将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:トロイア戦争

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「世界三大美人」のことを書きます。このヘレネとクレオパトラと楊貴妃がいわれています。クレオパトラと楊貴妃は歴史上の実在の人物ですが、このヘレネは、ホメーロスが描いた「イーリアス」「オデュッセイア」で描かれたトロイア戦争の中の登場人物です。
 ただ、トロイア戦争は物語の中のことではなく、実際にあった出来事でした。これは『古代への情熱 シュリーマン自伝』に書いてあります。私は岩波文庫で高校2年の時に読んでいます。
 このシュリーマンによってトロイア戦争は物語神話の中のお話ではなく、実際にあったことだということが分かったのです。
 その物語とは、スパルタのメネーラオス王に嫁入りに来たヘレネがトロイアの王子パリス(またの名をアレクサンドロスといいます)に誘拐されて、それをギリシア(この時点ではアカイア人なので、アカイア勢といいます)が取り返そうとして(交渉の中でヘレネを返そうという動きもあるのですが)、メネーラオスは兄のアガメムノーン(ミケナイの王、妻にクリュタイムネーストラーでヘレネの姉)へ依頼してヘレネを返さないトロイアへアカイア総勢が出陣することになります。
 この流れ過程の中でたくさんのことが書かれ、たくさんの出来事が起きます。ギリシア一の勇士アキレウスが参戦し、だがやがてパリスが矢で撃ちます。それが矢の刺さったのがアキレス腱なのです。
 10年戦争が続いて、アカイア勢が勝利することになります。ヘレネはスパルタに戻されて、その後は平穏に暮らした(別な話もありますが)ということです。
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 トロイア戦争の原因がこのスパルタの王女ヘレネをトロイアの王子アレクサンドロス(パリス)が奪ったことによります。
 ヘレネはスパルタの王女なのですが、実は父親はゼウスだと言われています。姉にクリュタイムネーストラー(この王女も大変な女性です)、兄弟にカストールとポリュデウケースがいます。まだ小さいときにアテナイの王テーセウスにさらわれます。そしてテーセウスの母アイトラに預けるのですが、ヘレネがパリスに奪われたときに、一緒にトロイヤへ行き、その後10年の後に、このアイトラはトロイア陥落のあとにも物語があります。16010307
 この上の絵は、クリュタイムネーストラーです。この女性にも長大な物語があります。
 もともとヘーラー・アテーナー・アプロディーテーの3人の女神が誰が最も美しいかを判定させられたゼウスがトロイア王子のパリスに決めさせるのですが、このパリスの審判のときにアプロディーテーが約束したのが「最も美しい女を与える」としたアプロディーテーが勝ちました。この「最も美しい女」というのがヘレネだったのです。16010308
 だがこのヘレネの夫だったメネラーオスが兄アガメムノーン(ミュケーナイの王)に依頼してギリシアは10万の軍勢でトロイア(別の方言でイーリアス)を10年攻めるのは、この戦争であり、これを歌ったのがホメロスがえがいた長大な「イーリアス」の物語なのです。
 この物語は、さらにギリシア勝利ののちのギリシア軍の帰国物語(その最大のものが「オデュッセイア」です)があります。
 この戦争の原因とされるスパルタの王女ヘレネもまたいくつもの物語があります。ギリシアだけでなくフランスにもこのギリシア方、トロイア方の物語がいくつもあります。16010309
 これをえがいていないのは日本くらいかなあ、なんて思ってしまうくらいです。

10091705  なんだか少し孫に会っていないだけで寂しくなっているじいじの私です。きょうは会えるぞ。いや私が確実に会うぞ。
  もうきょうは、「ニュースさとう」も「歴史さとう」も書きました。「歴史さとう」では小野小町のことを書きました。彼女は美人だとされていますが、実はどこにも彼女の顔は描かれていないのです。みな後姿しか描かれていないのです。こんな美人って不思儀ですね。クレオパトラも楊貴妃も顔を描いた像も絵もあります。あ、でもヘレネ(トロイア戦争の原因になった美女)はないか(欧米では「世界の三大美人」というと、小野小町ではなく、ヘレネになります)。
 写真は、9月17日の午後5時代に撮りました長女の家のすぐそばにある花です。(09/21)

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