将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:ドイツ・イデオロギー

11042803 この本は、大学2年のときに読んだ本です。いや、ひょっとしたら3年だったかもしれませんね。なにしろ、この頃は逮捕勾留されている時間も長かったので、はっきりしないのです。ただ早稲田の文献堂で購入したように覚えています。丁寧にノートをとり読んだものでした。
 廣松さんは、この本でマルクス主義が成立する上で、ある時期はエンゲルスの方が先に行っていたのだという言い方をしています。『経哲草稿』『ドイツ・イデオロギー』の頃からなあ。私も岩波文庫の『経哲草稿』を読んだときに、マルクスのいい方に、いくつも?マークを付けていました。
 その後この著者のは『エンゲルス論』『マルクス主義の地平』等を読んだものでしたが、この『マルクス主義の成立過程』だけを内容まで詳しく覚えているものです。
 思えば、私にはマルクス主義のことを教えてくれたのが、この著者であり、この本であったかと思っています。(2011.04.28)

10120405 きょうの朝刊によると、22日に廣松渉が亡くなったとのことです。60歳でした。思えば、昔私たちが若いときには、彼の書くものをよく読んだことがあるわけで、なにか書き留めておこうかなと思いました。

 つい先日、

94-05-11 22:39:31 Re.00707「ゴトです:すいません」 周
ちょうど「ドイツ・イデオロギー」では、マルクスとエンゲルスのいっていることは、微妙に違います。この違いはかなり決定的なものに思えるのです。「ドイツ・イデオロギー」は御存知のように、ネズミに食われた部分というのがあります。そこらをつなぎあわせて、さらにエンゲルスの部分を差し引いてみるとマルクスの思想が浮び上がってくるように思います(註1)。そしてその思想は今も有効だと思えるのです。残念ながら、レーニンはこの「ドイツ・イデオロギー」を読むことはできませんでした。それが、やがてはスターリン主義にもつながることになってしまったように思えてしまいます。
(註1)ここらのことは、広松渉がくわしくやっています。彼のお得意のところです。だが私は、結論は彼と反対のことをいいたいのです。簡単にいうと、彼はエンゲルスを評価してしまうのです。

と書いたばかりでした。たしかいま書店に並べられている「情況」という雑誌でも、この廣松渉の特集号があり、まだ立ち読みすらしていないのですが、いろいろ思い出していた矢先のことです。
 彼は、マルクス主義をソビエト・ロシアの呪縛からときはなたちたかったのだと思います。ときあたかも世界中で、自己疎外論をもって若者が立上りました。そうした中で彼は初期マルクスを深く考察するなかで、ロシアマルクス主義とは違ったマルクス主義像をさぐりあて、つくりだしました。彼がやった「ドイツ・イデオロギー」を完全に再編復刊することは、たしかに大変に意味があったのでしょう。レーニンはその存在を知らず、さらにロシアでは読まれることのないこのドイデを私たち日本では自由に読むことができました。だが、私たちの前に提示されるドイデは不完全でした。昔からいわれていたのは、ねずみに食われてしまった箇所があってそこが読めないとのことでした。しかし、ねずみだけではなく、ロシアスターリン主義がいろいろと改竄していたようです。それを廣松は丁寧に再編集していきます。そして完成しました。
 だが、私などにはそこにいたるまでの、「マルクス主義の成立過程」「エンゲルス論」はたいへんに読み応えがあり評価できるのですが、その後、全世界の新左翼がいわば、なにかしらのものを獲得したと彼が錯覚してしまったときに、彼の書くものは非常につまらなくなりました。この錯覚はどこからきてしまったのでしょうか。ロシアスターリン主義によってとんでもない姿にされてしまうマルクス主義を、彼はなんとしても本来の姿に戻したかったのでしょう。その方法を初期マルクスを考察するところによって成し遂げていこうとしました。しかし、その初期マルクスの考察をみていると、やっぱり私には彼が単なる学者先生だなと思わざるをえません。マルクスが情熱をかたむけてとにかくいいきってしまうところを、「情熱ではなく科学が大事なのだ」というマルクス主義によって切捨てているように思います。それが彼のエンゲルスへの肩入れです。エンゲルスはなんにしても、マルクスへの友情が大事だったのでしょうか、マルクス主義をなんでも綺麗に完璧につくりあげてしまいます。私にはそこが問題だったと思うのです。ロシアスターリンがいけないのではなく、マルクス=エンゲルスといわれるときにもうその後のマルクス主義の姿は形作られていたのだと私は思います。
 廣松は多分かなり絶望して亡くなったように思います。スターリン主義が崩壊していくのは当然に歓迎すべきなのですが、それを崩壊させるものは、全世界のまともな左翼勢力だったはずなのに、そんな連中はいまどこにもいないのです。……私からいわせてもらえば、「いやもうすこし、世界を見てごらん」と生意気にいいたいわけなのですがね。
 とにかく、合掌します。(1994.05.24)

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