将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:ねじめ正一

13060903 昨日6月9日の日経新聞の36面に、このねじめ正一さんの文がありました。

 私が息子を後楽園球場に初めて連れて行ったのは1983年、5月5日であった。

で始まる実にいい文章です。

 試合は巨人対阪神戦。息子は小学2年生で、初めて後楽園球場に出かける緊張で、おしっこがしたくて、何度もトイレに入るのだが、おしっこは出ない。

 ところがこれがずっと続いてしまうのです。読んでいて、「可哀想に」と何度も感じました。そして私の二人の娘、四人の孫のこともいくつも思い出していました。
 でも、このねじめ正一さんのこの事態も、以下のような事態になります。

水道橋の駅のトイレに入ってもおしっこが出ない。球場に入って階段を上がっていきグランドが見えてきて、息子は練習している選手の中に原辰徳選手を見つけて、「お父さん、原だよ」と叫ぶと、緊張の顔つきが吹っとび、おしっこ地獄も吹っ飛んだ。

 なんか、これがものすごく分かる、私もものすごく心配していましたが、「良かったな」という思いと、「こんなことよくあるんだよな」という思いにもなります。もちろん、「よくあるんだよな」とは言っても、この大変な事態をいくらかでも避けられることを思ってきました。
 私が以前、ここに書いたのですが、子どもには「いつでも用便はしたいときにする」のではなく、「朝一定の時間、7時代にするようにする」ということを心がけて言うようにしてきました
 でも、この大変な思い出をねじめさんの息子さんは記憶にないといいます。13061002

息子は原のサヨナラホームランは覚えていても、おしっこ地獄はすっかり忘れているようである

 そんなものなんだなあ。でもひさしぶりにねじめ正一さんの文章を読んで、私はとても嬉しかったです。

13060805 こうしてテレビの前だと、ポメラを書いてしまいますね。

2013/06/09 06:07日経新聞の36面で「ねじめ正一『5月5日は野球の日』」があります。私は、この著者が好きで、『高円寺純情商店街』が好きで、この実際の街に行ったものでした。彼の経営する古書店は高円寺のとなりの阿佐ヶ谷にありました。その店で実際に彼がカウンターの座っているところを見たものです。もう随分昔の話ですね。
 またちゃんとこのことを書くつもりでいます。でも私はやりきっていないからなあ(昨日も他のことで「あとで書く」といいながらやっていません)。そのことを深く反省し、あとで書く気は十分あります。
 この著者の講演を聞いたのは、吉本(吉本隆明)さんの講演会のことでした。この著者に関しては、少しも評価していませんでしたが、この『高円寺純情商店街』はものすごく好きになって今では、もう私は彼のファンだということができます。彼の小説の中で描かれているお父さんのことも大好きです。高円寺の「よさこい祭り」(阿波踊り)で踊るお父さんの怒ったような言い方が今も私には聞こえてきています。
 あと2分経ちましたら「はやく起きた朝は……」が始まります。
2013/06/09 06:30森尾由美さんは47歳なんだ。
 やっぱりこの三人はいいなあ。
 そのあとの三人の対談もいい13060806です。この三人の氏名を書こうと思いましたが、インターネット上でもないので(私の記憶だけだと不安です)、またあとで書きます。

 氏名を正確に書こうとすると、自分が不安になるのですね。

11051320 この著者を初めて見たときのことです。新潮社の詩の雑誌「鳩よ」の「かっこいいこと、わるいこと」というテーマのイベントでした。私は何人かの友人を誘って行きました。最後に吉本(吉本隆明)さんの講演があるからでした。
 最初のほうで、このねじめ正一がパーフォーマンス詩人として紹介され、自分の詩を身振りをいれて歌いだしました。私はなんだか訳がわかりませんでした。何がかっこよくて、何がわるいのか。ほとんどの聴衆がのっていません。わずかに手拍子する人が何人かいました。私はなんて詩人って悲惨なんだろうと思ったものです。
 次に泉麻人を中心に新人類とかいわれる人たち4人のパネルデスカッション。勿論「かっこいいことわるいこと」とのテーマ。またまた何故か決りません。私は泉麻人なんて好きではないが、こういうイベント見ていると、やはりやっている方に気持ちが移ってしまい、なんとかうまく話が展開しないかと願ったものです。泉だけが懸命にからまわりしていて、痛々しく見ているのが辛かった。このデスカッションで、一番面白かったのはこんなことです。一番前ですわっていた老年の紳士が眠り出していました。泉がその人に向かって、

 「ああ、そこのかた、…………、やはり吉本さんですか。もうす
  ぐですからね。もう少しまってください」

といったとき、会場は少し楽しくなりました。そう会場は、吉本さんの話をききにきている人が大部分なのです。私は新人類の旗手も形なしだなと思いました。
 吉本さんの登場で、会場はやっと落ち着いてきます。私はどういうふうにきょうのテーマにちかずけて話すのかと思っていました。しかし、吉本さんはやはり主催者や泉のこと充分に考えていたのです。吉本さんは文芸批評における、かっこいいことわるいことという機軸での批評の話を見事に展開しました。私はなるほど、なるほど、そうだ文芸作品をかっこいいとかわるいとかで、充分批評できるのだと考えたものです。
 そしてきょうの出演者は、吉本さん以外はみなかっこわるいなと思ったものです。とくにあのねじめ正一ってのは、いったいなんだいと。私と同じ歳で、詩を馬鹿にしているんじゃないかと思いました。いやよく考えてあげれば、詩ってそれだけで食っていくのは大変だから、あんな無理するのもしかたないのかとも同情しました。
 その詩人が小説を書いたというので、「結局詩から逃げたのかよ」と思ったものです。詩人も批評家もなんかすぐに小説書いてしまう。また同じだろうと。

 ところがそのねじめ正一のの小説を読んでみたのです。いやこれは吉本さんのいう観点からも、私にはかっこいい小説だといいきれるように思いました。自分の育ち住んできた商店街のことを書いています。丁寧に丁寧に書いています。見ている視線がいいんですね。

書  名 高円寺純情商店街
著  者 ねじめ正一
発行所 新潮社

 私たちの年代には、これらの商店街が必ず一つかそれ以上郷愁としてあるように思います。そしてそれが少しずつ少しずつ、こわれていくんですね。いろいろな街を見ていてもそう思います。その私たちのこころの中にある商店街を、この小説は見事に再現してくれていると思います。そうだ、街はこうなんだと。
そして現実にはもう商店街はこのようには存在していないのでしょう。
 できたらこの著者にさらにこの商店街がだんだん変遷していくさまを書き続けてほしいなと思います。
 私はいわゆる、通産省や中小企業庁やそれにのったコンサルタントが「コミニュティマート−くらしのひろば」なんて言ったって、あんまり信じられないのですね。街をたくさんみてきましたが、そんな分析や提案より、この小説の方がおおいな参考になります。とにかくねじめ正一にはこの街の変遷を書き続けて欲しいのです。

書  名 高円寺純情商店街本日開店
著  者 ねじめ正一
発行所 新潮文庫
1990年4月新潮社より刊行

 上に書いたとおり、この著者はこの商店街のことを書き続けています。この著者が実際にやっている古本屋は高円寺ではなく阿佐ヶ谷南口であるらしいのですが、小説の中では隣の高円寺北口で、お店は「江州屋乾物店」になっています。今では実際の高円寺北口商店街が「高円寺純情商店街」と名前を変えてしまうというような事態も生まれています。
 上にも書きましたように、私たちの中にある郷愁の商店街が実際には存在しえなくなっているように、この架空の純情商店街も少しづつ変わっていってしまいます。誰もが嫌な思いになってしまうことなのですが、これはもう全国どこの商店街でも進行してしまった、あるいは進行しつつあることなのでしょう。
 ここには、次の3つの作品が掲載されています。

 大黒メロン
 八月のキャッチボール
 本日開店

 この純情商店街にスーパーマーケット大黒屋が進出してきます。主人公正一の「江州屋乾物店」の父親もその反対運動の委員になって慣れない運動をやっていきます。ちょうどそのときに、正一の祖母が脳溢血で倒れてしまいます。その祖母の病気見舞に大黒屋から届けられるのが、立派なメロンなのです。このスーパーの進出はさまざまなことをひきおこします。おそらくはどこの商店街でもみられたことなのでしょう。おばあさんは死にますが、その葬儀の席でもさまざまな思いが錯綜します。

  ふいに大声を上げて叫び出したくなって、正一は息を吸い込ん
  だ。ウチはころんでいない、裏切ってなんかいない。スーパー大
  黒が勝手に花やメロンを送りつけてきただけなんだ。矢もたても
  たまらなくなってあたりを見まわすと、曇りガラスをはめ込んだ
  店との境のガラス戸に、まん幕の黒白の縞がぼんやり映っていた。

 小さな純情な商店街が大きな資本主義に飲み込まれるかのように変遷していきます。

 3つめの「本日開店」では、こうしたスーパーの進出で正一の隣の「魚正」が店をたたんで吉祥寺でラーメン屋を始めるという話になります。もういままでの商店街も反対だけ言っていられなくなっていきます。なんとかスーパーとも共存していかなければならないようです。しかし、こうして魚屋に焦点をあてている著者の眼は実によく見ているなと思います。どこの商店街でも、誰もが必要としているが、実際にやっていくのが一番困難になっているのが、この魚屋だと思います。この小説の中では、ちょうどこの「魚正」が立ち退いていくのが、「高円寺阿波踊り」の祭りのときです。
 考えてみれば、なんで東京の高円寺が「阿波踊り」なのでなのでしょうか。これがなんとか東京で生きていかなければならない商店街のひとつの生き方だったのでしょう。おそらくはけっして商店街のみんなが一致して賛同したものではないだろうと思われます。この正一の父もこのイベントには賛成していません。だから彼は一度も踊りの列に加わったことはありませんでした。だが、この「魚正」の立ち退きのときには、その父も踊りの列に声をかけてしまいます。何度読んでも思わず涙ぐんでしまうところです。

 「えらいやっちゃ!えらいやっちゃ!」
  観客の後ろから聞き慣れた怒鳴り声が聞こえた。いつのまにか
   見物客の最前列に出てきた父親がケイ子のほうを真っすぐ見な
   がら怒鳴っている。あんなに阿波踊りを嫌っていた父親が掛け
   声をかけるなんてめずらしいことだ。

 こうしてこの物語の中で、私たちの眼の前で展開される登場人物たちの動きは嬉しいものなのですが、さてこのあとこの街は、正一たちの店はどうなっていくのでしょうか。いったいスーパーと共存できるものなのでしょうか。また次の作品の中に、そうした物語がまたどのように描かれていくものなのか見ていきたいなと思っています。(1998.11.01)

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