの大統領に」(1994.05.15)
2011.10.25「派遣ホストのことで」(1994.05.29)
2011.10.26「小沢一郎と朝日新聞」(1994.06.08)
2011.10.27「アカ新聞、ブラックジャーナリズムの側からいうこと」 (1994.06.13)
2011.10.28「その都度のイエス・ノー」(1994.06.15)
2011.10.29「村山政権の成立について」(1994.07.10)
2011.10.30「藤波元長官の無罪判決」(1994.10.01)
2011.10.31「生徒会の選挙について」(1994.10.04)
2011.11.01「大江健三郎がノーベル賞だとさ」(1994.10.14)
2011.11.02「バレンタインデーで」(1995.02.18)
2011.11.03「地下鉄有毒ガス事件」(1995.03.21)
2011.11.04「電車でヘーゲルを読んできたけど」(1995.04.12)
2011.11.05「戦後50年で原爆投下のこと」(1995.05.11)
2011.11.06「南京城壁修復って一体何のことだ?」(1995.08.07)
2011.11.07「O・J・シンプソンの判決について少々」(1995.10.15)
2011.11.08「今回の台湾の選挙とは何か」(1996.03.20)
2011.11.09「私の住むマンションでの『ゴミ置場問題の経過報告』について」(1996.03.24)
2011.11.10「羽織のひもと変体がな」(1996.03.29)
2011.11.11「ある蕎麦屋さんがなくなります」(1996.03.31)
2011.11.12「蕎麦屋の経営」(1996.04.10)
2011.11.13「末野興産の源泉徴収の件」(1996.04.10)
2011.11.14「末野興産の源泉徴収の件で述べます」(1996.04.11)
2011.11.15「ちょっと喋っちまおう」(1996.04.12)
2011.11.16「泰道三八の逮捕」(1996.05.09)
2011.11.17「重油回収ボランティアについて」(1997.02.25)
2011.11.18「4・1消費税の5%の世界」(1997.04.03)
2011.11.19「榊原英資という大蔵官僚」(1997.04.13)
2011.11.20「日本にもタイガー・ウッズを」(1997.04.19)
2011.11.21「ペルーの日本大使館占拠事件について」(1997.05.11)
2011.11.22「渋谷登記所での漢字問題のこと」(1997.05.29)
2011.11.23「香港返還まであと1カ月」(1997.06.01)
2011.11.24「草薙毅の『いいひと』」(1997.06.14)
2011.11.25「ある弁護士の言動で」(1997.06.29)
2011.11.26「香港の返還で言っておこう」(1997.07.01)
2011.11.27「記者から学者、そして中国のこと」(1997.07.11)
2011.11.28「またもカンボジアの内戦」(1997.07.11)
2011.11.29「消費税5%の申告実務」(1997.07.17)
2011.11.30「またまた浅井某の発言に」(1997.08.02)
2011.12.01「アップルはどうなるの」(1997.08.08)
2011.12.02「保保連合について思ったこと」(1997.08.31)
2011.12.03「ヤオハンの倒産について」(1997.09.23)
2011.12.04「国会議員の『圧力』なのかな」(1997.09.23)
2011.12.05「パソコン検定試験って何!」(1997.11.15)
2011.12.06「ちかごろ気になるCM」(1997.11.16)
2011.12.07「山一證券の破綻」(1997.11.24)
2011.12.08「定型外郵便が値下がりになりました」(1997.12.21)
2011.12.09「今年のクリスマスプレゼント」(1997.12.26)
2011.12.10「帝京大学のラクビー部員の事件で」(1998.01.25)
2011.12.11「モバイル通信のことで」(1998.02.06)
2011.12.12かにた婦人の村と「噫従軍慰安婦」(1998.04.27)
2011.12.13「救援連絡センター」(1998.07.11)
2011.12.14「秋葉原を歩いていて」(1998.11.22)
2011.12.15「米英のイラク攻撃について」 (1998.12.20)
2011.12.16「インターネットは危険?」(1998.12.27)
2011.12.17「ホワイトデーで」(1999.03.14)
2011.12.18「昨日宮崎学さんに出会いました」(2000.05.20)
2011.12.19「本日の全共闘の集会」(2000.06.10)
2011.12.20「年頭に思うことひとつ」(2001.01.01)
2011.12.21「高松市の成人式の処理で」(2001.01.13)
2011.12.22「先進国の出生率」(2001.11.10)
2011.12.23「北朝鮮による拉致問題について」(2002.09.23)
2011.12.24「北朝鮮拉致問題と朝日新聞」(2002.10.13)
2011.12.25朝日新聞編集委員早野透の「拉致家族の別離せつない」(2002.11.11)
2011.12.26「週刊金曜日を絶対に許さない!」(2002.11.18)
2011.12.27「プロジェクト猪の掲示板で」(2002.11.25)
2011.12.28「金髪先生支援ボードが閉鎖した」(2002.12.02)
2011.12.29「パレスチナとイスラエルの紛争について」(2002.12.04)
2011.12.30「朝日新聞早野はまだ言っているよ」(2002.12.09)
2011.12.31「3・8イラク反戦集会」(2003.03.10)
2012.01.01「米英のイラク攻撃について」(2003.03.24)
2012.01.02「江角マキコの国民年金不加入問題」(2004.04.21)
2012.01.03「江角マキコのことで、山口瞳を思い出す」(2004.04.22)
2012.01.04「フリーターは増えて、女性は結婚しない」(2004.08.09)
2012.01.05「今回の橋本派つぶし」(2004.08.30)



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2012年01月05日

「今回の橋本派つぶし」(2004.08.30)

 本日の朝刊にて以下のニュースを見ました。

「1億円献金 旧橋本派の会計責任者逮捕 元首相も聴取へ」(毎日新聞)

 この件は

  日本歯科医師連盟(日歯連)の裏献金事件で、東京地検特捜部
 は29日、自民党旧橋本派の政治団体・平成研究会の会計責任者、
 滝川俊行容疑者(55)を政治資金規正法違反(不記載)容疑で
 逮捕し、東京・永田町の平成研事務所などを家宅捜索した。日歯
 連からの1億円を政治資金収支報告書に記載しなかった疑い。特
 捜部は今後、派閥幹部の関与の有無などを追及し、派閥会長で平
 成研代表者だった橋本龍太郎元首相からも事情聴取する。日歯連
 事件は自民党最大派閥を巻き込んだ刑事事件に発展した。
  調べによると、日歯連前会長の臼田貞夫被告(73)=贈賄罪
 などで公判中=は01年7月2日、都内の料亭で橋本氏らと会食
 し、額面1億円の小切手を橋本氏に手渡した。滝川容疑者は小切
 手を同9日に金融機関で現金に換えて平成研の収入としたが、収
 支報告書に記載しなかった疑い。
12010405

という内容が新聞に書かれています。この内容がマスコミで出た最初は、いつだったかは正確には私は覚えていないのですが、7月末か8月最初だったのではないかと思います。
 私はこの自民党最大の派閥をねらいうちにするような、いわば「今回の橋本派つぶし」というニュースを知ったときに、

  お、イラクは終わって、いよいよ北朝鮮に米軍が向かうという
 ことかな

とまっさきに思ったものでした。朝鮮半島で戦争が始まるということですね。
 戦争をはじめるに当たって、アメリカの意向にはすぐに協力応援の姿勢のない勢力を、まずは力をそぐということをまっさきにやるのではという私の思いなのです。
 私はちょうど10年前を思い出しました。私はちょうど1993、4年ごろ、朝鮮半島での北朝鮮の南侵攻を予想しました。また米国もそれを予測していて、逆に北朝鮮侵攻を考えているのではないかと思いました。その戦争への準備が双方ともにやっていると私には思えました。私がそのときに書いたのが

  金丸は何で逮捕されたのか?
 (これはまだUPしていません。今後やります)

です。私は北朝鮮の人たちが、独裁政治から解放され、また「恩恵」と言われる拉致された日本のお母さんが解放されるのは当たり前でいいこととしても、それを勝手に米軍がやるのは、許し難かったものです。だから、この内容の文をいくつもUPして行ったつもりです。だが、私のところには、いわゆる市民主義とか左翼とかいう部分からの私への攻撃が続きました。もうそれこそが許し難いのですが、また不気味で嫌なものでした。
 あの当時、金丸を中心とする部分(当然社会党・共産党も含んでいるよ)は北朝鮮に向けて、合法非合法の金を送り込み、そしてまたその金を日本に還流させて日本の政治勢力で使っていました。これは莫大な資金です。それを何としても米国は抑えたかったのです。
 そして今またそれを感じています。今はもう北朝鮮は前以上に断末魔のときです。でもまだ、日本には北朝鮮を必要とする政治勢力が存在しています。北朝鮮が存在しないと、金をあちこちに配れない政治勢力が今も存在するのです。
 私の予測は、嫌なことですが、当たるんではないかな、なんて思っていますよ。「私たちが歴史をつくる」なんてことは永遠にこないのかな。



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2012年01月04日

「フリーターは増えて、女性は結婚しない」(2004.08.09)

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 昨日に、8月8日のNHKBS1の22:00〜23:49の「BSディベートアワー」に急遽出てくれないかという依頼がありました。収録は前日7日の午後3時15分からです。
 4日夜飲んだのですが、次の店によらず私は帰宅しました。自分でも「珍しいな」という思いでした。実は前日も飲んでいますし、翌日5日も飲む予定が入っていまして、かつその前の週は、仕事と夜の酒の付合いで、それこそくたびれていたこともありました。
 私がちょうど10時半頃帰宅しますと、友人のU氏から電話があり、この番組に出てくれないかという話です。私は「7日なら珍しく空いているし、いいよ」という返事をしました。そして彼から、内容のメールをもらい、さらにすぐNHKのこの番組担当者からもメールが届きました。
「なんだ、またこういうことでやるのか」と少々ウンザリする思いもありましたが、翌日その担当者と電話で話し合うことになりました。

 5日午後3時頃、私はこの担当者と電話でかなりつっこんで話しました。私は私が過去テレビ朝日のたけしの番組に出たときのことをいいました。(そのときのことは以下に少し書いてあります)

  「プロジェクト猪の掲示板で」(2002.11.25)

 私はこのときの番組の内容、その担当者の企画意図をいい、人を世代で判断することの危険なこと、おかしいことを強くいいました。団塊の世代が一つの考えで固まっているわけではないように、若い人もさまざまな考えを持っているだろうと言ったのです。
 このNHKの担当者は、実に丁寧に聞いてくれて頷いてくれました。でもやっぱり彼の企画では、私たちの世代と、今の若者は激しく対立していて、それの対決が面白いことだという考えが最初にあったようです。ところが、何故かこの企画に出たいという人が少なく、出場者を集めるにの困ったもので、私にも声がかかってきたようです。
 それは彼の「こういう考えだと、出てもらえないですかね」というような不安な声で判りました。私は「いや、別に背景としてだけでも出ますよ」とはいいました。そしてでも、「どうせ手をあげて喋りだしちゃえば、いいのだろう」なんていう思いでいました。でもでも、NHKはそんな甘くはありません。

 さて、それで私は以下のアンケートの答えを6日にあるクライアントで書いていまして、翌日NHKの担当者当てに送りました。このアンケートの内容がこの番組の内容にあたります。(***に囲まれたものが、アンケートの内容とそれへの私の答えです。私は当日手をあげて、これを答える気でいました)

8月のBSディベートアワーアンケート
2004年8月6日記入
 記入者名 萩原周二

連絡先 東京都千代田区神田駿河台2丁目1番19号
電話  03−3291−××××  e-mail ××××
職業・肩書き 経営コンサルタント(昭和23年生 56歳)

1.「フリーター」という形態の仕事についてどう思いますか?
フリーターの人口が400万人を超えました。自分のやりたい仕事がやりたいようにできるという反面、収入が少なく不安定、企業には職歴として評価されないなどの問題もあります。「フリーター」を肯定しますか、否定しますか?

 今、この日本が社会が安定繁栄している社会というわけではないということをそのまま反映しているのが「フリーター」の人口の増大ということになっているのだと思います。だから、今就職に向かいあっている若者は大変なことだろうなと感じています。もっともこれは若者に限らず、リストラされている熟年も辛いことでしょうね。
 ただ、「とにかくプータローは駄目だ」とばかり、親やいろいろの大人が、その若者にいうのは、あんまり私は賛成できません。あせって、どうでもいい会社や職業についてしまうと、それこそ悲惨ですよ。私はそうした例をいくつも見ています。
 まあ、私なんか、転職ばかりを繰り返し、結局誰も私をやとってはくれないようなので、自分で会社をやりだしました。私のように、転職を繰り返すのもいいけれど、気にいった職業を判るまで、見つかるまでフリーターでいるというのも、別にいいんじゃないかな。

  周の職歴
 (これは私の過去のHPに書いていました。また書くつもりでいます)

2.若者の晩婚化が進んでいます。平均初婚年齢は27歳。30代前半の女性の4人に1人は独身といわれています。なぜ若者は結婚しないのでしょうか?

 私は娘二人です。長女は25歳の今年4月29日結婚しました。次女は24歳ですが、来年あたり結婚するだろうと予測しています。その娘の友人たち、私の親族含めても、けっこうみんな早く結婚するのですが、これはそれぞれその個人の勝手自由ではないのでしょうか。若者に限らず、結婚したい人はすればいいし、したくない人はしなければいいのです。ただ、別に「この人と結婚したい」という熱い思いがなくても、「子どもができちゃったから、結婚するか」という私のような存在も、大昔も私の時代も今も同様に存在するのかと思います。でもそれもまたいいのじゃないのかなあ。

3.子育てと仕事の両立は可能でしょうか?

 当然可能です。私の妻もずっと働いています。二人の娘も結婚しても、仕事は続けます。私の家庭の場合は、私の両親、及び妻の両親、私の義姉、妻の会社の社長や妻の同僚の協力がありました。それに私の住む千葉県我孫子市の保育園も、実によくやってくれましたよ。二人の娘の子育てについても、私たち夫婦は熱心に協力していくつもりです。

4.妻の親と同居する「マスオさん型家族」が流行っています。
  あなたが考える「マスオさん型家族」の良いところ、悪いところはなんですか

 私の娘の彼氏が私のところに入ってくれればいいなあ、と思っています。でも結婚したばかりの長女は、当分二人で暮らすでしょう。子どもができる頃になったらどうなるかな。私のところでもおおいに歓迎です。次女の彼氏のほうは、そのお母さんが、うちの子含めて家にほしそうなんですが、これまた私のほうへ来てくれれば嬉しいです。私は、私の次女を彼氏のとられるのはいいのですが、そのお母さんにとられるのは、なんだか悔しいな。

5.その他
親から子へ、子から親へ、これだけは伝えたいことなんですか?

 娘が大学生になるときに言ったことを思い出しました。「大学で知り合った友だちが生涯つき合っていける友人になるよ。その友人を大切にしなさい」。 今また、同じことをいいます。今の職場での友だちを大切にしなさい。いい友だちがいるということだけが、君の大切な財産だよ。
                          将門Web

 ようするに、今の若者にフリーターが増えている、また若い女性は結婚をしたがらないこと、そのことに対して、「それじゃ駄目だ、日本が立ち行かなくなる」というようなことを強烈に主張するおじさん、おばさんが必要なのであり、それに対して子ども世代のほうは、「それはお前ら大人が悪いからなんだ」と言って、対立しているという構造なんでしょうが、私のように「そんなのは個人の勝手だろう」なんていうおじさんでは、喋ってもらっても困るのです。 私は私のような当りまえの主張をしていって、その中で論議してこそ、現在の問題を浮かび上がらせられるし、激しく真剣な論議にもなれると思っていますが、番組の意図は違うのです。やっぱり、番組のビデオでは、ビートルズ来日と東大安田講堂攻防戦、そして私たちの世代が高度成長期を作ったかのようなことが映し出されました。「もういいかげんに、決めつけるのはやめろよ」という思いでした。
 若い女性が結婚しなということでも、私たちの側のおじさんの中では、

  私は娘が二人いるが、二人とも結婚しない。長女はいい会社に
 就職して、仕事を懸命にやっていて、趣味はバイオリンで、親の
 私がお見合いの話をしても、全然応じてくれない

というようなことをいいます。これが企画側に合った嬉しい発言なのでしょうね。私なら

  長女がこのあいだ結婚して、私はその場で詩吟が出来て面白かっ
 た。本日の手賀沼花火に、長女は彼氏と一緒に私の自宅に帰って
 きてくれて嬉しいな。次女の結婚のときも、私は詩吟をやるよ。
 娘二人が結婚すると楽しいね。結婚したくない人は、別にしなく
 てもいいんじゃないの。ウチの娘は違うよ。だいたいその娘さん
 はブスなんじゃないの。うちの娘は、魅力があるよ。……………
 いや、ブスっていうのはサ、顔もブスだし、心もブスなんじゃな
 いの…………。(本当はブスなんて言っちゃいけないよね)

なんて言い出しますから、実はこれのほうが面白いし、私の発言はブーイングを浴びて、さらに面白い言い合いになるように思いますね。
 なんとなく私は面白くない思いでした。でもまた帰宅すると、大勢の家族・親族に囲まれて、また楽しい我が家でして、私はまたビールを腹いっぱい飲んでしまいました。



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2012年01月03日

「江角マキコのことで、山口瞳を思い出す」(2004.04.22)

12010113 前回の江角マキコのことで、そのときに思い出したことがありました。それを「周の掲示板」に書いていたのですが、それをまた書いてみます。

 なんだかしつこいのですが、また書きます。
 私が、最初

むしろ江角さんの自らの未加入を知っていながらあの迫真の演技ができるのはさすが役者根性だなーとして評価されてもいいのでなないか。

を読んだときに思い浮かべたのは、映画「江分利満氏の優雅な生活」の新珠三千代です。
 これはたしか山口瞳「酒飲みの自己弁護」に書いてあったと思うのですが(たぶんというのは、今あるべき本だなに、この本がないのです。焦っています)、江分利の妻夏子役が新珠三千代なんですが、彼女が、江分利の母親が亡くなったときの演技が「凄い」のです。いや「凄い」としかいいようがないのです。
 新珠三千代は、そのシーンで、ただときどき目に手を当てるだけなのです。それが「これはすごい女優だな」と感じさせてくれます。
 このすごい演技のことを山口瞳が、直接新珠三千代に聞きます。このときの新玉三千代の応えがこの「酒飲みの自己弁護」に書いてあるのです。
 この映画「江分利満氏の優雅な生活」は、本来は川島雄三が監督として撮る予定でした。ところが彼が突如亡くなります。山口瞳と実に昼から痛飲して(その飲んでいる途中で、川島は銀座で大岡昇平と大喧嘩したといいます)、
その後10日後の次の日に、ある編集者から、山口瞳に電話がかかってきます。

  先生、すぐ酒を止めてください

山口瞳が、「いったい何のことか」ととまどっていると、

  昨夜、川島雄三さんが亡くなりました

と伝えられます。川島雄三も、山口瞳と同じ大酒飲みでした。
 新珠三千代は、この川島雄三のお通夜のときの、川島夫人のしぐさを、ただただ見ていまして、それをそのまま真似ただけだと山口瞳にいうのです。
 これが私には、すごいのです。すごい演技です。これこそ、役者魂です。新珠三千代は、自分の義理の母(江分利満は山口瞳自身であり、その母親は、のちに「血族」の主人公です)を亡くしたという体験はありませんでした。それで、この川島雄三監督の奥さまのしぐさをつぶさに見ていまして、それをそのまま真似ただけなのです。
 この映画は岡本喜八監督に引き継がれて、完成したわけですが、この新珠三千代のこのシーンが私には一番記憶に残ります。

 今回の江角マキコの出来事でも、彼女はあの演技をする際に、何を思い浮かべたのでしょうか。おそらく、結婚していた時、国民健康保険のこととか、夫とは話したのではないでしょうか。彼女も働いているから、別々の保険証を持つことになる、彼女の保険料は、夫ではなく、彼女の通帳から自動引落にするとかなんとか。それなら、当然国民年金のことも話したのではないでしょうか。彼女の年金は、彼女の所得から支払うから、彼女の通帳から自動引落にするとかなんとか。彼女はそんなことも一切関心のない妻だったのかな。

 私の亡くなった親友の堀雅裕さんは、実は晩年は、かなり身体が悪くて、悪いというのは、彼は歩くのも、仕事するのも非常にきつかったはずなのです。もう満員電車で通勤するのもきつかった。だから彼はバイクを使っていた(しかも、このバイクを2台使っていた、自宅の近くと、会社の近くと。でも、実に私はこの頃知ったのですが、実はバイクは3台あったといいます。どう使い分けていたんでしょうか)。でもこのバイクが彼が死ぬ事故につながりました。
 でも彼は、サラリーマンになったのがおそくて、そして身体がきつくても、懸命にサラリーマンとして貫徹しました。それは、とにかく厚生年金の受給資格が得られるまでは、働こうとしていたのです。彼は自分の命が長くないのを知っていたのです。
 そして、ちょうど受給資格を得られてすぐに、彼は亡くなってしまったのです。だから彼の残された奥さんには、今遺族年金が支給されています。奥さんはこのことを区役所で教えられて、号泣したといいます。おそらく彼は、そのことを考えていたのです。
 彼は私と同じで、いつもいつも大酒を飲んでばかりでした。私と同じような、少々欠陥人間だったかもしれません。でも、私は彼が笑顔で私に語りかけている気がしています。

  あの女(彼の奥さんのこと)はサ、口うるさくて、萩原さんは
  気にいらないだろうけれど、俺には、いい女房だったんだよ。だ
  から、俺はやるだけのことはやったろう。

 だから、あんなに身体がきつくても、通勤していたんだ、新聞記者を貫徹したんだと思います。

 江角マキコも、夫婦のときに、そんなことを、ほんの少しでも思い浮かべなかったのでしょうか。いや、夫婦のときは、そんなことを考えなかったというのなら、あの演技のときに、こうしたことを学んで、演技に生かそうとはしなかったのでしょうか。

 惚れた女に愛想がつきたときに、その理由(わけ)が実に思い浮かべるのも馬鹿馬鹿しい。



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2012年01月02日

「江角マキコの国民年金不加入問題」(2004.04.21)

12010106 私は江角マキコは好きな女優でした。でもあの国民年金のコーマーシャルを見たとき、あの気弱そうな若者を恫喝している演技に、私は非常に不愉快になりました。これは私のいくつかのクライアントでも話したものです。「江角があんなに断定できるのか?」というのが誰もの疑問であり、そして「よく平気で、国民を恫喝できるものだな」という思いなのです。
 ところが、その後、ああゆうみっともない事態が判明しました。
 はっきりしている事実は、彼女は「年金を払っていなかった」のではなく、「国民年金に加入していなかった」ということなのです。彼女はOLをやっていて、それをやめたときに(身体を壊してやめさせられたようです)、厚生年金から、国民年金に切り替えるものなのですが、それをやっていなかったのです。忙しい女優だからという言い訳はききません。当時はただのOL(なんでも彼女の言だと、ある企業のバレーボールの選手で、怪我をして会社をやめさせられたということでした)だったのですから、彼女自身が手続することでした。だから、彼女は年金を払いたくても、払う資格がまずなかったということなんです。
 ところが、彼女はあの記者会見の中で、でも「自分は加入していて、年金を支払っていると思い込んでいた」といいいました。その根拠としては2点をあげました。

 1.年金手帳を持っていること
 2.確定申告書上では、社会保険料を支払ったものとして申告し
    ていること(その申告書の写しを持っている)。これは税理士
    の先生にすべてお願いしていること。

 まず1の「年金手帳」は、彼女がOLだったときの厚生年金のもので、これは国民年金に切り替えても、同じものを使います。これは常識です。常識であっても彼女が無知で知らなかったというのならば、国民年金に切り替えることを彼女の住む役所でやるときに、その市役所でも区役所でも教えてくれていたはずです。
 私は彼女の記者会見を事務所のテレビで見ていました。上の2点を言ったときに、私はそれまで好意を持っていたこの女優が「とんでもないことを自白しちゃうな」と思い、もう嫌になりました。「おい、それじゃ、あなたは、税金を長年に渡ってごまかしてきたということじゃないか」と、私は声をあげました。
 すると、ある女性の新聞記者が立ちまして、

  ということは、税金というのは、「社会保険料控除後」の所得
  にかけられるものなのだから、社会保険を払わないで、それで申
  告してきたということは、長年脱税してきたということになるの
  ではないか?

とごく当りまえの指摘をしました。
 これで江角マキコは応えることができなくなり、しばらくして隣にいた顧問弁護士が、

  結果としてはそういうことになるかと思います。早速修正申告
  の手続をとります。

 私は呆れ果てました。実はこの弁護士は、この記者会見で、なんとか「江角マキコ自身は悪くないんだ」という印象を与えたかったのでしょう。それならば、

 (上の2点で)江角は、自分は国民年金を支払っていると思い込
  んでいたが、事実は違っていた。だが、そうなると、毎年の所得
  をその分少なく申告していたことになり、昨日その分○○年分を
  修正申告して、税金は本日不納付加算税と延滞税含めて納付しま
  した。

というべきではなかったのではないでしょうか。
 弁護士というのは、弁護士資格を取得したときに、同時に税理士資格もとっているんですよ。知らないでは済みません。
 さらには、この江角の顧問税理士は何をやっていたのでしょうか。江角の側は、「税理士の先生が申告してくれたから、それを信じてしまった」と言ったわけですが、税理士のほうは何と言い訳するのでしょうか。おそらく

  江角マキコの所属事務所から、「国民年金は支払っている」と
  言われてきたから、そのまま申告書を作成しただけだ

というでしょうね。これまた不良の税理士ですが、彼はそういいはるでしょう。
 つまりは、誰もが「俺は悪くないんだ」と言うんでしょう。
 でも全部、全員悪いよ。あたり前じゃないの。さらには、これを制作した、広告代理店、電通だか博報堂だか、他の会社だろうが、とにかくそこも情けないよ。そっして、その広告代理店に、このコマーシャルを依頼した社会保険庁もひどすぎるよ。
 社会保険庁は、広告代理店に、支払った金の返還と損害賠償を要求すべきです。その広告代理店は、江角マキコの事務所に、同様に要求すべきです。その事務所は、江角マキコの顧問税理士に、同様に要求すべきです。その顧問税理士は、正確な情報を伝えなかった、江角の事務所に、同様のことをして、さらに文句をいうべきです。
 さらに、私たち国民は、同上の、社会保険庁、広告代理店、江角マキコの事務所、そして江角マキコ自身、それから江角の顧問税理士、それから、記者会見のとき隣にいた江角の顧問弁護士に弁明を求め、金銭の返還を求め、自己批判を求めるべきです。よくまあ、私たち国民をコケにするものです。

 まずやるべきことは、政府は、現状の社会保険の、具体的には、国民年金、厚生年金、国民健康保険、健康保険の、貸借対照表BSを提示すべきです。かつ過去最低10年ばかりの各年度の損益計算書PLを提示すべきです。そうすれば、いったいどうして今こんなことになったのかが判明できるはずです。その上でいかに無駄なことをやってきたのか、私たち国民と関係ないところにいかに金を使ってきたかが判るはずです。これを明確にしない限り、今後いかに、国民みんなが収めるようになったとしても、料率が莫大に上がったとしても、いつまでも「足りない」という事態が続くでしょう。そして、日本共産党のように、「足りないんだから、他の予算をけずって回せ」というような、ひどいことを堂々と言い出してくる政治勢力もいます。

 以上に対して、「江角さんを弁護したくて」という意見がありました。それに対してさらに私は書きました。

むしろ江角さんの自らの未加入を知っていながらあの迫真の演技ができるのはさすが役者根性だなーとして評価されてもいいのでなないか。

「さすが役者根性だなー」といえるほど、長年に渡って「脱税」してきたというのは、私は認めることができません。脱税は、犯罪ですよ。しかも、それを羞しげもなく、記者会見で公言してしまうなんて、頭がどうかしています。私はいっぺんに嫌いになりました。ほんのわずかな、経費の使い方のミスでも、「これは処理が間違いだ」と、税務署に指摘されているたくさんの企業を、私は目の前にしています。堂々と長年に渡って脱税してきて、しかも平気で公言する姿勢を私は認めることはできません。
 私は以上のようなことを思ったのです。「お前は、消費者金融を利用もしていないのに、そこのコマーシャルがよくできるな」というような観点で述べたものではありません。

 私は仕事柄、いくつもの会社の社長や経理関係の人と一番多く接しています。私の妻もある会社の経理の担当者です。そうした人がいかに、この不況化でも懸命に仕事をしているか私は判っているつもりです。そしていつも国家の機関である税務署や税務事務所、そして社会保険事務所が、各会社を執拗に見張っていることを感じています。
 そんな人たちが、堂々と脱税してきたことを公言する姿勢を認められるわけがありません。本当にひどいなさけないことだと思います。
 また役者として演技するにあたって、江角マキコは、この国民年金のことを少しは学んだのではないでしょうか。飲み屋のバーテンを演技する人は、カクテルの作り方や、シェーカーの振り方を懸命に学ぶでしょう。学生活動家を演じるとすれば、アジテーションのやり方も学ぶでしょう(えーと、これは、そういう映画のときに、私たちの友人たちがアジの指導なんかすることがあるんです)。
 江角マキコも、あの演技にあたって、少しは国民年金や厚生年金のことを学んだのではないですか。そのときに、「自分が老人になったら、年金がどのくらいもらえるのかな」とか「あと、私は何年払い続ければ、支給資格が得られるのだろう」と考えなかったのでしょうか。そして、さらに「そういえば、私は国民年金の加入者なのかな」とまで、考えなかったのでしょうか。
 そんなことを、頭のはじにも少しも思い浮かべなかったのでしょうね。だから、あのようにただただ若者を頭から恫喝しているような演技しかできなかったのです。「さすが役者根性だなー」なんて、私は少しも思いませんよ。

あの記者会見ではスポンサー?は出てこないで、彼女が糾弾されているのをみてかわいそうに感じました。

 これは私も同じです。私は、民主党の菅代表が、「江角マキコを国会に参考人招致するよう求めた」というニュースをききまして、

  なんて、えげつない奴だな

という思いで、「菅の馬鹿め」と思いました。攻撃すべきは、あの広告に6億何千万だか使った社会保険庁であり、そしてその制作側の広告会社であり、江角側を攻めるとしたら、彼女の所属事務所を問題にすべきでしょう。それなのに、彼女を国会で糾弾しようなんて、「どうしようもない奴だな」と思ったものでした。
 それでも記者会見の場に出される江角マキコに対しては、私も「ちょっとこれは可哀想だな」という思いで、いわば心配で、事務所のテレビを見ていました。
 そして私はこのように思い込んでいました。

  国民年金料を支払っていなかったといっても、せいぜい、過去
  の1、2年間払うのをうっかり忘れていて、それは急遽昨日支払
  いました、でも忘れていたことは、実にいけないことで、充分反
  省している。

というような弁明になると予想していました。「なんで忘れたのか」というと、女優で忙しくて、事務所にすべてまかせていて、それで手違いで、払い忘れたなんて言い訳で、みんなに謝って、かつ頭掻いて、なんてところです。
 ところが、あの記者会見が始まると、その事実はとんでもないことだったわけです。彼女は、支払いを忘れていたのではなく、そもそも国民年金に加入していなかった、そしてその加入していないことすら理解していなかったということなのです。
 そして、そのことをいい、なぜそれを知らなかったのか、自分では「国民年金を支払っている」と思い込んでいた理由を述べるうちに、

  そうなると、長年(実に17年間だという)、所得を低く申告
  することにより脱税していた

ことが明らかになってきました。私はそのことが彼女の口から言い出されたときに、

  なんというひどい人間だ、だらしのない人間だ

と思ったのです。そして、

  彼女の所属事務所もひどいし、顧問税理士は最悪最低だし、隣
  にいる顧問弁護士も最低だな

と思ったものです。
 江角マキコは、この結果としての脱税行為を、確信犯としてやっていたわけではなく、ただ、単に「無知」なだけだったと思います。
 でも「無知」だとしても、まったく話になりません。彼女の「無知」をカバーする、顧問弁護士、彼女の所属事務所、顧問弁護士がついていたのではないでしょうか。
 彼女は、

  バレーボールの選手(このとき会社員)→モデル→女優

という道を歩みまして、この間、結婚し離婚し、またついこのごろ結婚しました。たしかに女優業は忙しいのでしょう。でも、記者会見で、

  自動引き落としだと思っていました。通帳を税理士に渡して管
  理してもらっていたので、見たことがない。

と言っていましたが、奥さん業をやっていたときも、一度も通帳を見たことがないのですね。結婚してたときに、一度や二度は、通帳に目を通さないのかしら。国民健康保険には一貫として加入していたのでしょうから、それはたぶん自動引落で、「あ、国民年金のほうはどうなっていたかな」って、通帳を見なかったのかな。
 そしてこの彼女の言い分を信じれば、その通帳を預かっていた税理士は、自動引落の記載のある国民健康保険料は、確定申告書に記載できたわけだが、自動引落の記載のまったくない国民年金に関しては、どうして彼女の確定申告申告書に支払っていると記載できたのでしょうか。この顧問税理士をこそ引きずりだせば、また違うことを言い出すかもしれないよ。

  私は言われた通りやっただけですよ。支払ったっていうから、
  その通りやっただけです。第一、国民年金に17年間も加入して
  いなかったなんて、そんなひどい人だと想像もできませんでした。

 私はいわば、彼女のことが好きな女優といってもいい感じでしたから、

  独りで会見させられて(隣の弁護士なんて、私は「おそらく役
  に立たないだろうな」と思っていました)、可哀想だな。でもきっ
  ときっぱりと謝って、ついでに頭掻いて、笑って、また毅然と謝っ
  て、それで、うまく終るんじゃないか……………。

なんて思っていたのです。そしてそうなってほしかった。
 でも、そうはなりませんでした。

  ひでえもんだな。そして江角マキコも、格好悪いな、だらしが
  ないな

という思いだけでした。なんだか、惚れた女にいっぺんに愛想が尽きた感じでした。

 そうねえ、惚れた女に愛想がつきたときに、その理由(わけ)が実に思い浮かべるのも馬鹿馬鹿しい。



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2012年01月01日

「米英のイラク攻撃について」(2003.03.24)

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 私は3月20日の米英軍によるイラク攻撃をテレビの画像で目の前にしたときに、もうなんだか気が抜けてしまったようなむなしさを覚えました。「もう何をやっても、このまま行くんだろうな」という思いでした。
 私は3月8日のイラク反戦デモに行く前に、「周の掲示板」に次のような書込みをしました。

本日午後1時日比谷公園噴水前に 投稿者:周  投稿日: 3月 8日(土)10時43分47秒

 ひさしぶりのデモにいきます。以下を読んでください。午後1時に私は日比谷公園の噴水前にいます。
 イラクのフセインを許す気持にはなれないけれど、本来それを決めるのはイラクの国民です。
 そして英米の「なにがなんでも戦争をする」ということと、日本の政府がなしくずし的にそれに迎合していくことは許せない気持です。

 こういう思いで、日比谷公園に行って4万人の参加者を見て、またその隊列の中でデモをしたときに、私は「米英がイラク攻撃をするのは、もう間違いないのだけれど、でもでもこれだけの人が世界中で反対すれば、なにかが変えられるかもしれないな」という思いも持ったものです。
 それで、「次のデモはいつだろう。アメリカ大使館への抗議というと、アメ大って、どこにあるの?」なんて聞いていたものでした(私は学生時代にアメ大には行ったことがありません。反米闘争なんて絶対に嫌でしたから。私たちの時代も日本帝国主義と闘っていたつもりなのです)。
 でも私は実際の開戦になって、アメ大へも行きませんでしたし、21日5万人が集まったと言われる芝公園にもいきませんでした(これは安田弁護士に関する集会が同日にあったこともあります)。なんだか気の抜けたような自分がいました。
 だがやはり、ここでなんらかのことをはっきりさせておきたいのです。

 まず、やはりイラクのフセイン政権は許すことができません。フセインは、1980年代にイランと戦争をし、化学兵器を使って大量の人員を殺戮しつくしました。また1990年8月には、隣国クウェートを侵略し、これまた、たくさんの民間人を殺戮しました。今日でも、このときにフセインが拉致したクウェート人600名は釈放されていません。また同じ国民であるグルド人にはずっと大量の化学兵器を使って弾圧を続けてきました。 こんなフセインのイラクに対して、国連が化学兵器、生物兵器、核兵器について査察を行うのは当然のことです。だがフセインは、まったくその査察に対して協力しませんでした。協力しないどころか、武力で妨害をしてきました。
 国連安全保障理事会は、イラクに対して大量破壊兵器の全面廃棄、クウェートに対して行った不法行為への陳謝と原状復帰を要求しましたが、まったくフセインは受け入れていません。
 こうした背景がある以上、国連として「制裁措置を発動する」というのは、いわば当然だと私は思います。せっかく第2次世界大戦の非情な体験から、私たちは「国際連合」という平和のための組織を作ったのですから。
 でもでも、そうだとしても、私は米英がやってしまったことは、このせっかくの「国連による解決」ということをぶち壊してしまったものだとしか思えません。本来なら、米国も、そうした国連の安全保障理事会の決議で行動を起こしたかったことだと思います。だが、とにかくこの3月中旬には、開戦しないとならない(イラクの砂漠の砂嵐の問題と、4月以降の熱さの問題のため)ということで、ただただ突っ走っただけです。

 それに私は米英に対して不快になるのは、イランを押さえるために、米国こそがフセインを一番支援してきたのではないのか。そもそもイラクなんていう国はなかったのに、イギリスが第一次世界大戦でトルコから勝手に領土を奪って、このイラクをデッチあげただけじゃないのか(ついでにイギリスはクウェートもまたデッチあげた。さらにヨルダンとパレスチナを奪った。同じくフランスはシリアとレバノンを勝手に奪った)。
 そうしたことを米英も明確に反省してほしいのです。そうでなければ、今回一旦イラクを占領できたとしても、また憎しみが憎しみを増すだけです。だって「たしかにフセインも許せないが、米英のずるさひどさも許せない」というアラブ人の思いは、もっと大きくなるだけでしょう。
 それから、現在米軍がイラクに降らせているたとえば、「BLU爆弾」ですが、これは「気化ガス爆弾」とも言われ、落とした場所の500メートル以内の四方すべての生物を死滅させるといいます(実際にアフガンでは米軍は大量にこの爆弾を落とした)。これこそが「大量破壊兵器」じゃないのですか。イラクが使っているだけではなく、米軍だって使っているんじゃないの。
 それと、また私はいいたいのですが、「人間の楯」とか言って、イラクへ行って、イラクのフセインのためにやっている日本人ですが、私はまことに許せない気持です。人間の命を、自分の命をどう考えているのか。それとも、「自分たち日本人なら、米英は遠慮するだろう」という甘えなのか。こんなの、自爆テロを肯定したり、日本の大東亜戦争のときの特攻隊を肯定するのと同じですよ。私は自分の子どもたちや、まだ小さい姪の子どもたち(昨日私の家に遊びにきました。小学1年生と4歳の男の子です)に、こんな「人間の楯」なんていう疲弊した卑劣な思考法を説明できませんよ。

 なんとなく支離滅裂なことをそのまま書いてしまいました。
 やはり、また行動していきたく思います。今度の反戦集会とデモは4月5日だということです。どうしても許すことができないことは、自分自身で行動してまいります。



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2011年12月31日

「北朝鮮による拉致問題について」(2002.09.23)へのyutakarlsonさんからのコメント

11122839  12月23日に、「北朝鮮による拉致問題について」(2002.09.23)に、yutakarlsonさんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by yutakarlson   2011年12月23日 10:14
中国が北朝鮮を「我が国の省」として扱う可能性を示唆―米紙―【私の論評】そう簡単に事は済むのか?!

こんにちは。中国が北朝鮮を「わが国の省」とすることはかなり難しいと思います。北朝鮮内にも、中国に飲み込まれるくらいなら、韓国と統一したほうが良いという派閥もあるでしょうし、それに北朝鮮はロシアに国境を接していることを忘れてはならないと思います。北朝鮮内部にも親ロ派がいることを忘れてはなりません。それに無論のこと、韓国や、米国のことを忘れるわけにはいきません。世界は、異なる見方をしています。私のブログでは、今後の北朝鮮の三つの方向性を示すとともに、わが国日本が本来もっとこの問題に関わっていくべきであり、わが国ももうそろそろこの問題に対して自ら進むべき道を選択できるようにすべきことを掲載しました。詳細は、是非私のブログを御覧になってください。

「そう簡単に事は済むのか?!」と言われる通りだと思っています。でもとにかく、この北朝鮮による拉致は、実に許しがたいです。
 でも2チャンネル等で、今の若い人の中には、かなり私などとは、違う意見もあり、私は実に驚いたものです。ただただ時間ばかりが過ぎ去ったのですね。
 そのことがなんだか悔しいばかりです。



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かにた婦人の村と「噫従軍慰安婦」(1998.04.27)へのnogaさんからのトラックバック

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 12月13日に、かにた婦人の村と「噫従軍慰安婦」(1998.04.27)に、nogaさんから以下のトラックバックがありました。

1. Posted by noga   2011年12月13日 05:48
日本人の歴史の勉強のテーマは、沖縄戦と南京虐殺と従軍慰安婦にテーマが絞られている感がある。その内容は、学校で詳しく教えられているのであろうか。その勉強は、我々の日常生活に役立っているのか。日本人の哲学と関係があるのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

 いえ、少なくとも私は中学でも高校でもこれらはまったくなかったと記憶しています。ただ、私はこの「かにた婦人の村」を訪れたことは、実に良かったなあと思っています。 私の娘二人が、阪神・淡路大震災(1995年(平成7年)1月17日(火))にそのあと行きましたものでした。実にいい経験だったと思います。
「フーテンの寅」でも、寅さんが、この震災の跡地で、ボランティアをしている姿があったものでした。
 忘れてはならないことが、この日本にもいくつもあり、それは文書なり、写真なりで、歴史の上でとどめて置くべきです。
 そして歴史なり、いわゆる社会科で繰り返し教えるべきだと思っています。



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「3・8イラク反戦集会」(2003.03.10)

11122834 8日にイラク反戦集会とデモに参加してきました。以下の呼びかけの集会です。

   WORLD PEACE NOW 3.8

 私は、イラクについては、フセインに対して、どうしても許し難い政治家だなという思いがあります。今もグルド人に対して、彼はナパーム弾を打っているひどい奴です。「こんな独裁者を許してはいけないよな」という思いをいだきます。
 だが、それにしても、その独裁者をどうしていくのかは、あくまでイラクの国民が決めることなはずです。他の国が軍事的に介入していっていいことではありません。そして、多くの国民もそして国会議員でも多くが、英米の軍事介入に反対であるはずなのに、日本の政府は何故か英米の軍事介入を支持しています。私はこの事態を許すことができません。だから、その私の意思を示すためにこの行動に参加しました。
 同じ年代の「プロジェクト猪」の仲間と一緒に行動しました。日比谷公園に午後1時に集まりまして、午後2時からの野音の全体集会に参加する予定でしたが、参加者のあまりの多さで、野音には入れませんでした。実に4万人が集まりました。
 私たちの時代とは違う若者たちが、懸命にやっています。今は「デモ」とはいわないで、「パレード」というそうです。そして実際にデモに参加したわけですが、私はあのようなただ歩くというデモははじめてです。機動隊の出てこないデモもはじめてでした。催涙弾の匂いもないんですね。私はずっとのぼりをもって行進しましたが、そのためにデジカメでいろいろ撮れなかったのが残念です。
 でも、こうしてまた若い世代と一緒の行動をしてみると、いいものですね。今後またこうした行動に参加していきたいと思いました。

 (註)このときの写真が以下に掲載されています。

 http://www.ne.jp/asahi/project/inosisi/2003-3-8iraq.html

 ここで、「団塊世代反戦ウォーク」というのぼりを持っているの
  が私周です。「こんな柔(やわ)な旗竿で、機動隊とやり合うの
  かな?」なんて思いましたが、そんなことは今は皆無の時代です
  ね。



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2011年12月30日

「朝日新聞早野はまだ言っているよ」(2002.12.09)

11122829 12月7日に、「プロジェクト猪」の忘年会がありました。例年だと、朝日新聞の早野透が30分ばかりの講演をするのですが、今回は来ませんでした。私はこんな奴が来るようなら、参加しないつもりでしたが、来ないのならいいかということで参加しました。私には以下のこだわりがあったからです。

  朝日新聞編集委員早野透の「拉致家族の別離せつない」

 このときだけでなく、早野はまだ馬鹿なことを言い続けています。ただ、もう批判する気も失せました。朝日文化人が今いうのは、何故か世論が自分の思うままにならないと、「自分たちと違うことばかりいう人が増えた」ということで

  なんだかとても息苦しい時代になった。これではいけないので
 はないか。

というようなことを言いだすのですね。これは実はまったくいつも彼らのやる手なのです。おまえらが、いかに拉致された被害者ならびにその家族をただただ息苦しい世界に追いやってきたんじゃないのか。お前らが被害者ぶるんじゃないよ。
 でも早野なんか来ない席で、私はとても愉しく語らえました。詩吟も一番私の好きな黒澤忠三郎「絶命詩」を詠いましたよ。
 そういえば、民主党の鳩山由紀夫さんもおいでになりました。私は民主党に乾杯することはできませんが、鳩山さんには乾杯する気にはなりました。
 それにしても、また菅直人になるのかな。なんだか嫌ですね。あの人は中坊を「日本の首相にしよう」なんて言っていたんだよね。まったく冗談じゃないですよ。
 ただそうはいいましても、こんな嬉しいこともあります。ブルーリボン運動で、

  ニューヨークタイムズに意見広告を載せよう

という提案があり、最低600万円が必要だったのですが、現在約その2倍の募金があったようです。私も4日に募金に応じましたが、「この日本もまだまだ棄てたものじゃないよな」という思いで嬉しいです。



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2011年12月29日

「パレスチナとイスラエルの紛争について」(2002.12.04)

11122711 少しパレスチナとイスラエルの紛争についていいます。

 イスラエルがパレスチナに出来てしまったことが一番不幸なことでした。悪いのは、イギリスのバルフォア宣言だと思っています。そしてこのイスラエルが建国されたことの一番の功績者はナチスでしょう。
 西欧があの野蛮な十字軍をやったときに、十字軍というのはイスラム教徒だけを襲ったのではなく、パレスチナに住むユダヤ人たちも殺戮しまくりました。あのリーチャード獅子王と言われるイギリスの英雄王(弟が凶悪とされるジョン王です)が、実にひどいことをこのパレスチナの地で行っています。なんと彼らは、この地で憎きユダヤ人の子どもの肉を喰らったと堂々と言っています。
 多くのユダヤ人たちはローマによる征服のあと、世界へ散らばります。おそらくユダヤ人の大部分はユダヤ人としてではなく、ローマ人として、ドイツ人としてフランス人としてイギリス人としてロシア人として生きていくつもりだったと思います。
 だがその思いを打ち砕いていたのは、こうしたヨーロッパの各国です。ヨーロッパでは、20世紀になってもフランスのドレフィス事件のようにあくまでユダヤ人を排斥ばかりしようとしていました。おそらく一番ひどいのがロシアだったでしょう。
 そしてその最後がナチスです。ドイツでは、金髪碧眼で、ドイツ語しか話せなく、自分のことをドイツ人だと思っている人間を、「でもユダヤ人だ」ということで収容所に送ったのです。
 ためにユダヤ人たちはシオニズム運動を起こします。だがけっして、このイスラエル人たちは、自分たちの国をパレスチナに作ろうとは思っていなかったのです。でも何故かパレスチナにその国を作ることになってしまいました。だが、そこには2千年の間にパレスチナ人が多く住んでいたのです。ただ、このパレスチナのアラブ人たちは、実はユダヤ人には優しかったのです。ヨーロッパで迫害されるユダヤ人たちを優しく迎えてくれるところが、パレスチナ人だったのです。
 実はロシア革命のときこそユダヤ人たちは自分たちが解放される一番のときだと感じていたのではないでしょうか。ボルシェビキには多くのユダヤ人活動家が参加しています。そしてロシア革命後、ロシアソビエト内にユダヤ人たちは自治共和国を建設できました(今はもうありません、シベリアでモンゴルに接して建国された)。でもスターリンはユダヤ人を圧迫しだします(いや実をいえば、レーニンからユダヤ人迫害をやりはじめてします)。
「旧約聖書」によれば、ユダヤ人とはアラブ人と兄弟になっています。人種的には、アラブ人と同じセム族だったでしょう(だからナチスは彼らを迫害する理由にしています。ユダヤ人はインド=ヨーロッパ語族であるアーリア人ではないのです)。

 しかし20世紀になった時点では、ユダヤ人というのはもはや人種的民族的概念はありません。アラブ人もアフリカ人もロシア人もいましたが、その中でユダヤ教を信仰するものがユダヤ人とされました。実はイスラエル建国にあたっては中国河南省に住んでいたユダヤ人と言われる中国人も約30万人がイスラエルに移住しました。彼らは辮髪をつけ、漢字を書き、中国語しか話せません。それでも彼らは自分たちをユダヤ人だと思っていたわけです。
 そして一番の問題点だと私が思うのは、もともとパレスチナおよび他のアラブ諸国にずっといましたユダヤ人(これをスファラディ・ユダヤ人といいます)は貌や姿はパレスチナ人とは区別がつきません。でもあとからやってきたユダヤ人(これをアシュケナジー・ユダヤ人といいます。ヨーロッパにおける数々の有名なユダヤ人とは、みなこのアシュケナジー・ユダヤ人です。例えば、マルクスもトロッキーもフロイトもアインシュタインもドレフィス大尉も、みなこのセム人ではないアシュケナジー・ユダヤ人です)がイスラエルの上部階層になっています。
 イスラエルの左派である労働党とは、このアシュケナジー・ユダヤ人が主流です。私はこのイスラエル左派にこそ、原罪と言っていいほどの罪があると考えています。彼らは、パレスチナ人と区別のつかないスファラディ・ユダヤ人を下層においておくことにより、パレスチナ人との対立構造を作っていきます。だが、スファラディ・ユダヤ人は貧しいだけに人口増加率が高いのです。だから彼らアシュケナジー・ユダヤ人はヨーロッパのいわゆる白人であるユダヤ人をどんどんとイスラエルに移住してほしいと考えていきます。だから、彼らは実は世界のユダヤ人が迫害されると、実は都合がよかったのです。だからソ連のユダヤ人自治共和国がなくなるわけです。ロシアからソ連になっても、ロシアの地ではユダヤ人迫害が続きました。だから大量のユダヤ系ロシア人たちが、あとからあとからイスラエルに移住しています。彼らはなにも持たないでソ連を追い出されるのですからイスラエルでは最前線になってパレスチナ人の土地を奪います。
 以前テレビで見たのですが、トロツキーの甥と称する男が、ロシアから移住してきて、このパレスチナ人を一番攻撃する部隊(軍隊ではなく、私軍を率いていました)の隊長をやっていました。
 第2次世界大戦のあと、イスラエルが建国したときに、世界でたた一つ、真っ先にイスラエルを承認したのは、実にソ連なのです。私は実にスターリンは、自国の邪魔なユダヤ人たちの移動先としてのイスラエルが大事だったのでしょう、と思っています。
 こんないわば、ヨーロッパそしてロシア共産主義のためイスラエルはパレスチナの地に建国されてしまいました。そして建国のときのイギリスの二枚舌と言っていいバルフォア宣言によって、パレスチナ人も独立しようとしますから、そこで不幸なこの二つが戦うことになります。

 少しはしょります。

 私は、こうした残念な出来方の国がイスラエルであるが、もうこれだけ時間が過ぎた以上、もうイスラエルを誰も認めるしかないと思うのです。そしてパレスチナの地をイスラエルとパレスチナで分割してやっていくしかないだろうと思います。この二つの国は、国境で境があるわけではないし、下層のスファラディ・ユダヤ人とパレスチナ人の違いは宗教だけなのです。そして実はイスラエルはIT産業も発展したような国なのです。本当はたくさんの労働者が必要なはずです。だから今のように国境が軍事的に閉じられてしまうと、両方とも困るはずなのです。ただ、イスラエルが国境を封殺すると、パレスチナ人たちは仕事がなくなりますから、ますますイスラエルを憎むことになります。この悪循環がずっと続いていきます。
 私はもはや、パレスチナのアラファトこそが辞めてほしいのです。あいつはいつまでなにもしないでいくのでしょうか。いくらイスラエルがひどいとは言っても、イスラエルでは、選挙が行われ、それによって政権が交替するではないですか。アラファトはパレスチナを建国できてから、なんで今も政権の長にいるのでしょうか。
 そして一番許すことができないのが、とくにイスラム過激派のやる「自爆テロ」です。こんな非人間的なしうちをどうして神の名前でできるのか。今では、幼い少年少女たちまでを動員して自爆テロを続けています。何故アラファトは、それを止めさせられないのか。「止めるべきだ」「もうこんなひどい自爆テロを止めよう」といえないのか。そんな指導者なんか、もういらないのです。

 私は同じく悲惨な紛争地域であった北アイルランドを思います。あの地でも、復讐が復讐を呼ぶ血だらけの地域でした。ただ少数のカトリック系住民と多数派のプロテスタント系との間で休戦協定ができて、その後もいろいろありましたがカトリック過激派も認めることにより、今は前よりははるかに平和な地域になっています。
 少数派だったカトリック系の若者たちも、平和によって諸外国から資本が入ってくるようになり、仕事に就くことができるようになりました。その若者たちは、毎日銃をもつよりも、仕事で賃金をもらうことにより、街のパブでビールを毎日飲むことの幸せを感じたはずです。
 この北アイルランドのやり方を、このイスラエルとパレスチナでもできるはずです。パレスチナ側が自爆テロをやめ、国境が開かれたなら、必ず世界のさまざまな国からイスラエルに仕事が発注されてきます(例えば、イスラエルは錦鯉の大きな生産地だということですね。日本の新潟にも負けない錦鯉を生産してヨーロッパの市場を、この日本より優先しています)(註)。そうなれば、パレスチナ人たちも、国境を越えて賃労働に出掛けることができます。
 私はもう銃をもつのではなく、パレスチナ人がユダヤ人経営者に対して「賃金をあげろ」とスファラディ・ユダヤ人たちと連帯して要求する日が来るのを期待しています。そしてそれは不可能なことではないはずなのです。

 (註)錦鯉を養殖して輸出している国は、この日本とイスラエル
 とジャマイカです。それから日本の企業が米国でも生産していま
 す。米国でもヨーロッパでも錦鯉を飼うという趣味が大流行です。
 そして中でも一番市場を占有しているのが、我が日本です。とく
 に日本の新潟県で大量に錦鯉が生産されています。
  ところが、イスラエルでも、この錦鯉の生産が盛んでして、彼
 らは

    錦鯉の質に関しては、まだ日本には勝てないが、価格の面
   では日本より安い鯉を生産できることにより、ヨーロッパの
   市場では日本を上回っている。

 と述べているようです。
  私はイスラエルやパレスチナの地で、こうして錦鯉を平和な国
 のスファラディ・ユダヤ人と平和な国のパレスチナ人が一緒に作っ
 てくれれば、それこそいい風景だなと思っています。
  それから、この錦鯉を輸出する一番の手段は、実にこのインター
 ネットによる広報と取引です。インターネットで見てください。
 インターネット上で鯉が見られて買うことができます。そして生
 きている鯉が配達されるのです。それはたしかにイスラエルでも
 ジャマイカでもできるはずですね。ただし、パレスチナの地が平
 和になれば、もっと日本の市場が奪われるかもしれません。でも
 子どもたちが自爆テロで屍体になり、また大勢の市民がそれによ
 り屍体になることよりも、そのことのほうがずっとましです。



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2011年12月28日

「金髪先生支援ボードが閉鎖した」(2002.12.02)

2017011625

11122801 私のサイト内の「周の発言」に11月15日に

金髪先生支援ボードに書き込みましたが(11月15日 22時51分)

という書込みをしたのですが、この私の書込みのせいもあるのか、現在ここの掲示板「金髪先生支援ボード」は

「金髪先生支援ボード」は閉鎖されました。長い間のご利用ありがとうございました。

ということで、掲示板自体がなくなってしまいました。私の書込みが削除されてしまうのかなという怖れはあったのですが、こうして掲示板自体をなくしてしまうなんて、なんだか私は姑息なやり方だとしか思えません。
 そこで再び、このことをここに書いておきます。
 この掲示板は以下のサイトの中にあります。

  金髪先生救援ニュース

 この掲示板は管理人がチェックしてから公開されるようで、私の前に書いた方も私のあとに書いた方もずっと公開されないまま閉鎖になってしまいました。幸いなことに、この公開されない書込みを読む方法を教えてくれた方がいまして、さらにそのLOGをとっていてくれた方がいますので、私の前後の方の書込みを以下UPいたします。UPされたままです。

やはり、週刊金曜日は人権無視の雑誌でした

No. :453
Name :四街道市民
Date :2002/11/15(Fri) 14:12
 拉致された被害者の人権や感情を無視する自分勝手な報道にはあきれた。それも、警備の目を盗み、まるで泥棒のように人の家に入り込み、むりやり雑誌を渡す方法は、週刊金曜日の貴社のやりそうなことです。

(この次に私の書込みが入ります。内容は「周の発言」に書いた通り)

■ 周さんへ(「返信」をクリックしてください内容が表示されます)

No. :455
Name :PTA
Date :2002/11/17(Sun) 17:14

 周さんの言うとおりだと思います。この事件はえん罪でもなければ仕組まれたものでもないと思います。朝の始業時に起きた事件で、娘の話によれば、たくさんの人が見ていたそうです。その金髪先生が校長先生を車でぶつけ、そのとき「ドン」という音がしたそうです。南小の先生方もその場にいたということです。娘だけでなく、娘の同級生も同様の話をしていたので事実だと思います。

 この金髪先生の事件といいますのは、2001年5月8日に渡壁隆志さんといいます四街道市立南小学校の教諭が「四街道南小高橋校長を車ではね飛ばし、逃亡、夕方警察に出頭し逮捕された(当時の新聞の記事のまま)」ということが始まりで、渡壁先生が起訴され、2002年3月26日に千葉地裁(小池洋吉裁判長)によって実刑判決(1年2カ月)がくだされました。現在東京高裁に控訴され、そこでも控訴審が開始されています。
 また千葉県教育委員会は、2001年5月31日付けにて、この渡壁先生を懲戒免職という処分をくだしました。
 この渡壁先生が金髪先生と言われるのは、頭髪を金髪に染めていることからきているようです(なんでも、白髪を隠すためにやっているというのを、この「救援ニュース」の管理人から聞いたことがあります)。

 私はこの事件が発生したときから大変に気になっていました。私の長女は、2001年4月より東京都の小学校教諭であり、次女は今年から同じく東京都の非常勤講師で2003年4月よりは、千葉県の小学校の教員になることが決っています。私の次女と同じ千葉県の先生の事件なのです。そして、この渡壁さんが所属されている千葉学校労働者合同組合の委員長の吉田晃さんとも飲んだことがありますし、この「救援ニュース」の管理人とも親しい関係でした。
 だがこの事件は、そもそも発生のときから、その内容はよく理解できなかったのです。私は、

  安田弁護士の不当起訴に抗議する!
      (これは大きなサイトなのですが、またUPしていきます)

というページを持っておりますように、「これはあきらかに不当逮捕、不当起訴だ」と判断できたときには、闘いをやっていきます。この安田さんの問題ではすぐこのページを作り、多くの方々と一緒に闘いに参加していきました。だが、どうしてもこの金髪先生の事件のときには、私はすぐ参加する気になれなかったのです。
 それには、この「金髪先生救援ニュース」での広報の内容で、どうしても私が参加するのを躊躇してしまうことが多々あるわけだったのです。

 このサイトでは、真っ先に以下のようにあります。

◆2001年5月8日、金髪先生こと渡壁(わたかべ)隆志さんが「轢き逃げ」で逮捕されました。しかし、この事件の裏には信じられない陰謀が隠されています。21世紀にあってはならない冤罪事件と言えましょう。
◆「産経新聞」「週刊新潮」「週刊フォーカス」(廃刊)など右翼マスコミがこぞってこの冤罪事件に荷担する中、わずかに事実を報道しているのは「週刊金曜日」と他には渡壁さんが所属する組合のニュースだけという有様です。
◆事実を広く知らせるための一つの手段として、ここに関係記事を掲載します。

 私はこうしたことを平気で書かれる運動を信じることがまったくできないのです。一体どこが右翼マスコミなのかという判断も判りませんし、「右翼」だから、何がいけないのか判りません。たしかにこの事件が、冤罪事件というのならば、右翼だろうが左翼だろうが市民主義者だろうが、なんだろうが、当然そうしたことに怒りをもつのが当りまえだと思います。そういう運動になるべきじゃないでしょうか。安田弁護士の事件では、どうみても右翼という方も右翼だと自認される方も一緒に参加してくれました。こんな冤罪は私たちも注目し、闘っていきたいという言動をいくつも頂いたものです。
 この金髪先生の事件での運動は、まず最初にその人を思想で判断して、「運動に参加していい」のか「お前は右翼だからだめだ」とか判断されるのでしょうか。
 そして重大なのは、「週刊金曜日」のように人権を平気で破壊しようとするマスコミのみが「わずかに事実を報道している」なんていいきるのは、羞しくないのでしょうか。北朝鮮による拉致問題でも、この「週刊金曜日」の本質が暴露されたわけですが、それを今の今もこうして讃えているとしか思えない文を掲げているのです。
 これでは、この金髪先生の事件の真相が知りたい、冤罪なら支援していきたいと考えている人だって、参加するわけがないと思うのです。

 それから、いくらなんでも、いつかは気づかれると思っていたのですが、ずっとそのままなので、指摘します。
 このサイトの中に「上告趣意書全文」というページがあります。渡壁金髪先生は、今最高裁で闘おうとしているのでしょうか。現在は東京高裁段階ではないのですか。そして中を見ますと、「控訴趣意書」とあります。それならその通り書かれるべきです。(註)
 支援されている方には、学校の先生方が多いのだと思います。社会科の先生も確実にいるわけでしょう。これは生徒たちの前で羞しいことです。中学校の公民で日本の裁判制度の三審制のことは習うわけですし、先生方が教えているのではないでしょうか。

 いつかは書かなくてはと思っていたのですが、「金髪先生支援ボード」を閉鎖し、私たちの当然の意見を封殺するという「週刊金曜日」なみの姑息かつ陰湿なやり方を見まして、こうしてUPいたしました。

 (註)現在、ここのところは「控訴趣意書全文」と訂正されてい
 ます。こうして正しい情報になったのはいいのですが、間違いな
 く私が書き込んだことにより気がついたはずです。それなら、少
 なくともそのことへの感謝を私に伝えるべきじゃないのかな。そ
 んな当たり前のことができないなんて普通の礼儀も知らないので
 すね。だけど、「こういう姿勢の人が支援をしている金髪先生っ
 てどういう人なのかしら」と思ってしまいます。支援している人
 自身が、渡壁先生に対する悪い印象を作っているんじゃないのか
 な。私はそう思ってしまいます。(2003.02.05)



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2011年12月27日

「プロジェクト猪の掲示板で」(2002.11.25)

56c88377.jpg

 私は以下の会員です。

  プロジェクト猪

 それでここの掲示板で、私は以下で述べた内容を簡単にした書込みをしました。

  朝日新聞編集委員早野透の「拉致家族の別離せつない」
  「週刊金曜日を絶対に許さない!」

 そうすると実際の猪のメンバーからの反応はほとんどなく、私よりも随分下ではないかと思える人の反応がありました。以下の内容です。

いがいとかんたんに 投稿者:覗き見専門主義者  投稿日:11月18日(月)08時18分17秒
反帝・反スタ主義を唱えた者も、拉致問題では簡単に愛国主義者に成るもんですね。

 これを読んで、私はレスする気にもなれませんでした。私が思ったのは、

  え、俺って、愛国主義者になるのか。それから「反帝・反スタ
  主義を唱えた者」って、俺のことかよ。

ということです。あの私の書込み内容から、どうしてこのように判断できるのでしょうか。どうも私には、この私よりかなり若いだろう人たちで、何故か私たち全共闘世代を貶したい人たちは、かなりな思い込みがあるように思います。「私たち全共闘=共産主義信奉者」と思い込みたいのですね。

 何年か前にテレビ朝日の北野たけしさんの番組に出たことがありますが、そのときも番組の意図として、私たちの世代を以下のように決めつけていました。

  戦後のベビーブームでただただ数が多くて、青年になるとビー
  トルズが好きで、いつも長髪で、全共闘で学生運動をやったが、
  社会に出るとモーレツ社員になってしまって、今はいつも居酒屋
  で昔の自慢話を部下に話して嫌われている。

 私は呆れてしまうわけなのです。私はビートルズなんか好きじゃなかったし、詩吟が好きで、頭はずっと五分刈りでした。全共闘の中でスクラムは組んでいましたが、共産主義はまったく嫌いでした。まっとうな会社には入れませんでしたから出世もモーレツ社員も関係なく、そして部下なんかもったことがありません。ただ今も飲んで、すぐあちこちで詩吟をやり軍歌を唄っています。
 私たちの時代の三派全学連やその後の全共闘といったって、なかにはアナーキストもいましたし、キリスト者も、仏教徒もいました。もちろん、マルクス主義をとなえた人が比較的多かったとは思います。私なんか、日の丸が好きで反帝反共主義の国粋主義者だと言っていました。デモに行くときは、かならず日の丸を身につけていました。
 私たちの年代は、みな言っていることや趣味も好きなことも別々ばらばらでしたが、行動のある面で一致したときに、同じ行動をやっていただけです。だからこうしたことと対局にいたのが日本共産党民青だったかと思います。だから彼らとは、ただ「敵対」の関係でしかなかったのです。
 私なら私の言う内容について何か異議を述べられるのならいいのですが、勝手に自分の頭の中で作り上げた全共闘とやらを貶すことだけしてくる人たちには呆れるばかりです。
 さらにいいますと、こうした方の中には、私に頻繁に脅しのメールをくれるかたがいます。だがその文面ややり方を見ますと、それは左翼のやり方そのものなのです。よくまあ、左翼のよくない面のみを真似ているのねという思いです。そしてその左翼そのもののやり方だと、いつまでも同じことをやっていくだけなのです。
 思えば、日本共産党がよくないといいましても、新左翼といいました私たちの年代もたしかによくないことをたくさんしてきてしまったのですね。あのように勝手に決めつける後輩たちを大勢輩出してしまったのですから。



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2011年12月26日

「週刊金曜日を絶対に許さない!」(2002.11.18)

11122417 15日発売された「週刊金曜日」(私はこの雑誌を過去手にとったことすらありません)に、現在新潟県佐渡に帰られている曽我ひとみさんの北朝鮮在住の3人の家族に対してのインタビュー記事が掲載されました。そしてこのことは前日からテレビ局やインターネット上ではニュースとしてとびかっていました。
 現在日本に帰国した5人からは、家族への電話をかけさせないという処置をしていながら、北朝鮮は自分の側からのプロパガンダに協力する日本のマスコミを、先のフジテレビでも同じでしたが、こうして利用します。そして当の「週刊金曜日」の黒川とかいう主幹が、記者会見で、「正しいことをやった」と言いきっています。
 こうなると、この「週刊金曜日」というのは、北朝鮮労働党、金正日の御用新聞だと言わざるをえません。
 いや、もっといいます。この雑誌が以前だした「買ってはいけない」がけっこう売れたわけですが、本の中で批判された各企業が民事で訴えてきて、その訴訟に「週刊金曜日」は負け続けており、賠償金負担が大変なようです。それを少しでも金銭的に補おうと考えたのが、今回のことでしょう。それを北朝鮮も見越していたのだと思います。ということは、まだまだこの手のことを「週刊金曜日」と北朝鮮は続けてやる可能性があります。あと他の方の拉致被害者の家族も同様の目に会ってしまう怖れを私は感じています。
 私たちが、もう「週刊金曜日を絶対に許さない」という強い決意で見ていないと、またひどいことをやる怖れがあるのです。

 この事態に対して、この雑誌の編集委員(註)である筑紫哲也がTBSテレビで、どう弁明するのかと思い、聞いておりました。いやはや、あきれはてたものです。

 (註)前にはもっといろいろと何人かいたように思うが、現在は
  つぎの5人である。落合恵子、佐高信、椎名誠、筑紫哲也、本多
  勝一。私は、「なんで椎名さんは入っているのかな」と残念でな
  りません(私は彼の本はひととおり読んでいますファンです。落
  合恵子というのはよく知らないけれど(これは教えてくれた方が
  いました。昔文化放送のアナウンサーで、「レモンちゃん」とか
  言われていた人ですね)、あとの3人は確実にひどい連中です。
  私はもうこの3人は、「ひどい、ひどい、どうしようもない奴だ」
  とずっと思ってきました。それを知らないで、誉めるような人に
  はもうそれこそ、何時間でも貶し続けてきたものです。

 この筑紫が11月14日の「多事総論」(私はいつ聞いても、「何馬鹿なこと言っているんだ」としか思ったことがない)とかで、このことを述べました。 以下が、彼のそこで喋った内容です。とにかく、もう絶対に許すことのでない内容です。

 「報道と人権」―自由な報道や言論が死んでしまうのは良くない
 えー、フジテレビや毎日朝日新聞、そして今日の週刊金曜日と、拉致被害者が北朝鮮に残した近親への取材が続き、議論が起きております。えー、被害者の動揺を誘う北朝鮮の戦術に乗せられているだけだ、という批判がある一方では、いくらコントロールを働かせても当人の肉声の中には、いろんなそれを越える情報があるという評価もあります。これは事実を知らせるということを一番の仕事としている報道にとっての、永遠のテーマ、ジレンマだといえます。
 湾岸戦争の時に敵のイラクに留まって報道を続けたアメリカ人、アメリカのCNNの記者に対して、激しい利敵行為だという非難がありました。あ、しかしそのアメリカで有名な一つの議論があります。敵軍に従軍を許されたカメラ取材陣が、あー、その敵軍が今から味方のアメリカ軍を待ち伏せ攻撃しようとしてる。そのときにどうすべきか。危険を味方に知らせるべきか。え、これに対して出席したアメリカを代表する二人のニュースキャスターが、そろって結論はカメラを回し続けるというものでありました。もちろん、ほかの参加者やそれを聞いていた聴衆の中に、賛成する声はありませんでしたけれども、しかし二人はこれが自分たちの仕事だと譲りませんでした。
 北朝鮮との関係、今戦争中であるわけではありませんけれども、しかし、報道と人権というこの二つの問題はしばしば衝突を起こし、矛盾を孕んでおります。私個人はそいうときそこまで取材しなくても、と臆することの方が多いんですけれども、しかし、それはその分だけ自分が職業人としては失格だと言い聞かせております。え、ましてや国の方針に水を差すような報道取材はすべきでは無いという、う、こういう議論になりますと、自由な報道や言論というのは死んでしまって、北朝鮮と何ら変わらない国に私たちはなってしまいます。私はこの国が北朝鮮のようになって、えー、なってしまうことはいいことだとは思いません。

 まず、よく眺めてほしいのです。彼は、この中で「自分こそが週刊金曜日の編集委員である」ということを一言も言っていません。「私個人はそいうときそこまで取材しなくても、と臆することの方が多いんですけれども」なんて言っているわけです。これは、まずはどうにも卑怯であり卑劣なことだと私は思います。まず最初にいうべきじゃないのか。私はその当事者であり、「この週刊金曜日のやったことこそが正しい」と言いきるべきじゃないのか。これは、今までの彼の経験からの、「自己保身」なんでしょうね。だんだん、誰もが「週刊金曜日」を批判してしまうような事態になったときには、「いや、だから私は『そこまで取材しなくても』と言っていたでしょう」というのだろう。

 そして、「そろって結論はカメラを回し続ける」「二人はこれが自分たちの仕事だと譲りませんでした」というところを読むと、彼は誰かが(これは13歳の横田めぐみさんを思いうかべてください)拉致される現場にでくわしたとしたら、それをとめるのではなく、カメラを回すということなんですね。たとえ、13歳の少女が泣き叫んで助けを求めたとしても、彼はカメラを回しているのです。事実として、週刊金曜日は曽我ひとみさんが涙にくれるようにしむけただけなのです。被害者がどうなろうと、「事実の報道」こそが大事だというのです。

 私はこの「多事総論」を見たあと、思い出したことを妻に話しました。
 昔、皇居のそばのあるビルの小さな池にカルガモの親子がいまして、それがやがていつか皇居のお堀に移る日が来るというニュースがありました。そのカルガモのことが好きで、ずっとその写真を撮り続けている近くのビルの守衛さんがいました。彼も、他のたくさんのカメラマンと同じなのですが、このカルガモの親子が、激しい交通量の道路を一列になって横切る姿をこそ撮影したいと考えていました。だが、その瞬間がいつくるかは判りません。そしてその道路を横切るということは、実はカルガモにとって大変に危険な行動でした。車にみなひかれてしまうかもしれないのです。
 でもその日がきました。母親カルガモを先頭に、子どもたちも続きます。たくさんのカメラマンがカメラを構えます。でもたくさんの車が通る道路なのです。そのときに、この守衛さんは、道路に出て、両手を拡げて車を流れをとめました。彼のおかげで、車はみな一時ストップします。その中をカルガモの親子は、無事皇居のお堀に至ることができました。
 おそらくその守衛さんも、自分のカメラでこのカルガモの行進を撮りたかったことでしょう。でも、彼は車にひかれるカルガモの姿なんか絶対に見たくなかったのです。
 筑紫ならどうするのでしょうか。「事実の報道」こそが大事だから、カメラを回し続け、車にひかれて道路にペシャンコになったカルガモの屍体を写し続けるのでしょう。そして、ひいた自動車を非難する記事を書くのかもしれません。
 筑紫が言っているのは、こういうことなんです。週刊金曜日がやったことはこういうことなんです。



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2011年12月25日

朝日新聞編集委員早野透の「拉致家族の別離せつない」(2002.11.11)

11122405 以下の文を読みまして、私は驚きました。そして怒りがこみ上げてきました。

  早野透「ポリティカにっぽん『拉致家族の別離せつない』」

 読んでみてください。朝日新聞社の人間らしい、実にどうしようもない文章です。
 私がこのコラムを読みまして、驚いたのは、この方の話を直接聞いたことがあるらかです。
 私は大学時代は、全学連とか全共闘と言われた過激派であり、現在以下にも属しています。

  プロジェクト猪

 この猪の忘年会に、いつもこの早野透氏は出席され、30分くらい話をされていきます。私は昨年お聞きしました。予定では今年もそうなるようです。
 しかし、その方がこんなことを言うなんて、もうどういうことだと驚いたわけなのです。そして「結局、ただの朝日新聞人か」と怒りがこみ上げるわけなのです。

 だが、本人が望むなら北朝鮮にいったん戻ってもいいのではないか。いまや日朝間の往来も居住場所もすべて完全に自由に、そして自分たちの未来を選ばしめよ。日本はその環境を整え、金正日氏はそれを保障する義務がある。いつまでも国家のゲームに巻き込んではいけない。

 一体、どこに国と国がゲームをしているんだ。北朝鮮が拉致という国家犯罪をやって、今日本がその犯罪を暴いて、被害者を救出しようとしているだけではないのか。拉致された被害者を、「原状回復」させるのが、、まず第一のことではないのか。拉致犯罪者と、被害者の家庭との間を「往来も居住場所もすべて完全に自由に」しろ、なんて、どうして言えるのだ。早野氏の子どもが同じことになったときに、相手の犯人との間で、その子どもを「自由に往来」させるのか。本当に頭がどうかしているんじゃないのか。

 早野氏はなぜか

 昔見たイタリア映画、デ・シーカ監督の「ひまわり」を思い出す。

ということで、この映画の内容を語り出す。

 国家と国家の戦争はたくさんの引き裂かれた家族をつくった。おそらく北朝鮮は朝鮮戦争の後もずっと韓国、日本に対してパルチザン戦争を続けているつもりだった。

 えっ、と驚いてしまう。北朝鮮は日本にずっとパルチザン戦争をしかけていたんだ。そのパルチザン戦争というのは、憎い敵国の13歳の少女を拉致したり、麻薬を作って売ったり、自国民を飢えさせたりするものなのだ。そんなパルチザン戦争なんてあるものか。北朝鮮がやったのは、卑劣な国家犯罪だけです。こんなときに「ひまわり」のようないい映画をどうして思い出すのだ。本当に頭がどうかしているんじゃないのか。それとも北朝鮮をどうしても庇いたいのか。
 最初の最初にこうあります。

 朝鮮半島に拉致された5人の生存者が東京の空に帰ってきたときはわれわれもうれしかった。

「朝鮮半島に拉致された5人」ということは、拉致された被害者は、「北朝鮮」ではなく「朝鮮半島」に拉致されていたというのですね。ということは韓国も犯罪をやった犯人だというのか、その仲間だというのか。でも北朝鮮がやってしまったということは金正日だって認めたんじゃないの。彼が「実は北朝鮮だけではなく韓国も連帯してやったことです」とでも言ったというのか。
 この早野氏は、本当に頭がどうかしているわけではなく、ただただ北朝鮮を庇いたいだけなのでしょう。そして、さらに本当は北朝鮮のことよりも、今まで北朝鮮を擁護してきた朝日新聞社を、ただただ護りたいだけなのではないですか。

 とにかく不愉快なコラムを見ました。私はただただ怒りを覚えます。



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2011年12月24日

「北朝鮮拉致問題と朝日新聞」(2002.10.13)

11122306 将門Webマガジン第111号(9月30日発刊)では、「何か書くぞ」に

  日本共産党と日本人拉致問題

をUPしました。
 日本共産党は、もはや北朝鮮によって拉致された方々のうち、金正日が「亡くなった」としている言動をそのまま追認しています。家族がいままで、悲痛に叫んできたことを、ただの少しも信じなかったのに、金正日がいうことなら、すぐ真実だとしていまうのです。これは拉致された方々を2重に殺してしまうことです。

 それから、「またかよ」という言動が出てきています。「拉致された方々は気の毒だが、日朝間に正常な関係がなかったことがいけないのだ」というような言い方です。そして、またこの日本こそが、「過去の償い」をちゃんとしていないから、いけないのだ、というような言い方です。もうこういう馬鹿どもは許すことができません。「左翼市民主義者」とでもいう連中です。日本が過去朝鮮半島の方々に、何か悪いことをしたという言い方を100%認めたとしても、何故あの方々が、こうした国家犯罪、国家テロを現在受けなければいけないのですか。こうした言い方は、また朝日新聞をはじめとしたマスコミの言い方とも連動しています。

  拉致問題で今回求めるべきは、『解決』ではなく『進展』なの
  です。拉致された11人のことを考えると同時に、かつて植民地
  化によって相手側に与えた被害・損害についても考えるような、
  現実的な思考が求められます。拉致事件が起きないような環境を
  作ることこそ大事であり、長期戦を覚悟すべきです。

 これは日朝首脳会談が開かれる前日の9月16日に朝日新聞朝刊にての東大教授北岡伸一のインタビューでの発言です。インタビューしたのは、論説委員の薬師寺克行。
 拉致された被害者自身が、その家族が、「拉致事件が起きないような環境」を作っていなかったからいけないというのですか。13歳の横田めぐみさんが、その両親が、有本恵子さんが、そのご両親が、そうした環境を作っていなかったから、こうした事態が起きたのですか。はっきりしているじゃないですか。明らかに北朝鮮という国家が明確な犯罪をやっただけのことなのです。
 こうして、今も朝日新聞をはじめとするマスコミやエセ左翼市民主義者たちは、自ら何も反省することなくまた犯罪的なことを言い続けています。
 私もずっと言い続けますよ。



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2011年12月23日

「北朝鮮による拉致問題について」(2002.09.23)

11122213 北朝鮮に拉致されていた日本人のことでは、「やはりそうか」という思いの中で、やっぱりどうしようもなく悔しくて悲しくて涙ばかり流しました。おそらく日本中の誰も同じだったのではないでしょうか。それにしてもやはり、悲して涙を流すばかりではなく、心底腹がたってきます。
 いったい歴代の日本の政府、日本の内閣は一体何をしてきたのでしょうか。ついこの間まで、この問題を事実として認識していない政治家がたくさんいたわけではないですか。このことは保守系政治家だけではなく、旧社会党そして現社民党こそ、実にひどいことをやってきました。北朝鮮こそが理想の楽土であるようなことを言い続けてきたではないですか。また日本共産党の志井とかいう委員長の談話にも腹がたって仕方ありません。お前らがいつの時点から、この拉致問題を言い出したと言えるのだ。
 そして、新聞等々のマスコミを見ますと、今まで、このことを日本人が言いだすと日朝の友好に良くない、第一これはまだ「拉致」と言えることかどうかは判らないではないか、と言ってきた数々の識者およびマスコミが、手のひらを返すように、今になって日本政府の姿勢を批判し出しています。「お前らにそんなことを言う資格があるのか」

 私の友人の高沢皓司さんが「宿命『よど号』亡命者たちの秘密工作」(新潮社)を刊行したのは1998年8月のことです。この中で高沢さんは、よど号グループがいくつもの日本人拉致をやった事実を詳細に記しています。だが、この本を出してから、高沢さんは、たくさんの新左翼(とかいわれる部分)・市民主義グループより、「嘘つき」「裏切り者」呼ばわりされてきました。おそらく彼自身が身の危険を感じることもあったのではないでしょうか。残念なことに、彼には今も連絡が取れません。
 私のサイトに次のページがあります。

  金丸はなぜ逮捕された?
    (これは、「金丸信が逮捕されたのは、北朝鮮問題である」
      と私が推論した文章です)

 これを私があるパソコン通信ネットで書いていたときにも、この拉致事件については、「そういうまだ不明な問題を書くと、北朝鮮についてよくない印象を持ってしまうから、書くべきではない」という反応がいくつもあったものです。また、実際に「こんな書込みはやめろ、削除するだけではなく、ちゃんと自己批判しろ」という脅しもありました。
 この中にある以下の文章の中で私は朝日新聞を引用しました。

   新「金丸はなんで逮捕された」(1993.03.24)
   (ここと上の「金丸はなぜ逮捕された?」2つもまたいずれ
   UPします)

  その中で1991年5日16日朝刊の中で、五島隆夫とかいう評論家が次のように言っています。(できたら上の文章で全文読んでください)。

日朝交渉で北朝鮮に照会、大韓航空機事件の李恩恵 外務省方針
                         91.05.16  朝刊 1頁
 ○日朝交渉に影響心配
 朝鮮問題評論家・五島隆夫氏(44)の話 17日に北朝鮮のチャーター便が商業ベースで日朝間を飛ぶなど、日朝間の国交交渉が予想以上に進展している。朝鮮半島の南北交流も活発化している。この時期に「なぜいまさら」という気がする。国民に事件を思い出させ、「北朝鮮は怖い国」というイメージを与える可能性は否定出来ない。李恩恵が日本人と特定されれば、身柄引き渡し問題が日朝交渉のテーブルに上がり、大きなネックとなるだろう。進みかけた交渉が遅れることがなければいいが。

 こうした言い方をする識者やマスコミが、ついこの間まで大勢いました。
 1999年に有事立法とかいうものが国会で審議されていたときに、私はそのころ参加していまして松戸自主夜間中学校の「憲法記念日の会」で、

  有事立法を無理に通そうするときに、何故か日本海に不審船が
  現れる

というようなこと(すなわち、有事立法を成立させたい勢力が不審船とやらをデッチアゲているといいたいのです)を堂々と書いているビラが配られていました。書いていたのは、戦前戦後を通じて反戦に生きてきた老女性活動家なそうでした(私しゃ信じないけれどね、こんな曇った眼しか持っていない人が戦前も戦後も闘ってきたなんて、私しゃ、信じないよ)。私は怒りを覚え、強く抗議しました。現実に明らかに北朝鮮は工作船を使ってたくさんの日本の男女を以前から拉致し続けていたのです。そのことを私は言い続けたものです。そのことを指摘しない奴なんか、戦前もただただ権力に屈伏していただけでしょう。
 また北朝鮮国民が飢餓状態というので、食糧援助という米を大量に送ったこともありましたね。私はあれにも大反対でした。国家として日本人を拉致するような北朝鮮、日本にテポドンを打ち込もうという北朝鮮に、何故米を送んなくちゃいけないの。そしてもう送ってしまった以上は、みな飢えている人たちの口に入るんならいいけれど、今もってもそれは判らないじゃないの。みな軍隊がとっちゃったのよ。
 その頃、ある飲み屋で、初対面のおばちゃんが、「北朝鮮に米を送ろう」という署名用紙に署名してくれと話しかけてきました。私は断乎「冗談ではない」と言い出しました。

  ちょうど、あなたと同じくらいの年の李恩恵といわれる女性を、
  北朝鮮は抑留しているんですよ。彼女には、子どもが二人いるん
  ですよ。そんな国に何で米を送るの。彼女以下、たくさんの男女
  を日本に無事返してきてから、米でも何でも送りましょうよ。

と私は言いました。彼女は最初は「そんなのはデッチアゲ」といいましたが、だんだん私のしつこい言い方に黙って聞いていました。ときどき「そんなの本当なんですか」と合いの手を入れてきました。
 だんだんと打ち解けてきまして、彼女はやっと自分の子どもが大学に入って手が離れたので、これからは「社会の為になるようなことをしたい」ということで、こうしたあるグループに入って政治的な活動をし出したということでした。そのグループは、とくに市川房枝の政治理念を理想においているということでした。私の話で「北朝鮮のことは、やっぱり変なのかな」と少し思い出した彼女も、「でも市川房枝と言ったら、誰も立派な女性政治家と認めるはず」と思い込んでいたようです。でも相手は私なのです。私は市川房枝なんか、絶対に許さないのです。

  鈴木裕子「フェミニズムと戦争」

 私はもうそれこそ、滔々としつこく話し続けました。そのおばちゃんは、とうとう、「また考えてみます」と去っていきました。
 あのおばちゃんは、どうなったのか判りませんが、今もまたあのおばちゃんのような人がついこの間まで、「拉致問題なんて、日本の反北朝鮮勢力のデッチアゲ」と言って回っていた気がします。

 だが今の今こそ、もうそんな人たちも事実を眼の前にできたはずです。もはや今後北朝鮮と国交回復ということを目指していくとしたら、とにかく数々のことを明らかにしていかなければなりません。北朝鮮の国民自身が自らたくさんの事実を知り、そして彼ら自身の事実も述べてもらわねばなりません。一体日本人の拉致された人はあれだけなのですか。韓国は486人といいます。でも日本人も、韓国人も、もっと大勢いるんではないですか。北朝鮮の国民でも、一体どれくらいの人が収容所に入れられているのですか。おそらく、こうしたことをすべて情報公開していければ、北朝鮮政府は崩壊していくはずです。
 北朝鮮の金日成、金正日一族は、もう随分前から北朝鮮の崩壊を予定しています。彼らはオーストリアのウィーンに金徳銀行という金一族のためだけの銀行を持っています。ルーマニアのチャウシェスクもそんなことはやっていません。いやヒトラーだってスターリンだって、そんな破廉恥なことはやりませんでした。こんなひでい連中の崩壊は迫っているのです。
 そして、実に嫌なことですが、こういう日朝国交回復、そして日本が北朝鮮を財政援助するということになると、またその援助金を日本の自分の手に還流させようという政治勢力が出てきます。残念ながら、今そういう道を造ろうという政治勢力が必死になっているのが見えるような気がします。

 北朝鮮による拉致問題の非情な情報をテレビで見ていました。予想はしていたけれど、でもひどい事実です。私はまたソルジェニーティン「収容所群島」を思い出しました。亡くなられた方々というのは、間違いなく収容所の中で処刑されてしまったのでしょう。反革命分子を処刑するのですから、何らの躊躇もせず処刑したものでしょう。そしてこのことは、今後もありえます。だから、すべてを明らかにしなければなりません。
 ロシア革命がいかにひどい非人間的革命だとしても、事実を刻銘に記してくれたソルジェニーティンがいました。今北朝鮮には、その一人のソルジェニーティンもいないかもしれません。でも、きっとこうしてインターネットを始めとして大勢の人たちが知る限りのことを述べていけば、絶対に変わるはずなのです。



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2011年12月21日

「高松市の成人式の処理で」(2001.01.13)

11122005 テレビの報道番組で、全国の「荒れる成人式」を見ました。「なんで、今の若い子は成人式なんて出るのかな」という思いで、この数年いましたが、それでも私の娘二人の成人式昨年とおととしには、あんなことはなかったようです。1年で若者が変わったのかな。
 さてそれで、高松市の市長は、このときに市長あてにクラッカーをぶつけた若者5人を告訴だか告発だかするそうです。「威力業務妨害」だということです。でもこれって、間違っていませんか。テレビで見ていた限り、あの程度の妨害なら、職員が5人でもいて、「コラッ! やめないか」と声をあげて、身体で止めれば防止できていたことですよ。それでもやるのなら、「威力業務妨害」だろうが、「暴力行為」だろうが、とにかく違法な行為をしているのだから、職員がその当事者の若者を逮捕すればいいんです。
 刑事訴訟法に

  第二百十三条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを
                逮捕することができる。

                        (「周の刑事訴訟法」を参照ください)

とある通りです。誰でも逮捕することができるんです。それを、もう事が終わってしまってから、警察を使うなんて、どうかしています。
 これはこういうことですよ。目の前で、女性が暴漢に襲われて、それを何もしないで見ていたのに、あとから、告発するのと同じです。あとからでは、その女性が犯されてしまった事実は消えないのです。自分たちの市長が、無謀な若者に犯されたのを黙って見ていて、それであとからよくまあ告訴とか告発ができるものです。あの職員たちは、なんで身体で止めなかったの。それが仕事じゃないの。
 私周は、小男でして、武道も何もしたことがありません。ただし、過去これに類似したようなことがあったことが何度かありました。なんかの集まりで、どうしてか若い奴で、訳が分からないまま、結果としてその集まりの邪魔になるような行為をしちゃう連中がいるんです。私は必ず、出ていきまして、それを止めました。もう面倒だから、酔って分けが判らなくなっているようなのは、最初からいきなり顔を殴ります。いきなりやらないと、私よりでかい奴には敵わないからなあ。やるときは、もう10数発両手で殴るよ。下駄でもはいているとそれで殴ります。手でやると手がいたいからなあ。
 情けない大人たちを見ました。



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2011年12月20日

「年頭に思うことひとつ」(2001.01.01)

11121909 昨年11月3日に親友が急逝しました。彼と私は実に仲良かったわけですが、彼の身体のことを思って、私からは誘うことはありませんでした。私と彼が会うといつもきりがなく、昔だと延々飲んでいまして、どうみても彼の身体にいいことはあるわけがないからなのです。でもこうして、彼が亡くなって2カ月が過ぎても、当然彼からの電話があるわけではなく、なんだか彼の死の事実に何度も気がついている自分がいる思いです。
 今、もっと彼と会っていろいろなことを話しておけばよかったなという思いがふつふつと沸いてきます。私の遠慮もあったし、彼の遠慮もおおいにあったことでしょう。そう思うと、今後は私はなんか人とのつき合いを大事にしていきたいなと今痛切に思います。もう誰も失いたくありません。同時に、もう今までのようにやみくもに多くの人とつき合いたいなと言う気持もなくなりました。なんとなく自分の死がいつあるものか判りませんが、その自分の死のところから遡って、今の自分を考えようかという気持になってきました。その気持のときに、もう無駄な、余計なことはしていられないなということを強く感じるです。
 いえ、本当は「無駄なこと」とか「余計なこと」と思うことは大切なことのはずなのですが、今の私にはなんだかそう考える余裕がありません。自分で思い返しても私はかなりな数の方とさまざまに親交をもってきました。その親交をもっと強固なものとしていきたいのです。そして、どうでもいいような関係はもうやめていきたいと考えます。なんだか時間がない感じなのですね。
 なんだかいわばつまらいことを言っているようですが、昨年の末からいろいろな友人たちと会って話してきた内容がこのことです。「ずいぶん変わったな、あなたらしくないじゃないか」と言われたものですが、もうこう考えていくしかないなと私は思っております。


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2011年12月19日

「本日の全共闘の集会」(2000.06.10)

11121605 今「全共闘世代の2000年紀集会」(於日本青年館)の会場からノートパソコンで書き込んでいます。

 今筑紫哲也が喋っています。私はほとんど評価できないひとですから、聞きたくもないなあ。だから、こうしてパソコンに書いています。
 この午前中の集会に元東大学長の加藤一郎氏が来ていました。杖をついていながら矍鑠としており、集会でも求められてマイクを持って発言されました。昼すぎに帰られるのか、出ていかれましたが、会場出口で、スタッフの一人が、

  先生!  きょうはありがとうございました。私は東大ではあり
  ませんでしたが、懐かしく思い出します
(どうも明確に覚えてい
  ないが、こんな内容でした)

 私は、加藤一郎がわざわざ来てくれたことはいいことだとしても、どうしてもあの1969年1月19日の、彼のマイクでの欺瞞的な呼びかけの声を忘れるわけにいきません。あの日、東大安田講堂で催涙弾と放水でずぶぬれになって闘っていた私たちに、加藤一郎はマイクで以下のように呼びかけてきました。

  私は東京大学学長代行の加藤一郎です。学生諸君、抵抗をただ
 ちにやめなさい…………………。

 私はあの声を忘れていません。だから、少しは嫌味も伝えなくてはと思いまして、この出口で、加藤さんにすぐに声をかけました。

  私は69年1月19日に安田講堂の内側で、先生のマイクの呼
 びかけの声を聞きました。不愉快なよびかけでしたね。

 思えば、べつに30年たっているし、お年寄りはいたわるべきなのでしょうが、どうしても30年くらいじゃ、忘れられないな。周はしつこいのかな。



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2011年12月18日

「昨日宮崎学さんに出会いました」(2000.05.20)

11121601 昨日は、ちょうど午後2時頃に私の事務所に戻ろうとしていましたら、私の事務所にあるビルのすぐそばの「ジロー」の前で、「キツネ目の男」の宮崎学さんが、立って携帯電話をかけています。彼は私を見て、手をあげてくれます。私がそばへ行くと、携帯をはずして「少し待ってて」と言われました。
 思えば、「こんなことが前にもあったな」と思い出しました。
 たしか今年2月のことだと思いましたが、私は谷中の「浅野」というお店で飲んでいました。したたか飲んで、「さて帰るか」ということで、夜店通りを歩いて谷中銀座に入って、それで日暮里駅に向かいます。私はこの道を歩くのが好きなのです。それと、すぐ帰るわけではなく、「初音通り」でもう1軒飲む気でした。
 谷中銀座から日暮里駅へ向かう途中の階段をあがって歩いてすぐに、何故か私の耳に、宮崎さんの声が聞こえます。

  なんで、こんなところで宮崎さんの声が聞こえるんだ。酔って
  いるからかな?

なんて、思いながら、声の方に顔を向けると、あるビルの階段のところで、宮崎さんが携帯で話しながら、私に手をあげています。携帯をはずして、

  おーッ、ひさしぶり、飲んでいきなよ!

と声をかけてくれます。あ、そういえば、ここには「キツネ組」の基地ともいうべき飲み屋「檸檬」のところじゃないか。私もときどきは入るのですが、ちょっと広いお店で、一人で入る雰囲気ではないのです。だから、あんまりいかないので、存在も忘れて歩いていたわけです。
 宮崎さんは、「ハイ、お一人お客さんだよ!」とドアを開けて,また携帯に戻ります。
 入ると、あら不思儀、広い店内は、キツネ組関係者でいっぱいです。そこで飲み始めると、私のことをホームページで知った人が何人か挨拶してくれます。
 実は実は、この店に入って30分くらいで、もう記憶がありません。詩吟をやったかな(やったろうな)、軍歌も唄ったろうな。
 でもとにかく、宮崎さんとは、なんだかこんな出会いがあるのです。彼はいつも携帯電話をかけていて、私と目が会うと、右手をあげて笑顔で挨拶してくれます。
 それで昨日は、何をやっていたかといいますと、

  石原が石原新党を作るぜ。舛添、柿沢浩二、鳩山(弟)を入れ
  てやるぞ

ということで、それでの会合を、このジローで開いていたようです。ちょうど私のビルに事務所を持っているSさんとの関係で、ここでやったようです。
 そういえば、Sさんは素敵な女性ですね。前にはテレビでみるだけの方だったのですが、今はときどき挨拶する方になりました。ただ、いまけっこう石原慎太郎の「三国人発言」で微妙なところだから、Sというイニシャルのみで書きます。
 それにしても、石原慎太郎は、やはり国政がやりたいんだ。憲法改正がやりたいんだ。そしてやはり自民党のことも憎いのだろうな。だけど、結局は、都民を踏み台にしたのですね。私は宮崎さんに言いました。

  そもそも、銀行への外形標準課税のときにこそ反対するべきだっ
  たんですよ。

 5月3日の松戸自主夜間中学校の「憲法記念日の集い」でも、石原慎太郎への憎悪感をあらわにする発言が多かったのですが、同時に、「このままいくと、国会内での改憲勢力が3分の2を超えるから」「次回の選挙では、絶対護憲勢力に投票することが大切」というような発言が多く出てきました。
 まったく反吐がでます。石原慎太郎にも反吐が、同じく、「選挙へ行って」結果として「社民党や日共に投票して」という大馬鹿にも、もっと反吐がでます。銀行に対して石原のやったときには、拍手喝采したくせに、今度は日共に入れろというのかね。日共も社民もみな石原新税に賛成だったじゃないか。
 前に掲示板に書きましたが、また以下に引用します。

 「ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。け
  れども結局自分は共産主義者ではなかったので何もしなかった。
  それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大し
  た。けれども依然として自分は社会主義者ではなかった。そこで
  やはり何もしなかった。それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、
  というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は
  増したが、なおも何事も行わなかった。さてそれからナチは教会
  を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であった。そこで
  自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであった」
       (ナチスに対して果敢に抵抗したとされるルター教会牧師
        マルチン・ニメラーの戦後における告白。丸山真男「現代
        政治の思想と行動」より引用)

 このマルテン・ニメラーが収容所から出たときの、この告白をよくよく私たちは読み返す必要があると思います。
「都民の7割が支持」している? どうでもいいよ。国会内が改憲勢力ばかりになる? どうでもいいよ。ナチスだって、選挙で政権にちかずいたのじゃないか。大政翼賛会は90%の投票率を誇ったことがあるじゃないか。
 マルチン・ニメラーは、最初の最初、「共産主義者」や「ユダヤ人」が攻撃されるときに、「我々教会人が弾圧される勢力と連帯できていれば」という痛い程の反省なのです。 宮崎さんと会って、そんなことを思いました。



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2011年12月17日

「ホワイトデーで」(1999.03.14)

11121510 本日は14日で「ホワイトデー」でした。私は12日の午後事務所でFMから「ホワイトデーですね」というような言をきいて急に焦りました。「え、もっと先じゃなかったっけ」。ある会社に電話して女性社員に聞いたところ、「14日だけれど、土日休みの会社には12日きょうしかない」ということで、それを確認して、「え、これは大変だ」となりました。
 そこでもう仕事もつまっているのに、私は走り出しました。この焦って、結局は5人の方にホワイトデーのプレゼントを渡せたのですが、そのことで思うことがあったのです。
 私はこうしたホワイトデーのときには、けっこう相手が喜んでくれるものを手に入れようと必死になります。バレンタインデーで女性たちがけっこう頑張って「義理チョコ」とやらを選んでいる姿もいいなあと思っているからです。このことでも私の思うところを詳しく書きたいのですが、今は、12日午後必死に探し歩いたときの思いを書いておきます。
 私はできたらお茶の水神田地区で、なにかお菓子のプレゼントを選ぼうとしました。いくつもの老舗を歩きました。ケーキ屋さん、和菓子店の老舗です。だがそうした店はホワイトデー用のプレゼント品は用意してあるのですが、何故か品揃えが貧弱です。なんだかホワイトデーなんかどうでもいいのかなというようにしか思えません。「あ、あれは素敵な和菓子セットだけれど、2年前に贈ったのとラッピングもなにも同じじゃないの」なんて感じで、手にとる気になりません。まるで、「こんなホワイトデーなんて、たいした販売にならないよ」とでも言いたいようです。そこで私は結局、大きなお店でたくさん並んでいるものの中から、選びました。だって、そちらのお店のほうが真面目なのですよ。ホワイトデーをちゃんとビジネスの一つのチャンスというか、販売促進の大きな契機というか、そのように捉えている感じで、たくさんの品揃えと、いくつもいくつもの新しい企画商品を出してきているのです。
 私としては、神田の古くからの老舗で選びたい気持なのです。でも、いくら歩いたとしても、だめなのですね。私はもうなんだか、がっかりしました。いったい自分たちで、この不況を乗り越えようという気があるのかしら………、そんなことを思ったものでした。

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2011年12月16日

「インターネットは危険?」(1998.12.27)

 たった今テレビ朝日の島田神助の番組で、アナウンサーが以下のような内容のことを言っていました。

  インターネットで「自殺」という語で検索すると、2万件くら
  いの情報が出てくる。こうした危険な情報がとびかっているのが
  インターネットだ。

11121503 私はもうそれこそ頭にきました。ロボット型検索エンジンだと「自殺」というキーワードで検索したら、それはいくつも出てくるでしょう。
 たとえば、私が「周の書評」の中で、太宰治に触れて、「その後田中英光もまた太宰治の墓の前で自殺してしまった」と書いたとしたら、これまた上の2万件に含まれてくる訳です。これで私もまた「危険な情報を発信していると」非難されるのでしょうか。
 しかし、改めて私は調べてみました。「Yahoo JAPAN!」では16件、「Infoseek」でも16件、「goo」では1万8千件くらいがヒットします。上の2万件とは何のことなのでしょうか。
 ただ番組ではさすがに高野猛が当たりまえにこうした内容の朝日新聞の論説に反論していました。高野さんは普通にインターネットを理解できていますから、少しは私の怒りも治まりました。

 このごろインターネットのいくつかの掲示板にて、いろいろと面白いことが発信されています。マスコミ人の中で、けっこうインターネットをやっていると称している人が実はパソコンを使えていない、というような情報です。私はそれを読んで、「まさか、あの人がそんなことはないだろう?」と最初は思いながら、

  待てよ、たしかにこれは思い当たるな。あの男は使えないかも
  しれないな。キーボードを打てないんじゃないかな。でもそうす
  ると、ひでえ話だな。

 だから、私は提案したいのです。例えば米英のイラク攻撃についてどう思うのかというのを、何人かのマスコミ人でチャットで話してもらって、それをインターネット上で公開すればいいのです。実際にキーボードが打てるのか否かがすぐに判るでしょう。
 私はそれに参加していただきたいマスコミ評論人というと、木村太郎と立花隆だな。ぜひ素早いタイピングで、私たちを唸らせる発言を見てみたいものです。



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2011年12月15日

「米英のイラク攻撃について」 (1998.12.20)

11121403 米英のイラク攻撃について、どこでも誰も怒っていました。どこでも、この2国の身勝手さに腹を立てています。そしていつもの「遺憾の意」さえいえない我が日本政府というのにもみな怒っています(これはどこで話しても、どこで飲んでても同じです)。
 アメリカという国は建国以来それこそかなりな数の戦争をやってきましたが、そのほとんどが宣戦布告もなしに、相手を挑発してかつ襲いかかっています。とにかくひでえ国であり、そしてクリントンは最低の政治家です。
 ついでにイギリスこそは、あの中東地域の不安定材料を作り上げた張本人じゃないの。イラクからクウェートを取り上げて国家をデッチアゲ、パレスチナでは「バルフォア宣言」というダブル手形を発行しました。このことの総括として、今の今、イラクをまた爆撃しているわけだ。
 フランスは今回は参加していません。だから今回はけなすことはないのだけれど、なんだか気がすみません。前回の湾岸戦争のときには、当初は戦争を避けるような役割をしているようなポーズをとりながら、それこそ開戦になるやすぐさまイラク爆撃に積極的に加わりました。なぜなら、当時社会党出身の大統領ミッテランは、武器会社のオーナーであり、「おいおい、このままじゃ、米英の武器に遅れをとって、武器売れなくなっちゃうじゃないか」というところでした。今回もあせっていることでしょう。
 ロシアや中国は、何か言える資格があるのでしょうか。あの中東に大量の中古の武器を売っているのが、この2カ国ではないですか。そして北朝鮮も。
 ついでに言うと、これでまたイラクのフセイン政権は磐石の体制になっていきます。あのような独裁者は、国民が血に染まろうと、政権を維持できるところが大事なのです。
 米英は武器を存分に使えて、フセインは独裁政権を永久化できて、どちらも、「またやってもいいなあ」と思っているのじゃないかな。
 唯一そうしたことに手を染めていない我が日本こそが、役割をはたせるはずなのです。戦争をすることこそを許さないのだということを誰がなんといおうと繰り返し、言い続けるべきなのです。


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2011年12月14日

「秋葉原を歩いていて」(1998.11.22)

1112131211121313 11月3日にPC学園設立事務局の「パソコン自作講座」の2回目の講座だったのですが、その日は秋葉原の自作パソコンのショップを歩いて回りました。このお店を出たときに、ある人がいいました。

  秋葉原の店って、これで儲かっているのかしら?今の店なんか
  来週来たらつぶれているんじゃないかな?

 彼はあまりに安いので、あれでどうして利益をあげられるのだろうと思ったようです。私はすかさず、「そんなことはありませんよ、あの店はね…」と説明しました。だがこの疑問ははじめてこの講座に参加した人が皆抱いていたことのようでした。
 私からいいますと、彼らは偶然にもみな大会社の社員の方々でした。彼らの思いからは、「あんな安くてたぶん利幅が薄いから、到底利益はあがらないだろう、でも賃料は高そうだし、どうするの?」というところでしょうか。
 しかしこのことは、私は世の中に多くの経済評論家やマスコミにも見られてします見解なように思いました。マスコミでは「秋葉原はパソコン販売不振で凋落」というような記事を見たこともあります。事実「ティーゾーン」の営業不振も伝えられましたね。私は先月で日経産業新聞の購読をやめたのですが、その理由の一つに、なんだかさまざまな経済の実態を、もはや正確に伝えられなくなっているのではとこの新聞グループにも感じたからです。あれだけの秋葉原の裏の裏まで、自作パソコンへの人たちが群がっている事態を見ているのかといいたいのです。でも彼らはいうでしょう。

  自作パソコンだなんだって言ったって、あんな安い商品がいく
  ら売れたってたいしたことはない、ことはNECとか富士通のパ
 ソコンが売れて業績があがりつつあるというのなら判るけれど。

 私がいいたいのは、日本の経済を支えているのは、多くの中小企業なのです。この中小企業が活性している限り、この日本はまだまだすてたものじゃないのです。中小企業は小回り機動性がありますから、いくらでも形を替えて、力強く立ち回れるのです。その姿をあの秋葉原に如実に見ることができます。そしてエンドユーザーもそれに見合った形で賢くなっています。秋葉原のあの混雑した姿、猥雑ともいえる(なにしろ街のあちこちでいろいろなジャンク品が路上に並べて売られている)ような姿が、日本の経済を支えるたくましさだと思うんです。
 そして秋葉原を歩きながら思ったのは、昔行われた吉本(吉本隆明)さんとフランスの思想家ボードリアールの対談です。1995年2月19日東京新宿紀伊国屋で開催されたお二人の対談です。ここで吉本さんは、爛熟した消費資本主義社会のことを述べます。そして「消費は生産である」という概念を丁寧に説明していきました。だがボードリアールはこれが気に入らなかったようです。彼は世紀末ということから「資本主義の死」ということを述べます。そして現在の消費万能の大衆に警告したいらしいのです。吉本さんはたぶんうんざりしながら、それこそ丁寧に説明していました(だがフランス語と日本語ですから、そのたびに通訳者が訳して伝えるわけで、当人も聴いている私たちもたいへんでした)。
 もう私は腹がたってきました。

  このボードリアールだかなんだか、このバカヤロウ!。「消費
 は生産である」と述べ出したのは、もともとお前の本の中じゃな
 いか。それからそもそも「消費は生産である」と言い出したのは、
 お前の大好きなマルクスじゃないか。そんなに社会主義の崩壊が
 悔しいのか。もう、フランスへ帰れ!

とばかり心の中で毒ついていました。
 まったく今私は秋葉原を歩いていて、あのときのボドリアールの話にならない思想的凋落さ、といつも原則的な見解を見事述べることのできる吉本さんを思いました。そしてその吉本さんの言われることが今目の前で、秋葉原で展開されていることに深く深くうなづいていたのです。



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2011年12月13日

「救援連絡センター」(1998.07.11)

1112122711121228「救対」とは、いわば戦争での戦闘行為中の「赤十字」組織です。誰でも、ここを利用することができます。どうしてか、逮捕されてしまった場合には、誰もが弁護士を依頼する権利があり、逮捕した側も、その点をいい、かつ連絡してくれます。そうしたときに、普通の人だと、そんな弁護士とのつき合いがありませんね。そんな時、そんな人がいつでも利用できるのが、この「救援連絡センター」です。
 なぜか逮捕されてしまった場合に、ここを指定すると、すぐに弁護士が接見にきてくれます。そこでいろいろ訳を話すことがいいわけです。
 私の会社の役員であり、かついろいろと仕事上でも連携しています大口昭彦弁護士も、このセンターに登録している弁護士さんです。弁護士というのは、私は、いつも

  5割は無能、4割は悪い奴だ。1割がまともなだけ。

と言っていますが、本当にそのとおりです。その1割の中で、さらに優秀でかつ人格高潔な弁護士がこの大口さんです。
 ただ、私はこの「救対」という考え方に、言いたいことがあり、かつ過去かなりなことを話してきたことがあります。それはまたいつか書いてみましょう。

 この「救援連絡センター」から私のところにも、その「救援」という機関誌が送られてきていますが、私はもうそれこそ封筒を開いていないのもたくさんありました。なにしろ、私のところには、いろいろな郵送物が来まして、内容が判っている機関誌や新聞は、ついつい溜まってしまいます。今回少し開いてみて、たいへんにご苦労されているなあ、と感じいります。そして、今も活動が続いているのは驚くべきことです。
 私も最初に東大闘争で逮捕されたときに(1969年1月19日)、ここの弁護士に依頼しました。もう30年が過ぎる頃なのに、まだ同じ組織が活動しているのですね。
 電話番号は

     03−3591−1301

です。昔ですと「591−1301」で「ゴクイリ イミオーイ」(獄入りは意味多い)と覚えたものでした。
 昔から、新左翼に限らず、やくざでも窃盗犯でもやってくれます。当然に右翼や日共でも扱います。ただし、革マル派だけは、ある時から、除外したかと思います。それは、破防法裁判に関する弁護士を彼らが襲ったこと、および三里塚闘争に関して、彼らがやったことで、「もはや革マル派だけは救援しない」ということになったかと思いました。「救対」なんて、救いを求めて来た人には、誰にも赤チンをつけるべきだとは思いますが、革マル派がやってきた数々のことを思うと、「仕方ない」のかなとも思います。

 さて、でもこんなの関係ないと思う方もいるかと思います。ただ、私は誰もがすぐ連絡できる弁護士を持っているべきだという意見ですが、そういう知り合いの弁護士なんか知らない人がほとんどだと思います。だから、そんな人こそ、ここが重要だと思うんです。
 私の親しい友人(Aとします)で、こんなことがありました。彼は、友人と新宿で飲んでいまして、帰るときに、その友人が新宿駅で鉄道公安員とトラブルになりました。Aが止めに入りまして、その友人が年齢がかなり上であるので、「ここは俺にまかせて、帰りなよ」ということで、帰しました。
 ところがAは次の日に、会社に出社しません。さらに自宅に帰宅もしません。そこで、私にも連絡が来て、大変なことになりました。実はAは、公安員に暴行を受けていたのです。それをごまかすために、Aこそが「公務執行妨害」ということで逮捕されてしまったのです。ただ、Aは変に冷静でした。たいしたことはないのだから、次の日に釈放になると考えたのです。だから、警官のいう「誰か弁護士に連絡するか」という言にも断りました。これが間違いのもとです。親しい弁護士もいたわけですのに(大口弁護士も親しい)、「たいしたことじゃないから」と、そのままにしていました。Aの頭の中では、次の日は無理でも「2泊3日」で終わりだろうと思っていました。ところが、そうなりません。さらに10日間の拘留がつきました。
 結局は13日で、「処分保留」で釈放されましたが、ただの会社員のAは大変なことです。彼はすぐに会社に「進退伺(しんたいうかがい)」(と辞表)を提出しました。社長がいい方でそんなものを受け取らなかったのですが、Aにはとんでもないことでした。Aもあとで反省していました。やはり弁護士を確実に依頼すべきだったというのです。間違いなく、すぐに釈放になっていたでしょう。そうしたら、会社にも家族にも、友人にもあんなに心配と迷惑をかけることはなかったのです。
 誰もが、その現場になってしまうと、やはり知っていれば良かったというのが、まともな弁護士の存在です。ただ、そんな人をいつも知っているわけにはいかないでしょうから、そうした時に、この「救援連絡センター」を知っているのは大事なことだと思うのですね。



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2011年12月12日

かにた婦人の村と「噫従軍慰安婦」(1998.04.27)

2016110917
2016110916 1998年の2月14日(土)に私は、千葉県館山市にある「かにた婦人の村」に行ってきました。

  千葉県館山市大賀594
    婦人保護長期収容施設
   かにた婦人の村
     電話 0470-22-22801112120411121205

 この施設は、この施設は、全国の売春婦の方々で、もはや更正できないとみなされた方の長期収容施設です。こうした売春婦の方々の施設は全国で都道府県に1つづつあるのですが、そうした施設は、みな更正して、また社会へ出ていくためにあるわけです。だが、もう社会復帰できないだろうと見なされた方々が、ここに長期収容されています。もうほとんどの方が50代を超えた方々です。ただ、2月16日(月)には岐阜県から36歳の方が入園してくるとのことでした。彼女が最年少になります。
 この施設は、もうすべてを収容者自身で作っています。牛を飼い、牛乳もチーズもバターもパンも野菜も果物も、みんなで作っています。それに実に綺麗な織物も見ました。
 収容されている方とも少しだけお会いしました。土曜日でしたから、昼からは、もう作業がないのです。みな元気に挨拶してくれます。なんだか、本当なら、もっとゆっくりして、彼女たちとたくさんお話したいななんて思いました。
 彼女たちは亡くなると、その遺骨の引取を拒否される家族もいるそうで、それらの方々の遺骨が施設の中にある教会に納骨されていました。
 職員の方の説明の中で、彼女たちの住む部屋には、テレビはないそうです。テレビがあると、それにばかりにかかりきりになるからでしょう。その替わりに食堂にテレビがあって、それを曜日を限って見ることができます。見るのは、みんなの希望でテレビ番組を職員の方が録画するそうです。でもなんと言っても、みなに人気のあるのが「フーテンの寅」さんだそうです。

  寅さんなら、また同じのを見てもいい

というそうです。そしてみんな、実によく見ているそうです。彼女たちが一番飢えているのは、「家族」になるのでしょう。
 あの半端者の寅さんでさえ、優しい家族がいます。どんなになっても歓迎してくれる故郷を持っている寅さんです。そして女性には優しい寅さんです。いや寅さんだけではなく、寅さんの周りにいるどの男性たちも、女性には優しいのです。そんなところにきっとあこがれてしまうのでしょう。渥美清さんが亡くなって、もう寅さんの映画が作られないことには、とても残念なことのようです。
 なんだか、また誰かと一緒に訪れたいところでした。できたら、私は娘二人を連れていきたいと考えています。でも今も実現できていません。

 この施設は、敷地面積108,911平米という、実に広大な敷地であり高台にあります。館山の旧海軍砲台跡に1965年建てられたものです。ちょうど館山で東京湾を入ってくるだろう敵国軍艦を砲撃できるだろうという砲台跡地です。 この高台の一番上の山の上に「鎮魂碑」がが建てられています。その碑には

    噫従軍慰安婦

と標されてします。
 その場は、ちょうど東京湾の館山沖が見渡せて、晴れた日には富士山も見えるというところで、実に気持のいい広さを感じるところです。
 この鎮魂碑から見た景色がちょうど太平洋戦争にて激戦地になったパラオの風景とそっくりなそうです。そのパラオにて従軍慰安婦として苦労された方が、同じくあの戦争で苦労された方々を鎮魂する碑ということでした。この鎮魂とは慰安婦の方々のみでなく、同じく苦労された兵隊さんも含んでいるという説明でした。
 この碑の前で見た景色を私は忘れることはできないでしょう。どんなにパラオの地で日本へ帰りたかったことだろうなと思うのです。私たちの今の平和を築く礎になった多くの方々を決して忘れてはならないと、私はそのときにも深く思いました。
 実はこの「ああ従軍慰安婦」という碑の「ああ」は、「あゝ」、「噫」、「嗚呼」のどの字で書いてあるのか判りません。目の前で見たわけですが、ちょうど逆光であり、明確に判りませんでした。そばにこの鎮魂碑のことを解説してあるパンフ等があるわけではなく、またちょっとこの園の方に聞く雰囲気でもありませんでした。
 この碑でも「噫従軍慰安婦」というのが、この「従軍慰安婦」という言葉が使われた最初のことのようです。そのような説明がありました。だから今でもよく新聞社がこの碑を撮りに来るということでした。

 この施設の中には今でも大きな防空壕等が存在しています。そして園には当初戦地で「慰安婦」として苦労された方が収容されていました。そして今もその経験のある方がいるようです。なにしろ、50代、60代、70代の売春婦の方々ばかりなのですから。
 この園を作られた方は、どうしても売春という行為から逃れられない女性たちを見ているうちに、これはことの本質は何なのだろうかと考えていきました。いくら売春をやめてもやめても、結局はまたそれに戻ってしまう。しかもけっこうなおばあさんになってもやめられないのです。これは「貧しさ」とか「その女性の傾向」というようなことではないのではないのか、ということに気がついたわけです。

 この施設のパンフレットには次のようにあります。

 この日本が、世界にも珍しい「買春天国」と言われた頃、これではいけない……と立ちあがつたのは、クリスチャンの女性でした。その80年におよぶ運動のすえ、やつと「売春防止法」が成立した時、深津文雄牧師は一人の奉仕女を連れて厚生大臣をたずね、コロニーの必要を説いたのです。
 それは、ひとりの人間が、苦しみの海に身を沈めるからには、ただ貧しさだけではあるまい、それに先立つ障害があるのではないか……と思つたからです。 果たせるかな、彼女たちの大部分は、何らかの意味で精神に欠陥をもつ、不運な人々でした。そうした、簡単に社会復帰のできそうもない人々のために、法律には書かれていない「長期収容」と特記された婦人保護施設が、日本で初めて、館山の海軍砲台跡に生まれたのです。
 内外の数知れぬ有識者に協力によつて……。1965年の春のことです。

 要するに私が簡単に言いきってしまえば、実に悪い男たちが、知恵遅れの女性たちを食い物にしているという事実なのです。だから彼女たちは、やめてもやめても、またこの男たちのために売春行為をさせられてきたのです。私たちがこの園でお会いした女性たちは、元気で挨拶はしてくれますが、たしかに知恵遅れの方たちかな、と思えるおばあさんたちでした。
 私はこのことは絶対に許すことができないことだと思っています。いつの世でも卑劣なことで生きている連中はいるわけです。

 私は現在問題になっている「従軍慰安婦」ということも、こうした悪い連中、悪辣な女衒がやってきたことだと思っています。このことだけは許せないことであるわけです。
 そしてそうした被害にあわれた方が勇気を持って訴えだされたことについては、日本という国家がやったことではないが、日本が国家としての継続性を主張する以上、補償していくべきであると思っています。これは国籍を問わず、誰に対しても同じです。国家の継続性を認めなかったのは、レーニン一人でけっこうです。
 レーニンは革命前のロシア帝国の約束した数々の条約や約束をすべて守りませんでした。ただし、中国に対して結んだアイグン条約や北京条約(ロシアはアイグン条約で黒龍江以北を、北京条約にて沿海州を清国から奪い去ります)という自分に有利なものだけはそのままにしました。でも、現在のロシアは実にあの革命前の80年前に遡って、フランスに対して借款を返済し始めました。国家の継続性ということが、近代国家にとって当然のことだからです。
 ただ、問題は国家がやったことでもないのに、国家が補償していくのは、どういうことかということでしょうね。だから、旧満洲におけるのソ連軍の不法行為でも、南太平洋の数々の戦場でのアメリカ軍の不法行為でも、双方ともに、それぞれの国家は認めないでしょうが、でも我が日本はあくまで、先の戦争にて、苦労されて、そして今の時代を作ってきた礎になった方々には、やっていくべきではないのか、と私は思っているのです。国家がやったことでもないのに、各金融機関のバブルの処理を国民の税金で処理していることよりも、もっと当然にやりきれることのように私は思っております。

 この「従軍慰安婦」の問題でテレビ等々での論争を見ると、私は実に嫌になってきます。国による強制連行があったと糾弾するならば、それを言う側はそれを明確に論証すべきです。女衒といわれる業者の中には、悪辣な方法で女性を連れて行った連中もいたことでしょう。だが今この問題で日本という国がやったとしている側は、さも日本国こそが計画的にやったかのような言い掛かりを言い続けています。言い掛かりでないというならば、このことの明確なる証拠を提出すべきです。証拠がない犯罪など、法の前では犯罪ではありません。
 ただ、韓国やフィリピンの「従軍慰安婦」として名乗りだされた方の中には、それこそ日本国による連行なのか、悪辣な女衒による狩り出しなのか、明確に区別できていない方もいるかと思います。そしてそれは彼女たちの責任ではありません。過去の自らの苦しみを恥を忍んで名乗り出た方々に関しては、私はなんらかの補償をしていくべきだと思っています。これは、韓国や台湾の方で日本の軍人や軍属として戦った方にも、軍人恩給等々を支給すべきだ(あるいは希望する方には靖国神社に祭るべきだ)ということと同じです。
 カエサル率いるローマ軍団でも、フランス革命後のナポレオン軍でも、豊臣秀吉軍でも、昔から軍隊と言われるもののそばには、「慰安婦」とでもいう女性たちが大勢ついて歩いていました。これは、日本軍でもイギリス軍でもアメリカ軍でもオランダ軍でも国民党軍でも中共軍でも同じです。私が知る限りの例外は、インパール作戦に従事したインド国民軍です。彼らはインドの独立までは、女性は必要ないと日本軍に言いきったようです。
 それをさも我が日本だけがなぜか卑劣なことを計画的にやったのようなことを言っている人たちが、残念ながら、まだまだいるということだろうと思います。この人たちは、ソ連が敗戦間近の日本に不当な戦争をしかけ、その中で日本の多くの女性たちが、ソ連軍によって強姦強殺されたわけですが、今生きている方々が、もしこのことの補償をソ連(ソ連を継いだロシア)に求めたとしたら、また懸命に運動するのでしょうか。敗戦後日本に進駐してきたアメリカ軍が日本各地で、日本の女性たちを多く強姦したわけですが、この女性たちがれまたアメリカの補償を求めたとしたら、これに対しても同じように支援するのでしょうか。
 また私は、「従軍慰安婦問題」ということでのテレビ等々の論争を見ると、実に嫌になるのは、いわゆる朝日新聞側というか左翼側というか、そちらに対して、腹が立つだけではなく、その反対側にも、簡単にうなずくことができないのです。
 韓国から来られた「元慰安婦」の方の講演会に、老年の方が抗議に来たことがあると毎日新聞に書いてありました。彼ら二人は「元慰安婦」に方に、口々に、「どうせお前らが好きでやったことだろう!」とか叫び続けたそうです。
 残念ながら、こうしたことを私はよく見聞きします。とても腹が立ちます。「左翼進歩派とかいうのが駄目なのは判っていたけれど、右派も全く質が悪いのが多いんだな」と思うことしきりです。とくに、「売春婦のいうことじゃないか」とかでかたずけてしまおうという言動の方がいますが、これこそがあのようなくだらぬ「左翼進歩派」を活かしてしまうものです。
 昔から、民族派とでもいう方には、真面目な方もおいでになるのでしょうが、単に民族差別としか思えない言動をはく方をたくさん見てきました。「反共産主義」を称えるのなら判るのですが、北朝鮮だろうが韓国だろうが、とにかく朝鮮人差別を平気でいい続ける人を多く見てきました。こうした傾向をこの「従軍慰安婦」問題でも感じることが多々あります。
 なんだか、私はこうしたことで「いらいら」してしまうことが、実に嫌なことなのです。
 ある方から以下のような書き込みがありました。

大連においても、見境もなく女たちを襲うソ連兵の防波堤となって、市の有力者の懇請を受け、犠牲となって働いた女性たちがいました。彼女等の勇気有る献身が大和撫子を守ったのです。

 彼女たちの行動に限りなく敬意を感じます。そしてソ連およびスターリンをどうしても憎いと思います。私が学生のときに、三派全学連とともに行動していたわけですが、その中で彼らはマルクス主義共産主義を信奉しながらも、どうして日本共産党民青ではなく、三派系になったのかというと、このスターリン主義が許せないのだ、ということがおおきかったと思います。とくに日ソ不可侵条約を一方的に破り、我が日本の婦女子たちを強姦強殺したソ連そのものを絶対に許せないのだ、という言葉会話はよく聞いたものでした。私はマルクス主義は嫌いでしたが、こんな心情こそはまったく同じだと感じていたものです。

 この「かにた婦人の村」の見聞は、私にはかなりな衝撃でした。村の中に教会(これはすべて手造りの建物です)があり、そこで彼女たちが普段唱うのだろう、賛美歌の歌集を手に取ってみて、さらにその会堂の下にある納骨堂で並んだ遺骨を見ると(彼女たちが死んでも、「親族の恥だから」と遺骨の受け取りを拒絶される家族がいるそうです)、言葉を失ってしまいました。もう涙すら出てこないのです。
 そのあと山道を登って歩いて、あの鎮魂碑に出会いました。そして「噫従軍慰安婦」と標されているのを知ったのです。突如、生々しい現実が私の前に提示されたわけですが、そのときにはもう何の言葉も出てこない感じだけだったのです。そして今も、この「かにた婦人の村」とあの「鎮魂碑」を思うと、まだ同じ状態です。
 私はこの「かにた婦人の村」の「噫従軍慰安婦」の碑の前では、「ここにも、この問題が出てくるのか、どう言ったらいいのだろうか」と思いましたが、ただ、そのときには、その碑とその碑の向いている風景を眺めていただけでした。 私自身はもっともっと、真実を知る努力を続けて行きたいと思っています。そこには、あらゆる偏見(私自身がどうしても持ってしまう偏見を含め)を排除して行きたく思っております。その過程でたくさんの方と話合って行きたく思っています。



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2011年12月11日

「モバイル通信のことで」(1998.02.06)

2016122613
2016122613

1112100711121008 先月はかなり忙しくて必死だったのですが、事務所で仕事をしていましてラジオを流していましたら、1月21日のことですが、松崎菊也というキャスターが次のようなことを言っていました。

  いま、モバイル通信がはやりだというけれども、実際に使って
  いる人なんて、いないのじゃないの? あんなのは、テレビで宣
  伝しているだけで、誰も使っていないよ。そこで、誰か「私は使っ
  ている」とか、「私はモバイル通信をしている人を見た」という
  人は、電話かFAXください。

 そこで、「何言っているんだ」という電話が入るだろうと私は予想して、ただひたすら仕事に邁進していました。 だが、入ってきた電話(FAXかもしれない)は2本だけです。

 私はモバイル機器を持っているが、全然使いません。

という50代サラリーマンと、

  さっき、道端にしゃがんで、携帯と何か機械でやっている人が
  いました。とっても格好悪かったです。

という主婦の連絡がありました。
 松崎菊也は、「そらみたことか、俺の言う通りだろう」とばかりに、モバイル通信を貶します。私はなんだか頭に来てしまいました。
 FAXを送ろうとしましたが、電話が判りません。電話をかけようにも、電話の番号が判りません。面倒だからTBSの代表番号にかけてしまいましたが、なぜかまったく電話が出ません(人がいないのか、電話が鳴っても受けないのか)。
 そこで、もうインターネットで調べて、次のメールを送りました。

差出人: 萩原周二 <メールアドレス>
宛先: TBSラジオ 御中 <radio@kr.tbs.co.jp>
件名 : モバイル通信について
日時 : 1998年1月21日 16:10

「松崎菊也のいかがなものか」
  松崎菊也様

 本日(1月21日)の放送でのモバイル通信のお話を聞いていま
した。松崎様は、「あんまりモバイルなんて誰も使っていないので
は」というご意見かと思いました。私はいつも使っているものとし
て、電話したく思ったのですが、どこに連絡したらいいのか判りま
せんで、もう電子メールしようと考えました。
 私は現在49歳で、自分一人で仕事をしております。いつもノー
トパソコンとザウルスと携帯電話とPHSを持って歩いています。
これはそれこそよく使うものだから手放せないのです。
 どうモバイルとして使っているかと言いますと、次のようなこと
です。

1. 簡単なFAXを送ることがあります。これは仕事上で、あるも
 のを外出先から送った場合に、相手にその確認のFAXを送りま
 す。この連絡は電話でもできるわけですが、電話というのは意外
 に不便で、相手がつかまらないとか、伝言しても伝わらないとい
 うことが多いのです。そしてその相手が地方だと携帯電話代も大
 変です。こうしたときに、FAXを送っておくのは楽なのです。
  これをやる場所は、ほとんど役所関係の椅子のあるところや駅
 のベンチや公園のベンチになります。電車の中では今は「携帯電
 話の使用はご遠慮ください」とのことですから、やりません。

2. 事務所や自宅へ戻れない時間が長い場合には、自分あてのメー
 ルが入っていないか確認します。これは仕事に関係していますか
 ら、大事な作業であり、どこでもできないと困ります。

3. とくに仕事上とばかりは言えないが、パソコン通信上でのある
 会議室で討議のあることに関しては、どこでも早く内容を知りた
 いし、自分の意見も早く述べたいわけで、外でもやる必要のある
 場合があります。

4. お客さんのところへ行っても、電話はあってもモデムがないと
 ころがまだまだ多いのです。そうした場所では、自分のモバイル
 機器で通信できないと、これはもう仕事になりません。

5. 昨年の代々木公園でのお花見のときです。ある50代の方が、
 カラオケでもあればと言い出しました。そして村田英雄の「花と
 龍」が唄いたいというのですね。突然の希望ですし、そのお花見
 を企画した会社は何の用意もありません。そこで私はパソコンを
 取り出して、あるカラオケサービスに携帯電話でつなぎまして、
 見事、この歌をダウンロードして、カラオケとして唄えました
 (私はもちろん簡単なマイク等は持って歩いています)。
  また、私は自分の行く赤ちょうちんの店で、私の唄いたい歌が
 ない場合に、私は自分のパソコンで唄います。パソコンに取り込
 んでいない歌でも、そこでモバイルすれば唄うことができるので
 す。

 思いついたのはこんなことでしょうか。これからは、ますますモ
バイルで通信をしていくのは、普通の姿として見られるようになっ
ていくだろうと私は思っています。

         萩原周二
         私の会社名 電話 FAX メールアドレス

 ところが、ラジオでは私のは少しも取り上げられません。何日たっても返事も来ません。私が逆にモバイル通信のことを馬鹿にしたら、取り上げられたのかな。それとも、メールなんて読まないのかな。
 さてさて、どっちなの。間違いないのは、普通の礼儀を全く知らないのね。



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2011年12月10日

「帝京大学のラクビー部員の事件で」(1998.01.25)

1112091411120915 帝京大のラクビー部だけではなく、日体大のスケート部でも同様の事件を起こしていたことが報じられました。
 私はこの事件を起こした連中を厳正に糾すのはあたりまえにしても、ここでは別なことをいいたいと考えます。
 さきほど、TBSテレビで関口宏が次のようなことを言いました。

  被害にあった女性のほうにも油断があったのじゃないかな

 私は昨日夜遅く帰ってきて、家族にこのことを話していました。前の日は帰ってきていなかったので、なんだかひさしぶりの会話でした。私は仕事中に聞いたラジオでもこの関口と同じ言い方をする女性の声を聞いていました。私はこうした物言いが許せないわけです。私の妻も子どもたちも同様の思いでした。
 悪いのはあくまで加害者です。銀座のカラオケに行くことがどうして責められなければいけないのですか。関口が喋り出したときに、おはぎが

  ほらほら、またこういうことを言っているよ

と教えてくれました。
 これは現行犯逮捕された事件ではありません。被害にあった彼女が親告したからはじめて事件が分かったわけです。強姦罪は親告罪なのです。だから彼女が黙っていれば、犯人はどうにもなりません。関口のような物言いを半ば予想しながらも、彼女は人間の尊厳をかけて訴え出たわけです。やはり、それに対して、こうして「冷や水」をかける発言が出てくるわけです。

  あんたのほうも落ち度があるんだからな

というようなプレッシヤーを彼女は感じることでしょう。
 こうした言い方は、どんな段階でも言うことができるでしょう。最終的には、

  結局、あんたが女であったから問題が起きたんじゃないの

とまで言えるような言い方なのです。
 私はほかでも、次のような発言を目の前にしたことがあります。

  ユダヤ人が迫害されるのは、自我が強いからだ。キリスト教の
 国へ行ってもその国の宗教を受け入れないのだから。

 ユダヤ人が自らの宗教の神を信じるのは、まったく自由のことであるはずです。そして彼らが自らのアイデンティティを守るためには、ユダヤの神を信じることは自らユダヤ人であることの存在証明のようなものです。この言い方は

  ユダヤ人はユダヤ人だから駄目なんだよ

と言っていることと同じなのです。これがナチスの主張でした。そしてナチスは実はユダヤ人だけではなく、ジプシー、身障者も絶滅しようとして実行していました。そのあとには、ポーランド人絶滅、次はウクライナ人絶滅、そのあとにはロシア人絶滅を目指していました。何故、どうして?、だから「ロシア人だからいけない!」のですよ!
 関口が自分の娘に自宅で言うのならいいのです。

  どんなに有名なスター選手であっても、どんな銀座の高級な場
 所であっても男たちと簡単に行くんじゃないよ。最終的にはお前
 の責任なんだよ。

 だが、テレビという中で有名キャスターとしてあのような言い方をするのは、実に実にたちが悪いなと思います。
 さてそれから確認しておきます。強姦は親告罪ですが、輪姦はそうではありません。それ自体で犯罪が成立しています(強姦は被害者の届け出がないと犯罪にならない)。だから、あのラクビー部の連中は、関口のような奴がいくら被害者にプレッシャーをかけたとしても(これは彼の発言は結果としては勇気を出して被害を訴えた女性に圧力になると思います)、もう刑事犯です。たとえ彼女があきらめても、もう犯罪の審議は行われます。(註)
 しかし、質の悪いのが、平気で質の悪い言動を繰り返すものですね。

 (註)
 (強姦)
 第177条 暴行または脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫し
  た者は、強姦の罪とし、二年以上の有期懲役に処する。一三歳
  未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
 (親告罪)
 第180条 ‖茖隠沓蕎鬚ら前条までの罪は、告訴がなければ
  公訴を提起することができない。
      ◆〜姐爐竜定は、二人以上の者が現場において共同
  して犯した第176条から前条までの罪については、適用しな
  い。

  だから被害者の告訴がなければ、犯人は罪を法的には問われま
 せん。だから、「被害者のほうにも落ち度があったのでは」とい
 う言い方は、まさしく被害者が勇気を奮って訴えようとする気持
 を萎えさせてしまうものなのです。ただ、また逆なことをいうと、
 親告罪ですから、男の方では合意の上だと思っていても、「実は
 私は脅迫されて」と訴えられる可能性があるわけです。事実、こ
 うした手で食べている悪質な女性もいます。「告訴を取り下げて
 ほしいのなら示談にしよう」という手です。示談には慰謝料がい
 るというわけですね。大昔留置場で、こうした女性のいることを
 知りました。
  刑法180条の項は、これが輪姦です。これはもう親告があ
 ろうがなかろうが、もう犯罪が成立しています。たとえ被害者と
 示談になっても、刑務所行きは間違いありません(もっとも示談
 にしていたほうが、刑の重さが違うけれども)。これまた、大昔
 の留置場で知った加害者ですが、輪姦の現場にいて彼は何もしな
 かったのですが、彼も捕まりました。これまた当然なわけです。
 姦淫しようがしなかろうと、共同して罪を犯したことには変わり
 ありません。



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2011年12月09日

「今年のクリスマスプレゼント」(1997.12.26)

1112082111120822 私は毎年、私のクライアントや神田会や私が通う飲み屋等々の女性に、クリスマスプレゼントをあげています。ちょうど5、6百円のものを探して、一応娘や妻に見てもらってから、「ああ、これならいいんじゃない」ということで、配っています。もう15年くらい続けています。今年は80個配りました。
 このプレゼントを何にするのかというのに、大変に苦労します。もうけっこう長年配っていると、それこそ今年は何にしようかというのに頭を悩ましてしまうのです。娘や妻もよく「今年はこれにしたら」とアドバイスをくれます。
 ところで、今年は「星の王子さま」のタオルハンカチにしました。全部で6種類のハンカチでした。だから、もらった人により絵柄が違います。実に可愛い絵柄で、誰も喜んでもらえました。私は最初これを娘たちに見てもらった夜に、サン=デクジュペリの「星の王子さま」を読み返してみました。
 サン=デクジュペリは、「夜間飛行」とか「戦う操縦士」などという小説を読むよりも、やはりこの「星の王子さま」が一番いいですね。ナチスとの戦闘で、今もコートダジュールの海に沈んでいるサンテックスのことを思います。王子さまのいる星へ行ったのではなく、海に沈んでしまったんだよなんて思ってしまうのですね。
 23日に私の知り合いの女性の結婚式がありました。そこに私の関係の会社の何人かの女性が来るので、このクリスマスプレゼントも用意していきました。結婚した彼女はお色直しが2回で、実にとても綺麗でした。でもでも、この女性はとても頑張り屋なのです。なんだか、披露宴の途中で、彼女の頑張りのけなげさに涙がなんども出てきてしまいました。彼女は結婚しても、必ず何者かに向かって雄々しく闘っていくような姿勢をおおいに感じます。私にはそれがサンテックスの姿にも思えて、なんだかやるせなかったものです。
 サンテックスが恋した女性は、サンテックスが小説で成功したのに、なんでその小説家の道を進まないで、あえてなんでまた操縦士になるのだという不満をサンテックスに述べています。「でも僕は眠れないんだ」と言い放つサンテックスの姿を想像してしまいます。彼はやはりナチスが許せなかったのだろうなと思います。
 彼は結局、星の王子さまとも別れて、ナチスとの戦闘に入ります。そして永遠に海に沈んでしまいました。このごろやっと、彼の乗っていた飛行機がコートダジュール沖に発見されました。それまでは、彼の死そのものは確認されていなかったのです。だが彼の遺族の希望で、この機体の引き上げも、遺体の捜索もしないそうです。
 サンテックスはどうして、もっと気楽に生きれなかったのかなと思います。砂漠で星の王子さまと会えたときが、彼にとってわずかに愉しい思いでだったのでしょうか。
 今年のクリスマスプレゼントを配りながら、こんなことばかり考えていました。


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2011年12月08日

「定型外郵便が値下がりになりました」(1997.12.21)

1112080311120804 12月1日から定型外郵便が値下がりになりました。市外特別郵便、第3郵便の定型外も安くなりましたが、誰もが一番使うだろう通常郵便は以下のようです。

重量  〜50g 〜75g 〜100g 〜150g 〜200g 〜250g 〜500g 〜750g 〜1Kg
改正後 120円 140円 160円 200円 240円 270円 390円 580円 700円
改正前 130円      190円                270円 390円     700円

重量  〜2Kg  〜3Kg   〜4Kg
改正後 950円 1,150円 1,35円
改正前 950円 1,150円 1,350円

 なんでこんなことを気にしているかというと、あるクライアントで、プレミアムとして郵便料金を計るスケールをみなさんにあげているのですが、それについている料金表では、これが分からないからです。
 いやそれ以上に、かなりこのことをこうして書くのは、一体郵政省は、このことをどのくらい広報しているのでしょうか。私はもうこの値下げを知らないで、高い料金の切手で出してしまいました。少々腹が立ちました。いくつかの会社の事務をやっている方に電話で知らせましたが、誰も知りませんで、大変に感謝され、かつ、郵政省に対して、みな怒っている発言が出てきます。

  あんなに郵便番号7ケタの広報はしつこいほどしているのに、
  どうしてこのような、みなにいいことを教えないのでしょうか。

というのが、みな共通した思いのようです。
 郵便局で料金表を要求すると、どうやら1枚くれました。どうして誰もがそれを目にして取っていけるように、表に置いておかないのでしょうか。本当なら、全部の家庭に配ってもいいはずです。郵便局には、お歳暮、お年賀用の広報カタログはたくさん積まれていましたが、こうした誰にも大事な料金表は要求しないとくれないのです。
 結局郵政省は民営化はされないようですね。もっとも民営化の最初の案でも、郵便事業そのものは民営化はさせない予定だったようですが。随分前に、ある雑誌で「クロネコヤマト」の会長さんが言っていました。いつでも郵便をやる自信があるというのです。そして当然やる以上は郵政省よりも安くやるということです。つまり通常郵便の封書最低80円を70円でやりきるというのですね。だがそれを国は許さないわけです。
 もしももしもですよ。もうこうしたことが認められれば、70円封書が出てきて、そのうちに50円、40円という業者が出てくると思いませんか。それから電話料金と同じように、さまざまなサービス形態が生まれるでしょう。そうなったら、香港に行ってしまっていたDM業者も日本に帰ってくるし、DM自体が2、3倍いやそれ以上に活発化して、それでさまざまな経済が活性化されるはずです。
 しかし、郵政省のやり方には本当に腹が立ちます。
 私は歩いているときに郵便局に出会ったら、とにかく「料金表ください。できたらたくさんください。………………、それなら2枚ください」と言い続けて、それを、みなさんに配って歩こう。



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2011年12月07日

「山一證券の破綻」(1997.11.24)

1112061711120618 なんだか「恐慌」といってもいいような雰囲気も感じてしまいます。いろいろなことを思います。思いついたことを書いてみます。

 責任は誰にあるのか。
 これは当然にまず原則的に考えてみます。経営破綻の責任はまず、取締役にあります。これは彼らこそが経営をやっていたからです。そして次にはその取締役のやる経営を監視すべき監査役が、果たして監査できえていたのか、その能力があったのかということが問われます。次に上場企業であるわけですから、監査法人の公認会計士が見ているわけです。さらには、監督官庁である大蔵相が、果たして監督できえていたのかという責任が生ずると思います。
 簿外資産と言われるものについては、山一の社長は答えることができませんでした。これが簿外の不良債権なわけで、2,600億円とニュースでは伝えています。「情報公開」ということが絶対に必要なわけですが、この情報自体が信用できないわけです。だって、それを監督監査しているプロ自体が信じられないわけです。ただ、情報公開を適確にしていってもらえば、誰でもその内容の不可思議さに気がつくことができるはずなのです。
 では、こうしたいわば「粉飾」されてしまっていた情報をどうして指摘することができないのでしょうか。監査法人自体がその粉飾に拘わってしまっているのかなという疑いも持ってしまいます。監査役は会社の社長から任命されている名誉職だと勘違いしているふしがあります。
 むかし私は、ある会社で社内監査役が次のような挨拶をしたのを聞きました。

  このたび、社長からこの会社の監査役として任命されしました。
  監査役に任命されたからには、この会社のために粉骨砕身努力し
  ていく所存であります云々。

 いいでしょうか、これはあきらかに間違いです。監査役を選任、任命するのはあくまで株主総会の場で、個々の株主の総意でされるものなのです。だから代表取締役たる社長が何をいおうと、あくまで株主の利益を守るために仕事をすべきなのです。どうみても、会社に不利益を与えるようなことを、取締役および代表取締役がしてしまいそうならば、それを阻止しなければならないのです。これは監査法人たる公認会計士も同じだと思います。

 ところで、日本はこれを判断するべき財務諸表だけでは、実はなかなか企業の本当の財務状態を把握することができません。日本には公認会計士ではない、「税理士」という他の国ではない会計人がいます。何故でしょうか。これは日本では、会計原理だけではなく、税務が分からないと、企業の経営ができないからです。企業会計原則を原理的に知っていたとしても、違うことが出てきます。
 たとえば、以下の会社の内容で考えます。売上も粗利も、みんな働く社員のおかげで前期よりも随分延ばすことができました。経費もみんなの努力で、かなり合理化して最小限に抑えることができました。経理課や財務課の課員の努力で営業外利益もかなりかせぎました。おかげで営業利益も経常利益も、過去最高の数字をあげました。こうしたみんなの努力で約3億円の当期利益が見こめます。これなら、できたら期末に、特別賞与を社員やパートの人にまで出して、当然各株主にも、かってない配当ができそうです。次期からは、役員の報酬を増やしてもいいだろう。そして内部留保もおおいに増やすことができるでしょう。
 ところが、会計上はこうできるはずだと思っていたところ、税務上は3億円の利益に対して、2億8千万円の税金を払わなければいけないようです。こうした税理士の試算指摘で、この会社の代表取締役社長は頭に来てしまいます。もう俺の報酬を増やすよりも、株主に配当するよりも、その金を経費としてつかってしまおうと考えてしまいます。どっかへ寄付しちゃおう、銀座で身体を壊すまで飲んじゃおうとなってしまいます。ついでに簿価上は安く抑えられる土地を購入して、その購入にあたっての経費はいくらでも払っちゃおうなんて考えてしまいます。
 なんで日本はこんなに会計上の経理の数字と税務上の数字が違うのでしょうか。まったくそれは国家の肥大化です。肥大化した国家があるからです。
 また、大蔵省の役人たちは、こうした際の情報の基本である複式簿記がさっぱり分かっていません。一般企業では、社員に払う給料は損益計算書に載る経費たる一般管理費ですが、有価證券を購入したとしたら、それは貸借対照表の資産の部に載るわけですが、大蔵省の予算や税制は公共事業に投資するのも、年金や給料を支払うのも、単式簿記上の同じ支出でしかありません。まして金利という概念はさっぱり分かりません。だから、こんな連中は一般企業の複式簿記を理解するのは大変に難しいことになります。それを学んだとしても、今回不況産業になってしまった、金融機関、たとえば證券会社の試算表、あるいは銀行の試算表、損保および生命保険会社の試算表が理解できるわけがありません。こういう金融会社の、「売上って一体何?」「仕入原価って何?」という問いに彼らは答えられるでしょうか。
 だから監督なんかできるわけがないのです。これは社会主義国たる、中国や過去のソ連の官僚たちとまったく同じなのです。

 さて、ここででも確認のために言っておきたいのです。会計や経理の原理を分かっていることは、決して経営をすべて分かったり意思決定できたりすることではありません。何故なら経理財務上の数字というものは、常に過去の数字でしかないからです。だが、人が人(これは法人も含みます)に、自らのやった営業活動の結果を伝えるのには、限りなく現在に近い数字で表して、それで伝えるしかないのです。また伝えられる方も、その数字の意味が明確に把握できなければなりません。とくに現在はコンピュータがこれだけ発達しているのですから、それはより簡単にできるようになっているはずなのです。
 簡単にということは、できる限り時間的に素早くできるということと同時に、資産なら資産、負債なら負債の内容をできるだけ正確に表現できるのだということを示しています。資産の部に載せる「投資有価証券」の価格が「なかなか分からないから確定できないんだよ」というのは、嘘であって、いまや毎日でも表現できるはずです。いわんや、1月に1回の試算表なら、もっと楽です。1年に1回の決算ならもっと楽なはずです。アメリカの企業ができることを、どうして日本に企業ができないの。同じコンピュータ使っているんでしょう。

 実は、ちょうど先週の木曜日に相談のあった問題の会社(そこの社長からの相談ではなく、被害を受けてしまった側からの相談)のことでも、上のことをおおいに感じています。始めてお会いして、実に4時間半に渡って相談に応じていたのですが、そこの会社は日本の優秀な調査会社である東京商工リサーチの情報では、優良企業になっているのですよ。つまりは、この企業は「逆粉飾決算」をやっていたわけです。それが東商はまったく見抜けていないのです。そして、ここで長く顧問をやっていた税理士及び弁護士も責任は重大だと思われます。
 この会社は大きな会社ではありません。でも今回の山一と同じことを感じてしまっていました。

 山一證券が自主廃業をしたことに関して、いろいろなところでいくつものことを話してきましたが、今はただ以下のことを思います。
 山一の社員は7千人くらいだそうですが、その社員はいろいろと引き受け会社が出ているようです。そうした動きはいいことだとは思いますが、それにしてもなんだか割りきれない思いがあります。
 山一の関連企業にはどれくらいの人が働いていたのでしょうか。そして関連会社ではない、いわゆる下請とでもいうべき中小企業はどのくらいあったことでしょうか。文房具を入れていた会社、名刺を印刷していたところ、封筒を印刷していたところ、いくつかの広告代理店…………………、山一だけで生きていた会社もいくつもあったことでしょう。そうした企業もいくつも倒産するでしょうね。こうした会社で働いている労働者には誰が手を差しのべてくれるのでしょうか。



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2011年12月06日

「ちかごろ気になるCM」(1997.11.16)

1112060511120606 気になるというよりも、どうにも怒りをおぼえるCMがあります。東京海上火災保険会社が菅原文太を使って行っている自動車保険のCMです。菅原文太は大好きな俳優ですが、あのCMの内容には腹を立てています。

  自動車事故起こしたことがあるのか。ないんだろう。
  自動車保険はな、代理店が大事なんだよ。
  いい代理店選べよ。
  ………………………………
  ………………………………

というような一連のCMです。これを見ていると、自動車事故というのは、損害保険代理店の力によってどうにでも左右される、どうにでも保険給付金が左右されるような思いになりませんか。

  そうか、代理店の優秀さで保険給付金の額がきまるのか。

なんて思い込みませんか。でもそうした思いはまったくの間違いです。そしてあのCMはそうした誤解を生んでほしいというような意図が感じられます。
 事故を起こした場合は以下のとおりです。
 まず2台の車がぶつかったとすると、その事故の加害責任の分担に関して決めるのは警察です。その割り合いがA対Bが6対4の加害責任だとすると、それによって、被害額に対する給付金の割り合いが決まります。そこで双方の自動車保険の損保会社の事故センターがそれを負担しあうように取り決めます。もちろん、まったく保険に入っていないとか(ありえないだろうな)、あるいは車両保険は入っていないとかあるかと思いますが、そうした内容によっては、保険給付金だけでは、その被害額を払えない場合も出てくることもあるかと思います。
 ただ、あくまでこうしたことで保険給付金額は決まっていきます。そこに代理店の力は介入のしようがありません。もしできることといったら、すばやく事故の届けをすることとか、警察には必ず届けをするようにというアドバイスをするというようなことでしょう。
 それをあのCMはどうにも誤解を与えがちな内容ではないのかなと、私は思うのです。
 あのCMの本当の意図は次の2点が考えられます。
 まず、保険のビックバンに向けて、こういうことをユーザーに知ってほしい。

  ニッセイのおばちゃん軍団では、自動車事故をうまく処理でき
  ないよ。

 すなわち日本生命(もちろん他の生命保険会社も)の強力なセールスレディたちでも、自動車事故に関しては、慣れている損保の代理店が安心だよ、ということを言いたいのですね。
 そしてもう1点。これは一般ユーザー向けではなく、損保の代理店向けです。

  ビックバンになろうとなんだろうと、私たち損保会社は代理店
  が大事なのです。

という意図を伝えたいのです。
 実はこの金融・保険等々のビックバンを目の前にして、損保の代理店の3分の2は、もはや損保会社にとっていらない、切り捨てていきたい存在だと言われます。もうこんなにいらないのですよ。そうしないと、ビックバンでは損保会社は生きていけません。だからその代理店そのものが、今かなりな危機感を持っていると思います。代理店そのものは、どこの損保会社でやってもいいのですから、もう安心してやれるところへくら替えしてもいいかなと考えても不思儀ないわけです。そうした代理店に対して、「いや、私たちはあなた方を頼りに思っているんですよ」というメッセージがあのCMの、もう一つの意図なのです。
 だから、私は腹をたてています。いつも

  東京海上、いいかげんにせいよ

とぶつぶつ言っています。
 菅原文太さんは大好きなのですがね。



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2011年12月05日

「パソコン検定試験って何!」(1997.11.15)

1112040311120404 今TBSテレビのニュースで、パソコン検定5級の試験のことを放映していました。その受験生の8割が中学生だということです。その試験がマークシート形式の○×問題でした。なんだか馬鹿馬鹿しくなってきます。あんな検定試験って一体何になるのでしょうか。
 たとえば、その場でパソコンを与えて、「仮のIDを発行するから、そのアドレスを使って、この試験官にメールを出しなさい。メールの内容は、本日試験会場へ来るまで自分が通ってきた交通機関のことと、本日の天気のことを報告しなさい」というようなことでいいと思うんです。
 大事なのは、パソコンが実際に使えること、パソコン上で、「報告書」とか「論文」とか「メール」といったものがすらすら書けるのかということこそが大事ではないのですか。その上の級には、下の成績表の平均点と偏差値の表を作ってみてください。使うソフトはエクセルでもロータスでもいいです。ちなみに、偏差値の数学的な計算方法は以下の通りです」なんていう問題でもいい(もっといい例を出せればよかったのだけれど)
 ちらっと見たことでは、たとえば「ブラインドタッチ」なんて言葉が見えたけれども、そんなこと知らなくても、ブラインドタツチが出来なくても、パソコンが使えればいいのではありませんか。
 私の友人で、パソコンをやろうとしたときに、その妹から「パソコンをやるのならブラインドタツチができないといけない」というアドバイスをもらって、その練習訓練ばかり1カ月ほどやっていた人がいます。2人の妹はそれぞれ、フランス語と英語ができて、タイプを自在にできる人たちですから、パソコンも同じと考えたようです。でもどうなったかというと、当然この友人はパソコンには挫折しました。
 それで、その後数年たって、またその友人は

  どうもパソコンをやるのには、あんたに教わるのが一番いいみ
  たいだな

と気がついたのか、今はそれこそしょっちゅう電話してきます。実は、彼はまた少し昔に、かなりパソコンの世界で有名な人にパソコンの講義を受けたのですが、これまた何にもならなかったのです。
 私しゃブラインドタツチなんかできません。できないけれど、パソコンをひととおり動かせるようには指導できるつもりです。それが一番大事なことじゃないの。
 いったいあんな検定試験って一体何になるのかな。やめちゃえやめちゃえ、とテレビに向かって毒づいていました。



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2011年12月04日

「国会議員の『圧力』なのかな」(1997.09.23)

 先日次のようなニュースが目にとまりまりました。

井奥貞雄・衆院議員、我孫子市に“圧力”−−「献金元」所有地の開発事業
11120303    97.11.06  東京本紙朝刊 27頁 社会 写図無 (全845字)
 井奥貞雄衆院議員(比例代表南関東、自民)が、国土政務次官当時の今年2月、千葉県我孫子市内の宅地開発に伴う道路拡幅で、業者の主張に沿った取り扱いを求める電話を市幹部にかけ、市が従来の姿勢を一転させていたことが5日までに明らかになった。開発予定地は井奥議員の有力後援者の所有地。同議員は「支援者から依頼されて口を利くのは当たり前。圧力はかけていない」と話している。
 開発予定地は同市根戸の約2000平方メートル。関係者らによると、東京都内の住宅会社がこの土地に15棟の宅地造成を計画。昨年11月に市に計画を提出した。市の宅地開発指導要綱では「開発区域内の道路は区域外の幅6メートル以上の道路に接続させる」となっているが、計画では道路幅が5メートルだったため、市は業者に幅6メートルにするよう指導した。
 しかし、住宅会社は「要綱には『5メートルでも可能』と解釈できる条項もある」などと主張。今年1月には、住宅会社などから依頼を受けたとする同市の市議(60)が計画通りで許可するよう求めたが、市は拒否した。
 2月になって井奥議員から市幹部に数回、電話が入り、今後、道路反対側の土地を開発する際にもう1メートル拡張する案を示し「この方法でできないか考えてやってくれ」と再考を求めた。
 市は5月になってこれまでの立場を一転させ、要綱の「開発規模などでやむを得ない場合」という特例部分を適用し住宅会社などの主張を認めた。
 方針変更について同市の福嶋浩彦市長は「国会議員の口利きで認めたわけではないが、要綱自体にあいまいな部分があり、結果として業者の言い分を認めた。業者には今後も道路幅6メートルとするようお願いする」と話している。
 開発予定地を所有している同県松戸市内の会社社長(67)は昨年度だけで、経営する7社から計350万円を井奥議員の政治団体に寄付している。
 井奥議員の話 支援者から依頼され口を利くのは地方議員でも国会議員でも当たり前のこと。「できるかどうか考えてくれ」と言っただけで、圧力をかけたことはない。毎日新聞社

 これは毎日新聞でしか報じられていません。私がなにげなくこのことを発言したところ、私の関係するクライアントで大きな話題になりました。もうこれで、5メートルの道路幅でOKということになってしまったわけですね。みなすべて、これで開発が進むことになるでしょう。事実、もうそれで進んでいますよ。
 国会議員の「圧力」というよりも、我孫子市のミスといったほうがいいでしょうね。でも、そのミスを国会議員からの電話がなかったら認めなかったわけでしょう。
 私などは今までけっこう我孫子市にいくつかのことを言ってきましたが、どうしてもあの役人さんたちは認めてくれなかったものです。なんか面白くないですね。



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2011年12月03日

「ヤオハンの倒産について」(1997.09.23)

11120208 ヤオハンジャパンが倒産したというニュースを目にしたときに、「あ、まったく慶太郎さんの予想のとおりじゃないか」と思ったものです。中国に進出している日本企業について、長谷川慶太郎は一貫として、その危険性を警告していました。彼が地方へ講演に行く際に、銀行から「先生、どうか中国の話はしないでください」と言われたものだそうです。銀行は、地方の有力企業に中国進出を勧めているわけで、そこで、慶太郎さんに、中国の本当の姿を話されては、それがぶち壊しになってしまうからです。
 以下、簡単に拾ってみた慶太郎さんの言です。

 中国への企業進出は絶対危ない。
   (「繁栄か衰退か─日本のゆくえ?」1994年6月21日発行)

 国も企業も泣き寝入りの日本
   日本の中小企業で、(中国に)引っ掛かって進退窮まってい
  るところが多い。相手は、それでも絶対にダメだとは言わない。
  もう少し、もう少しと言い続ける。金利のかかるカネを投資し
  た日本の会社はたまったものではない。(「1996年長谷川
   慶太郎の世界はこう変わる」1995年11月30日発行)

 経営者に告ぐ「中国幻想を早く捨てろ」
   となれば、中国に進出した日本の経営者に警告したい。中国
  への投資を全面的に確実に「回収」する見通しはほとんどなく
  なった。(リチャード・クーとの共著「有事のアジア」1996年
       5月27日発行)

 まだまだいくつでも見つけることができるはずです。そして、ヤオハンの倒産は、中国投資のことだけが原因とは言えないのかもしれません。毎日新聞9月19日朝刊の見出しには、

 無謀な中国投資のツケ メーンバンクの支えなく

とあります。これくらいだとメーンバンクがあれば、まだ倒産という事態にはならなかったはずという見方もあるようです。でも私が思うのには、たとえメーンバンクがあったとしても、遅かれ早かれ、同じことだったでしょう。根本は、経営者の「中国幻想」にこそ、その原因があるのだと私は考えるからです。
 さてさて、ほかの中国進出企業は大丈夫なのかな。



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2011年12月02日

「保保連合について思ったこと」(1997.08.31)

11120110 随分前から自民党内の「自社さきがけ派」と「保保連合派」で勢力争いがあるということです。新進党の方でも、自民党の一方と連合しようかという動きがあるようです。先日には、橋本首相と小沢党首が一緒に会合というか食事をしたらしいですね。しかも、その場には長谷川慶太郎さんが同席していたということです。
 さて、私はどうにも「保保連合」という動きに嫌なものを感じていました。それは何故かというと、保保の動きが出てくると、結局は社会党を生き返らせてしまうのではないのかという思いからなのです。せっかく、社会党(今は社民党と名乗ったり、民主党にもなっているようだが)がつぶれてくれる寸前にまできたのに、保保連合ができたら、社民党は生き返ります。
 私は日本の今後未来の政治勢力は以下のような形になるのだろう、なるべきなのだろうと思っていました。すなわち

 1、「自由」に主をおき、小さな政府を目指し、徹底した行革を
  進める。
 2、「民主」に主をおき、強力な政府で福祉国家を目指す。

 これが、1が新進党であり、2が自民党(これに社民党、さきがけ、民主党等々が合同していく)であると思っていました。米国でいえば、1が共和党、2が民主党になります。イギリス、フランスでもその区別ができますね。
 ところが、以上のように思っていても、現実はそうした動きになりませんでした。新進党は選挙で敗北し、民主党などという政党ができて(ただし、ここもそれほどの政治勢力になれない)しまいました。結局は、自民党そのものが上の1と2を兼任してしまっているのです。
 そこで、やはり、再度再再度、政治勢力の再編が必要なのかなと思うのです。そう私も思い始めました。だから、自民党の側からばかりではなく、小沢の側からも保保の動きがあるのかなと思います。保保連合が上の1であり、自社さきがけ派及び民主党連合が上の2になるべきかななんて思うのです。
 私は今政府がやるべきことは、実にたくさんあると思っています。行革を徹底して進めることにより、経済の活性化を図ることです。この点では、農協を助けるべくやった住専処理や消費税値上げはまったく逆行しています。これを阻止するような動きを徹底してやるべく政治勢力が絶対に必要でした。その意味では、私は、住専処理に断乎反対して、国会で座り込みを続けた新進党の面々には感動すら覚えました。そうした実力行使自体がいけないのだというような言い方しかできない識者には、怒りしか感じませんでした。
 とはいえ、新進党はやりきらないし、自民党が勝ち続けます。このときに、自民党内の保保派と言われる部分が危機感をもつのは(この危機感とは本来、日本の危機、国民の危機ととらえているはずだ。違う思惑のある保保派もいるだろうけど)、当然であろうなと思います。
 いま保保連合ができて行った場合、つまりは自民党が分裂するということですが、それは歓迎すべきなのかなと、私は思い出しました。そうしてこそ、そこでまた逆に自社さきがけ派(リベラル派とでもいうべきかな)も、民主党も存在価値が出てくるかと思うんです。やっと、日本にポリシーのはっきりした政治勢力の対立軸ができてくるのではないのかと思うんですね。ついでに言っておけば、日本共産党はリベラル派や民主党勢力を補完する立場になるでしょう。
 以上の政治勢力の立場には、さらに外交や安保への考えを検討すべきかと思いますが、それは少しまた違う話になるので、また別に述べるべきかなと思います。



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2011年12月01日

「アップルはどうなるの」(1997.08.08)

 以下のニュースが入ってきました。

11120103■PC Watch   メールサービス 号外   1997-8-07
Microsoft、Appleに1億5千万ドルを投資、共同開発も
 米Microsoftは、米Apple Computerに1億5千万ドルを投資し、ソフトウェア開発などで広い範囲の協力関係を結ぶすると発表した。ボストンで行なわれているMacworldの初日のスティーブ・ジョブズ氏のキーノートスピーチで明らかにされたもの。

 主な内容はつぎのとおり。
・MicrosoftはMicrosoft Office、Internet Explorer(IE)などの主要な製品を将来にわたりMacintoshプラットフォームに供給する
・AppleはIEをMac OSにバンドルし、将来のOSの標準ブラウザとする
・両社間で特許のクロスライセンス契約を結び、Macintoshプラットフォームの先端的な 技術開発で協力する
・両社はJavaバーチャルマシンおよびプログラミング言語について共同開発を行なう
・MicrosoftはAppleの議決権のない株式を1億5千万ドルで取得する

 また、Appleは、6人の取締役のうち4人が退任し、後任に米Oracle会長のラリー・エリソンら4人が就任すると発表した。会長、CEOは未定のまま。
                  [Reported by
date@impress.co.jp]

 自宅で取っている毎日新聞の7日夕刊でも1面トップです。アップルの日本法人の社長は「マックの発展は約束されたということだ」なんて言っていますよ。おいおい、ホントウにそう思っているのかよなんてところですね。でも、これでインターネットのブラウザは「IE」がいわばどのパソコンにも100%ハンドルされることになりますね。

 ちょっとつまらないことをいいます。
 米国というのは、二つの要素があります。自由の象徴としての「アメリカ」と、自由だなんだといっても、統一国家でありたい「合衆国」です。「合衆国の国語は米語です」といいたい面が「合衆国」です。「いや、アメリカはスペイン語でも、中国語でもギリシア語でも、みんな自由に使っていいところなのです」という「アメリカ」があります。「そんなこと言っても、国語が決まっていないと、郵便すら届かないよ(何語を使ってもいいけれど、必ず米語の表記を併用しないと困るよ)」と「合衆国」はいいます。「いや、俺はスペイン語しか喋れなくても、ちっとも困らない国だからアメリカが好きなんだ」と、「アメリカ」の側がいいます。
 マックが「アメリカ」を象徴し、マイクロソフトが「合衆国」を象徴しているように、今の私には思えます。自由に勝手に、いろいろあるのはいいのだけれど、やはり「標準化」が必要だよとと、言われているような気になってしまうのです。
 ただ、この現存する「合衆国」よりは、アイクロソフトの方が、少しはましなような思いはします。現実にパソコンを使っていると、押しつけがましい「合衆国」よりは、少しはいいんじゃないかなと思うのです。



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2011年11月30日

「またまた浅井某の発言に」(1997.08.02)

11112906 さきほど朝日テレビの「土曜やじうまワイド」を見ていたら、いつもいつも、「こいつは馬鹿だな」と思っている神戸大教授浅井某(名前が分からない)が、またまた次のようなことを言いました。
 殺人容疑の福田が逮捕されたことに関してです。懸賞金を掛けたことによって、たいへんな数の情報があったことに関してです。

  ジャンバルジャンとかパピヨンとかを見ると、欧米人は犯罪者
  が逃亡することを喜んで見ているが、日本人は違っていて、捕ま
  ることを期待するようだ

 これって、間違っていませんか。彼がコメンテーターとして求められていたのは、「懸賞金」が出ると多くの情報が出てくるということへのコメントであったはずです。それがどうしてジャンバルジャンとかパピヨンの話になるのでしょうか。第一この二人を「犯罪者」なんて簡単に言えますか。日本人だって、ジャンバルジャンの行動にははらはらしながら涙してきたし、パピヨンにはとにかく逃げることに成功してほしいと誰だって思ってきたはずです。どうして殺人の福田容疑者(ただし彼女も容疑者だよ)と比較できる話なのでしょう。
 わずかのパンを盗んで長く獄につながれてしまったジャンバルジャン、無実の罪でたくさんの獄(最後がドレフィス大尉も無実で拘束されていた悪魔島だったね)につながれてしまったパピヨン(私は原作は読んでいないので無実の罪というところは本当は分からない)、このことを分かっているのでしょうか。どこまで馬鹿な先生でしょうか。
 私が、このことを妻に話すと、妻が浅井某のことを

  この人は真面目じゃないのよね。真剣にやっていないのよ。

 まったく私も同じです。少しは勉強してきてください。コメントを出すべき新聞を前もって知らされるのだろうから、そのことを少しは勉強してきて、何をいうべきか予習してきてほしいのです。あまりに不真面目です。
 どうもいいかげんな人が多すぎます。



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