将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:よしもとばなな

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「ちびまる子ちゃん」の作者のさくらももこは、いくつも単行本を書いているのです。私はそのすべてを読んでいます。よしもとばなな(さくらももこの最初の本が出たときは、たしかまだ吉本ばななだったかなあ)と親友で、ばななが父ひろしのことで大笑いするのが私も実に受けました。ひろしはばななの父の吉本(吉本隆明)さんのことは知ったのかなあ。15041908
 とにかく私はもういっぱい読んでいっぱいテレビを見て、大笑いし、そしてちょっぴり涙にもなっている「ちびまる子ちゃん」とさくらももこなのです。15041911
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12081820 藤田典さんの「ダダさんの掲示板」に、以下の書き込みがありました。

周さんが 投稿者:管理人  投稿日:2012年 8月18日(土)08時40分8秒 218.231.119.32.
  毎日のように、
お孫さんの所に出かけては、
沢山の会話をされていることに感心しています。

周りから、多くの愛情を注がれて育つ、
お孫さんたちは、きっと感性豊かな大人になることでしょう。

 私は毎日はいけないのです。いやもちろん行きたいのですが、そんな毎日行ったら、おはぎに怒られてしまいます。
 今日は行くつもりでいます。でもいついこうかな(これがけっこう難しいのです)。
 今日はポコ汰はおはぎママ(ミツパパかもしれない)プールへ行く日なのです。プールで懸命に泳ぐのです。そうしないと、お風呂でもぐりまして大変なのです。 来年4月からは、ポニョが、そのよく年からはポポが行きます。
 そうねえ、私はよく行くのですが、結局そこですぐに眠ったりして(ゴーゴーといびきをかくようです)、評判が悪いのです。「これもじいじの悲哀なのだ」なんて言っても、誰も同意しません。
12081902 そうねえ、いっぱい会話したいけれど、みんな私の話を聞いてくれるかなあ。
 そうだ、よしもとばななの『マリカの永い夜』や、ダニエル・キイスのビリー・ミリガンの話をしてあげればいいのかなあ。でももう少し大きくなってからかなあ。
 いつも吉本(吉本隆明)さんを思い、吉本さんの言葉を思い出しています。

12081801 藤田典さんの「ダダさんの掲示板」に、以下の書き込みがありました。
 昨日は次女ブルータスと孫じゅにに会いに行きまして、そのあと長女おはぎと孫のポコ汰、ポニョ、ポポに会いに行きました。それでこれへのレスが今になったのです。

小さな子供でも 投稿者:管理人  投稿日:2012年 8月17日(金)08時19分7秒
  大人が話した事柄を、
聞いたその時は理解していないように見えていても、
後になって、不意に思い出して、語りかけたりするものです。

昔の人は「三つ子の魂、百まで」とか言いましたが、
子供の周りにいる大人たちが、
たくさん話しかけてやることが大切なのだと思います。 

 もうブルータスにじゅにのいっぱいのことを聞きました。でもじいじはただすぐ眠る怠惰なじいじにしか見えていないでしょう。
12081802 そのあと行きましたおはぎの家でも私は嬉しかったです。
 あのトトロの映画は最初見たときに、なんだか「面白い」「興味深い」というのが私には分かりませんでした。我孫子で森を見ていたポニョの発言で、「そうなんだ」と気がついたものなのです。
 このことは、私はよしもとばななの『ムーンライトシャドウ』を読んだときに、恥ずかしいくらいに気づかされたものなのです。

12031602 やっぱり私は、涙を浮かべています。その後いくつものニュースを読みました。

吉本隆明さんの次女・よしもとばなな「最高のお父さんでした」(スポーツ報知)
吉本隆明さん死去:大衆に寄り添った巨星 「現在」問い続け、全共闘世代の「教祖」(毎日新聞)
吉本隆明さん死去:晩年まで独自の思考を重ねる(毎日新聞)
よしもとばななさん、父・吉本隆明さんとの最後の会話をTwitterに投稿(アメーバニュース)
思想家・詩人の吉本隆明が死去、戦後日本の思想界を牽引(CINRA.NETニュース)
吉本隆明さん死去=戦後思想界に大きな影響−87歳(アパレルウェブニュース)
よしもとばなな 父吉本隆明氏死去「最高のお父さんでした」(デイリースポーツ)

  まだまだあるのですが、ここまでにします。

 この中で、アメーバニュースに書いてあったのが以下です。

吉本の次女である作家のよしもとばななは、自身のTwitterで「父は最後まですごくがんばりました。父が危篤なことを言えずつらい一ヶ月でした。一時はもちなおしたのですが」と経緯を明かし、「最後に話したとき『三途の川の手前までいったけど、ばななさんがいいタイミングで上からきてくれて、戻れました』と言ってくれました。もう一度、話したかったです」「最高のお父さんでした」と父への想いを綴っている。またユーザーに対しては「お父さんがまだいるかたは楽しい時を、そうでないかたは良い時を思い出してくださいね!」と呼びかけている。

 私は吉本(吉本隆明)さんの本はすべて読んでいるつもりです。よしもとばななさんの本も、ハルノ宵子さんの漫画もすべて読んできました。奥さまの和子さんに関して、私はインターネットで検索したら、次が出てきました。

   吉本隆明の愛した女、和子さん

 それでこれを読んでいて、「あれ、おかしいな。これは私の書いた文だ」と気がつきました。そうですね。これはたしか3年くらい前に、私が書いていた文章です。
 私も、二人の娘(もちろん、二人の娘の彼も)と、そして四人の孫を大事にしていきたいです。

11083004 私が役員やっている会社に新しい女性がアルバイトでやってきました。どういうわけか、そこの副社長が米国へ行ってしまい、社長は別な会社の副社長なので、そこの会社にはいられず、結局私がいろいろと指示したりしなければいけないのだけれど、私も先週はそれこそ、あちこちと飛び回っていることが多く、どうやら夕方にその会社にやっと出向いたりしていました。
 それでおととい木曜日夕方パソコンのやり方等々を教えたりしているうちに、突如私は、聞いてしまいました。

  ところで、吉本ばななは好きかな?

 なんだか判らないのだけど、言葉に出てしまった。そしてやっぱり彼女は吉本ばななの各作品は大変に好きであるようです。なんとなく吉本ばななを好きになれる女性というのは、それこそ好きになれるんだな。いや、考えてみれば私の長女も、そして妻もそうだから、あんまり「それこそ好きになれるんだな」なんて言い切らないほうがいいかもしれない。
 それで彼女と少しいろいろと話したのですが、そのとき話した中のひとつにばななの次のような言葉があります。ある女性を紹介するときの言葉です。

  それに性格が、とても男らしいのだ。つまりは女らしいという
  ことであ る。言葉は乱暴だが、優しい。
                                (吉本ばなな「日々のこと」)

 これを思い出したのは、8月末にある会社の女性社長と会社についての相談で話したことの内容からなのです。

 私「そういえば、社長のような年代の女性の経営者には、けっこ
    ういろいろ頑張っていて、性格も、昔の言葉でいえば『男らし
    い』方が多いですね

 社長「そうね、私も私の友達にも男らしい女性(ひと)が多いわ
    ね。私なんかさっぱりしていて、まさに男よ。それに比べて女々
    しい中年男が多いわね。もう私の亭主なんか、ただの酔っぱら
    いで、ぐちゅぐちゅしていて、まさにあれが『女の腐ったよう
    な』という典型ね

 そこでまた私はいろいろと話したのです。むしろ男はたしかにぐずぐずしたのが多く、それが男の本質みたいなところもあり、男らしいとか女っぽいとかいう言い方はもともと、適確なものではない。まさか「人間らしい」なんて言葉ではあまりに魅力がなく、だってまさか「犬らしい」とか「猫らしい」なんて言葉がおかしいようになのだと。それで、この吉本ばななの

  ○○は、性格がとても男らしいのだ。つまりは女らしいという
  ことである。

を紹介したんです。一般に私が付き合っている限りの知り合いでは、「女の腐ったような」という表現をしてしまうのは、それこそ40代くらいのいわゆるキャリアウーマンに多く、その対象には、多くは同年代の男性に対して、また駄目な(と彼女たちが思っている)同僚の女性たちにも向けられるようです。
 でも、性格がさっぱりとしていて、ぐんぐんと人を引っ張っていくような強引さがありながら、じつはきめ細かく回りに気を配っているという人が、まさしく素敵で魅力ある人間なのであり、それをばななのような表現でいうのではないでしょうかね。
 こんな話をその女性社長ともして、また今回若い女性ともしてしまいました。若い女性といろいろと話しているのもいいですね。愉しい瞬間です。

(現在は「吉本ばなな」は「よしもとばなな」です)

11020505 吉本ばなな(現在は「よしもとばなな」)の「TUGUMI」が好きだという人がいまして、その日に私も読みかえしてみようとしたのですが、本棚にありません。娘の友達のところへでもいっているのかな。長女もこの「TUGUMI」が好きなようです。学校の宿題でこの小説の感想文を書いていました。
 私はこれを読んで「ばななはちょっとあやういんじゃないの」なんて思ったの覚えています。勿論好きな作品なのですが、なんだかまだ完成されていないように思ったのです。
 でもあの小説の背景になっている、伊豆土肥とあの家族はいいですね。あのおとうさんのモデルは吉本(吉本隆明)さんだと思います。吉本さん一家はよくあの土肥にいったようです。吉本さんがあの土肥の海で泳いでいる姿が目に浮かんでくる気がします。吉本さんは水泳は得意なのだろうし、泳いでいると多分楽しい明るい笑顔しているように思います。
 割りと吉本ばななはよく読まれているように思います。女子中学生、女子高校生、若いOL。それに私たちの年代の友人たちは、女性もおっさんもよく読んでいるように思います。いやこれは私の友人たちの世界だけかな。
 逆に30代前半の女性たちで「ばななは嫌い」なんていう人にお目にかかりますね。「私吉本なななは嫌いなんです」という女性(同じこといった人が2人いました)に、当然私はくどいから、「どうして」ときいていきます。ずっときいていくと2人とも全く同じでした。1冊も読んでいないのですが、何故か嫌いなのですね。むしろ私みたいなおっさんが何故評価するのかが不思議なようです。私はさまざま話していきます。私のしつこさに、さすが1人の女性は次回読んでくれるようになったようです。もう一人はお会いしていないから分からないけど、多分「ムーンライトシャドウ」とか「キッチン」から読んでいてくれていると思います。
 まず「ばなな」という名前が嫌だという人もいるようですね。でもこの「ばなな」というのは、果物ではなく、バナナの花のことなのです。鎌倉の長谷寺の近くに3メートルという巨大なバナナの木があるそうです。私は鎌倉行く人にいつもこれを見てきてくれと言っています。もっともお父さんの吉本さんは「この名前はどうにかならないのかね」といったらしいですが。
 またいろいろ読み直してみようと考えました。(1993.02.17)

11020502 吉本ばなな(現在は「よしもとばなな」です)がアメリカでも読まれているという。以前村上春樹や村上龍も読まれたみたいですが、その比ではないようです。以下その記事です。

「キッチン」米でも人気 ばなな旋風、増刷中
                93.01.29  夕刊 10頁
【ニューヨーク28日=共同】米国で今月中旬から発売された吉本ばななの代表作「キッチン」がベストセラーとなっている。キッチンは日本では二百万部近くが読まれたほか、既にイタリアでもロングセラーになっている。英訳本の編集者は「若者の喪失感、愛の力の大事さといった主題が米国の若者にも訴えた」と話している。
 米国では発売と同時に、各地の一流紙が一斉に書評で取り上げた。街頭の宣伝ポスターや新聞広告も手伝って、サンフランシスコ・クロニクル紙調査のベストセラーには先週、いきなり十一位で初登場、二十八日まとまった今週の集計では八位に入った。
 ニューヨークの各大型書店では売り切れに近い状態で、出版元のグローブ・プレス社は初版四万部に加え、四万部を増刷中という。
 米国では、日本の作家としては谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成、安部公房らがよく知られており、若い作家が広く読まれるのは、四年前「羊をめぐる冒険」がヒットした村上春樹以来のこと。朝日新聞社

 谷崎、三島、川端の場合は、「日本」ということがあったと思う。東洋の中の、中国とはまた違う文化をもった日本、その「日本」とやらをなにか象徴する作家たち。
 両村上の場合はどうなのだろう。吉本(吉本隆明)さんの文芸公演だとかならずこの二人の作品に触れられる。それでそれが不満な聴衆もいる。「何故吉本さんが村上(どっちにしても)いいというのだ」と。中上健次がそうだった。でも別にそれは相対的なものなのだ。例えば、現在の大江健三郎と比べれば、それは確かに村上の方が上だと思います。
 ではばななはどうなのだろう。吉本さんは「親馬鹿」になっちゃうのか、ばななの作品を批評しません。でもあるインタビューで言っていました。ばななの「うたかた」なんかまあ55点だって。……そうなると、村上は何点になるのかな。今の大江なんかマイナスになっちゃうかな。
 やはり確実に時代がかわっているのだと思います。やはりばななはいいと私は思います。日本を代表できる作家になりえていると考えます。嬉しいことです。(1993.02.15)

11012703 またこの漫画を読んでいるわけですが、この作品は、その前にある『天界の音』と並んで古道具屋の上柳千(せん)の話です。
 前にも思ったのですが、この千は、私には吉本隆明さんを思い出させます。一見何をやっているか判らないのですが、実は人類を破滅から救うようなことをひっそりとやってしまうのです。
 中にある「姉について」で、妹のよしもとばななが、で次のように言っています。

  姉は何だかよくわからないけど「愛」にあふれた人で、作品も
 そうで、その「愛」はとてもはげしく熱く巨大に今日も燃えつつ、
 大宇宙とつながっているようなのです。

 なんだか、このことが実によく判ります。
 でもできたら、また漫画の新しい作品を見せてもらえないかな。そのことを強く希望します。(2010.06.26)

11012701 私はこれをいつ読んだのだろうか。とにかく、私の大好きで尊敬する吉本隆明さんの娘さんの作品だということで、読んだものでした。
  一つ前に書きました『ムーンライトシャドウ』も、これと同じ本に掲載されていたものです。
 私は新宿でよく飲みまして、ゲーボーイもおかまさんとも随分知り合いになりました。ただこの作品のえり子さんのような美形の方には会ったことがありません。
 主人公のみかげは、両親と祖父母を失っています。その中で一番みかげが親しかったのかもしれない祖母の知人の雄一の家に住みはじめます。
 この雄一の母親(元は父親だった)がえり子さんで、ものすごい美形なのです。彼はゲイバーを経営しています。
 なんだか、この物語が現実に新宿でよく会う人たちとは違って、小説の中のすさまじい展開に驚いてしまいます。
『キッチン』の続編の『満月』ではえり子さんは殺されてしまうのです。そんなことは、私の目の前の現実では、少しもないものでした。
 ただ。少し角度を深化させれば、どこにでも生まれてきたようなことだったのでしょう。そのことを充分に思うものです。
 もちろん私がそういう世界には出会わなくて正解でした。
 こうした世界を深化させ、作品を生み出した作者をすごいなあ、と思いました。
 おそらく、この作品についても、これから何度も書くことがあるかと思っています。(2011.01.27)

  吉本ばななは、「よしもとばなな」になったのですね。知らなかった。以下のようなことらしいです。

  2003年に長男をもうけるが、その子の名前を姓名判断で考えて
 いたら、自分の名前こそ良くない事がわかり、今のペンネームで
 ある「よしもとばなな」に改名した。

11012608 なんかいつも驚いちゃうな。彼女は「右の太ももにバナナ、左肩にオバケのQ太郎のタトゥーを入れている」ということです。なんか私は驚くばかりです。
 でも私は彼女の作品は、ほとんど読んでいます。そして大ファンです。昔、私に「それって、お父さんの吉本隆明でじゃないの?」と言った人がいます。私は「そうだよ、なんかおかしいかい。私は隆明さんの娘さんだから、彼女の作品も大好きなのだ。なんか間違えているかい?」
 でも今では、もうただただ、よしもとばななの作品が好きな私になっています。

 私の次女のブルータスは小さいときから漫画しか読みませんでした。どうも本を読むのが苦手なようなのです。それでも、高校3年生の半ばを過ぎてから、大学入試のために少しは文学とか評論作品を読まねばならなくなりました。
 それでも評論はよく読めないし、その価値が判らないなどと言っていました。
さて、そんなことをしていても入試は迫ります。さすがにあせって来る気持があるようでした。あるとき、一体何を読み始めればいいのと聞いてきました。

 周「そうだな、たとえば漱石、そうだ『こころ』くらいは読んだ
    だろう。あれは感動したろう

 ブルータス「全然感動なんかしないよ。あれはさ、3つの部分に
    別れているじゃない、最初と2番目のところなんかいらないん
    じゃない。最後のところだけにすればいいのに

 周(これじゃ困ったと思って)「そうじゃないんだよ、……、そ
    うか漱石じゃないとしたら太宰治はどうだ?

   ブルータス「読んだことないよ!
  周「困ったな、……、そうだ、吉本ばなななら読めるんじゃない
    か。え、まだ何も読んだことがないの。……、そうそう、これ
    なら短編だからすぐ読めるよ

と薦めたのが、「キッチン」の最後に載っている「ムーンライトシャドウ」です。これは私がけっこう誰にも薦めているのですが、それまでばななを避けていた人も確実にみんなこれでばななのファンになってしまってくれたといいきれる作品です。
 これなら、せいぜい30分もあれば読めるよ、と言って手渡ししました。ブルータスは珍しく素直に自分の部屋にこもって読み始めたようです。20分くらいたった頃、ブルータスの部屋へ行きました。

 周「どうだった? 涙出たろう?

というと、少し悲しい顔をして、

 ブルータス「うん、涙が出たよ。いい作品だね

ということで、もう「キッチン」を読んでいました。やっと、感動する本の存在に気がついたようです。
 ブルータスはすぐに、「キッチン」「満月」と読んでしまい、姉のおはぎから「マリカの永い夜」も薦められ、それも読んで、たちどころに「白河夜船」まで読み終わってしまいました。
 あれほど本嫌いだったブルータスも、どうやらやっと本を読むことの魅力が判ったようです。そして、やっぱり私はばななに感謝したいなと思います。

 私もよしもとばななは大好きな作家であり、かつその作品も好きなのですが、まずこの作品を見てみたいと思います。

 太宰治の「走れメロス」を最初読んだとき、思えば中学2年生だったのですが、私にはあの話自体を信用できなかった。まあシラーの詩を太宰なりに翻訳したもので、太宰は「こんなことは、本来ありえないのだ」ということで書いたのだと思いこんでいました。それが、だんだんこの年をとるごとに読見返してみると、自然に涙がでてくるようになるのですね。
 さくらももこの映画特別描き下ろし「ちびまるこちゃん」は大野くんと杉山くんの友情物語です。これも最初なんで女のひとは男の子の友情なんて想像誤解するのだろうと思いました。しかし何度も読むうちに、二人の友情と二人を囲む友達たちの姿に私も涙が出てくるのです。
 まだこんな物語があるんだ。俺だって純粋なんだと思うのですね。
 まだこんな小説が存在します。それがよしもとばなな「ムーンライト・シャドウ」です。

書 名 ムーンライト・シャドウ
著 者 吉本ばなな
発行所 福武書店
    (「キッチン」の中に入っている短い小説です)

 最初に主人公の恋人が鈴をもっているという記述があります。この鈴が最後に大事な役割をします。
 この恋人が急に交通事故で死にます。この死んだ恋人に、ある川のところで再会します。その時に鈴の音が聴こえてきます。それが読んでいると、その鈴の音が私たちの耳に聴こえてくるのですね。
 ちょっと読むとばかばかしい話なんですよ。「こんなことあるわけないじゃないか」と。でも違うんですね。やはり鈴の音は聴こえるし、こんなことやはりあるのですよ。

  たとえば、遠くひびいている汽笛の音をききながら、わたした
 ちはしばしばそれを対象である汽船からの音をきいているのでは
 なく、ただ音の響きをきいているという意識の瞬間を体験するこ
 とがある。そのときわたしたちは聴覚において時間を知覚してい
 るのだ。            (吉本隆明「心的現象論」)

 吉本ばななは自分では父親の著作思想の影響はないといいますが、自然に分かってしまっているのですね。
 こんな体験というのは、私たちには大なり小なり誰も出会っているように思います。おそらく私たちの祖先は太古の山や森の中で、こうした体験を神話や物語にしてきました。また私たちが小さなときにも、こうした不思儀な体験をしてきているかと思います。ただ、次第に大人になるに従って、こうした音が聞こえなくなり、かつ忘れ去ってしまうのです。
 そんな大人になってしまった私でも、この小説を読むと、鈴の音が聞こえてくるし、自然に涙が頬を伝わります。

 まだこんな小説があります。こんな小説を書ける作家がいます。文学ってすばらしいものなのですね。

 以上は、私が過去2度に渡って書いたものを合体しました。今後もばななのいくつもの作品について書いていくつもりでいます。(2011.01.27)

10062115 いつも Spider job  蜘蛛業 に書いております 読書さとう が2010年6月9日〜6月26日までのUPしましたものが以下です。これが13回目の10回分になります。

2010/06/26(土)
ハルノ宵子『道楽屋宇宙戦争』
2010/06/24(木)
よしもとばなな『キッチン』『満月』
2010/06/23(水)
ハルノ宵子『緑の呪文』
2010/06/21(月)
よしもとばなな『ムーンライトシャドウ』
2010/06/19(土)
魯迅『野草』
2010/06/17(木)
マルクス・エンゲルス『共産党宣言』
2010/06/15(火)
マルクス・エンゲルス『賃金・価格及び利潤』
2010/06/13(日)
上田敏『海潮音』
2010/06/11(金)
ダンテ『神曲』
2010/06/09(水)
ヘロドトス『歴史』

 なんだか、日々いろんなところで、「あ、○○も書かなくちゃいけない」と思います。でもそのあとで、その作品名も作者も忘れてしまうのです。
 これはまずいな。あ、ケータイメールで自分に送っておこうかな。そういうときに思い出すのは、まずごくつまらない作品ですが、何かを書いておこうと思うものが多いのです。

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