将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:ホッケの飯鮓

12030817 私の「リー&笑美の只見日記」のホッケの飯鮓(すし)に、笑美さんが、コメントをくれたのでしたが、その2です。

 私は次のように書いてしまっていました。

 好きになれないのは、名古屋と鹿児島かなあ。横浜はまったくダサい感じでいやでした。

 こう私は書いたものですが、私はもうみな好きになりました。
 名古屋は、南区・千種区・北区と引っ越して、小学校も3つ転校しましたが、そして大変に暑い街・都市ですが、今では懐かしく思い出すばかりです。友だちのことも懐かしく思い出します。
 私はこの北区で小学5年のときに伊勢湾台風にあっています。いや思い出せば、札幌では洞爺丸台風に、小学4年のときは(そのときは千種区でした)は狩野川台風に遭っていたのでした。この名古屋での友人たちも何人も思い出します。
 鹿児島は、中学3年間と、高校一年の一学期は下宿していました。父が横浜に転勤になったけれど、もう転校なんて簡単にはいかないのでしたね。
 横浜は転校した高校が最初が横浜の中華街とか馬車道とかの近くに校舎があったものでした。でも授業はものすごく退屈で、私は授業中に莫大に本を読んだものでした。最初が「司馬遷『史記』」でした。そのあとは、もう文学ではなく、莫大に全集ものを読んだものです。先生方は、私が本を読んでいても何も言わなかったものでした。
 そんな思い出の中で、今ではどの地方も好きですよ。
 ただただ、懐かしく思い出すことがたくさんあるのです。

12030810 私の「リー&笑美の只見日記」のホッケの飯鮓(すし)に、笑美さんが、次のコメントをくれました。

1. Posted by 笑美   2012年03月07日 10:28
周さん、いつもコメントが遅くてすみません。優しいなんて書いていただいて、もったいないです。
そういえば、東京では通りすがりの人は、たくさんいるから、全部景色の一部でしたが、只見ではすれ違う人も少ないので、会う人にみんな挨拶するんですよ。
これは田舎の良さですね、きっと。リーも只見に来て近所のおばあちゃんたちに可愛がられ、本当に良かったと思っています。田舎暮らしは厳しい面もあるけど、みんなが大事にしてくれて、人の優しさを感じ、助け合える、いい面も沢山ありますね。夏の水害の時もそれを実感しました。
引っ越してきた当時、私も「よく只見に来てけやった」とみんなが暖かく迎えてくれたのを思い出します。

 これは私はよく理解できるんですよ。私が暮らしたところでは、沖縄(の都会ではないところですが)がそうでした。いや那覇市やコザ市の沖縄の人もそうなのですがね。私はだから、沖縄が大好きなのです。
 そういえば、私は札幌にも同じ雰囲気を感じています。札幌というのは、いわば実に都会で(私が住んでいた昭和29年30年31年もそうでした)、私なんか、当然嫌いなはずのところなのですが、でもでも私は今も好きな街であり、好きな都市なのです。
 そうねえ、好きになれないのは、名古屋と鹿児島かなあ。横浜はまったくダサい感じでいやでした。
 今自分が住んだ都市、住んだ街を指で折りまして、数えてみたのですが、15くらいで分からなくなるのです。20は行かないと思うのですね。
 いやなんだか情けないです。考えてみれば、私は今は東京の北区王子に住んでいるんだなあ。想像もできないことでした。
 思えば、30歳を過ぎてからも、いくつもあちこち住んだものでしたね。

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