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 私のこのブログ将門のサイドバーに、「いまこい」のバナーを今置きました。これは私が一昨日紹介を受け、すぐに参加してみたものです。
 それで、「あ、これは使えるんじゃないかな」とすぐに思ったものです。それでここを紹介したいと思いました。
 私がこの「いまこい」をいいと思いましたのは、次のようなことがあります。

 今私たちが日々接しているインターネットというのは実に便利ないいものです。だが、でもでもパソコンがないとどうにもなりません。自宅や事務所のパソコンはありましても、私たちはそれをいつでも身につけているわけではありません。私のようにノートパソコンをいつも持っている者(周はいつもユックサックを背負っていて、その中にエプソンのノートパソコンがあります)でも、実際に電車の中や路上でパソコンを開くのは、大変な手間です(あの、周はときどき電車の中でノート開いたり、路上のどこかや飲み屋でノートを開いています。インターネット接続のためです)。
 でもインターネットにつなぐのはパソコンだけではありません。私たちが常時持っているケータイもまたいつでもインターネットに接続できるのです。

 だが、まず普通の電話で考えても、「電話する、電話に出る」というのは、実に面倒なものです。ほぼ普通の電話は、今誰もほぼ嫌になるような存在です。私の御茶ノ水の事務所では、もう実にどうでもいい電話が約8割の頻度でかかってきました。私は事務所にいられないことも多かったのですが、そこで仕事をしていると、もうまともな仕事にはならないくらいどうでもいい電話が多量にかかってきます。でももちろん、大事な電話もあるわけですから、電話というものは困った存在になっていました。
 そして今、王子の事務所ですが、亡くなりました義父あての非常にどうでもいい営業の電話がかかってきます。これまた実に不愉快です。もう義父は亡くなったことを伝えると、「では、あなたでもいいですから……」と、同じ誘いを続けるところがありましたよ。これはもう普通の人間の常識がありません。
 いわば、こうした面倒で不快な電話に変わるかもしれないものがケータイ電話なわけですが、このケータイ電話は、どこでもでられる・かけられるわけではありません。電車の中ではケータイ電話はできません。
 ただ、ケータイメールは実に便利なものです。私は前にはドコモの携帯を使っていましたが、もうスパンメールには嫌になっていましたが、auに替えてから、それは皆無になりました。ただし、このauでもときどき迷惑とでもいっていい電話がほんの少しかかってきます。「ああ、ケータ番号は公開すべきではなかったな」と思っているところです。

 そんな思いの今、この「いまこい」を知りました。
 ほぼケータイメールのやり方と同じで連絡できます。そして電話のように互いにわけの判らない相手と会話する必要はありません。ケータイメールはいいのですが、あくまで一対一の連絡です。同報メールは送れますが、細かい連絡はやはり個々にです。
 この「いまこい」なら、「この時間は、俺は秋葉原のココにいるよ」「あ、あの店にいるよ」という広報が、仲間友人やある種のグループにはできるのです。そしてその伝言が駅の伝言板のように、消されるまで掲示されているわけではありません。12時間で消去されます(最大7日間掲示できる)
 なにしろ、誰も時間が実に貴重ですから。余計な会話、余計な電話はしたくありません。なんといいましても、どうでもいい電話を受けてしまうのが非常に嫌です、無駄です。それと同時で、ましてどうでもいい相手と同じ空間・時間をすごすのは嫌です。その点で、この「いまこい」はいいと思うのですね。
 できたら、クリックして見てください。
 私は昔のように気のある仲間友人と電話で会話するのは、もうスカイプになると思っています。スカイプなら地球の裏側と何時間喋っても無料です。そして私たちの持っているケータイは、ケータイメールとインターネット接続の用になると(ほかにもSuicaで買い物したりもありますけれど)考えております。
 そう考えますと、でも従来のように実際に会って、会話して、ときにはお酒を一緒に飲んだりすることはとても貴重なことになっていると思います。従来のように、もうどうでもいい相手と一緒の空間・時間をすごしたくありません。

imakoi http://imakoi.net/

  そうした思いには、この「いまこい」が最適なシステムではないかと思ったものなのです。もちろん、私たちが使うことによって、もっといいシステム、使いやすいシステムに変わっていくだろうということを信じています。

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