将門Web

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Tag:ウィスキー

12092405 藤田典さんの「ダダさんの掲示板」で、このUPがありました。

ウィスキーは 投稿者:管理人  投稿日:2012年 9月24日(月)06時56分23秒
  十代の後半になって、サントリーが「レッド」、ニッカが「黒ラベル」を発売して、そのコマーシャルがテレビで流れて、知ったものでした。若者たちは、皆、お金がありませんから、集まると、レッドの大瓶を一本買って、それをコーラで割って飲んでいたように思います。社会人になってからは、水割りで飲む事が多かったかなぁ。その頃は、サントリーの新しい中級品?(名前を忘れました)が発売され、人気もあったような記憶があります。瓶の形に特徴があったと思うのですが…。

 私は一貫として日本酒が好きでした。だからアパートではいつも一升瓶がありました。私はそもそも部屋で洋酒を飲むことはないものでした。ゴールデン街で飲むようになってから、ウィスキーも知るようになりました。あれは1970年台後半かなあ。
 私はゴールデン街の『吐夢』と『ひしょう』で飲むようになりました(他にも親しい飲み屋はありましたが、今は存在しません)。ただし、私は『吐夢』にボトルで入れていたのは、50度の『ストロヴァイアン』(ウォトカ)です。実によく飲みましたね。
 この『吐夢』では、みな角瓶のボトルを入れていました。他の店は白(シロと言っていた)が多かったかな。私はここの街へ来る流しの人とも親しくなったものです。私が軍歌を詳しく歌えるので、最初は不思儀だったようですが、それが当たり前になりました。
 それに私が必ず詩吟をやるので、それにアコーディオンで演奏をつけてくれた方(この方は先年亡くなりました。息子さんが私にメールをくれたものです)がいます。横浜の野毛でも演奏している方で、私も横浜でも会いたかったものです。
12092409 いえ流しの方では他にも親しい方がいまして、必ず私の軍歌には伴奏をつけてくれ、そして必ず詩吟もやったものです(私は詩吟はいつも同じ一吟だけにしていました。いやもっとできるのですが、みんなあきちゃうでしょう)。
 懐かしく、いくつものことを思い出します。

7dd4144f.jpg 薬が飲めなかったら仕方ありません。いつもご面倒をおかけしていますね。
 グーグルのケータイがこの日本でも出てきます。もうすべてが様変わりしましたね。その前の布石としてグーグル日本語変換が無償で提供されています。私も今それで書いているのです。もう今はこれで何もかも常に単語登録しているところです。登録が進めば、速く便利に打てるばかりです。
 写真は昨日そちらへ行くときに撮りましたウィスキーの空き瓶です。あ、こんなに飲む人がいるんだ。私は日本酒、ウォトカ、泡盛が好きですがもちろんウィスキーも飲みます。ただし、どれも水や氷を入れると飲めません。(01/21)

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