11030720 相手のわざを受けるとは何をいうのか。これはレスラーでいうと、アントニオ猪木とか藤波辰巳とか思い浮かべるかも知れないが、まず日本のレスラーはすべてこのことを分かって試合に望んでいると思う。すなわちプロレスでは、相手の得意なわざにはつき合ってあげるということである。
 これを聞いて、そらもう目を輝かす人がいるかもしれない。「そうだ、だからプロレスはおかしいんだ、いかがわしいんだ。真剣に相手に勝つことを考えるなら、相手のわざをうけることはないじゃないか」と。
 私にいわせれば、またここがプロレスの高度なスポーツたるところなのです。同じ格闘技でも相撲の場合なんか、始まったらなるべく相手に相撲をとらせず、一方的に自分の得意わざで勝負に勝つ人が名人とか、強い横綱とかいわれるのだと思います。もしも貴の花や若の花が毎回相手の得意わざを必ず一度は土俵上で受けた上で相手に勝つという思想をもったしたら、彼らはすぐに相撲界から消えていることでしょう。

 だがプロレスを考えると、ある選手がもしあいてのわざを全て拒否して、一方的に勝ったとしたら観客である私たちは満足するでしょうか。プロレスは相手の協力がないと成立しないわざがたくさんあります。
 例えばひんぱんに見られるドロップキックですが、あれはロープからかえってくる相手にうつのが常道です。あれはロープから相手がまともにかえってきてくれないとできはしません。だいいちロープへ投げられたら、投げられた選手は必ず背中でロープをうけて、相手のところへかえっていくようになっています。しかしこれがあくまで基本なのです。これは古典的な女子プロレスなんかでも執拗に訓練されるところであるわけです。

 もう昔の話になってしまうわけですが、私たちは、長州のサソリ固めが見たい、ハンセンのウエスタンラリアートが見たいと会場に足を運んでいるのに、ところがあいての選手がまったくそのわざにつき合わなかったらどうなるでしょうか。相手の選手を卑怯な奴とブーイングするの違いありません。すなわち相手の得意わざは、少なくとも一度は出させてそれを受けて、その上で相手に勝つのがいいプロレスラーであり、いい試合だといえるわけです。これはプロレスラーの基本であると思います。その中で藤波や鶴田のように相手のわざを受けるタイプと、長州、天竜のように自分からガンガンいくタイプとがあるのだということだと思います。どちらにしても原則は同じなのです。プロレスは相手のわざを受けなければ成立しない高度なスポーツなのです。

spt028 そしてこの流れの中でレスラーは相手に勝つことを目指さなくてなりません。どう考えても、相手が自分より格下で簡単に勝てるとしても、その相手の力を十分に出させた上で、あいての得意業を十分観客にもアッピールさせた上で、勝利するのが優れたプロレスラーであるわけなのです。(1998.11.01)