将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:チィーちゃん

 もう11月もこんなにたってしまいました。速いな。
 もうリンクしてありますから、ご存知の方が多いかと思いますが、私の次女のブルータスが「I'm brutus」というホームページを11月6日にオープンしました。そこでの「ブルータス君」というキャラクターが以下です。これは鳥なんでしょうね。brutus3

 そのほか、このブルータス君の友だちには、「キリキ君」とか「チィーちゃん」、それに「海ぼうず」とか「サメ」とかがいますから、そのうちに登場させるそうです。
 ブルータスはホームページを作るという決意だけはしていまして、12月1日正式オープンにしようと言っていました(これは長女のホームページも同時にオープンしようということでした)。10月の末のある晩(23日)に珍しく早く帰って来たブルータス(いつもは12時頃帰ってくる)に、「おい、ホームページを1ページだけ作っておいたぞ」と私はいいました。ただの真っ白なページに、「いつも元気だ、ごきげんブルータス君!」という文字とメールアドレスを入れただけのページです。 それで、「じゃ、やってみるか」ということで、ブルータスのホームページ作りが始まりました。エディタは「ホームページビルダ2001」です。
 最初は壁紙の探し方と貼り付け方からです。インターネットでの壁紙サンプルの置いてあるサイトを検索することを教えまして、それを取り込むことを説明しました。その説明くらいで、あとはホームページビルダのマニュアルをブルータスの部屋に置いておきました(ところがブルータスはマニュアルを全然読まなかった)。
 約2時間たったところ、今のホームページの表紙の原型と言えるようなものを作っていました。「ブルータス君」のイラストもパソコンで描いてありました。そこで私も、「もうこれをサイトにUPしちゃおう」ということで、そのやり方を教えました。そして、別なページへのリンクの仕方を教えるうちに、また2時間くらいで、他の3ページが出来ていました。私はリンクのやり方とか画像の貼り付け方は教えましたが、その作業の中で、内容の文章もでき上がっていたのには、「これは早いな」とおどろきました。
 それで、でもまだ公開はしないということです。掲示板ができないとまだ公開できないということです。そこで無料掲示板のことも教えました。
 私としては、私が作ろうとしています、自分のドメインサーバーがCGIが使えるので、そこで掲示板を作ってあげようかなと思っていました。ただ、そのサーバーが使えるようになるのは11月4日です。
 ただ、ブルータスはいろいろと忙しくて、帰宅が遅く、10月中はなかなかホームページ作りが進みませんでした。でも11月になると、帰宅すると、メールを書いたりしたあと、あっと言うまに、またホームページが増えているという感じになりました。
 3日にはカウンタを付けまして、いよいよ掲示板なのですが、私のドメインサーバーが使えるようになるのは9日に延長されました(そしてまた延長で、12日になってしまった)。
 それで困ってしまい、4日に「神田会ネット」のホームページを管理していますぱらむさんに、ホームページに掲示板を置いてもらえるようお願いしました。それで掲示板のCGIはダウンロードしてありましたので、すぐにUPしましたが、これが開きません。5日にぱらむさんの会社に行きまして、いろいろと説明を受け、かつやってもらいまして「I'm brutus掲示板」が出来上がりました。ついでに、私の長女のほうの、「おはぎ屋掲示板」も設置してもらいました。
 それでブルータスに伝えますと、もうこれで正式オープンにしてしまおうということになりまして、6日には私のホームページでもリンクしだしました。それにもう学園祭だったブルータスは、「ブルータス君」のイラスト入りの名刺を作ってありましたので、もらった人は「あ、ホームページ作ったんだ」と気がついたことでしょう。
 ただ、ブルータスは父である私と似たのか(実は長女のおはぎも同じだけれど)、帰宅が遅く、かつ外泊もよくしますので、ホームページを作っている時間がないはずなのですが、帰ってくると、一気にやっています。だから、内容がどんどんと追加されて行っています。これは見ていると、驚くほどの進化(進化といえるのかな)です。これから、もっと内容が増えていくはずです。私も妻も愉しみにしています。
 それと「I'm brutus掲示板」に、たくさんの方が書き込みしてくれまして、ありがたいことです。私の「周の掲示板」においでになる方が何人も書き込みいただきまして、親としては、これまた実に「ありがたいな」と感激しております。
 思えば、親馬鹿なお話ですが、これは私は「親馬鹿」と言われても構わないと思っています。何と思われようと、とにかくブルータスのホームページが充実してたくさんの方々に見てもらえれば私にはとにかく嬉しいことなのです。
 あとは長女の方ですね。長女も次女も昨夜はアルバイトで12時すぎに帰ってきたのですが、長女のほうはプールでの指導員(次女ブルータスはレストランのウェイトレス)なので、疲れはててしまい、メールの返事くらいで終わってしまうようです。 でも、とにかくおはぎも12月1日にはホームページをオープンさせるよう頑張らせます。それと、私は妻にもホームページを作ってほしいのだけれど、やってくれないかな。
 私は、日本中の人は、いや世界中の人が、みな自分のホームページを持ってくれたらいいなあと思っています(もちろん、持ちたくない人は持たなくていいわけだ、当たり前だけれど)。そうしたときに、字も書けなかった蝦夷(えみしと読みます)だった私の先祖も、平将門公も「よくやったな」と言ってくれるような気になるのです。
 さてさて、私も、もう少しちゃんとホームページの更新をしなければいけませんね。(1999/11/13 8:01:42)

 もう11月もこんなにたってしまいました。速いな。
 もうリンクしてありますから、ご存知の方が多いかと思いますが、私の次女
のブルータスが

   I'm brutus(もう当初とは違って、今は違うサイトに移りました。リンクしているのは現在のサイトです)

というホームページを11月6日にオープンしました。
 そこでの「ブルータス君」というキャラクターが以下です。これは鳥なんでしょうね。
brutus そのほか、このブルータス君の友だちには、「キリキ君」とか「チィーちゃん」、それに「海ぼうず」とか「サメ」とかがいますから、そのうちに登場させるそうです。
 ブルータスはホームページを作るという決意だけはしていまして、12月1日正式オープンにしようと言っていました(これは長女のホームページも同時にオープンしようということでした)。10月の末のある晩(23日)に珍しく早く帰って来たブルータス(いつもは12時頃帰ってくる)に、「おい、ホームページを1ページだけ作っておいたぞ」と私はいいました。ただの真っ白なページに、「いつも元気だ、ごきげんブルータス君!」という文字とメールアドレスを入れただけのページです。
 それで、「じゃ、やってみるか」ということで、ブルータスのホームページ作りが始まりました。エディタは「ホームページビルダ2001」です。
11011005 最初は壁紙の探し方と貼り付け方からです。インターネットでの壁紙サンプルの置いてあるサイトを検索することを教えまして、それを取り込むことを説明しました。その説明くらいで、あとはホームページビルダのマニュアルをブルータスの部屋に置いておきました(ところがブルータスはマニュアルを全然読まなかった)。
 約2時間たったところ、今のホームページの表紙の原型と言えるようなものを<BR>作っていました。「ブルータス君」のイラストもパソコンで描いてありました。そこで私も、「もうこれをサイトにUPしちゃおう」ということで、そのやり方を教えました。そして、別なページへのリンクの仕方を教えるうちに、また2時間くらいで、他の3ページが出来ていました。私はリンクのやり方とか画像の貼り付け方は教えましたが、その作業の中で、内容の文章もでき上がっていたのには、「これは早いな」とおどろきました。
 それで、でもまだ公開はしないということです。掲示板ができないとまだ公開できないということです。そこで無料掲示板のことも教えました。
 私としては、私が作ろうとしています、自分のドメインサーバーがCGIが使えるので、そこで掲示板を作ってあげようかなと思っていました。ただ、そのサーバーが使えるようになるのは11月4日です。
 ただ、ブルータスはいろいろと忙しくて、帰宅が遅く、10月中はなかなかホームページ作りが進みませんでした。でも11月になると、帰宅すると、メールを書いたりしたあと、あっと言うまに、またホームページが増えているという感じになりました。
 3日にはカウンタを付けまして、いよいよ掲示板なのですが、私のドメインサーバーが使えるようになるのは9日に延長されました(そしてまた延長で、12日になってしまった)。
 それで困ってしまい、4日に「神田会ネット」のホームページを管理していますぱらむさんに、ホームページに掲示板を置いてもらえるようお願いしました。それで掲示板のCGIはダウンロードしてありましたので、すぐにUPしましたが、これが開きません。5日にぱらむさんの会社に行きまして、いろいろと説明を受け、かつやってもらいまして「I'm brutus掲示板」が出来上がりました。ついでに、私の長女のほうの、「おはぎ屋掲示板」も設置してもらいました。
 それでブルータスに伝えますと、もうこれで正式オープンにしてしまおうということになりまして、6日には私のホームページでもリンクしだしました。それにもう学園祭だったブルータスは、「ブルータス君」のイラスト入りの名刺を作ってありましたので、もらった人は「あ、ホームページ作ったんだ」と気がついたことでしょう。
 ただ、ブルータスは父である私と似たのか(実は長女のおはぎも同じだけれど)、帰宅が遅く、かつ外泊もよくしますので、ホームページを作っている時間がないはずなのですが、帰ってくると、一気にやっています。だから、内容がどんどんと追加されて行っています。これは見ていると、驚くほどの進化(進化といえるのかな)です。これから、もっと内容が増えていくはずです。私も妻も愉しみにしています。
 それと「I'm brutus掲示板」に、たくさんの方が書き込みしてくれまして、ありがたいことです。私の「周の掲示板」においでになる方が何人も書き込みいただきまして、親としては、これまた実に「ありがたいな」と感激しております。
 思えば、親馬鹿なお話ですが、これは私は「親馬鹿」と言われても構わないと思っています。何と思われようと、とにかくブルータスのホームページが充実してたくさんの方々に見てもらえれば私にはとにかく嬉しいことなのです。 あとは長女の方ですね。長女も次女も昨夜はアルバイトで12時すぎに帰ってきたのですが、長女のほうはプールでの指導員(次女ブルータスはレストランのウェイトレス)なので、疲れはててしまい、メールの返事くらいで終わってしまうようです。
 でも、とにかくおはぎも12月1日にはホームページをオープンさせるよう頑張らせます。それと、私は妻にもホームページを作ってほしいのだけれど、やってくれないかな。
 私は、日本中の人は、いや世界中の人が、みな自分のホームページを持ってくれたらいいなあと思っています(もちろん、持ちたくない人は持たなくていいわけだ、当たり前だけれど)。そうしたときに、字も書けなかった蝦夷(えみしと読みます)だった私の先祖も、平将門公も「よくやったな」と言ってくれるような気になるのです。
 さてさて、私も、もう少しちゃんとホームページの更新をしなければいけませんね。

07080415 周の雑読備忘録「伊東三郎『くろうまブランキー』」へのコメントの3ナミちゃんが以下のコメントをくれました。

1. Posted by なみんと    2007年08月09日 01:35
ちいちゃんの話が面白くてそして懐かしくて感無量です。まずろうそくのことですがそんな素敵なろうそく☆★どこで手に入れたのでしょうか。会津や飛騨に絵ろうそくがありますがそれかなぁ〜。そんな洒落たものを売っていたなんてステキなお話です。
(クリスマスにろうそくを沢山買って女性にプレゼントされたサンタクロースの男性も粋ですね)
あと踊りの件ですが・・まだ見られるかなぁ〜。
なぁんて思いますがもう無理でしょうね。ちいちゃんという人は魅力のある人でしたね。親分の貫禄も十分!今も・・・活躍されている様子で、よろしくお伝えくださいね。

 まず、あのときのロウソクは、製作から販売まで、すべて日の丸社がやっていました。実際に株式会社日の丸社という会社だったのです(のちに、この会社は株式会社ネバーランドと社名を替えました)。それで、実際にロウソクを製作するのは、ナベさんでした。毎日大量に作っていたのね。そしてそれを背中に担いで路上で販売していたのがチィーちゃんです。
 ただ今も売っているロウソクよりも、もっと大きいのです。綺麗なロウソクばかりたくさんありましたよ。

 ある年の夏、又さんが沖縄から出てきたのね。それでナベさんの土浦の家に着ていて、私が呼び出されました。それで飲むうちに、最初からどうも悪い予想(思い出せば、いい予想だったか)があったのですが、秋田に湯沢に行こうということになりました。私はちょうど学習塾をやっている頃で、そのときは1週間くらいの夏休みでした。
 このときのことは、以下に書いています。

   http://shomon.net/sake/sake3.htm#sa12  湯沢の農民食堂

 あ、そういえば、沖縄の又さんの大変に美人の奥さまは、今山口県でどこかの学校の校長先生です。今その年賀状を手にしています。年賀状の写真でも、美人の彼女ももうばばになりました。双子の2歳の男の孫をかかえています。彼女のとなりには、美人の娘さんがいます。それで、彼女たちの住所は、沖縄の恩納村なんですね。それで、年賀状で顔姿の写っていない又さんは、「今は福岡にいる」と手書きで書いてあります。
 ときどき又さんは、日本のいろいろなところから私に電話があります。いつも頼み事があるのです。ほぼパソコンでインターネットで解決する件なのですが、あんなことはご自分でやってくれないかなあ。いえ、彼に頼まれてやることは嬉しいのですが、あんなことは高校生でも大学生でもできることです。
 あ、それから、ここで書いている仲間は、「日の丸」の仲間です。以下に少し説明があります。

   http://shomon.net/sake/sake2.htm#sa11  「日の丸」のこと

 あ、そうだ。以下のページも作っていたのです。

   http://shomon.net/tomo/hinomaru.htm  日の丸土建

 でもね、日の丸の人たちは、みんなこうしたパソコンやインターネットが得意でないので、困ってしまいます。このホームページも、もう少しみんなやってくれるかと期待していたのですが、全然駄目ですね。

 あ、今年の年賀状に、又さんの手書きの最後にこうあります。

   死が身近な年となり、温故(こうとしか読めないが)知人を尋ねたい 又三郎

 みんな、たしかに「死が近い」年であり、そんな感じが多くなりました。

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