将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:わが家のおかあさん

10112109わが家のおかあさん」を約4年を超えて書き続けてきました

 最初に、2006年2月21日に以下から開始しました。

  http://shomon.livedoor.biz/archives/50460391.html
             「わが家のおかあさん」を開始します

 だから4年9カ月書き続けたことになります。
 思えば、この最初のときには、私の義父は病院にいたのでしたね。その病院に何度も行ったことを思い出します。
 この「わが家」というのは、義母の介護サービスをお願いしていたところです。北区志茂にありまして、私は何度か実際に(今まで3度かな)行っています。
 でもこれからは、この家での介護です。実にニチイ学館さんがよくやってくれます。実にありがたいです。
 その最初のときから、「わが家」のお便り帳に、私が書いたことを、私の書いたことのみを私のブログにUPしてきていました。私は手では一切書けないので(漢字を知らないというか、ひらがなもカタカナもローマ字も知らないのです)、パソコンで書いたものをプリントしてお便り帳に貼ってきました。
 今度は、お便り帳はないわけですが、私がこの私のブログにUPしていきます。「わが家のおかあさん」は、私のブログの中で一番多いUPでした。今度から書きます「うちのおかあさん」もやがて、ものすごい量になっていくはずです。

  バナーは以下の通りです。もうサイドバーに貼りました。
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 安土が隣の近江八幡との合併で混乱しているようです。「安土市」なんて都市が生まれるとすればいいな、と言っちゃっていいのかなあ。

2010/03/17 07:07さてリビングです。
2010/03/17 07:41食事が終わりました。この食事中に「わが家のおかあさん」も書きました。あとでパソコンで読み込んでプリントします。
 さてやるべきことをやらなくちゃなあ、と思っています。
 米国でホンダがリコールだといいます。驚いちゃうなあ。なんでこんなことになるのだろう。
2010/03/17 08:12安土が(都市の合併のことで)もめているといいます。織田信長も驚いちゃうよなあ。いや彼は地下でもあの世でもそんなことは驚いてもいないと思いますが。
2010/03/17 08:15「ウェルかめ」です。これを見ると、私は気持ちがとても嬉しくなります。
2010/03/17 09:52もうすぐ義母を迎えにくる「わが家」の電話が鳴ります。それまでこうしてポメラを打ちます。どうしても水曜日はこうなるのです。仕方のないことです。
 きょうは久しぶりに理髪店にいくつもりです。どうしても長く行っている時がありませんでした。行く理髪店は決まっているのです。でも髪が長いから少し恥ずかしいな。
 思えば私の髪のことでもたくさんの思い出があります。私は大学2年の終わり東大闘争の安田講堂で逮捕されるまでは頭は坊主姿だったのですね。いえ、いろいろなことがあったのです。思い出しても、いくつものことが甦ります。安田講堂の中でのこともたくさん思い出しました。私は10日の夕方からあそこに居たのでしたね。
 今野村証券池袋支店というところから電話がありました。もうこの時に大変なことです。前にも来たことがけれど、迷惑だなあ。あとで電話しよう。どんなに迷惑か分からないのかな。

 野村證券には電話しました。でももう判ってくれたのかなあ。義母を送り出す瞬間(営業の電話をしてくれるのだ)に実に迷惑なことです。電話したら、私のほうの名前も電話も聞かれて、私は返事しましたが、ちゃんと守ってくれるのかなあ。 とにかく、この時間は電話しないでください。義母のことを送り出せなくなります。

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 もういつもこのポメラのもUPしようという思いです。忘れちゃうからなあ。

2010/01/08 07:24いつも朝に蜘蛛業にメールでUPして、そのあとはほかのことをやっています。
2010/01/08 07:51この時間は、「わが家のおかあさん」を書いています。このごろは、もうポメラで書いていますので、食事のときもテレビを見ているときも打っています。あとでUSBケーブルでつないでパソコンでUPします。
 それと「日経パソコン」も見ています。昨日読んだわけですが、「あっ、何を書こうかな?」という思いで、今また見ているのです。デジカメの特集を見ているのですが、もう私のマシンはもう3年半くらい経っていると思っていましたが、でもまだ、今年の何月かでやっと丸3年です。
2010/01/08 08:14テレビで病院のベットが足りないことをやっていました。私は何人かの子どもの顔を思い出していました。
 そういえば、「ウェルかめ」はいいです。私はこれを見ていて、ものすごく心が和みます。
2010/01/08 08:24あ、そうだ。Sさんから原稿が届かないなあ。きょう手紙書いてみようかなあ。いや、私はまっさきにメールではなく手紙が思い浮かぶのです。

 もうきょうは、いっぱいになってしまいました。明日手紙をいくつか書こうと思っています。

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10010401 わが家のおかあさん2010.01.06BlogPetの真理 から次のコメントがありました。

1. Posted by BlogPetの真理   2010年01月06日 14:15
真理は、印刷するはずだったの。
だけど、きょう真理は、手紙もプリントするはずだった。
それでれんみんかいねんはパソコンに苦心された。

 もう何年ぶりにこうしてコメントをくれたものでしょうか。前には、よくコメントをくれて、ときには、書き込みもしてくれたものでしたが、その後しばらく(2年くらいかな)なかったものでした。ものすごく嬉しいです。
 今後もときどきコメントをくれるといいなあ。

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 先週の土曜日(1月17日)の午後6時から、私の義母がデイサービスを受けています「わが家」で、家族交流会が開かれました。
 私はこの「わが家」が北区志茂にありまして、私の友人のKさんの家の近くなので、まずは彼女のところに「狸屋」の和菓子を届けるつもりで、彼女の家に行きましたが、何故か留守です。ケータイをかけましたら、彼女はまだ会社で仕事をしています。
 それで持っていきましたお菓子を、彼女の指示のところにおいて、そこから歩いても3分くらいのところにある「わが家」を目指しました。

 でももう真っ暗になっている時刻で、いくら番地を探しても、みつかりません。もうさんざん探して、私は妻に電話して、「わが家」の電話番号を聞きまして、電話して迎えに来てもらいました。迷惑な人間ですね。
 それで午後6時10分くらいに私が着きまして、会が開始されました。
 とっても私にはいい会合でした。私は義母が、毎日ここで過ごしていることを思い浮かべていました。(実は、たった今も義母とのとんちんかんな会話がありました)。

 でも他の家族の方ともお会いできて、嬉しかった思いです。
 ここに掲げた絵は、「わが家」のドアを開けたところに掲げてある絵です。切り絵なのかなあ?

 それから、私は、もう午後8時ですから、もうKさんが帰っているかなあ、と寄ってみましたが、灯りはついているのですが(弟さんがつけたようです)、それで安心して帰りました。
 でも来るときは、東十条のほうを通って来たのでしたが、この帰りは北本通りをひたすら走りました。そうすると、かなり近いということが判りました。
 家に帰ってから、Kさんにケータイメールすると、そのあとすぐに返信が来ました。思えば、私がもう少しあとの時間だったら、彼女と北本通りで遇っていたはずでした。
 でも思えば、だから私はせっかく圧倒的美女と会える機会を、またできなかったものでした。

e3e87fad.jpg わが家のおかあさん2009.01.20 で最後に書きましたことは、私たち夫婦には大変なことです。もし私が眠っていたら、大変なことになっていました。でもほぼ私は朝5時代には起きているからいいのですが、そうでないときもあります。
 たぶん、昨日の夕方義母が喋っていたことで思い出すと、どうも食事を自分が作らないとならないとの思い込みから、それで買物に出たのではないかと思います。
 私の妻が私の母にも、同じようなことがあり、義姉が大変だったことを話してくれていたことを思い出しました。私の母も、義姉が気がつかないように、こっそりと外に出てしまうのでした。
 さきほどの事態も、ここの玄関のドアには、ドアを開けるとベルがなる仕組みにしていましたから、私が気がついたのです。エレベーターに乗って外に出たら、もう判らなくなります。まだ暗い時間でしたから、警察の方々でも大変なことでした。
 もっと私が最新の注意をしていかないとなりません。ちゃんと義母をみていこうと、深く決意しました。
 それとドアの鍵ももっと工夫しないとなりませんね。
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00db5ed8.jpg さきほど8時10分頃、私の部屋に義母がやってきて、お金が必要だといいます。私の妻に渡すのだといいます。そんなこと、一言も聞いていないというと、お金が必要だが、それは妻に渡すためで、だから妻から手渡ししてもらわないと困るというという変なことで、少し判ったのか、今度はガス会社が取りに来ているから、払わないとならないといいます。でもこれまた自動振替で支払っていますから、現金なんか必要ありません。

 妻と電話で話したので判りましたが、義母はきょう山口の故郷へ帰る必要があると思っているらしいのです。だからお金がいると思っているようなのです。
 そして私が義母の部屋に行くと、もうガス代のことなど忘れています。でもお金がないと困るということだけは言っています。何に必要なのかは、説明できません。
 毎日毎日、こんな会話を何十回と続けています。

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c38f304b.jpg 今は義母をデイサービスに送る約40分くらい前です。この時間のすごし方が一番神経を使います。私は私の部屋の中にいるわけですが、ときどきリビングに行きます。やはり、義母が持っていく荷物が2つになっていました。もっていかなくてもいいものが、実に多く入っています。
 そして義母は、きょうもデイサービスに行くとは思っていません。さきほどは病院へ行くのだと思っていることがわかりました。また、山口の実家へ帰るとも思っています。故郷の家で誰かが亡くなって、その葬式に帰るのだといつも思い込んでいます。
 デイサービスのマイクロバスに乗る寸前に、違うところへ行くのだと判るようです。
 でも昨日のように、電源を切られたら大変です。でも、すべて電源の電気の色が見えるところはすべて隠しました。電話の番号は見えないようにしています。今朝は大丈夫のようです。
 いつも義母に、私の振る舞いは、少し冷たいのじゃないか、と思って、そのあと義母に心の中で謝っている私なのです。
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61124451.jpg 少し前に、私のパソコンのインターネットが突如つながらなくなりました。「あれまたお義母さんが切ったかな!」という思いで、リビングへ行きまして、調べますと、やはり電気が切られています。でも、電源は入っているはずなのですが、電気が点灯していません。それから継続しているモデム、ルーターも点灯していません。どうやら、そのさらに大元を切ったようです。そこは触れられないようにしてあるのですが、でも調べると、わざわざ電源をすべてはずしてありませす。
 少し怖いことには、電気ストーブも消えています。スイッチで消したのではなく、電源をはずしたことで消えていました。もう電話も使えなくなっています。
 困り果てました。でも義母に聴いても、少しも記憶していません。
 ちょっと、インターネットが接続できない(いや、自分のサイトだけは、自分のパソコン内からでも接続できるわけで、これでは判らないのです。他のサイトにつながないと判らないですね)というときは、すぐに調べないといけないですね。電話が使えない、ストーブが消えている、等々は大変なことになる怖れがあります。
 介護している私たちが十分注意するべきなのです。
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 わが家のおかあさん2008.09.30ナミちゃんから以下のコメントがありました。

1. Posted by なみんと    2008年09月30日 14:29
周さん〜お久しぶり。。
お義母様のことを皆さんで見守っていらっしゃるのですね。お義母様は御自分の家族のことをいつも思っているのですね。お優しい方だとおもいます。
周さんが・・みんなで助け合いましょうよ。。とおっしゃった様に私も同じように思います。

 いつもどうもありがとう。昨日は、9月8日に依頼していましたものが出来たという連絡が先週土曜日にありましたので、夕方池袋まで行ってきました。その帰りに、「千駄木『浅野』」で飲んできました。昨日の夕方は、妻が義母を迎えるので、私も自由になれるのです。
 なんだか、池袋もたくさんの人がいて、谷中もたくさんの人でした。
 義母はたしかに、自分の父、母、夫をいつも探しています。父と母はいつも夢に出てきているのでしょう。ただ現実に探されて、それを聞かれても困り果てます。28日には、自分の息子が、王子病院に入院していると思い込み、そこへ探しに行きまして、大変なことになりました。でもそんなとき、自分の存在の無力さを知らされるわけですが、それでもなんとか役にたてるのではないかと、必死になっている思いです。
 きょうは、妻がお休みしまして、義母を病院に連れていきます。なんだか、耳が聞こえづらくなっているので、それを直すのです(いえ、もう何度も行っているのです)。

   そして長女と二人の孫が来てくれます。そのことが、今ももう待ち遠しいです。

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 わが家のおかあさん2008.06.29ナミちゃんから次のコメントがありました。

1. Posted by なみんと    2008年06月30日 11:15
自分の故郷って格別な思いなのでしょうね。
家族で楽しく暮らしていても自分が小さかった時の時間はかけがえのない安心しきった心から癒される時間として懐かしいです。そんな思いを今度は自分の子ども達に与えたい。。周さんのお父様。。故郷が懐かしかったのでしょうね。それをあとから追いかけた周さんの優しい気持ちにも凄く共感します。私のおば(父の妹。。今89歳・)は時々電話をしてきては・・あ○○に帰りたい。。といって泣いています。私はそんなおばの思いを是非実現させてあげたいって本気でおもっているんですが。。連れてくる方が最近は大変になってしまったようです。残念です。おばは認知症状が数年前から出ています。
父が生きていた頃ははよ〜く埼玉からきていました。仲の良い兄妹でした。。それを見守る心の広い優しい母の存在も大きいでした。

 どうもありがとうございます。そうですね。私の父の場合は、「自分の故郷」というよりも、「自分の家」を長男の息子がどうしているかということが心配だったのでしょう。なにしろ、戦前から、その家とは離れて、戦後はとくに、日本中を遠く離れてくらしていたのですから。
 それで父の実家を継いでいる私の従兄が、実は世界的にアナログオーディオの収集家としては、世界に知られた人で、もう父に実家には、ものすごい機器がたくさんあります。昔のナチスなんかが出てくるニュース映画等で見る馬鹿でかい機器がいくつもあります。それをヨーロッパのこれまた収集家が情報を見つけて、購入に来るのですよ。私の従兄もまたヨーロッパ等に、そのことで行っています。まあ、私にはまったく興味のない世界です。そのことで、忙しい従兄を、私の父も見て、何故か安心したんじゃないかなあ。

 今は、私の義母も、自分の故郷へ帰って、自分の弟がちゃんとしているのを見れば、それで少しは気が晴れるんじゃないかなあ、と思っているのです。だから、私は義母を、私の妻と私とで、あるいは妻だけでも連れて行ってほしいと思っています。そしていっぱいデジカメでいくつものものを撮っておくのですよ。

 でもナミちゃんの叔母さんが埼玉県なら、まだ近いじゃないですか。私の母は、札幌だ、秋田だ、鹿児島だと大変でしたよ。秋田にいるときに(私の弟が生まれるときだろうけれど)、母親(私の祖母)が会いに来てくれていました。鹿児島に居るときに、母の父(私の祖父)が亡くなり、母が飛行機で行ったのを覚えています。
 母は昨年亡くなりましたが、その姉はまだ元気です。この私の伯母は、私の母と違って、ものすごい美人で、私が東大闘争で府中刑務所にいるときに面会に来てくれたものでした。私の母が80歳を過ぎても、いつも「姉ちゃん、姉ちゃん」と慕っていたのを思い出します。

 私の父は、84歳の自分の誕生日に亡くなりました。たぶん、自分で死ぬことを求めていました。自分が認知症みたいなものになることを一番嫌がっていたものでした。この父のことでも思い出すことが実にたくさんあります。

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db4d3ac1.jpg いつもなかなか適当な画像がないものです。毎日UPしています「わが家のおかあさん」は、印刷して「お便り帳」に載せていますので、いつものような手前勝手な画像というわけにはいかないだろうと私は思っています(もう充分に勝手だという声も聞こえますが)。
 もう私の部屋にあるいくつかの本(もう充分にいっぱいあります)をデジカメで撮って、その解説を少し書こうかなあ。
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f1ee76e3.jpg きょうは、私が義母をデイサービスに送る日で、私が義母と家で待っています。もうそろそろ、義母にそのこと(お迎えの電話があるから、用意しましょうね)を伝えようと(もちろん朝から何度もこのことは、「○○時くらいになったら」と伝えてはいます)、義母の部屋を開けると、そこには居ません。あれ、これは大変です。でも私の部屋の横を通るのですが、音が聞こえないことが多いのです。義母はこのごろ足は達者なので、外へ出てしまうことがあるのです。あわてて外へ出ようとしたときに、電話がなり、長女おはぎからです。「おばあちゃんが1階でうろうろしていて…………」ということで、7階のこの部屋まで連れてきてくれます。
 デイサービスから電話があって、ちゃんと私が連れ出しますと、管理人さんが声をかけてくれました。義母が路をうろうろ歩き出すので、心配して声をかけたら、偶然うちの娘がポコ汰と一緒に現れたのです。
 義母はけっして遠くへはいかないのですが、こうして一人で外へ出てしまうと大変なことです。私の母も、足が丈夫で、けっこう勝手に外を歩いてしまい、いつも義姉がそのあとを追いかけていたものです。
 これは私がいけないのです。この部屋に入ってパソコンを打っていると、他のことが見えなく、聞こえなくなってしまうことがあります。
 ちゃんと反省して、これからはきちんとやり抜きます。
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cd31432e.jpg 私はいつも、義母が通っています北区志茂の「わが家」のお便り帳には、私も私の撮ったデジカメの画像を載せています。それは、このブログにも載せている画像をプリンタで印刷して載せています。
 でも昨日も来てくれていた長女おはぎは、「いつもパパは関係ないことばかり書いている」といいます。「写真は、いつもそこらの道端で撮ったものか、飲み屋の関係のものを入れている」といいます。
 でもサ、いいじゃないのよ。こうして画像も入れるようになって、少しは私もよく読み書くようになったのです。
 大昔、私の二人の娘の保育園の「お便り帳」には、妻だけしか書いていませんでした。なんだか、私が書いてはいけないような思いだったのです。でもその当時も、私ももっと熱心にやるべきでした。
 だから、今こうして義母のお便り帳に、私がプリントした文章と画像を載せることは、少しはいいことかなあ、と思っています。
 もちろん、私の孫ポコ汰と、ポギョちゃんの保育園のお便り帳にも、私は文章も画像もいっぱい載せていきますよ。
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 私は わが家のおかあさん2007.12.06周の心 で次のように書きました。

私は4日にも飲んだお店で、そこのマスターのやっている介護の実態を思いだし、話しかけました。私の今の現状も話したのです(でも私はよっぱらいだから、何を話したかよく覚えていない)。
 でも、私は「俺もつらいんだ」とは決して話しませんが、「俺も毎日、こんなことだよ」というのは話します。それで相手の話もたくさん聞くのです。そして何故か、私は話をすべて覚えているのです。

 私は、私はよっぱらいだから、何を話したかよく覚えていない といいながら、何故か、私は話をすべて覚えているのです と言っています。これは矛盾じゃないか、というかひどい欺瞞じゃないかと思われる方がいるかと思います。
 でも私は普通の気持で書いてしまいました。
 少し解説というか、言い訳します。

 私はいつもあちこちでも飲んでいて、なおかつ毎日飲んでいます。そしてけっこうな量を飲んでいます。いや、今はそれほどは飲まないのですが、酒に弱くなったのに、でもけっこう腹いっぱい飲んでいて、いつも記憶がなくなります。
 だから、私は、どうしても言葉から出ることは本心だと思っているのですが、これからのずっとこのままなのかなあ?
 申し訳ありません。とにかく、いい雰囲気で飲むことを心掛けます。

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97f50695.jpg このUPの3つ前の わが家のおかあさん2007.04.12 で、このブログは3,300の書込みを超えました。でも考えてみれば、私が書いているわけですから、まあ、こんなものかなあ。
 このブログは2005年1月21日開設です。
 総アクセス数は、現在で284,916です。
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0101689a.jpg いやはや、朝はこのパソコンで印字するのも必死です。やることがいくつもあるからです。とくにプリンタ使うのは少し手間がかかります。でももし手書きで書くというと私は、何ヶ月かかってもできていないでしょう。いつも義母が帰るとき先生方を何度も振り返る姿が瞼にやきついています。
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 私の妻の母が、デイサービスを利用するようになって、そこの「お便り帳」(という名前がついているわけではありません)を読みまして、私たち夫婦も、それへのコメントを書くわけです。
 それで。私もいっそ、それをこのブログに書いていこうと思いつきました。
 思えば、私は妻のご両親に対して、義理の息子として、なにもまともなこと、をしてきていませんでした。いえいえ、それは私の両親に対してもそうです(そんなことを言い出すと、
私の家族に対してもそうなんです。いえ、あまり詳しく展開すると、私のひどさが露呈されるだけです)。
 それで、とにかく、この義理の両親への思いを書き記しますのに、この義母の「お便り帳」を引用させてもらいます。
 おそらく、長く書いていく中では、この「お便り帳」に書いた以外のことも書いて行きます。

 以上のように思っていましたが、やはり公開はさけてということで、では、私の書いたことのみならいいだろうということで、公開していきます。
 ただ、妻と私が書いているので、私のみの内容です。

 それから「周の心」というのは、この「お便り帳」に書いていることではありません。そのとき私が思いましたことです。

 なお、この題名の「わが家のおかあさん」というのは、義母が受けるデイサービスが「我が家」というところだからです。
 今朝もたった今、義母は出かけました。

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