将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:くろうまブランキー

cb5ebd0a.jpg

 この絵本は、最後の裏表紙に「4歳〜小学生初級むき」と書いてあります。だから、まだポコちゃには無理なのかもしれません。
 きょうは、義母のデイサービスのお休みの日で、私の担当でした。昼に、長女家族が3人でやってきます。ミツ君も夏休みなのです。
 私は始めて、ミツ君に抱かれているポコちゃんに読んであげます。

書 名 くろうまブランキー
再 話 伊東三郎
画   堀内誠一
発行所 福音館書店
発行日 1967年11月15日新版発行
読了日 2007年8月5日

 周の雑読備忘録「伊東三郎『くろうまブランキー』」に、私は次のように書きました。

 読んでみて、大変に悲しいお話なので、私は実は泣いてしまっていました。けれど、妻の前でしたので、涙はみせるわけにはいきません。

でもでも、私はポコちゃんの前でも涙を止めることができません。以下に私が書いたあたりで、私はしどろもどろになります。

 この物語のくろうまのブランキーは、としをとり、もう大きな荷物を運ぶことができません。主人は、そんなブランキを「老いぼれ馬め!」と力いっぱいたたきます。ブランキは、道の上に倒れてしまいます。
 物語には、そうは書いてありませんが、本当はここでブランキは死んでしまったのです。それはクリスマスの夜でした。

 もう私は声を出して読むことができません。本を閉じてしまいました。ポコちゃん、ごめんね。
 こうしてじじがちゃんと読みませんので、ミツ君も困ります。おはぎがこういいます。

 ブランキーは、死んだんじゃなくて、本当にサンタクロースのもとでそりをひいているのかもしれないよ。トナカイになったのかもしれないよ。

 絵本の最後は、こうなっています。

 ブランキーは、よく はたらいたので、
いま、さんたくろーすの あしもとで、
ぬむる ところです。
 ブランキーは、さんたくろーすの
てを なめます。それから しずかに
めをつむります。───おやすみ。

 そうだ、なんで私はそういうふうに考えられないのだろうか。浅はかな私です。
 きっと、こうしてブランキーは幸せに暮らせたのです。いい物語です。ありがとう。

続きを読む

93423908.jpg

 周の雑読備忘録「伊東三郎『くろうまブランキー』」へのコメントの2ナミちゃん からさらに次のコメントをもらいました。

1. Posted by なみんと    2007年08月08日 00:30
昨日は特に暑かったんです。日中歩いてた・・凄いですよ。たたそれだけで・・です。周さんの日常を読んでいても十分に元気だと思います。気力・足力・眼力・心力・・若い人負けてますよ。面白い周さん(この表現も嬉しくない?・・語彙不足で失礼)はご家族の中の要として休業なしですね。でも無理はしないでくださいね。じじの愛情の深さに感動しています。

 たしかに7日も暑かった。でも昨日も暑かったですね。もう私の眠る蒲団は私の汗で大変ですから、今朝もうベランダにほしました。あ、その前に自転車で買い物にも行きましたよ。
 私はね、我孫子に住んでいるときから、洗濯も私の担当なのよ。私のほうが遅く出勤するからです。もっとも私がやるのではなく、洗濯機が一人で頑張っているわけですが、でもとにかくたくさんの洗濯物を並べてハンガー等にかけます。

 でもいつも無理はしていませんよ。それに、前のように1日4時間の睡眠で終わる身体ではなくなりました。確実に眠らないとなりません。それにお酒にも実に弱くなりました。前のように朝まで飲んだり、3軒4軒なんて飲めなくなりました。仕方ないよね。私はもう孫のいるじじなのですから。

 7日はね、鷺宮へ行きまして、打ち合せのあと、バスで中野登記所へ行きました。そこで提出して、そこから帰るのに、中野駅まで歩きます。そこで、中野ブロードウェイセンターの中を通ります。そこで、さまざまな思い出が甦ります。

 ナミちゃんもよく知っている、「日の丸」のチィーちゃんが、この中野ブロードウェイの前の露地で、ロウソクを売っていたことがあるのよ。ロウソクと言っても、素敵で豪華なプレゼント用の創作のロウソクです。それをたしか私が30歳くらいのクリスマスの前にここに日曜日買いにきました。日曜だと、午後7時半くらいにここに来れたのね(当時は船橋で働いていました。ほかの日は夜が遅かったので無理でした)。それでたしか、30個くらい買いました。みなすべて違うロウソクです。これはクリスマスに女性たちに配りましたら(当時働いていてくれていた女性の講師たちや、いろいろな方たちです)、もうみんな喜んでくれました。だって、他では手に入らないロウソクですから。
 チィーちゃんは、今秋田で頑張っていますよ。ある大型スーパーの経営者としても頑張っていますが、同時に彼は経営コンサルタントとして、あちこちの指導もしています。でもでも、驚くのは彼は実に肉体を使って働くことも好きですが、必死に運動をするのも好きでしょう。それで、そういう体育施設へ行って身体を鍛えています。ところが、彼の奥さんも、同時に今やっているのです。それで二人で身体を鍛えて、身体をあちこちでみせているんじゃないかなあ。なにか変だよなあ。
 彼と会うと、いつも何か変だよなあ、と思いながら彼の元気さに驚きます。彼は、そこに川とか海があると、すぐに脱ぎ出して、パンツ一つになって飛び込みます。私も続きたいのですが、私は赤ふんでしょう、みせるのはいいけれど、水に入るわけにはいかないんだよなあ。
 彼が沖縄の海で、真っ先に泳ぎ出して、私もそのあと泳ぎましたが、もう空も海も暗い夜なんですよね。夜の海は怖いですよ。そこを彼は、ずっとクロールで泳いでいきます。私は死ぬわけにいかないから、平泳ぎでずっと彼のあとを追いますが、実に大変でした。そして実に面白かったですね。
 唐牛健太郎さんが亡くなり、そのお墓を函館に作ったときに、彼がさらしを買うのに(彼は裸になって踊るのですが、そのときに身につけるさらしを手に入れにいきました。パンツで踊るわけにはいかないので)、それでそのあと海のそばでまた飲んでいたのですが、彼が海を見つめると心配なんですよ。「あ、また飛び込むのかなあ? そうすると俺も続いて飛び込むんだ」なんて考えていました。でもその港の海があまりに汚れていたので、彼は止めてくれたようです。そのあと、宴会会場で彼は見事な踊りをみせてくれました(実は私は記憶がありません)。
 それとね、困るのが、何か宴会(結婚式等でね)があると、前もって判っているのに(それに出席するときには、前もっては「俺は絶対やらない」と思っているんだろうけれど)、突如私に「おい、ふんどしを貸してくれ」というのです。たしかに、ブリーフじゃ踊れないよね。でも私のは下着だよ。本来人にはみせないものです。でも、だから、私も部屋のはしで脱いで、彼にふんどしを渡します。なんという馬鹿なとんでもない世界ですね。

 そんなことを思い出しながら、中野ブロードウェイセンターと中野サンモールを歩いていました。
 あ、写真は6日に、中野駅から撮りました中野サンモールです。ここもたくさんの思い出があります。

6015d8e1.jpg

 周の雑読備忘録「伊東三郎『くろうまブランキー』」へのコメントナミちゃんから、さらに次のコメントをもらいました。

1. Posted by なみんと    2007年08月07日 00:23
「優しくて柔軟で」といわれて嬉しくない!という周さんの顔を想像します。ちょっと愉快です。確かに柔軟な人ではないですね。考えてみたらその正反対かもしれません。
とっさにその言葉がでたのは絵本の読み方に見る周さんです。ずっと下駄を履き続けているようですし
甘いものは食べないとか・・例の○○○○とかソースは使わないとか・・あるのですが子どものこころの次元になれる人だと思いました。一冊一冊丁寧に読んでくれて本のシェアーができて楽しいです。

 これもまたありがとうございます。そうねえ、まだケーキは実際には食べていませんからね。もうすぐ口にできるようになるはずです。
 あ、でも思い出せば、こうしてケーキをあちこち持って歩いていたのは、私の学生の時代からですね。
 それと、今は先日4日に私が買いましたものも、5つと5つなのですが、レシートに「ケーキ」と書かれたものは一つもないのです(ものによっては「ケーキ」と書かれるのです)。レシートには、「お菓子」(前に買ったときは、5つのうち一つだけ「ケーキ」とありました)。
 それで長女夫婦がいうのには、「カスタード」とか「ババロア」というのじゃないかと教えてくれました。
 それで、私は「あ、そんなの(カスタードといかいうのは)難しくて忘れちゃう」ということで、そこで紙の切れ端にメモしました。でもそれが見つからないで結局忘れたのですが、でもでもきのうの夜そのメモが出てきました。

 それでね、なにしろ今は我孫子に住んでいるのではなく、王子です。だから4日行ったときには、このケーキを3包み買って、王子の家族と、千駄木の飲み屋と、あとある女性ばかりの会社に届けようと思っていたのです。その会社には、届けるだけで、すぐに飲み屋に行きまして、そのあとすぐ家に帰ろうという思いでした。
 でもでも、我孫子を暑い中歩いているうちに、「これはもうあの会社へ行って、またあの飲み屋までなんて無理だなあ」と思いまして、2包みにしました。なんだか、歳老いた私を感じていました。
 もうこうして暑い中を歩いて、またあちこち行くのが、無理になりましたね。

 でも今後も、こうしたお菓子はあちこちへ持っていきますよ。きっと喜んでもらえるお菓子ばかりだと思いますよ。そして愉しいお菓子ばかりです。その店のオーナーの気持が判る嬉しいものばかりです。

 やっぱり我孫子はどうしても遠いなあ。昨日は、鷺宮、中野と歩いていたのですが、最後中野ブロードウェイセンターを歩いていたのですが、やはりこの暑さに参りました。王子に帰ってきて、もうお風呂に入って、すべて着替えました。朝でかけるときに、すべて着替えていったのに、もう全部汗だくでした。

 でもとにかく、絵本はこれからももっと読んでいきます。また教えてくださいね。その絵本を今後も、私の孫に読んであげて、ここでも紹介していきます。

続きを読む

db0ec224.jpg

 周の雑読備忘録「伊東三郎『くろうまブランキー』」ナミちゃんから、以下のコメントをもらいました。

1. Posted by なみんと    2007年08月06日 15:33
周さんは大変に絵本の読み手として合っているように思います。優しくて柔軟でお話の世界にすぐ入っていけるのは凄いなぁ〜と思いますし子ども顔負けかもしれません。最近私もまた読み返してみて楽しいのです♪また違った感じ方ができるのですね。ポコちゃんという格好のお相手がいるのですからいいですね☆

 ありがとうございます。「絵本」というのは、いわばこの歳になって、いわば始めて知ったものという気がしています。でもいい絵本をたくさん知ることができて嬉しいです。
 でもナミちゃんなら、私が「優しくて柔軟で」なんて言われても嬉しくないことは知っているよね。私は昔から、いや私の先祖の時代から、過激でひたすら柔軟ではない人間なのです。ただただ、一つの方向しか向いていません。私は承平天慶の時代は、将門様のもとで闘ったと思っていますし、幕末には水戸天狗党です。だから、自分の学生時代も、単純に過激派でした。ただし、マルクス主義は嫌いだったから、よく話が合わなかったなあ。
 でもね、きょうは、大変に暑い中を歩き続けまして、帰ってきてから、ポコちゃんに会っていないんです。なんだか、あの身体をこの腕で抱きたい気持ばかりで、暑い中歩いていたのになあ。
 ポコちゃんは、このごろもうとっても可愛いのです。それで、なんだか絵本を、私だけで読んでいるときも、「ああ、ここのところはどんな気持になってくれるかなあ?」なんてことばかり考えています。

 もうしょうがない、じじいなんです。

続きを読む

くろうまブランキー (こどものとも傑作集 (17))
 この絵本も、ナミちゃんのブログで知りました。ただし、まだナミちゃんはこの本の紹介はしていません。

書 名 くろうまブランキー
再 話 伊東三郎
画   堀内誠一
発行所 福音館書店
発行日 1967年11月15日新版発行
読了日 2007年8月5日

 読んでみて、大変に悲しいお話なので、私は実は泣いてしまっていました。けれど、妻の前でしたので、涙はみせるわけにはいきません。

 この物語のくろうまのブランキーは、としをとり、もう大きな荷物を運ぶことができません。主人は、そんなブランキを「老いぼれ馬め!」と力いっぱいたたきます。ブランキは、道の上に倒れてしまいます。
 物語には、そうは書いてありませんが、本当はここでブランキは死んでしまったのです。それはクリスマスの夜でした。空の上から、サンタクロースがこの倒れているブランキを見つけます。

 さんたくろーすは、しずかに うまの くびを なでてやりました。かおを だいて、あたまを おこしてやりました。

 ブランキーは、げんきを だして、たちあがりました。

 それから、ブランキーは、サンタクロースのそりをひくのです。

 もう、なんだか私は涙ばかりになってしまいます。
 私は、この本のことを書き出してから、もう5時間が経過しています。書き始めてから、すぐに買い物に行ったり、いろいろでした。今は私の孫が帰ってくるのを、もうじりじりしながら待っています。
 そして、私の孫にも、このブランキーのことを教えたいのです。

 いい絵本です。そしていいお話です。悲しいことも感じるけれど、いいお話です。

 周の雑読備忘録「伊東三郎『くろうまブランキー』」の2 へ

↑このページのトップヘ