将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:グラフィックデザイナー

f849f306.jpg 昨日はおはぎの高校時代の友だちの、N.R.の結婚式でした。銀座での結婚式ということで、おはぎとミツ君は、ポコ汰を私たちに預けて出かけました。結婚した彼女とその彼は、グラフィックデザイナーです。
 帰ってきてから聞いたところ、結婚式披露宴のさまざまなものが、デザイナーの二人による手作りでした。話を聞いても、それらの手作りのものを見ても、もう大変に感心していました。
 思えば、私の娘の友だちは、長女おはぎにしろ、次女ブルータスにしろ、実にしっかりした娘ばかりです。私はいつも感心しています。いい友だちの一人一人に感心すると同時に、こうしたいい友だちを持っている娘二人に感心しているのです。
 私はいつも思っています。吉本(吉本隆明)さんのいう「自立」という言葉です。いつも娘たちの友人たちに、吉本さんのいう、しっかりと自立した女性たちを感じています。私の娘の友だちですから、昔からいつも、「いい娘たちだな、しっかりしているなあ」ということを感じていました。その彼たちのことは、ほぼ娘の話を聞くだけです(ときどきお会いしたこともあります)が、これまた実にしっかりした魅力ある方々であることを感じています。
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 本日06:00に届いていた破茶さんの『独楽吟のススメ』です。

「2008/03/31 【No.1571】わたしの独楽吟(どくらくぎん)」を読んでの周の感想。

たのしみは 時には自棄(やけ)酒 飲むわれに 付き添いくるる 人のいる時

名も無い小さな私にも 自棄になってしまいたいときがあります。お酒が飲めたらと思うときもありました。でも、今まで何とか復活し気持ちを新たにやって来られた。友達の存在って大きかったです。感謝!

 私はいつも毎日お酒を飲んでいます。憂さを晴らしたいから飲んだという思いは一度もありません。私はただお酒が好きだから飲んでいるのです。だから、毎日飲みます。ただし、2週間に1日断酒します。もうこれで何十年続けてきたことでしょうか。そうですね、友だちの存在って、大事ですね。また手紙を書こうと思いました。あ、そうだその手紙を書こうと思った友人は鹿児島人ですよ。たしか私より4歳下の城西中の出身です。グラフィックデザイナーを長年やっています。手紙を出すのは、いいものですね。

たのしみは 外出すれば 誰かしら 話しかけられ 笑み交わす時

小さい頃は 知らない人に話しかけられても返事をしてはだめよ!とか言われていましたが この年になったら そんなことは無いことが多いため大いにお話をします。袖摺り合うも他生の縁です。

 そうですね。いろいろな方と話すことはいいことです。私の行っている飲み屋に、インターネット上で私を知り、私に会いたいので、来てくれる方がいるのですが、私はまだ会ったことがないのですね。でもそのうち会えることでしょう。

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38b2f918.jpg ここに掲げた画像は、2月12日に、千駄木「浅野」へ飲みに行ったときに、日暮里駅で見たロゴです。この文字はこの日暮里駅でよく見かけるので、気になっていたものです。できたら、「あ、もっと撮っておけばよかったなあ」と思いましたが、もう私は駅を出て歩きしはじめていました。
 私は昔広告の制作をしていたときに、こうしたロゴやマークを制作したこともなんどかあります。「コーポレートアイデンティテイ」ということを私は説明しまして、実際の制作は私の親しい友人のグラフィックデザイナーにやってもらったものです。
 でも、この日暮里駅で見かけるロゴは、もう一つの新しい書体ですね。こうして新しい書体が作られていくのですね。欧文にくらべて日本の書体は少ないです。それは欧文のように文字が少なくありませんから(なにしろ、ひらがな、かたかな、漢字がありますからね)、こうした新書体を見ると、「ああ、この字もいいなあ」なんて思いを抱きます。
 私は今けっこう手紙を書いているのですが、いつも使う書体とは違う書体で書いています。和紙にもけっこうはえるだろうという書体なのです。
 こんな思いも私には大事なことなのです。

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 さきほど6時30分(もう食事していろいろやっているので、時間が経ちました)に目が醒めました。
 私は長い夢を見ていました。私はある会社でグラフィックデザイナーを6人ばかり使っているプロデューザーでした。その使っているデザイナーに関することを考え悩んでいることばかりの夢でした。
 私は実際に、広告制作会社にいて、プロジューサーであったことがあります。「ゼネラルプロジューサー」の名刺で動いていました。でもその現実の私の思い出では、私は実に大量の広告制作物を作ることに日々呻吟していました。そして私は、とくに印刷物の金銭管理が主な仕事であり、実際に粗利を稼ぐことが一番にやるべきことでした。
 たださきほどの夢の中では、実際に広告物を作るグラフィックデザイナーの人事的なことが一番私の悩みでした。
 そこではデザイナーの社員の中で、3番目に古い存在である若い女性がどうしても私とは気が合わない感じでした。でも私は夢の中でも、もう彼女の力を認めています。なんとかそのことを伝えたいと思っています。でもそれは私の心の中だけで、どうにもうまくいきません。
 このことを、彼女の次に入社してきた男性のデザイナーが私をフォローしてくれています。彼女と私の仲をなんとかとりついでくれるのです。私はとても彼に感謝したい気持になっています。
 でも、この彼の顔を思い出しても、「現実には会ったことがないなあ」と思っていましたが、あ、今思い出しました。彼はあの当時大阪支社に入ってきたデザイナーでした。でも私は彼とは会話したことなんか、ほとんどないのです。それでも夢の中ではなぜか彼の心が判る感じでした。
 それにしても長い夢でした。
 そして夢は、現実に起き出してしまうと、その内容を急速に忘れてしまいます。
 ただ、私は少しは思い出そうと、こうして少しメモをしただけです。

 なんで、こんな夢を見たのかなあ。昨日は、あるクライアントで打ち合せして、それからある税務署で重要なお話をして、また別なクライアントへ行きました。そしてそのあと、秋葉原のヨドバシカメラに行こうとしましたが、秋葉原駅で、「ああ、きょうはビックカメラに行こうと思っていたんだ」と方向を変えて有楽町へ行きました」。ここでまたインクを購入して、スカイプのマイクをいくつも比較検討していました。このごろ、スカイプで話すことが多いので、コードレスマイクが欲しいなと思っていたのです。
 そして地下鉄の中では、長谷川慶太郎の本を読み終わり、ひきつづき佐藤雅美「お白州無情」を読んで、「これを読むのは辛いなあ」なんて思いの中で、何度も本をとじていました。
 家に帰ってから、夜9時すぐに、長女の部屋に行くと(ああ、私のクライアントの社長ご夫婦から、孫誕生へのプレゼントをもらい届けたのでした)、「パパしばらくポコちゃんを見ていて」というので、懸命に可愛がっていました。
 きのうは、そんなことばかりで、そんなことに関心があったのに、夢の中では、それらとはまったく関係ないことの夢をずっと見ていたわけです。

 でも不思儀だなあ。あの会社(私の夢の中での会社)には、パソコンがなかったなあ。そうすると、もう随分昔の制作会社だったのかなあ。そうだ、夢の中の私も若かったものなあ。

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