将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:クリスマスプレゼント

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 昨日のクリスマスイブのことを書きます。15122404
2015/12/24 06:28もう将門Webで今日24日の「周のポメラ」はUPしました。
2015/12/24 07:21血圧を計りました。
  12・24 07:16最高血圧161
             最低血圧 98
             呼吸   70 
 今日血圧計を購入しましょう。今計っているような大きなものでなく、もっと小型で私のリックに入れられるものです。
2015/12/24 15:33今リビングに帰ってきました。非常に忙しい思いです。

2015/12/25 05:38昨日はクリスマスプレゼントを持って、おはぎの家の3人、ポコ汰・ポニョ・ポポのところへ行きました。すぐにばあばも来てくれてまたプレゼント(ばあばは洋服等々)を持って来てくれたのです。
 上は私が3人にプレゼントしたものの一部ですが(これもばあばが選んだもの)、もう3人とも喜んでくれました。
 私はじゅににも贈ったのでしたが、それはインターネット上の画像しか出せません。本物はじゅにのそばにあります。王子ばあばは19時30分から愛接骨院でしたから、帰りまして私は20時になりましたら、ミツ君が車で私を送ってくれました。
 3人が喜んでもういっぱいのこと(プレゼントされたものを作ったりいろいろで忙しい)をしていました。
 3人は今朝はサンタクロースからのプレゼントを見て、また喜んでいるでしょう。
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 昨日行くときにタクシーの運転手さんとこのクリスマスプレゼントのことを話しました。昭和27年に秋田のデパートが実際にサンタクロースが来てくれたことをです。彼のお父さんは昭和2年の生まれだったので、一度もそんなクリスマスなんてやってくれたことがないと言っていました。私の父は大正2年生まれで実際に中国・仏印・シンガポール・タイ・ビルマ・スマトラと中国軍・英蘭軍と戦ったわけですが、昭和一けたはつらいよな。私は「ちびまるこちゃん」の父親(この父親ヒロシは昭和一けたの生まれです)を思い出していました。
 サンタクロースはキリスト教が生まれた中東ではなく、フィンランドから来るのです。サンタニクラウスという作家が作ったのです。そもそも英国ではなく、アイルランドがこのクリスマスの起源です。だから米国の方がクリスマスをやるところなのです。英国は米国と実際に戦争をやっていますが、フランスとは自由の女神像を贈られて、実に仲がいいのです。
 そしてアイルランド人が差別される英国から去って新しい大地を見つけたのがアメリカなのです。それが米国という国になりました。
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こうして孫たちと過ごせて、もう私は幸せです。じゅにも嬉しいクリスマスイブを過ごしたものでしょう。


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 始めて19日20日21日分と3日分をUPします。

2014/12/19 05:39もう朝みんなが起きる時間ですね。
2014/12/19 17:50今日はBBS王子本店へ9時30分に行きました。そして1時間10分くらいで私の髪伐りは終わりました。来月は1月23日(金)に行きます。もう予約しました。14122016
2014/12/20 09:06今まごころ会保育園のクリスマスお誕生会に来ました。タクシーでうまく私が言えなく(「まごころ会」を別な言葉で言ってました)大変でした。この名前が言えないから住所を正確に言えないのです(私のケータイの名簿でも探せない)。
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2014/12/21 01:25昨日は結果としてこのポメラは書いていないのですね。しょうがない私です。
 クリスマスプレゼントを孫たちに贈ろうと思うのですが、プレゼントなかなか決められません。困ったものです。親しい友人たちや普段接している人にも贈ろうとしているのですが、けっこうプレゼントを選ぶのも大変なのです。
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2014/12/21 06:28こうしてまたフジテレビを見出しました。
 今時刻を訂正しました。
 けっこうこの時刻合わせが大変ですね。
 今は「はやく起きた朝は……」を見ているのですが、まだ礒野貴理子さんがまだお休みなのですね。そうなのだ。
 今森尾由美さんが始めた自分の子どもの小遣いの話はいいです。ものすごく参考になります。お年玉もあげるものなのだ。いくつまであげるものなのだろう。
 今松井直美さんのいう話も面白いです。
 面白いな。
2014/12/21 06:57次は「ボクらの時代」です。
 武田奈也・安藤美姫・中野友加里の三人がお話しています。

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 こうして3日分をUPするのは(19日分は前にUPしているし、今日21日はこのあとも書くかもしれません)始めてじゃないかなあ。

12122607 昨日26日にばあばと私が君津市の孫の保育園のクリスマス会へ行ってきました。浅田次郎「黒書院の六兵衛」(222)の下の写真が前日25日に東京駅のある店で手に入れたクリスマスプレゼントです。
12122610 じゅにはまだ小さい赤ちゃんですが、王子じいじと王子ばあばに会えて嬉しかったと思います。もうものすごく私も嬉しかったです。
 こうして会えるのは嬉しいです。君津ばあばにも会えました。君津じいじに会えなかった(お仕事でした)のは少し残念なので、今日お手紙を書きます。

 写真はそのクリスマス会を撮ったものと、そのときの小さなお帽子です。

X12122119 今日がクリスマスイブです。でも以下に書きましたように私のところは違うのです。

2012/12/24 06:17今日がクリスマスイブだ。でもとにかく、私のところは26日にじゅにのところに行くまでがクリスマスです。そのつもりでやって行きます。
 でも私が持っていくプレゼントはクリスマスプレゼントにはならないかなあ。ものすごく考えてしまいます。いやおはぎの三匹にも、ものすごく考え込んだのですね。でもみんな喜んでくれました。悩むものですね。
 みんないい子だからなあ。
2012/12/24 07:50さてもうテレビの前に来ました。今サンタクロースがフィンランドを出発したというニュースをやっていました。待っています。あ、待っているのは私の孫たちです。

 ポコ汰もポニョもポポもじゅにも待っています。じいじは26日にじゅにの家へ行きますよ。じいじはトロイから遅れるのは仕方ないのだ。

12122103   今京浜東北線です。秋葉原ヨドバシカメラへ行きます。
  いやキンドル日本語版が着いたのですが、私では皆目分からないから、なにか解説本を見にいくのです。
  もちろん私の孫他へのクリスマスプレゼントを手に入れにも行きます。
  いややることがいっぱいです。 もう大変ですね。

  そしておはぎの家に行きます。

12122203  私の三匹の保育園でのクリスマス会です。三匹をいっぱい見たものです。いいなあ、こうした保育園の行事は大好きです。こうしてクリスマスはいいですね。

   あのマタイ傳、マルコ傳のお話とは大きく違うことを感じます。さて、私はちゃんと四人の12122204孫へのクリスマスプレゼントを探せるかなあ。あとで探しに行きます。

12122105 どうしても朝起きるのが遅くなると慌ててしまいます。

2012/12/22 06:55昨日眠った時間が遅かったので、今日は5時5分に起きました。昨日は23時に眠りましたので、この頃はよく眠るようになりました。
 今NHKニュースで地震があと30年内で起きる可能性を明示してくれました。今そのニュースが続いています。
 どうしても昨日会いました三匹の孫を思い出します。もう私じいじではこうして孫のことばかり思い出しています。私が昨日おはぎの家を帰るときに、ケータイを忘れてしまっていたのですが、ポコ汰がすぐ「じいじがケータイ忘れている」と気がついて、ばあばに手渡してくれました。もう大変に嬉しいです。ありがたいです。私もすぐに気がついたのですが、戻ろうとも考えたのですが、「ああ、明日も行くからいいや」と思ったのですが、ちゃんと気がついてくれていたのです。今日ちゃんとお礼をします。
 今日はこの三匹の保育園でのクリスマス会へ行きまして、また一緒に過ごします。そのあとこの三匹とじゅにへのクリスマスプレゼントを探しに行きます。できたら最初のお店で見つかればいいなあ。
2012/12/22 07:26さて食事です。12122106

 今日はクリスマスプレゼントを探しに行きます。最初のお店はもう予定していますが、そのあとはまず銀座であの店いくつも、そしてそのあと新宿なんて考えています。そんなに歩かないで見つけたいな。もう私は年寄りです。
   上の下のものは越谷ばあばが作ってくれました。

X12112806 このことで、私は1958年の松竹の「五所平之助『蟻の街のマリア』」という映画を思い出します。私が小学4年生のときに、学校で行かされて見た映画じゃなかったかな。 北原怜子という実在の人物が通称「蟻の街」と言われた隅田川の言問橋周辺、現在の隅田公園の界隈(台東区側)にあった通称「蟻の町」で奉仕活動をしている話です。私には、この映画では飯田蝶子ふんする河津婆が亡くなった北原怜子のために涙を流すシーンです。彼女は、「私は法華教徒だから」とクリスマスなんか認めないのですが、でも北原怜子のやったことにはもう認めてしまうのです。
 クリスマスって、そういうことが大きいのです。はっきりいいまして、宗教はどうでもいいです。
 私はずっと孫たちに、クリスマスプレゼントをしていきます。私の両親も同じでした。どうしてもイエス・キリストの話は、『舊新約聖書』をよく読んでも(この聖書は私のすぐそばにあり、ときどき読んでいます)、面白くはありません。でもこのクリスマスにサンタクロースが子どもたちのところに来て、プレゼントをくれるのはとってもいいことです。
 私が書きましたように、このサンタクロースは今年も私の孫のところへ来てくれるのです。

11122412 今は蘇我駅です。11時37分です。11時45分発のバスで医院へ行きます。

 私はじゅにへのクリスマスプレゼントをいくつか持っています。三つ持っていくのです。ばあばと私とミツ君のママです。

  私は眠っていました。それで蘇我で気がついたのです。 もうすぐ着きます。じゅにに会えるのです。

  今は15時19分です。今は部屋の外にいます。ブルータスが帰ってきてくれたのです。
  今は15時58分です。帰りの蘇我駅です。

 これは16時ちょうどにUPしていました。

11122211 この日もこうしてじゅにとブルータスに会いに行きました。

2011/12/22 13:06ここ(このじゅにのいる部屋)へ着いたのが13時くらいです。出発が10時20分ですから、2時間40分かかりました。いつもなら、12時35分くらいに到着なのですが。
2011/12/22 13:17今ウンチを出してきました。
 どうしてもこの「周のポメラ」と「周のIS01ブログ」は同じ日を扱っていても、電車の中等々とじゅにのベッドのすぐそばでは大きく違うのですね。
 同じ医院Aさんが今月の末にに退院だということです。嬉しいです。おめでとうございます。少し寂しいけれど、でも嬉しいことです。
 私の孫じゅににも、その日が早く来てほしいです。
 今はじゅにのそばは私だけがいます。ブルータスは今食事に行きました。
2011/12/22 13:44今こうしてここにいますとさまざまなことを思い出しています。じゅにが最初府中の多摩医療総合センタ−へ入ったときに、最初妻と行った時・・・(今から食事に行きます)
2011/12/22 14:49上に少し書きました府中での医院も思い出深いものです。
 私が最初京王線の武蔵野台から、タクシーで行ったとき(なにしろ私も妻もこの医院をよく知りませんでした。それで大きな府中刑務所を回るようにタクシーが走ったとき、私は昔を懐かしく思い出していたものでした。なにしろ私は府中刑務所は中は知っていましたが、外観ははじめてのことだったのです。
 でももうそれは7カ月も昔のことなのですね。
2011/12/22 15:06今じゅににはブルータスママが歯磨きの練習をさせようとしています。
2011/12/22 15:38今じゅにはブルータスママと向き合っています。明日は、じいじはどうしようかなあ。孫たちへのクリスマスプレゼントもどこかで選ばないとならないのです。24日イブが土曜日だから、明日からどういうふうにするか、今日ばあばと話して、ブルータスにメールします。
 孫が四人いることは、ものすごく嬉しいことなわけですが、クリスマスプレゼントは考えちゃいますね。
 それにまだいいのでしょうが、お年玉の考えないとならないのだなあ。そのときは刻々と迫っているのですね。でもそれはじいじとして嬉しいことなわけですね。
 とにかくじいじとして懸命にやっていきましょう。

 このクリスマスプレゼントのことを真剣に悩みます。

1112082111120822 私は毎年、私のクライアントや神田会や私が通う飲み屋等々の女性に、クリスマスプレゼントをあげています。ちょうど5、6百円のものを探して、一応娘や妻に見てもらってから、「ああ、これならいいんじゃない」ということで、配っています。もう15年くらい続けています。今年は80個配りました。
 このプレゼントを何にするのかというのに、大変に苦労します。もうけっこう長年配っていると、それこそ今年は何にしようかというのに頭を悩ましてしまうのです。娘や妻もよく「今年はこれにしたら」とアドバイスをくれます。
 ところで、今年は「星の王子さま」のタオルハンカチにしました。全部で6種類のハンカチでした。だから、もらった人により絵柄が違います。実に可愛い絵柄で、誰も喜んでもらえました。私は最初これを娘たちに見てもらった夜に、サン=デクジュペリの「星の王子さま」を読み返してみました。
 サン=デクジュペリは、「夜間飛行」とか「戦う操縦士」などという小説を読むよりも、やはりこの「星の王子さま」が一番いいですね。ナチスとの戦闘で、今もコートダジュールの海に沈んでいるサンテックスのことを思います。王子さまのいる星へ行ったのではなく、海に沈んでしまったんだよなんて思ってしまうのですね。
 23日に私の知り合いの女性の結婚式がありました。そこに私の関係の会社の何人かの女性が来るので、このクリスマスプレゼントも用意していきました。結婚した彼女はお色直しが2回で、実にとても綺麗でした。でもでも、この女性はとても頑張り屋なのです。なんだか、披露宴の途中で、彼女の頑張りのけなげさに涙がなんども出てきてしまいました。彼女は結婚しても、必ず何者かに向かって雄々しく闘っていくような姿勢をおおいに感じます。私にはそれがサンテックスの姿にも思えて、なんだかやるせなかったものです。
 サンテックスが恋した女性は、サンテックスが小説で成功したのに、なんでその小説家の道を進まないで、あえてなんでまた操縦士になるのだという不満をサンテックスに述べています。「でも僕は眠れないんだ」と言い放つサンテックスの姿を想像してしまいます。彼はやはりナチスが許せなかったのだろうなと思います。
 彼は結局、星の王子さまとも別れて、ナチスとの戦闘に入ります。そして永遠に海に沈んでしまいました。このごろやっと、彼の乗っていた飛行機がコートダジュール沖に発見されました。それまでは、彼の死そのものは確認されていなかったのです。だが彼の遺族の希望で、この機体の引き上げも、遺体の捜索もしないそうです。
 サンテックスはどうして、もっと気楽に生きれなかったのかなと思います。砂漠で星の王子さまと会えたときが、彼にとってわずかに愉しい思いでだったのでしょうか。
 今年のクリスマスプレゼントを配りながら、こんなことばかり考えていました。

11120102 16日にデジカメを買いました。富士フィルムの「FinePix1700Z」です。これで年賀状用の写真を撮ります。前々から、長女のおはぎが自分のホームページ上に自分の描いた絵や作った造作を載せたいということで、せがまれていました(それからスキャナも欲しいと言われているんだけれど)。これでどうやらなんとかなるでしょう。
 もう年末になりますね。なんだかせわしいことです。そういえば、クリスマスもありますね。毎年私のクライアントの女性社員役員と、よく行きます飲み屋のママや女性にクリスマスプレゼントをあげているのですが、今年ももう迫ってきました。何にしようかまだ決っていません。早く決めないと、夜配って歩くのがきつくなるんだよな。どうしましょうかね。(1999/12/18 19:47:54)

11090705  Saturday, December 25, 2004 12:41 AM
わっかりませーん。

 申し訳ないのですが、私はこの雑誌は手にしたこともありません。大嫌いです。休刊したのなら、「よかったな」という思いですよ。昔左翼であったことは、それはそれでいいですが、今もその思いをそのままにして続けていたのが、あの雑誌じゃないかな。私は絶対に認めないです。

 これってそのまま先生のことじゃないんですかー?!それでなくてどうして母校で三十年もひだりなんていう酒場を出していらっしゃるんですかー!?

こんなのは、まったく認めません。まあ、その人の勝手ですが。そもそも私は「酒を飲むために生きている」

 これも理解できません。今たまたまそうなってしまっただけで若いときにはそんなことは思っていらっしゃらなかたのでは?

 私も人にプレゼントをするのは好きです。でも先立つものがないんです。それで五百円くらいで喜ばれそうなものに知恵を絞るのはとても難しいです。あるいは手作りのただのものとか。とにかく最小の投資で最大の効果を狙います。先生には最近見つけたmidiファイルを送ります。internet explorerのファイルメニューで読み込めます。あーでもクイックタイムのプラグインが入ってないとだめか。うちのメディアプレーヤーでは開かなかったんですけど、バージョンが上なら改善してるかも。とにかく何かmidiファイルが開けるフリーソフトなどで開いてください。クイックタイムプレーヤーはアップルのサイトからダウンロードできます。これで趣味があわなかったらお互い不幸に鳴るんですけど、笑って許してください。
 大事なこと忘れてました。メールは使ってください。

   Saturday, December 25, 2004 7:23 AM
Re: わっかりませーん。

これってそのまま先生のことじゃないんですかー?!それでなくてどうして母校で三十年もひだりなんていう酒場を出していらっしゃるんですかー!?

 ああ、そう思われても仕方ないよな、なんて思う気持もあります。私の同世代(というのは、私の同学年と1年下及び1、2年上の学年の活動家)には、

  あいついつまでやっているんだ

という視線を受けていたことが随分あります。とくに2年、3年下の活動家の救待をやっていて、警察と渡りあったり、その逮捕起訴された活動家の親なんかと連絡を取り合ったりしているときに、そうした視線をよく感じました。でもその後輩の活動家の、そのまた下のそのずっと下の活動家ともつき合っていると、これまた、「もう仕方ないな、あいつは」という視線にもなってきたものです。
 でもね、「ひだり」という飲み屋に関していいますと、私は最初から以下のように言っていたのですよ。

  ひだりは、もちろん「左翼」の意味だが、今年はそれでいいが、
  来年は「極左」という名前にして、その次は「転向」、その翌年
  は「極右」とい店名にしよう。そして、その次くらいは、「一般
  市民」にするか。

 これが私の店名に関する主張だったのですが、でも何しろ後輩たちは、面倒くさがりやですから、かつ「毎年店の名前を換えるのは、店としてよくない」ということらしくて、ずっと「暴力酒場ひだり」なんです。さらに、ここ10年くらいは、「暴力酒場」もはぶいてありますね。はぶかないのは、私くらいです。
 私はもう、ずっと左翼なんて気持は最初からないですよ。いやむしろ私は、転向できない奴ほど駄目だと思っています。マルクスだって、初期マルクスから、後期マルクス資本論に至ったときに、転向したのですよ。ただし、今でも左翼でありたいという気持は持っていますよ。
 まあ、なんというかな、私はけっこう保守的でね、昔からの習慣を変えられないことくらいのことなんですよ。私は1967年の12月15日に、北浦和駅前から、埼大の今の校舎までの、西武鉄道と国際興業のバスが20円から30円に値上がりしたときから、バス代値上げ阻止運動で、乗車拒否をやりはじめまして、その闘争が敗北して終ったのちも、ずっと乗車拒否だけは続けています。今は、この「むつめ祭」のときしか埼大には行きませんし、私がむつめ祭から帰るときに、ただ歩きだしてそのまま歩いていると、私のずっと下の下の後輩から、「あれ、なんで歩いているのですか?」なんて聞かれます。私はもう説明もしません。私はただただ、保守的で、昔からのことを変えられないだけなのです。

これも理解できません。今たまたまそうなってしまっただけで若いときにはそんなことは思っていらっしゃらなかたのでは?

 いえ、私は椎名誠さんのグループのように、ずっと酒ばかり飲んでいました。ただ、運動で逮捕起訴されると、まったく酒とは無縁になりますから、少しは健全だったかな。
 それとね、私の酒の飲み方が異常すぎるというので、私が30歳のときに、熱心に忠告してくれた方がいます。彼がいうのには、

  もう身体が壊れているから、ちょっと酒止めてみな。そうする
  と身体のおかしなところが表面に出てくるから。

 彼は、「こうは言っても、どうせ酒はやめないだろう」と思っていたようです。でも私は、その頃、本当に肝臓が痛い感じがあったものですから、「ちょっと酒やめて、身体の具合を見てみるか」という思いで、断酒しました。
 これを丸2カ月続けました。外でも、自宅でも一滴の酒も飲みませんでした。言われた通りに、身体に何かが出てくるかなと思っていたのですが、全然何もありません。「なんだ、俺は健全なんだ」と思いまして、その後再び酒びたりの生活に戻りました。

私も人にプレゼントをするのは好きです。でも先立つものがないんです。それで五百円くらいで喜ばれそうなものに知恵を絞るのはとても難しいです。

 たしかにそうですね。私は1984年のクリスマスから、ちょうど500円くらいのものを、私のクライアントの女性社員・役員、私のよく行く飲み屋の女性店員・女性店主に配り出しました。それが2001年まで続きました。最後の5年くらいは、全部で70個くらい配りました。
 それが、以下に書きましたように、

  今年のクリスマスプレゼントを配らなかったこと(2002.12.30)

2002年も2003年も、何も配らなくなりました。でも今年は、いろいろとまた思うところがありまして、

  2004/12/25(土) 昨日のプレゼント

また再開しました。ただし、もう24日のイブの日だけですから、数も大変に少ないです。
 でもとにかく、みなさん誰も喜んでいただいて、私こそが嬉しいです。

先生には最近見つけたmidiファイルを送ります。

 ありがとう。今もお聞きしましたよ。メディアプレーヤーで聞きました。ええとどういう曲なのかはよく判らないですが、私も好きですよ。

これで趣味があわなかったら

 私も詩吟と軍歌ばかりではないのですよ。今また聞いていますが、こういうのはどこで捜すのかしら。今メディア・プレイヤーの履歴みましたら、以前に聞いたのに「歩兵の本領」がありました。

  歩兵の本領

 これまた私のよく唄う歌です。
 メールをありがとう。萩原周二
(第229号 2005.01.03)

11040709 先週の24日に私は会社に泊まって仕事をしていました。ふと仕事の手を休めたときに、クリスマスイブだったことを思い出しました。私は過去20年に渡って、私が自分のクライアントやお世話になった方々、いつもいきます飲み屋等々のすべての女性のみにクリスマスプレゼントを贈っていたのに、今年は何もしなかったことを思い出しました。過去のうち3年ほど、ある街の飲み屋には届けられなかったことがあります。どうしても夜の飲み屋街を走っても間に合わないことが過去3度ほどあったのです。でも飲み屋の場合は、あとで言い訳がききます。あとで、私は「ごめんなさい」と言って、ケーキを持っていくのです。でも他は忘れたことはありませんでした。
 でも、今年はなんだかプレゼントを探すことも忘れ果てていました。私はなんでだろうなと考えました。
 それは、単純なことなんです。私の娘二人が自宅にいないからなのです。二人とも今年の5月に家を出たこともありますが、この12月も家にはほとんど帰ってきません。過去の年には、娘たちが小さいときから、「パパ、今年はみんなに何を贈るの?」と聞いてきたものでした。「こんなのをテレビで紹介していたよ」なんて教えてくれることもありました。そして私はその娘の教えてくれた店に行ったこともあります。妻も協力してくれていました。

 一昨年も昨年も、最初に私は「苦労して探したよ。でもこれはどうだろう?」といいまして3人にプレゼンテーションをします。そうすると、「これは可愛いけれど、女性がもらってもそんなに喜ばないよ」なんて言われまして、また私は別なものを探しに行っていたものなのです。それで、「これなら絶対喜ぶよ」と言ってくれたものを、私はプレゼントにしていたのです。
 でも今年は何もないのです。そんな時間も空間もなかったのです。「俺はそれだから、なんだか気合いが入らなかったんだよな」なんていう思いを、この夜感じてしました。やっぱり、娘二人が自宅から出て行ってしまったことは大きいですね。なんだか張り合いがなくなりました。
 それでも、電話だけでもくれればいいんだけれど、娘二人は仕事と遊びで忙しいだけです。次女はちょうど京都大阪に旅行に行っていたのですが、そのとき京都のいろいろなお店で、

  あ、パパ、いつものクリスマスプレゼントをどうしたかな? 
  ここになら、こんなに可愛いものがたくさんあるのに

と思ったそうです。そのことだけでも、電話してくれれば、私はまた頑張って走り回ったのになあと思いました。
 どうも私は、子離れできていませんね。まあ、しばらくあちこちケーキを配って歩きますよ。

10122411 この日は、クリスマスプレゼントを手に入れに駒込の「フレーベル館」へ行きました。

2010/12/24 08:01やっぱり「てっぱん」が気になります。
2010/12/24 08:07いつもこの時間は食事です。もういくつもブログにはUPしています。
 0時代に次女ブルータスに年賀状用の画像の添付されたメールをもらいました。家族3人の写真がみられます。ただし巨大な画像で、これをプリントするのは大変です。
 さあ、きょうは孫たち4人へのクリスマスプレゼントを手に入れに行きます。

 さて、でも私が何をプレゼントしたか忘れてしまうので、書いておこうと思いました。次に書いておきます。

10112915 クリスマスプレゼントを孫に何をあげるか考えないとなりません。4人の孫分ですね。ポコ汰はもうあんぱんまん関係というわけにはいかないのです。

2010/12/02 07:02もういくつものことを書きました。
2010/12/02 07:58明日は暑くなるそうです。昨日もけっこう暖かでしたが、きょうもそうですね。でも明日ももっと暖かいようです。
 昨日のポニョとのいくつかのふれあいで、きょうクリスマスプレゼントをあげたいと思いました。
 クリスマスプレゼントはずっとたくさんの人に毎年あげてきました。でも昨年からは、孫だけにです。

 また私はポニョとポコ汰と3Fで遊んでいました。そのうちにおはぎママも登ってきました。ポポが2Fで懸命にパパと我慢をしていました。

10062803 私が他にもいくつも、この小説について書いていたことを思い出します。そういえば、この「星の王子さま」のいくつものグッツをクリスマスプレゼントで配ったこともありましたね。
 以下に書いています。

  叔父への手紙で

  私から叔父さんへの手紙

 思えば、何度も思い出しているこの「星の王子さま」です。それでこれからも話していくだろうな。このバラの花のこと。怒りっぽい星の王様のこと(これはドゴールのことなのです)。サンテックスはフランス軍の飛行機ではなく、アメリカ軍の偵察機でそのまま行方不明になってしまったのです。

552eedf4.jpg 昨日いただきましたお菓子は孫のところへ持って行きました。もう孫の家はお菓子でいっぱいのようです。
 写真は24日に孫二人にじいじからあげたクリスマスプレゼントです。それとみんなにあげたお菓子です。もう昨日このお菓子をポコ汰がニコニコして触っていました。
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4209b954.jpg クリスマスプレゼントを買いに、駒込のあんぱんまんのショップへ行きました。田端でお菓子を買ってきました。ケーキだとまた食べるから違うお菓子にしたのです。
 ミツ君が早く帰ってくるのが無理で、こうして二人の孫とおはぎが来てくれました。

2009/12/24 16:13南北線で王子駅で乗りました。駒込へ行きます。二人の孫にクリスマスプレゼントを買うのです。それとケーキも買うつもりです。でも買えるかなあ。

 相変わらずポニョがものすごいくいじんぼです。ポコ汰はもうとってもいい子です。じいじはもう嬉しくなるばかりです。

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464d3cc2.jpg 昨日は、朝11時少しすぎに都電の王子駅で長女家族と待ち合わせて池袋へ行きました。子どもたち(私の孫です)にクリスマスプレゼントを買うというのです。
 この池袋へ行く都電は大変に混んでいて少々大変でした。でも、ポコ汰も都電を降りても元気に歩きます。もう来年になればすぐに満3歳になるのです。それでサンシャインで、トイザラスに入ります。もうたくさんの人でした。みんなクリスマスプレゼントを手に入れに来ているのです。
 ポコ汰が、大きなものを見ています。「あ、これはサンタさんがくれるのじゃないの?」なんていいますが、でもポコ汰はそれがいいといいます。そして、「これはポニョちゃんに」といいます。二つとも大きなものです。でもこれでいこうか、持って帰るのが大変だなあ。その間に、ミツ君は買物をして家に送ってもらい手続きをしています。あれはサンタさんがくれるから、じいじの私も何かプレゼントするのです。
 でもでも、おはぎママが、「これはいいよ、きっとサンタさんがくれるし」ということで、止めになりました。ポコ汰もそれほどの執着はありませんでした。あとで、妻と二人になったときにつくづくいいました。「あれは買わなくて良かったな。またたくさんのゴミになっていたな」。もう二人で、娘のおはぎとブルータスに買った数々のものを思い出していました。
 そのあとみんなで食事しました。もうポニョはいっぱい食べます。一番小さいのに、もういっぱい口に入れるのです。そこで楽しく食べたあと(でも私はおはぎにビールを飲むことを禁止されました)、また買物をして、サンシャイン内を歩きました。妻が、ポコ汰とポニョに素敵な洋服を買いました。
 そのあと、私は妻とポコ汰と一緒に娘とミツ君とポニョと離れて、外に出ました。もう実にいいお天気で、暖かくいい日でした。もうポコ汰はどんどんと走っています。階段のあるところも元気いっぱいです。じいじの私はもうそれを追いかけられません。
 1Fの公園を3人で歩きました。もうポコ汰はかけずり回っています。いくつか写真を撮りました。そこでA級戦犯で処刑された方々の碑もありました。「そうだ、ここは巣鴨だったのだ」と思い出しましたが、私は巣鴨拘置所には入っていないので、すぐに思いう浮かばなかったのです。私は府中刑務所に拘留されたのでした。
 そのうちに、おはぎたちも降りてきて、じゃ帰ろうか、ということになりました。また東池袋の都電の電停に帰ります。
 王子で、長女たちと別れて、私は妻に言いました。「ポコ汰は本当にいい子だね。ポニョはくいしんぼだけど」。これは、ポニョが駄目だと言っているのではないのです。そのことは、もう私の長女のおはぎと次女のブルータスのときでよーく判っていることです。
 もう可愛い可愛い私の孫なのですから。
続きを読む

5eec8ab4.jpg 今朝は天気はいいのですが、寒いですね。
 もう孫に会いに行ってきました。もういっぱい食べているポコ汰です。
 写真は、昨日駒込のフレーベル館に、アンパンマンを二人の孫のクリスマスプレゼントに買いに行きましたときに、そのあと道端にありましたお花です。(12/23)

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 先日11月22日に駒込の六義園に行きまして、私たちは、その駒込駅から一番近い染井門から入りました。そして出るときは、正門の内庭大門のほうから出ました。

 そうしたら、この六義園の入口に面しているビルがフレーベル館でした。そして、このビルの地下1階に、グッズや絵本の直営店がありました。私たちは、すぐに階段を降りて、そのお店に入りました。
 ここの住所は以下です。

113-8611
 文京区本駒込6丁目14番9号B1F
 TEL:03-5395-6641 FAX:03-5395-6642
 営業時間 月曜・水曜〜土曜 / 10:30〜18:00
      日曜・祝日 / 10:30〜17:00
 定休日 火曜

 比較的広い店内にたくさんのグッズが置いてあります。絵本もたくさんありました。何人もの親子連れが店内にいました。
 もうたくさんのグッズがあります。ポコ汰の大好きなあんぱんまんのグッズもたくさんあります。私はもう、二人の孫のポコ汰とポニョのクリスマスプレゼントは、ここで購入しようと決意しました。
 ここのお店の中に、上のクリスマスツリーがあります。とっても素敵なお店です。おそらくここに実際に孫2人を連れてきたら、ポニョはまだ小さいからよく判らないでしょうが、ポコ汰は欲しいものばかりで、大変な事態になるでしょうね。

 何をプレゼントしようかなあ、と今から懸命に考えています。

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 義母から私の娘二人への手紙ナミちゃんが次のコメントをくれました。

1. Posted by なみんと    2008年06月30日 10:59
周さん〜おはようございます。
今日も梅雨空ですね。庭の紫陽花<周さんが嫌いな紫陽花です・笑>の色が冴えて綺麗です。
。。おばあちゃまからの可愛いお孫さんへのお手紙は優しい愛に溢れていますね。美しい字で書かれたお手紙。。宝物ですね。文章を通してお孫さんへの想いが伝わってきます。

 どうもありがとうございます。いえ、私は紫陽花が嫌いというわけではないのですが、なんとなく私が昔住んでいた家では、私とは相性が合わなかったというような思いですね。
 きょうも歩いたところでは、いくつも紫陽花を見ました。でもデジカメを向けることはなかったですね。
 私はどうして、このような手紙をスキャンしたかといいますと、もう私の家は大変なことになっているのです。もうこういうものがしこたまあるのです。手紙も写真もたくさんあります。ネガフィルムなんて半端な数じゃないですよ。
 だからね、こういう手紙はスキャンして、デジカル化して、もう本物は捨てるのです。もうそうしないとすべてがかたづきません。
 たとえば、どうみても大事そうな手紙・葉書とか、写真は、誰のものだと判断して、次女のものなら、郵送しています。
 あのですね、例えばクリスマスプレゼントでもいいのですが、もしも1年に平均10個のプレゼントをもらって、28、9歳になったとしてみると、それはもう大変なことですよ。それでクリスマスでなく、誕生日もその他もいろいろとあるじゃないですか。もうかたづかないこと夥しいものです。
 写真もデジカメはいいです。紙焼きもネガもポジもなにもないですから。それでなるべく削除して、どうしてもというのはインターネット上のどこかへ蓄積しておきます。私のあるクライアントで、仕事上で、その仕事をやった写真を何年間保存する義務のあるところがあるのです。絶対に見ることにないどうでもいい写真です。
 それで最初の最初は、フロッピーに入れていました。そのうちに、ハードディスクに入れ出しました。でも莫大です。そして、「どうしたらいいだろう?」というので、インターネット上で無料のところに保存するようにしました。だから多分、アリゾナか南米がどこかのハードディスクのどこかに保存されているのでしょう。そして永遠に誰も見ない写真です。
 私たち個人の家も、どんどんとあらゆる資料が死蔵されているだけです。とにかく、廃棄だけしてゆきます。

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 周の推薦番外篇「和菓子処さゝま」で、私が次のように書いたことですが、

その日(たしか金曜日)の昼休みに私は、神保町をかけずり回って、クリスマスプレゼントをいくつも用意しました(たしか20人ぶんくらいだったなあ)。用意したものも8ケくらいは覚えています。いろいろと面白いものを用意しました。

 あのとき用意したクリスマスプレゼントは何だったかかなあ、と思い出しました。女性が多かったので、多くは女性が喜ぶようなものだったと思いますが、なんだっけなあ。
 思い出せるものは、以下のようなものです。なにしろ、短い時間に、神保町、神田を走り回って用意したものでした。
 思い出せるのは以下のようなものです。

1.さゝまの生和菓子
2.エスワイルのマロングラッセ
3.絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」
4.「PlayBoy(米国版)」
5.神田明神のお守りとお札
6.大きなキセル
7.吉本隆明の本(何だったか覚えていない)
8.コーヒー豆
9.写研の見本帳

 たぶん、あと8〜12ケくらい用意しましたが、もう覚えていません。あたり前だよなあ。もう33年前だものなあ。
 でも過去の毎年のクリスマスプレゼントを思い出すのも愉しいかなあ、と思いました。このときには、思い出せば、その日に私の部の部長から急に命じられて、あわてて走り回ったものでした。
 思い出すと、いくつものことを思い出してきます。絵本があたったO編集長は、「娘はもう大きいから、これを持って帰っても仕方ないから」と、さゝまのお菓子と交換していたものでしたね。懐かしい思い出だなあ。

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