将門Web

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Tag:フォイエルバッハ

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 吉本隆明鈔集「マルクスが当時の進歩的思想から頭一つだけ抜けていたところ」 に次のコメントがありました。

1. Posted by 一般法則論者    2008年05月15日 02:05
 マルクス主義は、昔も今もインチキなトンでも理論であることにはまったく変りがありません。
 で、まともな精神のヒトには理解しがたくて当然です。
http://blog.goo.ne.jp/i-will-get-you/
 一般法則論
 理屈で説明しています。

 なんとなく、少々応えるのも嫌な思いもあるのですが、とにかく少し書きます。
 マルクス主義とマルクスというのは、違うものだと思っています。私はヘーゲルーマルクスと流れる哲学と、エンゲルスーレーニンと流れるマルクス主義とは、まったく違うものに思えています。
 私はここで述べたことも、もともと吉本さんが言われることも、マルクス主義のことではありません。マルクスの哲学のことを言っているのです。
 私はフォイエルバッハについては、『キリスト教の本質』『唯心論と唯物論』しか読んでいません。それで20台前半に読んだわけですが、要するによく判りませんでした。でも、エンゲルス『フォイエルバッハ論』と、マルクス・エンゲルス『ドイツイデオロギー』(これもまたフォイエルバッハについて書いています)は何度も読みました。そして、マルクスとエンゲルスというのは、違うなあと思ったものです。
 エンゲルスーレーニンと流れるマルクス主義は、そのあとはスターリン主義と言われるものになっていきます。でもこれはスターリンがいけないのではなく、もともとこうして流れてしまうものだったと私は思います。だが、ヘーゲルーマルクスの流れる哲学の路は少しも揺るがないように思っています。

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 だいたい宗教のいちばん初めは人間の精神活動です。当時で言う唯物論が精神活動としての終極点に見えたといのがフォイエルバッハだとすると、それは精神活動として終極点に見えるかもしれないけれど、人間はそういうことをすっ飛ばしても、解放されることとは別問題なんだと、ちょっとだけ息が長いというか、粘り強く時代の自意識を考えようというところが、マルクスが当時の進歩的思想から頭一つだけ抜けていたところだと思います。それは微妙だけど、マルクスの思想はある程度生きながらえてきていると思いますから、大きさというか、偉大さというか、そこだと思いますね。(「よせやぃ。」『時代の自意識について───第五回座談会』)

 思えば、マルクスもフォイエルバッハも、随分昔に読んだものでした。だが、ちゃんとこのマルクスのほうが適確なことを言っているのだということは、「ドイツイデオロギー」を読んでも、私にはうまく理解できていなかったと思います。それがやっと今少しだけ判って来た思いがしています。

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