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Tag:ノンちゃん雲に乗る

ちいさなねこ(こどものとも絵本)
ちいさなねこ(こどものとも絵本)
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 長女の家へ行ったときに、ポコ汰に2度読んであげていました。

書 名 ちいさなねこ
さく  石井桃子
え   横内 襄
発行所 福音館書店
発行日 1963年5月1日こどものとも発行
読了日 2009年6月17日

 3歳から5歳までの絵本とありましたので、まだ2歳のポコ汰には早いのかなあ。でも2回ともよく聞いていてくれました。まだ0歳のポニョには無理です。
 石井桃子さんというと、「ノンちゃん雲に乗る」の原作者ですね。映画を思いだし、どうしても原節子を思い浮かべていました。
 私は、子どものときに住んでいた札幌を思いだして、このちいさなねこをひきそうになる車は、札幌の当時だと、馬そりになるのかなあ、なんて思っていました。

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 自分でUPして気がつききました。私がこの映画のポスターをインターネット上で探して画像をとってきまして、それでUPしたわけですが、このポスターは、主人公はノンちゃんである鰐淵晴子なのですが、このポスターでは、原節子の顔が全面に出ているのですね。私は原節子のファンですから、いいのですが、でもちょっと変だな。
 鰐淵晴子という女優は、その後は私には印象に残った映画もテレビドラマ等もありません。この映画が一番良かった映画だったのかなあ、なんていう思いを持ちました。

 でも本当は、こうして映画の画像を勝手にとってきて、こうしてUPしてしまうのは、まずいのでしょうが、どうしてもここにポスターの画像が欲しかったのですね。

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 きょう日本映画専門チャンネルで、この映画を見ました。ただ、私の義母をデイサービスに送る関係で、最初の15分くらい経ちましてから見始めたものでした。
 私はたしか札幌の幌西小学校で小学2年生のときに、講堂で見たものだと思います。
 そしてそのときに、原作もすぐに読んだものでした。でもあの本はどうしたのかなあ。今ではさっぱり判らなくなっています。

題名 ノンちゃん雲に乗る
封切 1955年6月7日
監督 倉田文人
原作 石井桃子
脚本 倉田文人 村山節子
音楽 飯田信夫
配給会社 新東方
キャスト
 ノンちゃんこと田代ノブ子 鰐淵晴子
 母 原節子
 父 藤田進
 仙人 徳川夢声
 バイオリン弾き 大泉滉

 もちろん、子どものときに見た映画では、鰐淵晴子という女優しか知りませんでした。実に可愛い綺麗な少女だと思いました。
 随分あとになって、この映画で、ノンちゃんのお母さん役が原節子だと判ったものでした。彼女は、この映画がひさびさの出演だったようです。
 そしてノンちゃんのお父さんは、藤田進です。彼は、わが青春に悔なし で原節子の恋人・夫役でしたから、映像を見ても、私はそのことばかり思い出していたものです。

 ノンちゃんは、身体が丈夫ではないので、東京から引越てきます。私はこの映画の舞台がどこの地方だか判らないのですが、子どものときには、札幌だと思い込んでいたものでした。札幌はあのような自然の風景がたくさん私には見られるところだったのです。
 ノンちゃんは優等生です。そのノンちゃんの席の右前に、ガキ大将の長吉がいます。彼とはどうしてもうまく関係ができません。いわば仲が悪い同級生なのです。
 実はノンちゃんの兄のタケシもなんだか、ノンちゃんとは仲良くしていないようで、でもインディアンごっこをしていて、ノンちゃんをつかまえる子どもたちを、雄々しく追い払う優しいお兄ちゃんでもあります。私は自分の孫の光汰朗が妹のポニョをいつも思っているところを見ていますから、このシーンではキュンとなってしまいました。

 でもあるとき、朝起きると、大好きなお母さんとお兄ちゃんがいません。ノンちゃんには教えないで東京へ行ってしまったのです。お母さんが東京へ連れて行ってくれると信じていたノンちゃんは泣きます。この涙もとても判るでのす。でもお母さんは、健康を損なってしまった東京へはノンちゃんを連れていきたくなかったのでしょう。
 ノンちゃんが、泣いて外を歩くとき、ある樹に登って、その上で手を拡げます。ノンちゃんは、それで白鳥になって飛べると思ったのです。
 でもノンちゃんは、樹から落ちてしまい、下の渕の中に落ちてしまいます。ああ、大変です。そしてそのあとに、ノンちゃんは夢を見ています。その夢の中の話が、この物語なのです。

 夢の中で、ノンちゃんは雲の上にいます。そこには仙人がいて、ノンちゃんの話を聞きます。でもここのは長吉もいるのです。
 そこでノンちゃんは、まず大好きなお兄ちゃんのことを語ります。
 私は、自分の孫のポニョがお兄ちゃんのことを喋るようになるのはいつのことかなあ? なんて考えたものでした。
 そして次に仙人は、ノンちゃんに自分のことを語るようにいいます。

 このノンちゃんの語ることは別にそれほどたいしたことではありません。でも子どもはいつも大人からはたいしたことでなくても懸命に悩みもがいているのです。
 最後に仙人は、雲の上から下界に降りたくなったノンちゃんに、「試験」を課します。それができたら、帰れるのです。
 それは、ノンちゃんが、何か一つでもいいから、嘘をついてみなさいと言うのです。さて、これはノンちゃんには大変に難しいことなのです。
 ノンちゃんは、見ている私たちも予想がつくわけですが、やっぱり小さな嘘もつけません。でもそれはこの仙人には予想していたことなのでしょう。

 それでノンちゃんは無事に寝かされている自分に気がつきます。お父さんも枕元にいますし、お母さんもおにいちゃんも東京から急いで帰ってきていました。

 私はいつも、この話で、お兄ちゃんの算数の計算の仕方とか、ノンちゃんが水たまりを見ていて、そこに映っている深い空を見て、「あ、落ちちゃう」とか叫ぶところを印象深く覚えていました。でも映画には、そんなシーンはないのですね。それは小説の文章の方だったのでしょう。そんなことがきょうの映画を見て確認できました。

 懐かしい映画でした。そしてあの頃の自分のことも思い出していました。

 映画を見たのが午前中で、すぐにこれを書いたのですが、外出する用ができて、午後今になって、さらに誤字等を直して今UPいたします。

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 私が 周の雑読備忘録「マガジンハウス『写真集 原節子』」を書いて、これで検索してみると、もう書いている人がいました。でもそれは私だったのです。それは「2001/01/08」に発行された私のメルマガの第21号ででした。
 でも私のホームページのどこにあるのか、判らないのです(私はメルマガに書いたものは、もう一度読み直して、直すところ訂正するところはそうして、私のホームページ内に載せるようにしています)。でもこれはどこにも載せていないようです。
 それで今ここに載せておくことにします。

「原節子について」

 私がなんと言っても一番好きな女優である原節子のことを書いてみます。
 私は写真集といいますと、唯一手に入れたことがあるのは以下でした。

書名  写真集原節子
編者  マガジンハウス
発行所 マガジンハウス
1992年4月23日第1刷発行
定価  1,500円

 この写真集の中である写真をパネルにして飾りたいなというのがあります。マガジンハウスに電話して頼んだのですが、やってくれませんでした。
 この写真集は、いつも私のそばに置いてありまして、ときどき見ております。いえ、実は他にも原節子に関する本は何冊も持っています。
 私が原節子を最初に見たのはいつだろうかと考えました。小学1、2年のとき昭和32年くらいに「ノンちゃん雲に乗る」で、鰐淵晴子のお母さん役で見たのが最初でしょう。学校で見せてくれたと記憶しています。あの映画は、おにいちゃんの算数の解き方の得意なところとか、ノンちゃんが水たまりをみていて、その水たまりの中に映っている雲とか空の中に「おちちゃう、おちちゃう」と心配することなど覚えています。
 私の次女が、はじめて上野動物園連れて行って、ゾウの前いっても、ゾウを見ないで、下の水たまりばかりみて声をあげていたときに、このノンちゃんを思い出したものでした。でももうその映画のときには、原節子はおかあさん役だったのですね。この映画が昭和30年制作で、原節子はそのとき35歳でした。
 昭和37年「忠臣蔵」の大石内蔵助の妻りく役を最後に、引退されてしまいました。そのあとはもうなんにもでてきません。北鎌倉にひっそりと暮らしているだけということです。

「ノンちゃん雲に乗る」の次に見たのが、大学2年の時の5月最初に、銀座並木坐で黒沢明「我が青春に悔いなし」でした。この映画で26歳の彼女を見ました。これはもうすぐに彼女のファンになったしまった映画でした。この映画については、「周の映画館」で紹介しています。読んでみてください。

        http://shomon.net/eiga/movie6.htm#ewaga  わが青春に悔なし

 私が思うには、この映画の彼女が一番美しいのではと思います。

 彼女と一緒に映画に出ている女優さんというと誰でしょうか。杉葉子、小暮実千代、若山セツ子、久我美子、淡島千景、香川京子、高峰秀子といったところでしょうか。しかし彼女はこれらの中でかなり違う美人であると思います。目も口も鼻も大きく、どちらかというと日本的美人ではなく、西欧的な暑苦しい立派な感じの顔をした美人だといえるでしょう。これは、現在の若い女優と比べてもかなりな特徴のある美人女優だといえると思います。だからけっこうどうしていいのだろうと思う人も多いのだと思います。だけど私は、彼女がスーツ着て歩く姿みると、これほど洋服が大胆に当り前に格好よく着られる女優さんがいるのだろうかと感心してしまうのです。
 やはり彼女は映画の中での美人なのだと思います。小津安二郎の「晩春」「麦秋」「東京物語」「東京暮色」「秋日和」「小早川家の秋」での彼女は、まったく日本映画が作った最高の美人女優といえるのではないでしょうか。気取らず、古くなく、また新しがってもいない理想的な日本の女性として、彼女は銀幕の中で演義できているように思います。ただし、私がこの小津安二郎の映画を私がまともに見られるようになったのも、ついこのごろの話なのです。それまでは何がいいのだかさっぱりわかりませんでした。原節子のよさも「わが青春に悔いなし」の方しか分からなかった。
 これは私も年を取ったということなのでしょうか。それとも何かに気が付いたとでもいうのでしょうか。
 もう随分前になりますが、よく飲み屋で大正生まれの人で原節子のファンと話すことがありました。みんなすごい美人なんだといいながら、それをうまく表現できないのですね。「顔はおおづくりだし………」てなことで、うまく言えないのです。小津安二郎の作品ではどういいのかというのをうまく解説できないのです。「わが青春に悔いなし」の彼女がどうしていいのかなんてしつこく喋るのは私くらいなものでした。
 たぶん小津作品でのそのうまく表現できないことが、私たちがなにかぼんやりとして理想としている日本の女性の姿を、彼女が映像の中で体現しているように私には思えるのです。
 またいくつかの映画で原節子を何度も見てみたいと思います。(2001.01.08)

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