10122503 子どもが中学高校生のころ、社会科や歴史が苦手なので(二人とも)、教えことがありました。その中で、直立猿人とかアウストラロピテクスとかネアンデルタール人の話なんか話したことがあります。その中でいろいろ聞かれたのですが、たとえばこのネアンデルタールはいったいそのあとどうなったのだろうということがありました。そのあと出現したクロマニヨン人に滅ぼされてしまったといわれています。このクロマニヨン人の子孫が私たちであるわけです。
 ある一時期はこのクロマニヨン人とネアンデルタール人が一緒に存在していたといわれています。そしてこのクロマニヨン人は実はネアンデルタール人の中から生まれてきたといわれています。
  北京原人-ネアンデルタール人-クロマニヨン人の流れが人類の進化ではないかなんて今の段階ではいわれているようです。
  そこで疑問がでてくるわけです。ネアンデルタール人からクロマニヨン人が生まれてきたように、クロマニヨン人たる我々の間から、新人類が生まれてくるのでしょうか。そしてクロマニヨン人がネアンデルタール人を滅ぼしてしまったように、この新人類は親である私たちを殺してしまうのでしょうか。そしてそれはいつのことになるのでしょうか。
  そうした思いを描いてくれたSFがあります。著者は「2001年宇宙の旅」という難解な映画の原作者です。あの話でも似たようなテーマがあるように思いました。

書  名  幼年期の終り
著  者  アーサー・C・クラーク
訳  者  福島正実
発行所  早川文庫

  20世紀のおわりに、アメリカとソ連がいよいよ宇宙へ宇宙船をとびたたせようとしています。どちらも相手より先にやることが必要なのです。だが、その直前に地球全土に巨大な宇宙船群が現れます。そしてそれは、ニューヨークやモスクワ、東京、北京、パリなどの世界の主要都市の上空に浮んで動こうとしません。

  この船団の総督は上帝(オーバーロード)カレルレンといいます。そしてこのオーバーロードのおかげで、人類は国ごとの争いはやめ、人々の生活は格段と向上します。人々はしだいにこのオーバーロードの存在をもう自然な存在として意識するようになります。しかしその神のようなオーバーロードはいつまでもその宇宙船からおりて来ません。どのような姿形をしているのか人間には判らないのです。そして、カレルレンは、地球に到達してから50年後に人々の前に姿を現すことを約束します。
  その50年後、カレルレンは人類の前に姿を現します。……なんとその姿は人間が「悪魔」と呼んでいる者と同じ姿でした。ここで、実は人類はその発生のころからすでにこのオーバーロードとの出会いが予定されており、その未来の記憶として最初から、この悪魔の姿が人類の頭に記憶させられていたという真相があきらかにされてきます。つまり人類が進んできた過去はもう予定されていたものだということでしょう。

 そして、さらに今後の人類の進むべき道を見守るためにオーバーロードは存在しているのです。その道とは、人類のさらなる進化、新人類への進化なのです。その進化を確実なものとして見守る役割がオーバーロードなのです。こうして人類は幼年期を終って、その先に進むのです。しかし、そのとき旧人類はその未来を知ることはできません。オーバーロードはこの子供の新人類を旧人類から守る役割があるのです。ちょうど過去に、ネアンデルタール人も、新人たるクロマニヨン人と闘い敗れたように、新人類は親を殺して次の段階へ進むのでしょうか。
  そして、この役割を果たしているオーバーロードも実は、その上の存在である「上霊」とでもいうものに従わされています。オーバーロード自身もその上霊がなんであるのか判っていないのです。そして不幸なことに、オーバーロード自身はもはや進化することはなく、進化できる人類を羨ましいと思っているのです。
  このオーバーロードの役割が、「2001年宇宙の旅」では最初に出てくる石板になるのでしょうか。

  たしかに人類が過去、進化してきる過程で、旧人類を滅ぼしてきたことは間違いないはずです。突如出現してきた新しい人類たる自分の子供たちを旧人類たる親はみてどう思ったのでしょうか。そしてそれは過去のことではなく、またこれからも繰返されることなのかもしれないのです。いや間違いなく繰返されることでしょう。

  ギリシア神話において、ウラノスからクロノスが生まれ、クロノスからゼウスが生まれたといいます。それぞれの親は、ウラノスは息子たるクロノスを恐れ、クロノスは息子たるゼウスを恐れました。それぞれやがて息子が自分を殺して世界を支配する運命になることを知っていたからです。そして息子を極度に警戒し、殺してしまおうとしますが、運命どうり、息子に殺されてしまいます。なんだかこのことは、この人類の過去と未来を象徴しているように思えてならないのです。(1998.11.01)