11051104書 名 少年H
著 者 妹尾河童
発行所 講談社ノベルズ
1997年1月17日第1刷発行

 妻の会社の人から借りて読みました。実にまたたくうちに読み終わってしまいました。
 さて、私はこの小説をいわば肯定的に読んでいたほうだと思いますが、ここでは少しだけ疑義を述べたいと思います。
 まず、この少年Hが、この当時で、これほどの「反戦思想と思えるような姿勢及び思い」を抱けたものなのか、少々疑問になります。神戸なので、外国人に出会うことが多かったことがあるのかもしれません。ユダヤ系のドイツ人とも接触があったのですから。でも、ここまで分かっていたものかなと、私は少々不思儀な思いがします。
 それともう一ついいます。著者が日本軍の三八銃を持って「こんな重い銃で、勝てるのかな」なんていうところです。それに比べてアメリカ軍の銃はとても軽いものだったということで、「これじゃ勝てるわけないよね」なんて言うことをNHKテレビでも言っていました。たしかに三八銃は、明治38年のものですから、すぐれていたものとは言えないのかもしれません。でも彼の言う、アメリカ軍の銃とは、将校たちがもつ、いわば儀礼銃であって(要するに、戦闘には関係のないサーベルとか日本刀のようなもの、あれらは指揮に使うだけでしょう)、実際の戦闘行為に使用していたアメリカ軍の銃は、それこそ三八銃よりも、もっと重い銃だったのです。こんなことは、少し調べればわかるんじゃないのかな。
 このことは小説の中でも言っているわけですが、NHKテレビの「週刊こどもニュース」で、子どもたちに向かって、日本の三八銃とアメリカの銃を比べて「こんな重い銃よりも、自動小銃のほうが強いにきまっているよなあ」というような言い方をしているわけです。
 このとき比較しているアメリカ軍の銃とは、カービン銃のことであり、これは将校用の騎兵銃であり、日本の騎兵銃も同じように軽いものでした。米軍歩兵が主力として使っていた銃とは、ライフル銃であり、三八銃や昭和14年に出来た九九銃よりも重いものです。したがって、比べても意味のないものを比較して、子どもたちや読者を説得しようとしているわけであり、私は「一体何言っているんだ」としか、思わないわけなのです。

 米国と日本はまさしく帝国主義国家として、国家総力戦として戦ったわけです。ただし、日本側にはあの戦争を「国家総力戦」として認識していたとは思えません。ここのところが問題であり、たかが武器の銃の重さが違うから、日本が敗北したわけではありません。私から言わせていただけば、日本は負けるべくして、敗戦にまで至っただけです。日本だけが卑劣だったわけではなく、米国もイギリスもソ連も中国(ここでの中国とは国民党軍および共産党軍も同じです)、卑劣な帝国主義戦争をやりたくてやっただけです。
 私は比較的に好意を抱いていた妹尾河童氏が、始めて小説を書くというときに、「こんな調べればすぐに分かるようなことをどうしてやらなかったの?」と不満なのです。もう少しまともに調査取材して書かれるべきではないのと私は思いますね。
 ただ、親子で撮った写真などは、私はとても感心して見ていました。この著者のことは嫌いにはなれない感じですね。(1997.11.15)


 その後、私のこの著者に対する意識は180度変りました。「周の掲示板」に以下のように書いたものです。(2003.06.14)

Re.「戦後史の難点とは」 投稿者:周  投稿日: 4月12日(土)08時55分04秒
 それから、「少年H」については、私は「周の本の備忘録」に書いていますが、私が読んだときにぼんやり感じていた内容のひどさが、もう今では露呈しましたね。

   妹尾河童「少年H」(これは上にある文章です)

 私はこの最後に次のように書きました。

 ただ、親子で撮った写真などは、私はとても感心して見ていました。この著者のことは嫌いにはなれない感じですね。(1997.11.15)

 私はこれをもう撤回します。この著者のことは、もう大嫌いです。こういう大嘘つき、誇大妄想な人間はもう許すことができません。