将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:プロジェクト猪

12062518 私は前に「プロジェクト猪」の会員でした。でもあまりにつまらないので、辞めました。でも今そこの掲示板を見ていたら、あまりに寂しいので、画像をUPしようと考えました。文章は以下をUPする気でした。UPするのなら、誰でも構わないはずなのです。

王子駅と飛鳥山の間のあじさい路です
 いつ見ても、なんだか寂しい掲示板なので、私も画像をUPします。これは
東京王子駅と飛鳥山公園の間のあじさい路にありますあじさいです。25日に撮りました。
 こうした画像なら、これからもUPしますよ。

 でもでも、ここは画像はUPできないのですね。なんでいまどき写真がUPできないなんて驚きです。
 もう仕方ない。あきらめます。こういう封建的(あ、私は「ふうけんてき」と読んでいますよ)なところがあるのですね。
 なんだかあきれました。

11122829 12月7日に、「プロジェクト猪」の忘年会がありました。例年だと、朝日新聞の早野透が30分ばかりの講演をするのですが、今回は来ませんでした。私はこんな奴が来るようなら、参加しないつもりでしたが、来ないのならいいかということで参加しました。私には以下のこだわりがあったからです。

  朝日新聞編集委員早野透の「拉致家族の別離せつない」

 このときだけでなく、早野はまだ馬鹿なことを言い続けています。ただ、もう批判する気も失せました。朝日文化人が今いうのは、何故か世論が自分の思うままにならないと、「自分たちと違うことばかりいう人が増えた」ということで

  なんだかとても息苦しい時代になった。これではいけないので
 はないか。

というようなことを言いだすのですね。これは実はまったくいつも彼らのやる手なのです。おまえらが、いかに拉致された被害者ならびにその家族をただただ息苦しい世界に追いやってきたんじゃないのか。お前らが被害者ぶるんじゃないよ。
 でも早野なんか来ない席で、私はとても愉しく語らえました。詩吟も一番私の好きな黒澤忠三郎「絶命詩」を詠いましたよ。
 そういえば、民主党の鳩山由紀夫さんもおいでになりました。私は民主党に乾杯することはできませんが、鳩山さんには乾杯する気にはなりました。
 それにしても、また菅直人になるのかな。なんだか嫌ですね。あの人は中坊を「日本の首相にしよう」なんて言っていたんだよね。まったく冗談じゃないですよ。
 ただそうはいいましても、こんな嬉しいこともあります。ブルーリボン運動で、

  ニューヨークタイムズに意見広告を載せよう

という提案があり、最低600万円が必要だったのですが、現在約その2倍の募金があったようです。私も4日に募金に応じましたが、「この日本もまだまだ棄てたものじゃないよな」という思いで嬉しいです。

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 私は以下の会員です。

  プロジェクト猪

 それでここの掲示板で、私は以下で述べた内容を簡単にした書込みをしました。

  朝日新聞編集委員早野透の「拉致家族の別離せつない」
  「週刊金曜日を絶対に許さない!」

 そうすると実際の猪のメンバーからの反応はほとんどなく、私よりも随分下ではないかと思える人の反応がありました。以下の内容です。

いがいとかんたんに 投稿者:覗き見専門主義者  投稿日:11月18日(月)08時18分17秒
反帝・反スタ主義を唱えた者も、拉致問題では簡単に愛国主義者に成るもんですね。

 これを読んで、私はレスする気にもなれませんでした。私が思ったのは、

  え、俺って、愛国主義者になるのか。それから「反帝・反スタ
  主義を唱えた者」って、俺のことかよ。

ということです。あの私の書込み内容から、どうしてこのように判断できるのでしょうか。どうも私には、この私よりかなり若いだろう人たちで、何故か私たち全共闘世代を貶したい人たちは、かなりな思い込みがあるように思います。「私たち全共闘=共産主義信奉者」と思い込みたいのですね。

 何年か前にテレビ朝日の北野たけしさんの番組に出たことがありますが、そのときも番組の意図として、私たちの世代を以下のように決めつけていました。

  戦後のベビーブームでただただ数が多くて、青年になるとビー
  トルズが好きで、いつも長髪で、全共闘で学生運動をやったが、
  社会に出るとモーレツ社員になってしまって、今はいつも居酒屋
  で昔の自慢話を部下に話して嫌われている。

 私は呆れてしまうわけなのです。私はビートルズなんか好きじゃなかったし、詩吟が好きで、頭はずっと五分刈りでした。全共闘の中でスクラムは組んでいましたが、共産主義はまったく嫌いでした。まっとうな会社には入れませんでしたから出世もモーレツ社員も関係なく、そして部下なんかもったことがありません。ただ今も飲んで、すぐあちこちで詩吟をやり軍歌を唄っています。
 私たちの時代の三派全学連やその後の全共闘といったって、なかにはアナーキストもいましたし、キリスト者も、仏教徒もいました。もちろん、マルクス主義をとなえた人が比較的多かったとは思います。私なんか、日の丸が好きで反帝反共主義の国粋主義者だと言っていました。デモに行くときは、かならず日の丸を身につけていました。
 私たちの年代は、みな言っていることや趣味も好きなことも別々ばらばらでしたが、行動のある面で一致したときに、同じ行動をやっていただけです。だからこうしたことと対局にいたのが日本共産党民青だったかと思います。だから彼らとは、ただ「敵対」の関係でしかなかったのです。
 私なら私の言う内容について何か異議を述べられるのならいいのですが、勝手に自分の頭の中で作り上げた全共闘とやらを貶すことだけしてくる人たちには呆れるばかりです。
 さらにいいますと、こうした方の中には、私に頻繁に脅しのメールをくれるかたがいます。だがその文面ややり方を見ますと、それは左翼のやり方そのものなのです。よくまあ、左翼のよくない面のみを真似ているのねという思いです。そしてその左翼そのもののやり方だと、いつまでも同じことをやっていくだけなのです。
 思えば、日本共産党がよくないといいましても、新左翼といいました私たちの年代もたしかによくないことをたくさんしてきてしまったのですね。あのように勝手に決めつける後輩たちを大勢輩出してしまったのですから。

11061818 29日にプロジェクト猪の勉強会があり、「さらば外務省」というベストセラーになった本を書かれている天木直人さんのお話を聞きました。そのあとこの天木さんを囲みまして、ご一緒に飲みました。彼は、現在の日本という国家のあり方、そして今の小泉政権のあり方に非常に不満を持っているようです。そして彼が一番いいたいのは、「なんで日本人は、こんなにおとなしいのだ」ということのようです。そのおとなしい日本人とは、いわば私たち全部が入っいるようです。

  天木直人HP

 だんだんお話するうちに、私は彼が大学生の頃なにをしていたのかということを聞きました。私たちのように学生運動はやっていなかったのかということを聞きたかったのです。
 そうすると天木さんは、

  学生のときというと、まだ19か20歳で、全然世界のことが
  判らなかったから、何もやれなかった。それが今はよく世界が判
  るようになったから今こそやれると思っている。

というようなことを云われました。私はもう驚きました。

  いや、坂本竜馬でも西郷隆盛でも、若造のときでもやったのじゃ
  ないでしょうか。年とって、世界がよく理解できるようになって
  からやるべきだというのはおかしんじゃないでしょうか。

と私はいいました。
 どうにも私は噛み合わないものを感じてしまいました。
 ただ、こうした考え方の人は、どこにもたくさんいるような思いもしたものでした。

11040512 これでまた書いていきます。

2011/04/07 07:11昨日この「周のポメラ」で、「朝ドラの題名がわからない」と書きましたが、インターネットでわかりました。「おひさま」というのですね。でも実は、今回も題名を「たいよう」なんて書いていました。なんだかおかしいな、と思い、日経新聞を見たものでした。
 新聞があるのはいいですね。同じ日経新聞でもガラパゴスで読むのと、新聞を直接開くのでは大きく印象が違います。
 今私の左手には、救急絆創膏を貼っています。私はいつも何枚か、常に持っています。昨日左手に傷ができたので貼ったものです。
2011/04/07 07:57一昨日「プロジェクト猪」から、今回の東北の地震へのカンパの要請がきました。もうなんでこんなに遅く依頼がくるのだと思います。私は前々から新潟地震のときにもハイチのときにもやっていました。赤十字に対してです。今回ももちろん、そうです。もちろん、このプロジェクト猪の要請が先にありましたら、そちらにしました。また別にカンパしようとも思いましたが、でももう私は赤十字で毎回やります。たぶん、今後も残念ですが、あることでしょうから、毎回同じところでやります。
2011/04/07 08:10「おひさま」を見て、どうしても涙を流しています。どうしてこんなに泣けるのかなあ。
 いつも泣いてばかりいる私なのですね。

 この日も随分歩きました。東武練馬へ行きました。

11031119 昨日6月30日は、「文教大学父母と教職員の会千葉支部」の総会でした。総会のほか講演会と懇親会も実施しました。父母だけではなく、現役の学生さんも多数参加してくれて、愉しいひとときをすごせました。前日は「プロジェクト猪」の総会で、私はちょうど3日酔いという感じだったのですが、司会を委されまして、どうやらつつがなく愉しく終えることができました。懇親会のときに全員の方に自己紹介と挨拶をお願いしたのですが、お父さんもお母さんも学生さん自身も、実にしっかりしたいいお話をしていただいて、実に嬉しかったものです。「いい大学だよな」という思いでしたね。

11021502 17日土曜日に、長女おはぎの授業参観をしました。妻と次女と妻の父と母と私が長女の授業を見ていました。小学5年生と6年生の美術の授業です。5年生はマーブリング、6年生は点描の内容です。長女は、私に似たけっこう高い(周は実にかん高い声をしていますよ)通る声で、いろいろと説明しています。そして実に子どもたちがいいのです。どんどんと手を挙げて、たってちゃんと発言していきます。私も思わず手を挙げて「質問です」と言いそうになりましたが、長女おはぎの「パパ、父親だって判らないようにして、誰にも話しかけるな」と言われていたことを思い出し、やめます。次女のブルータスがあまりに若いので、5年生の子どもたちが話しかけてきて妹だということがバレてしまいます。もうたくさん子どもたちが集まってきました。
 いい授業で、いい子どもたちで、そしてたくさんのお父さん、お母さんも愉しそうで良かった(だって、お父さんもお母さんもついでに妻の父親も母親もどんどん子どもたちの中へ入っていって、話かけているんですから)。
 私は早めにこの授業参観を終えました。私は午後2時から、プロジェクト猪の「パソコン自作講座『前段階』の回」をやる予定があったからです。前日まで連続3日事務所に泊まるはめになった私は、まだ全然自作パソコン講座の用意をしていなかったのです。秋葉原へいって、あちこち走り回って、カートで重いパソコンを持って講座をやるゴールデン街のお店へ向かいました。

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 以下は昨日のプロジェクト猪の忘年会で、私が提出したレポートです。A4で3枚になりました。でもこうiいう紙ではその紙からインターネットへすぐに飛んではいけないのですね。

      萩原周二よりの個人的情報発信
                     2009.12.05

1.私よりの情報発信
 私は今以下をインターネット上で公開しています。

   http://shomon.livedoor.biz/  将門Web(ブログ将門)
   http://shomon.net/  将門Web

 このブログのほうは、間違いなく、全世界で、個人としては私が一番多く発信しているはずです。いえ、内容がどうだということではなく、UPしている量が多いということです。女優さんやタレントさんなんかで、私よりもUP数の多い方はいますが、そのUPしている量は間違いなく私が圧倒しているはずです。

2.上に合わせて、私は『マガジン将門』というメルマガを毎週月曜日に必ず配信しています。もうすぐ500号を超えます。これまた量が多いメルマガです(私はただ量が多いだけだな)。ときどき読者から、メールをいただいていたりします。

3.そのほか私は、

  http://kumowaza.net/ spider job  蜘蛛業

にも、「ニュースさとう」「歴史さとう」「読書さとう」という連載をしています。「ニュースさとう」は毎日、「歴史さとう」「読書さとう」はどちらかを毎日連載しています。
 このサイトは、世界のニュースの見出し等を毎日UPしているものです。英文等を翻訳されるのは大変だろうな、と思います。私なんか、想像もできないことですね。
 来年は、日本でも紙の新聞で駄目になるところが出てくるでしょう。こういうインターネット上でのニュースの発信がいいことであり、今後の路だとだと思うのです。
 世界のニュースを読むと、日本のニュースの発信はどこか偏っているとしか思えないです。

4.来年春から日本経済新聞がインターネット上で展開します。すぐに他の新聞も追随するでしょう。新聞のデータベースではないです。それは今もずいぶん前から展開されています。そうではなく、インターネット上で、いくつものニュースがUPされるようになるということです。今までのデーターベースでは広告面がまったく繁栄されていませんでした。これでは、当然広告も見られるわけですから、違いますよ。

091205185.上で書きましたが、新聞の折込広告に関しては、今は私はそれの批評欄をブログで書いていますが、新聞が衰退していくとどうなるのでしょうか。インターネットの広告に置き換わっていくのでしょうが、今一歩折込広告もこだわって見ていきたいです。

6.インターネット上の広告では、グーグルのアドセンスが画期的なものでした。でもグーグルは今後はバナー広告も積極的にやるといいます。バナー広告なんて今でもやられているわけです。でも当然グーグルのやるバナー広告は、違うものになると思いますよ。
 あ、私のネットでも、このグーグルとアマゾンとエプソンダイレクトからの広告収入がときどき入ります。

7.各新聞社の趨勢は実に惨めとしか思えないものです。これは日本だけのことではなく、世界的なものです。むしろ、この首都圏等で、夕刊まで出し続けているなんて、驚くべきことです。
 ただし、この日本と違って、各国の出版社は出版物を出すことは増えています。この日本だけは、なぜか出版社が実に遅れた体質を持っています。今後もまた、いくつもの月刊誌の廃刊、そしてまた新規発刊を見続けることになるでしょう。

8.屋外広告はまだまだ伸びていくと私は思います。あちこち歩いていて、いろいろな広告を目にして注目しています。

9.広告といえば、テレビが大きいわけですが、とくにNHKを通じたパブリシティとでもいう広告を感じています。これまた変化変遷していますね。たとえば飲食店なんかは、民放とNHKでは、その広告の効果は絶大に違いますよ。もっと見つめていかなくてはならないでしょうね。要するに、気持よく飲みたいよ。

10.私は今も変わらず、毎年300冊の本・雑誌を読んでいます。ほぼ図書館の本を予約して読んでいます。そもそも私の住む王子には、本屋がありません(少しあるのですが)。だから、図書館でたくさんの本を読むのはいいのですが、本を選ぶのは、私はインターネット上の情報と『図書新聞』にしています。『図書新聞』は昔の新左翼の機関紙みたいな感じを受けることもありますが、そしてそれは嫌ですが、でもこういう新聞で得られる情報は貴重です。私は必ず『図書新聞』を読んだ感想はブログには発しています。

11.ただし、米国ではキンドルが発売されて、ものすごく売れています。もう羨ましい限りです。もちろん、日本でも手に入りますが、英文ばっかりだものね。いえ、これは日本の出版事情がいけないのです。それに著作権協会の専務の発言は、読んでいて、あれが同じ団塊の世代だと思うと嫌になります。
 いやキンドル日本語版ではなく、この日本でこそ、もっと素晴らしい機器ができるはずです。

12.上のキンドルは目で見るだけですが、私の常時持っている電子辞書では、耳で文学作品を聞くことができます。森鴎外は私はあまり好きではないのですが、耳で聞くといいですよ(ただし、『舞姫』は聞いていても嫌になります)。漱石、太宰治はいいですね。感動します。私はこの二人に吉本ばななが日本の三大文学者だと思っています(いえ、紫式部や井原西鶴も含めてですよ)。

13.私は電子辞書と同じく、私のベルトにポメラももっています。これで電車の中等々で書いています。立ったまま片手で書けるのですね。実は毎日書いています。『周のポメラ』ということで、私のブログにもUPしています。今月の12日に新しいポメラが発売されます。

14.私はスカイプは、実際の携帯も持っています。ただし、今回パソコンをデスクトップもノートも新しくしたときに、スカイプ名を換えました。だって、あまりに中国の人からのスカイプが多くて嫌になったものですから、もうこれからは相手にしません。そもそも中国の人なのに、中国の古典を何も知らないのよ。李白も知らないし、三皇五帝も知らないのですから、

15.お酒は毎日飲んでいます。ただし2週間に一度は止めるようにしています。ただ、量はそれほど飲んでいません。飲み屋で飲んでも、ビール1本とお酒3本で止めるようにしています。そしてもう一軒しか飲みません。

16.私の長女の孫二人を積極的にみています。いえ、でも今朝はこの孫の私の面倒の見方で、私は長女とその彼に謝りに行きました。可愛い可愛い孫ですが、私はどうにも信頼されていないじいじなのです。

17.私の義母を私も毎日みていまして、毎日義母を世話していてくれるところの「お便り帳」は私の写真含めて、私が書いています。もちろん、私のブログにもUPしていますよ。

18.私の次女は、千葉県の木更津市で教員をやっています。この娘が、私がブログに、「昨日は美女のTさんと王子駅で待ち合わせて、×の△へ行った」なんて書くと、「どういうことだ」とすぐケータイメールが来ます。私はすぐに、「あのTさんは、ポコ汰(私の孫)もよく知っている娘なのだ」と言い訳をしています。あ、またTさんにもケータイメールを書かなくちゃな。いえ、手紙も書いていますよ。

19.私は昨年2008年には、2月から12月まで608通の手紙を出しました。私の手紙は和紙にいいフォントで書いていますよ。私の娘二人や姪たちにだけでなく、飲み屋のママや学生運動の仲間や後輩にも出しています。ただし、返事は手紙が5通くらい、葉書はまた5通くらいで、メール、ケータイメールが双方15通くらいずつです。

20.きょうは午前中、長女の家族、二人の孫と一緒に午前中地域のお祭りに行ってきました。いいものですね。孫も私はもう滅茶苦茶に可愛いです。

21.詩吟はなかなか披露する機会がなくなりました。でもこのごろ、詩吟というと、何か違うものを言うみたいで、もっと披露していくべきだなあ、と思っています。

22.あとは実際の言語で語りましょう。それにケータイメール、メール、手紙でも語っていきましょうね。
 それから、私のブログにもコメント、トラックバックをください。

続きを読む

0762ff31.jpg 昨日の忘年会に、私の以下の文書を提出しました。でもやっぱり飲んで記憶がないなあ。ただし、出しましたのは、A42枚にプリントしたものです。
 そして以下固有名詞等は、別に変えてあります。

  ****************************
   プロジェクト猪の皆さまへ
            萩原周二よりの個人的情報発信
                          2008年12月6日
                   私の住所・メール、スカイプ名等々

 私はもう今は大変に酒が弱くなり、数年前からよく飲みに行く千駄木『浅野』のマスターから、もうビール1本、日本酒3本と決められるようになりまして、最初はそれが不満だった私も、今ではそれをどこでも守るようにしています。
 ただ毎日の晩酌はかかしません。今住んでおります、北区の王子北口の「藤や酒店」で、実にいいお酒を手にいれて、これで毎日です。ほぼ3日で一本がなくなります。だから思えば昔のようには大量には飲んでいない私です。
 以下、また酒が入ると、間違いなく記憶がなくなるので、だからこうして文書を提示いたします。

1.私はほぼ王子で生活しています
 義母の介護で、2006年1月9日よりほぼ、王子の妻の実家にいます。そ
して今年の3月末で、我孫子の自宅も引き払いました。仕事上の事務所も、すべてこの王子です。

2.私は今孫が二人です。
 昨年1月3日、長女に、私の初孫○○○(ハンドル名ポコ汰)が生まれ、今年8月2日に同じく長女に女の子が生まれました。○○(ハンドル名ポニョ)は生まれました。次女にも来年にはきっと…と期待しています。
 このポコ汰に赤ふんをさせて、私と一緒に温泉に行けるのが夢です。ただし、長女は、「赤ふんなんか絶対にさせない」と言い張っています。
 この長女が今年8月に、自宅を私の家から自転車で10分のところに建てまして、私はなんやかやと理由をつけて訪れているところです。娘二人の友人や同僚ともけっこう知り合いになっています。

3.ケータイメールで連絡とりましょう
 もう私の場合は、家族親族からも親しい友人もすべてケータイメールで連絡を取っています。生活上も、仕事も、もうすべてケータイメールです。これのほうが便利なのですね。電車の中でもどこでもこれで連絡できます。
 ケータイだと出られないことがあります(電車の中は無理ですね)。でもケータイメールですと、どこででも使えます。

4.グーグルメールも使っています
 メールはもうGメールばかりです。以前のPOPメールもすべてこのGメールに転送しています。POPメールは95%がスパムメールばかりですが、このGメールに転送することで、すべてスパムは排除してくれます。
 ケータイメールですまない詳しいメールは、これですべて出しています。

5.スカイプでお話しましょう
 もうケータイメールですべてすましているわけですが、でも実際に声で電話で話したいこともあります。そんなときに、スカイプを使っています。
 スカイプ同士は何時間喋っても、無料です。そしてスカイプは普通の電話にもケータイにもかけられます、受けられます。そして電話代は、それぞれよりわずかに安いです(5%くらいかな)。
 それからチャットが今は100人でできます。これがメール替わりに使えるのですね。実に便利ですよ。
 私はこのスカイプのケータイも常時持っています。これでヨーロッパのアルプスの山の上のどこかの山小屋からかけてくる人もいますよ。
 ただし、やたらに中国人の方からもかかってきますので、もうスカイプ名はオープンにはしていません。

6.和紙で手紙もよく出しています。
 前にもよく手紙も出していましたが、今年の1月31日から、私的な手紙はA4の和紙にプリントするようになりました。昨日12月5日で589通を出しています。みな長3の窓開き封筒で、綺麗なシールで封じて、記念切手を貼って出しています。
 いえ私は1969年には東大闘争で逮捕起訴されて、保釈後も芝浦工大事件で逮捕されていて、それででもこの年ももかなりな数の手紙(ある女性に200通出しています)を出しているのですが、あのときには、私の汚い字での手紙でした。今はちゃんとパソコンで打てて、綺麗な和紙にプリントしているのです。毎回和紙の種類も切手もシールも違うもので出しています。

7.私のホームページ
 私のホームページは、以下のブログです。

   http://shomon.livedoor.biz/  将門Web(ブログ将門)

 ただし、前からの以下のホームページもあります。こちらがドメインをとっているのですね。

   http://shomon.net/  将門Web

 ただ、もうブログのほうが毎日更新しています。一日平均5つ以上のUPをしています。UP数は、もう6,000を超えました。ただし、以前のホームページにUPされているものも数多いので、これを一緒のホームページにするのは、実に至難のことです。

8.メルマガ「マガジン将門」 私が毎週月曜日発行しています

   http://shomon.net/osirase.htm  マガジン将門

が、来週月曜日8日で、第437号になります。これはかなりな量のメルマガです。

 以上まだ書きたいことも、書くべきこともあるのですが、それはまたここで
お話していきましょう。

続きを読む

07030105「埼玉県立近代美術館」へのコメント目森窟 Memorix の目森一喜さんより、次のコメントを頂きました。 

1. Posted by 目森一喜    2007年03月01日 01:03
浅野さんの都知事、いいですね。石原は、他に誰もいなくてなった人で、下の下だった青島に比べればマシという程度の人ですからね。
 浅野さんがそういう方なのでしたら、久しぶりに投票ぐらいしてもいいかな。

 ええとまずですね。私の反応が遅くて申し訳ないです。実は、コメントもトラックバックも、私にメールが届くので、すぐに内容は判るのですが、それを私のブログに表示させるのには、「ブログの再構築」をしなければならないのですが、これが時間がかかるのです。それでこれが終わらないと、反映されて表示されないのです。私のブログがファイル数が多いからかなあ。
 実は、これを書いている今もまだ表示されていないのですよ。困るなあ。

 それでね、浅野さんとお会いしたのは、なにか全共闘の猪の関係で、新宿かどこかのホテルの宴会場だったと思います。
 プロジェクト猪では、やはり東大全共闘と日大全共闘がまずは、挨拶ではまっさきに出てきまして、そのあとが明大、法大、中大だったと思いますね。これをセクト別にすると、その順番で問題になるでしょうから(もう今は問題にならないかな)、大学順なのです。やはり東大闘争の思い出が一番大きいから、東大が真っ先なんでしょうね。
 それで、その次がなぜか我が埼玉大学だと思いました。何でかな? 学生運動の大学の格では、横浜国大のほうが動員数も多かったから上のように思うのですがね。でもまあ、いいや。それで私が詩吟をやったりすると、マイクが切られちゃったりするんだよなあ。
 でも、とにかくそうした場で浅野さんと名刺交換したと思いました。「あ、この人が宮城県の知事さんなんだ」と思ったものでした。ただあの方は東大全共闘だったのでしょうが、安田講堂には籠もらなかったのね。でもそうでないと、役人になんかなれないよね。
 でも少しの会話でしたが、「ああ、この方は実にいい方で、おそらく優秀な方なんだろうな」と思ったものです。ただ、私は民主党は少しも好きでないので、それと距離を置いて都知事選をやるのならいいなあ、と思いますよ。

 私は石原慎太郎は別に嫌いでもなんでもないのですが、私のホームページに、石原都知事の増税案に反対する!がありますが、あのときに私は、「なんだ、石原慎太郎って、共産党とか社会党と変わらないんだなあ」と思ったものです。
 私は千葉県我孫子市の住民なので、東京都での選挙権はありませんが、そのうちにこちらに引越します。やがては東京都の住民になるのですが、そのときには、浅野史郎さんが都知事だったら、私には大変に嬉しいことです。

 いやはや、今いくつかケータイメールがあって、何人かとケータイでも話していて、いろいろなことがたくさんありますね。またいっぱいやらなくちゃいけないな。

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プロジェクト猪の皆さまへ
           萩原周二よりの個人的情報発信
                              2006.12.09

 ひさしぶりのプロジェクト猪の会合への参加です。
 あと一生涯のうち、何度会ってお話できることでしょうか。いつも私はすぐに激しく酔ってしまい、何を話したのかを忘れ果ててしまいます。
 だから、なんだか悔しいので、こうして文書にて伝えておきます。

1.スカイプでお話しましょう

 私のスカイプ名はshomon56です。これは私が56歳のときから始めたからです。これをやりますと、1998年頃よくやりましたnetmeetingよりも、実に音質がいいです。普通の電話よりもいいですよ。
 でも私の56歳のときから2年間ほとんどやってくれる同年代かつ40代はいませんでした。だが、私の友人の64歳の女性は、自分の孫の姿を映像で見て、お喋りしています。彼女は子どもが米国、イギリス、オーストラリアにいるのです。スカイプは何時間喋っても、無料です。
 そしてスカイプは普通の電話にもケータイにもかけられます、受けられます。そして電話代は、それぞれよりわずかに安いです(5%くらいかな)。
 昨日は、大阪からOさんがスカイプで電話してきました。彼はヨーロッパの友人とこれで話しているようです。
 私はケータイはもっぱらメールに使っています。電話はこのスカイプでのみ話そうと思っています。友人とどうでもいいくだらない話を延々しています。
 あ、もちろん話しながら、ファイルを送ったりソフトを一緒に使うこともできますよ。
 今ケータイ型のスカイプもあります。これはパソコンなしでも使えます。ただし、すぐに売れきれちゃうので、私は手に入りませんでした。
 この12月中旬に2つ発売されます(ロジテックとバッファロー)。絶対に手に入れます。

061209022.ケータイメール・ウェブメール・POPメール

 私はPOPメールは現在主に4つ使っています。
 fsinetは私が最初にホームページをもったところで、現在もそこにTOPページだけのホームページはあります。それでここのメールのみ2つ使っています。それで費用は2つで千円です。
 ただし、私が長年名刺に入れていたことも、ホームページに記していたこともまずかったのでしょうが、今は1日300くらいのスパムメールが入ります。ただついこのごろ管理がしっかりしてきて150くらいに減りました。
 次に私の将門Webのあるホームページのサーバーをお借りしているのが有限会社愉快堂ですが、ここもfsinetほどの多さではないですが、1日50通くらいのスパムメール数です。
 我孫子の自宅でのケーブルテレビのJcomのメールは1日100くらいのスパムメールです。そしてこれはJcomが全然管理してないようです。これはただの一つも必要なメールはありません。
 それからniftyは、私がパソコン通信時代から使っているアドレスです。これは管理がしっかりしていまして、必要なメールしか入ってきません。

 次にウェブメールは主に3つ使っています。
 Yahoo Japan のは、実にたくさんのスパムが入ってきますが、管理がしっかりしているのでスパムメールが1日200くらいですが、すべて排除してくれます。必要なものは5通くらいかな。ときどき私のホームページ内での質問や励ましのメールがここに入ってきます。
 Gメールは、すべて大事なメールばかりです。ときどきどうでもいいのが入ってきますが、私の処理で二度と入ってきません。これは今私の名刺に入れています。おそらく、これが私のメインのメールアドレスということになるでしょう。
 あと、livedoorも必要なメールしか入ってきません。

 それからauのケータイメールは実にしっかりしています。私はこれでどこでも連絡をとっています。
 ただ私の妻の携帯なんか、実にスパムメールが多いようですね。私だったら、あんなところはすぐに解約しちゃうのですがね。
 もう間違いなく一番頻繁にどこでも使えるのが、このケータイメールです。電車の中では携帯は使えませんが、ケータイメールならどこでも使えます。ただし、ドコモのムーバは短いメールしか使えないので(設定を変えると大丈夫のようですが)、これまた使いものになりません。
 おそらく、このケータイメールがもっと使われるようになるでしょうね。ケータイメールが使えない人は、ちょうど我が日本に字が入ってきたときに、字を書かない人(字の書けない人、字を書こうと努力しない人)と同じです。間違いなく、そういう人は滅びました。

 あ、それからケータイメールを打つのは、私が今持っています

  http://shomon.net/pc/pc1.htm#060223  Rboard for Keitai RBK-310C

がいいですよ。
 長い電車の中で座れたときには、いつも私はこれでメールやブログを打っています。

 でも今は、あまりのスパムメールの氾濫で、メールを使えていない人がいます。私はPOPメールがスパムメールだらけだといいましても、必ず3つのパソコンで、「nPOP」と「Spam Mail Killer」にて管理していまして、スパムメールは削除していますよ。

3.私のホームページ

 私のホームページは以下です。

   http://shomon.net/  将門Web

 でも今の私はもう毎日ブログを更新しています。

   http://shomon.livedoor.biz/  ブログ将門

 これのほうが実に情報の伝達が素速いのですね。上の将門Webは、いわば私の資料倉庫になっています。もちろん、大切な倉庫です。
 それと

   http://www.voiceblog.jp/shomon/  ポッドキャスト将門

もあるのですが、ちょっとここのところ放送をやっていません。声を出す場を確保するのが大変なのです。それにね、路歩きながら喋るのは大変ですよ。
 アナウンサーというのは偉いな、と思っています。
 でもまた再開します。ここで私の詩吟も聞けますよ。

4.メルマガ

 私が毎週月曜日発行しています

   http://shomon.net/osirase.htm  マガジン将門

が、来週月曜日11日で、第330号になります。
 毎週配信するのはきつかったですが、今は実に楽な気持で発行できます。
 ぜひ読んでみてください。私のホームページでバックナンバーがすべて読めます。
 これでさまざまな方と知り合いになることができました。

061209035.私に初孫が生まれます

 今月12月25日耶蘇の誕生日に私の長女の男の子が生まれます。もう私は名前を考えてあるのですが、「パパは余計なことを考えなくていい」ということで、名前は彼のお父さんが考えるそうです。
 でもなあ、考えるくらいいいじゃないか。

6.次女が結婚します

 私の次女ブルータスが来年3月に結婚します。彼のお母さんはとても綺麗な方です。それで私は、この結婚式に当然私の詩吟をやるつもりですが、次女も長女もそれを阻止しようと必死です。
 でもいい詩を私は必ず詠います。

7.現在私は王子に住んでいます

 お渡しした名刺のところに私は住んでいます。10月からは、ここの一室を事務所にもしました。義母の介護で、妻と必死なもので、もう自宅我孫子、王子、そして事務所と3カ所は大変なのです。
 それで来年3月になったら、我孫子から次女がお嫁に行きます。そうすると、長年親しんだ我孫子ですが、去ることになります。

 でも今私は王子で、狐の行列の会に入りました。12月31日の真夜中から元旦にかけて、王子装束神社から、王子稻荷まで狐(今は狐の衣裳と狐の化粧をした人間)が行列します。
 私のブログ将門のサイドバーに以下がリンクしてあります。

   http://www.netcity.kita.tokyo.jp/kitsune/  王子・狐の行列

 あ、それから王子関係のたくさんのホームページもサイドバーでリンクしてありますよ。
 もう酒をあまり飲まなくなりました私ですから、王子のいろんなお店(お菓子の店も)を知りました。今後もブログでも紹介していきます。

 私のブログでもこの狐の行列の模様を書きますからね。

 あそれから私が毎日通る王子柳田公園は、王子野戦病院闘争(1968年の2、3、4月)のときに集会をやったところですね。ここを通るたびに、あの闘争を思い出しています。
 王子野戦病院の跡には来年には、王子図書館が大きくできますよ。今図書館が実にいいです。
 私は高橋和巳を泣かせていた吉川幸次郎が大嫌いでした(もちろん、高橋和巳もすいぶん前から嫌いですが)。でもでも、王子図書館で「吉川幸次郎全集」をすべて見てみて(まだまだ読める段階ではありません)、吉川幸次郎の素晴らしさに驚愕しています。高橋和巳が涙を流していたのは、吉川幸次郎が嫌な人なのではなくは自分の不明さが情けなかったのでしょうね。
 私もこうして歳をとることは無駄なことばかりではないようです。
 とにかくこうして図書館がありますと、私が自分に課しています、年間300冊の読破も可能になるはずです(インターネットでホームページを持った年から、年間260,70冊になってしまいました)。

8.王子のいい酒屋

 今住む王子のJR王子駅北口の岸町に、「藤や酒店」があります。これがいいお店で、私はもう感激しています。もうここでいつも一升ビンを買っています。10月から買い始めまして、もう10本になりました。でも空き瓶は、娘に「どうして空き瓶をとっておくの」と怒られまして、半分棄てました。

 ここのご主人との最初の会話です。

 周「私は我孫子に自宅があるのですが、義母の介護で王子に住みますようになりました」
 ご主人「我孫子といえば、『春日や』のご主人が亡くなられましたね」

 春日やは、私の実に好きなお酒屋さんでした。そしてご主人のことも私は大好きでした。あんないい酒屋さんがあることが我孫子の実にいいところです。
 でも王子も、この藤やさんがありますから、実にいい街ですよ。

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2084f051.jpg 私がみなさんに配布しました文書を次に載せます。
 あ、私は詩吟は二つやりましたよ。
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 人気ブロガーの転職率は50%?moo00 さんから次のコメントをいただきました。

1. Posted by moo00    2006年09月01日 21:12
 周さんこんばんは。

 この記事を拝見して、ちょっと元気をもらいました。
 実は僕も転職が多く、次を決めずに辞めてしまう派、しかも周さんと同じく、業種が多岐にわたるからです。
 自分としては、格好つけて言うと「持っている可能性を思う存分試す」ために転職をしているわけなんですが。
 でも次が決まるまでは結構辛い思いもしますし、自分でも「こんなんでいいのかなあ」と思ったりもします。
 でも周さんのブログを読んで、楽しそうに生きてるのを見て「あ、これでいいんだ」と思います。
 若い人も転職多いはずですよ。
 昔は労働環境が悪いと争議をしたようですが、今はそういうこともなく、辞めちゃうんだと思います。
 今後労働環境がどうなるかわかりませんが、転職が多いことで評価が下がるような社会は嫌だなと思います。

 ありがとうございます。
 私が転職してしまったのは、実に私がだらしないということもあるのですが、そうねえ、はっきりいいまして、決していい職場とはいえないところばかりだったということが大きいですよ。社会保険もない会社が多かったですし、私が就職しても、すぐに面接の側に回っていたのは、それだけ辞める人が多かった会社ばかりだったということがあります。
 それに、私が就職しようとするのは、実に大変なことでした。もう履歴書を書くつらさはきつかったものですよ。だって、いくらなんでも文房具屋に履歴書を何度も何度も買いにいくのは羞しいですよ。
 だから私が、赤坂の広告の制作会社に就職をきめたときは、履歴書を印刷したのですよ。「印刷した」なんていうと、なんだかひどいことをやったと思うかもしれないけれど、私のこの履歴書を印刷したなんて気がつく人は100人に一人くらいだったでしょう。
 軽オフで印刷した履歴書の、手書きの部分をまた印刷します。そして。私の顔写真は、私が最初に勤めた印刷屋で印刷してもらいました。写真の大きさに断裁するのが大変だったと言っていましてね。
 そして私はこの写真の裏に番号をふっていました。102社受けて101社目に就職できましたよ。もちろん、履歴書に書いた履歴は嘘の内容です。
 でもねえ、会社によっては、履歴をちゃんと調べる会社もありましてね。でもそのことは絶対こちらにバレないようにやるのでしょうが、喋ってしまう馬鹿な就職担当もいてね、本当に阿呆でした。

 私の学生運動の経歴を言われたことがありましたよ。なにしろ、前科2犯だったからなあ。
新左翼で全共闘でしかも2つも裁判記録があると、どうしようもない共産主義者だということらしいのですが、私は、そもそも国粋主義者なので、いつも話が合わなかったな。私たちの三派・全共闘というと、彼らの色眼鏡の通りでないと、理解できないのね。だから、私こそが阿呆らしくてしかたありませんでした。私が靖国神社のことを真面目に喋ると、それは私の経歴思想を隠していることだと決めつけたいのでしたね。阿呆らしい。

 今も非常に私の昔の活動家歴のことでは嫌になります。テレビで取材されたこともありますが、どうにも私があの時代から反共主義者だったというのは、どうしても困ることのようでした。そうなっちゃうと、自分たちの決めつけができなくなっちゃうのよね。
 私たちの側でも、「プロジェクト猪」の掲示板で、私が北朝鮮による拉致に対する怒りを表出しましたら、「昔は反帝反スタなんて言っていたのに、今ではこうして反共になっている」なんていう阿呆な言い方がありました。もう私はとても頭にきました。ある会合の席で、私は実にこの相手に怒りました。
 まあ、そのときに私のことを説明してくれた人がいました。「彼は昔から反共なんだよ。だけど○○で闘っていたんだ」と。
 私はそもそも「反スターリン主義」なんて標榜したことは一度もありませんよ。「反スタ」を「反帝」と並べるなんて、スターリンを尊敬しているんじゃないの。私は一貫として「反帝反共」をとなえていました。

 まあね、その学生運動の流れの中で、ずっと生きてきまして、労働運動も激しくやりましたが、私はただただいい会社で普通に生きたかっただけです。でも、そうじゃなかったから、ついつい私はいつも闘いの場に生きてきただけです。

 労働環境が悪いと辞めちゃうというのは、なんだか寂しいな。まあ、私はどこでもまず就職できただけで嬉しいのですが、それがいつも誤解を生みました。私が労働運動で立ち上がったときには、私のことを疑う声もありましたものです。でも私がみるみるうちに、労働組合を立ち上げ、無期限ストライキ態勢を作っていったときには、実にみなが驚いていたものです。
 でも実は私は無期限ストライキで、私たち労働組合側が勝利するのは当たり前だけれど、ストライキの裏で、間違いなく会社側が仕事をやりきることを期待していたものです。組合側が何やろうが、会社側は見事やりきるべきなのです。だから、私はそちらのほうも心配していましたよ。でも組合側には、私というひどい過激派がいるし、どうしようかというも困っていました。私はいつも二人の私の中で、困っていたものでした。

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