将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:つげ義春

12102512 一昨日どうしてかつげ義春のことが頭に浮かび、それで何故か私の後にある本棚にこの本がありました。
 でも読もうと思いましたが、「多分、今の俺ではみんな読めないだろうな」と思ったものです。

書 名 つげ義春作品集
著 者 つげ義春
発 行 平成八年七月十日
定 価 1,200円
発行所 日本文芸社
読了日 1996年7月10日

 やっぱり今また読みましたが、気持が暗くなり本を閉じました。なるべく見て読んで、笑うようにしているのですがね。私はこの本が発行されたときにすぐ購入して読んだように思いました。
 作品は以下が掲載されています。

  隣の女
  散歩の日々
  少年
  ある無名作家
  近所の光景
  池袋百点会
  石を売る
  無能の人
  鳥師
  探石行
  カメラを売る
  蒸発12102513

 読んでいると、どうしてもつらいです。
 昨日インターネットで検索しました。「たしか弟さんも漫画家だったよな」。
 でも検索すると、私のサイトが出てきました。

   http://shomon.livedoor.biz/archives/51914280.html
      つげ義春『無能の人』

 でもこの本も今はありません。
もっきり屋の少女」「ゲンセン館主人」「李さん一家」「ねじ式」みんな私に12102514は、印象深い思いがあります。
「もっきり屋の少女」での「ガンバレちよじ!」なんていつも私は口からでますね。

 弟さんのつげ忠男さんの漫画作品もガロで随分みていた思いがあります。

11031810書 名 無能の人
著 者  つげ義春
発行所 日本文芸社

 この本を読んだときに「実にひさしぶりにつげ義春の世界に耽ってしまったな」という感じでし。映画でもかなり評判になった「無能の人」です。
 私がつげ義春を知ったのは、あの「ガロ」全盛の時代です。たくさん読んだように覚えています。「もっきり屋の少女」「ゲンセン館主人」「李さん一家」「ねじ式」等々どれもこれも印象深かったものです。「日本漫画全集」の「つげ義春集」ももっていたはずなのですが、いま本棚にはありません。だからこれらの作品も細かいところまでは内容を自信をもって思い出すことができません。
 前に私がよくやる詩吟の一節が、埼玉大学の学園祭「むつめ祭」の統一テーマになったことがあります。それは71年のことです。

    呼狂呼賊任他評
     −我がなすことは我のみぞ知る−

というテーマでした。それで次の72年にもまた私の同じような内容とテーマが選ばれてしまいました。(この年から「統一テーマ」とはなく「メインテーマ」というようになりました)

    狂わせたいの
     −花弁はうずく女は叫ぶ、俺の墓はどこだ−

という内容でした。山本リンダの歌がはやった年でした。それでこの年のむつめ祭のポスターをこのテーマにあわせてどうしようかということになり、どうしてかつげ義春でいこうということになりました。たしか「ゲンセン館主人」だと思うのですが(たった今は作品集がないから調べられない)、千葉の夜の海を背景に男が手を広げてこちらを見ている絵があります、それに私のテーマをすりこんだポスターにしたのです。暗い海と、暗い顔したつげ義春の描く男の両側に、私のテーマが書き文字で並びます。この絵の使用をつげさんは電話のみであっさりと認めてくれました。
 このポスターは大学のみならず浦和中に貼り出されます。しかもあのころは、当時の学生運動のステッカーと同じようにむやみにどこでもボンドで貼ってしまいます。とうぜん非合法ですから、敵対勢力(当然敵は日共)にははがされてしまいます。それでもなんせはがしにくいですから、その後何年にわたっても、あらゆるところにこのポスターの残骸がのこっていました。それが、なんだかいいのですね。もう半分破られていて、しかもよごれているのに、つげ義春の描いた男は、あちこちで黙って私たちを見つめているのです。
 その男の残骸がだんだんなくなっていって、もうすっかり浦和の街が綺麗になった頃には、どうしてかつげ義春はあまり作品を発表しなくなってしまいました。
 私たちの友人にはけっこうつげのファンが多かったですから、みんなでどうしたんだろうなんて噂しあいました。たいがい、どうも本人自身がこの「無能の人」のようになってしまったらしいというような話をしていたように思います。
 この「無能の人」に収められた6つの連作は、1985年6月から86年12月まで、日本文芸社季刊誌「コミックばく」に連載されました。

 ……連載は継続される予定であったが、雑誌が休刊となり、現在
は中断したままである。いずれ続きを発表する機会があれば描いて
みたい気はあるが、発表の場がなければ、これきりでもいいと思っ
ている。           (「単行本のためのあとがき」)

 まさしくこの「あとがき」につげの現在があらわれているように思えます。「これきりでもいい」。いつ終っても、またもしかしたらまた書いていってもいいというのでしょう。
 作品の内容はつげ自身をモデルにしたと思える男が、石屋をはじめてしまうところからはじまります。

  おれはとうとう石屋になってしまった
  ほかにどうするアテもなかったのだ
  マンガ業、中古カメラ業、古物業と手を出してみたけれど
  ことごとく目ろみがはずれてしまった
  この石屋だってまるで素人だ
  本を読んでちょっと知識を仕入れただけなのだ
  ただ元手がかからないということが
  おれに向いていたのかもしれない (第一話「石を売る」)

ということだけで石屋になるのです。だけどこんなことでうまくいくはずがありません。第二話ではなぜ石屋になったのかという話が続きます。読む人によっては気がめいってくるかもしれません。
 本当はつげは乞食になりたいのかもしれません。でもいまの時代だとそうした道はむずかしいのでしょう。この本に彼の「乞食論」というインタビューがのっています。

 山人としてはやはり山窩を考えますね。山窩は関係としての異人
とみるのはちょっと微妙ですけれどね。独自の世界を築いてますか
ら。それでまあ、乞食にはなれないからせめて山窩になりたいなん
て思うわけ。           (「乞食論−乞食・山人」)

 だが現実にはもう山窩の世界などなくなってしまったわけだから、こうしてつげは漫画のなかでそうした世界に近いと思うことを書いているのかもしれません。そしてできたら、その漫画も書かなくてもいいのなら書かないでいたいのでしょうか。
 やはりもう少し、つげの作品をすべて読んでみてから、またこの「無能の人」を読み返してみたいと思います。それにはなんとか昔の作品群を手に入れないとならないようです。(1998.11.01)

 もうつげさんは今どうされているのでしょうか。そのことをしきりに思う私です。(2011.03.18)

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 挫折したりしなかったりの政治青年や文学青年のあいだでは、いよいよ政治も社会も生活も行き詰まりになったら「屋台を曳く」とか「煙草屋の店番をする」とかいった冗談ともまじめとも安らぎをもとめる夢とも受けとれる会話が、よくかわされたものだ。こんなことが仲間うちで話題になったのは、たぶんわたしたちがじぶんの生涯を無償なものとみなしたい気持が、見栄としてどこかにとぐろを巻いていた証しだと思う。(『全マンガ論』「第一部作品論 つげ義春の作品世界」)

 つげ義春の作品は実によく読んだ思いがあります。そしてこの吉本さんの文も何度も読んだものでした。そしていつも、「つげ義春さんが無能というなら、俺なんか何だというんだ」と思いながらも、そのことは誰にも話すことはなかったものでした。今もこれを読んでいて、自分の情けなさもまた感じているものです。

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d9e26c7f.jpg なるべくいくつかのものに名前を書くようにはします。ただ全部には書けませんので。
 私のブログで毎回画像もUPしているのですが、その画像が足りません。だから今は私の部屋にある本を撮っています。「あ、これは売っていなかったんだ」なんていう本があるのです。
 写真は私の部屋にある「つげ義春『無能の人』」です。つげ義春は、「ガロ」でそのまま読んでいたものでした。もう随分昔の話ですね。(06/25)

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