将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:ウィンドサーフィン

A13040109  この画像は「あまちゃん」の関係で、インターネット上で「あまちゃん 画像」と入れてあったものです。私はこれを見て、昔母の実家私は生まれた家のすぐそばの茨城県藤代市佐貫の牛久沼を思い出しました。
  ここは子ども心にも、恐ろしげに見えていた沼なのですが、私が35歳くらいのときから、ウィンドサーフィン(ボードセーリング)が盛んになっていきました。
 私はそれを聞いたときに、「えっ、あんなところで、・・・河童が出たらどうするんだ」と思っていましたが、口から声に出すのは止めたものです。
 そんなことを言ったら笑われるよね。でも私は真剣に思っていたのでした。

13040604 この写真は、鎌倉長谷寺の弁天窟です。長谷寺はいつも思い出し、寄ることが多いのですが、この弁天窟は今まで二度しか入ったことがありません。最初は大学6年のときで、次は今から5年くらい前です。
 この写真の解説には、次のようにあるのですが、

 窟内壁面には弁財天とその眷属である十六童子が彫られています。

 ただこの中を歩いた記憶が甦るだけです。他の寺院でも「ああ、鎌倉長谷寺の弁天窟に似ているな」と感じたことがあります。長谷寺は広いので、けっこう歩いていましたね。海のウィンドサーフィンを見ながらレストラン(長谷寺の中にレストランがあります)で飲んでいたこともあるなあ。
 また孫を連れて歩きたいものです。この弁天窟の中も歩きますよ。

201708140112090908 私の『周の雑読備忘録「小阪修平『思想としての全共闘世代』」の2へ「当時の芝浦生」さんよりコメント』にさらに次のコメントがありました。もう今度この『「当時の芝浦生より」よりのコメント』で行きます。いえ別にそのまま書こうが、私は面倒ではないのですが(コピーするだけですから)、もう短いほうがいいでしょう。
小阪修平さんにはいわば関係ないのですから。いや小阪さんも、この芝浦工大事件は、救待で私たちは随分お世話いただいたのですが、直接は関係ないといえるかと判断したのですね。

1. Posted by 当時の芝浦生より   2012年09月08日 23:31
周さんからレスは思ってもみませんでしたので、いただき嬉しかったです。62歳です。
時計台の死守みたいに1日以上は絶対もたせるとの要塞建設班長でした。1971年9月の成田第2次代執行の駒井野メイン塔の最上段BOXにいました。1年生もんが同盟員になりました。東大闘争時点では社青同国際派?の旗の赤ヘル組織に入りました。目の前の今あるテーマに向いどうしていく。。このことを自己に問い合わせ、決断し篭りました。なので同じように篭られた周さんを尊敬しますよ。キャンパス内では大人気なようでしたね。埼玉大の今井隊長さんかもですね。
狂おしく悩ましく・『前進』編集局員の事件録 のブログを読みました。

バリケードの破壊は凄まじかった。

この文は印象的です。「10.8」時には内ゲバもあったこととか。。組織として発芽が既にありましたようですね。
また周さんの「事件」ではなくて事故だったとのこともです。
また、別日になりますが、他のレスにも私から再コメントさせてください。

私はこの「狂おしく悩ましく」が書いているように(あ、私は彼のところ旧東京拘置所へ面会に行きましたよ。手紙もやりとりました)、反戦連合とかいう部分のNという人間とは、その後付き合いがあり(私の結婚式にも彼は出ています)、でもその後、左翼運動とは無縁のウィンドサーフィン(ボードセーリング)のことで、大掛かりな争いになり、もう袂を割ってからもう28年になるでしょうか。
もう彼とはこのパソコンのことでも大きないさかい(まだインターネットということは存在しなかったものです)になり、でももはや、彼はこのパソコンでもインターネットでも無縁の存在でしょう。
あ、私はずっとパソコン通信でもパソコン自作でもホームページでもインターネットでもずっとやり続けていますよ。私は世界で一番UPを続けているサイトです(内容ではなく、内容がいいわけではなく、ただUPし続けているだけです)とにかく、UPし続けているのです。あ、それにパソコンとインターネットだけではなく、詩吟もずっとやり続けていますよ。いつもどこかで詠っています。
思うけれど、いわゆる新左翼もみなひどいけれど、いわゆる新右翼とかいうのもダメですね。なんだか昔の馬鹿な新左翼そっくりですよ。
12090909 でも詩吟もね、今の私の娘ブルータスの友だち(もう今は30代ですが)に。真顔で「シギンって何ですか?」と言われたときは(今からたしか7年前)、もう私は死ぬほど驚きました。
いや、いっぱいありますよ。ウィンドサーフィンだけではなく、サーフィンのことでも、出版のことでも会計経理税務のことでも、いや鎌倉を歩くことでもたくさんのことがありますね。

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12083006 藤田典さんの「ダダさんの掲示板」での、昨日のUPが以下なのです。

この神社は 投稿者:管理人  投稿日:2012年 8月30日(木)09時10分28秒
  水際に建てられていますから、きっと航海や漁業の神様が祀られているのでしょう。

関西地方では、子供たちの成長を見守ってくれる、お地蔵様の祭りが、夏を締めくくる行事として各地区で行われます。それを、一般的に「地蔵盆」と呼んでいます。

「ふーん、そうなんだ」と感心して読みました。そんなお祭りはいいですね。ものすごく私は好きになれます。この写真は長野県の「宇賀神社の一の鳥居」ということなのです。 ここに掲げる写真も同じく長野県で撮られたものです。

 私はこのボードセーリング(ウィンドサーフィン)は実際にやったことがあります。ただし、海でしたね。ただ今はそんなに盛んじゃないような感じで残念です。サーフィンと比較すると、お金がかかりすぎるのかなあ。ただし、サーフィンは実際にはかなり体力がいりますが、ウィンドサーフィンはそれほど激しいスポーツではありません。その頃鎌倉で知り合ったウィンドサーファーが、小学・中学と体育は通知表が評価はずっと「2」だったが、それで体育運動はダメだと思ってきたが、このウィンドサーフィンをやってものすごく海が、水が好きになったといいいます。
12083007 サーフィンを実際にやる女性は少ないのですが(競技人口は驚くほど少ない。でもファッションは別です)、ウィンドサーフィンはものすごく多いです。ただし、お金はかかります。そもそも車がないと、海へいけません。ただし、海辺でウィンドサーフィンボードを預かる商売もあります。

11080901  テレビでこの真夏でもジャンプをやっている光景を見せてくれます。私が昭和30年の小学校一年の冬札幌のスキー場(といっても5月以降はたぶんなにかの畑になるのでしょうが)で、私も元気にスキーはやりましたが、ジャンプはできなかったな。でも小学一年だから、やっちゃいけないのに学友のなかには、何人もがやっていたな。 私たちが許されたのは、デコ(デコボコのところ)をこえることでした。
  でもこのときの経験が、30歳を過ぎて、ウィンドサーフィンをするときに簡単にとりかかれたものでした。

  今「おひさま」で帰還兵が店に入ってきて、そのシーンで私はもう涙になっています。私の父も昭和22年の秋に帰還できたのです。私が生まれたのは昭和23年5月30日です。
  子どもを抱くと、その赤ちゃんの身体の感じが私は大好きです。

05fdb1a4.jpg ここにUPした写真とバナーを私のこのブログのサイドバーに置きました。
 この歯科医院は私と同じ王子の豊島1丁目にあります。私は前々からインターネットでホームページを拝見していました。ホームページには院長のボードセーリング(ウィンドサーフィン)する姿の写真があるので、それでずっと前から関心を持ってきていました。
 それで、ホームページにある写真とバナーを組み合わせて、私が勝手にバナーを作り、この私のブログのサイドバーに置きました。それがここに上げたものです。
   http://www.moriya-dc.com/ もりや歯科医院

 きょう初めて診察してもらいに行きました。明日も行きます。たぶん、私の妻も行くことになるでしょう。
 私がよく行きますセブンイレブンの2Fにあります。

06071403 GIGAZINEこのニュース がありました。

 通常のサーフィンだと、波の上をサーフボードの底面で滑るわけですが、これはボードが波のさらに上を滑ります。海面から垂直に付きだした妙な棒の上に乗った板が進んでいるように見えます。(2006.07.10)

 これだけだと、何のことか訳が判りませんね。それで

 一体何を言っているのか分からないと思うので、下記のムービーを見てみましょう

ということで、このムービーを見まして、実に驚きました。これはすごいです。ぜひ見てみてください。

 私はサーフィンというのは一度もやったことはありません。なんだか、かなり体力がいりそうで、とても無理だという思いが最初からしていました。
 でも、ボードセ−リング(ウィンドサーフィン)はもう何度もやってみたものです。これは昔から体育の苦手な私でしたが、最初に「これはできるんじゃないかな」という思いを抱いたものでしたが、それは当たっていました。それはボードセーリングにスキーと同じ感覚を最初に抱いたからです。私は札幌に住んでいましたから、スキーは何度も愉しくやってきた思い出があるのです。
 だから、このウィンドサーフィンは、スキーと同じ感覚を抱いたものでした。
 鎌倉の海でやっていたときに、近くでやっていた私より若い人が、実は、小学校のときから、体育は通知表で2までしかとったことがなくて、体育は俺は苦手なんだと思い込んでいたが、このウィンドサーフィンは、実によく自分にあっていて、大変に嬉しいと言っていたのを思い出します。私もそれは、実によく判る感じでした。

 でも、今日本ではボードセーリングは、メジャーなスポーツにはなりませんでしたね。それに比べてサーフィンは、実にメジャーなスポーツになっています。

 あ、そうだ、まずはここまででUPします。このあと私が言いたいことがいくつもあるのですが、少々話が飛躍してしまいます。それはまた別に書いていきましょう。

 このムービーを見て、どんどんスポーツの世界も変化していくことを、実に驚きの目で見ていたものでした。

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