将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:しづゑとお勢

1301160113011602 せっかくこの的矢六兵衛の家に行ったのに、すぐに辞去することになります。

 二人は茶にも饅頭にも手をつけぬまま、いそいそとと辞去した。

 だが六兵衛の奥方からは渡された風呂敷包みがあります。六兵衛に渡してくれということなのです。
 それを

 ・・・、「かしこまりました」とひきとったあとでしづゑは少し考えこんだ。

 最後にお勢はいいます。

 しづゑは足を止めた。
「よろしゅうございますか。上様は一年と半年前から幕府の行末を予見なさっ13011704て、的矢家を召し上げたのです。六兵衛はおそらく、お庭番か忍びの者。これですべて辻褄が合います」

 いや私ではすべて辻褄が合わないのです。さてこれからも興味深く見てゆくでしょう。

1301150713011508 やっぱり的矢六兵衛と慶喜が入れ替わったわけではないようです。

「アアッ、何と、宅の主人と上様がすり替わり。アッ、ハッ、おっかしい、おかしょうて、アハッ、息が詰まりまする」

 こうして六兵衛の妻は笑うに笑うのです。これで私の思いは当たっていたと思うのですが、しづゑとお勢はまだただ分からないばかりなのでしょう。

13011415 徒労ではなかったとしづゑは思うた。女房を見れば亭主の人となりがわかるというが、まさにその通りである。的矢六兵衛という謎の侍は、しづゑのうちにありありと像を結んだのだった。

 やっぱりこの六兵衛の謎はわかりません。ただの金上侍というだけではないといえるのでしょうか。やはりまだ加倉井隼人の推測はこれではおさまらないのでしょう。

1301140613011407  どうしても最後まで一気に読んでしまいます。やはり「そうだよな」という思いで、でもどうしてもこの新的矢六兵衛の奥方も、六兵衛もその存在が理解できません。最後がこうです。

 ・・・奥方はしばらく唖然として目を瞠(みは)っていたが、じきに美しい顔を餅のようにとろかせて笑い出した。

 この「美しい顔を餅のようにとろかせて」というのは、想像もできるのですが、でもどうして笑うのでしょうか。明日になれば、それも解明されるのかな。
 それにしてもしづゑとお勢はものすごい頑張りようです。これは加倉井隼人でも田島小源太でもできないことです。
 これが映画になってほしいな。この「新的矢六13011404兵衛の奥方」が誰にするのか、どの女優が演じてほしいのかは、あとでじっくり考えていきたいと思っています。
 それにしても、また私は言いますが、この小説は夏目漱石の作品に比較できる気がしています。『吾輩は猫である』よりも私は上のような思いがしてきています。

1301120113011202  六兵衛の父母が出てきます。その二人の登場の前に、しづゑとお勢の目の前にある御庭を説明しています。

 目の前は手入れの行き届いた御庭である。池泉には石橋(しゃきょう)が架かり、向こう丘には苔むした檜皮葺(ひわだぶ)きの東屋もあった。水面(みなも)のそちこちに紅白の蓮の咲きかけているさまは、やがて訪れる極楽浄土の季節を髣髴させた。

 そしてここに二人の老爺と老婆が出てきます。

 夫から聞いた話の中で、しづゑが何よりも理解に苦しむのがこの御隠居の件(くだり)なのである。

 私も理解できません。しづゑの思いは私もまったく同様に思います。だが、そこに子ども二人が現れます。男の子二人なのですが、お勢が

「二人とも母親似でございますね」

というのです。しかし、

 ・・・、子供らと御隠居夫婦との自然なやりとりはどうしたことなのだ。

13011109 これではまったく分からないのです。子供二人も新的矢六兵衛とその妻と同じに入れ替ったはずです。でもこの御隠居夫婦は元のままです。
 どうしても理解できません。私が「幕府が、江戸時代が悪い」と言っても、このことはどう理解したらいいのでしょうか。

1301110713011108  さて、しづゑとお勢はこの六兵衛の美しい妻と対面します。

 言葉はていねいだが、頭は下げぬ。その権高さも御旗本の奥方そのもので、やはり俄かに習うたとは思えぬ。

 そうなのか。なんだか私はこの奥方にもシンパシーを感じてしまいました。いい加減な私なのです。でも果たして、ここに本物の的矢六兵衛がいるのでしょうか。あ、本物といっても、新的矢六兵衛だから、これも「本物」といっていいのかなあ。

 胸の動悸は収まったが、体がこわばってしもうた。しづゑは○を支えながら首を回した。

13011016 私はここには六兵衛はいないと思いますから、出てくるはずはないのですが、ひょつとしたらという思いもあります。
 さてどうなるのでしょうか。
 この下谷稲荷町の六兵衛の家での対決は息詰まる思いがしてしまいます。また明日を待ちます。

1301090113010902  どうやらしづゑとお勢は、的矢六兵衛の家を探り当てていたのでした。

 表札に「的矢」とある。

 よく探り当てたという思いがします。果たして、ここに慶喜の代わりに六兵衛が潜んでいるのでしょうか。私はそんなことはないと思いますが、前にもみた中間奴が出てきます。2012年8月26日のポメラ2012年8月29日のポメラで出しました挿絵にこの奴が描かれています。この奴(やっこ)はたいそう弁もたつし、頭の回転も速いようです。

 たいした中間奴だと、しづゑはなかば腹立ちながら感心した。

 そうだよな。このしづゑも私と同じことを感じています。

「お女中ではございませぬ。奥様にお取次ぎを」13010803

 さて、これで明らかになるかな。私の予想は当然、ここには六兵衛はいないから(江戸城内にいる)、加倉井隼人の思いもしづゑの思いもはずれるわけですが、どうなのでしょうか。
 また明日が楽しみです。

1301081113010812  しづゑとお勢は下谷稲荷町の的矢六兵衛の家へ向かいます。

 和泉橋から北へまっすぐな道は、右も左も黒塀の続く御屋敷町であった。

 今とは大変に違いますね。私は高校生の時と大学一年のときに住んでいた横浜東横線白楽の家を見に行ったことが8年くらい前にありましたが、もうえらい変わりようで、なかなか昔の面影を探すのが大変でした。それがこの時代で、二人の妻は初めて歩く路なのですからね。13010710

 ・・・二人の足は、わけて立派な長屋門の前に根を生やしてしもうた。

 ここがそうなのかなあ。そうであればいいなあ。でも私はここには六兵衛はいないと思ってはいますが、さてどうなのでしょうか。
 またこうしてこの小説の先が気になって仕方ありません。

1301060113010602  加倉井隼人の妻しづゑと田島小源太の妻お勢は下谷稲荷町まで行きます。それでちょうど神田川を屋根船に乗っていくのです。この挿絵が橋の欄干から二人が船に乗っていくのです。このお勢は、小源太よりも四つ歳かさだといいます。それがすごくいいです。すごく「世事あれこれに長けている」のです。

 しづゑは江戸の地理に疎い。和泉橋の河岸から下谷稲荷町は近いのだろうか。13010503

 いや今でも遠いですね。でも屋根船で行くのはものすごくいいものでしょう。ただ今日は遊びで行くのではなく、的矢六兵衛の自宅へ行くのです。もし六兵衛に慶喜がすり替わったのなら、六兵衛はここに居るはずですね。私はそんなことはありえないと思ってはいますが。

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