11050217書 名 勝者の混迷 ローマ人の物語
著 者 塩野七生
発行所 新潮社

「ハンニバル戦記 ローマ人の物語供廚鯑匹濬ったときに、1年後に出される「ローマ人の物語」は。「次はグラックス兄弟の話になるのだな」と思っていました。そして塩野七生は、どのようにグラックス兄弟の改革が失敗に終ったのかを私たちの前に彼女らしい筆の運びで提示してくれるのだろうと思っていました。
 この本の扉に次のようなハンニバルの言葉があります。

  いかなる強大国といえども、長期にわたって安泰でありつづけ
 ることはできない。国外には敵をもたなくなっても、国内に敵を
 もつようになる。外からの敵は寄せつけない頑健そのものの肉体
 でも、身体の内部の疾患に、肉体の成長に従いていけなかったが
 ゆえの内臓疾患に、苦しまされることがあるのに似ている。
 ………ハンニバル………  (リヴィウス著『ローマ史』より)

 苦しいハンニバル戦争に勝ちぬき、やがてカルタゴを滅ぼし、地中海を我が海とするローマに次の試練の時代がやってきます。それがこの巻で扱われる

第一章  グラックス兄弟の時代
第二章  マリウスとスッラの時代
第三章  ポンペイウスの時代

の各章になっていくのです。ローマがイタリア半島の国家から、地中海の大帝国(もっとも政治形態は共和制国家である)になっていきます。その過程でハンニバルがいうところの内部疾患に苦しんでいくことになります。この過程に耐えられず衰えてしまった強大国もこのローマの他過去未来に渡っても多々あったことでしょう。ローマはいかにこれを乗り超えていくのでしょうか。

 そもそもこの内部疾患とはどのようなことなのでしょうか。ちょっと象徴的にいうとローマで各コロシアムで格闘技などを見ていた大衆はいったいどのような人たちなのでしょうか。映画などでみる限り、彼等は昼間から葡萄酒を飲み、競技に熱中しています。彼等は働いていません。自分で耕していた耕地を手放さざるをえなくなり、ローマに流入して、小麦を支給されている遊民なのです。なぜあのような大衆が増えてしまったのでしょうか。もはや彼等は低年収、低資産ですから、兵役にも応じられません。戦争に行っても、その間残った家族が食べていけないような市民には兵役の義務はないのです。だがこのような民が増えていきます。
 ローマが次第に拡大していくと、大量の奴隷を使用した農園が増えていきます。奴隷には兵役の義務はありませんから耕作に専念できます。当然自作農よりも生産性は高くなります。また属州が増えることにより、安い小麦が大量にローマに流入してきます。小規模自作農は次第に没落していきます。しかし、この自作農がローマの強い軍隊の中心部隊だったはずなのです。各地の反乱に敗北するローマ軍が出てくるようになります。
  当初はギリシアの各ポリスのような都市国家であったローマも次第に拡大していきます。しかしローマの領土が増大するのではなく、各イタリア半島の各部族はローマ連合という中の連携した仲間であるわけです。この連合はハンニバル戦争のときは強力でした。ハンニバルに負けても負けてもローマと一緒に戦っていきます。これらの強力なローマ連合の構成部族が、ローマ市民権を求めていきます。それが受け入れられないときに、ハンニバルにはあくまで抵抗した各部族もローマに敵対して戦いにはいります。まさしくこうした混乱がこの時代でした。

 この時代を、このローマをあくまで改革していこうとしたのがグラックス兄弟であり、それが失敗に終るや、マリウス、スッラが実力でローマを支配し、ローマを変えていきます。もはや平民と貴族あるいは閥族との間の争覇というような視点ではとらえられない時代になってきます。次のポンペイウスの時代でも同じです。なんだか、ローマは強力な指導力を発揮できる英雄の登場を待っているようです。
 プルタルコスを読むと、この英雄にはポンペイウスこそ相応しいように思ってしまいます。彼はまさしく常勝将軍です。しかしもちろんプルタルコスはポンペイウスではなく、その本当の英雄を登場させるわけです。事実としての歴史も、ローマも、そして塩野七生も、その英雄の登場を待ちこがれているようです。それがユリウス・カエサルの登場になります。だがそれは次巻の話になっていくわけです。
 いよいよ次巻のカエサルの活躍こそ、この著者が一番に書きたいことだと思います。この「ローマ人の物語」を書きながら、塩野七生は必死にカエサルと会話しているように想像します。どうしてローマにカエサルの登場が必要になり、かつカエサルこそ「永遠のローマ」を造り上げた一番象徴的な存在であると彼女は考え、私たちもそれをそのまま読んでいくことになるのだろうと思っています。

 私はこの巻も第2巻の場合と同様に発売日の8月5日に手にいれ、すぐに読んでしまいました。昔プルタルコスで知った多くの英雄たちが出てきて、なんだか懐かしいのと、だがどうしてか著者の筆が次の巻、次の巻へと向いているばかりのような気がして、なにか気ぜわしいような、なにか落ち着かないかのような印象が残りました。(1994.08.05)