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書名  きんいろの木

著者 10122203 大谷美和子
絵   沢野ひとし
発行所 講談社
定価  1,150円

まだ自分の子どもたちが小中学生の頃は、私は子どもたちの買った本は漫画以外は必ず読んだものです。漫画も読むようにしているのですが、あまりに多いし、それと「りぼん」なんか、「ちびまるこちゃん」とその他2、3以外は、いくら見ても区別がつかないものでした。
この本は、夏休みの青少年読書感想文全国コンクールの課題図書でした。こどもたちの夏の感想文の宿題用に、妻が買ったものです。二人の娘たちも珍しく読んでいました。普段は漫画ばかりの二人が、よく読み通していました。
私も読みましたが、やたら感動したり、涙出したりしないように考え読み終りました。でも読んでやはり良かった。重い自閉症の長男光と次男悠、一番下の女の子未来と、ちから強いお母さん優しいお父さんの5人家族が描かれています。
未来と友達由美子の会話。

「そんなんができるんやったら、ひーちゃんの病気、なおせないんかな
あ。」
「さあ、無理なんとちがう?お父さんがいうてたけど、ひー兄ちゃんは
病気とかやなくて、ああいう状態がひー兄ちゃん……、とかいうてた。
ようあたしにはわからんねんけどね。……お父さんの考えはね、なんで
もふつうの人と同じことができるのがええ、いうのはいややねんて。で
きんもんはしょうがないでしょ。ひー兄ちゃんみたいに。なんでそれが
わるいんや、って。」
「おっちゃん、すごいね。」
「そう、ひらきなおってるやろ。」
あらためて未来は、そんなお父さんが好きだと思った。
「お父さん、もっとはっきりいうねんで。みんな、生きものやないか、
やて、人間だけが地球の生きものやないぞ、ほんのひとにぎりの故障の
ない人間だけを基準にしているんはおかしい、いうねん。」
「わあー、すごーい考えやねえ。」
由美子は目をまるくした。でも未来は、お父さんがとくべつなことを
いっているとは思わない。小さいときからそういうことは、くりかえし
きいてきた。

お母さんが、金のピアスして、フレアスカートはいて、ソバージュして、ちりちりパーマかけ、はやりの髪かざりして、派手なリボンをつけようとする。

「光をつれて歩いたら、知らん人が気の毒そうな顔でみるでしょ。あれ
がいややねん。」
「うん。」
未来はうなずいた。でも悠は、
「ふうん、そうかなあ。」
と、首をかしげた。
「障害児の家族は不幸やなあ、と思いたい人は勝手に思わせといたらえ
えねん。」
悠は、それまでのぶすっとした顔をやわらげていった。
「くやしいことはないの? わたしら、なにもそんなふうに思うてへん
のに。」
お母さんはむきになった。
「これがうちのありのまま。それがどこがわるいのよ。色めがねで見る
ほうがわるいでしょうが。だからね、光と歩くときはぜったいおしゃれ
してね、楽しそうにして、いらんかげ口きかせないようにするねん。」
お母さんは鏡をのぞくこんだ。
「それがつっぱってるっていうねん。ふつうにしとったらええねん。」
悠がなだめるようにいう。

未来には、光がわからなくなることがしばしばある。
「こういう障害を持って生まれてきたんや、それが光なんや。」
と、お父さんはいう。それはだれのせいでもない。悠や未来やそのほか
のたくさんの子が、障害を持たずに生まれたのも、たまたまそうであっ
たということだけだ、と。

未来は多分ずっと光に振り回されてきた。いや家族全員が同じなのでしょう。だから自分ひとりの城、ワンルームマンションにあこがれる。物語の最後3人兄妹で歩くところがあります。このまま光兄ちゃんはどうなるのだろう。

「ねえ。」
未来は悠を見た。そしてきくつもりはなかったのに、
「ひー兄ちゃん、おとなになったら、どうなるの。」
といっていた。悠はちょっとだまった。それから、おこったように短く
いった。
「おまえは、いらん心配せんでええねん。」
未来は小さくかぶりをふった。
「おれ、ちゃんとする。おまえはどこへでもいったらええ。」
ひとり暮らしをしたいと夢みていることは、今も同じだ。だけど、と
未来は思った。
悠兄ちゃんはどんな夢を持っているのだろう。おとなになったら、ど
んなことしたいと考えているのだろう。
そしてさっきのキンモクセイの花をひろっていた姿を思った。
未来は顔をあげ、大きく息をすった。
「悠兄ちゃん、ずるいわ。そんなん、なしやで。おばちゃんがいうてた
やない。ひー兄ちゃんのせわしたら、ええことあるって。悠兄ちゃん、
ええことひとりじめする気ィ?ふうんだ。あかんで、そんなそんなゆる
せへんもん。あたしかて、三人のうちのひとりやもんね。わすれんとい
てや。」
悠はなにも答えない。未来もそれ以上いうことはない。口にしてしまっ
たことで、気が楽になったような、それでいて気はずかしいような、へ
んな感じだった。

やっぱり涙は出すまいと思ってましたが、ここでグットきました。子どもたちの前だから、そしらぬふりでごまかしましたが、やはりいい兄妹です。
なかにくだらない宗教家がよけいなこといいにくるところがあります。私はこの本の中に入ってぶん殴ってやりたい。たしかにどこにもいるんですよね、こんな馬鹿が。

でも私も思い出しました。ある日私は五反田から池上線にあるクライアントヘ行くので急いでました。約束の時間に遅れそうだった。私時間を守れないのは絶対に嫌なのです。ホームを走っていた。ホームから階段駈け上がっていくところで、目の片隅に車椅子とそのそばの多分ボランティアの方が、もうひとり車椅子を持ってくれるひとさがしていた。私は駈けあがってから、私は駈けおりて、声かけるべきだと思いました。が、私は約束の時間に遅れるのがかっこ悪いとの思いで、そのままいってしまった。私は池上線でそのことずっと考えました。そののちずっと。私がそこで手伝ったって5分か10分遅れるだけなのです。クライアントの社長は話せば、ニコニコ笑ってくれるだけでしょう。何故私は当り前のことやらなかったのか。
それから私は同じようなことがあったら、私は当り前にふるまおうと思い実行してきました。自分で自分に納得できることやらなかったら、子どもになにもいえません。この世に生を受けて、みんな同じなのです。みんな努力すべきなのです。ただ役割としてできることはやっていくべきです。
私のこどもたちも、この本を読んで良かったといってました。これで感想文書いたのかどうかは忘れてしまいました。でもできたら自分たちの身近なことをこそ思い出してほしいと思いました。

私は子どもたちがときどき学校なんかで、どう考えてもひどいとおもうことあると、「うぬ、俺がいってやる」叫んでしまうことがありましたが、いつも子どもたちに止められてきました。そしていつかしら子どもたち自身で解決しているんですね。
私の長女が確か小学2年のころ、学校帰りに少し知恵遅れの子の10メータくらいあとを友だちと二人でついて歩いているのを偶然見たことがありました。私はあとで、「お前なにしているんだ」とききました。実はその子のことを他の男の子たちが学校帰りにぼろぼろに殴ったことがあるんです。私はそれを聞いたとき、「うぬ、そいつらみんなぶん殴ってやる」と怒ったのですが、そのとき長女は「パパそんなことやめて」といったのです。
それでその結果が、こうして学校帰りに娘が友だちと毎日その子の周りを見はっていたのです。「でも○○くん、なかなか家に帰らないから、大変なんだ」といってました。
あんなことをたくさん思い出してほしい。そしていまでもこどもたちの周りには、たくさんの異端と思われるものがあるのですね。でも私ら含めて、みんな「たまたまそうであったということだけ」なのですよ。

それからこの本のさし絵かいている沢野ひとしさん、いいですね。私は椎名誠が好きで、彼の本はほとんど読んでいるのです。それでもう沢野ひとしさんは他人と思えないのですね。いつも椎名誠と一緒に生きてきたウスラバカで胃に歯がある大めし食らいの沢野ひとしさん、いいですね。彼のさし絵はどれもいいですね。(以上は多分1996年くらいに書いていました)。

今これを読んでいて、また私は涙を流していました。もう私の娘二人はこの物語を覚えているでしょうか。でもこうして何らかのことを書いておくといいですね。私はまたこれを読むだけで涙に溢れてしまいました。またどこかで(多分図書館でかな?)大谷美和子さんの本を探して読むことでしょう。(2010.12.22)

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