1304130113041302  的矢六兵衛はこの江戸城を去るようです。もう潮時と思ったのでしょうか。読んでいる私も、「もういい」という思いになるのです。

 六兵衛は征(ゆ)く。

 たしかに六兵衛はただ黒書院に座っていただけなのです。でも彼が立ち上がり、ここを出ていくのはもう驚くべきことなのです。

 フランス式もイギリス式も、兵の徒行に際しては必ず左足と右腕、右足と左足が揃うて前に出る。しかるに士道古来の兵法には、さような歩み方はない。両の掌は腿(もも)の付け根に定まり、上半身はいささかも揺るがずに、繰り出す足のみにて歩むのである。よって両肩にぐいと張り出した肩衣(かたぎぬ)は、夕凪の帆のごとく動かぬ。

 これをそのままやって歩いているのが六兵衛なのです。13041208

「どこへ行くのだ、六兵衛」
 加倉井隼人は肩衣の背を追いながら、もはや声にもならぬ声で、そう呟き続けていた。 答えてくれ、六兵衛。

 おそらく六兵衛は江戸城を去るのです。もはやここには新しい政権の長の帝が来ているのです。それに私は、六兵衛の妻にも二人の子どもにも会いに帰ってほしいのです。待ち焦がれているはずなのです。