将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:ネット赤ちょうちん

12072603 Noraさんの「ネット赤ちょうちん」で以下のUPがありました。

高尾山 投稿者:Nora  投稿日:2012年 7月25日(水)20時55分52秒
『源氏物語』についてというほど、詳しく読んでいませんが、わたしはどうも詳しく読む意欲がわいてこないのです。光源氏は女性を真剣に愛していたかも知れないけれど、次から次とたくさんの女性と関係していくのは、やはりいただけません。だんだん足が遠のいた女性は辛いのが普通の心情です。江戸時代や明治時代も男系社会のためにずいぶん女性が泣いてきましたが。そういう小説を読んでも生きる気力が湧いてこないのです。そういう史実から人間の平等・対等を訴えてきた女性達には傾倒しています。たとえば、もろさわようこさんの「おんなの歴史」は友人と読書会をしたものです。

話は違いますが、いつも写真を掲載してくれてありがとう。気分がいやされたり、「これは外国の遺跡」かしらと興味を持ったりとずいぶん楽しませてもらっています。

 また『源氏物語』については、私のこの将門Webで書いて行きます。
 私はいつも、この物語を思うと、いつも必ず、物語が長くて、そして読みとおすのは面倒でいわば退屈なんだよな、と思っています。
 でも当然に、私が退屈に思ったとしても、『源氏物語』の価値は少しも減殺されるものではないのです。私はもう読むのに、面白くてたまらないというほどの『更級日記』の少女ほど(菅原孝標女が作者だといいます。女むすめというのは名前が分からないからですが、正確には菅原孝標の次女でした)、面白いと思うことはできないのです。

 *「『更級日記』の少女」という言い方は、1967年から6号まで発刊された「遠くまで行くんだ」での新木正人の書いた評論によります。

 菅原孝標女(すがはらたかすえのむすめ)には面白くてたまらないと思ったのでしょうね。私にはただただ退屈にしか感じません。だだ、私はそうはいいましてもこれが実にすごい偉大な物語だということは感じられるのです。

12071608 これはいつもリビングでやっていますが、どうしてもパソコンでやらないとすまなくなることが多くなりました。

2012/07/17 05:40私の友人のnoraさんの「ネット赤ちょうちん」に「鉄道員(ぽっぽや)」のことを少し書きました。私はこの映画を見ているはずなのですが、どこでだろう。私は映画を見ると、かならずその映画のカタログ(説明書というのかなあ)も必ず手に入れるのですが、今はそれがないような気がします(ひょっとしたらどこかにあるのかもしれません)。
 でも「ネット赤ちょうちん」に少し書いて、高倉健さんの画像も二つUPしたら今度はこの映画の「映画評」も書きたくなりました。映画評と言えば、「男はつらいよ」もまだ途中だし(私は48作全部やるつもり、今は第19作まで終わっています。そして第29作第45作もやっていますが)、やらなくちゃあいけないなあ。今後また書いて行きます。
12071703120717042012/07/17 06:03この新聞が入ってきたときに、すぐに「黒書院の六兵衛」を読みました。今日の内容で、的矢六兵衛のことが分かった気がします。そしてそれは間違いないでしょう。しかし、この勝海舟は実際にはここまで言い切れなかった、言わなかったろうなあ。最後に鳥羽伏見の戦いのことを海舟が語りますが、これは実にいいです。

「・・・。あの戦には武家の大儀も面目もなかったのだ。まったく百姓一揆と同様、われらの食い扶持(ぶち)を保証せよという言挙にすぎなかった」
 ああ、と隼人の口から息が洩れた。すべてが腑に落ちる。何を偉そうに言うても、人間とどのつまりはやはり金なのだ。

 まずは以上でUPしましょう。

12071410 Noraさんが「ネット赤ちょうちん」で次のUPをしてくれました。

大豆蒔き 投稿者:Nora  投稿日:2012年 7月14日(土)20時56分10秒
浅田次郎さんはほとんど読んでいないのですが、ラジオの名作劇場だったかでやっていたのを聞きました。(西田敏行さんと竹下景子さんで)題名は忘れましたが、続きも聞きたいと思いました。
おはぎさんの家の植物、いいですね。木のうろを利用していて、山百合でしょうか。とても初々しくていい感じです。

夏の高尾山 投稿者:Nora  投稿日:2012年 7月15日(日)20時26分40秒
新・日曜名作座は浅田次郎さんの『終わらざる夏』のようです。終戦間近の兵隊達の様子がリアルに脚色されていました。

 ありがとうございます。ただ私が書き込んだものの画像は、おはぎの家のものではないのです。家まで3分くらいのところにあるボクシングジムの前にある百合なのですね。

 私は浅田次郎については、以下で書いています。

   浅田次郎のことで

 HNKのラジオドラマ「日曜名作座」については、以下を書いています。」

   追悼私記29「加藤道子さんのこと」

   陳舜臣『青玉獅子香炉』

 もう今では「ラジオって、どう聞くんだっけ?」という段階なのです。iPod Nanoを持っていた頃はよく聞いていたのですが(ブルータスに取られました、いや少し故障していたのでしたが?)、今はもう分かりません。
 今度日曜日この「日曜名作座」を聞いてみます。私はいつもほとんどインターネットばかりで、朝テレビを見て、日曜日に「笑点」と「ちびまる子ちゃん」と「平清盛」を見るばかりなのです。ラジオって、どの器械でどうすれば聞けるのか皆目分からなくなっています。

12071104 Noraさんが「ネット赤ちょうちん」で以下のUPがありました。

Re.一本橋わたれ(五味太郎) 投稿者:Nora  投稿日:2012年 7月10日(火)21時02分31秒  

 この中で、以下のように書いてくれました。

  周さんへ
周さんの『スーほーの白い馬』についての感想を読み、おとなでこんなに柔らかい感受性を持っている人がいるの!とびっくりしました。いいようのないほど素敵です。モンゴルに行ったときには、こういう大人の日本人もいるんだよと紹介したいです。

 ありがとうございます。私は「この物語はいい話だなあ」と思っているばかりです。私の二人の娘も孫たちも同じに思うはずです(まだ孫たちには聞いていませんが)。
 この物語が、私たちには(とくに私には)モンゴルの印象なのですよ。モンゴルというとジンギスカンの印象だけじゃないのよ。私は「義経がジンギスカンになった」(高木彬光『成吉思汗の秘密』)と信じているところがありますから、モンゴルは実に親しく感じているのです。
 相撲でもモンゴルの出身の方のことはものすごく身びいきですよ。

 それと私は「五味太郎『一本橋わたれ』」も読みたいと思って、王子図書館を検索したのですが、ないのですね。それで私はここのサイドバーに『図書館検索サイト「カーリル」』を置きまして、他の図書館から借りる気です。
 また読みましたら、ここに書きます。五味太郎さんは私より三歳年上の方です。今までに何冊も絵本を読ませてもらっています。

12070809  私がいつも拝見していますNoraさんが、「ネット赤ちょうちん」で『スーホーの白い馬』のことを書いてくれました。以下の内容です。(全部コピーするのはまずいのかなあ。でもこうしないとよく分からないのですよ)

モンゴル行き 投稿者:Nora  投稿日:2012年 7月 8日(日)20時51分38秒
  8月4〜8日にモンゴルに行くことにしました。
ほんのちょっとの知り合いの人がモンゴルに学校を開校するからです。首都のウランバートルにあるのですが、40人ずつを受け入れ、数ヶ月くらいで終了し、また次の40人を受け入れていくやり方です。本や衣料品など物資も不足していて、わたしらももう使わない衣料品や本などを寄付しました。
 学校へ行ったら、1時間授業させてくれるそうです。自分の得意なことをやって欲しいそうで、わたしは素語りや絵本の読み聞かせをやろうと思います。モンゴルというと『スーホーの白い馬』ですが、ありふれているかなと思ったら、「ぜひそれをやってほしい」ということなので、その絵本も持っていこうと思います。

 私はこの絵本について、以下のように書いています。

  周の雑読備忘録「『スーホの白い馬』」
   http://shomon.livedoor.biz/archives/50988081.html

  周の雑読備忘録「『スーホの白い馬』」へのコメント
   http://shomon.livedoor.biz/archives/51004045.html

  周の雑読備忘録「『スーホの白い馬』」
   http://shomon.livedoor.biz/archives/51645136.html

 なんだ、私はこれしか書いていないのですね。
 でもこの絵本はいくらでも思い出が甦ります。私も孫たちに読んであげなくてはと真剣に思いました。私自身の二人の娘には何度も読んであげたものでしたね。でも悲しくてたまらない物語です。
 モンゴルって、こういう物語があって、私たちにはどうしても親しい思いになりますね。
 私は以下のように書いています。

  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
12070810最後の見返しのページに「5−1」とクラス名が書いてあり、そのあとにおはぎの氏名が書いてあります。おそらく、おはぎはこの絵本を自分のクラスへ持っていきまして、みんなに見せてあげていたのですね。次女のブルータスも好きな絵本だったかと思います。

 また今も涙を流した話です。その一番涙の出てしまったページが以下です。

 かなしさとくやしさで、スーホはいくばんも、ねむれませんでした。
 でも、やっとあるばん、とろとろとねむりこんだとき、スーホは白馬のゆめを見ました。スーホが、なでてやると、白馬はからだをすりよせました。そしてやさしくスーホに、話かけました。
「そんなにかなしまないでくださ。それより、わたしのほねや、かわや、すじやけを使って、がっきを作ってください。そうすれば、わたしはいつまでも、あなたのそばにいられます。あなたを、なぐさめてあげられます」

 もう私の顔は涙ばかりになってしまいます。スーホはこの夢から覚めて、この楽器を作ります。これが、今でもモンゴルにある「馬頭琴」という楽器です。
  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 またとろい私は涙になっています。私の四人の孫のうち三番目までは読んであげても、よく分かるかなあ(4番目のじゅにはまだ小さい子だからです)。
 また読んであげようという気になっています。

12062210  Noraさんが、「ネット赤ちょうちん」で以下のUPをしていました。

『緑園の天使』 投稿者:Nora  投稿日:2012年 6月22日(金)20時47分5秒
   町内の近隣センターで『緑園の天使』が上映されたので観に行きました。町の繋がりのためにリタイアしたおじさんたちが運営してくれるので無料です。年間通じて「なつかしの名作劇場」として何回か上映しているのです。次回9月はあの『東京物語』です。

 この映画もまったく知らないなという思いで、なんとか見てみようと思いました。私も『周の映画演劇館』で書いていますが、「小津安二郎『東京物語』」も私の好きな映画です。私の書いた内容を見て、いくつも思い出していたものです。
 次のように書きましたが、私の一番大好きな原節子をいつも思い出すのですが、この映画では私こそがいつも泣いてしまっています。

 この淡々と進む中で、やはりひとつ涙を見せるのは、原節子です。こらえていた感情が崩れおちるように、静かに泣き崩れます。泣けない笠智衆を見ていると、原節子の涙には、もっともっと泣いてもいいのだ、笠智衆の分も泣いてくれと思ってしまいます。

 私は鎌倉を歩くのが好きですが、いつも「原節子に会えないものか」ななんて思っているのです。そう甲斐なきことを思って北鎌倉を歩いて、もう何十年になるでしょうか。
 でもまた同じことを思い、同じ北鎌倉を歩いているでしょうね。

12062105コメントを書いても「受け付けられない」という事態』に書いたのですが、「ネット赤ちょうちん」に次のようにありました。

周さんへ 投稿者:Nora  投稿日:2012年 6月21日(木)20時01分22秒
  きょうのコメントは受けつけられました。やった!
 きのうはなぜかダメだったけど。

 これで実に良かったです。私が「noraさんのコメント」と書いたことがなくなったのです。ものすごく嬉しいです。私も「やった!」という思いですね。
 これはなんでこうなったかと真相を確かめるべきなのでしょうが、もう私はいいです。もうすぐに妥協してしまういい加減な私なのです。

12061915  さてこれで今日はこれで始まりになれるかなあ。
  どうしても朝はこのIS01の電池を替えるのですが、前のはまた充電するわけです。でもどうしてか今朝は、その充電の具合が悪すぎるのです。どういうことなのでしょうか。もう充電器を何度も直しています。
  そういえば、私のブログにも「書き込めない」(コメントできないということか)ということが、ある掲示板(「ネット赤ちょうちん」)に書いてあり、もうその解決は私には分からないのですね。
  とにかく、まずこれでUPします。

12061913 私の友人のNoraさんが、以下のような事態があるそうです。

周さんへ 投稿者:Nora  投稿日:2012年 6月20日(水)21時46分52秒
  周さんのブログに書いたら、この内容は受けつけられませんと書かれちゃいました。直してみたけどまたダメ。どうしてかなあ?

 Noraさんは、上のことは、「童話とマンガの世界」の「ネット赤ちょうちん」に書かれています。
 私では今は皆目分からないことです。
 あとで事態がはっきりしたら、ここで報告します。

12061510 私の友人の「童話とマンガの部屋」の「ネット赤ちょうちん」に、「いつもお二人を思い出します」という書き込みをしました。
 私はここのネットはすべて読んでいますし、そして日々更新されていますこの掲示板も読んでいます。それに手紙を書くこともあります。また手紙を書かなくちゃなと思っています。
 昨日飛鳥山博物館の「ドナルド・キーン展」で、彼の所蔵する谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫、司馬遼太郎、安部公房からの手紙を拝見したのですが、そしてそこでの解説を読みましたが、自分の情けなさにがっくりくるばかりです。
 でもどうしても好きになれなかった川端康成ですが、これを読んで、何かが私もつかめた思いがしました。思えば、川端康成の作品も思い出して、ここに少し書いてみたいと考えました。

 ここの写真は、昨日の谷中墓地で撮りましたものです。

1205050512050506 私の友人のNoraさんが、「童話とマンガの部屋」の「ネット赤ちょうちん」で、以下のUPがありました。

大江健三郎の「憲法講演会」 投稿者:Nora  投稿日:2012年 5月 3日(木)21時25分2秒
 
 私はこれを読んで、はるかな昔をいくつも思い出し、そういえば、「大江健三郎って、何読んでいただろう?」って思い出してみました。
 私が読んだのは21歳の頃ですね。思い出すのは、以下の作品です。

『死者の奢り』『飼育』『セヴンティーン』『遅れてきた青年』『芽むしり仔撃ち』『個人的な体験』『万延元年のフットボール』『厳粛な綱渡り』『ヒロシマ・ノート』『持続する志』

 私は高校時代には、名前も知らない作家でしたが、21歳のときに一気に読んだものでした。
 中でも、私は『万延元年のフットボール』が一番好きでした。これでまだ見ぬ多くの60年安保闘争の多くの先輩方を思ったものでした。
 ただし、今はまったく好きではなくなりました。ただどうしても『万延元年のフットボール』は、内容をときどき思い出しています。

 Noraさんが書いていることでは、井上ひさしも思い出します。私には、あまり評価できない方ですが、こんなことがありました。リンクしようと思いましたが、もう多いので、いっそ以下のように全部リンクしました。

  井上ひさしが吉川英治「宮本武蔵」のこと(1992.09.28)
  井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.09.29)
  3たび井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.10.03)
  4たび井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.10.06)
  5たび井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.10.14)
  6たび井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.10.14)
  7たび井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.10.15)
  8たび井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.11.06)

 思えば、このときのことは忘れられないですね。このときの「毎日新聞学芸部桐原良光」さんも忘れられないです。もう新聞社は退職されたのでしょうが、その後インターネット上ではいくつかのことは、見ていますよ。その書かれている内容にも私は思いがありますが、もうそれは述べません。
 私は井上ひさしもいくつか、作品を読んできましたが、これ以降は一切読んでいません。

 Noraさん、ホームページも掲示板も読んで行きますよ。それにまた手紙も書きますね。

 童話とマンガの部屋ネット赤ちょうちんに、noraさんから私は葉書をもらいました報告とお礼の書き込みをしました。
 でも私はミスをして訂正するのにできませんでした(たぶん一度目は簡単にできるが、再度だと時間がかかるのかもしれません。
 それで2度も余計な書き込みをしました。

  http://8117.teacup.com/kamo/bbs/2563
   お葉書をありがとう
  http://8117.teacup.com/kamo/bbs/2564
   あ、訂正したいのですが、できないのです

12042304 これで画像は2つUPしたのですから、本当に私は余計なことばかりです。
 またそのうちお手紙を書きます。メールよりはいいと思うのですね。でももちろん、メールもいいですが。ただし、今の私はメールも、ケータイメールも大変なことになっていて、うまく使えません。

12041604 私の「ネット赤ちょうちん」にNoraさんのレスがに、そのnoraさんからレスをいただいていまして、私は先にレスしました。でももう一度やります。

 まず前にも書きましたが、『源氏物語』が面白くないというのは、吉本(吉本隆明)さんが、吉本さんの『源氏物語論』で言われているのです。そこで私は、始めて何かが解けた思いでした。私は「谷崎潤一郎『新々訳源氏物語』」は、1969年の8月にちょうど岩波文庫の「ファーブル『昆虫記』」と読んでいたものでした。東大闘争で、1月19日に逮捕されて、ちょうど丸8ケ月目の月でした。
 でも私はこれはかなり難しかったのです。でも私は谷崎さんは偉大だから、その面白さが感じられない自分が馬鹿なんだと思い込んでいました。はるかに昔読んだ与謝野晶子訳なんて話にならないと思い込んでいたものです。
 でも吉本さんは、与謝野晶子訳しか読んでいないのです。そこで始めて私はよく分かった気がします。与謝野晶子は、源氏が面白くてたまらないのです。ちょうど更科日記の少女が面白くて面白くてたまらないで読んだように。
 私たち今の日本人には、あんな物語は退屈と感じるのが当然で、谷崎さんはやはりどこか違う人なのです。
 私は谷崎さんの小説は、『卍』『蓼喰ふ虫』『春琴抄』『吉野葛』『盲目物語』『猫と庄造と二人のをんな』『細雪』『少将滋幹の母』『武州公秘話』『陰影礼賛』は私は大好きです。
 でも私は『痴人の愛』『瘋癲老人日記』『鍵』なんて、どうにも好きになれないのです。あとつまらないくだらない小説がいくつもありますよ。そうそう向坂逸郎が谷崎潤一郎のプロレタリア文学(とはいえないのですが)と少しいえるかなという小説を岩波新書で紹介していました。私は向坂も嫌いですから、どうでもいいのですが。
 源氏はね、面白いと感じる人もいて、それはいいのだと思います。私はこの王子の近くの西ヶ原に住んでいるドナルド・キーンが源氏物語を大きく評価しているのを、この北区の印刷物でみて、エッと驚き、「なるほど、そういう風にも読むべきなのかもしれないな」と思ったものです。
 でも私が源氏を思い出し、つまらないなあと思い出しても、『源氏物語』はいささかもその魅力はあるのだと思っていますよ。

 そういえば、私は『平家物語』も、もう違う物語なのだと気がつきました。これは『平氏物語』じゃないのですね。源平、そして木曽義仲の物語は、『源平盛衰記』でいいのですよ。私の大好きな平将門を始めとする平氏および関東武士団は、平家とは違うのです。 今になってそれに気がついて、『源氏物語』『平家物語』の優れた文学性に気がついて、驚くばかりです。

12040908  また「ネット赤ちょうちん」にNoraさんのレスがありました。

お久しぶり、周さん! 投稿者:Nora  投稿日:2012年 4月 9日(月)21時08分55秒
   周さん、懐かしいですね。
元気で『孫、命』は相変わらずなんでしょうね。
わたしが我孫子へ引っ越してきたころ、駅(北口)の近くの蕎麦屋さんにいつも白い大きな野良犬が寝そべっていました。そのころ、犬が苦手だったわたしでも少しもこわくなく、おだやかで優しい目をした犬でした。彼は(もしかして、彼女?)ときどき、駅の近くをゆったり歩いてもいました。野良犬が歩いていられる街なんて、なんて素敵なんだろうと思ったものです。そのころ、北口の駅の近くに山もあり、わたしはわざとその山を通って通勤していたんです。

いつのまにか、白い犬の姿は見られなくなり、道路が開通し、山が消え、高層ビルがどんどん建ちました。コスモスの畑もなくなりました。

8年前、ロシアのサハリンスクへ行った時、野良犬の集団があちらこちらにいました。柴犬くらいの大きさなので、こわくはなかったです。何か、食べていると、寄ってきたのでフライドチキンをあげたりしました。ロシアの人は野良犬くらいでギャアギャア騒がず、寛容なんだなあとと思ったものです。

今のうちのまわりは家を建て替えると、どか〜んと大きな家にし、庭をつぶし石を敷き詰めて土がない場合がほとんどです。植木もどんどん少なくなっています。そのせいかノラ猫も極端に少なくなって淋しい限りです。

 ありがとうございます。「どか〜んと大きな家にし、庭をつぶし石を敷き詰めて土がない場合がほとんどです。植木もどんどん少なくなっています。」というのは、本当ですね。本当に「淋しい限り」です。でももう都会はどこでもそうなっていますよ。
 ロシアの人が寛容というよりも、この日本でも昭和30年代以前はそんな感じでした。でもそのことが「許されない」というような時代になって来ているのだと思うのです。
 私の二人の娘は、上の子おはぎは三人の子と住み、下の子ブルータスは今家を建てているところです。昨日は、私の妻がおはぎの子のポポの保育園に行きました。孫たちもばあばの方がじいじより安心するようです。
 今度またブルータスのところへも行きます。この娘も彼と一緒に今自宅を建てているところです。長い間、私の孫じゅにと一緒に過ごしていたので、自分の学校の生徒たちも恋しいようです。たぶん来週にはこのブルータス夫婦と孫じゅにに会いに行きます。もう私はいつも「元気で『孫、命』」ですよ。

 私の実家も、今は私の姪のみーねえ家族も住むようになりまして、賑やかになっています。私の長女家族5人と行ったことがありますよ。もうポコ汰、ポニョ、ポポがあちこち歩き回っていました(ポポなんか、まだ小さいのに、グルグル走りまわっていました)。 私の兄は、大量(これが恐ろしいくらい大量)にあった本を処分して、少しは身軽になりました。とにかく、本は読めばいいのですよ。私は近くにある図書館の利用で、もう自分では持つ気持がなくなりました。でも吉本(吉本隆明)さんの本だけは、全部持っていますが。
 今は本を読むことよりも、とにかく「書くこと」だと思っています。いつもIS01を持っていますから、どこででも私のこのブログにもUPできます。本は今も年間300冊を読んでいますが、まずは自分で書くことだと思っています。『「書き言葉」と「話し言葉」』をよく考えて、これからは「書き言葉」を優先していこうと思っているところです。
 本はね、自分で持っているよりも、図書館の本を全部読もうと思うと、でもただただその無限さにあきれるばかりです。「源氏物語」なんて、どうみても私にはつまらない話ですが(私は谷崎潤一郎訳と与謝野晶子訳を読んでいます)、ドナルド・キーンさんの言われることで(彼は、「この物語には『戦争』が書かれていない。これは実に貴重なことだ」と言っています。私はそのときに、ものすごい驚きを覚えました)、私はどう見ても「面白くない」源氏物語を再発見したものでした。そしてあの退屈な物語を再び大きく思ったものです。
 今は電車の中でも飲み屋ででもIS01をひろげます。そしてなにかを書きます。もう私がノートパソコンを持って歩いているよりも数段いいですよ。こうしてブログを書くのもいいです。ノートはもう持って歩きません。IS01が数段優れています。
 それと手紙を書かないでごめんなさい。昨年の東日本大震災で私はしばらく手紙が書けない状態だったのです。「しばらく」ではなく、長期化しましたが。
 でもまた書いていこうという気持になっています。だからまた書きますね。そのことを伝えます。

12040906 私が書きました『「ネット赤ちょうちん」にシロのことが』ですが、(ここは下のリンクとあえて離しました)

この「ネット赤ちょうちん」に次のUPがありました。

犬の白ですか 投稿者:かも@店長  投稿日:2012年 4月 8日(日)23時07分49秒

   周さんこんばんわ。
わたしはすっかりツィッター(kamosan2)にはまっており、かみさんは
ノートの不調で昨日から入れていません。
返事ができないです。

しかし春になると柏市民ネットの花見を思い出しますね。   

 ノートの不調って、何かな? でも思えば、ここはteacupだから、問題ないわけですね。私もツイッターはやっていますが、それはやはり、このブログが中心で、ツイッターのみで書いているのは、パソコンで一日一回くらいで、あとIS01でやることもあります。私は私のツイッターでのURLで、私のブログに来て読んでもらえばいいのです。
「柏市民ネットの花見」というと、柏駅西口の少し歩いた公園でやりましたね。いつだったかあな。私は実は、あそこで一つのお花見を大勢の方とやりまして、またそこですぐ引き続き柏市民ネットの花見をやったものなのです。布施公園でもやったよね。いや違うかなあ。
 もう花見は東京の谷中墓地でも四谷の土手で代々木公園でもやってきたので、どれがどれだかわからなくなっているのです。
 今はおとなしくなって静かに桜を見るばかりです。そういえば、私の詩吟も、もはやみなに受けるわけではないのですね。

 Noraさんには、また手紙を書こうとは思っているのですが、私たちの年代は、メールもケータイメールもダメなのですが(不得意ということです)、手紙も書けないようなのですね。また返信の手紙に、すぐ返信を出したりしないように、ものすごく自重しています。
 Noraさんへのお手紙も、ちゃんと真面目に書かなくちゃあいけないなと思いまして、かえって書けていないのです。
 でもシロという犬の思い出が、私にもシロという犬をしみじみとたくさん思い出せてくれました。

12040804 私がときどき見ています「童話とマンガの部屋」の「ネット赤ちょうちん」にこのUPがありました。

うちのシロ 投稿者:Nora  投稿日:2012年 4月 2日(月)21時16分9秒

  シロ(雄・若い)は甘えん坊で淋しがりやだ。

 私は、このブログに「周の犬の話」というカテゴリーがあります。ここに私もシロという犬の思い出を書いています。
 思えば、私の場合はこのシロとの出会いと別れは忘れられないことなのですね。
 実はこのUPは前にも読んでいまして、今朝もどうしても熱心に読んでしまいました。私には、このシロというノラ犬は忘れられない存在なのです。
 でも我孫子の町も、ああしたノラ犬は昔のようにはいられないのだろうな。
 どうしても、遠い昔を思い出します。

11123107 本日29日(土)と30日(日)に柏祭りに柏市民ネットとして参加します。ことしで5年目の参加です。
 午後2時から9時まで、JR柏駅東口のサンサン広場の下で「柏市民ネット」の名前でやっています。
 やっていることは、毎年パソコンのデモです。最初と2年目はパソコン通信をやってきましたが、ここ3年はインターネットのデモをやっています。
 ただ、これだけだと、経費がでないものですから、たこ焼きの販売もやります。このたこ焼きも3年目です。最初の年は焼きそば、その次の年はサモサを販売しました。たこ焼きは3年目ですから、美味しいのを作りますよ。 以下の掲示板でも柏祭りの現場から報告してまいります。

  サロン柏(現在はありません)

  ネット赤ちょうちん

  周の掲示板

 でも、できたら現場へ来てください。たこ焼きとビールで、パソコンの前で語りましょう。(07月29日 07時55分)

2017071720 童話とマンガの部屋ネット赤ちょうちん を読んでいまして、以下にあります

「ぼく、にげちゃうよ」3月のお話キャラバン 投稿者:Nora  投稿日:2011年 3月 2日(水)21時18分29秒  

「ユーラリ・S・ロス『いたずらこうさぎ』」が読みたくなりました。でも王子図書館にはないようです(私はいつもインターネットで図書館内の検索しますが、それで「ないようだな」と判断したのです)。
でもユーラリ・S・ロスの「ストリーテリングについて」(子ども文庫の会)を借りて読みました。
そうしたら、そのなかに『いたずらこうさぎ』があったのです。
ユミ子さんが以下のように書いているお話です。

家出したくなった子ウサギに母ウサギが機転を利かせる話です。子ウサギは母ウサギから逃げるために魚・岩・クロッカス・帆前船・空中ブランコ・男の子と変身しようとするのですが、母ウサギは追いかけるために漁師・登山家・植木屋・風・綱渡り芸人・男の子のお母さんになって追いかけていくよ、と言ったら子ウサギは結局は今のままと同じだと思い、家出をやめるのです。

物語の最後が以下のようです。

「お前が小さい男の子になって、うちの中ににげこんだら、おかあさんはその子のおかあさんになって、両手でその子を抱いてしまうよ。」と、おかあさんうさぎはいいました。
「なあんだ! それなら、いまのままここにいて、おかあさんのこうさぎでいるのとおなじだァ。」
そういって、こうさぎは、そのままうちにいることにしました。
「さあ、ニンジンをおあがり。」と、おかあさんうさぎがいいました。

いいお話です。私も孫にお話したくなりました。でもまだポニョもポポも小さすぎるかなあ。

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11021304  童話とマンガの部屋ネット赤ちょうちん でユミ子さんが次のように書いてくれました。

    周さんへ
はがき、出しましたよ。
わたしは封書より葉書がすきなんです。もらうのは封書が好きなんですけどね。
自分で便せんに書き出すとどうもだらだらと余計なことを書きそうで。そして、投函してから「ああ、あんなことを書かなければよかった…」なんて後悔するんですよ。その点、葉書はエッセンスしか書けなくて頭を使うしいいんです。「きょうは時間がないから、短い手紙は書けない」という名句を残したのはデカルトでしたっけ?

 ええと、私は封書のほうが楽なのです。葉書とくに絵葉書には、パソコンでは大変なのですよ。プリントが一苦労です。でも何度か他の用紙で試し打ちして、本番になります。 でも私なんか、短い手紙は書けないな。
「短い手紙は書けない」というのは、芥川龍之介が漱石宛に書いた次の封書だと思いますよ。私はデカルトは、中央公論社の「世界の名著」のデカルト篇(『方法序説』しか覚えていない)を読んだものでしたが、多分、その中にはなく、これは、芥川龍之助の漱石への次の手紙のことだと思いますよ。もちろん少し長い手紙ですが、その冒頭が以下です。

芥川龍之介の夏目漱石への手紙
             大正5年8月28日 一の宮から 夏目金之助宛
先生
また、手紙を書きます。嘸、この頃の暑さに、我々の長い手紙をお讀になるのは、御迷惑だらうと思ひますが、これも我々のやうな門下生を持つた因果と御あきらめ下さい、その代り、御返事の御心配には及びません。先生へ手紙を書くと云ふ事がそれ自身、我々の滿足なのですから。

 こんな手紙を見ても、漱石と芥川龍之介、久米正雄への思いも考えます。でも漱石は菊池寛のことなんか少しも眼中になかったのだろうな。なんだか、ものすごく考え込んでしまいます。いや、漱石先生の芥川龍之介と久米正雄への別々な思いも私は感じるのですね。
   やっぱり、今になっても芥川龍之介は、実にいいです。あとは、…、言いにくいけれど、どうでもいいです。

 私は短いハガキは苦手です。いや、何、パソコンで打ち、プリントするのが大変だからです。

11021006 私の昔からの友人のユミ子さんが、童話とマンガの部屋 の掲示板の ネット赤ちょうちんで、次のことを書いてくれました。

小雪の中のガス工事 投稿者:Nora  投稿日:2011年 2月 9日(水)18時44分59秒  

   周さんへ
桜色の便せんで温かいお手紙をありがとう。
久しぶりに周さんらしい濃やかさにふれて一日幸せ気分でした。
鎌倉の光則寺にはもう少し暖かくなったら横浜の友人を誘ってぜひ訪ねてみようと思っています。
掲示板やブログへのアドバイスをありがとうございます。もう少しほかの人も見やすいようになんとかした方が良いと思うのですが、これは相棒次第なので広がる可能性をアピールして重い腰をあげてもらわなくてはね。
わたしは保育園でのお話キャラバンと畑仕事のお蔭でずいぶん体がしっかりしてきました。ちょっとままでは何十年もの疲れが噴きだしてよろよろだったんですよ。そして、畑仕事をする時、陽射しよけに集散からもらったピンクの手ぬぐいがとても役に立っているのです。ちょっと派手でおしゃれな手ぬぐいをサンバイザーの上からかぶると、かっこいいんですよ。そして、この手ぬぐいを被るたび周さんのことを思い出し、(周さんはプレゼントの達人だなあ)と感心しているのです。

  ありがとう。いつも手紙にはいろいろな和紙の用紙を使っているので、今回はたまたまあれになりました。次はまた違う和紙ですよ。
 鎌倉の光則寺は、手紙にも書いたように、高徳院(やはり仏さまはいいお顔していますよ。それに与謝野晶子の碑がいいです)と長谷寺を見てくださいね。春になれば紫陽花が綺麗です。そしてすぐに下の由比ガ浜が見られて、ウィンドサーフィン(ボードセーリング)が綺麗ですよ。
 でも私には、小さな光則寺が好きなのです。
 そうですね、私は妻を誘って行きたいのですが、まだ言い出しかねています。
 その他鎌倉はいいです。私は頼朝が嫌いなので、鶴が丘八幡宮は寄らないのですが、実朝の殺された銀杏の樹は、いつも気になります。私は源氏って、『源氏物語』含めて嫌いですが(あ、平家も壇ノ浦で滅んだ平家は好きになれない、私は平将門だけです)、実朝は好きなのです。いつも実朝の百人一首の歌を、電子手帖から音で耳線で聞いています。いや、鎌倉の海を見ていても、いつも実朝を思いだしています。本当に彼は宋に行きたかったのですね。でも船は何故か海に浮かばないのです(私は北条義時が悪さしたと思っている)。
 手紙でも書いたけれど、ぜひブログをやってください。今までのようにあなたが掲示板に書いたのをブログでも書けばいいのですよ。スパムの書込なんか、一切入れなければいいのよ。
 私のブログも実にスパムがいっぱい来ますよ。最初は実に丸3年間ひどい書込がものすごい数でした。それが特定されないように、すべて海外のサイトのプロシキサーバーを使っていました。私はそのすべてをシャットアウトして(一日に3、4回、そして一回につき4、5のスパム書込です)来ました。そのサイトは、旧ソ連邦の各共和国、南米、アフリカの各国(もっと全世界ですが)、いくつにも渡りましたね。
 今はときどきひどい攻撃的な書込がありますが、素人らしく、自分のIPアドレスをさらしていますから、イザとなれば相手を特定できます。日本共産党名を語ったりして、脅してきますよ。あれじゃ、日共も迷惑だよな(こちらは相手を特定できるのですから)。 でもひさしぶりにあなたとKAMOさんに手紙が書けて嬉しかったです。
 できたら、ツイッターでも会話したいものです。簡単だから、やろうよ。

 ここをご覧の方に。
 このユミ子さんは、素敵な童話作家です。ご亭主のKAMOさんは漫画家です。それとユミ子さんは、細身の美女です。でも酒癖の悪い私に負けずにちゃんと論を展開される方です。
 お二人の作品は、以下で紹介しています。

 http://shomon.livedoor.biz/archives/51889162.html
     蒲原ユミ子『健太となかまたち』

 http://shomon.livedoor.biz/archives/51889167.html
     白六郎『あゆみの明日もの語り うたごえ天国』

 いや、他にも作品はあります。ぜひホームページ「童話とマンガの部屋」を見てください。

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