きょう発売のりぼん2月新春特大号に載っている「ちびまる子ちゃん」が最高に面白いです。

 その77・「まる子 毛糸のパンツをいやがる」の巻

という題名になっています。

 まる子「毛糸のパンツなんてもうはかないよ だれもはいていな
    いもん」
 おかあさん「べつにいいでしょ ほかの人がはいていようがはい
      てなかろうが あったかいんだから あんたは小さい
      んだから よけいなこと気にすんじゃないの」
 まる子「いやだよ たまちゃんやお姉ちゃんもはいていないんだっ
    て言っているもん わたしだけはいているなんて みんな
    にバレたら大恥だよ」
 ヒロシ「なんだよオレなんか町内の旅行でモモヒキはいているの
    みんなにバレたけど ぜんぜんはずかしくなかったぜ」
 まる子「モモヒキならまだいいよ 毛糸のパンツだよ パンツが
    毛糸でできているんだよ よく考えたらヘンだよアレ」
 ヒロシ「ぜいたくな話じゃねェか」

11033015 まる子は幼稚園にいるときから、こんな感じである。でもこんな思いではだれにでもあるのじゃないだろうか。本当をいえば、ヒロシだってあったはずなのだ。大人になるということは、恥をだんだん忘れていくことでもある。「さるのこしかけ」によれば、このまる子が大きくなったさくらももこは、夫のガラパンを毎日はいていてもうそれを恥と感じてはいない。この巻は、よく誰もがもっている子どものときの感性を描いていると思う。 これはまる子だけが特異なのではない。あの恥なんかなにも感じないようなはまじが、花輪君の家に招かれて、靴下に穴が空いていて、それが恥ずかしくて椅子に座りっぱなしのシーンがある。はまじですらそうなのだから、子どもはだれもこんな思いに深く悩んでいることがあるのだ。だけどヒロシはもう忘れてしまっている。ほとんどの大人はそうなのだろう。さくらももこの感性が優れているのは、こうしたことを鮮明に思い出させてくれることにある。
 今後もさまざまに「ちびまる子ちゃん」をもっと眺めてみたいと思います。 それから1月14日「ちびまる子ちゃん」第10卷の発売です。映画もありますね。(1992.12.29)