将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:カメラ

12092410 藤田典さんの「ダダさんの掲示板」で、このUPがありました。

カメラは、二十歳前から 投稿者:管理人  投稿日:2012年 9月24日(月)08時30分35秒
  もう四十年以上も使ってきました。デジタルに変えたのが、十年ほど前です。以前のフィルム式のことを思えば、随分と便利になったものです。プリンタがあれば、好きな画像を自分で印刷も出来ますから、いちいち昔の様に写真屋さんに頼む必要もありません。ただ、複雑な部品が多く入っている正に「機械」そのものですから、一度故障してしまうと、専門家でないと治せませんね。修理の持ち込みができる店舗も、ごく限られているようです。

 私がカメラに親しんだのは、赤坂の会社で「ゼネラルプロジューサー」という名刺(もちろん欧文で)の時だったと思います。だから30歳の時かな。ちょうど結婚をしたときでしたね。キャノンの一眼レフでした。とても高額でしたね。そして数年後にも同じアナログのキャノンのカメラでした。
 でもその後、たしか1992年頃、デジカメを持ちました。まず、これは大きくないので、いつも持つようにしました。それでどこでも撮るようにしました。もうパソコンシオップの値段から撮りました。私は私が手でメモするよりも、デジカメでやっていたのです。もちろん、私は手でもメモしていましたよ。ゴールデン街の飲み屋でママさんから、「萩原さんって、メモ魔なのね」と言われたことがあります。今も、「何で俺は手で字を書いてメモしているのかなあ」とつくづく思います。字を手で書くのは嫌いなはずなのです。
 でもデジカメにしたら、もうこれは手放せないものになりました。どこでもこれで12092411メモしています。私は常時IS01を持っていますから、飲み屋等々でも、これでブログをUPすることが多々あります。もうデジカメはほぼ意識することはありませんね。どこか飲み屋でも歩いていても、すぐに画像を映しているだけです。
 もう手でメモすることとデジカメでメモすることは、私にはもう必然のことになりました。

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 7月8日、千駄木「浅野」に午後7時少し前に入りました。そうしましたら、ときどきここでお会いする神谷悦彦さんにお会いしました。
 彼は、彼の写真が、彼の住む町の法人会の表紙に使われたということで、その号を持ってきてくれていました。
 彼のホームページは以下です。

 http://homepage3.nifty.com/etsuhiko-kamiya/ 神谷悦彦のマイフォトサロン

 この中の 北川辺町の鬼バス にある二つの写真のうち

 この葉っぱの形が、昔コンピューターゲームではやった「パックマン」に似ていませんか?

と書いているほうの写真が、この表紙に使われていたものでした。
 それを私が勝手に、ここの写真に載せました。次回会ったときに、お断りします。

 でもいい写真ですね。なんだかとっても羨ましくなります。あ、カメラは何を使っているんだっけ。何台か持っていたのでしたかね。

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