将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:「純と愛」

J13040201 私が「あまちゃん」2013.04.01で、次のように書いたことです。

 それと前の「純と愛」に関する批判もあとで、書いて行こうと思っています。批判というよりも私が気に入らないことをです。

 このドラマでは、純という主役の子が、働くところがみなとんでもないことになります。こんなことが現実にあるのでしょうか。
 最初の「オオサキホテル」はトップの首がすげ替わります。また純が働きだした「里や」は燃えてしまいます。最後の宮古島のホテルは、台風が来て建物内が壊されてしまいます。
 私の生涯では、札幌に住んでいたときに、洞爺丸台風(1954年昭和29年9月26日)に遭いました。ちょうど秋田から遊びに来てくれていた渡辺さんという女性(もとの父の同僚)が、何故か「帰っちゃ駄目だ」という弟と私の理不尽な言い方に、その日は帰るのをキャンセルしました。でも乗る予定が、この洞爺丸だったのです。私たちのわがままが彼女の命を救いました。
 昭和35年9月に名古屋北区大曽根に住んでいた私たちは伊勢湾台風に遭いました。これはもう凄まじすぎる台風でした。あのときのことは忘れることはできません。
 でもこのドラマでは、純は実に可哀想です。私は何としても、愛が目覚めてほしいです。「ねむりひめ」は目覚めるのですから。
 私は「これはドラマだ。現実の世界ではないんだ」と何度も自分に言い聞かせていたものでした。

J13031802 私の「純と愛」2013.03.17へのかなこさんからのコメントへ、さらにかなこさんから次のコメントがありました。

1. Posted by かなこ   2013年03月18日 22:04
周さん、こんにちは。

>この思いは、私たちの願いがどれくらいの強さなのかが試されることでもあるのです。このことを、常に私は考えています。

周さんはこのような考え方をもってらっしゃるのですね。
そうですね、私たち視聴者の想いの強さを試されているのかもしれません。
私も愛くんが良くなるように、周さんや純ちゃんと共に祈ります。
主題歌の「信じていれば きっと伝わる」が、その通りになると良いな。

周さんの載せた、純と愛の宮古島の海でのプロポーズのシーンは良いですね。
私の好きなシーンです。

 私はいつも小説でも映画でものんびり読んだり、見たりしてはいられないのです。見方によっては映像が変わってしまうのですから。
 この私が書いた加藤泰『明治侠客伝三代目襲名』なのですが、最初映像では藤純子はおとなしく鶴田浩二を見送るだけなのです。私はそれが不満でした。「どうして好きな男が行ってしまうのに(もう二度と会えない)、あんなのだ・・・」。それで私が次で見る映画では、藤純子は私の言う「行ってやれ」という言葉の通り、駆け出して鶴田浩二にすがりつきます。その藤純子の愛をどうしたらいいのか分からない思いの鶴田浩二の表情が印象的です。
 これが映画なのです。見ている私たちがぼんやり見ていてはだめなのです。
 その映像が必死に訴えてくることを私たちが受けとめていかないといけないのです。下手をすると、私たちの思いによって内容が変化してしまうこともあるのです。

 だから私はいつも、そういう思いで、この「純と愛」を見ているのです。

13012604 管官房長官がアルジェリアの事件で亡くなった方の氏名を公開するということです。今の私には何も言えませんが、この方々の霊に黙祷したいです。しました。

2013/01/25 17:20今日のUPはこれが最初です。どうしてもなかなか書いていられないものですね。
2013/01/25 18:57今はリビングでテレビの前に来ました。
 今政府の自民党管官房長官が今回アルジェリアの事件で亡くなった方の氏名を公開することを言っています。こうしたことが鎮魂になるのでしょうね。私も黙祷します。
 一昨日おはぎの家でポポがばあばが帰ってほしくなくて、少し大変でした。「ばあばも仕事に行かなきゃならないでしょう」というと、「そんなのじいじがいけばいい」というのですね。ごめんね、役に立たないじいじで。
2013/01/26 07:47また「純と愛」を見るためにリビングへ来ました。
 今NHKで独楽を見ました。あれが欲しいな。私の孫4人にみな欲しいです。ポニョには赤い独楽にしてほしいな。

 孫に謝ります。役に立たないじいじでごめんなさい。

J13010906「純と愛」2013.01.10へかなこさんから以下のコメントがありました。

1. Posted by かなこ   2013年01月11日 00:08
周様、初めまして。
純と愛を欠かさず観ている学生です。
私は純ちゃんも愛くんも大好きです。
しかし、このドラマは賛否両論で、批判の声を多く聞きます。
私の父は50代ですが、女性が働き男性が主夫という夫婦像が理解出来ない世代のようで、妻を支える愛くんを「男じゃない」といって難癖つけています。
父の横で観るのは、正直つらいです。
父のように年配の方々とは価値観が違うかもしれない、と思っていたので周様のこのドラマに対する肯定的な意見に、とても驚きました。
そして、とても嬉しかったです。
純と愛は、二人とも足りないものを補いあい、支えあっているので、かつての夫婦像とは違っていても、とても素敵な夫婦だと思うのです。
NHKにも批判意見がたくさん届いてるようですが、私はこのドラマが大好きです。
周様のブログも大変嬉しく思います。

 ありがとう。

私の父は50代ですが、女性が働き男性が主夫という夫婦像が理解出来ない世代のようで、

 ええと私は昭和23年(1948)の団塊の世代ですよ(現在64歳)。典型的にこの世代で革命J13010907運動に邁進し、東大安田講堂で逮捕起訴され、保釈出所してまたすぐに(1ケ月も経過しない)、芝浦工大事件で(当初は内ゲバ殺人事件と言われました)1949年12月10日逮捕されました。ただ私は昔から今もマルクス主義は嫌いで(新左翼はみなスターリン主義は嫌いでしたが、共産主義は信奉していました)、いわば反共主義で天皇制社会主義者でした。でも逮捕中は完黙だから警察は分からないです。ただし、詩吟が好きで、軍歌も大好きで、飲み屋ではいつも歌ってきました。
 ええと、でもこのような夫婦像は私の父と母でも好きになるんじゃないかな。私の父は大正2年生まれで、中国戦線で戦い、仏印進駐からシンガポール攻略、泰緬鉄道建設、その他もやってきました。戦後は家族を連れて(実は秋田犬も、小鳥もたくさんいましたが)、東京秋田札幌名古屋鹿児島秋田横浜と転勤を続けました。でもその親父が生きていても、このこのドラマは好きになるんじゃないかなあ。
 私が以下に書いているのですが、

  2010年12月12日FOREVER(1993.11)
休憩の時間に彼ら生徒のところ行ったら、おはぎの友達たちが寄ってきて、たくさん挨拶されてしまった。私も知っている限りの子にはいろんなこといったけれど。
「お、ジュンコ、色白くなって綺麗になったじゃないか」というと、「え、ほんと、嬉しいな」なんて会話していました。男の子もたくさん寄ってきました。「オー、俺がおはぎの父だ、諸君はまだ酒飲めないな、そのうちいつか飲もうぜ」なんていってました。

このときの子たちも思い出します。この純子ちゃんも思い出します。
 私は昔よくお話した当時30代後半の女の子が、親とくにお父さんとは話せないなんて言っていたのでしたが、私と何度か飲んで話して、その後はお父さんと一緒に飲んで話せるようになったといいます。今も彼女が大阪の自宅でお父さんにお酒をついでいる姿が想像できます。
「男じゃない」ではなく、「男だからこそ」いや「人間だからこそ」できるんだと私は思いますね。だから私は愛君も、このドラマも好きなのです。
 私の父は手品が得意で(でも私たち子どもの前では見せてくれなかった)、それでマレー半島の戦場の中でも、泰緬鉄道建設をやりながらも、休憩時間に戦友たちにその手品を見せていた光景が私には目に浮かびます。
 そんな時は、人間だから今も続いているのだと思います。ただねえ、私の母がテレビで『戦場にかける橋』を見ていて、「こんなことが本当にあったんだ」とJ13010904いうので、私は「これは親父が作った橋なんだよ。何度か聞いているだろう」と思いましたが、私は黙っていたものです。難しいですよね。
このドラマは賛否両論で、批判の声を多く」というのは、よく分かりません。私は毎日ときどき涙を流して見ているばかりです。

↑このページのトップヘ