10122901  現実のさまざまな情況の中で、その情況に対してなんらかの行動をとるべきではないのか、誰にでも迫ってくるような言い方があります。これはいつでもいろいろなところで感じてしまうことです。
  悲惨な民族紛争に対して、南の国々の絶望的な貧困に対して、私たちこそが何かをやるべきだというような言い方です。また日本の現状に対しても、「今こそ私たちが立ち上がらないといけないのだ」と声高に迫ってくる傾向がおおいにあります。これは実は戦前の日本でも戦後の日本でも、私たちの学生のときにもあったことであるわけです。私たちの世代も、そのように思い、激しい闘いの世界に飛び込んでいっていたわけです。
 だがあるときから、私はそうした考え方こそが間違えているのではないかということに気がつきました。
 そんな今私が到達した考えを象徴してくれる文章があります。

書 名 ヴォネガット、大いに語る
著 者 カート・ヴォネガット・ジュニア
訳 者 飛田茂雄
発行所 サンリオ文庫
  (ただし現在サンリオ文庫はありません。古書店か図書館ですね)

 カート・ヴォネガットは、現代アメリカを代表する作家といわれます。「プレイヤー・ピアノ」、「タイタンの妖女」、「ローズマリーさん、あなたに神のお恵みを」等々の作品がありますが、なんといっても、かれをベストセラー作家にしたのは、「猫のゆりかご」です。ただこの本は私には難解すぎて、友達にいろいろ解説してもらって、ようやく読み終えた記憶があります。 ところで、ここで紹介したいのは、上記の本です。しかもその中の186ページから208ページまでの「ビアフラ-裏切られた民衆」という短い一文です。
 ビアフラ共和国は1967.5.30ナイジェリアからの独立を宣言し、1970.1.17にナイジェリアから滅ぼされた、アフリカの歴史上註にしか書かれないような国です。「ビアフラ内戦」とか「ビアフラの悲劇」と新聞には書かれていました。
 ヴォネガットはこのビアフラが滅ぼされる最後の瞬間の少し前にビアフラへ訪れています。そしてビアフラがいかなる国だったのかを詳しく述べていてくれます。アフリカの歴史が書かれるとして、そしてこの時代のことが記されるときにも、おそらくはその文の中の欄外の「註」にしか「ビアフラ」という国は書かれないでしょう。そんな存在でしかなかったのですが、ヴォネガットはこの国を実に愛情を込めて説明しています。これほどの素晴らしい国をどうしてナイジェリアは滅ぼしてしまったのか、読んでいると悔しくなります。またそのナイジェリアを強力に軍事支援したソ連とイギリスに対しても、怒りがこみ上げてきます。
 しかし、ヴォネガットもそして私もビアフラのことを、その悲劇をもっと知ってくれなんて言いたいのではないのです。
 最後の記述のところ、書き出してみます。

  わたしは大急ぎでこの原稿を書き上げた。読み返してみると、ビア
 フラ国民の哀れさよりも偉大さについて語るという最初の約束を裏切っ
 てしまったようだ。わたしは子供たちの死を心の底から悲しんだ。わ
 たしはガソリンを浴びせられた婦人の話をした。
  国民としての偉大さについて言えば、死滅のときにあらゆる国民が
 偉大であり、神聖ですらあるという見方は、たぶん真実だろう。
  ビアフラ人は以前には一度も戦ったことがなかった。今回彼らは立
 派に戦った。もう二度戦うことはあるまい。
  彼らが古代マリンバで「フィンランディア」を演奏することは、も
 はや永遠にないだろう。
  平和。
  わたしの隣人たちは、もう遅いけれどもビアフラのためにできるこ
 とはなにかないか、あるいは、もっと前にビアフラのためにすべきで
 あったことはなにか、とたずねる。
  わたしは彼らに答える、「なにもないよ。それはかってもいまもナ
 イジェリアの国内問題だった。きみたちはただそれを嘆くことしかで
 きない」
  ある人々は、せめてもの償いとして、これからナイジェリア人を憎
 むべきだろうかと問う。
  わたしは答える、「そうは思わない」

 このヴォネガットの言葉こそ、現代のさまざまな情況にたいする答えになっていると私は思うのです。例えば、貧しいアフリカに毛布を送るなんてことより、この答えのほうがずっとまっとうな姿勢だと私は思うのです。
 もうひとつ引用します。私の知っているかぎり、これを読んだ友人はだれもここで涙がこぼれたり、こぼれそうになったといいます。もちろん私も。ただそれは、このところが、この一文を先の文章とはまた違う形で象徴しているからだとおもいます。

  わたしはビアフラのことで一度だけ泣いた。帰宅して三日目の午前
 二時。一分半ばかり、小さく吠えるようにグロテスクな声を発したの
 が、それだ。

 このときにビアフラはその姿を消しました。(1998.11.01)