将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:イナムラショウゾウ

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 昨日午後4時30分に王子駅で、圧倒的美女のKさんと待ち合わせていました。彼女と谷中を歩いて、根津の「海上海」にいくつもりだったのです。
 それで、でも私はいつも私はデジカメを持参しているのに撮らなかったことに気がつきました。私は本当に阿呆ですね。

 いえ、ずっと「ああ、俺は彼女を撮らなかったな。なんて馬鹿なんだ」と考えていて、昔私は赤坂の広告制作の会社にいて、毎日いくつもの広告制作物を作る中、彼女にも制作物のいくつかでモデルをやってもらったことを思い出していました。彼女は実に圧倒的な美人で、広告のプロのモデルさんといってもいいのです。
 でもでも、私はまた思い出しました。彼女を昔モデルに使っていたといっても、考えてみれば、彼女に報酬を支払っていなかったことです。私はその会社の制作のすべてのお金の仕切りをやっていました。モデル撮影も頻繁にやりましたが、モデル料は、一日撮影で5並び(55,555円ということ)から1並び(111、111円)くらいが多かったのです。でも思い出せば、この彼女には報酬を支払ったことがなかったなあ。彼女は私の会社の隣の会社で、英語を使う仕事をしていたのです。
08080920 昨日Kさんは、その頃のことを思い出していました。私はいつも、彼女の会社の隣の会議室で二日酔い(実は3日酔い、4日酔い)で寝ているのを、起こそうとしても、起きなかったことをです。でも私はあんまり記憶がないのですが。

 この彼女は、かなり健康的に焼けていまして、いつも日本人には見えないのです。それに彼女は英語はもう普通に話せます。もともとアメリカにいた娘なのです。

 でも王子駅前で、彼女が歩いてくるのを見て、私もまたはるかな昔を思い出していました。たしか、この同じ場所で彼女と同じように美しい女性を待っていたことを。あれは、1969年の8月22日か23日でしたね。前々日に府中刑務所を保釈で出た私は、色の白い綺麗な女性を待っていたものでした。

 さて、でも現実の昨日は、Kさんと会いまして、それから電車に乗って日暮里駅谷中口で降りました。そしてイナムラショウゾウの店に行きました。Kさんは、チョコレートはとっても好きだということでした。私のように、本気でチョコレートを口にできないものもいますからね。私はここの「谷中」というチョコレートが好きです。いえ、谷中の夕焼けだんだんの感じで作ってあるチョコレートなのです。
 この他、「ベルガモット、パレオー、ロッシュ、キャラメルバニラ、まっ茶」をプレゼントしました。

08080921 そのあと谷中を歩いて、よみせ通りに出て、アラスアラサンに行きました。私はまたハンカチを買いまして(いやいくら持っていても、この暑い夏は足りないのです)、Kさんには名刺入れ(だと思うんだ)をプレゼントしました。私はここで手に入れた名刺入れには、バンドエイドをいくつも入れています。いつ転んでもいいようにです。
 それからヘビ路を歩きまして、根津の海上海に到着しました。

 昨日の夕方美女と谷中を歩きました の2 へ

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 3日の我孫子の ケヤキウインドアンサンブル第5回定期演奏会 で、私は次女のブルータスに5日は、ママと長女おはぎの家族の3人と、谷中を歩いて、根津神社につつじを見に行くことをいいました。そうしましたら、ブルータスとナオキ君も来てくれることになり、午前10時20分に日暮里駅で待ち合わせました。
 でも当日になりまして、ブルータスからのケータイで、二人は車で王子まで来てくれました。まだ10時よりもかなり前でした。
 二人は、長女おはぎの家に行きます。私と妻も、義母をデイサービスに送ったあとすぐにおはぎの家に行きます。10時少しすぎです。もうポコ汰が二人のおばさんとおじさんが来てくれたことに喜んでいます。
 10時20分くらいに出発します。王子駅は、エレベーターがないので、ポコ汰の乗るベビーカーが大変なのです。北口からエスカレーターで行きます。このことは、早急に王子駅にエレベーターを設置してほしいものです。
 電車に乗ってすぐに日暮里駅です。ただし、京浜東北線は、快速運転で、日暮里は止りませんから、田端駅で山の手線に乗り換えます。こんなときもベビーカーで少し大変です。
 それで、日暮里駅北口で降りて、谷中に向かいます。
 すぐに、ショコラティエイナムラショウゾウの店に向かいまして、このお店の中に入ります。娘にも二人の彼にも、ここのチョコレートは、予想よりも高額だったようです。この店で有名だというモンブランのことを聞きましたが、それはこの店から歩いて15分くらいの本店「パティシェイナムラショウゾウ」のほうにあるそうでした。
 ここで私はブルータスとその家族(お父さんとお母さん)にチョコレートを買いました。
 そこから谷中を歩きまして、夜店通りの千駄木「浅野」に向かいます。途中で階段のあるところがありまして、私がちゃんと認識していなかったので、羞しいことです。でもそこでは、おはぎママとブルータスに手を引かれて、ポコ汰はちゃんと階段を降りて行きました。
 階段を降りると、ポコ汰は、一人でトコトコ歩いて行きます。
 ちょうど11時少しすぎに、「浅野」に着きます。私たちは、全部で大人が6人で、あとポコ汰が一人です。奧の座敷にあがります。私の次女ブルータスのことを、女将さんは覚えていてくれました。ブルータスは、このお店の近くの汐見小に勤めていたことがあるのです(近いと言っても歩いて10分くらいかなあ)。
 それに、前にもこのお店に家族4人で来ていたことがありました。

   5月2日の谷中歩き(2004.05.31)

 そのときのことを、女将さんは覚えていてくれるのです。そのときは、4人だけでしたが(長女は結婚していましたが、この日は彼は仕事でした)、そのときから4年経ちまして、次女は結婚して、長女にはポコ汰という長男がいて、全部で私は家族7人になったのです。そしておはぎのお腹には、女の子ポニョちゃんがいます。二人の娘の彼は、私よりずっと背の高いいい男たちです。
 実はこの前日の4日に、私の後輩のS君が、このお店を夕方訪れていました。その報告をケータイメールでもらっていました。それで、その彼とのケータイメールのやりとりで、「浅野」が前日4日の日曜日は、昼は50人のお客さんが来てくれて、マスターたちは大変だったようです。今は河岸はお休みですから、前もってたくさん仕入れているわけですが、それでも大変なことです。以前から、昼はたくさんのお客さんが来ていましたが、とくに4月6日NHKテレビでの放映のあとは、実に大勢の方が昼に食事にお見えになるらしいのです。
 だから、大人6人の食事というと大変です。だから私は、前日の夜に、マスターに翌日5日は、6人で11時少しすぎにお店に伺うというケータイメールをしておいたものでした。
 私たちが座って、ビールを飲み出すと、すぐに6人のお客さんが来まして、私たちの隣に座ります。
 ポコ汰も、おはぎが用意していたお弁当を食べ出します。そしてもうポコ汰は、パパママとじいじ、ばあばと、ブルータスおばちゃんとナオキおじちゃんがいるので、実に嬉しそうです。ポコ汰は笑顔で、歩き回ってもいます。

 そんなうちに、私たちは食事を終えて、店を出ました。もう何人ものお客さんが店の中を見ていたことに私はきずいていました。大勢の方が、谷中千駄木を歩いていて、昼食の時間なのです。けっこう私よりも年上の方が多いのを見かけていました。
 思えば、こんな谷中千駄木は、実に身近なところで、歩くと愉しいし、こうした浅野のようなお店で食事できるのも愉しいことですね。

 5月5日に谷中千駄木根津を歩きました の2 へ

36d18a2b.jpg どうしても、一日この家にいると、「私は早く家に帰らなくちゃいけない」と考えるようです。ときどき私は困ってしまっています。
 29日の義母の帰りの際に、写真の「イナムラショウゾウ」のチョコレートが美味しそうだとおっしゃっていただきました。また買ってこようと思ったものです。日暮里駅から谷中に向かう路にある「夕焼けだんだん」に似せたチョコレートが上の一番左のもののようです。ついている金粉が夕方の太陽のようです。きょうの写真は、その29日に長女夫妻が舞浜のホテルオークラからのお土産の持ってきてくれたバームクーヘンです。(05/01)

6c7ca796.jpg「餃子作り」をしている義母の姿を見まして、嬉しい思いです。こうして一日を過ごすことができることが一番いいことだなあ、と思っています。
 きょうの写真は、4月25日に買いました日暮里駅谷中口を降りた谷中墓地の中にある「ショコラティエイナムラショウゾウ」という店のチョコレートです。義母も食べてくれました。(04/29)

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