将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:フーテンの寅

12050711 この作品は監督が山田洋次ではありません。『時代屋の女房』の森崎東が監督でした。でもこうして山田洋次監督でないということもあったのですね。
 この映画を思い出すと、いくつかのシーンで、「あ、こんなこともあったのだなあ」と思ってしまいます。そしてこの作品は、マドンナが新珠三千代なのです。私はいつも、山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』の映画(監督は岡本喜八)での新珠三千代を思い出しています。私はあの奥さん夏子が、ものすごく好きで、この新珠三千代だと、そればかりを思うのですね。

題名  男はつらいよ フーテンの寅
封切 1970年1月15日
監督 森崎東
脚本 山田洋次
音楽  山本直純
撮影 高羽哲夫
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      森川信
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
  お志津      新珠三千代
 御前様   笠智衆
 たこ社長(桂梅太郎)太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
 染奴    香山美子
 清太郎(染奴の父) 花澤徳衛
 信夫    河原崎建三
 駒子    春川ますみ
  徳爺        左卜全
  信州の旅館の仲居 悠木千帆
  諏訪満男    中村はやと

12050712 また寅さんが柴又へ帰ってくると、寅さんの縁談話が持ち上がります。寅もその気になるのです(この相手が駒子の春川ますみです)が、駄目になります。このときに、寅は実に余計なことをしてしまい、そのためにおいちゃんと喧嘩で、寅はまた旅にでるのです。 その旅先で寅さんは病気になり、お志津さんという温泉宿の女将さんに会い、手厚い看護を受けることになるのです。そこ宿で寅さんは病が癒えても、その女将さんのために働くのです。 この温泉宿に、おいちゃんとおばちゃんが旅行で来るのです。温泉に来てみれば、そこには寅さんが番頭で働いているのです。
 おいちゃんたち二人は、お志津さんという美人女将を見て、「なるほど」とわけは分かるのでしょうが、思えば、これも迷惑な甥っ子です。
 この映画ではまだ満男が小さい赤ちゃんです。でも寅おじちゃんの影響が見ている私は心配になってしまうのです。またそんな心配は余計だよ、という私もいるのです。

12050713 この作品で、どうしても泣いてしまうのは、映画のラスト近くのテレビの年越の画面で、寅がわざわざ出てきてカメラに向かって「お志津〜、お志津〜」と叫ぶのですが、肝心のお志津さんの家では番組は映していますが、誰も気がつかないのです。柴又の寅屋では、みなそれを見て、「あいつは馬鹿だねえ」と言い続けます。
 この画面はみな覚えていてくれて、友人たちと何度も話したものでした。私はこの作品をどこで見たのかなあ。この作品の封切りされたときには、私は埼玉県朝霞警察署でちょうど起訴された時期のことでした。

a31a558c.jpg  一つ前に書きましたが、それでも映画のことはたいした量にはならないなあ。そして「フーテンの寅 男はつらいよ」も、あと44作を書き続けるのは大変です。でもやらなくちゃあな。時間もかかるだろうなあ。

  今は本の書評は書いてUPするのはそんなに大変ではありません。でも今はこうしてインターネット上でもっと多くの情報を知りたいのです。

  思えば、「吉本隆明鈔集」のようなものは、まず他にはないだろうし、書いて行くのは少しは有益だと思います。
  だが、私の本の書評や映画への思いも少しは有益ではないかと思っています。
  今後ももっと積極的に書いていくべきだなあ、と真剣に思っています。

12042708 毎年五月一日といったら、「メーデーの日」として世界中で労働者の祭が行われています。ところが私はこの「メーデー」なるものに参加したことがありません。学生のときは機会がなかったし、社会に出てからは労働組合のある会社に入ったことなどなかったからです。労働組合を作ったことはありますが、時期が違いました。
 ただ大変に小さいときに父と母と兄弟三人で父の会社の組合が参加するメーデーに参加した記憶があります。多分昭和二十八年の秋田でのことだったと思います。おもちゃを買ってもらって嬉しかったのを覚えています。戦後はただのお祭りだったのでしょう。大正、戦前には大変な闘いの日であったろうと想像します。
 このメーデーの歌といったら、それこそたくさんあるのですが、有名なものばかり三つあげてみました。

歌名  労働祭の歌
作詞  赤松克麿
 曲   「アムール川の流血」の譜

一 桜も散りて 貴人らが
  栄華の夢の さめし時
  青葉の風の 送りし来し
  プロレタリアの記念祭
二 人類文化の 柱なる
  この双腕を さし伸べて
  天下に示せ 我々の
  意気と希望と 友愛を
三 暴虐無道の 資本主義
  葬むる使命は 我に在り
  友よ今日の日 もろともに
  堅く誓わん 自由戦
四 ああ今日の日は 万国の
  同志の意気も 天を衝き
  敵の牙城に 迫るらん
  健やかなれよ 同志らよ
五 ああメーデーは 何の日ぞ
  世界の敵の 恐るる日
  世界の 祝する日
  正義の赤旗ひらめく日
       (1921年大正10年)

 第二回メーデーに際して日本労働総同盟の赤松克麿が作ったものです。赤松克麿という人も、日本の社会主義運動の中では忘れられない人ですね。

歌名  メーデーの歌
作詞  下中弥三郎
 曲   「ああ玉杯」の譜

一 ああメーデーよ メーデーよ
  飢餓窮乏の 恐怖なき
  自由労働の 新社会
  建設すべき 我々の
  士気を天下の 示すべき
  一年一度の 祝祭よ
二 ああメーデーよ メーデーよ
  奪い去られし 人類の
  正義と自由を 万民に
  恢復すべき 団結の
  威力を世界に示すべき
  一年一度の祝祭よ
三 ああメーデーよ メーデーよ
  地球を挙げて 共通の
  プロレタリアの 祝祭よ
  歓び誇り 親愛の
  労働勝利の ときの声
  天地とどろけ 天も呼べ
四 血をもて築きし 団結に
  燃ゆる光の 統制に
  彼等の矛盾 打砕き
  大衆今は 目醒めたり
  起て万国の 労働者
  未来は吾等の ものなるぞ
       (1921年大正10年)

 これも第二回メーデーで唱われだしました。この歌は赤松克麿のとは違い、サンジカリスト系の労働組合で唱われたと言います。前者がボルシェビキ、この歌がアナキスト系とでもいうのでしょうか。ただまだアナボル論争などといっても、それほど激しくはなっていません。でもおそらくメーデーの会場では競ってにぎやかに唱いあったことでしょう。そんな光景が目に浮ぶようです。

歌名  メーデーの歌
作詞  大場 勇
 曲   「アムール川の流血」の譜

一 聞け万国の 労働者
  轟きわたる メーデーの
  示威者に起こる 足どりと
  未来を告ぐる 鬨の声
二 汝の部署を 放棄せよ
  汝の価値に 目醒むべし
  全一日の 休業は
  社会の虚偽を 打つものぞ
三 永き搾取に 悩みたる
  無産の民よ 蹶起せよ
  今や 二十四時間の
  階級戦は 来りたり
四 起て労働者 奮い起て
  奪い去られし 生産を
  正義の手もて 取り返せ
  彼等の力 なにものぞ
五 吾等が歩武の 先頭に
  掲げられたる 自由旗を
  守れメーデー 労働者
  守れメーデー 労働者
       (1922年大正11年)

 なんといっても、この歌が現在に至まで「メーデーの歌」としては有名だと思います。ただ私は唄ったことはありません。同じ「アムール川の流血」の譜だと、軍歌のほうの「歩兵の本領」のほうがどうしても口をついて出てきてしまいます。
 そういえば、「フーテンの寅」の映画の中で、寅さんが裏の「朝日印刷」の働く人たちに

  労働者諸君!

と呼び掛けて、唄いだすのがいつも、この「聞け万国の 労働者」ですね。実に寅は古いね。感心してしまいます。(1998.12.01)

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 12月13日に、かにた婦人の村と「噫従軍慰安婦」(1998.04.27)に、nogaさんから以下のトラックバックがありました。

1. Posted by noga   2011年12月13日 05:48
日本人の歴史の勉強のテーマは、沖縄戦と南京虐殺と従軍慰安婦にテーマが絞られている感がある。その内容は、学校で詳しく教えられているのであろうか。その勉強は、我々の日常生活に役立っているのか。日本人の哲学と関係があるのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

 いえ、少なくとも私は中学でも高校でもこれらはまったくなかったと記憶しています。ただ、私はこの「かにた婦人の村」を訪れたことは、実に良かったなあと思っています。 私の娘二人が、阪神・淡路大震災(1995年(平成7年)1月17日(火))にそのあと行きましたものでした。実にいい経験だったと思います。
「フーテンの寅」でも、寅さんが、この震災の跡地で、ボランティアをしている姿があったものでした。
 忘れてはならないことが、この日本にもいくつもあり、それは文書なり、写真なりで、歴史の上でとどめて置くべきです。
 そして歴史なり、いわゆる社会科で繰り返し教えるべきだと思っています。

11022002吉川英治『鳴門秘帖』」を紹介しましたが、そのときに、この小説も思い出していました。これも私が高校2年の頃に読んだものでした。
 主人公の伊那丸は、武田勝頼の遺子です。この子を中心として、甲斐武田家を再興しようという彼とそれを邪魔する相手との死闘が京都で繰り広げられます。
 でも大正から昭和の戦前まで、少年たちはこうした物語で面白く読めたものでしょうか。『少年倶楽部』に連載されたものです。
 登場人物に蛾次郎という泣き虫の少年が出てきます。これをテレビでその役をやった俳優さんが、自分の芸名を、「佐藤蛾次郎」としたものでした。
 彼が出演する「フーテンの寅」の映画でいつもこの彼を見て、この物語を思い出していました。
 私は、いつもこの『神州天馬侠』は、『鳴門秘帖』よりはずっと引き付けられて読んでいたものでした。(2011.02.20)

5bdb4f69.jpg 日経新聞朝刊の最終面の今月の「私の履歴書」が有馬稲子さんです。私は大好きな女優さんです。生意気だとか、気が強いとか言われてきましたね。私は『フーテンの寅』のマドンナになってほしかったなあ、という思いです。岸恵子はマドンナになっているのになあ(私は岸恵子も大好きな女優です)。
  でもそういうと、私は原節子も高峰秀子も寅さんのマドンナになってほしかったものです。高峰秀子は私も一番好きな女優さんです。そして私は北鎌倉を歩くたびに、ひょっとしたら原節子さんに会えるかと(そんなことは絶対にないが)思っています。
 なんとしても今の世界の事態を思います。思えば、マイクロソフトが中国に売られちゃうかな、なんて思います。「そんなバカな?」。でもでも資本主義では当たり前にあることなのです。会社は国家の持ち物ではなく、資本家が持っているのです。中国は真面目にやれよ、と思いますね。中国は下手をすると、三皇五帝の歴史も杜甫の律詩も知らないですよ。
 写真は4月3日午前10時41分の酒類総合研究所東京事務所の前のお花です。(04/13)

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 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 は、私は自分の記憶だけで書きました。私はこの映画を、映画館で見て、それからあとでビデオでも見ています。それと私は映画を見たときは、ほぼ必ずシナリオを購入しています。それも必ず読んでいて、それで少しは内容が判った気持になっています。
 私は、私の 周の映画演劇館

  http://shomon.net/eiga/movie.htm 周の映画館

でいくつかの映画の書評をやっています。私は私のホームページの中で、将門Web本の備忘録 を書いていまして、けっこうな数の本の書評やメモを書いています。だが、映画に関してはとても少ないのです。
 これは、本は、実際にその本を手にしながら、書くことができて、何度でも読み返せます。だが、映画は、映画館で見ただけです。そしてビデオになると、何度でも繰り返し見直すことができますが、それでも、俳優女優の名前、配役名ですら、書き抜くのは、シナリオがなければ、実に大変なことです。
 それと、実際の映画とビデオは内容が微妙に違うところが、いくつか出てきます。このことが実に大変なことになるのです。
 だから、私はどうしても映画の批評がたくさん書けていないのです。
 今回も私は、「フーテンの寅」をすべて全48作の書評を書こうと思いました。でもこれは実に大変なことです。『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』は私の記憶が鮮明だったからいいのです。そうなると、ビデオをすべて借りるか、自分で購入して見直さないと無理になってしまいます。
 あ、でもまずは思い出せるものだけでも書いていくかなあ。

 とにかく、映画というのは難しい大変ですね。自分の好きな映画だけと思っても、それを思い出の中だけで、記憶を思い返し、活字(例えば、俳優名と配役名だけでも)を正確に書くのは、大変なことです。
 でもなんとか、これからもやっていきます。私が少なくと、私が見て印象深く覚えている映画、なんだかとっても好きになってしまった映画のことを書いていけば、またどなたかかが、それをまた見てくれるとしたら、実にそのことは嬉しいことだと思うのです。

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 昨日の私の59歳の誕生日に、長女から「誕生日おめでとう」という手作りカードをもらいました。以下のように書いてありあます。

 光汰朗のためにもお酒をひかえて、体を大切にしてください。   くにこ

 その下には、ポコちゃんの写真が貼ってあり、吹き出しで、次のように言ってくれています。

 またえほんをよんでね。いつもいつもありがとう。by光汰朗

 そして右側のページには、大きなポコちゃんの写真が貼ってあります。この写真は、ポコちゃんがフーテンの寅さんみたいな帽子をかぶっていて、紺色の綺麗なポンチョを着て、笑顔で私を見ています。もう私はそれを見て堪らなく嬉しくなっているのです。

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