11022406 ビールをこんなに飲むようになったのはいつからだろうなんて思います。学生のときには、飲むことは飲みましたが、ビールは割高な感じだから、それほど手を出しませんでした。

書  名 小説ビール戦争
著  者 大下英治
発行所 光文社文庫
1994年5月20日初版1刷発行

 戦前にはビール界で圧倒的なシェアをにぎっていた大日本ビールが、戦後占領軍のために、札幌ビールと朝日ビールに分割されてしまいます。ちょうど日本の北と西に分けられてしまったわけです。その間隙をぬって麒麟ビールがいつかガリバーになってしまいました。キリンはタカラビールを廃業に追い込み、さらにシェアを拡大していきました。朝日ビールは後発のサントリービールにも追いつかれそうなほど、シェアを落としていきました。ビール界はガリバーたるキリンとサッポロの戦いでした。アサヒビールはもはやその戦いとは関係ないかのようでした。
 私たちが学生のころビールを飲んでいても、それこそアサヒビールなんて馬鹿にしていたものです。「あれはビールの味がしないんだよな」なんて生意気なことを言っていたものです。私たちはキリンのラガービールの苦さがビールの味だとばかり思い込んでいたのです。「それに対して、サッポロは甘い味がするな」なんて思っていたものです。この二つが大きな味の差があるように思っていたものでした。
 シェアを10%も切ってしまったときに、この小説の主役である樋口廣太郎は、住友銀行からアサヒビールの社長に就任します。昭和63年3月のことでした。それが一年後の3月に「スーパードライ」を発売することにより、シェアを20.6%まで引き上げます。実に2倍強の伸びなのです。
 この小説は、その樋口が社長になって数年後の平成3年から始まります。いわばビール大戦争と言っていいような年でした。
 私はその前頃から住友銀行の体質が変わったのを感じていました。そしてその訳をよく分かっているつもりでした。だから、住友系の金融機関なかでも住友銀行が私のクライアントに現れたときには、その訳を詳しくは喋らないような感じでよく話したものでした。銀行の担当者から「先生はよくご存知ですね」などと言ってもらったものです。私は住友銀行を変えたのは、米国のボストンコンサルティンググループのコンサルティングだとばかり思い込んでいたのです。
 でも、今この小説を読んで、私の思いは単なる私の認識不足であり、住友銀行を馬鹿にしていただけなのではということに気が付きました。私は住友グループが好きではありませんでしたから、そういうふうに誤解していたのです。こんな樋口氏をアサヒビールの社長に出来た住友銀行というのは、もともと体質のしっかりした銀行だったのだなと思い至ったのです。
 そして同時に、アサヒビールが危機を脱しえたのは、決して樋口社長だけの手腕ではありません。樋口の社長就任はきっかけだけであって、それはたくさんの人間たちの必死な努力のたまものなのです。
 また、この小説を読んで、樋口がもともとは京都大学で学生運動を激しくやっていたということを知りました。ちょうど私たちの先輩にあたるわけです。その後の彼の展開の仕方もこれまた実によく理解できる気がします。おそらくは国家のひどさを肌で感じることはあったでしょうが、本来の資本主義は素晴らしいものだと気がついたのではないでしょうか。それには懸命に学び、懸命にいろいろなことに挑戦して行って分かってくるのだと思います。
 私のこうした本の紹介は、結局はその本そのものを内容をあんまり書いていないわけで、いつも「これでいいのかな」なんて思うところもあるのですが、こうしてしか書けないもので、これで行くしかないのですが、ここでさらに余計なことを書きます。

 同じグループと見られるであろうニッカウィスキーとアサヒビールの違いです。ニッカは、

  いいもの、本物のものを作れば必ず売れるはずだ

と思い込んでいる技術者集団という気がします。アサヒも昔は同じだったのでしょうが、

  いいものを作っても、売れるとは限らない。必死に売ろうと努
  力するときにさらにいいものを作り上げることができる

ということが分かっていると思うのです。
 いいものを作っても売れなければ、どうみても「本物ではない」サントリーウィスキーのほうが売れるとしたら、やがては、そうした傾向の消費者のことを「ほんものの分からないダメな存在」と考えてしまいがちです。そこがニッカが伸びないところだと私は思っています。そこが樋口就任以降のアサヒビールの違うところだと私は思っています。
 私はそんなことをこの本を読みながら思っていました。そして大変にいろいろなことが参考になった本でした。(1997.11.16)