周の文学哲学歴史話

2017年08月30日

尾崎紅葉のほかの作品

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2017年08月23日

大久保利通のことで

2017082301201708230120170823072017082309   この大久保利通は号を「甲東(こうとう)」と言いました。私が3年通った中学の名前が甲東中学といいます。私の三人兄弟では兄莞爾が、秋田市・札幌市・名古屋市北区で3校で、弟正志は鹿児島市・横浜市港北区の2校で、私のように甲東中学1校というのは幸運なことでした。
   ただどうしても鹿児島の人も「隆盛とは親友といってもいい中だったのだけどね・・・」ということで、話すのをやめてしまうということばかりでした。
  私の入った山下小学校でも、校長先生が「西郷は世界の偉人だ」と言っても大久保甲東のことは喋らないものでした。これは大久保利通への鹿児島の人みんなのこだわりなのかなあ。それを今も感じます。
  大久保甲東に関しては、前の島津久光のこと(西郷は久光を悪く言い、それで島流しになり、大久保は苦心して久光とつながりをつけた)やもっと前のお由良事件のことも思い出します。
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2017年08月17日

伊弉諾神の命のことで

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2017年07月31日

広瀬武夫をもう一度UPします

2017073121  どうしてもうまくUPできないので、もう一度やります。なんか情けないなあ。私は彼の「正気の歌」は詩吟でも何度も詠っていますから、大好きなのですが(私は『文天祥「正気の歌」』も私の大好きな詩です)、どうにも困りはてています。ただし、『文天祥「正気の歌」』はまだ人の前で詠ったことはありません。2017073006
2017073122   この時は広瀬武夫のこの行動のときには、戦後日本に進駐したダグラス・マッカーサーの父親がすぐそばで観戦しているのですが、それをNIFTYの「戦前戦中ファーラム」で「それは父親ではなく、マッカーサー本人ではないか」という昭和一桁の女性がいて、本当に困りははてました。すぐに私より10歳くらい下の方が説明してくいれて、彼女も納得したものです。
   この時は困り果てたものでした。彼女の方が年上だし、分かっているはずのことなのです。2017073123
    前にUPしたものには、広瀬武夫の恋人ロシア人令嬢の写真があります。広瀬武夫はロシア語は完璧にできたのです(読むことだけではなく、書くことも完璧でした)。そして彼女と結婚する約束だったのです。それができなかったのは非常に悔しいです。それと彼が両親に送った葉書も載せました。結婚する約束のロシア人の彼女を説明するのに、彼女が日本の衣装を着ていますね。仕方ないのです。こうして説明するほうが分かりやすいのです。
  それとここには広瀬武夫が救助に行きました杉野孫七の像(写真)も載せました。彼は日露戦争から長い間姿を現せませんでした。大東亜戦争の戦後になって姿を見せることができたのです。彼もまた大きな被害者でした。
2017073124  それと広瀬武夫の「正気の歌」も載せます。すべての語句ではありませんが。前に「周の漢詩塾」にはすべて載せています。
  以下は数年前に行きました神田明神です。いつも私はここで平将門様と広瀬武夫を思い浮かべています。
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「大阪の街」をもう一つ書こうと思っていますが

2017073103  長く書いていないので、また別に書きます。大阪のもう一つの街とは十三の街です。
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2017年07月30日

広瀬武夫のことで

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2017年07月26日

私が書きましたヤクザの方の本の差し入れのことで

2017072636  前に書いたことですが、このヤクザの親分(ある組の親分でした)がものすごい読書家で、組の人たちがこの人が依頼してくる本(の名前)がよく分からないということがありました。弁護士他も分からないのです。それで私に電話が来ました。もうすぐ私は分かり、「でも古書店じゃ探すの大変ですよ」といましたが、「そんなのはいいです。本があればいいのです」ということで、福島県から来て私の御茶ノ水の事務所から三省堂に歩いていきました。
「ほら、これが彼が言う本です。でも高価だけどね」と言いましたところすぐに買いました。私に「お礼を」というのに、私は当然断りました。
刑務所にいる彼はものすごい読書家でした。2017072637続きを読む

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三国志の中の呉(周の三国志8)

20170726012017072603      この「三国志」の中でも(これは「三国志」でも「演義」でも「吉川英治『三国志』」でも)同じなのですが、蜀漢でも魏でもなく呉がものすごく分かりにくいです。漢詩がいい曹操や曹丕や曹植のいる魏ではなく、蜀漢の劉備や諸葛亮孔明でもなく、この呉という国は何が魅力なのでしょうか。
   孫堅・孫策は早くに姿を消してしまい(それでも二人の活躍は見事ですが)、三番目の孫権は最初はその魅力は理解できません。むしろこの陸遜と呂蒙の方がたくさん魅力を感じるものです。
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2017年07月25日

「葉隠」でいくつものことを思い出しました

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   私は最初は中学2年で存物往来社か徳間書店で入門書みたいなものを読んでいました。のちに高校2年の時に岩波文庫で全部読みました。のちに福島県郡山のヤクザさんが京都拘置所で読んだという話をして、そのときはとても嬉しかったものでした。
   でも実にいい本です。ヤクザの方は刑務所拘置所で読んだ方が多くそして私は話ができるからいいものでした。
   もう懐かしく思い出します。20170725162017072517続きを読む

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2017年07月24日

坂本りょう(りゅう)まの名前のことで

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  このことは、またあとで書きます。なんだか時間が無くなってしまいました。大事なことだから忘れないで書いていきます。
  坂本龍(竜)馬は私の大好きな人なのです。
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2017年07月21日

ここのサイドバーに「アベラルドゥス」が載っていますが

2017072101   これはラテン名でフランス語ではアベラールといいます。相手の女性はエロイーズといいます。
   アベラールは唯名論で名高いのですが、このエロイーズとの恋で反対派に局部を寸断されるという仕打ちに会っています。
  そしてこの二人に交わされた書簡が「アベラ−ルとエロイーズ」の愛の書簡です。私は高校1年の9月に読んでいます。横浜の高校で岩波文庫で読んでいます。その前に鹿児島の古書店で買いましたものです。
  もうエロイーズが手紙の中で「あなたはチンチンがなくなって感じないのだろうが、私は我慢できない」と書いているのをアベラールはあくまで神の言葉で彼女を諭すのです。実にいい書簡集でした。
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2017年07月19日

張飛のことで(周の三国志7)

20170719242017071925    やっぱり張飛のことも書いていきましょう。最初は書かない気持でいたのですが、こうして書いてしまいました。中国でもこの日本でも関羽ー関帝が人気があり、そればかりで、でもこの張飛も書いていきましょう。
やはり蜀の3兄弟ですから、書かないわけにはいかないのです。ただ大酒飲みであり、ミスをいっぱいしているから難しいなあ。
ただ劉備・関羽につぐ3兄弟の一番下の弟であり、大事な存在です。
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2017年07月13日

「新々訳源氏物語」を思い出した

20170713032017082504  私はこの谷崎潤一郎訳の本を府中刑務所の中で読みました。兄の本を母が差し入れてくれたのです。
  ただ読んでも難しくて分からないのです。ただのちに吉本(吉本隆明)さんの「源氏物語論」を読んで、大昔中学生の時に読んだ与謝野晶子の訳の方がはるかに優れているんだということを知り、私はただただ反省していました。これは実に大事なことでした。私はただただ谷崎潤一郎が好きで「源氏物語なら谷崎だ」と思い込んでいただけなのです。2017071301

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「谷崎潤一郎『細雪』」のことで

2017071302    
  私は前に書いたときに、この物語を「三姉妹の話」と書きました。もちろん、この物語は鶴子・幸子・雪子・妙子の四姉妹の話です。
  でも私はどうしても長女の鶴子を抜いて考えてしまうのです。幸子が長女で雪子は次女に思えるのですね。妙子は末の自由奔放な娘に思えるわけですが。いつも日本橋蛎殻町にある谷崎潤一郎の生家跡を思い出してしまいます。続きを読む

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2017年07月11日

坂本龍馬の画像

2017070701 いつも思うのですが、この人物は「龍馬(りょうま)」「竜馬(りゅうま)りょうまとも読む」のどちらなのだろう? 私が龍馬のほうが圧倒的に多いと思っていましたが、そうでもないのだと今回知りました。
20170707092017070710  それとこの人物ほどたくさんの逸話を残している人物はほかにはいないのじゃないかなあ。それをものすごく感じました。鹿児島市の西郷亭に泊まったときに家屋根が雨漏りしていることを妻が嘆いているときに、隆盛が「今は日本中が雨漏りしているような状態だ」というのを、聴いている龍馬が寝床の中で笑っていたのを思います。
  そのとき連れていた楢崎龍と霧島へ行きます。これが日本で最初の新婚旅行と言われます(もっとも桂小五郎と幾松の旅行もそう言われていますが)。
  私は小学校(鹿児島市山下小)の修学旅行で霧島へいっていますが(私は名古屋市北区大曽根小学校では京都へ行っていますが)、その時見たのが厳重に触れられないようになっていたのは、幕末に坂本龍馬とお龍がやったのだと、あとで知ったものでした。悪いいけないアベックだったのですね。
2017070711   それにこの坂本龍馬の関しては実に日本各地にいろいろなものが残っています。この王子(ここもお寺です)にも驚いてしまうものがあります。私は千葉市でもあるところ(ここもお寺ですが)にあり、それを見て驚いたものでした。
20170707122017070702   それと女性も何人ものも関係者がいます。驚くばかりなのですね。またそのことは別に書きましょう。
2017070703201707071320170711022017071101 それとこれは寺田屋で龍馬と一緒に殺害された中岡新太郎です。殺害したのは新撰組近藤勇だなんて誤解されたものです。近藤勇はそれで殺されています。
   龍馬が常に手を入れているのはまた別な時に襲われて手を切られたからです。土佐勤王党は龍馬殺害の復讐をいくつもしています。近藤勇もその坂本龍馬の暗殺ということで死刑になったのです。勇は板橋で殺され、首は京都で三条河原に晒されています。
私は板橋の近藤の像は見に行きました。
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2017年07月09日

関羽のことで2(周の三国志7)

20170708072017070809201707081020170708012017070802   関羽のことを書いていきます。関羽というよりも関帝です。もう彼は神なのです。この横浜中華街を歩いて、たくさんの中国人がこの関帝廟で祈りをささげているともう関羽ではなく、もう関帝という神様なのです。
こうして見ていきますと、中国の人はキリスト教徒には簡単になれないなということを感じます。
そしてやっぱり関羽はどうしても人を引き付けてしまうのが分かります。「吉川英治『三国志』」で「恋の曹操」という省がありますが、その曹操の恋の対象は関羽なのですね。
だがもはや関帝は神様なのです。この横浜中華街の関帝廟でそのことを強く感じました。
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2017年07月08日

中国(人)の宗教

2017070822 中国(人)の宗教は何なのか、考えてみました。
  まずは道教です。でもこれは日本にはないので、よく判断できません。儒教ではなく、老子の思想を元にしています(このように私はいいきれませんが)。
20170708232017070824  そして仏教です。そしてキリスト教、でも辮髪をはやしているキリスト教徒って想像しにくいなあ。あ、辮髪は清朝のときからで中国人そのものはもともとは魯迅のように直毛でした。2017070825
  それにイスラム教、でも豚肉はイスラム教徒は食べないから、これも中国料理と想像できない、想像しにくい。
2017070826  日本のように神道はありませんから、以上なのですね。あ、共産主義があるのか。
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関羽のことで(周の三国志6)

2017070716 2017070717        三国志では主役だとも思えてしまう関羽のことを書きます。
2017070718       ここの最初の画像は横浜中華街にある「関帝廟」です。中国では関羽は神になっているのです。中国では仏教はそんなに民衆の中に根付かなかったのです。そうして、関羽は三国志の英雄としてではなく、関帝として信仰されたのです。私は昔横浜の中華街でここに行きました。たくさんの中国人が来ていました。みんな神としての関羽ー関帝に手を合わせているのです。
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2017年07月07日

「司馬懿仲達」の名前のことで(周の三国志5)

2017070738 私は諸葛亮孔明のことでも書いたわけですが、「諸葛」という苗字が2字名は珍しいと書きましたが、この「司馬懿仲達」も2字名の苗字です。司馬が姓で懿が名前で、仲達は字です。
こうしてあの時代に好敵手同士が同じだったのです。もっともそんなことに興味を持つのは私くらいかもしれません。
私が我孫子で住んでいたマンションのお隣が司馬さんというお名前でした。娘さんのことも懐かしく思い出します。続きを読む

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司馬懿仲達のことで(周の三国志4)

2017070703     2017070704  今回は司馬懿仲達のことです。孔明を破った武将です。いや「孔明を破った」とは言い切れないのですが、それでも実際にはこれで魏は蜀に勝利したと言えるのです。
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    いつも中華街に行くと、この仲達が孔明に勝利したということを認めないということをいくらでも感じています。これはもうしかたないこという思いになります。中国のひとは、いや日本人でも私でもそうなのです。どんなに侮辱(としか思えない)されてもそして実際に悔しくても仲達は勝負に出ないのです。孔明の死を待つだけなのです。どんなに孔明は悔しかったことでしょうか。
横浜中華街でもそのことは感じました。ただそれも仲達は見ていたように思います。孔明の侮辱をものすごく感じながら、それでもその悔しさの中で孔明の死を待つのです。
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2017年07月02日

「諸葛亮孔明」という名前について(周の三国志3)

2017070214  この「諸葛亮孔明」というのは、「諸葛」が姓で、「亮」が名前です。ですから、苗字は諸葛という2字名なのです。曹操は姓は「曹」で名前は「操」なのです。こうして2字名の苗字というのは中国では実に珍しいのです。「孔明」は字(あざな」です。日本人でもこの字をつけている人がいます。続きを読む

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諸葛亮孔明のことで(周の三国志2)

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曹操・曹丕・曹植の絵を載せましたので、この「三国志」のもう一人の主役諸葛亮孔明のことを書きましょう。ただ私は曹操・曹丕に比べて孔明のことはそんなに優秀さは感じていないので、ただこうして画像を載せるだけです。ただ彼の蜀および中国の大地に住む人への愛は感じてしまうので、こうして載せていくのです。ただ彼の「出師表(すいしのひょう)」(「後出師表」は彼の作品ではありません)をはじめ彼の詩を読むといつも涙になるものなのです。
彼の抱く中国の大地への愛はいつも感じているのです。
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2017年06月19日

桶谷秀昭を思い出しました

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   いつもここのサイドバーを見ます。そしてそこにある画像が小さいと、またもっと大きいサイズの画像を入れます。
今回はこの桶谷秀昭でした。いくつものことを思い出します。
   ここの入れた桶谷秀昭の書いた「保田與重郎」を思い出します。保田與重郎と言えば私は必ず「大東亜共栄圏」を思い浮かべます。そして私は必ず吉本(吉本隆明)さんを思い浮かべるのです。
  これは必ずなのですね。続きを読む

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2017年06月18日

ザビエルの日本人への思い

2017061803  フランシスコ・ザビエルは日本に来る前に、インドにも中国へも訪れています。キリスト教の布教のためです。
 ただここでザビエルは興味深いことを言っています。信者になったものからの切実な質問なのです。
「私はもう信徒になったからいいのですが、私の父母や祖父母は今どうなっているのだろう。信徒にはなっていないから、地獄に落ちたのだろうか。それはあんまりじゃないか。父母や祖父母のときはこの正しい教えを誰も教えてくれなかったのだから………」
2017061804  この質問はザビエルには脅威的なといかけでした。インドでも中国でもなかった疑問なのです。ザビエルは祖国ポルトガルの上の信徒に手紙で質問しています。「この正当な問いにどう答えたらいいのか?」。はかばかしい答えはなかったのです。
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2017061805続きを読む

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2017年06月17日

フランシスコ・サビエルのことで

201706170120170617182017061702     このフランシスコ・サビエルは喜望峰を回って、インド中国を訪れたのち日本へ来ます。日本にキリスト教を伝えるためです。ここの最後の図のように、かなり大変な航海でした。でも正しいキリスト教を伝えるためなのです。
  もうルターの宗教改革は始まっていました。正しい神の道を教えねばならないのです。こうして日本人と出会うのです。ただ、この日本人は大変な民だったのです。201706171620170617172017061701続きを読む

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ハンカチとちり紙

2017061711   2017061713     3日くらい前にテレビで見ていたお話です。
   それでは現代のフランス人ですが、ちり紙を使っても鼻をかんでも、そのチリ紙をまた使います。日本人はすぐに捨ててしまいます。これは現代人の話かというと、江戸時代にも日本では同じだったようです。その代わりフランス人はハンカチは汚れるまで使い、日本人は奇麗に使います。
 そうなのだなあ。私もハンカチが常時使いますが、またちゃんと洗濯して使います。画像では同じチリ紙を大事に何度も使うフランス人を映し、ティショパーパーを使い捨ててしまう日本人を映していました。
 これはフランス人というより、欧米人全般がそうなようです。
 あ、私は当然日本人の方ですよ。
20170617122017061714続きを読む

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2017年06月03日

大原幽学のことで2

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 私は小学校4年のときから、この大原幽学をナポレオンとならんで尊敬する人物と言ってきました。 でも誰にも分かってくれなかったものです。
 私は前に「大原幽学のことで」というUPをしています。ここのサイドバーにもこの人物はあげています。いつも田圃で稲を見ると必ず思い浮かべる人物です。ただいつも悲しい思いになります。
 いつも江戸幕府を憎み武士を憎み、嫌になります。哀しい悲しい思いです。
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2017060308続きを読む

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2017年06月02日

須佐之男命の画像

2016120955 「スサノウノミトコ」と読みます。「イザナギノミコト」を父として、「アマテラスオオミカミ」と「ツキヨミノミコト」を姉として生まれます。ただかなりな乱暴者で姉アマテラスは実に大変だったようです。
まだこれからもいくつも書いていきます。2017060201続きを読む

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2017年05月25日

「ファウスト」伝説のことで

2017052501201705250420170525052017052503   あとでまた書いて行きます。やっていることができないのです。なんか卑怯だなあ。
でも「ファウスト伝説」にはいくつもの思いがありますので、必ず書いていきます。
2017052502続きを読む

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2017年05月18日

ハルノ宵子さんのことで

20170518032017051804  私の尊敬する吉本隆明さん、和子さんの長女です。1957年12月28日のお生まれで、本名は吉本多子(さわこ)さんです。島成郎(しましげお)さんの葬儀の時に、このハルノ宵子さんとお父さんの隆明さんを見たものです。私はやっぱり吉本(吉本隆明)さんには声がかけられなくて、吉本多子さんには「ハルノ宵子さんですね。ご苦労様です」としか声が出せませんでした。私は島成郎さんにも親しく(奥様も)、奥様にも声をかけていただきました。車を運転されている方を「あれがハルノ宵子さんの彼かなあ」なんて思ったものです。
  彼女の漫画作品は現存するかぎり、私はすべて読んでいます。私が好きになれる作品ばかりでしたね。吉本(吉本隆明)さんはいい娘さんを二人もお持ちなのだなあ、とそのことばかりを思ったものでした。もちろん、奥様の和子さんも実にいい方です。
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2017年05月17日

上杉謙信を思う7

2017051701「上杉謙信を思う6」で「川中島の戦い」を見ましたので、さらに書きます。武田信玄の「風林火山」のことです。江戸時代に武田信玄はかなりもてはやされましたので(これは徳川幕府がそうでした。信玄に一度敗れた家康が結局天下を掌握したのだというのでしょう)、この「風林火山」も大変にもてはやされました。
これは中国春秋戦国時代の「孫子」に書かれていたのです。この孫子は二人の人物で孫武と孫ピンというが本名です。
だが「孫子」自体は孫武が書いたもので、20世紀になって孫ピンの兵法(「へいほう」あるいは「ひょうほう」と読みます)書が、出版されました。
この孫ピンが書いたものは20世紀末に出版されました。「三国志」の魏の曹操が実に評価している兵法書でした。
20170517062017051708   この「風林火山」をあげていきましょう。

其疾如風 其徐如林 侵略如火 不動如山 難知如陰 動如雷霆

最初の4行の末字が「風林火山」になっています。読みは「そのはやきこと風のごとく しずかなること林のごとく 侵略すること火のごとく 動かざること山のごとく 知り難きことは陰(かげ)のごとく 動くことは雷霆(らいめい)のごとし」です。
これは「孫子」の中にある言葉です。私は府中刑務所に居たときに岩波文庫で2冊差し入れてもらい、すべて暗記しました(今は忘れてしまいましたが)。

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吉本ばななさんのことで

20170517012017042625   私のこの将門Webは吉本(吉本隆明)さんに関するサイトだと思われています。事実私は吉本(吉本隆明)さんに関する本はすべて読んできました(吉本隆明さんの本はすべて、吉本隆明さんについて書かれた本も知る限りすべて読んできました)。
いや二人の娘さん、漫画家のハルノ宵子さんの本も吉本ばななさんの本も手に入るかぎり、読んできました。ただ奥様の和子さんの本は読んでいません。いつも雑誌「試行」の支払いのときに、私が「カンパしよう」という申し出で少しもめたものでした(でもいつも和子さんは「それではこうしましょう」という私に有利な解決法を示してくれたものでした)。
それが今はそうしたことがないので、ものすごくさびしいのです。
   この吉本ばななは吉本隆明・和子さんの次女として1964.07.24に誕生されました。
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フリーデリケ・ブリオンを思う

2017051613   この少女はゲーテが愛した女性です。ゲーテが生涯をかけて書きました「ファウスト」において最後にファウストを天上に導くのがこの女性なのです。ファウストはゲーテ自身であり、それは第一部でグレートヒンという女性なのですが、これはゲーテが14歳の時に恋した3歳年上の女性です。だがこの女性は架空の女性であり、本当はこのフリーデリケ・ブリオンなのです。
このグレートヒンはどこにもその面影も、何もかもが存在しないのです。「ファウスト」に書かれるだけなのです(ゲーテ「詩と真実」には書かれていますが)。
そしてこの物語の第二部最後にファウスト自身を天上に導くのはこのグレートヒンなのです。それは実際のフリーデリケ・ブリオンなのです。ただし、こう思っているのは私です。
   この少女は上の肖像があるだけです。
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2017年05月11日

土方歳三の画像

2017051122    ここのサイドバーに近藤勇の妻と勇本人の写真を載せました。いやもともとあった写真ですが、見ている方の希望でこうしてのるのです。
 それで新選組副長の土方歳三も載せました。彼は結婚はしていません。彼もまた剣は得意だったのですが、拳銃を知りましてからは、もっぱらこればかりになりました。もともと武士ではない彼は日本刀に固執する気持は皆無だったのです。
 彼は新政権ができたとき、それに加わろうという意思もあったのですが、結果は新政権と戦うことになったわけです。
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上杉謙信を思う6

201705111220170510082017051009「川中島の戦い」のことを書いてみます。
    この「川中島の戦い」というものは全部で5回ありました。そのうち最大のものが第4回目の大会戦でした。
それは後世の人は「前半が上杉軍、後半が武田軍の勝利」と言っていますが(普通なら後半に勝利したほうが勝ったと言われるのだが)、みな信玄の勝利のようにいいます。ただ私はこの戦いは上杉謙信が勝利した合戦だったと思います。武田信玄は自らの思い通りには少しもこの合戦を動かせませんでした。イキイキと全軍を動かしたのは謙信です。双方ともに勝利宣言をしています。
死傷者の数は双方同じくらい、ただ信玄は少しも自分の思い通りには軍を動かせないのに比べて、謙信は思い通りに全軍を動かしています。ただし、そのあとはここらへんはすべて信玄の領地になっています。
のちに羽柴秀吉がここを訪れて、「無駄な戦をしたものだ」と言ったそうですが、その言い方には信玄なら顔を赤らめるでしょうが、謙信は少しも動じないように思います。
そうしたところが私が今も上杉謙信のファンであるところなのです。
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この字を何と読むの?(上杉謙信を思う5)

2017051101 上杉謙信が使うこの字です。上杉軍の旗印にもよく使ったようです。
    私はこの字を「こび」と呼んでいました。だがそれは誤りで、正式には、音(オン)読みで「ヒ・ビ」で、訓(クン)読みでは「あつい・たすける・へそ」です。
 私が調べましたのは、大修館の「漢字林」です。
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2017年05月10日

懐かしく思い出します

2017051004    この「新生」を購入した古書店は鹿児島の繁華街から離れたところにある古書店でした。懐かしいなあ。いや新本では手に入らなかったのです。それに比べて今はインターネットがあるから、実に楽なのです。
「神曲」のほうは最初読んだのは岩波文庫でした。懐かしく思い出します。その後は筑摩書房の「世界古典文学全集」ででした。何度も読んでいますね。
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ベアトリーチェのことを書きました

2017051002    このベアトリーチェのことは実に懐かしく思い出します。もう忘れられないですね。それは私の初恋に関係したことがあるからなのです。でも今はそれを書けません。そうだなあ、もう少し時間が経過したら、書けるかもしれません。
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2017年05月09日

ベアトリーチェのことで

2017050916  私は中学2年のときに、この少女を書いた「新生」を読み、高校2年で「神曲」を読みました。2つとも手に入れた書店も書いていた訳者もすべてよく覚えています。「新生」は私の弟がある病気で入院していたのですが、そこへこの本を持ちながら行っていたものでした。
「神曲」ではベアトリーチェはダンテを天上に導きます。この「神曲」は何度読んだことでしょうか。すべてを懐かしく思い出せるのです。201705091720170509202017050918続きを読む

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「毘沙門天」のことを書いていきます(上杉謙信を思う4)

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    上杉謙信のことを書いているときに、謙信が「毘沙門天」って正確に呼んでいるのだと思いました、「毘沙門天」ってなんだと思い見てみました。インターネットのウィキペディアでは以下のとおりです。

 毘沙門天(びしゃもんてん、梵名: ヴァイシュラヴァナ)は、仏教における天部の仏神で、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神であり、四天王では多聞天として表わされる。また四天王としてだけでなく、中央アジア、中国など日本以外の広い地域でも、独尊として信仰の対象となっており、様々な呼び方がある(まだまだ長く書いてあるのですが、それを知りたいのならご自分でどうぞ読んでください)。

 こうしたときは、インターネットが実に頼りになります。
 そうなのだ。上杉謙信はこの「毘沙門天」を崇拝していたから、お嫁さんを迎えなかったのだなあ。なんだか、伊勢姫のことがまた哀れになります。
「毘沙門天」を尊敬崇拝するのはいいけれど、若い女性を泣かせちゃいけないよなあ。彼女はこれで尼になってしまうのだから。なんだか、哀しいばかりです。
 こんな上杉謙信なのです。
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2017年05月07日

上杉謙信を思う3

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実にこの武将は他の戦国の武将たちとは変わっていました。いや変わりすぎていたといえるでしょう。そして彼は毘沙門天を篤く信仰していました。そこが他の武将たちと大きく違うところです。そして実に大酒のみでした。武田信玄とも織田信長とも大いに違います。羽柴秀吉や徳川家康では理解できなかったのではないかなあ。 2017050720続きを読む

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上杉謙信を思う2

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   こうして私の大好きな上杉謙信のことをまた書いていきます。彼には何人か子どもがいますが、すべて養子です。だから矢切止夫がいうように、「上杉謙信は女だった」という説が昔からありました。今もインターネット上にそれがいくつも見られます。もうおどろくばかり書いてあります。
   絵に描いてあるひげはあとから付け加えたものだというのですね。あといろいろとその根拠があとからあとから付け加えられています。
 謙信に恋した伊勢姫は17歳で出家し、その後若くして亡くなっています。なんだか彼女を思うと悲しいばかりになるのです。
 でも謙信もこういう定めだったのかなあ。どうしても悲しいばかりです。
 謙信は2度上洛しています。そのときに長尾幕府を作ってしまえば、良かったのに(その時はまだ「上杉」にはなっていません)と私は思えてなりません。その時の長尾輝虎は桓武平氏を名乗り、十分資格はあったのです。だがある公家の女性に恋されて、越後に逃げ帰ったと言われています。
 たくさんのことを思い出していく上杉謙信です。
20170507012017050704続きを読む

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2017年05月05日

上杉謙信を思う

20170505012017050502  私が一番好きな武将はこの上杉謙信です。彼は好きな女性はいましたが、その女性は謙信が結婚をする気がないことを知り17歳で仏門に入って尼になるのです。なんだか、彼女を思うと悲しいばかりになります。どうして彼女に「俺のところへお嫁に来い」と言わなかったのかなあ。
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2017年04月29日

北一輝を思います

20170429052017042901    私は北一輝の著作はすべて読んでいます。彼が幼きときに読んだ故郷佐渡での恋の歌も読んでいます。みすず書房の全三巻のものです(ただし第3巻が発行されたのは随分あとでした)。もう彼が2・26のほかの将校たちと違って「天皇万歳」と叫ばなかったと思うのは、これですべての彼の著作を読んだからなのです。
   私は「支那革命外史」が一番好きな作品です。
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2017年04月15日

4月8日の「花祭りには甘茶をかける」はどうしてか

2017041151220170411513 私はこれがよく分からなったのですが、インターネットで検索してどうやらわかりました。
 こうありました。
 お釈迦様が生まれたとき、その誕生を祝し9匹の龍が天に現れ、甘露の雨を降り注いだという伝説があります。それで誕生日である4月8日花祭りの日には、甘茶を誕生仏にかけるのが習わしとなりました。ただこの甘茶を使用するようになったのは江戸時代からで、それより前は五香水や五食水と言われる香水を使っていたそうです。
 そうなのだなあ。私は信仰心なんてないですから、こうしてインターネットで知るばかりです。
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2017年04月11日

マグダラのマリアのことで

20170409102017040912  「マグダラのマリア」でインターネット検索しましたら、いくつもの画像が出てきました。4番目の画像はイエスが生まれたときの母マリアの絵だと思うのですが、それは私にはわかりせん。このマグダラのマリアとイエスは結婚したのですが、そのことは「聖書」から消されてしまいました。「聖書」を読んでも、そのことが不満です。このことは私の最大の不満です。
20170409132017040914201704091520170409162017040917続きを読む

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イエス・キリストのこと

20170409182017040923201704092420170409222017040919 「聖書」 を読むとイエスと神は別な人格に思えてしまいます。これだから私はキリスト教徒にはなれないのです。私は神よりも平将門を選び、当然吉本(吉本隆明)さんを選びます。それが私なのです。
201704092120170409262017040925続きを読む

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2017年04月09日

孔子を載せましょう

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   ソクラテス・釈迦と書いてきましたので、次は孔子です。だが孔子の奥さんはブスだと書いていましたが、インターネットでいくらさがしてもこの日本でも中国のサイトでも期待どおりのブズ・不美人ではないのですね。いくら探しても、「孔子の妻」「孔子の奥さん」「孔子の女房」等々と入れてもみなインターネット上のその奥さんは綺麗だとしか思えないのです。それでこの画像を選びました。ただただ奇麗な女性の画像です。
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「天上天下唯我独尊」という釈迦の言ったこと

2017040902 釈迦が生誕したときにこう言ったといいます。「天上天下唯我独尊」と。
これは「自分が一番偉いのだ」と生まれたばかりの釈迦が言ったと誤解されがちです。「今日4月8日は花祭りの日だ」では4番目の像です。
でも違うのです。釈迦が言った真意は次なのです。『自分という存在は誰にも変わることのできない人間として、生まれておりこの命のまま尊い』。 これを間違えて解釈しそうですね。私も長い間誤解していました。2017040903

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2017年04月08日

ソクラテスの悪妻クサンティッペ

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  私が実際に横浜東高校の体育祭で「歴史上の人物」というのでやったのですが、「悪い妻クサンティペは夫ソクラテスの頭から水をかける」ということで、でも実際にはかけないはずだったのですが、当日は実際にバケツから水をソクラテス役に頭からかけてしまったので、驚きました。
 でも実はこの悪いとんでもない妻は水ではなく、尿瓶の中身をかけたのです。もうこれは悪妻ではなく、もうどうしようもない人間ですよ。こんな屈辱があるのなら、哲学者になんかならなくていいのです。そう思うのです。
 四大聖人のうちソクラテスが一番辛いなあ。
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