将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:お龍さん

11050507 この千葉さな子は1838年(天保9)3月31日〜1896年(明治29)10月15日の生涯でした。彼女は千葉周作の弟・千葉定吉の次女で、龍馬と始めて会った頃は、剣術はもう免許皆伝であったとされ、実は龍馬とは婚約したとも言われています。このさな子もそういう思いがあったようで、彼女は自分を龍馬の妻として龍馬の死後一生独身ですごしました。
 また龍馬の恋人であったとされるお龍さんも、このさな子を憎くんでいたのは、彼女がいつまでも自分は龍馬と結婚したと言い続けたからでしょう。しかし、現在のような結婚の制度があるわけではありません。ただ、龍馬が自宅へ送った手紙には、このさな子のことを好意を持っていたことが書かれており、龍馬の故郷の家庭ではさな子のことをいつかは龍馬の妻になるのかなあ、と思っていたように考えられます。
 ただ、どうみても龍馬の暗殺は余計なことでした。彼が生きて、そののちにも活躍してくれていれば、もっといくつもの夢を見せてくれたと思います。
 そしてそうすれば、お龍のその後の惨めな姿も、このさな子のつまらないその後の姿も見なくて良かったのにと思うのです。(2011.05.06)

10081310 昨日の夕方私の長女家族5人が来ました。末っ子のポポももうみんなと一緒で実に嬉しそうです。ポニョはじいじのいうことに不満そうです。少し私が注意したことがあったからです。でも私は毅然として言おうと思っています。でも私の内心はけっこう孫が怒ると怖い思い(嫌われたらどうしようかという)なのですが。
 この孫たちには、字が読めるようになったら、いくつも手紙を書きます。いえ、上の二人にはもう絵葉書を何通か書いています。あ、ブルータスの子どもにも書こう。
 坂本龍馬は、何通も書いている手紙のすべてに絵を書いているのですね。これは私が真似できないところです。お龍さんが、それ(彼女宛の手紙)をすべて燃やしてしまったのが残念です。私はパソコンだから、絵もできるはずなのですが、私にはそのセンスがないのです。
 写真は13日の午後1時48分の田端駅の京浜東北線の外側にある池です。私の二人の娘が小さいときにいつも見ていた池でした。そのことを思い出してくれるかなあ。(08/17)

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