0c566efc.jpg

 私も昨日、この蛎殻町に行きましたときに、このビルが真っ先に気になりました。

 まっくまっく の彼女に、このUPがありました。

こういうビルとか橋とか道路とか、人間の手で出来ていくんだから凄い、っていつも思ってしまうのだ。

いちばん上に乗っかっているクレーンっていいのかなあ、最後にビルが完成するまで活躍するんだろうけど、降ろす時を見たいものだわ。

 クレーンはね、こういうビルの現場でも、上にあげるときも、下に降ろすときも、またクレーンを使うのよ。クレーンの手もとをやる人が、とび職なんです。そしてね、こういう工事で、何故か事故で亡くなるというと、とびなんですね。クレーンの運転手が亡くなることはありません。
 私もビルの上でも働いていたことがあるけれど、もう今では信じられないことですね。今は、ちょっと高いところに登ると(そしててすりがないと)もう震えちゃうよね。
 私の住んでいる我孫子のマンション(たった6階建てですが)のその屋上に登ったことがありますが(私は管理組合の理事長だったとき)、とても怖かったです。
 で、そのときに思い出したのですが、私は1969年の1月に、東大闘争で安田講堂にいたのですが、あのときには、あの屋上にいて、よく動き回っていました。あの安田講堂は前から見ると、整然としているいる感じですが、後ろに回ると、屋根がただ斜めにあるだけなんですよ。でも若き日の私は、そこを走り回っていましたね。屋上では何発も、催涙弾の直撃を身体に受けましたよ。「うっ!」という感じで一瞬息が止ります。
 思い出せばあのときの1月18日はとても乾燥していた日で、催涙弾が屋根にあたって、そこで小さな火事になってしまうことがあります。そうすると、あの斜めの屋上を走って行って消化器で消していたものでした(でもそのうちに、機動隊の放水で乾燥なんか関係なくなりました)。

 でも年とると、高いところが苦手になるのですね。いえ、高いところといっても、いわば建築現場のようないわばてすりのない外側のところが、実に怖いです。
 私は大学5年のときに、左官屋の手もとをやりまして、モルタルを入れたねこ(一輪車)をビルの上のほうの路板の上を運んでいたものですが、あれは若いからできたのですね。今は、あんな高いところは、怖くて登れませんよ。

続きを読む